長らく天声人語を批評していなかったが、別に朝日新聞を取るのを止めたワケではなく、なんかこう、加齢ととともにそういうヒト様に説教する気力みたいなものが失せてきたというのが本当のところである。

ではあるんだが、今朝の天声人語はちょっと酷かったので、久々に触れてみたくなった。

今回のは、NHKの朝ドラ「まんぷく」にまつわる話である。

ご承知のようにこれは日清食品の創業者である安藤百福の家族が「モデル」ということになっている。近年の朝ドラでは「実在の人物がモデル」であるという触れ込みで番組を作ることがままあるわけだが、こういう風に宣伝されると視聴者もなんだか興味を引かれてついつい観てしまう。そういう線を狙っているNHKもあざといのだが、まぁ今回はそういう話をしたいワケではない。

問題なのは、「××氏がモデル」と言われたときに「ああ、じゃあこれって実話なのね!」とマジで勘違いしてしまうヒトが出てきてしまうことである。

いくら「事実は小説より奇なり」とかいっても、やっぱり現実はそうそうドラマチックには動いていかないのである。そこは創作というものが入ってこないと、どうしたって売り物にはならない(もちろんノンフィクションというジャンルもあって、それにはまた独特の魅力というものがあるのだが、それはまた別の話である)。

そういう事情もわからずにドラマと現実を取り違える人が出てくる。言ってみればこれは広義のメディアリテラシーの欠如を示すもので、天下の朝日新聞なんかからすれば実に憂うべきことであるに違いない。

ところが、である。今朝の天声人語を読むと、この筆者自身がまさにこの「ドラマと現実を取り違える」愚にズッポリ陥っているのだった。

ちなみに、以前は朝日のサイトで当日の天声人語は全部読めた気がするが、いまはアタマだけしか読めず、あとはカネを払わねばならない。つまりサイトからちゃちゃっとコピペすることはできない(念のためいっておくと批評行為のためそうやって著作物を一部引用すること自体は著作権法でも認められております)。手打ちするのも面倒くさいのでいろいろ引用しないけれども、ともかく天声人語子はこう書いている。

 
NHK連続テレビ小説「まんぷく」で、1950年代に即席ラーメンが発明された実話を扱っている。


そう、何のためらいもなく「実話」としている。で、以下は安藤百福が仕事用に立てた小屋の中で即席ラーメンを実際に「発明」したという前提でいろいろ話を転がしていくのだが、さて、そうそう簡単にこの「発明」というのを事実認定しちゃっていいのか。

ネットとかでも実はあの油揚げ即席メンなるものは前々から安藤百福の故郷の台湾に存在していたもので、チキンラーメンを新たに「発明」されたものというのは如何なものか、といった話をいろいろ見かける(たとえばこの記事→「NHK『まんぷく』チキンラーメンは本当に「発明」なのか」)。

確かに安藤百福は自伝とかで自分の発明物語を再々語っておる。けれども、一流メディアの朝日新聞であるからには、そういう主張に対して「異論」があることは十分知っていなければおかしい。加えていえば、先に書いたように今回の「まんぷく」はしょせんドラマである。そもそも安藤百福は台湾出身のかなりのやり手の人物だったようだが、テレビに出てくる人物はそういう設定にはなっていない。これは「このドラマは基本フィクションですから」というあからさまなメッセージでもあるのだが、にもかかわらず虚構と現実を取り違えてしまうというのは、この天声人語子、ひょっとして「主人公が死んでもリセットして何度でも生き返ることのできるゲーム」のやり過ぎなのではなかろうか。

結論。記事を書く時にはもうちょっと慎重に事実関係を調べること。「ドラマと現実は違う」とわきまえること。
















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枯れ木も山の賑わいという言葉もあるので、やはりむかしmixiレビューに書いた短い感想文をもう一本載せておこう。著者の芹沢一也氏はのちに「SYNODOS」を立ち上げた方。まだ編集長とかやってんのかな?




なかなか興味深い本でした。最近よく聞く「凶悪犯罪は激増している」言説は実は本当ではない、というところから説き起こし、じゃあなんでそんんな話になっているかというと、かつては犯罪の動機が「貧しさゆえ」とか非常にベタで了解しやすいものだったのに、最近はその手の了解が困難になってしまったから、「え~ぃ、もう動機云々なんて考えンのはやめた、とにかく訳のワカランモンスターどもを何とかしろ~」という気分が盛り上がっとる、と。

で、精神障害者やいわゆる荒れる若者を怪物視して、「どっかに囲い込んでしまえ」という風潮が広がってるのは憂慮すべきことである、とまぁ、非常に荒っぽく要約するとそういう本です。

まぁおおむね同意できる議論なンですが、一つだけ疑問を呈しておくと、この著者は精神医学に全く信を置いていないようで、それってどうよ、と思うところはある。

私の読み取る限り、彼はこんな事をいっている。――いわゆる人格障害なんていうのは「病気」ではなくて人格的な偏りであるわけだから、そこに法的な措置の網をかぶせる時にはどうしても恣意性が入ってくる。それでいいのか…。

しかし思うに、精神医学の概念といったものは厳密な自然科学的な根拠がなけりゃ恣意的だ、とまで言い切れるのかな、って個人的には思う。

いわゆる分裂病だって、代謝物質の異常といったレベルでメカニズムが明らかになってくる以前には、例えば精神科医が「これはどうしたって分裂病だ」みたいな、ある種の現象学的直観でそこそこ妥当な診断ができていたわけでしょ。なんか、かつて流行ったような反精神医学的なロジックがちょっと鼻についた。でマイナス1。(2006年06月08日)

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定期的になんか書こうと思うのだが、どうも気合いが乗らない。なので、今回はむかしmixiレビューに書いた短い感想文を転載しておこう。ちょっと触れているように、確かヒトの本から無断剽窃かなんかして話題になった曰く付きの本。絶版になったのか、あるいはただ品切れ扱いになってるだけなのかはよくわからない。基本的な方向性はけっこうイイ線行っていたと思う。




「と」学会の有力メンバーにして、「トリビアの泉」のネタ元としても名高い雑学王、唐沢俊一氏によるUFO本だというので期待して購入。

UFOをボルト&ナットの宇宙船と思ったら間違うよ、あれは人の「なんかUFOでもあったらいいな」的な願望が脳内に(w)飛ばしているものなんだよ、といった趣旨で、ほぼ全面的に同意。『何かが空を飛んでいる』の流れを汲む好著といえよう。もっとも「脳内現象」といいきるのが憚られるような不思議な現象がUFOにはつきものであり、そのあたりのダークサイドについてはイマイチ突っ込みが甘い感は否めない。もっとも新書だし、そこまで求めるのはないものねだりだろう。

ひとつ、この本の一部にブログからの剽窃疑惑がもちあがっているのは残念。万一回収にでもなったらあれだから、早めに入手されるがよかろう。(2007年06月08日)

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さて、オレが朝日新聞で楽しみにしている数少ない連載企画「アロハで猟師してみました」の新しい記事が今朝の新聞に載っておった。連載とはいいながら、忘れた頃にポツポツと載るので油断できないのであるが。

この企画については過去に何度も触れてきたので、時間とヒマのある方はここあたりを見ていってもらえばいいと思うのだが、要するにコレ、硬直したビューロクラシーの如きテッペキの組織を誇る朝日新聞にもなんか無頼漢みたいな記者がいて、田舎に赴任したのを機に懲戒解雇されても食い扶持を稼げるように農業やら狩猟やってみっカーみたいなノリでいろいろチャレンジしてみるというふざけた企画なのだった。

ちなみに朝日新聞のサイトを見に行ったら過去記事なんかへのリンクもあるんだが、例によって数行だけ読ませて「あとはカネを払え」というシステムになっているのでした。新聞取ってないけど読みたいなーと思ったそこのアナタ、残念でしたね。

それはともかく、けさの記事はなかなか良かった。

今回の猟師シリーズが始まるにあたって、オレはこう書いた。


ちなみに今回の設定は「コメばっかり作っててもオカズがないので今度は狩猟でもやってみっか」というものである。

いいじゃないか。

人間は他の生物のいのちを奪うことで生きている。それはもっといえば「人間の性、本来悪なり」みたいなところにもつながっており、これまで人間賛歌のヒューマニズムを高らかに謳ってきた朝日新聞が、こういう企画でそーゆー人間の一面を掘り下げていくのだとすれば、これはこれで面白い。

今後に注目だな。


で、けさの記事は、まさしくアロハ記者がワナにかかった鹿を手にかけて殺す、というシーンを描いていた。実に期待通りの展開である。やってくれるじゃないか。

というのも、こういう「動物を殺す」シーンを詳細に書くのは、実のところ新聞的にはなかなかハードルが高いのだ。なぜならば、そういうことを書くとアホな読者がたくさんいて必ず「残酷だ」だとか「かわいそう」とかいって電話で抗議をしてくる。

「テメー何いってやがんだ、テメーは豚肉食わねーのか鶏肉食わねーのか」と言って反論すればいいんだが、なんせ「一見正論めいた感情論」に新聞は弱いので、そういう大衆の「意向」を忖度してしまいwリアルな屠殺シーンなどはついつい避けてしまうのだった。

ある意味、そういう世間を作ってしまったのは安手なヒューマニズムをふりまいてきた朝日新聞の責任かもしれず(いやこの場合は動物カワイソーなのでアニマリズムかw)、そういう意味でこういう記事を朝日新聞が載せたのは責任をとる意味でも大変素晴らしいことであった。そう、他の命を頂いて我々人間は生きている。そういうことを今回の記事はちゃんと直視しておった。先に「ふざけた企画」と書いたが、今回の記事はふざけたようでいてホントはそんなにふざけていない。

とまれ、アロハ記者にはこの調子でガンガン飛ばしていってほしいものである。



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このあいだツイッターで教えてもらったUFO本をさっそく購入した。



この天宮清という方は知る人ぞ知る古手のUFO研究者で、かつて日本で活動していたCBAという研究団体に関わっていたということでも名高い人物である。

で、CBAという組織はいろいろ物議を醸したアヤシイ団体ということでやがて雲散霧消してしまい、その残党の方々というのもいまではほとんど姿を消してしまっているのだが、そんな中でこの天宮氏は頑張ってUFO研究を続けてきたという奇特な方なのだった。しかもなおかつ今回の新著ではそのCBA時代の話なども書いているということだったので「近年読むに足るUFO本が出ない」といって無聊をかこっていたオレも「おおコイツはなかなか語られてこなかったCBAの内幕など読めるんではないか」といって今回久々のUFO本購入にいたったのである。

もちろんまだ全然読んでないんで、読後に思うところなどあればまた感想文など書きたいのだが、今回ここでちょっとシンクロニシティ的なことがあったので、書いておこうと思ったのだった。



というのも小生、最近ワケあってポーランドのUFO史を書いた本を読んでいるのだが(上に貼ったコレ)、この本の中で1958年12月22日にポーランドのスタニスワフ・コヴァルチェフスキーという人物がムシナというリゾート地で撮ったという有名なUFO写真があることを知った(コレ↓)

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窓の外をみたら、雲間にオレンジ色っぽく光るものがあったんで「ああ太陽かー」みたいに思って写真撮ってみたんだが、よくよく考えてみたら太陽は別にあった、アレなんだったんろうねーーとゆー話なのだが、なおかつ、写真の中ではその光っているハズのブツが黒く映り込んでいたというミステリー含みの事件である。

実際に掲載されている写真をみると、いやこれは仮に光っていたって太陽には見えんでしょうとさらに疑念が募るのであるが、それはそれとしてああなるほどポーランドのUFO写真かーそういうのもあるのかーこの世界奥が深いワイなどと思い、さらにこれってあんまり日本で知られてねーんじゃネどうなんだろうということでググってみたところ、たまたま上記の天宮さんのサイトがヒットしたのだった。

WS326
 
細かい部分で若干相違があるが、ともあれこういう事例などもインターネットなどない時代にあっておそらくは海外の雑誌などから地道に収集してこられたのだろう。おそらく、そうした地道な積み重ねの上に今回のような出版がある。たいへん素晴らしいと思う。



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なんだか年頭早々PC壊れたと勘違いして、その流れでPC組み替えに着手するハメに。構成が変わった時は備忘録的にブログにメモしてきたので、改めて現時点の構成。OSはWindows7から無償アップグレードしたWindows10(パーツをだいぶん換えたが認証は通った模様)。

【MB】ASUS Intel H370搭載 マザーボード LGA1151対応 TUF H370-PRO GAMING
【CPU】Intel core i7-8700
【memory】CORSAIR DDR4-2666MHz デスクトップPC用 メモリモジュール 8GB×2枚キット CMK16GX4M2A2666C16

 *以上は今回新調したパーツだが、以下の部分は昨秋換えたばかりである。

【GPU】 NVIDIA Geforce GTX 1060 6GB
【電源】玄人志向 NEXTシリーズ 80 PLUS Bronze 600W ATX電源 KRPW-N600W/85+


 ただ今回初めて気づいたのだが、Windows7とかにはPCの性能を評価する「エクスペリエンスインデックス」っつー機能があったワケだが10ではなくなってるのだな。なんかちょっと残念。
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オレは白光真宏会ではないが、この主張には同意する。
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いつも書いているように当ブログを訪れる人──いわゆるユニーク・ユーザー(UU)──は一日あたりだいたい10人で、ページ・ビューも20~30といった感じである。つまりここはいわゆる過疎サイトである。

それが昨日は訪問者が40人弱にまで増え、ページ・ビューも230ぐらいになった。「なんでだろう?」と思って調べてみるとアクセス数の多いエントリーは「日本のいわゆる『UFO着陸事例』についての一考察」とか「ハウピ村事件」であった。

これには思い当たるフシがあった。

古今東西の奇現象を紹介するサイト『オカルト・クロニクル』なるサイトを主宰し、最近同名の著作を刊行したこともあって一躍斯界の注目を集めているオカルト研究家・松閣オルタという方がいるのだが、この方がこのたび新しい記事をサイトにアップし、その中にオレのサイトのこの「日本のいわゆる『UFO着陸事例』についての一考察」というエントリーへのリンクが貼られていたのだった。ちなみに「ハウピ村事件」というのも、この松閣さん絡みのネタである。

いつも書いているようにオレは基本的に自分のサイトのページビューなんてどうでもいいと思っているのだが、そうはいっても虚空に吠え続けているのが物悲しくなることもないではなく、やはりこういう人気サイトのおこぼれを預かって騙された人が訪問してくるような「仕掛け」を工夫したほうがよかないかなー、と思ったりもするのだった。

有名寺院の門前の土産物屋が取っているが如きコバンザメ戦略。いいかもしんない。やってみようかマジ卍

【追記】
で、えーと、このエントリーは12月17日の朝に書いたのだが、いま夜になった段階でみると今日は50人ぐらい訪問者があって、ページ・ビューは260超。うーむ、メジャー・ブログに寄生するといつもとケタが違うなー。ま、そのうち何事もなくもとのように静かな環境が戻ってくるのだ、としても。




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UFO・超常現象にかんする同人誌として知る人ぞ知る存在である「UFO手帖」の最新刊――その名も「UFO手帖3.0」が完成し、この11月25日に開催された文学フリマ東京にて頒布された。近々通販も始まるようだしオレもちょこっと書いてるので、この機会に宣伝を兼ねて内容をザッと紹介してみたい。


おそらく多くの人がUFOと聞いてイメージするのは「宇宙人の乗ってきた宇宙船」といったものであろう。だがオレのみる限り、この同人誌を作っている「Spファイル友の会」というのは、そのようなステレオタイプからはちょっと距離を置いて、「何だかよくわからない現象」としてUFOをとらえ、ああでもないこうでもないといった議論をして楽しんでいる団体である。

そんなスタンスは今回の最新刊においても健在で、たとえば今回の特集「宇宙<そら>から来ないUFO」というのは「UFOは宇宙の果てから来てるとは限らないでしょうよ」というコンセプトから編まれたものである。

「地球の内部は空洞になっていてUFOはそこから来るんじゃねーか」「いやいやUFOは海とか湖とかに潜んでいるハズ」「つーか異次元とか未来から発進してきてんじゃネ?」等々、この業界には実はいろいろと変わった説というものがある。そのあたりの異説をザッと眺めてみましょうヤというのが今回の特集の狙いである(たぶん)。

さて、「地球内部」ということでいえば、その前提として「地球空洞説」というものを考えてみなければならん。表紙を飾るイラストは今号も本誌専属アーティストともいうべき窪田まみ画伯の手になるものであるが、その辺を暗示する意味深長かつ不気味なウサギが登場しており、まずもってワクワク感をそそられる。

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そこでページを繰ってみると冒頭、馬場秀和氏が地球空洞説の系譜をたどる「惑星とプラムプディング」という論考をものしている。19世紀初め頃に活動したアメリカの退役軍人ジョン・クリーブス・シムズあたりを嚆矢として今にいたる流れを紹介しているのだが、実はこの馬場氏、オレが勝手に「平成の戯作者」と命名しているぐらいで真面目な論考のフリをしてその中に大法螺を紛れ込ませる才人である。なので、その辺の虚実を見極めつつニヤニヤしながら読む。それが実に愉しい。

「地球空洞説」関連では、藤元直樹氏の「明治26年のシムズ地球空洞説――新聞紙『國會』に連載された「地心探検」をめぐって」も興味深いもので、シムズとその後継者たる息子の主張が明治時代には既に本邦に紹介されていたことを明らかにしている。ま、昔から奇譚好きの人というものはいたのだなぁと感慨を誘う。

次いで「海のUFOと、水の子供たち」なる項目がある。とりわけ水辺の怪異みたいな話を聞くと「ああ、そういうのは何かあるかもしれないネ」という気になってくるもので、そのあたりに触れた秋月朗芳編集長の論考などなかなかに考えさせる。

特集掉尾を飾るのは「別世界からきたUFO」のパートで、礒部剛喜氏の「マゴニア異聞の逆襲―UFO現象理論の現在」がオレ的には面白かった。「イヤでもさー、これまでアレコレ言われてきた説ってのは結局どれもこれもユダヤ・キリスト教の世界観に引っ張られたものなンじゃネ?」というもので、いわばフロイトにおける汎性欲論の如き統一場理論😲を打ち立てて個々のUFO仮説の相対化を図っちゃおう、みたいなスゲー壮大な議論であった。

以上が特集の内容紹介でした。で、えーと、こんな調子で順番に紹介していこうと思っていたのだが、はやくもこの辺で疲れてしまったので、あとは駆け足で。

常連寄稿者による常設コーナーは今回も充実しておる。

「UFOと音」(UFOが登場する音楽の話。ペンパル募集/ 雅 / 中根ユウサク / 金色髑髏)
「UFOと漫画」(渚のいん / ペンパル募集)
「この円盤がすごい!」(ものぐさ太郎α)
「アダムスキーみたいな人たち」(島村ゆに)
「UFOと文学」(馬場秀和)
「古書探訪」(中根ユウサク)
「シリーズ超常読本へのいざない」(馬場秀和)
「乗り物とUFO」(ものぐさ太郎α)
「ブルーブックもつらいよ」(雅)

――といったラインナップである。それぞれ皆さんお得意の切り口で書いているので勉強になります。で、有江富夫氏の「新編・日本初期UFO図書総目録稿(1975-1979)」というのは関連図書のデータベース。これもホント頭が下がる。

あ、そうだ、それからゼヒ触れなければならないのが、UFO本の名著『何かが空を飛んでいる』の著者、稲生平太郎氏(その正体が英文学者の横山茂雄氏であることは皆さんご承知だろう)による玉稿「新興宗教俳句の頃」である。

これは稲生氏がかつて濱口腎虚(笑)名義で伝説の雑誌「ピラミッドの友」に書いた原稿の転載であるが、かつて本邦には「新興宗教俳句」運動なるものが勃興した時期があった――というウソ設定のもと、そこから生まれたUFOや怪奇現象をテーマにした名句を紹介する、という体裁のエッセイである。あたかも高尚な文学運動を回顧するようなポーズをとりつつ、そこで紹介される迷句があまりにもキッチュなシロモノなので爆笑を誘ってしまうという仕掛けで、その落差が実に素晴らしい。

とまれ、今回もUFO好きであればいろいろと楽しめる同人誌になったと思う。通販が開始になったあかつきにはゼヒ多くの人たちに注文していただきたいものである。


(追記)言い忘れたが、今回オレは「読書感想文『ノー・リターン』を読んで」というのを書いた。ほとんどの人が知らんと思うが、1959年に米国であった「ジェリー・アーウィン事件」について再調査を試みたデヴィッド・ブーハーの『No Return』という本の紹介である。おヒマがあれば読んでネ、という感じである。ちなみにこの本についてはこのブログでもたびたび触れてきた。このヘンとかこのヘンなので興味があれば覗いてやって下さい

(追記2)やはり過去のエントリーで既刊の「UFO手帖2.0」についても短い感想文を書いていた。そっちにもリンクを貼っておこう


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