UFO・超常現象にかんする同人誌として知る人ぞ知る存在である「UFO手帖」の最新刊――その名も「UFO手帖3.0」が完成し、この11月25日に開催された文学フリマ東京にて頒布された。近々通販も始まるようだしオレもちょこっと書いてるので、この機会に宣伝を兼ねて内容をザッと紹介してみたい。


おそらく多くの人がUFOと聞いてイメージするのは「宇宙人の乗ってきた宇宙船」といったものであろう。だがオレのみる限り、この同人誌を作っている「Spファイル友の会」というのは、そのようなステレオタイプからはちょっと距離を置いて、「何だかよくわからない現象」としてUFOをとらえ、ああでもないこうでもないといった議論をして楽しんでいる団体である。

そんなスタンスは今回の最新刊においても健在で、たとえば今回の特集「宇宙<そら>から来ないUFO」というのは「UFOは宇宙の果てから来てるとは限らないでしょうよ」というコンセプトから編まれたものである。

「地球の内部は空洞になっていてUFOはそこから来るんじゃねーか」「いやいやUFOは海とか湖とかに潜んでいるハズ」「つーか異次元とか未来から発進してきてんじゃネ?」等々、この業界には実はいろいろと変わった説というものがある。そのあたりの異説をザッと眺めてみましょうヤというのが今回の特集の狙いである(たぶん)。

さて、「地球内部」ということでいえば、その前提として「地球空洞説」というものを考えてみなければならん。表紙を飾るイラストは今号も本誌専属アーティストともいうべき窪田まみ画伯の手になるものであるが、その辺を暗示する意味深長かつ不気味なウサギが登場しており、まずもってワクワク感をそそられる。

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そこでページを繰ってみると冒頭、馬場秀和氏が地球空洞説の系譜をたどる「惑星とプラムプディング」という論考をものしている。19世紀初め頃に活動したアメリカの退役軍人ジョン・クリーブス・シムズあたりを嚆矢として今にいたる流れを紹介しているのだが、実はこの馬場氏、オレが勝手に「平成の戯作者」と命名しているぐらいで真面目な論考のフリをしてその中に大法螺を紛れ込ませる才人である。なので、その辺の虚実を見極めつつニヤニヤしながら読む。それが実に愉しい。

「地球空洞説」関連では、藤元直樹氏の「明治26年のシムズ地球空洞説――新聞紙『國會』に連載された「地心探検」をめぐって」も興味深いもので、シムズとその後継者たる息子の主張が明治時代には既に本邦に紹介されていたことを明らかにしている。ま、昔から奇譚好きの人というものはいたのだなぁと感慨を誘う。

次いで「海のUFOと、水の子供たち」なる項目がある。とりわけ水辺の怪異みたいな話を聞くと「ああ、そういうのは何かあるかもしれないネ」という気になってくるもので、そのあたりに触れた秋月朗芳編集長の論考などなかなかに考えさせる。

特集掉尾を飾るのは「別世界からきたUFO」のパートで、礒部剛喜氏の「マゴニア異聞の逆襲―UFO現象理論の現在」がオレ的には面白かった。「イヤでもさー、これまでアレコレ言われてきた説ってのは結局どれもこれもユダヤ・キリスト教の世界観に引っ張られたものなンじゃネ?」というもので、いわばフロイトにおける汎性欲論の如き統一場理論😲を打ち立てて個々のUFO仮説の相対化を図っちゃおう、みたいなスゲー壮大な議論であった。

以上が特集の内容紹介でした。で、えーと、こんな調子で順番に紹介していこうと思っていたのだが、はやくもこの辺で疲れてしまったので、あとは駆け足で。

常連寄稿者による常設コーナーは今回も充実しておる。

「UFOと音」(UFOが登場する音楽の話。ペンパル募集/ 雅 / 中根ユウサク / 金色髑髏)
「UFOと漫画」(渚のいん / ペンパル募集)
「この円盤がすごい!」(ものぐさ太郎α)
「アダムスキーみたいな人たち」(島村ゆに)
「UFOと文学」(馬場秀和)
「古書探訪」(中根ユウサク)
「シリーズ超常読本へのいざない」(馬場秀和)
「乗り物とUFO」(ものぐさ太郎α)
「ブルーブックもつらいよ」(雅)

――といったラインナップである。それぞれ皆さんお得意の切り口で書いているので勉強になります。で、有江富夫氏の「新編・日本初期UFO図書総目録稿(1975-1979)」というのは関連図書のデータベース。これもホント頭が下がる。

あ、そうだ、それからゼヒ触れなければならないのが、UFO本の名著『何かが空を飛んでいる』の著者、稲生平太郎氏(その正体が英文学者の横山茂雄氏であることは皆さんご承知だろう)による玉稿「新興宗教俳句の頃」である。

これは稲生氏がかつて濱口腎虚(笑)名義で伝説の雑誌「ピラミッドの友」に書いた原稿の転載であるが、かつて本邦には「新興宗教俳句」運動なるものが勃興した時期があった――というウソ設定のもと、そこから生まれたUFOや怪奇現象をテーマにした名句を紹介する、という体裁のエッセイである。あたかも高尚な文学運動を回顧するようなポーズをとりつつ、そこで紹介される迷句があまりにもキッチュなシロモノなので爆笑を誘ってしまうという仕掛けで、その落差が実に素晴らしい。

とまれ、今回もUFO好きであればいろいろと楽しめる同人誌になったと思う。通販が開始になったあかつきにはゼヒ多くの人たちに注文していただきたいものである。


(追記)言い忘れたが、今回オレは「読書感想文『ノー・リターン』を読んで」というのを書いた。ほとんどの人が知らんと思うが、1959年に米国であった「ジェリー・アーウィン事件」について再調査を試みたデヴィッド・ブーハーの『No Return』という本の紹介である。おヒマがあれば読んでネ、という感じである。ちなみにこの本についてはこのブログでもたびたび触れてきた。このヘンとかこのヘンなので興味があれば覗いてやって下さい

(追記2)やはり過去のエントリーで既刊の「UFO手帖2.0」についても短い感想文を書いていた。そっちにもリンクを貼っておこう


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何だか最近フレディー・マーキュリーの伝記映画みたいなのが公開されたらしく、ずいぶん評判も良いので観に行かねばならないのだが、そんなこともあってクイーンのベスト盤を再生などしながらネットサーフィンをしていたところ、たぶん自分の中の「昭和回顧脳」みたいなものが刺激されたらしく、そういえば子供の頃にヘンなLPレコードをもってたことを思い出した。

「燃える男のバラード 長嶋茂雄その栄光のドキュメント」
  というのである。

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ちょっとググってみたところ、1971年の制作のようで、しかし別に長嶋茂雄が歌をうたっているわけではなく、名試合の実況だとか長嶋のモノローグとか仲代達矢のナレーションとかで彼の野球人生を振り返るという、ま、一種のラジオドキュメンタリー的なシロモノなのであった。

長嶋の引退が1974年であるから制作はそのちょっと前で、おそらく野球選手人生も終盤に入った長嶋をたたえようという狙いで作られたものと推察されるわけだが、しかしよくよく考えるとオレは当時から阪神ファンであって、なぜ宿敵巨人の長嶋を讃えるLPを買ったのか不思議でならないのだった。

ただまあ、オレも子供心に敵として迎えたときの長嶋の怖さというものは知っていて、なんとなくそのヘンにリスペクトがあったから魔が差してこんなものを買ってしまったのかもしれない。

彼の怖さということでいえば、その頃、オレはよくラジオで阪神戦を聴いていたのだが、当時阪神にはアンダースローのエース格で上田二郎という人がいて(なんか定期的に名前の漢字を変えることで有名な人で、いまはたぶん「次朗」だと思う)その日の彼は、なんと宿敵巨人相手を9回までノーヒットで抑えていたのだった。

で、ついに9回2死。そこで打席に迎えたのが長嶋。敵の大将格でもあり、こりゃ何がなんでも抑えて屈辱を味あわせてやるゼとオレは願ったのだったが、なんとここで長嶋がセコく内野の間を抜くヒットを放つ……ま、実際に敵ながらアッパレ、ではあったのだ。

ちなみにその試合があったのは1973年7月1日。もう45年も前のことである。レコードのほうはまだ実家のどこかに眠ってるのか、あるいは捨てられてしまったか。その辺は定かではない。








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さて、こういう辺境ブログはだいたい一日に10人ぐらい訪ねてきてくれれば御の字である。

それが昨日あたり15人ぐらいに急増(笑)していた。どうしたんだろうなーと思って調べてみると、以前書いた「アロハで田植えしてみました」関連のエントリーに若干名訪問者があった。

ここで簡単に説明しておくと「アロハで田植えしてみました」というのは、朝日新聞のアウトロー(を気取る)名物記者が田舎の支局長に転出したのを契機に「仮にクビになっても食っていけるように田んぼでコメを作ってみるか!」という、およそ冗談としか思えない設定に従って米作りに挑戦するとゆー企画であった。

*念の為言っておくと、朝日新聞の企業年金というのはスゲーいっぱいもらえるので、こういうベテラン記者が辞めたって相当なカネは毎月入ってくるだろう。だから汗水流して田んぼを作る必要は実際にはない。もっとも懲戒免職とかになったらそーゆー年金がもらえるかどうかは知らん

というわけで、そもそもの設定自体が異常に嘘くさいけれども、これまで「大衆はバカだ」と下々のものどもを見下してきた朝日新聞がその辺の農民にアタマを下げて教えを乞うというストーリーがなかなか痛快であり、オレもこのブログで「いいじゃないか!」と時にその辺の論評をしてきたのだった(この辺とか)。

で、実はこのたびこの企画の新シリーズ「アロハで猟師してみました」というのがまた紙面で始まったので、おそらく検索をかけたヒトがこのブログに(約5人ほどw)迷い込んできたのであろう。確かにオレも新聞のほうでこの企画を目にして「お!また始まったか!」と喜んでいたのである。

ちなみに今回の設定は「コメばっかり作っててもオカズがないので今度は狩猟でもやってみっか」というものである。

いいじゃないか。

人間は他の生物のいのちを奪うことで生きている。それはもっといえば「人間の性、本来悪なり」みたいなところにもつながっており、これまで人間賛歌のヒューマニズムを高らかに謳ってきた朝日新聞が、こういう企画でそーゆー人間の一面を掘り下げていくのだとすれば、これはこれで面白い。

今後に注目だな。





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11月25日に開催される「第二十七回文学フリマ東京」に向け、おそらく日本でも唯一ではないかと思われる円盤・超常同人誌「UFO手帖」の新刊――その名も「UFO手帖3.0」の編集作業が急ピッチで進められている(そうです)。

オレ自身1本原稿を書いているということもあって今回の新刊が多くの円盤ファンの手に渡ることを祈念しているのだが、前もっての景気づけというような願いも込め、今回は昨年11月刊行の既刊「UFO手帖2.0」にオレが書いた原稿「この円盤がすごい!1962年版」を再録してみようと思う。

ちなみに「この円盤がすごい!」というのは連載シリーズのタイトルで、「円盤の事件にもいろいろあるけども、オレ的にイチオシの凄いヤツっていうとコレだよね」的な事件を同人が持ち回りで書いていくという企画である。というわけで今回の新刊にはどんな事件が登場するンであろうか乞うご期待!!デアル。

【注】なお以下のテキストはPCの隅っこに転がったのをコピペしたヤツで、ひょっとしたら掲載したのと微妙に違っているかもしれない。あと、適宜リンクなんかも貼ってみた




★この円盤がすごい!1962年版 『リヴァリーノ事件』

すごい円盤事件とは何か。個人的には「家族が自分の面前で円盤に攻撃されたり掠われたりしているのに為すスベなし」という事件がイチバンだと思う。

自分が被害者だったら、「ま、しょうがないか」といって諦めもつく。しかし、家族がヤラレているのに自分は無力、というのはキツイ。こういうトラウマは癒やしようがない。

AVビデオでは「夫の目の前で人妻がなんかされてしまう」というストーリーは定番であるらしい(よく知らんがw)。これなんかも、「家族の面前」的シチュエーションが如何に人間の内面の深いところをえぐってくるかの証左と言えよう。

そこで、円盤方面における「家族の面前」事件である。円盤ファンがまず思い浮かべるのは、息子の目の前でオヤジが円盤に撃ち殺されたという「エイモス・ミラー事件」だろう。ただ、これは根も葉もないデマだったことが明らかになっている

だが「捨てる神あれば拾う神あり」で、インチキとは決めつけがたい事件も無いわけではない。今回取り上げたいのはその一つ、「リヴァリーノ事件」である。

事件は1962年8月19日から翌日にかけて起こった。舞台は、ブラジル・ミナスジェライス州の州都・ディアマンティーナ近郊にある、ドゥアス・ポンテスという集落である。ここに、リヴァリーノ・マフラ・ダ・シルヴァという男がいた。川底とかをさらって屑ダイヤを拾う仕事をしている労働者である。(年齢はハッキリしない)。

住んでいたのは、電気も通じておらず、ラジオや時計すらない小屋のようなあばら家だった。彼は前年に妻を亡くし、12歳のライムンドを頭に2歳の末子まで、3人の子供を男手一つで育てていた。以下の顛末は、この長男の証言に拠る。

 ――19日の深夜、就寝中に目がさめたライムンドは、寝室を何者かがうろついているのに気づいた。前後して父親のリヴァリーノも目をさます。身長は1メートル足らず。人影は中空を浮遊するように動き回り、子供たちの寝姿をのぞきこんだりしたあと、戸外に出て行った。

 事件はここから奇怪な展開をみせる。屋外から「あれがリヴァリーノのようだな」としゃべる声が聞こえてきたのである。父親は「誰だ!」と叫んだが、答えは返ってこない。さらに「お前を殺してやる」という声。怖くなった父親が祈りの言葉を口にすると、追い打ちをかけるように「そんなことをしても無駄だ」と言う。それきり何者かの気配は消えた。流石に彼らは一睡もできなかったという。

 怪異はなおも続く。一夜明けた20日の朝、ライムンドは馬の世話をするため外に出た。すると戸口の前に、ややつぶれた感じのボール状の物体が2つ浮かんでいた。一つは黒、もう一つは白黒のまだら模様。直径はいずれも40センチほど(直径1メートルとする資料もある)。ともにアンテナ状の突起と、尻尾のようなものがついていて、シューシューというような奇妙な音を立てていた。背後からは、火か、あるいは強烈な光のようなものを発していた。

 仰天したライムンドが父親のリヴァリーノを呼ぶと、2つの物体は合体し、黄色い煙のようなものをつむじ風のように吹き出した。息子に「来るな!」と叫んだ父親は、アッという間にその煙に全身を包まれてしまう。ライムンドは夢中で煙の中に飛び込んだが、嫌な臭いがしただけで、父親の姿は見えない。やがて煙は失せたものの、そこには奇妙な物体も父親の姿も無かった。周囲の地面はチリひとつなく、まるでホウキで掃かれたかのようだった。

 慌てて付近を探し回るが、父親はみつからない。やむなくライムンドは警察に届け出る。ディアマンティーナからやってきたウィルソン・リスボア警部を中心に、捜査が始まった。だが、近くで人間のものらしき血痕がみつかったのを除けば、不審なものは何も発見されなかった。警察犬も投入されたが、行方は杳として知れなかった。

 当然ながら、警察はライムンドの証言を疑った。貧乏暮らしに嫌気がさした父親が子供たちを捨てて失踪したのではないか。ライムンドが何らかの理由で父親を殺し、遺体を隠したのかもしれない。あるいは、ライムンドは父親が何者かに襲われたのを目撃し、ショックのあまり妄想にとりつかれたのではないか、等々。だが、親子の仲は良かった。リヴァリーノが誰かの恨みをかっていた様子もない。

 ライムンドは警官や判事、医師に何度も事情を聴かれたが、証言は一貫していた。ジュアン・アントゥネス・ド・オリヴェイラなる医師も、「栄養失調ではあるが、精神的な異常は認められない」という診断を下した。

ちなみにオリヴェイラ医師は、念のため、彼を試すトリックも仕掛けている。全身を布で覆って横たわり、「死体」のフリをした人間の前に彼を連れていき、「これが君の父親だ。君はウソをついたね」と問い詰めてみたのだ。しかし、ライムンドは「あの<ボール>がお父さんを返してよこしたんだね」と言うだけで、証言を翻すことはついぞなかった。

 一方、この事件に関連して、ディアマンティーナで司祭をしていたホセ・アヴィラ・ガルシアは、郵便局に勤めるアントニオ・ローシャなる人物から奇妙な話を聞いた。リヴァリーノ失踪の前の週、彼の家の上を2つの「火の玉」が旋回しているのを見た、というのである(19日の夕方だとする記録もある)。

 リヴァリーノの同僚二人が数日前、彼の家の前で身長1メートル弱の生きもの2体が穴を掘っているのを見たという情報もあった。2体は、目撃されたのに気づくと茂みに飛び込み、ほどなくそこから赤い物体が飛び立った、とされる。ただ、この目撃をしたのはリヴァリーノ自身だったという別伝もあり、何だかあやふやである。それに、穴を掘っていたのならその痕跡が発見されて然るべきだ。この目撃談はあまり信用すべきではないかもしれない。

 事件は「ディアリオ・デ・ミナス」「トリビューナ・ダ・インプレンサ」といった地元紙が報道し、それらをソースに「APROブレティン」「フライング・ソーサー・レビュー」といった一流UFO誌も大々的に取り上げたが、最終的には迷宮入りする。

ただ、いささか気になる後日談がある。「エストレラ・ポーラー」なるディアマンティーナの新聞は、翌1963年5月10日、現場の近くでカーニバルの時期に(つまり2月末だろう)人骨が発見されたというニュースを報じた。そして、そこからは遺留品としてリヴァリーノのベルトが見つかった、というのである。

「なんだ、やっぱり犯罪か事故に巻き込まれたんじゃネ? ライムンドの証言は全部妄想でしょ」。こんなツッコミが聞こえてきそうだ。しかし、事件や事故を示唆する証拠は全く無かったわけだし、徹底的に捜索された筈の一帯から半年後に骨が見つかるというのもヘンだ。当時はDNA鑑定などなかったから、この骨がリヴァリーノのものなのかどうかもわからない。我々もまた、ここで「煙に巻かれてしまう」のである。

 ちなみに事件の主人公であるライムンドは、この後、孤児院に入れられる。その後半生がどんなものだったかは定かでないが、現地ブラジルの研究者によれば、彼は2001年に亡くなったらしい。文字も読めず、時計の見方すら知らなかったライムンド。とても内気な男の子だったというライムンド。事件の真相はともかく、重いトラウマを負ったであろう彼の生涯を思うと、そこは流石にしんみりしてしまう。

かつて「Spファイル」(注:「UFO手帖」の前身のエンバン雑誌)のサブタイトルで用いられた名言をここで援用するならば、UFOは「ちょっと、さみしい」のである。 (おわり)

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これはイタリアのアヤシイ雑誌にこの事件が紹介された際のイラスト。明らかに「盛っている」イメージカットなのだが、まあ許してやってほしい。



■参考資料
・南山宏『謎のUFO怪事件』 (広済堂文庫、1992)
・Pablo Villarrubia Mauso『LAS LUCES DE LA MUERTE』(Edaf, 2004)
・「Bizarre and Grotesque
・「URECAT - UFO Related Entities Catalog
・「Portal Fenomenum
・「URECAT - UFO Related Entities Catalog

 
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昔から会社員としての「処世のあり方」ということについてはいろいろと考えてきた。基本的にサラリーマンというのは一生懸命がんばり、かつ「自分がいかにデキルか」といったことをアピールすることにより、出世して地位も給料も上がって部下にもいろいろ命令できて万々歳──といったことを考えているものと思われるのだが、オレはちょっと違うかった。

そんなムキになって他人蹴落として偉くなったってなんか寝覚めわりィし、ま、そこそこ好きな仕事だったらできる範囲でソコソコ頑張ってりゃいいんじゃネ、という考え方である。

で、本なんか読んでると、そういう堕落した人間にとって好ましく感じられる主張と出会うこともあって、たとえば生物学者の長谷川英祐先生あたりが唱えている「働きアリの7割はいつも休んでいる」というヤツなんかはまさにそれである(何か大昔にブログのネタにした話のような気もするが、とりあえず気にしないで先に進む)。

むかし読んだだけなので詳細は忘れたが、要するに、アリの社会──といっていいのかは知らんが──というのは、意外なことにいつも一生懸命仕事をしているのはごく一部で、多くのアリたちは普段サボっているのだという。だがしかし、実はそこには大きな意味がある。そういうことをこの長谷川先生はおっしゃるのだった。

どういうことかというと、もしアリの巣を突如大災害が襲って「ギャーこりゃ巣が崩壊すッぞ、何とか修復しないとこりゃ全滅だぞー!」みたいな修羅場が発生したとする。

そんな時、ふだんから全員がフルパワーで働きまくってたらどうなるか。みなさんかなり疲弊していて余力がないので、緊急事態に対応できる体力も余裕もない。結果、アリ社会は全滅する。

ところが普段ぐーたらしてる連中がいたらどうか。

「あ、おまいら休養十分で元気あるじゃん! このピンチ何とかしてくれよ!」ということで、連中、「そっかー、じゃあ仕方ねえなー」とかいってにわかに働き出す。で、アリの社会は何とか生き延びる。

そういう意味で、この「働かない7割」ってのは実はおおいに意味がある。この先生はそういう話をしているのだった(以上の要約はオレの記憶の中にあるもので正確かどうかは知らん。違ったらゴメン)。

当然、「あんまりガシガシ働きたくねーなー」と思っているオレのような人間からすれば心地よい議論である。この説というのは無条件で人間についても当てはまるハズなのだ。というか、当てはまるかどうかはワカランが当てはまっていてほしい。であればこそ、まぁオレのような人間を会社の片隅に飼っておくというのはとっても重要なことなのだという主張もでき、何となく心も休まるというものである。

だがしかし。

何か近年の日本経済衰退の影響であろうか、最近の会社組織というのはそういう「ナンチャッテ社員」に対してはちょっと好ましくない空気が漂ってきているような気がしてならない。例えば「成果主義」の広まりというのもそうだろうし、オレの会社なんかだと最近ナニかっつーと「気合が入ってないからダメなんだ」的な物言いをする「精神論」もニワカに燃え盛ってきてるような気がする。

そういう流れになってくると、それまで見過ごされてたこういう「働かない7割」というのは俄然「迫害」の対象となってくる。「ちゃんと働けや!なにしとんじゃワレー」的なアレ。

いや、そりゃ確かにさきほどのアリの話でいうところのスゲー緊急事態が来て、「遊んでた皆さん、いまこそあんたらの出番ですヨ!」ということになったのであれば、そりゃまあ出番なのでフル回転せにゃならんのかもしらん。

だが、エライさんたちは自分たちの無能が危機を招いたクセにいぜん上の方から下々の面々に命令しているばっかりでその地位をどかない。シモジモのものを締め上げるんじゃなくて、「自分たちは失敗しましたスミマセンあとはお願いします」といってお願いしてくるのがスジである。なに逆に威張ってんだ、「違うだろー!」と一昔前の流行語を叫びたくなってくるところである。

で、唐突であるが、ここでオレは先の戦争直後の日本のことを連想したりする。

ご承知のように、戦後日本にやってきたGHQは、日本の軍国主義に協力した各企業のエライさんたちを会社から追放した。結果、上のポストが空いたので、戦後は若い連中が一気に昇進して企業内で高い地位を得ることがままあったらしい。その辺は「三等重役」といった小説にも書かれている。

で、これまたご承知のように、こうして再出発した新生日本の経済というのはその後、驚異の経済成長を遂げる。ま、実際は朝鮮戦争の特需で儲けるというような時代的な追い風もあったんで、若手のバッテキがイコール企業の活性化につながったというような単純な議論にはならないのだろうが、ともかくそれはそれとして、オレ的史観からすれば古手の支配者層が追い出されたことによって企業内には新風が吹き込まれ、なにがしかのメリットが生まれたのであろう、ということになる。

となると、最近の日本経済の低迷というのも、実はしぶとく出世競争を勝ち抜いたような連中が地位にしがみついて時代遅れになってからもその場所を空けないからだ、という仮説もアリだろう。オマイラが退陣したってあとは何とかなるんだからよーアリの社会と一緒で、などと口走りたくなる。

実は、今回こんな話を書こうと思ったのにはワケがある。きのうの某Y新聞朝刊に「経団連の会長が最近仕事にメールを使いだした、これは歴代会長で初めてのことだスゴイスゴイ」みたいな記事が載り、おそらく書き手は褒めてるつもりだったんだろうが、ツイッターとかの住民に「エッ、いままで使ってなかったのかよ!」とかいって逆に呆れられてしまう──という一件があった。

ま、こういう財界の天上人のようなエライ方々だと、PCなどいじらんでも口頭で手下たちに「オマイラちゃんとやっとけや!」で済むからいーじゃんという弁護もできようが、ともかく彼らが実に浮世離れした世界にいるのは確かで、そんなんで大丈夫かという気はする。

結論。ムリして地位にしがみつかないでいいよ。あとには代わりに頑張る連中がまだまだたくさんいるから。ま、オレはそういう場所には出たくないけどね(笑)。今回はそういうことを言いたかった。

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UFO関係の書籍で『宇宙人大図鑑』(グリーンアロー出版社、1997年)というのがある。著者は中村省三という人で、オレの知る限りではむかし「UFOと宇宙」という雑誌の編集とかをやってた人で、つまりこの世界ではけっこうな顔役の一人である。

で、この人の『宇宙人大図鑑』というのは、UFOの乗員と思われるエイリアンの出現事例を世界各地から集め、それぞれについてエイリアンのイラスト付きでその概要を紹介するという、なかなかユニークな体裁の本である。もちろんそういう本があることは知っていたが、ま、オレもそれほど熱心なUFOマニアでもないので(笑)これまで何となく買わずにきたのだった。

宇宙人大図鑑 (グリーンアロー・グラフィティ)
中村 省三
グリーンアロー出版社
1997-02



ところが、こないだAmazonでたまたまこの本のレビューを読んでたら、この本は英語の『The Field Guide to Extraterrestrials』という本をパクったものだと書いてある! 調べたら刊行年は『宇宙人大図鑑』より1年はやい1996年。著者はPatrick Huyghe。イラストはHarry Trumbore。

もちろん『宇宙人大図鑑』の最後のところにも参考文献としてこの本の名前は書いてあるんだが、自称「UFO問題評論家」(笑)としては、この手の「ネタの無批判的移入」という問題は「日本のUFO研究とポスト・コロニアリズム」というオレの年来のテーマにもつながってくる重要なポイントである(なのかYO?)。

これはちゃんと確認せねばならんと思って、Abebooksで英国版の『The Field Guide to Extraterrestrials』(New English Library)を買ってみた。以下、この「パクリ疑惑」についてリポートしてみたい。

さて、とりあえず両者を比較してみよう。

読者の参考のため、ここでは同じ事件を取り上げている両者のページを並べてみる。
(フラットベッドスキャナーで無理やり撮ったので見苦しいがそこは我慢せられよ)

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ザッとみると、両者の構成はとてもよく似ていることがわかる。基本的に見開きの左ページに事件の概略、右ページにイラストが入る。

で、読者諸兄もすぐお感じになったと思うのだが、このイラスト、実に瓜二つである。『大図鑑』のイラストを描いたのは長谷川元太郎という、そこそこ名のある人だったらしく「それにしてはこの本のイラストは下手すぎ」などと言われてきたのだが、これはつまり「オリジナルのイラストを引き写して描いてください」みたいな注文を受けてしまったがゆえの悲劇だったのではないか。

ちなみに、いちいちお見せできないけれども両者で同じ事件を取り上げているバアイ、そのイラストはほとんど全部がソックリである。少なくともイラストについていえば『大図鑑』は『Guide』を完全にパクっている。

では文章はどうか、ということになるわけだが、例えばここに挙げた「ラーンゲナルゲン事件」では、内容はほとんどダブっている。必ずしも直訳しているわけではなく、構成し直しているあたりはそれなりの工夫もあるとは言える。控えめな言い方をすれば「全面的に依拠」って感じかナ。ちなみに両者でかぶった事例をザッと照らし合わせてみると、書いてある内容は相当に似ている(同じ事件だから似るだろうよ、という主張には一理あるにしても)。

そうそう、それからもう一つ、どっちの本もエイリアンの姿かたちを「ヒューマノイド」「アニマリアン(動物型)」「ロボット」「エキゾティック(異形型)」「アパレショナル(幽霊型)」などと分類しているのだが、こういう特殊な用語をなぜか両方とも採用している。オリジナルのアイデアだったら、少しはズレてくるんじゃねーかと思うんで、少なくともこの分類の枠組み自体は後発の『大図鑑』が丸パクリしているのだろう。

ちなみに、両者で取り上げている事件はどれだけダブっているのかを数字的に確かめてみると、以下のようになる。

『大図鑑』で扱ってる事件は68件。『Guide』は49件。
両方に載ってるのは37件で、『大図鑑』のみの事例が31件、『Guide』のみの事例は12件。


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これだけみると、「パクったにしても全体の半分ぐらいじゃん。ま、そんなに責めることもないんじゃネ?」的な言い方も不可能ではない。ただイラストについては全面依拠に近いワケだし、なかなか、それはどうなんだろうね。

もちろん、本の中では明記してなくても、この本の出版にあたっては『Guide』の著作権者に「かなりネタを使わせてもらいましたんでおカネのほうは支払わせてもらいますゼ」とかいってウラで話をつけた可能性もある。それだったら、外野でいろいろ言うのは野暮ということになるのかもしらんが、いやだがしかし、日本の読者の中には「おお、日本の研究者もなかなかイイ仕事してんじゃん!」とかいって喜んでた人もいたんではないか。としたら、ハッキリことわりもせずにかなりの程度パクってこういう本を作るのは読者への裏切りじゃねーか、という気もする。


もちろん昔は著作権という概念もハッキリ認知されてなかったろうから、テキトーに外国の本をパクってきたりしてたとしてもあんまり責めるベキではないのかもしれんが、ただオレがいつも言ってるように「横のモノを縦に直す」ばっかりでは進歩というものはなく、日本のユーフォロジーが「泣く」というものである。著名な研究家の方だろうが何だろうが、こっそりこういう仕事をするのは止めていただいて、今後は「出典」等をハッキリさせた仕事を心がけていただきたいものである。

なお、最後に『大図鑑』に掲載された事例の一覧表をつけておこう。

表中の「Guide頁」というのは、これに対応する記述がオレの持ってるNew English Library版『The Feild Guide to Extraterrestrials』だと何ページに載ってるかを示したものである。ちなみに『大図鑑』のほうは、原著には出てこないけれども有名な「アダムスキー」事案だとか「パプアニューギニア事件」「ソッコロ事件」とか、あるいはオレの好きな「イーグルリバー事件」とかを独自に採り入れてたりするし、そういう啓蒙的な姿勢は良かったんだけどね、と評価してあげたい気がないでもない。

あと、念の為いっとくと、原著はエイリアンの形態分類別に編集してるが、『大図鑑』のほうが時代順に事例を並べてるところは違います。




  日時 場所 事件名 形態 Guide頁
1 1947/7/4 米・ニューメキシコ州ロズウェル ロズウェル事件 ヒューマノイド小人型 22
2 1947/7/23 ブラジル・パラナ州ゴイオ・バング ヒギンズ事件 ヒューマノイド巨人型  
3 1947/8/14 イタリア・フリウリ県カルニ ヨハニス事件 ヒューマノイド小人型 38
4 1951/9/24 米・イリノイ州オーランド・パーク オーランド・パーク事件 アニマリアン両生類型 86
5 1952/9/12 米・ウェストバージニア州 フラットウッズ事件 エキゾティック モンスター 56
6 1952/11/20 米・カリフォルニア アダムスキー事件 ヒューマノイド人間型  
7 1954/9/10 仏・カルーブル デワイルド事件 タイプ3 ロボット 104
8 1954/11/1 伊・チェンニーナ チェンニーナ事件 ヒューマノイド小人型 24
9 1954/11/28 ベネズエラ・ペタレ ペタレ事件 アニマリアン 多毛哺乳類型 74
10 1955/5/25 米・オハイオ州ブランチヒル ブランチヒル事件 エキゾティック 異形型  
11 1955/8/21 米・ケンタッキー州ホプキンスビル ホプキンスビル事件 エキゾティック 84
12 1955/8/22 米・カリフォルニア州リバーサイド リバーサイド事件 アパリショナル 幽霊型 120
13 1957/11/6 米・ニュージャージー州エベリッツタウン エベリッツタウン事件 ヒューマノイド小人型  
14 1957/12/15  *注 ブラジル・ミナスジェライス州サンフランシスコ・デ・サレス ビリャス=ボアス事件 ヒューマノイド人間型 28
15 1957/12/16 米・コネチカット州オールド・セイブルック オールド・セイブルック事件 エキゾティック 106
16 1956/1 米・ニューヨーク州ナイアガラ・フォールズ ナイアガラ・フォールズ事件 アニマリアン 哺乳類型 76
17 1958/12/20 スウェーデン・クリスチャンスタッド ドメステン ドメステン事件 エキゾティック ゼリー状生物 116
18 1959/6/26-27 パプアニューギニア・ボイアナイ パプアニューギニア事件 ヒューマノイド人間型  
19 1961/4/18 米・ウィスコンシン州イーグル・リバー イーグル・リバー事件 ヒューマノイド人間型  
20 1961/9/19 米・ニューハンプシャー州ポーツマス ヒル夫妻事件 ヒューマノイド人間型 30
21 1963/8/28 ブラジル・ミナスジェライス州ベロ・オリゾンテ ベロ・オリゾンテ事件 ヒューマノイド巨人型 54
22 1963/11/16 イングランド・ケント州サンドリング・パーク サンドリング・パーク事件 アニマリアン 鳥類型 94
23 1964/4/24 米・ニューメキシコ州ソッコロ ソッコロ事件 ヒューマノイド人間型  
24 1964/9/4-5 米・カリフォルニア州シスコ・グローブ シスコ・グローブ事件 ヒューマノイド人間型&タイプ3 ロボット  
25 1965/3/3 米・フロリダ州ブルックスビル リーブズ事件 ヒューマノイド人間型  
26 1965/7/1 フランス・バレンソール バレンソール事件 ヒューマノイド小人型  
27 1965/10/23 米・ミネソタ州ロング・プレイリー ロング・プレイリー事件 タイプ3 ロボット 100
28 1966-67 米・ウェストバージニア州ポイントプレザント ポイント・プレザント事件 アニマリアン 鳥類型  
29 1967/1/25 米・マサチューセッツ州サウス・アシュバーンハム アンドレアソン事件 ヒューマノイド小人型 88
30 1967/2/14 米・ミズーリ州ミラー郡 ミラー郡事件 タイプ3 ロボット  
31 1967/12/3 米・ネブラスカ州アシュランド シャーマー事件 ヒューマノイド人間型 20
32 1968/7/31 レユニオン島カフレ平原 レユニオン島事件 ヒューマノイド小人型 40
33 1969/5/4 ブラジル・ミナスジェライス州ベベドゥロ ベベドゥロ事件 ヒューマノイド 小人型と人間型 44
34 1970/1/7 フィンランド・イムヤルビ イムヤルビ事件 ヒューマノイド小人型 48
35 1970/8/19 マレーシア・ペナン島ブキット・ムルタヤム地区 ブキット事件 ヒューマノイド小人型 50
36 1971/8/17 米・カリフォルニア州パロスベルデス・エステーツ ダップル・グレイ・レーン事件 エキゾティック 114
37 1972/11/26 米・カリフォルニア州カッチェ・クリーク ケンドール事件 エキゾティック&ヒューマノイド人間型  
38 1972/10/11 米・パスカグーラ事件 パスカグーラ事件 タイプ3 ロボット 60
39 1973/10/25 米・ペンシルバニア州グリーンズバーグ グリーンズバーグ事件 アニマリアン 多毛哺乳類型 70
40 1973/11/10 オランダ・ユードン ユードン事件 ヒューマノイド小人型  
41 1973/12 ベルギー・ビルボルド ビルボルド事件 ヒューマノイド小人型  
42 1974/1/7 ベルギー・ワルヌトン ワルヌトン事件 タイプ3 ロボット  
43 1974/10/25 米・ワイオミング州ローリンズ ヒグドン事件 エキゾティック&ヒューマノイド人間型 64
44 1974/12/2 米・ウィスコンシン州フレドリック フレドリック事件 アニマリアン 多毛哺乳類型 78
45 1975/1/4 アルゼンチン・バイアブランカ バイアブランカ事件 エキゾティック  
46 1975/10/27 米・メーン州オックスフォード オックスフォード事件 ヒューマノイド小人型  
47 1975/11/5 米・アリゾナ州アパッチ・シトグリーブス ウォルトン事件 ヒューマノイド人間型  
48 1976/11/12 スペイン・タラベラ・ラ・レアル タラベラ事件 アパリショナル 幽霊型 118
49 1977/2/24 ドイツ・バーゲン・ビュルテンベルグ州ラーンゲナルゲン ラーンゲナルゲン事件 ヒューマノイド小人型 42
50 1977/9/15 ブラジル・リオデジャネイロ・パシエンシア パシエンシア事件 タイプ3 ロボット 108
51 1977/7/12 プエルトリコ・ケブラディラス ケブラディラス事件 アニマリアン 哺乳類型  
52 1978/5/10 ポーランド・エミルシン エミルシン事件 ヒューマノイド人間型  
53 1978/12/6 伊・トッリーリャ トッリーリャ事件 エキゾティック 80
54 1979/1/4 イギリス・ブルーストンウォーク ブルーストーンウォーク事件 アパリショナル 妖精型 92
55 1979/7/25 スペイン・ツリス ツリス事件 ヒューマノイド小人型 46
56 1979/9/25 米・アリゾナ州マラナ チャーコン事件 アパリショナル  
57 1980/11/13 イギリス・バーンサイド バーンサイド事件 ヒューマノイド人間型  
58 1982/3/22 米・バージニア州オーガスタ オーガスタ事件 ヒューマノイド人間型  
59 1983/4/30 フランス・ソスペル ソスペル事件 ヒューマノイド人間型  
60 1983/7 米・ミズーリ州マウント・バーノン マウント・バーノン事件 アニマリアン爬虫類型 82
61 1987/12/12 フランス・マルベシ マルベシ事件 ヒューマノイド小人型&人間型  
62 1988/5/13 プエルトリコ・オルミゲロス オルミゲロス事件 ヒューマノイド小人型&人間型  
63 1989/9/27 ロシア・ボロネジ ボロネジ事件 ヒューマノイド巨人型&タイプ3 ロボット 52
64 1990/8/31 プエルトリコ・ラグーナ・カルタヘナ ラグーナ・カルタヘナ事件 ヒューマノイド小人型  
65 1991/8 プエルトリコ・マグアヨ マグアヨ事件 ヒューマノイド小人型  
66 1993/6 イスラエル・カディマ カディマ事件 ヒューマノイド巨人型  
67 1993/8/8 オーストラリア・ビクトリア州ベルグラープ ベルグラーブ事件 アパリショナル 62
68 1996/1/20 ブラジル・ミナス・ジェライス州バルジーニャ バルジーニャ事件 ヒューマノイド小人型  

*注:『大図鑑』ではビリャス=ボアス事件は12月に起こったことになってるが、これは10月のハズである。『Guide』のほうもそうなっている。

そうそう、『The Feild Guide to Extraterrestrials』だけ取り上げてた12件ってナニよ?という疑問もあるかと思い、そちらも一覧表にしてみました。以下を参照されたし。


【参考】「Guide」のみ掲載の事例(洋数字は掲載頁)
1896/11/25 米・カリフォルニア州ロディ  66 ヒューマノイド
1951/5/15 オーストリア・ザルツブルグ  34 ヒューマノイド 小人型
1951/7   110 ロボット
1967/11/2 米・アイダホ州リリー 36 ヒューマノイド 小人型
1972/8/26 米・メイン州アラガシュ・ウォーターウェイ 32 ヒューマノイド 小人型
1972/8/28 アルゼンチン・ブエノスアイレス 26 ヒューマノイド人間型
1973or74 米・メリーランド州クックスビル 90 アニマリアン 昆虫型
1974/10/27 イングランド・エセックス州アヴェリー 72 アニマリアン 多毛哺乳類型
1975夏 米・コロラド州ラ・フンタ 18 ヒューマノイド人間型
1977/1/27 米・ケンタッキー州プロスペクト 102 ロボット
1979/11/9 スコットランド・ロージアン・リビングストン 98 ロボット
1986/5/29 アルゼンチン・ラパンパ・サンタローザ 58 ヒューマノイド巨人型

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というわけで、最近チマタのオカルトファンの間でちょっとした話題になっているのが松閣オルタ著『オカルト・クロニクル』である。

当ブログでも先にその読書感想文(?)的なものを掲載したばかりであるから改めて紹介することはしないが、幸い一時はAmazonからも本が消えたという噂もあるぐらい売れているようなので、今回は「祝!ベストセラー」企画(笑)として、今回の本には載っていないがオリジナルのサイトには掲載されているオカクロさんの記事「画家だって第三種接近遭遇する――レジャー星人ハウピ村事件 」に関して、オレがちょっと当たってみた新情報?を開陳することにしたい。

以下、この事件については、とりあえずは皆さんオカクロさんの記事を読んでいるという前提で論じていくこととしたい。

注:ちなみに現場の「ハウピ村」であるが、表記はChałupyであるらしく、しかしもちろんポーランド語は知らんので読み方はよくわからん。FORVOという各国語の発音を調べるサイトにいってみたら「ハウーペ」という風に聞こえたが、まあとりあえずオカクロさんの採用した「ハウピ」で通すことにしたい。


さて、詰まるところこの事件というのは、1981年8月8日夕、ポーランド北部のバルト海に面したハウピ村という保養地で、画家がエイリアンらしき2人組とその乗り物を目撃したという話であるが、そのキモは「このとき描かれた宇宙人の絵は<画家>が描いたハズなのに異様にヘタクソだった」という点にある(↓これが目撃者が残したとされるイラスト)

chalup2


この辺はオカクロさんも指摘しているが、いわゆるエイリアンに遭遇したという目撃者はそののち必ずといっていいほどイラストを描いてみるものなのだが、どういうわけか、マトモに──というかリアルにちゃんと描かれたイラストというのは事実上皆無である。


一説に「エイリアンは目撃者の画力を奪う特異な能力を持っている」(笑)と言われるほどで、だからこそ「じゃ、ちゃんとした画家とか絵心のある人が遭遇したらマトモなイラスト描いてくれるかな?」という期待が膨らむワケだが、しかし今回のチャレンジャーも画家だったハズなのに、またぞろヘタクソなイラストを描いてしまい、一敗地に塗れてしまった(orz) という話なのである

(実は過去にもヨハニス某という自称画家?がやっぱり遭遇体験をしてるんだが、そのときもイラストは「ヘタ」だった。詳しくはググられたし)


さて。


こないだふと思い出したのだが、先般購入して積ン読状態になっている『UFOs over POLAND』という本が手元にある。Piotr CielebiasというポーランドのUFO研究家が「どんなUFO事件だって、英語で書かなきゃ世界的にみたら存在しなかったのと同じことになっちゃうんだよなー」といって、ポーランドのUFO事件史を記した本である。

素晴らしい心意気である。あるけれども、スミマセン、例のエミルシン事件のとこをちょっと読んだだけで放置してましたゴメンナサイ。ま、それはともかく、「あッ、じゃ、この奇妙な事件のことも載ってんじゃネ?」ということで、今回パラパラめくってみた。そしたら、あった(48-50Pあたり)。で、わかったことを記しておく。

■ オカクロさんによれば、目撃者を「画家」だとする記述は、どうやらご覧になった資料の中では唯一中村省三著『宇宙人の死体写真集』だけが載せているようなのだが(ちなみにオレはこの本を持ってない。ま、安いからそのうちAmazonで頼むか)、このピョートルさんの本には目撃者は当時38歳の「Ryszard K, an artist from Warsaw」であった、という記述がある。ワルシャワから来たアーチスト。ふむ、ま、画家かどうかはともかくアーチストではあるらしい

■ ただこの本には、オレなんかもどっかで見た記憶のある上記の「ヘタッピーなイラスト」は載ってなくて、代わりにというか、この図版が載っていた(↓)


IMG_3856
念の為キャプションを訳しておくね。「1981年のヘル(訳注:地名)における議論多きUFO遭遇事件の模様を目撃者自身が描いた絵画 ©K・リスザード/カジミエール・ブコウスキー・アーカイブ」=なお人名は読み方テキトー=


如何でしょう。イマイチ鮮明でないんだが、これって上のイラストとえらく筆致が違うように見える。うまいのかどうかはよくわからんが、少なくとも「そんなにヘタでもない」ような気がする。エイリアンの造形なんて、東映動画のヒーローものあたりに出てきそうでなかなか良いのではないか。

がしかし、そう考えると、先にご紹介した「ヘタクソイラスト」って何だったの?ということになる。あれも目撃者が描いたのか? 誰か適当に作ったヤツじゃないのか? で、一番重要なのは、Ryszardさんが描いたのはコッチの絵で、さっきのヘタイラストじゃないということになったバアイ、「エイリアン画力破壊説」への反証が一つ挙がってきたことになる。のではないか?

■ この『UFOs over POLAND』の記述、事件のあらましについてはオカクロさんのと若干違うところもないではないが、まあおおむね合致している。ただ、加えて注目すべきことが一つ書いてあった。目撃者は「カメラを携行していたが、エイリアンを撮るのは忘れていた」(笑)ンだそうだ。そう、これもUFOにかんしてよく聞く話である。カメラを持っていた。なのに撮らない。というか「撮れない」のではないか。この辺にはUFO事件の本質に深く関わるものがあるとオレは睨んでいる。


というわけで、かえってナゾは深まったような感もある。

今回参考にした『UFOs over POLAND』という本であるが、この事件に関しては「Bzowski K.」という現地の研究家の調査をもとに記述しているようなので、本当はそっちの資料にじか当たりしたいところである。ただし、この人もたぶんポーランド語でばっかり書いてたンだと思う。ポーランド語ができて、かつUFOがお好きな方はぜひ何とかしていただきたい。

──あと、最後にひと言。このBzowskiさんは故人のようだが、UFOの調査資料はやっぱり没後に奥さんが処分して(笑)散逸してしまったらしい (ヽ´ω`)



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「奇妙な論理」「奇妙な論理 Ⅱ」というのは、いずれもオカルトに興味をもつ人の間ではよく知られている本だ。

アメリカの科学ライター、マーチン・ガードナーが1952年に出した「In The Name of Science」(のちに「Fads and Fallacies in the Name of Science」と改題されたようだが)の翻訳本で、市場泰男の訳で現代教養文庫から出ていた。ひと言でいってしまうと、自然科学サイドからするオカルト・デバンキング本である。



*と、ここまで書いたところで検索してみたら、現代教養文庫の社会思想社が潰れたせいか、そのごハヤカワ文庫のほうからも出版されていたようである。早川版も絶版ないしは品切れのようであるが、まあ古本で容易に買える。




ま、この方面では古典的な著作であるし、とても面白いから未読の方は読んでおかれるとよろしかろう。

閑話休題。

この邦訳版の2冊の本は、実は最初に「日本の読者もきっと興味があるだろうな」という章だけをセレクトして出版し、その後、「いやいやよく考えると他の章も面白いんじゃねーか」ということで続編が出たという経過をたどったようである。これでオリジナル本の25章のうち、22章まではカバーできた。だが、最近、この「奇妙な論理 Ⅱ」を再読していて気づいたのであるが、最終的に割愛された3章のひとつは、いまだ邦訳こそ出ていないものの奇現象研究家として世界的にその名も高い、あの幻の著述家、チャールズ・フォートを取り上げたものであるらしい。

訳者の市場氏は、このほか同様に記述を割愛したアルフレッド・ウィリアム・ローソン、ロジャー・バブソン(ちなみにこの二人が何者であるかはとんと知らぬ)とともにフォートの名を挙げ、「特異な奇人科学者個人を扱ったもので、内容が普遍性に欠け、教えられるところも少ないと感じたものですから、紙数が限られていることも考えて省略した次第です」と書いている。

ううむ、まぁ科学畑の人からすりゃあ、「フォート? なんだそんなヤツ、単なる変人だろが」と一蹴したくなるのはわかるが、この「奇妙な論理 Ⅱ」は1992年に出ているから、その時点でチャールズ・フォートについて(否定的ではあっても)それなりの紹介が日本語でなされていたら、彼への注目度はだいぶん違っていたのではないか、そして、近くようやく日の目を見るのではないかとウワサされているフォートの主著「呪われしものの書」の翻訳出版ももっと早く実現することになったのではないか、などと死んだ子の年を数えるようなこともしたくなってくる。

「市場さんちょっとそれはまずいッスよ、ローソンだバブソンだなんて連中は省いて結構ですが、やはりフォートは入れないと」と四半世紀前に戻って忠告してあげたいところだが、ただまぁ上に書いたように「呪われしものの書」がいよいよ刊行されるのであれば、結果オーライで良しとするか。

220px-Fort_charles_1920
Charles Hoy Fort(1874 - 1932)


【追記】
ネットを徘徊していたら原著「Fads and Fallacies in the Name of Science」のテキストを発見した。そのうちフォートを取り上げた章を読んでおこうと思う。余裕があれば、概略を当ブログで紹介してみたいし。

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ここんとこ、大相撲(笑)・アメフト・バスケ・体操、あるいはもっとあったかもしれないが、スポーツの世界でいろんな不祥事が花盛りである。

オレはこういうのは大変結構なことだと思う。なんとなれば、「スポーツは健全である」みたいな「誤解」が、こういう不祥事続発によって解かれていくと思うから。

スポーツは心身に悪い。

これはオレの年来のテーゼであるが、それが事実によって立証されつつあるといってもよい。参考までに、この問題について当ブログに以前書いたエントリー「だからスポーツマン=健全というのはウソだから」へのリンクを貼っておこう。



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