CSのヒストリーチャンネルでいま、「プロジェクト・ブルーブック」(seazon1)という連続ドラマを放送している。

いうまでもなく「ブルーブック」というのはかつて実在した米空軍のUFO調査機関で、今回はその科学コンサルタントとして調査に関与した科学者アレン・ハイネックを実名で登場させるという奇策を用いて「UFOにまつわるミステリー」というテイのドラマにしたものである。

WS0006


アメリカではそこそこ評判になったらしく、UFOファンとしては是非観ておきたい。もっともオレの家ではヒストリーチャンネルは映らないので、U-NEXTのお試し無料視聴期間を利用して第6話まで観たところである。なので、とりあえずここまでの感想を書いてみることにした。

で、このドラマの売りは、実在したブルーブックとかハイネックを登場させるのもそうであるが、本当にあった事件――たとえば「ゴーマン・ドッグファイト事件」だとか「フラッドウッズ・モンスター事件」とかいったものをドラマ中に潜り込ませて、なんとなくノンフィクション感を醸し出しているところでアル。

ただ、ここは注意が必要で、ドラマでは「いつ・どこでどんな出来事が起こったか」という事件のあらましは事実(とされること)に寄せて作ってあるのだが、それ以外はほとんどフィクション盛り放題である。だからUFOファンであれば「この辺から事実離れて暴走し始めてますなー」みたいなコトは分かるンだが、そういうUFOリテラシーのない人はあたかも全部ホントにあったことのように勘違いする恐れがないではない。

ただそういう早合点する人のことを無視すれば、これは基本的にミステリードラマなので話はいくら面白くしたってイイのである。実際、「ハイネックにつきまとうナゾの男」であるとか「奥さんに接近してくるソ連の女スパイ」だとか、およそウソ八百丸出しの伏線がいろいろあって、そういうところがワクワク感につながるのである。1950年代が舞台ということなので登場人物タバコぷかぷか吸ってるし、ストーリーとあいまったダークな映像も実にあじわいがあってよろしい。聞けば製作はロバート・ゼメキスだそうで、なるほどと納得する。

俳優陣もなかなか良い。ハイネック役のエイダン・ギレンゆーのはこれまでワル役を得意としてきた人のようだが、今回は渋いインテリ中年っつー感じでなかなか格好よい。コンビ役の大尉を演じるマイケル・マラーキーも単細胞の軍人を好演。あと、空軍の大将役でニール・マクドノーっつー役者が端役で出てくるのだが(ググって調べたw)このオッサンがいかにも腹黒そうな陰謀野郎風で気に入った。

ただまぁ、ひと言いわせてもらうと、ドラマの世界なりにリアリティは欲しいよネという感じもないではない。

たとえば、主人公のハイネックは空軍のクイン大佐なる人物とコンビを組んであっちこっち行くンだが、しかしこれだと「ブルーブック」いうのはたった二人でやってる超零細プロジェクトみたいな感じにならんか。実際の「ブルーブック」は何人ぐらいで動かしてたのかは知らんが、たとえば出張旅費の精算をする係員だって要るンではないのか。

あと、出てくる事件が相当に換骨奪胎されているという話は上にも書いたが、これが時系列的には全然違う順番で出てきたりするので、そこそこ囓った人間の側からからみるとフィラデルフィア実験的な「時空間のねじれ」が発生しているようで何となく落ち着きが悪いという感じもアル。

だがドラマとしてはこの先どうなっていくのかとゆーアトラクティブな要素満載ということもあるし、UFOファンとしてはよくぞこういうの作ってくれましたなーという思いは強い。

U-NEXTの1ヶ月の無料視聴期間が切れたあとどうするかを考えねばならンのだが、ひとつには継続契約をする手がある。もうひとつは、米国で出ているシーズン1のブルーレイ・ディスクを買う手もある(日本版は売っていないようなので)。

images
Voices Of Wonder
2019-01-14

ご承知のようにアメリカと日本ではブルーレイのリージョンコードが同じであり、国コードの設定さえされてなければアメリカ版でも日本で観られるハズである(よく知らんのだが日本で発売されてないBlu-rayであれば、国コードなんて設定してないのではないか?)。

もっともその場合も問題はある。オレは英語のリスニングはテッテ的にダメなのである。米国のBlu-rayに日本語字幕がついてるワケはない。英語字幕がついてたら、それを読みながら観るという手はあるかもしらんが、これもオレの英語力では厳しい。今後の課題である。


mixiチェック

たまたまNHKダークサイドミステリーのサイトに迷い込んだところ、次のようなアナウンスがあった。  

「ダークサイドミステリー」は、日本のアニメーション文化に多大な影響を受けて制作している番組であり、今回の京都アニメーションで起きた事件は、大変悲しく悔しく無念でなりません。
 
お亡くなりになられた方々とご家族に心から哀悼の意を表すとともに、
負傷なされた方々の一日も早いご回復をお祈り申し上げます。

    2019年7月19日
    「ダークサイドミステリー」制作スタッフ一同


京アニへの連帯を表明するのはたいへん結構なことだとは思うが、この理屈はいまひとつよくわからンかった。「バビル2世」みたいなことであろうか?

mixiチェック

ひきつづき今回『プロフェシー』を再読して疑問に思ったこと。

たいした話ではないけれどもTwitter自粛中(笑)なのでココに書くワケだが、彼のポイントプレザント「冥界めぐり」にほぼ同伴したといってもよい地元の記者にメアリー・ハイアーという人物がいる。

キールの記述を信じるのであれば、という話になるが、彼女はこの間、相当にクリティカルな体験をキールとともにしている。たとえばシルバーブリッジの崩落を暗示するような夢をみたのはまさに彼女だったのだし、奇っ怪な飛行物体をキールとともに目撃したこともある。

ただここでチト気になるのだが、彼女が死んだのは1970年であり、一方キールがこの本を刊行したのは確か1975年であった。つまり彼女はこの『The Mothman Prophecies』を読むことは「できなかった」。そこに書かれたことについては「死人に口なし」で、仮に文句があっても抗弁できなかったことになる。

もちろんキールが彼女が生きていた時点でモスマン事件についていろいろと発言していたこともあったであろうから、彼女が完全なツンボ桟敷におかれていたと断定することはできないのではあるが、さて、この5年のズレをどう考えるか。

なんとなく胡散臭い感じもする。が、その辺も含めてキールの「味」といえないこともない。それが厄介でもあり、面白いところでもある。




mixiチェック

ここンとこTwitterは自粛して「そのぶんブログでも書きましょか」的なノリでムリヤリ毎日何かしら書き続けているンだが、昨日ジョン・キールの話を書いた流れで今回も関連ネタ。

本日は日本語版Wikipediaの「ジョン・A・キール」にはどんなことが書いてあるンだろうなーと思ってのぞいてみたンだが、この記事中の「モスマンの黙示」の項目には何だかヘンなことが書いてあった。

というのは、この項目を読む限り「キールったらいろいろ捏造しやがって!悪ィ奴やなァ」的な話になっておるのだが、その論拠としてここで論及されている「スケプティカル・インクワイアラー」の記事を検索してザッと目を通してみたら、むしろこれは「イロイロと怪しい話を仕組んだ黒幕はグレイ・バーカーですた」的な話ではないのか。

つーか、そもそもこのWikipediaの記述によれば、この「スケプティカル・インクワイアラー」の記事はシャーウッドとグレイ・バーカーが共同で書いたような話になっておるンだが、バーカーはこの時点(2002年)では死んでおるでしょうが。いや確かにキールがアヤシイことを書き飛ばしているのは認めるが、これはちょっと違うだろうコレ書いたヤツは欺瞞の使者(Ⓒジャック・ヴァレ)認定。

何度も言うようにオレは英語不如意でかつ例によって今晩も酔っ払っているので何だかワケ分からん状態なのではアるが、そのうちちゃんと読んでブログのネタにしてみよっかなー、みたいな。


【追記1】
そうだ、そういえば映画「プロフェシー」の関係者含めて一連のモスマン事例に絡んだ人々は「ツタンカーメンの呪い」的に大量死しておるという話をローレン・コールマン辺りが広めているらしい。ひょっとしたらASIOSさんあたりがその辺すでにDebunkしていたような気がせんでもないが、そのあたり仮に手つかずであったら将来ブログのネタにしようかなどとメモライズ。

【追記2】
本件のキーパーソンの一人であるウッドロウ・デレンバーガーはイロイロ騒動があったあおりで離婚してしまいましたお可哀想にという話を某UFO手帖編集長に教えてもらった記憶があるが、今回「プロフェシー」を読んでたら、そのあとコンタクティーつながりで美人の奥さんと再婚したとゆー話が書いてあり、なんだ全然オイシイじゃんと思つた。



mixiチェック

最近、伝説的ユーフォロジストであるジョン・キールの『プロフェシー』を読み返しているのだが、だいぶ内容を忘れていた――というかほとんど忘れていた――こともあって(笑)いろいろと「発見」があった。

そもそもキールの文章というのはウソかマコトかハッキリしないような話をさらりと書くあたりに妙味があるワケだが、とりわけそんな観点から見るとなかなかに興味深いくだりがいろいろとあった。以下二点。

プロフェシー (ヴィレッジブックス)

ジョン・A. キール
ソニーマガジンズ
2002-09



1、ウェストバージニア州という土地

まずは、この本の舞台となっている「ウェストバージニア州」という土地に関して、である。

UFOファンには広く知られているように、この土地ではこれまでいろいろ奇妙な事件が起きてきた。本書がメインテーマとして取りあげている1966ー67年の「モスマン」騒動というのも当然その一つであるが、たとえば「3メートルの宇宙人」が出現したとされる1952年のフラットウッズ・モンスター事件なんていうのもまた名高い事件である。

*余談ながらこれは英語では10-foot-tall monsterみたいな表現が一般的であるようで、ちょうど10フィートというゴロの良さが知名度アップという面ではかなり有効だったのではないかと思う。と同時に、これはメートル表記でいっても「3メートル」となるので大変区切りがよろしい。これが仮に「身長3.5メートル」だったら我が国でもずいぶんと訴求力が削がれたのではないか*

まぁそんなことはどうでも良いので話を元に戻すと、こういう歴史があるが故に、我々UFOファンは「ウェストバージニア州というのは何だかそういう因縁のある土地柄なのではないか」というイメージを抱きがちである。で、この点に関してキールは追い打ちをかけるように、すかさず次のようなことを言うのである。



ウェストヴァージニアについて、インディアンたちは何か知っていたにちがいない。なにしろ彼らはこの土地を避けていたのだから。ヨーロッパ人がガラス玉や火酒や火薬を持ってやってくる以前、インディアン諸部族は北米大陸中に広がって、分割支配していた。(中略)それなのに地図上でただ一か所だけ、"無人地帯"と記された場所があるのだ。それがウェストヴァージニアなのである。(83p)


つまり、この辺りは昔から何だか薄気味悪い場所だったのでネイティブインディアンたちも敬遠していた土地なんだよ、ということを彼は言っている。何だかマユツバのような気もするのだが、ともかくそうやって読者をさりげなく誘導していくのがキール一流のストーリーテリングである。

ついでに、「そもそもウェストバージニア州というのはどういう土地としてイメージされているのか」というのはオレも全然知らんかったので今回改めてググってみたら、こんなことを書いているサイトがあった。



ウェストバージニア州はアメリカ国内では悪名が高いことで知られており、なかでも貧困ランキングでは毎年ワースト5に入るほどの常連です。また、世帯平均年収においてもアーカンソー州やミシシッピ州など南部の州と同様に全米で最低ランクと言われています。

ウェストバージニア州では州民の4人にひとりは肥満体質とされており、全米で最も喫煙者が多い州としても知られています。さらに、他州では通じない独特な英語や単語が日常的に使われており、ウェストバージニア州の人たちはアメリカ国内で無教養な白人に対する侮辱的な言葉である「Hillbilly」と言われることもあります。

ウェストバージニア州はバージニア州から独立した背景があり、アメリカでは東部のカントリーサイドと揶揄されることがあります。貧困で不健康な白人が多いイメージから侮辱的な見方をされてしまいがちですが、自然に溢れ人々の優しさが残る古き良きアメリカの姿が残っていることが特徴です。(サイト「公務員総研」より)


うむ、最後にちょっぴりフォローしているとはいえ、ずいぶん盛大にディスっておるなァというのが正直な感想である。アメリカの東部のほうだというので何となくハイソな感じの土地なのかと考えていたら全然違ってて、お上品な方々はあんまり住んでいないようだ。東京でいうなら足立区や葛飾区、江戸川区みたいなイメージか。

だがしかし、オレなんかは「いーじゃん、気取ってなくて」と敢えて擁護したいところもあり、なおかつそういう怪異の地ということであるならば尚更に魅力があるンではないかとも言いたい。

560px-West_Virginia_in_United_States.svg



2、怪異の場としての「学校」

この本ではモスマンにまつわるストーリーに限らず、1966-67年頃に一帯で起きた奇妙な出来事も広く紹介されている。とりわけウッドロウ・デレンバーガーという人物がいつもニヤニヤ笑いをしている「インドリッド・コールド」という「宇宙人」とコンタクトした話は有名で、この件についてはかなり詳しく書いてある。が、そういう耳目を引くストーリー以外にも「おや?」と思う記述はあるワケで、それはたとえば以下に引用するような事例だ。


一九六六年三月、ある美人の主婦(本人の匿名希望により、ここではケリー夫人としておく)がポイントプレザントの学校付近に車を停めて子供たちを待っていると、信じられないような代物が低空に浮かんでいるのが目に入った。きらきら輝く金属的な円盤形物体で、校庭の真上に停まっている。縁の部分にドアみたいな割れ目が開いていて、その外に人が立っていた。戸口に立っているのではなく、その物体の外の空中に立っているのだ! 体に密着して銀色のコスチュームをまとい、これまた銀色の非常に長い髪を垂らしている。(66p)


これはモスマンとは違う、ごくフツーの人間とみまがうような宇宙人(?)の出現譚であるが、おそらくはこの事例なども踏まえて、彼は別のところでこんなことも書いている。



学校の周辺には異常なほど多くの目撃例やいわゆるフォーティアン現象(論理的・科学的説明のつかぬ全事象をさす。超常現象研究の草分け、チャールズ・フォートの名にちなむ)が集中しているように見え、また目撃者中で最大の割合を占めるのは、七歳から一八歳までの学童や学生だからである。(220p)


偶然ではあるけれども、「UFOはしばしば学校周辺で目撃される」というテーゼは、オレがこの前たまたま買った「Schoolyard UFO Encounters」という本の主題にもなっている。

「学校の怪談」ではないけれども、子供たちが集団で行動している場には何故か「怪異」が引き寄せられてしまうのではないか。そんな連想が働く。むろんUFOの集団目撃といった事例であれば集団ヒステリー的な心的メカニズムで説明がつくケースも多いのかもしれないが、こういうキールの指摘には何となくザワザワっとした感情が掻きたてられるのも確かだ。

ちなみにキールが記しているこのケリー夫人(仮)の体験談は上記の「Schoolyard UFO Encounters」でも取りあげられている。逆にいうと、この本の著者のプレストン・デネットさんも、キールを読んでてその辺りに気づかされたのではないか、と想像したりする。何げない片言隻句からさまざまなイメージが膨らんでいく。こういうところがキールの真骨頂である。

というわけでキールの文章には、噛みしめれば噛みしめるほど味が出てくるスルメのようなところがある。もう死んじゃったけれども、UFOファンとしてはちゃんと読んでいきたい作家の一人であることには間違いない。




mixiチェック

なぜか皇室関係に圧倒的な強みをみせているNHKがまたまたスクープ、なのだそうだ。戦後の初代宮内庁長官・田島道治が昭和天皇といろいろやりとりした記録を遺していた――という特ダネである。

その一部には「拝謁記」などと称したタイトルがついていたそうで、ポイントはいろいろあるようだが、一つには、昭和天皇は敗戦後に「反省」の意を表したいなどと言っていたらしい。それは吉田茂に阻止されたようであるが、今日もなお「エライ人たち」の責任がうやむやにされてナアナアで済まされてしまうこの国の文化風土を顧みるに、昭和天皇は仮に退位に追い込まれてもよいから「反省」の言葉を語るべきであったような気がする。

もっとも、のちに天皇は記者会見で戦争責任についてどう思うか問われて、「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよく分かりません」などと、そらっとぼけていた。「反省」とはいっても、たぶんそれは「国民に塗炭の苦しみを与えたから」ではなくて「いくさに負けて皇祖皇宗に申し訳が立たぬから」だったのだろう。ここで「昭和天皇みなおしたわ」などと考えたらちょっとオメデタイような気がする。

あと、ちょっとあきれたのは天皇が「再軍備必要だよねー」的なことを語っていたという話である。NHKによればこんなやりとりがあったらしい(ソース)。

天皇「侵略者のない世の中ニなれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得已必要だといふ事ハ残念ながら道理がある」

田島宮内庁長官「その通りでありまするが憲法の手前そんな事ハいへませぬし最近の戦争で日本が侵略者といはれた計りの事ではあり、それは禁句であります」


これはまさに田島長官の言う通りである。田島さんも流石に「あんたが言うか!」と思ったのではないか。

言うまでも無い。「日本は侵略戦争を仕掛けて世界平和をムチャクチャにしよってからに」ゆうて世界からフルボッコされとった時代に「世界にはどうしたって侵略者がおるから軍隊必要だよねー」とかノンキなことを言っておるのだ(しかもこれは1952年3月の問答であるというから、サンフランシスコ講和条約が発効する一月前、つまりなお占領下の日本での話なのである)。

もちろんソ連が火事場泥棒的に北方領土をかすめ取ったりした記憶も新しいから、そういいたくなる気持ちは分からんではないが、そもそも日本が戦争をおっぱじめたからそういう火事場泥棒に遭うようなハメになったのではあるまいか。

だいたい昭和天皇というのは、先の戦争責任の話もそうであるけれども、「原爆被害者には申し訳ないが戦争というのはそういうものなので我慢してくれ」「沖縄に米軍基地を置くのは仕方ないので地元の人たちも我慢してくれ」(いすれも意訳)みたいなことを常々語っていた。そういう意味では今回の新資料、あぁなるほどそういう人だったよねーという感想を改めて抱かせる。アレッ?と思うようなところはあまりない。「そういう人」だったのだ。


mixiチェック

全然読めないのにも関わらず時々英語のUFO関連本を衝動的に買ってしまう。今日届いたのはこの本。

IMG_4998




題して「Unexplained Mysteries of the 20th Century」。



何だかよくわからんが、著者は英国のフォーティアンとおぼしきボード夫妻(全然知らんけど)であるらしい。こないだジェローム・クラークの「Unexplained!」について検索かけてたら、たまたまAmazonでこの本をレコメンドされてしまい、確かに1990年刊行の本でかなり古いけれどもレビューでイッパイ★がついていたし、かつ今も新刊で出ているということはそんなヘンな本でもなかろう(いや十分変だとは思うが)ということでミズテンで頼んでしまった。

パラパラッとめくっただけだが、UFOとか人体発火とかビッグフットとかそのあたりを幅広く紹介しているようであり、たぶん黒沼健的な本であろうと推察ス。

後ろのほうに各国の事例紹介ページみたいなのがあって、日本の項目をみたらよくわからん事例にまじって北海道・萬念寺の「毛が伸びるお菊人形」が「Okiku-chan doll」として紹介されており、和んだ(笑)。


IMG_4999



*ちなみにこの写真でいうと萬念寺ケースの3ツ上には毎日新聞が何故か紙面に載せてしまったため「信憑性アリ!」という誤解を与えてしまった「藤代バイパス車両失踪事件」の話も出ており、なかなかに興味深い。秋田の落涙するマリア像なんてのも見えますナ
mixiチェック

IMG_4991
 (太麺Ver.)

IMG_4997
 オマケ
mixiチェック

ずっと前に「ジャック・ヴァレの本に出てくる怪しい研究者たち」(笑)を紹介するエントリーをこのブログでも何本か書いたのであったが、久々にそちら関係の話を。

ヴァレの本の中にチラチラ出てくる人物として、脳科学者のマイケル・パーシンガーと作家のポール・デヴルーという人たちがいる。この二人はだいたいセットで論じられているのだが、どうしてそういうことになるかというと、このお二人、そもそもUFO体験というのは地球の地殻関係から生じる電磁気が原因であって、それが発光現象を生じさせれば「UFO出現」ということになるし、それが脳に幻覚をもたらせば「アブダクションだ」ということになるわけヨ――みたいな議論を展開していた。お互い特段の関係はなかったようだが、この二人、期せずして似たような主張をしていたということであるらしい。

うーん、じゃあウチにある強力ネオジウム磁石をこめかみ辺りに押しつけると何か見えてくるんかい、などとついついツッコミを入れたくなるのであったが、そもそも「UFOは宇宙から来ているわけではない」説のジャック・ヴァレとしては、こういう議論も有力なオルタナティブとせざるを得ない。その意味では避けて通ることのできない人物ということになる。

だがしかし、「UFOイコール宇宙船」という思慮を欠く主張ばかりが大手を振ってまかり通ってきた日本であるからして、こういうマイナー系の人(?)はわが国のUFOシーンではほとんどガン無視状態だったようで、著作なんかも訳されていない――いや、もすこし正確に言うと、パーシンガーについていえば超心理学系ではそこそこ知られた論客だったハズなので本ぐらい出てて然るべき人ではあるのだが。

というわけでオレもお二人の言説は全く精査できていないのであるが、たまたま最近本棚の奥から引っ張り出したジェローム・クラークの『Unexplained!』(1999年の版であった)にこの二人をまとめて紹介している頁があった。2頁にも満たない記述ではあったが、ま、少しは勉強になった。このへんにかんして興味のあるかたも国内には5、6人はいるだろうから、以下、その骨子を訳出してみることにした。

いつも冷静なクラークだけに、相当にテキビシイことを書いております。特にデヴルー。「ちょっと何いってるかわかんない」状態でクラクラするが、それだけについつい彼の本をAmazonとかAbebooksで探したくなるオレがいる。

 
index a_NY_BIO
Michael Persinger(1945-2018)=左=とPaul Devereux(1945-)


 アースライト仮説とテクトニクス・ストレス仮説

マイケル・パーシンガーとポール・デヴルーという二人の理論家は、地球物理学に基づいてアノマリー現象を説明しようという仮説をそれぞれ別個に編み出した。テクトニクス・ストレス仮説(略称TST)と呼ばれるパーシンガーの理論は、地殻内の歪み場が電磁電荷を生み出し、それがさらに光体を発生させたり幻覚を見せたりするというもので、その幻覚というのはエイリアンやその宇宙船、あるいは何らかの生物などといったポップカルチャーのイメージに源泉があるのだとする。この仮説の変種ともいうべきものが、デヴルーの「アースライト」概念である。

デブルーのアプローチがパーシンガーのそれと違っているのは、UFOの出現をもたらすモノとして、「圧電効果」ではなく「トリボルミネセンス」(注:鉱物の結晶などが摩擦することで光を生じる現象)をより有力な候補として挙げているところである。パーシンガーが、UFOのように見える光というのは地殻の運動があった場所から何百マイルも離れたところで観察されることがありうるとしているのに対し、デヴルーは一般論としてそのような効果が生じるのは断層線のすぐ近くに限られるとしている。

だが、総じてデヴルーの説というのは(パーシンガーに比較して)より過激な仮説となっている。彼の考えでは、アースライトというのは知性を有しており、目撃者の思考を「読み取る」ことができる可能性すらある。彼はこの仮想上のエネルギーについて「電磁気がよく知られていない形態で現れたもの・・・完全に未知の秩序に依ってたつもの・・・秘匿された力」などと語っており、そのエネルギーを社会に変革をもたらす「ニュー・エイジ」的なビジョンと関連づけている。デヴルーによれば、アースライトの研究には「人類社会の新たな時代をまるごと作り出すようなポテンシャルがある」「それは人類進化の上で重大な意義をもつもの、数多くの問題を前にした我々現代人を悩ませている(社会の)断片化を癒やす助けになってくれるかもしれないもの」だという。

パーシンガーの仮説は科学論文として刊行されたが、批判を浴びた。実証性という面ではその論拠は脆弱だったし、批判者たちは、パーシンガーは或る未解明のもの――すなわちUFOを別の未知のもので説明しようとしている、と言い立てた。彼らは、UFOや「モンスター」の目撃は地層の活動が活発でない場所で起きているとも主張した。クリス・ルトコフスキやグレッグ・ロングといった懐疑論者たちにしてみれば、TST効果やアースライトなどというものは、パーシンガーとデヴルーが示唆している途方もないモノを持ち出さずとも、球電、地震光、ウィルオウィスプ(注:鬼火の意)といった既知の自然現象として考えれば十分ということになる。

デヴルーのUFOを説明しようとする試みについて、ロングはこう記している。「<アースライト>についての様々な報告を注意深く研究してみれば、その光体のかたちは様々なものとして記録されている。そのことをデヴルーは理解していないのではないか。それだけではない。目撃報告によれば、そうした物体の形状は明らかに人工物だし、その動きは知性によってコントロールされたものであり、何らかの目的をもっているのは明らかだ。であれば、こうした物体をテクノロジーの産物である機械以外のものと考えることはできない。こうした事例で、エネルギーの塊だとかボールだとかの出現を示唆するものは全くない」。ルトコフスキはこう言っている。「光が一種の電磁気現象だという仮説を支持する状況証拠や観察結果もあることはあるが、そのようなエネルギーが本当に存在するのかどうかを実証的に判断するためには、さらなる研究が必要である」

パーシンガーは近年、UFOアブダクションの体験を「大脳側頭葉に電磁場が与えた影響が引き金となって生まれた幻覚」として説明しようと試みている。そこでパーシンガーが編み出した実験方法というのは、かぶった人間の大脳側頭葉に電磁波を浴びせることのできる「神のヘルメット」を用いたものである。たしかに多種多様な幻覚が生じた。しかしそれはパーシンガーの主張とは相反するもので、アブダクティーたちが報告したイメージと似たものはほとんど無かった。批判者たちはこう指摘している――被験者たちはアイソレーション・チェンバー(注:外部から隔絶された空間)に入れられたのだが、彼らの体験した幻覚というのは、これまで長いこと行われてきた感覚遮断実験で記録されてきた幻覚と良く似たものであった、と。言い換えれば、その幻覚というのはパーシンガーが考えた「ビジョンを生成する電磁気場」とは全く関係がなかった可能性がある。

mixiチェック

まれにみるトンデモ映画「ノストラダムスの大予言」(1974)を観ての感想は先にこのブログでも記したところであるが、この珍作の最後に山村聡演ずる首相が国会で演説――というか正確には「答弁」なんだろうが――するシーンがある。

未曾有の危機に陥った日本を立て直すため文明論的な再出発を遂げねばならンという大仰な演説で、映画を終わらせるために強引にまとめに入った感は否めず、「抽象的な美辞麗句を並べ立てただけじゃねーか」とかいって観る人から嘲笑されてきた過去もあったやに聞く。

だがしかし、改めてこのシークエンスを観てみると、確かに映画上で日本が抱えている「公害」みたいな問題と今の我々が抱えた問題はかなりベクトルが異なっているのではあるが、首相が「日本をこんなにしちまったのはオレらの責任ですスイマセン、これからは皆さんのお力も借りて何とか立て直したいと思いますスイマセン」みたいなことを言ってるのをみると、「いやでもこんな政治家ホントにいたら素晴らしいンじゃネ?」としみじみ思ったりする。

いうまでもない。現実の首相をみていると何だか自画自賛ばっかりしてて、かなりマズいところに来ているこの国の行く末をマジメに考えているようには全く思えないからなのだった。

政府統計をいじくりまわして「景気はいまとても良いです」とムリヤリ言い張ったり、某案件にかんして「私と妻がこの件に関与していたら議員やめます」とか言った挙げ句、ホントに奥さんが関わってたらしい資料が出てきたらそれも改竄してしまう(むろん当人は「オレが命令したワケではない」とでも言うのだろうが)――そんな姿を我々はここ数年、散々見せつけられてきた。

そんなことやっとる間にこの国はボロボロに腐り果てて、それこそ滅亡前夜の様相を呈しておるンではないか? まずはアンタが反省して国民に頭下げないとどうもならんのではないか?

というわけで、その山村聡の首相演説のくだりを以下に引いておく。


いま私は日本の皆さん、日本を見守っている世界の人々に向かって冷厳な事実を告げなければなりません。日本はいま、まっしぐらに破局への道をたどっております。それは同時に全人類の終末にもつながるものでありましょう。

この、燃えさかる文明の業火の中で、日本は、そして世界は本当に滅び去っていかなければならないのか。かつて地球上に覇を唱えながら滅亡していった動物たちと同じ運命をたどらなければならないのか。断じてそうあってはなりません。この、人間自らの手によって作り上げたもののために人間自らの命を絶つなどという愚かなことは、あってはならないのです。

我々政治家は長い間、皆さんにこう言い続けてきました。「我々を信頼し支持してくれ。必ずより良い、より豊かな生活をお約束します」と。そして、1億以上の人間がひしめくこの狭隘な日本列島に、驚くべき高度成長社会を築き上げて参りましたが、その上で得たものはいったい何であったか。恐るべき社会生活の破綻と、救いようのない精神の荒廃であります。しかも、我々は今日の欲望のために膨大な地球資源を乱費し、自然を破壊し続けて参りました。

しかし、自然を破壊する前に、まず人間が破壊されるという、このあまりにも明白な事実を今日ようやくにして我々は学び取ることができました。その畏れを忘れていた我々政治家の傲慢さと愚かさを、ここに深くお詫びいたします。

しかし、今からでも決して遅くはないと思います。私は、たとい世界の終末が明日訪れようとも、なおかつ一本の苗木をこの大地に植え付けたい。我々に必要なのは勇気であります。今こそ全人類は物質文明の欲望に終止符を打たなければならない。さもなければ欲望が人間生存に終止符を打つであろう。この事実を正しく認識し、全世界の人々と一緒になって同じ窮乏生活に耐えてみせる。その勇気であります。

見通しはあまりにも暗く、ほとんど絶望的ですらあります。しかし、この現実の中でこそ、本当に人間を愛し、人間を信じ、本当の意味の人間賛歌の歌声をあげることができるのではないでしょうか。のちの世代の人々をして「彼らは真に勇気ある人間であった」と語り継がれるため、我々は真の勇気をもって、今までの価値観を根底から覆し、人間生存の新しき戦いに出発しようではありませんか。政治だけではない、一人一人の人間の心の問題として、この最も苦難な戦いを全世界の人々とひとつになって戦い抜こうではありませんか。

mixiチェック

↑このページのトップヘ