さて、オレが朝日新聞で楽しみにしている数少ない連載企画「アロハで猟師してみました」の新しい記事が今朝の新聞に載っておった。連載とはいいながら、忘れた頃にポツポツと載るので油断できないのであるが。

この企画については過去に何度も触れてきたので、時間とヒマのある方はここあたりを見ていってもらえばいいと思うのだが、要するにコレ、硬直したビューロクラシーの如きテッペキの組織を誇る朝日新聞にもなんか無頼漢みたいな記者がいて、田舎に赴任したのを機に懲戒解雇されても食い扶持を稼げるように農業やら狩猟やってみっカーみたいなノリでいろいろチャレンジしてみるというふざけた企画なのだった。

ちなみに朝日新聞のサイトを見に行ったら過去記事なんかへのリンクもあるんだが、例によって数行だけ読ませて「あとはカネを払え」というシステムになっているのでした。新聞取ってないけど読みたいなーと思ったそこのアナタ、残念でしたね。

それはともかく、けさの記事はなかなか良かった。

今回の猟師シリーズが始まるにあたって、オレはこう書いた。


ちなみに今回の設定は「コメばっかり作っててもオカズがないので今度は狩猟でもやってみっか」というものである。

いいじゃないか。

人間は他の生物のいのちを奪うことで生きている。それはもっといえば「人間の性、本来悪なり」みたいなところにもつながっており、これまで人間賛歌のヒューマニズムを高らかに謳ってきた朝日新聞が、こういう企画でそーゆー人間の一面を掘り下げていくのだとすれば、これはこれで面白い。

今後に注目だな。


で、けさの記事は、まさしくアロハ記者がワナにかかった鹿を手にかけて殺す、というシーンを描いていた。実に期待通りの展開である。やってくれるじゃないか。

というのも、こういう「動物を殺す」シーンを詳細に書くのは、実のところ新聞的にはなかなかハードルが高いのだ。なぜならば、そういうことを書くとアホな読者がたくさんいて必ず「残酷だ」だとか「かわいそう」とかいって電話で抗議をしてくる。

「テメー何いってやがんだ、テメーは豚肉食わねーのか鶏肉食わねーのか」と言って反論すればいいんだが、なんせ「一見正論めいた感情論」に新聞は弱いので、そういう大衆の「意向」を忖度してしまいwリアルな屠殺シーンなどはついつい避けてしまうのだった。

ある意味、そういう世間を作ってしまったのは安手なヒューマニズムをふりまいてきた朝日新聞の責任かもしれず(いやこの場合は動物カワイソーなのでアニマリズムかw)、そういう意味でこういう記事を朝日新聞が載せたのは責任をとる意味でも大変素晴らしいことであった。そう、他の命を頂いて我々人間は生きている。そういうことを今回の記事はちゃんと直視しておった。先に「ふざけた企画」と書いたが、今回の記事はふざけたようでいてホントはそんなにふざけていない。

とまれ、アロハ記者にはこの調子でガンガン飛ばしていってほしいものである。



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このあいだツイッターで教えてもらったUFO本をさっそく購入した。



この天宮清という方は知る人ぞ知る古手のUFO研究者で、かつて日本で活動していたCBAという研究団体に関わっていたということでも名高い人物である。

で、CBAという組織はいろいろ物議を醸したアヤシイ団体ということでやがて雲散霧消してしまい、その残党の方々というのもいまではほとんど姿を消してしまっているのだが、そんな中でこの天宮氏は頑張ってUFO研究を続けてきたという奇特な方なのだった。しかもなおかつ今回の新著ではそのCBA時代の話なども書いているということだったので「近年読むに足るUFO本が出ない」といって無聊をかこっていたオレも「おおコイツはなかなか語られてこなかったCBAの内幕など読めるんではないか」といって今回久々のUFO本購入にいたったのである。

もちろんまだ全然読んでないんで、読後に思うところなどあればまた感想文など書きたいのだが、今回ここでちょっとシンクロニシティ的なことがあったので、書いておこうと思ったのだった。



というのも小生、最近ワケあってポーランドのUFO史を書いた本を読んでいるのだが(上に貼ったコレ)、この本の中で1958年12月22日にポーランドのスタニスワフ・コヴァルチェフスキーという人物がムシナというリゾート地で撮ったという有名なUFO写真があることを知った(コレ↓)

WS000326


窓の外をみたら、雲間にオレンジ色っぽく光るものがあったんで「ああ太陽かー」みたいに思って写真撮ってみたんだが、よくよく考えてみたら太陽は別にあった、アレなんだったんろうねーーとゆー話なのだが、なおかつ、写真の中ではその光っているハズのブツが黒く映り込んでいたというミステリー含みの事件である。

実際に掲載されている写真をみると、いやこれは仮に光っていたって太陽には見えんでしょうとさらに疑念が募るのであるが、それはそれとしてああなるほどポーランドのUFO写真かーそういうのもあるのかーこの世界奥が深いワイなどと思い、さらにこれってあんまり日本で知られてねーんじゃネどうなんだろうということでググってみたところ、たまたま上記の天宮さんのサイトがヒットしたのだった。

WS326
 
細かい部分で若干相違があるが、ともあれこういう事例などもインターネットなどない時代にあっておそらくは海外の雑誌などから地道に収集してこられたのだろう。おそらく、そうした地道な積み重ねの上に今回のような出版がある。たいへん素晴らしいと思う。



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なんだか年頭早々PC壊れたと勘違いして、その流れでPC組み替えに着手するハメに。構成が変わった時は備忘録的にブログにメモしてきたので、改めて現時点の構成。OSはWindows7から無償アップグレードしたWindows10(パーツをだいぶん換えたが認証は通った模様)。

【MB】ASUS Intel H370搭載 マザーボード LGA1151対応 TUF H370-PRO GAMING
【CPU】Intel core i7-8700
【memory】CORSAIR DDR4-2666MHz デスクトップPC用 メモリモジュール 8GB×2枚キット CMK16GX4M2A2666C16

 *以上は今回新調したパーツだが、以下の部分は昨秋換えたばかりである。

【GPU】 NVIDIA Geforce GTX 1060 6GB
【電源】玄人志向 NEXTシリーズ 80 PLUS Bronze 600W ATX電源 KRPW-N600W/85+


 ただ今回初めて気づいたのだが、Windows7とかにはPCの性能を評価する「エクスペリエンスインデックス」っつー機能があったワケだが10ではなくなってるのだな。なんかちょっと残念。
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オレは白光真宏会ではないが、この主張には同意する。
名称未設定

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いつも書いているように当ブログを訪れる人──いわゆるユニーク・ユーザー(UU)──は一日あたりだいたい10人で、ページ・ビューも20~30といった感じである。つまりここはいわゆる過疎サイトである。

それが昨日は訪問者が40人弱にまで増え、ページ・ビューも230ぐらいになった。「なんでだろう?」と思って調べてみるとアクセス数の多いエントリーは「日本のいわゆる『UFO着陸事例』についての一考察」とか「ハウピ村事件」であった。

これには思い当たるフシがあった。

古今東西の奇現象を紹介するサイト『オカルト・クロニクル』なるサイトを主宰し、最近同名の著作を刊行したこともあって一躍斯界の注目を集めているオカルト研究家・松閣オルタという方がいるのだが、この方がこのたび新しい記事をサイトにアップし、その中にオレのサイトのこの「日本のいわゆる『UFO着陸事例』についての一考察」というエントリーへのリンクが貼られていたのだった。ちなみに「ハウピ村事件」というのも、この松閣さん絡みのネタである。

いつも書いているようにオレは基本的に自分のサイトのページビューなんてどうでもいいと思っているのだが、そうはいっても虚空に吠え続けているのが物悲しくなることもないではなく、やはりこういう人気サイトのおこぼれを預かって騙された人が訪問してくるような「仕掛け」を工夫したほうがよかないかなー、と思ったりもするのだった。

有名寺院の門前の土産物屋が取っているが如きコバンザメ戦略。いいかもしんない。やってみようかマジ卍

【追記】
で、えーと、このエントリーは12月17日の朝に書いたのだが、いま夜になった段階でみると今日は50人ぐらい訪問者があって、ページ・ビューは260超。うーむ、メジャー・ブログに寄生するといつもとケタが違うなー。ま、そのうち何事もなくもとのように静かな環境が戻ってくるのだ、としても。




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UFO・超常現象にかんする同人誌として知る人ぞ知る存在である「UFO手帖」の最新刊――その名も「UFO手帖3.0」が完成し、この11月25日に開催された文学フリマ東京にて頒布された。近々通販も始まるようだしオレもちょこっと書いてるので、この機会に宣伝を兼ねて内容をザッと紹介してみたい。


おそらく多くの人がUFOと聞いてイメージするのは「宇宙人の乗ってきた宇宙船」といったものであろう。だがオレのみる限り、この同人誌を作っている「Spファイル友の会」というのは、そのようなステレオタイプからはちょっと距離を置いて、「何だかよくわからない現象」としてUFOをとらえ、ああでもないこうでもないといった議論をして楽しんでいる団体である。

そんなスタンスは今回の最新刊においても健在で、たとえば今回の特集「宇宙<そら>から来ないUFO」というのは「UFOは宇宙の果てから来てるとは限らないでしょうよ」というコンセプトから編まれたものである。

「地球の内部は空洞になっていてUFOはそこから来るんじゃねーか」「いやいやUFOは海とか湖とかに潜んでいるハズ」「つーか異次元とか未来から発進してきてんじゃネ?」等々、この業界には実はいろいろと変わった説というものがある。そのあたりの異説をザッと眺めてみましょうヤというのが今回の特集の狙いである(たぶん)。

さて、「地球内部」ということでいえば、その前提として「地球空洞説」というものを考えてみなければならん。表紙を飾るイラストは今号も本誌専属アーティストともいうべき窪田まみ画伯の手になるものであるが、その辺を暗示する意味深長かつ不気味なウサギが登場しており、まずもってワクワク感をそそられる。

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そこでページを繰ってみると冒頭、馬場秀和氏が地球空洞説の系譜をたどる「惑星とプラムプディング」という論考をものしている。19世紀初め頃に活動したアメリカの退役軍人ジョン・クリーブス・シムズあたりを嚆矢として今にいたる流れを紹介しているのだが、実はこの馬場氏、オレが勝手に「平成の戯作者」と命名しているぐらいで真面目な論考のフリをしてその中に大法螺を紛れ込ませる才人である。なので、その辺の虚実を見極めつつニヤニヤしながら読む。それが実に愉しい。

「地球空洞説」関連では、藤元直樹氏の「明治26年のシムズ地球空洞説――新聞紙『國會』に連載された「地心探検」をめぐって」も興味深いもので、シムズとその後継者たる息子の主張が明治時代には既に本邦に紹介されていたことを明らかにしている。ま、昔から奇譚好きの人というものはいたのだなぁと感慨を誘う。

次いで「海のUFOと、水の子供たち」なる項目がある。とりわけ水辺の怪異みたいな話を聞くと「ああ、そういうのは何かあるかもしれないネ」という気になってくるもので、そのあたりに触れた秋月朗芳編集長の論考などなかなかに考えさせる。

特集掉尾を飾るのは「別世界からきたUFO」のパートで、礒部剛喜氏の「マゴニア異聞の逆襲―UFO現象理論の現在」がオレ的には面白かった。「イヤでもさー、これまでアレコレ言われてきた説ってのは結局どれもこれもユダヤ・キリスト教の世界観に引っ張られたものなンじゃネ?」というもので、いわばフロイトにおける汎性欲論の如き統一場理論😲を打ち立てて個々のUFO仮説の相対化を図っちゃおう、みたいなスゲー壮大な議論であった。

以上が特集の内容紹介でした。で、えーと、こんな調子で順番に紹介していこうと思っていたのだが、はやくもこの辺で疲れてしまったので、あとは駆け足で。

常連寄稿者による常設コーナーは今回も充実しておる。

「UFOと音」(UFOが登場する音楽の話。ペンパル募集/ 雅 / 中根ユウサク / 金色髑髏)
「UFOと漫画」(渚のいん / ペンパル募集)
「この円盤がすごい!」(ものぐさ太郎α)
「アダムスキーみたいな人たち」(島村ゆに)
「UFOと文学」(馬場秀和)
「古書探訪」(中根ユウサク)
「シリーズ超常読本へのいざない」(馬場秀和)
「乗り物とUFO」(ものぐさ太郎α)
「ブルーブックもつらいよ」(雅)

――といったラインナップである。それぞれ皆さんお得意の切り口で書いているので勉強になります。で、有江富夫氏の「新編・日本初期UFO図書総目録稿(1975-1979)」というのは関連図書のデータベース。これもホント頭が下がる。

あ、そうだ、それからゼヒ触れなければならないのが、UFO本の名著『何かが空を飛んでいる』の著者、稲生平太郎氏(その正体が英文学者の横山茂雄氏であることは皆さんご承知だろう)による玉稿「新興宗教俳句の頃」である。

これは稲生氏がかつて濱口腎虚(笑)名義で伝説の雑誌「ピラミッドの友」に書いた原稿の転載であるが、かつて本邦には「新興宗教俳句」運動なるものが勃興した時期があった――というウソ設定のもと、そこから生まれたUFOや怪奇現象をテーマにした名句を紹介する、という体裁のエッセイである。あたかも高尚な文学運動を回顧するようなポーズをとりつつ、そこで紹介される迷句があまりにもキッチュなシロモノなので爆笑を誘ってしまうという仕掛けで、その落差が実に素晴らしい。

とまれ、今回もUFO好きであればいろいろと楽しめる同人誌になったと思う。通販が開始になったあかつきにはゼヒ多くの人たちに注文していただきたいものである。


(追記)言い忘れたが、今回オレは「読書感想文『ノー・リターン』を読んで」というのを書いた。ほとんどの人が知らんと思うが、1959年に米国であった「ジェリー・アーウィン事件」について再調査を試みたデヴィッド・ブーハーの『No Return』という本の紹介である。おヒマがあれば読んでネ、という感じである。ちなみにこの本についてはこのブログでもたびたび触れてきた。このヘンとかこのヘンなので興味があれば覗いてやって下さい

(追記2)やはり過去のエントリーで既刊の「UFO手帖2.0」についても短い感想文を書いていた。そっちにもリンクを貼っておこう


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何だか最近フレディー・マーキュリーの伝記映画みたいなのが公開されたらしく、ずいぶん評判も良いので観に行かねばならないのだが、そんなこともあってクイーンのベスト盤を再生などしながらネットサーフィンをしていたところ、たぶん自分の中の「昭和回顧脳」みたいなものが刺激されたらしく、そういえば子供の頃にヘンなLPレコードをもってたことを思い出した。

「燃える男のバラード 長嶋茂雄その栄光のドキュメント」
  というのである。

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ちょっとググってみたところ、1971年の制作のようで、しかし別に長嶋茂雄が歌をうたっているわけではなく、名試合の実況だとか長嶋のモノローグとか仲代達矢のナレーションとかで彼の野球人生を振り返るという、ま、一種のラジオドキュメンタリー的なシロモノなのであった。

長嶋の引退が1974年であるから制作はそのちょっと前で、おそらく野球選手人生も終盤に入った長嶋をたたえようという狙いで作られたものと推察されるわけだが、しかしよくよく考えるとオレは当時から阪神ファンであって、なぜ宿敵巨人の長嶋を讃えるLPを買ったのか不思議でならないのだった。

ただまあ、オレも子供心に敵として迎えたときの長嶋の怖さというものは知っていて、なんとなくそのヘンにリスペクトがあったから魔が差してこんなものを買ってしまったのかもしれない。

彼の怖さということでいえば、その頃、オレはよくラジオで阪神戦を聴いていたのだが、当時阪神にはアンダースローのエース格で上田二郎という人がいて(なんか定期的に名前の漢字を変えることで有名な人で、いまはたぶん「次朗」だと思う)その日の彼は、なんと宿敵巨人相手を9回までノーヒットで抑えていたのだった。

で、ついに9回2死。そこで打席に迎えたのが長嶋。敵の大将格でもあり、こりゃ何がなんでも抑えて屈辱を味あわせてやるゼとオレは願ったのだったが、なんとここで長嶋がセコく内野の間を抜くヒットを放つ……ま、実際に敵ながらアッパレ、ではあったのだ。

ちなみにその試合があったのは1973年7月1日。もう45年も前のことである。レコードのほうはまだ実家のどこかに眠ってるのか、あるいは捨てられてしまったか。その辺は定かではない。








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kikuya

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さて、こういう辺境ブログはだいたい一日に10人ぐらい訪ねてきてくれれば御の字である。

それが昨日あたり15人ぐらいに急増(笑)していた。どうしたんだろうなーと思って調べてみると、以前書いた「アロハで田植えしてみました」関連のエントリーに若干名訪問者があった。

ここで簡単に説明しておくと「アロハで田植えしてみました」というのは、朝日新聞のアウトロー(を気取る)名物記者が田舎の支局長に転出したのを契機に「仮にクビになっても食っていけるように田んぼでコメを作ってみるか!」という、およそ冗談としか思えない設定に従って米作りに挑戦するとゆー企画であった。

*念の為言っておくと、朝日新聞の企業年金というのはスゲーいっぱいもらえるので、こういうベテラン記者が辞めたって相当なカネは毎月入ってくるだろう。だから汗水流して田んぼを作る必要は実際にはない。もっとも懲戒免職とかになったらそーゆー年金がもらえるかどうかは知らん

というわけで、そもそもの設定自体が異常に嘘くさいけれども、これまで「大衆はバカだ」と下々のものどもを見下してきた朝日新聞がその辺の農民にアタマを下げて教えを乞うというストーリーがなかなか痛快であり、オレもこのブログで「いいじゃないか!」と時にその辺の論評をしてきたのだった(この辺とか)。

で、実はこのたびこの企画の新シリーズ「アロハで猟師してみました」というのがまた紙面で始まったので、おそらく検索をかけたヒトがこのブログに(約5人ほどw)迷い込んできたのであろう。確かにオレも新聞のほうでこの企画を目にして「お!また始まったか!」と喜んでいたのである。

ちなみに今回の設定は「コメばっかり作っててもオカズがないので今度は狩猟でもやってみっか」というものである。

いいじゃないか。

人間は他の生物のいのちを奪うことで生きている。それはもっといえば「人間の性、本来悪なり」みたいなところにもつながっており、これまで人間賛歌のヒューマニズムを高らかに謳ってきた朝日新聞が、こういう企画でそーゆー人間の一面を掘り下げていくのだとすれば、これはこれで面白い。

今後に注目だな。





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11月25日に開催される「第二十七回文学フリマ東京」に向け、おそらく日本でも唯一ではないかと思われる円盤・超常同人誌「UFO手帖」の新刊――その名も「UFO手帖3.0」の編集作業が急ピッチで進められている(そうです)。

オレ自身1本原稿を書いているということもあって今回の新刊が多くの円盤ファンの手に渡ることを祈念しているのだが、前もっての景気づけというような願いも込め、今回は昨年11月刊行の既刊「UFO手帖2.0」にオレが書いた原稿「この円盤がすごい!1962年版」を再録してみようと思う。

ちなみに「この円盤がすごい!」というのは連載シリーズのタイトルで、「円盤の事件にもいろいろあるけども、オレ的にイチオシの凄いヤツっていうとコレだよね」的な事件を同人が持ち回りで書いていくという企画である。というわけで今回の新刊にはどんな事件が登場するンであろうか乞うご期待!!デアル。

【注】なお以下のテキストはPCの隅っこに転がったのをコピペしたヤツで、ひょっとしたら掲載したのと微妙に違っているかもしれない。あと、適宜リンクなんかも貼ってみた




★この円盤がすごい!1962年版 『リヴァリーノ事件』

すごい円盤事件とは何か。個人的には「家族が自分の面前で円盤に攻撃されたり掠われたりしているのに為すスベなし」という事件がイチバンだと思う。

自分が被害者だったら、「ま、しょうがないか」といって諦めもつく。しかし、家族がヤラレているのに自分は無力、というのはキツイ。こういうトラウマは癒やしようがない。

AVビデオでは「夫の目の前で人妻がなんかされてしまう」というストーリーは定番であるらしい(よく知らんがw)。これなんかも、「家族の面前」的シチュエーションが如何に人間の内面の深いところをえぐってくるかの証左と言えよう。

そこで、円盤方面における「家族の面前」事件である。円盤ファンがまず思い浮かべるのは、息子の目の前でオヤジが円盤に撃ち殺されたという「エイモス・ミラー事件」だろう。ただ、これは根も葉もないデマだったことが明らかになっている

だが「捨てる神あれば拾う神あり」で、インチキとは決めつけがたい事件も無いわけではない。今回取り上げたいのはその一つ、「リヴァリーノ事件」である。

事件は1962年8月19日から翌日にかけて起こった。舞台は、ブラジル・ミナスジェライス州の州都・ディアマンティーナ近郊にある、ドゥアス・ポンテスという集落である。ここに、リヴァリーノ・マフラ・ダ・シルヴァという男がいた。川底とかをさらって屑ダイヤを拾う仕事をしている労働者である。(年齢はハッキリしない)。

住んでいたのは、電気も通じておらず、ラジオや時計すらない小屋のようなあばら家だった。彼は前年に妻を亡くし、12歳のライムンドを頭に2歳の末子まで、3人の子供を男手一つで育てていた。以下の顛末は、この長男の証言に拠る。

 ――19日の深夜、就寝中に目がさめたライムンドは、寝室を何者かがうろついているのに気づいた。前後して父親のリヴァリーノも目をさます。身長は1メートル足らず。人影は中空を浮遊するように動き回り、子供たちの寝姿をのぞきこんだりしたあと、戸外に出て行った。

 事件はここから奇怪な展開をみせる。屋外から「あれがリヴァリーノのようだな」としゃべる声が聞こえてきたのである。父親は「誰だ!」と叫んだが、答えは返ってこない。さらに「お前を殺してやる」という声。怖くなった父親が祈りの言葉を口にすると、追い打ちをかけるように「そんなことをしても無駄だ」と言う。それきり何者かの気配は消えた。流石に彼らは一睡もできなかったという。

 怪異はなおも続く。一夜明けた20日の朝、ライムンドは馬の世話をするため外に出た。すると戸口の前に、ややつぶれた感じのボール状の物体が2つ浮かんでいた。一つは黒、もう一つは白黒のまだら模様。直径はいずれも40センチほど(直径1メートルとする資料もある)。ともにアンテナ状の突起と、尻尾のようなものがついていて、シューシューというような奇妙な音を立てていた。背後からは、火か、あるいは強烈な光のようなものを発していた。

 仰天したライムンドが父親のリヴァリーノを呼ぶと、2つの物体は合体し、黄色い煙のようなものをつむじ風のように吹き出した。息子に「来るな!」と叫んだ父親は、アッという間にその煙に全身を包まれてしまう。ライムンドは夢中で煙の中に飛び込んだが、嫌な臭いがしただけで、父親の姿は見えない。やがて煙は失せたものの、そこには奇妙な物体も父親の姿も無かった。周囲の地面はチリひとつなく、まるでホウキで掃かれたかのようだった。

 慌てて付近を探し回るが、父親はみつからない。やむなくライムンドは警察に届け出る。ディアマンティーナからやってきたウィルソン・リスボア警部を中心に、捜査が始まった。だが、近くで人間のものらしき血痕がみつかったのを除けば、不審なものは何も発見されなかった。警察犬も投入されたが、行方は杳として知れなかった。

 当然ながら、警察はライムンドの証言を疑った。貧乏暮らしに嫌気がさした父親が子供たちを捨てて失踪したのではないか。ライムンドが何らかの理由で父親を殺し、遺体を隠したのかもしれない。あるいは、ライムンドは父親が何者かに襲われたのを目撃し、ショックのあまり妄想にとりつかれたのではないか、等々。だが、親子の仲は良かった。リヴァリーノが誰かの恨みをかっていた様子もない。

 ライムンドは警官や判事、医師に何度も事情を聴かれたが、証言は一貫していた。ジュアン・アントゥネス・ド・オリヴェイラなる医師も、「栄養失調ではあるが、精神的な異常は認められない」という診断を下した。

ちなみにオリヴェイラ医師は、念のため、彼を試すトリックも仕掛けている。全身を布で覆って横たわり、「死体」のフリをした人間の前に彼を連れていき、「これが君の父親だ。君はウソをついたね」と問い詰めてみたのだ。しかし、ライムンドは「あの<ボール>がお父さんを返してよこしたんだね」と言うだけで、証言を翻すことはついぞなかった。

 一方、この事件に関連して、ディアマンティーナで司祭をしていたホセ・アヴィラ・ガルシアは、郵便局に勤めるアントニオ・ローシャなる人物から奇妙な話を聞いた。リヴァリーノ失踪の前の週、彼の家の上を2つの「火の玉」が旋回しているのを見た、というのである(19日の夕方だとする記録もある)。

 リヴァリーノの同僚二人が数日前、彼の家の前で身長1メートル弱の生きもの2体が穴を掘っているのを見たという情報もあった。2体は、目撃されたのに気づくと茂みに飛び込み、ほどなくそこから赤い物体が飛び立った、とされる。ただ、この目撃をしたのはリヴァリーノ自身だったという別伝もあり、何だかあやふやである。それに、穴を掘っていたのならその痕跡が発見されて然るべきだ。この目撃談はあまり信用すべきではないかもしれない。

 事件は「ディアリオ・デ・ミナス」「トリビューナ・ダ・インプレンサ」といった地元紙が報道し、それらをソースに「APROブレティン」「フライング・ソーサー・レビュー」といった一流UFO誌も大々的に取り上げたが、最終的には迷宮入りする。

ただ、いささか気になる後日談がある。「エストレラ・ポーラー」なるディアマンティーナの新聞は、翌1963年5月10日、現場の近くでカーニバルの時期に(つまり2月末だろう)人骨が発見されたというニュースを報じた。そして、そこからは遺留品としてリヴァリーノのベルトが見つかった、というのである。

「なんだ、やっぱり犯罪か事故に巻き込まれたんじゃネ? ライムンドの証言は全部妄想でしょ」。こんなツッコミが聞こえてきそうだ。しかし、事件や事故を示唆する証拠は全く無かったわけだし、徹底的に捜索された筈の一帯から半年後に骨が見つかるというのもヘンだ。当時はDNA鑑定などなかったから、この骨がリヴァリーノのものなのかどうかもわからない。我々もまた、ここで「煙に巻かれてしまう」のである。

 ちなみに事件の主人公であるライムンドは、この後、孤児院に入れられる。その後半生がどんなものだったかは定かでないが、現地ブラジルの研究者によれば、彼は2001年に亡くなったらしい。文字も読めず、時計の見方すら知らなかったライムンド。とても内気な男の子だったというライムンド。事件の真相はともかく、重いトラウマを負ったであろう彼の生涯を思うと、そこは流石にしんみりしてしまう。

かつて「Spファイル」(注:「UFO手帖」の前身のエンバン雑誌)のサブタイトルで用いられた名言をここで援用するならば、UFOは「ちょっと、さみしい」のである。 (おわり)

raimundo

これはイタリアのアヤシイ雑誌にこの事件が紹介された際のイラスト。明らかに「盛っている」イメージカットなのだが、まあ許してやってほしい。



■参考資料
・南山宏『謎のUFO怪事件』 (広済堂文庫、1992)
・Pablo Villarrubia Mauso『LAS LUCES DE LA MUERTE』(Edaf, 2004)
・「Bizarre and Grotesque
・「URECAT - UFO Related Entities Catalog
・「Portal Fenomenum
・「URECAT - UFO Related Entities Catalog

 
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