気が滅入ったときはやはり啄木である。こんなのもなかなか良い


盛岡の中学校の
露台バルコン
欄干てすり最一度もいちど我をらしめ

帰らざる日、というヤツか。

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あんまり放置状態にしておくのもナンなので、こないだ福島市の「UFOの里」までドライブしたとき展望台で撮った画像を上げておこう。雨上がりで、さわやかであった。

もちろんUFOは飛んでいなかった。



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先ごろ、某UFO現象学者の方がネットに書いておられる連載コラムを興味深く読んだ。

オレが理解する限りその論旨というのは、「米当局はブルーブックとは別に早くから秘密の組織を作ってUFOの調査・研究を進めてきた。その辺のことは、米空軍の活動にUFO問題の顧問として関わってきたアレン・ハイネックもソコソコ感づいていたフシがある」というものである。

で、コラムでは、その辺の傍証としてジャック・ヴァレの著書『禁じられた科学 Forbidden Science』の記述が引かれている(ちなみにこの本はヴァレの日記を刊行したもので、いってみればUFOにかかわるヴァレの活動日記である)。

もちろんジャック・ヴァレ自身がこういう陰謀論を主張しているのでそれはそれで筋が通っているのであるが、念の為、この研究者の方がコラムの中で引用している同書の「1967年7月12日(水)」の項を読んでみた。で、その結果、オレとしては「ハイネックが米当局の二枚舌を十分知っていながらスルーしてきた」という読み方は、流石にちょっと言い過ぎではないかなーと思った。

で、せっかくなのでそのあたりの概略を以下に訳出してみたい。ちなみにこれはヴァレの日記なので、一人称で語っているのは当然ヴァレということになる。例によって適当訳であり、誤訳があるかもわかりませんので、その辺はあらかじめお詫びしておきますネ  m(_ _)m

*念の為に言っておくと、このくだりは「ヴァレが自らの陰謀論の証拠だと考えている「ペンタクル・メモ」を「発見」した直後、その辺の背景についてハイネックからなんとか言質を取ろうーーという狙いでサシでかわしたやりとり」という体になっておる(ペンタクル・メモに関しては過去のエントリーを参照いただきたい)


ハイネックは、どんどん前に進んでいきたいという君の熱意は理解できる、と言った。

「空軍と一緒にやってきた年月について、私はもっと疑問をもつべきだったのかもしれないね」。彼はそう語った。

「プロジェクトの全体像をみていくと、ロバートソン査問会のあった頃にターニングポイントがあったんじゃないか。僕はそんな風に思っているんですよ」。私はペンタクルの書簡には触れずに、こう言ってみた。

「君は正しいのかもしれない、ジャック。君は力ずくで私の目をさまそう、さまそうとしてくるね」

「昔のことをもう一回振り返ってみようではありませんか」

「うむ。UFOが最初に姿を現した頃、空軍はまだ存在していなかったよね。フォレスタルは最初のプロジェクトを始動させた。今では単純明快に<プロジェクト・ソーサー>と呼ばれているヤツだ。そのあと、1947年9月に<プロジェクト・サイン>ができた。彼らが民間の科学者たちの助力が必要だということに気づくと、今度はバテルの責任の下で<プロジェクト・ストーク>が立ち上げられた。私はそこに顧問として参画したわけだ」

「あなたはコロンバスにある彼らの施設を訪ねたことがありますか?」

「時々はね」

「ロバートソン査問会が開かれた頃に連中がどんなことをしていたか、あなたはチェックしていましたか?」

「その時期には出入りしていなかったんだ。正直言うと、連中はスパイ小説もかくやという調子で仕事を進めていて、なんて下らないんだと思っていた。私は大間違いを犯していたのかもしれないが」

彼は続けた。「で、ロバートソン査問会は<プロジェクト・ストーク>を廃止に追いやった。バテル記念研究所は1953年の末、かの有名な<レポートNo.14>を仕上げたわけだが、それがプロジェクト・ブルーブックによって公開されたのも1955年になってからだった。軍のプロジェクトは、その時点では<ホワイト・ストーク>と呼ばれていた。フレンド中佐の下で、ブルーブックが対外技術局 Foreign Technology Division のケツもちをするようになったのは、ずっと後のことだ。その2年後になると、僕が顧問を務めているプロジェクトは<ゴールデン・イーグル>になって、契約相手はマグロウヒルに移ったというわけさ」

「<ゴールデン・イーグル>の枠組みの中で、プロジェクト・ブルーブックのために働いている科学者は他に何人いるのですか?」

ハイネックはその問いに驚いたようだった。

「知っている限り、僕ひとりしかいないよ。他にいるのはプラズマや推進機関、航空学といった分野に関する民間の専門家で、彼らは対外技術局が集めて来た資料――主にロシアの航空宇宙テクノロジーについてのデータなんだが――を分析しているんだ」

「では、こんな質問をさせてもらえますか。仮に秘密の研究がブルーブックとは別のところで為されていたことを我々が見つけたとしましょう。我々はそれを公にすべきなのでしょうか?」

「当たり前じゃないか。そんなことが行われていたとしたら、科学に対して、そして憲法が尊重してきた様々なものに対して、紛れもない犯罪が行われたも同然だろう」

「でも、科学者たちには真実を知る権利がある、などと言えるでしょうか? 例えば、ロバートソン査問会に対して [ UFOの存在についての ] 証拠がいかほどか伏せられていたという事実が判明し、私たちがそのことについて裏づけを得たとしましょう。その場合、こうした事実は科学者たちや大衆に告げられるべきなのでしょうか?」

「当然、我々は彼らに知らせるべきだろうね」

「僕は、彼らには知る権利がある、とは言い切れないと思うのです。コンドンのような人物の教条的な態度を見て下さいよ・・・」

   (以下略)


この辺の問題に詳しくない方だと「コンドンって誰よ?」「ロバートソン査問会?」「フォレスタルって?」などといろいろ疑問が兆すとは思うが、ここではその辺の説明は一切省略させていただく(笑)。

で、原著では以下、「科学者っていっても実際は偏見まみれで、ちゃんとUFO問題について考えてねーじゃん」というヴァレの主張が展開されていく。ちょっと論点がズレていくということなのだろう、このコラムでもここから後の議論については触れられていない。

さて、こういう記述を虚心坦懐に読むと、ハイネックが「国民に知らせず、いわば二重帳簿的に極秘のUFO研究をやってたらとしたら、そりゃマズイよなー」と考えていたであろうことがわかる。ただ、「実際やってたんでしょ?」といって詰め寄るヴァレに対して、ハイネックは「いやしかし、オレはそんな証拠もってねーからさー。ひょっとしたら何かコッソリやってたのかもしれねえけどさー」といって困惑している風がある。

しかし、コラムを読んでみると、「すべてを知っていたハイネックが痛い所を突かれて狼狽している」みたいな話になっている。つまりハイネックが逆ギレしてヴァレに食ってかかった、みたいな解釈がなされている。いやーそれはどうなんでしょうかとオレなんかは思う。ハイネックはあくまでも「ヴァレの言い分はわかるが、オレには確定的なことはいえない」って言ってんのじゃないのか。

ま、翻訳家としても知られる方の御説に楯突くようでナンだが、この辺のことに興味がある好事家方のためにいちおうオレの考えを提示しておくことにしました。



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アメリカはユタ州のシーダーシティ近郊で起こったジェリー・アーウィン事件(1959年)をテーマにデヴィッド・ブーハー氏(写真下)が書いた『No Return』という本の感想文を近々某UFO同人誌に書く予定である。ちなみに写真上は若き日のアーウィン氏であり、写真中はその近影である。刊行は今秋と聞いている。

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現代が「UFO冬の時代」であることは皆さんご承知のことと思うが、その理由の一つは、人々の耳目を集めるUFO事件が少なくなっているところにあろう。

ま、何でそういうことになっているのかはそれ自体大きな論点たりうるのだが、それはさておき、確かに昔のUFO事件はなかなかに派手であった。

そんな重大事件の一つが、1957年12月15日の深夜から翌日にかけてブラジルのミナス・ジェライス州で起きたビラス=ボアス事件である。

これは、田舎の農場で日々働いている勤労青年アントニオ・ビラス=ボアスが夜中にトラクターで畑を耕していたところ(何分にも暑いので夜中に仕事をしていたのである)、何やら怪しいUFOが着陸し、そこから現れた小人によって中に連れ込まれてしまった、という事件である。

面白いのはそれからで、この青年、UFOの中で服を脱がされる。で、そこに全裸の女性宇宙人(?)がすり寄ってきたんで、ついついセックスをしてしまった(しかも2回)。そのあと彼は地上に戻されるんだが、ともかくこういうとてもエキセントリックな話だけに、その後のUFOシーンではけっこう注目されてきた経緯がある。かつ、「これはいわゆる宇宙人による誘拐=アブダクションの世界初の事例ではないか」という風にも言われてきた。

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ちなみに「Antonio Villas Boas」でググると、こんなよくわからないイメージカットがヒットしたりする。このカットはちょっと違うんじゃないかなーとオレは思うが。

ちなみに、昔の「不思議大好き少年」は少年マンガ雑誌を通じてUFOを学んだものであるが、たぶんこの事件は話が話だけに健全な青少年にはふさわしくないということなのだろう、あんまりそういう雑誌で読んだ覚えがない。そういう意味ではコレ、何となく淫靡な味わいを漂わせる事件でもあったのだ。

閑話休題。またまた長い前振りになってしまったが、実は最近、アメリカのデビッド・ブーハーという人が書いた『No Return』というUFO本を読んでいたら、この事件の話が出てきた。どういう文脈で出てきたかというのは一切省略するけれど、面白かったのは、この事件はホントは宇宙人とかは全然関係なくて、CIAとかどっかが純朴なブラジルの青年を騙して仕組んだでっち上げのストーリーなんじゃねーの、という説が一部にあるらしい。




いわゆる謀略説というヤツで、オレはあんまりそういう方面には興味がないけれども、たとえば「アメリカ政府は秘密兵器の開発をカモフラージュするため、隠れ蓑としてUFOばなしを大衆に広めている」的な議論である。

で、このビラス=ボアス事件の背景にもそういう当局の暗躍がみてとれるということで挙げているのは、例えばこんな人物の証言である。


ユーゴスラビア生まれの言語学者で、自称元CIAのエージェントだったボスコ・ニデルコヴィックは1978年、アメリカのユーフォロジスト、リッチ・レイノルズのインタビューに応じて、1956年から63年にかけてラテンアメリカでCIAの偽装団体の下で働き、「オペレーション・ミラージュ」として知られる心理作戦に加わったことを明かした。

これは世界各地でニセのUFO事件を起こすという秘密のプログラムで、彼はヘリコプター部隊の一員として、ビラス=ボアスが住んでいたブラジルの一地方を飛行し、疑う事を知らない人々の住む田舎で心理作戦や幻覚を起こす薬剤を使ったテストを行ったのだという。


うーん、いくら大国アメリカでも、ブラジル国内でそんな勝手なことはできないんじゃねーか、というのがオレの第一感だが、ともかくそういうことを言ってる人がいるそうだ。ちなみにその話は下の本の111-113pに書いてあるというので、興味のある方はぜひ読んでみて下さい。



デビッド・ブーハーは、このほかにも「どうも怪しい連中が何か仕掛けてンじゃねーの?」的な話を紹介している。例えば、ブラジルのジャーナリスト、パブロ・ヴィラルビア・マウソは、ビラス=ボアスの妹(姉かもしらんが)のオデルシアさんからなかなか興味深い証言を聞いている。

どういうことかというと、妹さんによれば、事件後、ビラス=ボアスのところに、揃いのユニフォームを着て「NASAから来た」という5人組がやってきたことがあるのだという。で、連中は嫌がる彼をアメリカに連れていき、いろいろ尋問したりウソ発見器にかけたりしたが、その際、彼に「空飛ぶ円盤」の一部と称するものを見せ、彼が誘拐されたときに見たものと似ているかどうか聞いたという(ちなみに彼は「似ている」と答えた)。で、その男たちは「地球外生命体は我々の惑星を訪問している」みたいな話を聞かせたそうだ(なお、オレはちゃんと読んでないが、その妹さんへのインタビューはココで読める)。

これがホントだとすると、「こいつら最初の事件もコミで純朴な農村の青年を騙しにかかってんじゃネ?」とゆーことになるので、ま、「何でそんな大掛かりなでっち上げをせにゃならんのだ」という疑問はあるにしても、この妹さんの証言は陰謀論を支持するものといえなくもない。

さらにデビッド・ブーハーは、当局の暗躍を暗示する話をもうひとつ紹介している。

この事件当時、ブラジルには有名なUFO研究家のオラヴォ・フォンテスという人がいて、すぐにビラス=ボアスの話を聞きにいくなど精力的に取材をした。いわばこの事件のキーマンの一人なんだが、彼がビラス=ボアスに会ってからわずか4日後、ブラジル海軍の情報担当官と称する複数の人物が彼のところにやってきた。

で、UFO研究から手を引くよう彼に警告し、何故かその一方で、「昔から地球には宇宙人がやってきてるんだよー」的な話をしていったんだそうだ。いかにも「メン・イン・ブラック」風の意味不明な言動である。となると、「そのあと海軍に照会したら、そんな人物はいませんでした」というオチが想定されるわけだが、そのあたりは確認しておりません。ちなみにこの話はフィリップ・コペンスという人がネットに書いているそうなので、その辺りのことも書いてあるかもしれない。とりあえすリンクは貼っておくので、読んだ方は私に内容を教えて下さい(笑)。

というわけで、もう50年以上前の話ではあるけれども、いろいろと深掘りを試みている人たちはいるらしい。「落ち穂拾い」という言葉も頭に浮かぶのであるが、最近めぼしい事件がないのだとすれば、伝説の事件を追いかけ続けるというのもアリ、かもしれぬ。研究家諸氏のご健闘を祈りたい。




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平昌パラリンピックで成田緑夢が金メダルを取ったそうだ。たいへん結構なことであるが、今回はそのことではなく、彼の名前、つまり「緑夢と書いてグリムと呼ばせる」問題についてひと言いっておきたい。

言うまでもなく、「緑→英訳してグリーン→ちょっと端折ってグリ

そういう思考経路をたどって、こういう名前になったのだろう。キラキラネームに典型的なパターンである。

で、これはよく知られていることだが、戸籍法では名前に使える文字については規制をしているけれども、「読み方」については何の規定もない。当然、戸籍には「よみがな」が記載されない。つまり「これはこう読みます」と当人が強硬に主張すれば何人も否定できないのである。

ちなみにパスポートだと名前をローマ字書きする欄があるので、強引につけたよみがなを「Gurimu」とかいって書き込んじまえば、「これでお上もこの読み方を公認してくれたゼ!」と豪語することが可能である。

(あ、ここまで書いてきて恐ろしいことに気付いたが、ひょっとしたらパスポート申請の時にアルファベット表記「Grimm」として出したら、そのまま通ったりするのか? となると、たとえば「一石」みたいな名前つけて「私は Einstein です」なんてのもアリか?)

閑話休題。つまり原理的には、辞書とかでまったくオーソライズされない「オレ流の読み方」を勝手に作り出して、それで押し通すことが可能である。つまり、いわゆる「キラキラネーム」は法的には何の問題もなく、どんどんやっていいのである。「ちゃんと読んでもらえない」とか「ヤンキーの子供だと思われる」といったあたりが気にさえならなければ。

まあしかし、これはよく考えるとアナーキーな事態である。

「古き良き日本を守れ」などといっている右翼の皆さんは、こういうのをなんとかしようとは思わないのか。「他の誰も読めない名前をつける」とゆーのは、つまり周りの人々とのコミュニケーションをあらかじめ拒絶してかかる行為といえなくもない。右翼の皆さんのお好きな「日本国民の紐帯」「共同体のつながり」といった視点からすると、非国民の極みではないのか。戸籍法を改正して「読み方」を届けさせ、あんまりヘンなものは受け付けないとか何とかすればいいのではないか。

いやもちろん、名字については「小鳥遊」(たかなし)というキラキラ類似事例があったりする(小鳥が遊ぶ→天敵がいない→鷹がいない→たかなしパターン)。なので、「名前だってキラキラでいいじゃねーか」という有力な反論もあるとは思うけれども、まぁそこは「もう既得権益になっちまった部分はスルー。ただし今後はダメ」ということでどうでしょう。

もっとも、オレももともとアナーキーなものは嫌いじゃないので、いっそのこと、キラキラ方面を加速させ、「知らない同士で初めて会ったら名前の読み方を当てっこする風習」でも広めたら面白いかもしれない。いわば国民総大喜利状態。ずいぶんこの国も楽しくなるのではないか。

仮に「緑夢」だったら
「あ、わかった。グリムでしょ?」
「残念!緑はドイツ語読みでいきます。だからグリュムです」とか。
いや、それじゃ全然落ちてねえだろ、という(笑)



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ヴァレの『コンフロンテーションズ』といえば、この本にはUFO関連の奇っ怪な事件が幾つも出てくるのだが、今回はその中でも「鉄の三角形事件」というのを紹介してみたい。

これは朝鮮戦争当時、米陸軍の部隊がUFOの光線で攻撃されたとされる事件で、起きた日時はいまひとつよく分からんが、1951年の春であったと言われている。場所は鉄原郡(チョルウォン郡)で、南北朝鮮でちょうど分断された地域であるようだ。さぞや激戦地であったのだろう。

で、ひとつ言っておかねばならんのだが、「鉄の三角形事件」というのは、オレが勝手にそう命名しただけであり、よそでそんな呼び方をすると恥をかくので注意されたい(笑)。ちなみにこれは「鉄の三角型のUFOが飛んでいた」というのではなく、単に戦争中に『鉄の三角形地帯  the Iron Triangle』と呼ばれていた場所で起きたというだけの話で、なんかカッコイイから「鉄の三角形事件」と言ってみただけの話である。


閑話休題。この事件の一義的なソースとされるのは、朝鮮戦争当時、米陸軍の上等兵だったフランシス・P・ウォール氏が米国のUFO研究団体CUFOS(ハイネックUFO研究センター)所属のジョン・ティンマーマン氏に語った証言であるらしい。なので、以下にその内容をご紹介するとしよう。形としては、ウォール氏がティンマーマン氏に向けて話す、という体裁になっている(インタビュー自体は1987年1月に行われた)。

ちなみに、そのオリジナルの記事は「Korean War Battlefield UFO Encounter」というタイトルで、米国にかつて存在した研究団体NICAPの資料をまとめたとおぼしきサイトの中で公開されている。何でCUFOSの研究がそんなところに載っているのは知らん。あと、これがHOAXである可能性なんかも、全然調べていないのでわかりません。




これからあなたに話すことはすべて真実であると、神に誓います。それは1951年の早春に韓国で起きたのです。私たちは第25師団第27連隊第2大隊の「イージー」中隊所属でありました。われわれはチョルウォン近くの、軍事マップで『鉄の三角形地帯』と呼び習わされていたところにいたのでした。

夜のことでした。われわれは山の斜面にいて、眼下には韓国人の村がありました。われわれは事前にこの村に人を派遣し、ここを砲撃する予定であると村人に通告しておりました。そしてこの砲撃を予定していたのが、その晩であったのです。われわれはその時を待っておりました。

そこで突然、われわれの右手の方に、ジャック・オ・ランタン(注:ハロウィンに用いるカボチャちょうちん )のようにみえるものが、山を越えてフワフワとやってくるのが見えたのです。最初、われわれは呆気にとられておりました。それでわれわれは、ただ、この物体が村の方に降下していくのを見ていたわけですが、ちょうどそのとき、砲撃による爆発が始まったのでした。最初、その物体はオレンジ色をしていました。われわれはなおも物体を目で追っていたのですが、それは実に素早く、砲弾が空中で爆発するそのド真ん中のあたりまで移動しました。でもダメージを受けた様子は全然ないんです。

時間的にはどれぐらいだったかというと、そうですね、えーと、都合45分から1時間といったところだったでしょうか。

ところがやがて、この物体はわれわれのほうに近づいてきたのです。ライトの色も青緑色に変わりました。大きさがどれぐらいだったかは、ちょっとわかりません。周りにに比較できるものがなかったものですから。その光は脈を打っているように見えました。この物体は、そうやって近づいてきた。

私は、中隊の指揮官をしていたエヴァンス中佐に許可をもらって、この物体に向けて発砲したのです。M1ライフルで、撃ったのは徹甲銃弾です。当たりました。物体は金属製だったはずです。なぜかといえば、飛んでいった弾がぶち当たる音がしましたから。

さて、砲弾の爆発でも何ともなかったこの乗り物に、銃弾だと効果があったというのは何故なのか? それがよくわからないのです。連中は周囲の張り巡らしていた防弾バリアを下ろしていなかったとか、そういうことだったのかもしれませんが。しかし、これでその物体はいきり立った。ライトがついたり消えたりするようになりました。一瞬、ライトが完全に消えたのも見ています。予測しがたい動きをみせながらあちこちに飛び回って、地面に衝突するかと思いました。そして、音がした――それまでは何の音も立てていなかったのです。その音はディーゼル機関車がエンジンの回転を上げていく時の音のようでありました。この物体が立てる音は、そんな感じであったわけです。

そのとき、われわれは攻撃を受けたのです。パルス状に発射された光線みたいなものが、われわれの上をサーッと撫でていった。直接光が当たったときにだけ見える光なのですが、それが波状攻撃のようにしてやってきた。言ってみれば、サーチライトで辺りが照らされて行くみたいな感じで……自分のところにくると見えるわけです。それで、焼かれるようなチクチク痛むような感覚が体じゅうに広がるのです。何かが体を貫いてるみたいにして。

そこで中隊の司令官のエヴァンス中佐は、われわれを壕の中に引っ張り込んだ。何が起こるのか、見当もつきませんでした。われわれは恐怖にかられていました。地中の塹壕には、敵を撃つための覗き穴のようなものがついている。それで、私はもう一人の男と塹壕にいたわけですが、そこから例の物体をのぞきみていたのです。それはしばらくわれわれの頭上に滞空していて、ライトであたりを照らしていました。それからその物体が45度の急角度で飛び上がっていくのを見ました。素早くて、そこにいたと思ったら、もういない、みたいな感じで。あれは素早かった。で、これですべてが終わったのかと思ったのです。

ところが、3日後になって、中隊の全員が救急車で運ばれる羽目になりました。道路に沿って進むこともならず、体を引きずるようにして歩かねばならなかった。みな歩けないほど衰弱していました。赤痢を患っていたのです。それから引き続き医師は診察をしたわけですが、みんな白血球の数が以上に多くなっていて、医師もどういうことなのか説明ができませんでした。

軍隊というところでは、まぁとりわけ陸軍ではそうなのですが、兵士は毎日、中隊に報告書を提出することになっております。われわれはそこにお気楽な調子でいろいろ書いたものです。さて、ではこの話は報告書に書くべきかどうか? 誰しも「ノー」と答えるでしょうね。だってそんなことをしたら連中はわれわれを一人残さず捕まえて、全員気違い扱いするでしょうからね。当時はUFOとかそういうものについては聞いたこともなかったし、それが何かなんてこともわれわれは知らなかったのです。

あれが何だったか、今もわかりません。でも確かに言えることがあって、というのは、あれ以来、私は方向感覚がおかしくなったり、記憶がなくなってしまう時があるのです。それに、国に帰ってから、180パウンドあった体重が138パウンドに減ってしまいました。あれから体重が減らないように保つのにずいぶん苦労してきました。実際のところ私は仕事も辞めてしまって、今では身体障害者の身なのです。



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あんまりブログを放置しているのもナンなので、今回はジャック・ヴァレの『コンフロンテーションズ』に出てくる小話を紹介。


アルプス越えの列車の中でのこと。そのコンパートメントには4人が乗っている。

大佐である軍人、若い兵士、綺麗な女性、背の低い老婦人である。

列車はトンネルに入り、この登場人物たちは数分間、完全な暗闇の世界に入り込む。

そこで突然、好奇心をかきたてるドラマが幕を開ける。情熱的なキスの音がし、続いてバシッと強くものを叩く音。

列車はトンネルを抜け、4人は黙ったまま互いの顔を見合っている。

小柄な老婦人は考える。「よくやったわ! この兵隊さん、大胆にもあの子にキスをしたんだわ。でも彼女、彼にしっぺ返しをした。こういう骨のある女の子がまだいるかと思うとホッとするわ」

可愛い女の子は首をひねる。「この若い兵隊さん、格好いいんだけど、なぜあのおばあさんにキスしたのかしら? 私にキスすることだってできたのに」

大佐は怒りで頭をカッカさせる。「酷い話だ。この男があの女の子にキスをしたっていうのに、なんで俺が叩かれなきゃならんのだ?」

若い兵士はひとりほくそ笑む。彼だけが真実を知っているのだ。「こいつは痛快だ。自分で自分の手の甲にキスをして、大佐を叩く。で、俺には何にもおとがめなしというわけだ!」



なんでUFO本にそんな小話が出てきたのかというと、このストーリーから得られる教訓はUFO事件の探求にも大いに関係があるから、なのだった。つまり「見かけを信じ込んではいけない」。



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在野の奇譚収集家がコツコツと集めた怪奇現象の「おはなし」を事典形式の本にした『日本現代怪異事典』をようやく読み終えた。


もともとコミケか何かに出して評判になり、それがきっかけで刊行された本らしいが、500ページもあって読み応え十分。というか、もう年も取って記憶力が減衰しているので、読んでるうちに最初の方の話を忘れていってしまうという体たらくである。

まあそれはそれとして、大変な労作であり、著者の健闘をたたえたい。

以下は読んでいて思ったことのメモ。

■校閲の甘さが惜しまれる
 これはツイッターのほうにも書いたが、校閲の確かさは事典の生命線である。かなりのミスが散見されたのは惜しまれる。

■松谷みよ子は偉い
 こういう本なので、先人の業績からの引用がキモになる。そういう目で見ると松谷みよ子の『現代民話考』が再三引用されており、長年こういう奇譚を集めてきた松谷さん偉かったなあと改めて思う。あと、渡辺節子/岩倉千春『夢で田中にふりむくな―ひとりでは読めない怖い話』という本もたびたび文中に出てきて、何だか非常に面白そうなのだが、こちらは絶版で入手困難であるようだ。残念である。

■「怪異」ということば
 これまたツイッターで書いた話であるけれども、タイトルにもなっている「怪異」というのは、フツー「奇怪な現象」ぐらいの意味で使われると思うのだが、この本の中では幽霊狐狸妖怪のたぐい、つまり何らかの人格的な存在をもあわせたあれやこれやをも総称して「怪異」と言っている。
 日本語としては、やっぱ何か奇異な感じがする。じゃあ、それにかわるワーディングがありうるかというとなかなか難しいのではあるが。

■地元の怪異
 オレはいま東京の郊外に住んでいるのだが、通勤に利用している某東京メトロの路線にかかわる「怪異」が一つ紹介されていた。いわゆる「異界駅」の話である。まったく歴史的な陰影のないところを突っ切って走る鉄道でもあり、この手の奇怪な話にはまったくそぐわない土地柄なのだが、人間の想像力というのはそういう空虚な土地にも何かを読み込むことができるだとすれば、それはそれで大したものじゃないか、と思ったりした。

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