死の海

後藤 宏行
洋泉社
2019-08-07


「オカルトめいた話も語り伝えられている不可解な事件・事故」というのはなかなか興味深いジャンルであって、最近でいえばさまざまな不思議現象・事件を扱って話題になった松閣オルタ著『オカルト・クロニクル』なんかでもこういうジャンルは一つの柱になっていた。

そのような事故の一つとして名高いのが1955年に三重県・津市で起きた

「中河原海岸水難事故」

である。

そもそもこれはどういう話かといえば、津市の中学校が夏のある日、海岸で水泳の授業をやっていた。ところがそのとき、女子生徒ばかり100人ほどが突然溺れ、36人が亡くなった。異常な潮流が原因とか何とか言われているようなのだが、最終的にはそのあたりはハッキリしていない。ただ、その時溺れかけた或る女生徒が「海中に突如出現した防空頭巾・モンペ姿の女性たちに脚を引っ張られた」という証言をした(というか、そう報じられた)。――ちょうど終戦から10年後のことである。戦時下に非業の死を遂げた人々の怨霊がこの大惨事と関係あるんではないか。以来、この事故はそんな言説とともに語られてきた。そういう話である。

いや、先に「名高い」と書いたけれどもオレなどは何となく薄ボンヤリと聞いた記憶があるような・ないような――といった程度の認識しかなかったワケだが、一昨年9月に放送されたNHKの「幻解!超常ファイル22 戦慄の心霊現象 追究スペシャル」でこの事故が取り上げられた。これを観ていたオレは「なかなか興味深いじゃねーか」と思い、だからこそこの件を調べた新刊刊行との報に「あぁアレか、じゃあ買わんといかんなー」といってさっそく注文をしたという次第なのだった。

で、ここであらかじめ結論だけ言ってしまうと、これはとても良い本であった。

先にNHKの「幻解!超常ファイル」について触れたけれども、実はその際、番組に現地で調査をしているルポライターとして登場していたのが著者の後藤宏行氏である(実際に録画を見直してみたら確かに出演していた。恰幅の良いおじさんである)。

処女作ということで、本書にはこの後藤氏の来歴などもチラチラ書かれているンだが、それによると著者はこの事故の舞台である津市に住んでいるようで、一方、怪奇現象みたいなものにはもともと興味があってライターとして活動していた時期があった。そんな因縁コレアリで、地元のこの事故については昔からチラチラ取材をして記事を書いていたというような経緯があるらしい。

そんな過去の記事をみたNHKの番組スタッフがいて「幻解!超常ファイル」の放送へと至り、さらには今回の出版へという流れがあったみたいなのだが、そういう意味では著者は本件については最適のリサーチャーということになるのであろう。

内容的にも説得力がある。ネタバレになるのでハッキリは書かないが、いわゆるオカルト的な解釈を本書は「粉砕」している。加えて、事故が地域社会に及ぼしたインパクトを深掘りしており、そのオカルト的解釈の出現を社会・歴史的文脈から読み解く試みをしている。

たまさかUFOファンであるオレは「UFO研究には証言や物理的データを押さえるだけじゃダメで、事件の解明にはその文化・社会的背景も必要だ」という考えを持っているのだが(→このあたりを参照されたい)、著者が取っているアプローチはまさにそういうものである。

ちなみに著者はかつて国会議員の秘書をやっていた経歴があるらしい(余談ながら新進党→自由党→民主党というキャリアで三重県の政治家というと、たぶんこれは故・中井洽だろう)。これはオレの偏見かもしらんが、政治家秘書というのはロマンとか夢みたいなものは一切お呼びでないクソリアリズムの世界に生きている。つまりこの著者は、オカルト的なモノに興味・関心を抱きながらも、しかし一方では夢も希望もないハードボイルドなクソリアリズムの世界をも熟知している稀有な人物なのではないか。そんなキャリアが本作にとっては実に良い方向に出たのだと思う。

途中で哲学者とかの言葉をエピグラム風に挿入したりするのはあんまり効果的でないので止めたほうがイイ、とか若干思うところはある。けれども本筋はたいへん結構かと思う。

この手の怪奇系寄りの話題となると「売らんかな」でいろいろ「盛ってしまう」のが従来のメディアの大いなる欠点である(著者自身もさりげなくその辺りを批判している)。地方在住ともなるとなかなか難しいのかもしれないが、こういうトーンで「次作」を読んでみたい気がする。