異界のものたちと出遭って

エディ レニハン
アイルランドフューシャ奈良書店
2015-06-12




これが原著のようである↓)

皆さんよくご承知のように、アイルランドには妖精がつきものである。オレなどはそのあたりハッキリいって無知なのだが、たまさかオレの好きなUFO研究家、ジャック・ヴァレが『マゴニアへのパスポート』で「UFO現象と妖精譚はどこか似ているよネ」というテーゼを打ち出し、その本でアイルランドの妖精にかかわるストーリーを論じていたりする。これはまぁそちら方面も最小限のお勉強をせねばならンなあと思っていて、そんなところで出会ったのがこの本である。

発行所が「アイルランドフューシャ奈良書店」となっていて、その実体がよくわからんのだが、一見したところ奈良辺りのアイルランド文化愛好家のみなさんが見よう見まねで作ってみた、みたいな佇まいの本である。翻訳も「あえて語り口を残した」的なことが書いてあったが、何を言ってるかよくわからん箇所が再々あった(失礼いってゴメンナサイ)。

いや、だがしかし、ひとたび読んでみるとなかなか勉強になるのだった。

書き手はアイルランドのエディ・レニハンという人(1950年生まれ)で、これまで地域に残る妖精伝説を丹念に収集してきた人らしい。そうしたお話というのは別にそれほど大昔のものではなくて、いま生きているレニハンさんが現実に聞き取ってきた「生きているはなし」なんだよ――というのが本書の売りであろう。

*ちなみに「編集」としてキャロリン・イヴ・カンジュウロウという人の名前が出ていてこの人の関わりが今ひとつよくわからんが、たぶん構成だとか表現だとかに口を出した人ということなのだろう(ちなみにこの人は弓師の第二十代柴田勘十郎という人の奥さんで、それでダンナの屋号?みたいなのを名乗っているらしい。もっとも原著のほうには Carolyn Eve Green とのみある)。

というわけで、本書には「聞き書き」のスタイルでいろんな話が載っている。前にも書いたようにオレはこのジャンルに暗くて、たとえば妖精学で名高い井村君江さんの本だって1冊だったか買った記憶こそあるものの積ん読でどっかにいっちまったほどである。なので、本書のおはなしには「なるほどー」「そうなんかー」と感心すること実に多かった。以下メモ的に記してみると――

■アイルランドの妖精はどっかキリスト教における「堕天使」と相互互換的な存在として観念されているらしい

■彼の地の妖精は異常なまでに「ハーリング」好きで、「人数が足りないので入れ」とかいって人間を誘ったりする(棒をもってやるホッケーみたいなスポーツ)

■妖精の「砦」と称されるものが野外にはあって、そこに足を踏み入れたり荒らしたりすると日本でいうタタリ的なものを喰って酷い目にあう。ちなみに「その砦というのはなんか石垣ででも囲ってあるのだろうか?」「なんで妖精の砦だとわかるんだろう?」などと考えてずっと読んでいたが、そのあたりは最後までよくわからんかった

■妖精の弱点。その一、鉄が苦手である。その二、流れる水が苦手なので川を渡ることができない

■妖精の親戚的存在にバーンシーというのがいて(女性であるようだ)夜中にその泣き声がきこえると誰か死ぬらしい

■妖精封じの術をもつ人物というのは実在した。で、本書に「ビディー・アーリー」という女性にまつわる伝説がたんと出てきたので、ついついググってしまった。
その Biddy Early(1798-1874)は、ハーブを用いる、いわば民間の「薬草師」として地域の人々に半ば頼られつつ恐れられた人物だったようだ。が、カトリック勢力からは煙たがられたようで、1865年には魔女狩りの法律で告発されたという。面白い!
biddy-early-2aceaec6-d0e0-4ad9-9bcd-a8c23f708cf-resize-750
これがビディ・アーリーさんらしい

■妖精たちに掠われていったところで食事をしてしまうと、もう人間界には戻れない。これは古事記の黄泉戸喫(よもつへぐい)をはじめとして、各地の神話・伝説によく出てくるモチーフでありますナ


・・・といった感じで、なかなか興味深い話が満載である。そして、とりわけ印象に残ったのは「アイルランドの妖精というのは一般にイメージされるような愛らしい存在などではなく、人間にとって非情に危険な存在である」という著者のメッセージである。それは上記の『マゴニアへのパスポート』でオレが学んだことでもあったわけだが、本書の最後に紹介されたストーリー――それは妖精の砦に畑を作ってしまった男が恐ろしい報復に遭う話なのだが――へのコメントとして、レニハンが明確に述べているところでもある。以下、引用したい。


アイルランドの妖精たちは、透き通った羽根ときらめく魔法の杖を持ち、抜け落ちた歯を枕の下に取っておく子どもたちに優しくお金を置いてくれる可愛い小さな生き物だとまだ思いたがっている人がいたら、この最後の話はそんな感情を払拭してくれるだろう。

この話が伝えるメッセージは、直截的で、明確で、詳細には身の毛がよだつ。知ったかぶりをして妖精の持ち物にちょっかいを出す人は、どういう結果になるかを覚悟しなくてはならない。