2006年02月

某mixiで、その筋では有名なものぐさ太郎αさんが未だ邦訳されざるUFO本の名著「Passport to Magonia」の序文を訳されていたので、「おぉすごい」と思って拝見しました。で、ついでにいろいろググったりすると、この本はamzonで一部タダ読みができるようになっていたので、アタシも真似をして新版で付け加わった序文を「超訳」形式で勝手に訳してみました。著作権関係者から文句を言ってきたらアレですが、人も通わぬこんなブログなので勝手にアップ。 誤訳・誤読御免。


ジャック・ヴァレ「マゴニアへのパスポート」    1993年版への序文

私自身が60年代のはじめにそうだったように、UFOという現象に興味をもつに至った科学者が、まず以下のような要素をもつ事件に注目するのは自然なことであろう。つまり、「パイロットによる報告」「レーダー反応」「乗り物への障害」「円盤状、球形、ないし円柱状の何かが写っている写真」といった、いかほどか定量化して考えることのできる要素をもつ事件である。何千もの人々から報告されてきたそのような事件は、我々を越えたテクノロジーの存在を示唆しているし、「それは地球外文明によって引き起こされたものではないか」という考えはごく自然に考慮の対象となってくるだろう。

私自身の研究もまさにこうした線に沿って始まった。そして私は、こうしたUFO現象が「実際にある」ということだけではなく、世界各地でハッキリとした統計的パターンを示していることを明らかにすることができた。こうしたパターンの中で最も興味深かったのは着陸報告に関係したものだった。それらは緯度と経度で示される正確な位置情報を与えてくれるし、しばしば物質的な着陸痕を遺していく。それゆえ私はこうした着陸事例の研究にもっぱら力を注いできたのだった。さらにいうなら、UFOがそこいらにあるモノに干渉したというようなアノマリー(異常な現象)を観察することは、遠く離れた空中にあるものを目撃した例とは違って、月や遠方を飛ぶ飛行機、気象観測気球などの誤認例をより分けるのにも都合が良かったのである。

私が1968年にこの「マゴニアへのパスポート」をまとめようと決めた頃に比べると、1993年に本書を手にする読者はおそらく「着陸事件といったものは実際にあるのだろう」という考えを当たり前のように受け取るようになっているだろう。結局のところ、今のメディアはその手の事件が好きなのだ。様々なUFO団体は競ってそういう事件を取り上げる。タブロイド新聞やテレビ番組は、「空飛ぶ円盤の墜落」やら「宇宙人による誘拐」といった恐ろしい話を「暴露する」という触れ込みで、「エイリアンはわれわれを訪問している」という記事や番組を細々した描写をまじえて仕立てるのだが、その手の話がメディアから丸々一週間途絶えてしまうことはない。それだけにこのようなことを言うと読者は驚かれるかもしれない。――今日もなお、こうした事件の研究を積み重ねていくためには何年にもわたって地を這うような精力的な調査が必要なのだ。それはおぼろげな情報に触れるところから始まり、関連する事件の補足調査のため、様々な国々にいる献身的な調査仲間を頼ったりしながら進められていく。われわれはこのような「人的な資源」で「武装」されているけれど、それは実に大変な営みであり、我々は実際多くのミスも犯してきたのである。

私が初期の調査をまとめた『禁止された科学』で詳細に論じたように、60年代半ばにあっては「UFOの着陸」とは「呪われた問題」だった、というのが実際のところである。主要メディアがこの問題を全く馬鹿にしていたというだけではなく、UFO研究団体自身がそのような記事を「検閲」するために力を注いでいたのである。そうした「検閲」には理由もあった。今は存在しないNICAP(全米空中現象調査委員会)についてとりわけ言えることだが、そのような団体のリーダーたちは、UFO着陸事件の奇怪な特徴を表沙汰にすれば、[UFO問題にかんする]議会公聴会の開催に向けて彼らが提起した事件が色眼鏡で見られるだろうと考えたのである。それまたは、これらの団体から独立した研究家である私が、NICAPからではなく米空軍の調査ファイルからUFO着陸にかんする情報を掘り起こすことになる、といった皮肉な結果をもたらしたのだった。

今にして思えば研究団体の態度はいささか近視眼的だったようにもみえるが、当時にあってはそれは意味のあることでもあった。UFOに関心をもっていたごくわずかの学術研究者も、地面に降りてきた物体について語ることには――目撃者がその物体の搭乗者について証言した場合はなおのこと――気乗りがしないという点でUFO研究者と立場を同じくしていたのだ。

そう、搭乗者の報告というのも、あるにはあった。それはフランスのエメ・ミシェル、イギリスのゴードン・クレイトン、アメリカのジム・ロレンゼン、コーラル・ロレンゼン夫妻といった、数少ない異端的なパイオニアの仕事の中から見出されたものだった。目撃された生命体はかたちも大きさもバラバラだったが、彼らの身体構造はおおむねヒューマノイド型であり、驚くべきことに地球環境によく適合するものだった。彼らは人類と同じ視覚域、聴覚域をもっていた。彼らは地球の空気を呼吸していた。彼らは見たところ不便もないようすで、地球の重力の中を歩き回った。彼らは私たちの情緒を理解し、私たちの言葉でしゃべった。彼らは地方地方の社会環境に適合し、当地の文化にあわせて振る舞うことさえした。彼らは時に人間を誘拐した。彼らとの言葉を介したやりとりは総じて馬鹿げたものだったが、それは禅の公案の馬鹿さ加減といったたぐいのもので、コンピューターや精神病の患者の意味のないおしゃべりのようなものではなかった。

こうした報告というのは文化的な壁を超えて驚くほどの一貫性をもっていたのであるが、研究すればするほど、それらはヨーロッパの幾多の年代記に遺されている中世の〈お話〉を私に思い起こさせたのだった。例えば9世紀、フランス・リヨンの大司教だった聖アゴバルトは、マゴニア――空のどこかにあるという魔法の国から「雲の船」で訪れ、さらにその船から降りてきたという4人の「人間に似た存在」と対面した。疑うべくもない歴史的文書によれば、「雲の船」の搭乗員を取り押さえた人々に対し、聖アゴバルトは「このものたちの命を助けてやりなさい」と言った、と記録されている。こうした話はあまたあり、かつ、そのような古代の記憶は妖精譚や伝説といったかたちで今も生き続けているのである。

こういうことも明らかになっている。あらゆる文化において、民間伝承は空を飛ぶ「人間のようなもの」にかんする〈お話〉に満ちている。この人間もどきは遥かに進んだテクノロジーによって作られたと思しき機械を用いて空を飛び、そして奇妙に美的ではあるが、馬鹿馬鹿しい話を出会った者たちに語った。また人間もどきは人間をさらったが、犠牲者たちはきまって「彼らと一緒にいる間じゅう、時間の感覚が変になっていた」というのだった。

「マゴニアへのパスポート」が、「空飛ぶ円盤の報告とは『今まさに生まれつつある民間伝承』なのであり、そのようなものとして研究されるべきだ」と提唱したとき、この本はUFO研究家たちの疑いのまなざしを一身に浴びた。UFOの着陸について触れることは時宜に適っていなかったため、「UFOの搭乗者」と「いにしえの妖精たち」の類似にかんする研究は、いかに真摯なものであれ全くのタブーだったのだ。しかしながら、ゆっくりとではあったが、新たな目撃のウェーブは訪れ、それとともにもはや否定しようもない「搭乗者」の目撃譚がやむことなく寄せられるようになった。古代と現代の報告が実は連続性をもったものだという認識は、しだいに明確なものとなっていった。UFO現象は、人類の歴史を新たな光の下で見るよう私たちに強いているのである。

長い間、「マゴニアへのパスポート」は絶版状態だった。古本はコレクターたちが探し回っているような状態だったが(私は古本屋で45ドルで売られていたと聞いたことがある)、それはこの本が先に述べたUFO現象と民間伝承の類似性に初めて光を当てたからというだけではなく、1868年から1968年までをカバーする、そのような〈お話〉の一覧が付録として掲載されているから、でもあろう。この本への需要がそのようにして膨れあがってきたため、私たちは今回新版を出版することにしたのである。しかし、現在の読者たちに注意書きなしで再版をするのはアンフェアというものであろう。この年月の間には、多くの新しい情報が積み重ねられてきた。「マゴニアへのパスポート」は問題の表面をなでたようなものに過ぎない。現代の接近遭遇報告との類似性(それは「誘拐」の側面も含むが)、そして集合的な民俗世界の広大なイメージ世界は、何人かの有能な書き手たちが忍耐強い調査を続けてきたことによって深く探求されてきている。「マゴニア」の一覧表にかんしていえば、その内容は優雅に年を経てきたとはいえるが、この中の幾つかのケースヒストリーは、今後の追跡調査の結果によっては不正確だったと判明することもあるだろう。

ただ、この本が刊行されてから過ぎ去った四半世紀のあいだ、最新のデータを用いてこの一覧表を拡充しようとした者がいなかったことは、私にはちょっと不思議なのだ。確かに、この本で用いるために私が選んだ接近遭遇報告については多くの批判が浴びせられてきたし、「現代のUFO研究と古き民間伝承が類似している」という考え方自体も、しばしば「UFOは恒星間を渡る機械仕掛けの宇宙船である」と信じるビリーバーたちから攻撃されてきた。しかしこの間、この方面の新たな研究の蓄積を書物というかたちで問う者はなかった。もっとも今日であれば、昔とは違ってそのような仕事が迅速にまとめられる、ということもありうるのだろうが……。

その時代に支配的だった信仰の体系に沿わないとして顧みられることのなかった幾つかの〈お話〉を発掘したとき、私は畏れと驚異の念を新たにしたものだ。宇宙時代という考えてみれば実に絶好のタイミング、しかもスリリングな文脈の中でそのような〈お話〉を味わってもらうべく、私はいま皆さんをここにお招きする。
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というわけで、ケータイシーンの(ごく一部)で話題になっていたノキア製ケータイNokia6630のドコモ版、NM850iGがいよいよ来週24日発売になるそうです。

ところが、もともとスマートフォンでいろいろ勝手にアプリを入れられるのがウリの元機種とはちがって、ドコモ製はそういう勝手ができないように細工しているらしい。

で、ドコモ広報部では、外見はNokia6630に酷似しているにもかかわらず「ドコモ用にカスタマイズしてあるため、特にNokiaのどの製品がベースというのはない」とうそぶいてるそうですな。うーむ、PHSとはいえ、ウィルコムの本格的?スマートフォンW-ZERO3がバカ売れしてるというのに、そういうマーケットの潮流読むより目先の商売を優先させるドコモ…あまり先はないかもしれんですなぁ。株もってるけど、売っぱらいたい気分。

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いや、昨日の晩はトリノ五輪のスピードスケート男子500をついつい観てしまいましたよ。なんか競技進行の段取りが悪くてえらく間延びしていたのはご承知のとおり、午前3時過ぎまで延々と引っ張られたのには閉口しましたね。眠くていかん。それはともかく、注目の日本勢は伏兵・及川が4位に食い込むもエース・加藤は6位どまり。う~む、何か加藤についてはいろいろ不利があったとかいう報道もあるけど、実力はあっても「絶対勝てる」ものではない、それがオリンピックだということを改めて痛感しました。この種目でもかつては世界記録もっていた鈴木恵一も駄目だったしな…(古いw)

しかしそれを思うと、今回駄目だったけど「勝てる勝てる」と言われつつ、実際に勝ってきた清水宏保は偉大だったですよネ。今度はちょっと痛々しかったけれど、「ほんと頑張ったね」と僕は声を大にして言いたい。

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毎日混んだ電車で通勤しているが、乗車前の「列」に並びながらふと考えることがある。順番を守って粛々と電車がくるのを待つこと…大げさなことをいえば、それは近代日本が作り上げたシステムの象徴ではないか。

フーコーあたりも言っているのだろうが、一人一人の人間が勝手きままに動くのではなく、社会の仕組みというヤツを前提としてその歯車として動くということ、それこそが「近代」の正体ではないのか。

近代以前であれば、「整然とした行列」というのは無視されて当たり前、ではなかったか。例えば身分の高い人間は(象徴的な物言いではあるけれど)「列」に並ぶ必要はない。特別な待遇を受けて当たり前。

確かに行列に並ぶのはウザッタイけれど、まあそれが公正というものであるのだろうし、そういう仕組みと折り合って生きていくしかない。それが近代に生きるワレワレの常識なのだ。

でもしかし、時にそのような公正さが疑われることもある。そう、例のホリエモン事件のような出来事だ。彼は「力のある者はルールの範囲内でのし上がっていけばいいのだ」といった近代的論理を押し立てて登場してきたのだけれど、実は前近代的なズルで「横入り」を繰り返していたのではなかったか、というわけだ。

諦念とともに列に並ぶということ。ワレワレの社会とは、そういう覚悟とともに成り立たせていくしかないのだろう。ある意味で怖いのは、その諦念をワレワレが放り捨てて「もう勝手にやらせてもらう」といった逆ギレ状態に陥ることではないか…そんなことを考えながら、僕はきょうも満員の電車に乗り込んでいく。

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いささか旧聞に属することですが、米国産の牛肉が輸入再開された早々に、狂牛病の危険部位として輸入禁止になっている背骨が混入していた、という「事件」がありました。日本側としては「そういう杜撰な取り組みでは安心ならん!」と怒って、再度輸入はストップしております。

まあルール違反なので、もっぱら非は米国側にあるわけですが、アチラさんは「逆切れ」している節もある。こういうニュースもありましたな↓

米国産牛肉の再禁輸措置を巡る日米両政府の局長級会合が24日、外務省で開かれた。米国産輸入牛肉に、除去が義務づけられている脊柱(せきちゅう)(背骨)が付いていた問題について、米国側は会合後の記者会見で、牛海綿状脳症(BSE)の危険性を「車でスーパーに買い物に行って事故に遭う確率の方がよほど高い。その事実を日本の消費者に伝えたい」(ペン農務次官)と指摘。厳しい日本の輸入基準へ不満をあらわにしたが、背骨混入を見逃した原因について明確な説明はなかった。 (1月25日付けアサヒ・コムより)

「いけずうずうしい」というのが第一印象ですが、実はこれ、よく考えれば相当にテツガク的な問題でもあるわけです。確かに統計学的なことをいえば、日本よりユルイ米国の安全基準のもとで牛肉を食ったとしても、たまたま狂牛病にかかってしまう確率は交通事故に遭うより相当低い、らしい(検証は控えますが)。その意味ではこのベン農務次官なる人物、「正論」を言ってるともいえる。でも、なんか納得できない。何故か。

考えてみると、問題はこういうことではないか。つまり「食い物の安全性」というのは交通事故の確率などとは単純に比較できない、別次元の話ではないか。「食う」というのは生き物にとって、最大の根源的営みであります。よって、食うことはヒトの最大の楽しみであり、喜びであるべきなのですね。ところがこの人間の生きる営みを支える「食うこと」が、逆に致命的な命への打撃を与えるのだとしたらどうか。狂牛病の怖さというのは、「おちおちメシも食ってもいられん」といった風に、本来喜びに満ちた「食」に不安感をもちこみ、僕たちを疑心暗鬼にしてしまうところにあるのではないのか。単純な確率論で「安心せよ」といわれても困るわけです。交通事故に遭うのは我慢できても、牛肉食って病気になるなんて、かわいがってた子どもにイキナリ金属バットで襲いかかられるようなもので(よくわからん比喩だが)、とにかく許せんわけです。

そもそも狂牛病の発生メカニズムじたいもハッキリ解明されているわけではない。ここはひとつ、僕たちは福岡伸一「もう牛を食べても安心か」あたりをじっくり読んで、この問題をじっくり考えるべきなのかもしれません。

p.s. もっとも自ら突っ込んでおくと、生命の危険おかしてフグのキモ食って、「うーん、この舌のシビレが何ともいえん」なんていう食通もいるそうですから(ほんとかw)、こういう議論は一般化できんのかな? いや、それはむしろヒト独特の倒錯した心理で説明したほうがいいような気もする…

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