2011年07月

放射線測定器、エステーが「エアカウンター」という簡易型を1万円台で売り出すということで一部で話題になっているようだが、俺としてはGammarae II Rがまた欲しくなってきたな。これね。

gammarae.jpeg

いや、これもシンチレーションなのでDoseRAE2とかぶっておって、本当はもう1台買うならホットスポット検知用のガイガーじゃないといけないんだが、やっぱこのゴツイデザイン、いいよ。いい。これぞポスト・フクシマを生き延びるためのサバイバル・ツール、みたいな。ちょっと高揚するところあるよなぁ。

歴史的円高になってるし、安く輸入するところないかしら。いま13万円ぐらいで売ってるところあるらしいが。
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朝日朝刊一面の一番下にあるコラム「天声人語」であるが、もう何か吐き気がするぐらいイヤである。特にいまの筆者。

きょうもきょうとて、またヘンなことを書いておる

例の「なでしこジャパン」のW杯優勝を称えているのだが、けっきょく彼女たちは「サッカーを仕事にできる世の中」を求めてやっているので、つまり国内リーグとかで彼女たちが食っていけるような時代が到来しないとこのストーリーは完結しないのだ、みたいなことを言いだして、最後はこんな風にシメている。

> 女子サッカーに幸あれと願う向きは多いだろう。
> その中から、試合に足を運び、娘にボールを蹴らせる人がどれほど出るか。
> 「フランクフルトの奇跡」は、そこで評価が定まる。

なにが「評価が定まる」だ、えらそーに!

そりゃ国内リーグが大盛況、だったら彼女たちだって万事メデタシメデタシだろうさ。でもこの移り気な大衆ってヤツはな、それこそこんな時節だから「ニッポンがんばれ」的なノリで「日本代表」を応援してたんだろ。それこそ男子サッカーだって、W杯がくりゃあ国民的行事とかいって盛り上がるんだが、Jリーグが国民的関心事といえるほどのシロモノになってるかっていやぁそんなことは全然ねえだろ。

哀しいかな、今回のことがあったからって、女子サッカーが決してメジャーにはなりきれねえだろうってことは、彼女たちだって薄々感じてるだろうさ。それは俺たち一般人だって同じで、あぁ感動した、これからさきざき女子サッカーの観戦ずっと続けていこう、なんて殊勝なことを言える人間なんてそうそういねえだろう。

そういう意味じゃ、この書き手が言ってるような「ハッピーエンド」は決して実現しないだろう。そういうのが人生なんであって、だから俺たち市井の人間はやがて、「哀しいよなぁ、あんなに応援したなでしこジャパンのことだって忘れちまうんだからなー」といってアタマを掻きながら、「でもあの瞬間は素晴らしかったよな。それは確かだったよ」とつぶやくことになるんだ、いつか。でもな、この移り気な俺たちにそんなことを考えさせた、ということだけで、もうこれは圧倒的にスゲーことなんだよ。

だからさ、「フランクフルトの奇跡」は、そこで評価が定まる、じゃないんだよ! もう評価は定まってるんだっつーの。本日ただいまの時点で、彼女たちはもう自分たちでできること、なすべきことを十二分に成し遂げきったよ!


なんかさ、今日の天声人語もそうなんだが、この筆者は「世の中かくあるべし」っつー説教をしたくてしたくてたまらんらしい。じゃ何かい、おまいさんはこれから女子サッカーの追っかけ始めるのかい? このコラムでずっと書き続けるのかい? そんな覚悟もなしにだな、大衆を先導してやる、みたいな気分でこんな文章を書き散らすから、国民がどんどん新聞離れしてるっつーのがまだわからんか! バカタレ!

ということで、朝日新聞は「天声人語を筆写すると子供の学力が伸びる」とかワケわかんねえ宣伝をさかんにしてるが、俺に言わせると、あんなものを筆写してると、自分を棚に上げて、したり顔で説教するのだけが得意なクソガキになってしまうので、そういう愚行は決してお子様に勧めないでほしい(笑)。




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こないだの大地震に関しては、よく考えるとわかんないことがある。

たとえばである。これまで教わってきたプレートテクトニクス理論によると、あのあたりじゃ海側のプレートと陸側のプレートがゴリゴリぶつかっておって、もぐり込んでいる海側のプレートのつっかえが外れて陸側のプレートがガクンと飛び上がると、大地震が起きるというのだった。

ん? だが、地震のあと陸地側は沈降しているというではないか。先の理屈によるならば、陸地側は隆起しないと変ではないか。なんか新聞にその辺が説明してあったような気もするが、納得できた記憶はない。

で、なんか釈然としないのだが、こんな本を見つけた。角田史雄「首都圏大震災 その予測と減災」(講談社プラスアルファ新書)。読んでみると、なんとプレートテクトニクス理論とは全然違うことが書いてある。

この学者は「熱移送説」というのを唱えている。正確さを欠くかもしらんが俺の受け取ったイメージでいうと、地球の内部のマントルには局所的にすこぶる熱くなってるところがあって、そこでドロンドロンに溶けたマグマは、ある一定の通り道をたどって地殻の下を移動していくのである。それが地殻のほうにやってくると火山を爆発させたり、岩盤を破壊して地震を起こしたりする。なんか熱の塊が時折噴出して、ところどころ地震を起こしながら移動していく、というイメージであるな。

で、著者の説明によると(残念ながら文章はあまりうまくないんだが)確かに噴火やら地震やらが一定の順序で移動していってるようにもみえる。

ちなみに今度の大震災も、名古屋大学の研究者によると地震が起きたのは実はふたつのプレートの「境界面」じゃなくて、北米プレートの「内側」だった、という話もあるらしい。じゃ、プレートテクトニクスって何だったの? あれ、ほぼ定説じゃなかったんかい?

うーむ、地震研究ってのは実はまだまだ揺籃期にあるみたいだ。この角田先生の本もまだ読みかけだし、熱移送説にもたぶん弱点とかあるんだろうが、ともかくこういう議論が何かブレークスルーをもたらしてくれればいいなぁと切に願う。この理論が正しければ、時間的・空間的に一定の順序を踏みながら地震・噴火のポイントは移行していくわけで、つまりはピンポイントとはいわずともある程度の「予測」が可能になるのだし。

【追記】
なお、最後まで読んでみたんだが、けっこう文章読みづらいなー。編集者さんちゃんとしないと。で、あんまりテクニカルな方向に深入りしないで、地震対策とか関東の地盤のありようの解説とかがけっこう書いてある。一般向けの理論解説みたいなものは、以前出した本のほうに書いてあるのかな。


首都圏大震災 その予測と減災 (講談社プラスアルファ新書)

首都圏大震災 その予測と減災 (講談社プラスアルファ新書)

  • 作者: 角田 史雄
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/07/21
  • メディア: 新書




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考えてみると、「放射線? 東京は平常時とそんなに変わらんのだろ? 大丈夫なんじゃね?」とかノンビリ構えてたところへ、「いやいやいや、けっこう来てますぜダンナ」と教えてくれたのが共産党都議団の5月調査だったわけだが、その都議団の、東京東部空間放射線量調査第2弾の結果が発表されたとのこと。

期間は7月4日~16日。対象は足立区・葛飾区・江戸川区の159地点・延べ364カ所。機材はアロカのPDR-101で、調査方法も明記されているが前回と同じ。専門家も同行しているとあるし、かなり信頼してよさそうなデータだと思う。

俺の住んでるところの周囲は、だいたい公園なんかで測ってるようなんだが、地上1mでおおむね0.15μSv/h、5cmになると0.2とかそのぐらいは出ますよね、といった感じ。わが愛機(笑)DoseRAE2をもってあたりをブラブラしたときの実感とも、まずは符合しておる。

うむ、ということは、外部被曝ということでいえば、以前ザッと計算したように年間で余計に0.7mSvとか0.8mSvとか被曝するのは確かなようであるな。あとは内部被曝に気をつけるしかないわけた。

いろんなところを見て回ってみたところでは、日常的に食材の汚染度がセシウムでいってキロ当たり数十ベクレル程度におさまるのであれば、総計でも余計な被曝量はたぶん2mSvとかその辺に収まるはずなので、子供でも、それぐらいならまぁさほど心配しなくていいと思う。

しかしまぁ、江戸川区のあの太平楽ぶりをみてるとね、共産党はよくやってると思うぜ。以前も書いたように、この江戸川区のリーダーであるというのに政治的無能ぶりを満天下に晒して恥じることのない老醜政治家に比べたら、よほど愛国的であるぞ。

時あたかも、この8月1日には区の主催の講演会「放射線・放射能を正しく理解しよう」というのが開かれるんだが、講師は首都大学東京の福士政広氏であって、当然というべきなのだろうか(笑)、この人は「100mSv以下は問題なし」論者であるらしいぞ。

これはもうブログで何十回?も書いたことだが、「100mSv以下で影響がある」という実証的研究は確かにないんだろう。が、「影響はないとは断言できん」というところが悩ましいところであって、もちろん一研究者として「影響なし」説を唱えるのは勝手だが、行政サイドとしてはこれまで一般人が人工放射線を年1mSv以上浴びるのはマズイよね、という安全サイドのスタンスをとってきたわけなんだから、そこは(先に書いたように実態はキビシイんだが)なんとか1mSvをめぐる攻防を意識してほしいワケであって、楽観論者連れてきて、ハイ全然OK、みたいなプロパガンダまがいのことをしてはならないのである。

いやいや、またついコーフンして、同じようなことを書き散らしてしまいましたネ(笑)。
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ま、なんとゆーか南沙諸島などの問題も含めて中国という国の「人がなんといおーと我が道を行く」路線はもうアッパレというしかないと思っていたのだが、鳴り物入りで開発した高速鉄道が事故を起こした途端、まぁ普通の感覚なら「原因究明しないといかんよなー」と思うところで車両を破壊して土中に埋めちまうという発想は、さすが中華3000年(ここではこの数字を採用w)の歴史というか、あるいは近代人の常識を遙かにとびこえたウルトラ・ハイパーモダン的着想といえばいいのか、ま、これで中国人民が「まぁ最近金回りも良くなったし、たかが鉄道事故で人命重視とかいろいろ言うこともねーわな、死んだの俺じゃねーし」ということで中国共産党一党支配を生暖かい目でスルーするということになるのであれば、もはや中国人=エイリアン、よくぞこのグローバリズム時代にあって大勢と全く違う価値観をおもちなのであって、これは驚異的でさえあるということでファイナルアンサーなのだが、ひとつ案じているのは、中国が外国からパクったのは車両絡みの技術であって運行システムのほうではないというのがこれまでの常識であったンだけれども、こういう事態になると、「いや今だからいうけど実は運行システムのほうも日本鬼子からパクってたんだよねー」とかいってアサッテの方角に責任転嫁する可能性もないわけではないわけで、ともかく何か悪いことが起こったら日帝のせい、という無敵の思考パターンがあるかぎり、かの国の人民は「中国に問題? ンなものねーよ!」と思考停止してしまう気味があるから、そこんとこは責任転嫁せんでくれよ、とあらかじめ釘を刺しておきたいと思う次第。
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このたびの放射線禍にかんして、相対的汚染地域というべき江戸川区に住んで子育てをしながら、それでも「まぁこのぐらいなら何とかなるんではないか」とおぼろげながらに思っているのは何故か。それはやっぱり「自然放射線量でいえば世界にはもっともっと高いところがあるじゃん。でもそんなに致命的な話にはなってないじゃん」という情報があるからだろう。

例の年間10mSv地域、ブラジル・ガラパリでは、染色体異常こそ高いもののガンは増えていないというし、事故直後には「ローマは0.25μSv/h」みたいな報道もあった。世界各地を見渡せば、俺のいま住んでるあたりの0.15μSv/h(ちなみに愛機DoseRAE2の数字なのでそれほど鵜呑みにはできんがw)程度の空間放射線量は、まぁそれほど致命的な感じでもないンじゃないかと思う(思いたい)。じっさい、「東北大学流体科学研究所 融合流体情報学研究分野 大林・鄭・下山研究室」の「世界主要都市の放射線量(2011年7月)」なるコーナーをみると、ニューヨーク0.25μSv/hとか書いてあって、ちと安心したりする。

つまりだな、人工の核種が発する放射線だろうと、自然放射線だろうと、γ線として「外部被曝」する限りでは人体への影響は変わらん。となれば、さしあたっていま俺の住んでる辺りの0.15μSv/hという数字はニューヨークだロンドンだというあたりよりなお低いのであって、即座に慌てる必要はない筈なのだ。

しかし。

俺がこれまで学んだところでは、問題は、体内に取り込まれた人工の核種は体内濃縮されて人体に大きな影響を及ぼす、というところにあるらしい。つまり、おそらくその辺の土の上に降り積もってる核種が空気中を浮遊したところを吸い込んだり、あるいは食物に付着したところを食べちゃったりして、ともかく「体内被曝するかどうか」というところが大きいようなのである。

ところが、例えば政府の言う食い物の暫定値みたいなのがどうにも安心ならんのだ。つまりアッチで少し、コッチで少し、とそれぞれは暫定値以下の食物を摂っていたとしても、合算すれば結構な数字になっちまう、そういう可能性があるのに、牛肉なら牛肉という一品目だけ取り上げて「さしあたって問題ない」と連中は言うのである。この辺のロジックは武田邦彦氏がしばしば批判するところであって、時折トンデモっぽくなってしまうけれども彼を俺が好意的にみているのは、そういう大外れのない論点を大衆に提示してくれるからなのである。


閑話休題。ともかく内部被曝については難しい問題があって、しかも低線量・長期間という内部被曝の場合、「ペトカウ効果」といって予想外の健康被害をもたらす可能性がある――つまりは牛肉からの××ベクレルは××μSv相当、みたいなハッキリした算術さえ必ずしも信用できないということになると、もう先々の計算もできなくなってしまうのである。

であるからして、内部被曝については、極力遠いところの食材を求めていくしかないなぁという判断がひとつ。もひとつは、「外部被曝はあんまり気にする必要ないじゃないか」という先の判断とは微妙に矛盾するんだが、それにしても無用の外部被曝を避けることができれば、どれぐらい有効かは知らんが少しばかり「マージン」ができていいんじゃね、というのが一つ。

ということでいえば、人工放射線による外部被曝も、いまどれぐらいのレベルなのか押さえておくのは無駄ではないわけであって、とりあえず私的メモとして本日7/19時点の状況を以下にメモしておくのだった。

いまのところ俺の家の近くの空中放射線量は、愛機DoseRAE2(笑)によるならば、おおむね0.15μSv/h。家の中は0.10μSv/h見当である。この機種、絶対値もさほど外していないという定評があるらしいので、とりあえずこれを信用するとしよう。このうち平常時の自然放射線量はどれほどなのかハッキリしないのだが、若干「危険厨」寄りに立って、事故前はやや低めの0.03μSv/hだったと仮定する。と、仮に子供が屋外に8時間・家に16時間いるとして人工放射線の1年間の外部被曝量は、(0.12*8+0.07*16)*365≒759μSv(ゲンミツなことをいうと、家の中で浴びる人工放射線が0.10-0.03=0.07μSvという単純な計算でいいのかどうかはわからんが、そんなに外れてはいないだろうということで)。

つまり年間0.75mSvである。人工放射線は年間1mSvが暫定的安全域(笑)なので、ともかく内部被曝+外部被曝を年間1mSvに抑え込めばまず文句はあるまい、という話になっているのだが、そのラインで考えてみるとすると、この時点で既に1mSvの「4分の3」を使い切っちまっている。オイ何とかしろよ東電、対応しろよ江戸川区、といいたいのだが、連中は何もしてくれないので、じゃぁ内部被曝をギリギリまで押さえるしかないのかナとまた話は元に戻るのである。

「しかしどうも年間1mSvに収めるのは無理っぽいナ」「でもNYやらローマ考えればそんな致命的な話でもなかろう」「だがしかし詳細不明のペトカウ効果はコワイとかいって肥田先生は警鐘乱打しとるしなぁ」etc。ともかく悩みながら生きていくしかないのである、ポスト・フクシマの時代に生きる俺たちは。

などと計算しながら思うのは、空間線量からして既に俺ンとこの10倍ぐらいある福島市あたりの人たちは、本当に大丈夫なんだろうかということである。大人は、まぁ大勢に影響ないにしても、子供たちはどうなんだろう。なんかホント釈然としないのである。






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「新潮45」の長山靖生氏の論考を読んでいて知ったのだが、原発の高レベル放射性廃棄物の捨て場所として、フィンランドではオンカロ(「隠し場所」の意)と名づけた処分場を作ってんだそうだ。岩盤を深さ500メートルまで掘って埋める。

で、そういう施設だから、10万年後(笑)までちゃんと管理しないとマズイ。が、なんせ10万年後(笑)なのである。ちなみに今から10万年前というと学校で習ったネアンデルタール人なんて連中が健在だった時代ですから、10万年後というのは、さて、どんなんなってるのか想像もつかん。「ここに危険なものが埋まっている」という話をみんな忘れちゃってるかもしれない。とゆーか、その頃、地球を支配してる人たちは、いま我々が使ってる言語がわかんなくなってるだろうから、どうやって危険を伝えるか、というのはマジ難しい問題になる。

こちらのページなど見るとムンクの「叫び」の絵を添付すれば、みたいな話さえあったらしい。もっとも俺も大好きなムンクは北欧つながりということもあるので、これはひょっとしたらジョークなのかな?

ともかく、もうこうなるとほとんどギャグのような世界。だが、たしかに原発推進論者の方々は「10万年先の世界」にたいしても責任を取る必要があるので、ホントはこういう冗談のような議論もマジメにやらないといけないはずなのだ。

ともあれ、俺なんかがボーッとしてる間に、人間のイマジネーションを遥かにこえた「万年」単位のプロジェクトは始まってたというわけだ。仮に人間の世代が30年でひと巡りしていくとすれば、10万年÷30=3333世代。人類が存続してればの話だが、そんな先まで負債を先送りしちまったんだなぁ俺たちは。

なんか非常にヤバイことになっていると、俺は今さらながら思う。そして、10万年越しのプロジェクトを背負うことに畏れを感じなかった人々の感性もけっこうコワイ。

もちろん推進論者の方々も人の子なので、実際は自分の孫子の代というか、まぁせいぜい三代四代先ぐらいまでしか人類の未来についてはイメージもわかんだろうし、たぶん「100年200年管理できれば御の字。それより先は…ま、未来の人が何とかしてくれんじゃね?」といったあたりがホンネなんじゃないか? 仮定の話でナンだが、もしホントにそんな問題先送り感覚でやってきたんだとしたら、それはそれでたまらん。無責任、というか。

ちなみに日本では、最終処分場をどこに設けるかとかはまだ決まってないみたいですな。ホント推進論者の方々はツワモノ揃いだ(笑)。

8.jpg

※なお余談ながら、この画像は「チューリッヒ大学人類学研究所のクリストフ・ツォリコッファーらによるネアンデルタール人の子供の復元図」だそうだ。現生人類とほとんど見かけ変わらんのな。昔はネアンデルタール人っつーと毛むくじゃらのオッサンの絵が出てきたもんだが、知らん間に学問は進歩していたようである。

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今週の「週刊ポスト」に「東京人気公園と関東沿岸海水浴場 放射能汚染量完全マップ」という記事が載っていて、都内各地の公園の線量調査をしている。「あまり過剰に放射線を怖がらないように」という、事故後の「ポスト」のスタンスは俺的にはけっこう評価しているのだが、この企画はキチンとしたデータをもとに「対策」を考えましょうネ、という狙いらしい。

日立TCS-151というちゃんとしたシンチレーションカウンターも使っているし、首都大学東京の加藤洋准教授の指導による測定だから絶対値としてもかなり信頼できるデータだと思う。

で、以下は江戸川ローカルの話になるわけだが、俺の家の近くの「葛西臨海公園(@バーベキュー広場)」と「江戸川総合レクリエーション公園(@虹の広場)」のデータが載っている。あんまり「ポスト」の商売の邪魔をしてもいけないのだが、以下抜粋。数字は「地表1m」「地表5cm」「最高値」の順。単位はμSv/h。測定日は7月2~3日とのこと。

臨海公園 0.21   0.26   2.10(駐車場脇のトイレの雨樋の下)
総合レク 0.23   0.29   0.80(プール脇の泥溜まり)

ともに都内の他の公園よりかなり高め。特に臨海公園の2.10μSv/hは断トツ。なんか、あまり積極的に遊びに行こうとは思わなくなる数字ではあるなぁ。こんなことになる前は、たまに子供と自転車でいって、ノンビリたこ揚げなんかしたんだけどなぁ。もう、ああいう日は帰ってこないんだ。やがては数値が下がるのかもしれないけど、その前に子供はとっとと大きくなっちゃうからね。

こういうこともあるから、積極的に放射線量調査して、なんか手が打てるものなら打ってくれ、というのが江戸川区への注文であるわけだが(もっとも臨海公園なんかは都立なのでコッチは都の責任だ。こういう広大な公園で「除染」とかいってもどう手をつけるべきなのか、俺なんかには見当がつかんけれども)、とにかく江戸川区のエラい人(ただし政治的低脳である可能性大というのはこの前書いたばかりだw)は徹頭徹尾馬耳東風。ということで、いつもながら落ちるべきところに話が落ち着いて(笑)お後がよろしいようで。きょうはこれでお休みなさい。

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今週はDoseRAE2をずっと持って行動しているわけだが、平均的な数字はだいたいこんな感じ。移動中は胸ポケットに入れつつチラ見、みたいなかんじなのであまり精度は期待できない。

江戸川区清新町のマンション11階=0.10μSv/h
東西線西葛西駅までの通勤路=0.15μSv/h
東西線地下区間=0.06μSv/h
中央区のオフィスビル4階=0.08μSv/h

自分の家の周りが微妙にジリ高なのがチト気に入らんが、まぁこんなとこか。
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Mrtada.jpg

「東京都民である」と公言することには以前から何となく恥ずかしい気持ちがあって、それはたまさか俺の住んでいる街が東京都最東部は江戸川区の、そのまた最東部にあって、まかり間違えれば千葉県に編入されていたとしても何の不思議も無く、であればこそ「ここを花の都トーキョーと呼んでいいものか」という気持ちが内心どっかにあるからだと思う。そういえば、いしいひさいちの「おじゃまんが山田くん」のテレビアニメで、なんか「東江戸川三丁目~♪」とか歌ってたような気がするな。

閑話休題。とはいえ「俺の住んでるのはTDLの近くでね~」的な言い回しも可能であるからして、何となく湾岸=ベイサイド=悪くないジャン!的な詐術で聞く人を幻惑するすべもあったのだが、しかしなぁ、「やっぱ、ここ、イナカだわ」と思わざるを得ないのだ、最近の江戸川区みてると。

言うまでもない、このたびの原発事故にかかわる江戸川区の対応である。都内の潜在的ホットスポット危険地帯と目される東京東部各区は軒並み自主的に放射線量調査に取り組んできた。だが当区にあっては、ようやく6月27~28日、区内わずか19か所(笑)に限って、しかも都から貸与された安物シンチレーション・カウンター(俺もこないだ5万円で入手したDoseRAE2だw)を用いての測定を行ったのみ。その後、新たに何かアナウンスあるかな~と思ってみていたのだが、今んとこまったく動きはないらしい。

で、このたびの区議会には地区住民より放射線量測定をちゃんとやってくれ的な陳情が多数寄せられたというのだが、多田正見区長はいぜんやる気をみせていないという。先の「独自調査」はやっぱりガス抜きのための糊塗策だったのか!

なんか腹立った。んで、こんな弱小ブログではあるが、一寸の虫にも五分の魂、もういっかい多田正見批判をすることにした。もう何回も書いたことを蒸し返して書いたりしてるが、許せ、俺は多田正見ほどではないが年寄りなのだ(笑)。

しかしな、議会も議会だ。主要会派は揃って「独自測定しろ」ってスタンスらしいんだが、かといってこういう区長に翻意をうながす力もない。「不信任案だすぞ、ワレ」ぐらい言うたれや!

…とブチ切れてみせたところで、いったん冷静になって、区のHPなどみてみる。先の19か所調査を踏まえて「区内における人工放射線の外部被曝量は1mSvに及ばず。安心めされよ」というような話なのだが、そこには「人工放射線による内部被曝はゼロと考えても差し支えない」という暗黙の前提があるようだ。確かに今回、子供たちがどれだけ内部被曝している/するかはハッキリしないんだが、少なくとも区内の子供が内部&外部あわせて人工放射線を年間1mSv程度浴びるケースはざらにでてくるんではないか。ウチの子なんかでも年間1mSvはちょっと厳しいと思ってる。

何でそうなるかというと、大雑把な計算をしてみたのだった。

先週末、買ったばかりのDoseRAE2を持って家のまわりをブラブラ歩いてみたんだが、地上1mの空間線量はおおむね0.15mSv/h。この数字をキホンに考えてみる。江戸川区のHPが載せてる「家の中に16時間・戸外に8時間」という例の計算式では、自然放射線は0.05mSv/h・屋内での被曝量は屋外の4割と仮定してるようなのだが、とりあえずこの計算式に従って計算すると、人工放射線の外部被曝量は年間で0.5278mSv。もっとも、共産党都議団が5月末に「東京でもけっこうホットスポットっぽいところあるよ」って調査出すまで、俺などは愚かにも都の出してた高さ18メートル@新宿のデータみて「あぁ平年並みね。けっこうけっこう」みたいなお気楽状態だったンで、じっさいはこの間、わが家も比較的無防備でいるうちに相当被曝しちまったンじゃないかという疑いもある。

加えて、いま俺のマンションの部屋を測ってみると0.10mSv/hぐらいあって、「屋内の線量は屋外の4割ていど」という当局の想定は甘すぎるんじゃねーか、現実にはもっと被曝するンじゃねーかとツッコミたくなるところもある(ま、俺んちの中にホコリ状の放射性物質とか入り込んでて除染してねーだけ、という可能性もあるが)。その点、いろいろと細かいことを言うと異論があるわけだが、とりあえず年間0.5278mSvだけ余計に外部被曝する、ということでヨシとしよう。

もちろん江戸川区の論理だと「1mSv以下だから安全」で、メデタシメデタシ、はい一件落着となるわけだが、残念ながら、このほかに食物・水・呼吸などから内部被曝がある、というのは上にも書いた通り。人によっては内部被曝は「外部被曝の数倍みておくべきでは」みたいな議論もあるわけで、仮に2倍としてもこれでもう軽く1mSv/yearは突破してしまうのである。そして内部被曝がじっさいどれほどになるかは、いきなり福島の牛肉から高濃度のセシウムが検出されてしまうような時代なので、まったくもう予断を許さないのである。

あるいは、俺の郷里・長野県の松本市などは、さすが民度が高いというべきか(笑)、「給食に汚染の疑いのある食材は使わない」と高らかに宣言して子供のいのちを守る姿勢を打ち出しているのだが、江戸川区などは「ん? しょくざい? ナーニそれ?」みたいな暗愚丸出しの姿勢なので、そういう頭の悪そうな人々の言っていることは信じられなくなってしまうのである。そう、江戸川区の学校・教育委員会関係者の思考能力もミジンコ並みで、学校プールは大丈夫かという声に対しても「ぷぅる? おせん? なにそれ?」と理解不能のごようす。「子供のいのち」みたいな高度に抽象的な概念はもとより理解不能で、「ほぇ~?」とかいってアサッテの方角を向いてるというのが実態のようである。

やっぱり長野県民のレベルからみると、東京あたりの首長・自治体にはどうしても物足りないところがでてくるな(半分本気・半分ウソw)。もっとも東京の場合は地方から出てきて住んでる人が多いので、単純に「東京=ダメ」とも言い難いところがある。ちなみに江戸川区長の多田正見氏は愛知県出身らしい。ま、もちろん個人の資質の問題かもしれんのだが、やはり俺的には教育県・長野に比べると愛知の民度はかなり低いようだな、という心証が形成されつつある。とりあえず反論は認めんから(笑)。


ちと話がそれたようである。イヤ、正直いえば、俺は年間1mSvちょっとぐらいなら、おそらく子供であってもほとんど影響はないんじゃないか、と思っている。だがしかし、それは科学的に断定できないグレーな領域における、ある種の「直感」なり「信仰」なりのレベルの話であって、そんな判断は他人には強制できない。ちょっと煽られれば、俺だって「いやぁ1mSvだってアブねーかもなー」と心千々に乱れるわけであって、であればこそ、現実に1mSvを超す被曝、おそらくは数mSvの人工放射線の被曝が懸念される地域がけっこうある以上、行政はそれなりの手を打たねばならんだろう。


なんせ「年間1mSv」であったとしても、とりわけ子供についていえば身体にどんな影響があるかは厳密な意味では「ワカッテイナイ」。どんな科学者を連れてきても「ハッキリとしたことはワカラナイ」。ならば年間数mSvレベルだとどうなるんだろう? そう疑問に思うのは当然のことで、そういう事態を前に「いや大丈夫じゃネ。たぶん」とか言ってふんぞりかえっている区長はなんなのだろう?

多田区長にヤル気がないのは何故なのか。本当はご当人に答えてほしいのだが、ちなみに以前、HPから「区長への手紙」というのを出して「何で区で調査しないのか?」と聞いたところ、全然こたえになってない封書が返ってきたのでこれはもうダメだろう。彼がハッキリいわないので、もうここからは俺が独断で推理させてもらう。

第一の仮説は「彼の無知のゆえ」というものである。つまり田舎政治家たる彼は、現代社会を生きる政治家に不可欠な科学リテラシーをまったく欠いている、という仮説である。いわば多田氏=政治的低能説である。確かに直接的な因果関係はいまだ定まってはいないけれど、放置すれば甚大な被害が懸念されるような事態に対しては積極的に介入すべきだ――というのは、水俣病の教訓などからわれわれが得た「予防原則」という貴重な考え方なのだが、そんな語彙はおそらくこの老政治家の頭脳の中にはないのであろう。そういうことであったのなら、もすこし役所の担当者にでも話を聞いて勉強しておくれ。恥ずかしがらないでいいから。今からでも遅くないから。「予防原則」ってナーニ?って。

【注】ちなみにこの御仁、何かの会合で放射線の話しているときに「江戸川区は××デシベルだから大丈夫」とか寝呆けたことを口走っておられたという情報があるので、この多田氏=政治的低能説には一定の蓋然性がある、とみている。

第二の仮説。これは「何か利害関係があるのでやりたくない」という可能性。たとえばの話、区内でガッツリ調査してけっこう高いデータが出たらまずい、という事情がおありなのかもしれない。除染作業にはカネかかるし、江戸川野菜も売れなくなるだろうし、地元の大地主さんとかもお困りになるだろうし、とか。いろいろな「事情」が考えられる。でもまぁ実際にはかなり汚染されてたのをネグった結果、将来的に被害が出てきたとしたら、それは住民の健康とご自分の政治的立場をてんびんにかけて自分の都合を選んだということになるから、そういう政治をした人は問答無用で地獄の業火に焼かれることになるのだろう。もっとも地獄というものがなかった場合は多田氏の「逃げドク」になってしまうので、地獄の存在に確信がもてない俺としては気が気でない。まぁ多田区長の名誉のためにもこういうことはありえないと信じたいのだが、なんせ当人が万人に納得できる説明をしないのでこういう「利害関係最優先説」の可能性も否定しきれないのだった。

というわけで、いささか失礼かとは思うが、簡単にいいかえると①多田=頭が弱い説②多田=欲深説という2つの説が考えられるわけで、もちろん①+②、すなわち「多田=欲が深くて頭が弱い説」というのも論理的には成り立ちうるだろう。俺には思いつかないが、ほかに何か新説があるようだったら教えてほしい。


もちろん杞憂に終わればそれに越したことはない。しかし、少なくとも空間放射線量調査などというのは大した予算措置も要らないのだから、万一を心配する住民の不安をこうまで無視するについては十分な説明責任があってしかるべきなのだ。事実、東京東部の江戸川を除く各区はそれなりに一生懸命測定などして区民の懸念を払拭しようとしているわけで、その事実こそが多田正見氏の「不作為」に道理が全くないことを示している。にもかかわらずちゃんとした説明がないことに俺は腹を立てているのだし、いささか品を欠くとは思いながらもこんなエントリーを書いているのだ。

まぁ将来万一なんかあったとしても、その頃にはご当人は身罷られておられるだろうから「ヘヘヘ~、俺は痛くも痒くもないよ~ン」とかお考えなのかもしれぬ。でも20年後か30年後か知らぬが、不幸にして放射線による健康被害が目に見えて出てきた時には「あのとき多田区長が手を打っていたら…」というわけでウラミ骨髄、という人々がワンサカ出てくるはずだ。老婆心ながら言っておくが、今のうちに「将来の江戸川区ではタダという名前が蛇蝎の如く忌避される時代がくるかもしれないから心しておけ」とでも息子なり孫の方々にお伝えになっておくがよいのではないか。

なんかこういう言い方をするのは我ながらイヤミで嫌なんだが、確か区長のリコールをするにしても選挙があってから1年間はできない、とかいう話もあるので、今ンとこ、力無き庶民としてはこういうイヤガラセを言うぐらいしか手がないのだ。あるいは「恨む」「祟る」ぐらいか。番町皿屋敷の昔から、権力にもてあそばれる側が体制に一矢報いるにはそれぐらいしかないのである。

だから、前にも書いたような気がするが、こんな言葉が彼のもとに届くはずはないと思いつつ、俺としてはどうしても書かざるを得なかったのだ。こんな世の中がこんなもの書いたところで変わるなどとは思えないにしても。♪それでも私は書きたかった(岡林信康「手紙」)ってヤツ。

妄言多謝。

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