2011年07月

ヤフオクで買ったDoseRAE2が届いた。なんか、どっか新手のデジタルガジェットゲット、みたいなところもあって、シビアな放射線対策という当初のねらいと半々、みたいな。

とりあえずマンションのなかイロイロはかってみたが、だいたい0.10μSv/hみたい。

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今月の月刊誌「潮」で藤原新也が良いことを書いていた。

このあいだ村上春樹が「カタルーニャ国際賞」っつー賞をとってスペインで講演したんだが、そんとき、なんか戦後日本は「効率優先」で原発推進してきて、それで失敗しちまったんだよね、反省しないといけないよね、みたいな話をした。

藤原新也はこれに対して言う。「何いってやがる、世界中に別荘もってて、放射能の心配なんかない安全なとこで毎日ジョギングしてるヤツにそんなこといわれたくねーや」。まぁこれは原文通りでなく、俺が読み取って意訳してかいたものなので全然正確ではないが、おおむねそういうことを言っていた。

なるほど春樹の言ってることは正論なんだろう。ただな、春樹みたいに1冊本書けば何億カネはいってきて、世界のどこにでも思いのままに行ける男が語る正論っていうのは確かに鼻持ちならン。

そんなこたぁ、いわれんでもわかってるんだ、こっちだって。だがな、たとえば原発誘致してきた日本各地の僻地の連中のことだって、連中の身になって考えれば軽々に批判できんと俺は思う。

日々の暮らしにも困って、しょうがねー、あとはどうなるかわからんが、とりあえず原発誘致すりゃとりあえず今は生きていきる、って選択した田舎の貧乏人のきもちが、オマエにわかんのか? オマエがそんな貧乏人の面倒みてくれたことがあったのか? そんなギリギリの選択をした人間たちを、高みにたって「愚かなものよ」と糾弾できんのか?

世界的ベストセラー作家とはちがって、俺たちはどうしたってこの国で生きていかなきゃいかん。それを思えば、たしかに俺たちは愚かだった。ただ、日本にいるのかいないのかもよくわからん金満作家、日本に原発があろうがなかろうが最終的には「俺にはカンケイねぇ」と言って立ち去っていける立場の男に説教されるのは、なんか許せん気がする。

人間、偉くなると、どうしたってダメになるんだよなぁ。不思議なことだ。やっぱり、大事なことは主流にならぬことだ。
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