2011年08月

文科省が、いまさらながらセシウム汚染土壌マップ(リンクは朝日新聞記事)というのを出してきた。フクイチ100キロ圏の6月時点のデータらしい。
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(図表は朝日記事添付)

この朝日の記事によると、チェルノブイリ原発事故では555Kベクレル/平米を超えた地域は「強制移住」の対象になったんだが今回の調査でこの値を超えた場所は約8%に上った、とか、ちなみにチェルノブイリの汚染地図が完成したのは事故3年後であった、みたいなことが書いてある。

この手の「チェルノブイリの強制移住地域なみの汚染」という表現はしばしばネットなどにも出てきて俺たちを動揺させているんだが、上の記事にもあるように、そのデータは事故後かなりたった時点のものらしい。それにチェルノブイリのほうは確かセシウム137オンリーのデータであったはずだが、今回の文科省のデータはセシウム134とセシウム137の合算値のようだ。よって「両者の数値を比較する」というのはあんまり意味ないような気がする。

もっとも、朝日の記事についている図表(上図参照)をみると、これはセシウム137のみの数値をプロットしたもののようだ。まぁチェルノブイリとの比較を無理にでもしたい、ということであれば、こっちを見たほうがいいような気もするが、原稿のほうは一貫して134、137合算値のことをいってるようなので一貫性がない。読者をミスリードするおそれがあるように思う。

このへんの問題については、ホットスポットといわれる柏市在住の若手理系研究者の方のサイト「柏夜話」というところで文系にもわかりやすい冷静な解説がなされていて、一時期よく拝読したものなのだが、詳細はすぐ忘れてしまうのだな(笑)。

ちなみにこのブログの主の水琴さんによると、The International Chernobyl Project -Assessment of Radiological Consequences and Evaluation of Protective Measures-という1991年の国際調査の報告書があるらしく、ちゃんと読まねば、とずっと思っているのだが、なかなかできん。というわけで、とりあえずこの報告書の記載について上のページから引用させていただくのだが

このなかで、ソビエトが1990年に導入した移住プログラムについても述べられています。

(1)137Csによる地表汚染が、37~555kBq/m2の地域では、補償として15ルーブル/月。ただし、移住はサポートしない。

(2)137Csによる地表汚染が、555~1480kBq/m2の地域では、補償として30ルーブル/月。また、妊婦と子供は移住させる。その他の人々は、移住を望めばサポートする。

(3)137Csによる地表汚染が、1480Bq/m2~の地域では、全住民を移住させる。

ということです。

「強制移住」っつーと、「全員逃げ出せ!!」みたいなイメージがあるんだが、これを読む限り有無を言わさず移住しなさい、っつーのは1480Kベクレル/平米以上なんでないか?

まぁ、チェルノブイリに倣ったらOKとかいう問題でもないんだが、放射線を「正しく恐れる」ためには、正しい比較をするのが大前提だよな、と思うきょうこのごろ。

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さて、けさの朝日新聞。天声人語子が、近日公開の映画「ライフ」を観てきたと書いている。どんな映画かというと

「命をつなぐ」をテーマに、動物たちの生への執念を英BBCが6年かけて収めた。とりわけ打たれたのは子への愛だ

というハナシ。で、締めくくりはこんな感じである。

わが同類には知恵と情熱に欠ける親もいて、虐待事件が後を絶たない▼〈リボンつけしままに眠れる幼子を目守りつつをり泪ぐむまで〉大野誠夫。目元にあふれたのは、この子を命がけで守るという気負いだろう。どんな親にも本来、悲しいくらい純な愛が宿る。カエルやタコに教わることではない。

動物はちゃんと子育てしてて偉いんだが人間はどうよ、というのが結論であるらしい。最後に「カエルやタコに教わることではない」とか言ってるけれど、全体の文章の流れからすると、この個所は「カエルやタコに教わっちまったよなー。ホントはそんなことじゃいけないんけど」というレトリックであって、つまりこの方はカエルやタコを見習おうと言っているのである。

だが、ちょっと待ってくれ。動物の中にも「子殺し」はあるというぞ。たとえばゴリラ。ハーレムのボスを駆逐したボスは、群れの中のメスと前のボスとの間にできた子供を殺してまわる、みたいな話もあるらしい。まぁ人間界になぞらえていえば、離婚したコブつきの女が新しい男とつきあい始めたはいいが、新しい男は前夫の子供を事あるごとに虐待して最後には殺してしまいました、母親も別段それを止めずに傍観しておりました、みたいな話であって、なんかニュースでよく見聞きするパターンのような気もする。

ここで「なるほど人間もゴリラもダメだなー、動物って進化するにつれて堕落するのネ」みたいな反応をされるのも困るので言っておくのだが、ウィキぺディア「母性本能」によれば、一般的にいって動物の母親は「常に自分の子に尽くすわけではない」。天声人語子は、うるわしき「愛」ゆえに動物はわが子を守る、みたいなことを言いたいらしいが、冷静にみると、動物の行動を律するのは「じぶんの遺伝子を後世に残すこと」。例の「セルフィッシュ・ジーン」の考え方だ。だから、「いま・ここで」自分の子を見捨てることが長期的には「自分の遺伝子を残す」ために有効となれば、情け容赦なくわが子を見捨てたりもする、そういう話だろう。

まぁなんだ、「動物は純真な愛に従って行動するのでよろしいが、人間はゴーマンになってしまったので愛を忘れてしまった。反省しましょう」みたいな彼の説教は何となくもっともらしく聞こえるんだが、それは端的にいってウソなのだ。そういう言い方がお気に召さなければ、「あらまほしき幻想」といってもいいけど。

つまりだな、人間の倫理の根拠というものは別に動物界から引き出してくる必要はないのであって、「ダメなものはダメ」というロジックは自分たちで構築すりゃいいのである。その倫理というものは、別に本能に基礎づけられていなくたってアリなんであって、自前で四苦八苦して作り出していけばいいのである。苦しいけど。

今日の天声人語のヘンなところは、どっかに無謬の素晴らしき世界があって「そこに向けてわれわれも努力せねばナラン」といった、なんか無邪気というか、浮世離れした啓蒙主義みたいなものに完全に毒されているところなのだ。だからその議論が現実からすっかり遊離してしまったのである。

むろん、その背後に「啓蒙の先頭に立つのはオレサマ」的な、天声人語子のうぬぼれた自画像があるのは言うまでもない。

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自称超能力者のユリ・ゲラーが1970年代はじめに来日した時、テレビの生放送で「止まっている腕時計を取り出して握っていてください。念力を送って動かしてみせますから」と視聴者に呼びかけた。しばらくするとアラ不思議。全国から「時計が動いた!」と電話が殺到。「さすがユリ・ゲラー!!」という話になった。

しかし、よく考えれば何のことはない。当時の腕時計は機械式。視聴者が持ち出した時計の中には、油が回らなくなって止まっていたものもあったと思われるのだが、それを手の中で温めていたら、たまたま動くようになるものが出てきて当たり前。仮に全国各地で百万世帯がテレビをみていたとして、その中で時計を持ち出した家庭が100軒に1軒、さらにその時計が100個のうち1個という割合で動き出したとしたら、全国でカチコチいいはじめた時計は計100個。まぁ別に電話が殺到してもおかしくはないのである。――とまぁ、細部はやや違っているかもしれないが、こんな種明かしをどこかで読んだ記憶がある。と学会の本だったかな。失念。

こんな話をするのは他でもない、原発の放射線絡みで各地の人々の体にさまざまな「異変」が起きている――「鼻血を出す子が増えている」とか「出産が予定より早まる人が増えている」とか――みたいな話を蒐集してきては「起きていることをそのまま書いている」などといってネット上から広めてる人がいて、「あ、これ、ユリ・ゲラーのパターンと似てるよなー」と思ったからなのだった。

そりゃあ、そこそこ名の知れた人が「身に覚えがある人はご連絡を」なんて一般大衆に呼びかけたら、その手の話はいくらでも集まるって。血液型による性格判断をやってる人が、自分の本の読者にアンケートにこたえてもらって、「ほら、このアンケート結果みてよ。性格判断当たってるでしょ!」みたいなバリエーションもある。これは山本弘氏の本に書いてあった。でもそれじゃ全然「真実」に近づけないんだよなー。

ま、血液型とか念力とかなら笑い話で済むにしても、放射線絡みでその手の「都市伝説探し」みたいなことをするのはちょっとヤバイのではなかろうか。放射能は「正しく怖がる」ことが大事だというんだが、この種のノイズを排除していくことはとても大事だと思う。
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ここんとこ小林よしのりはどうも苦手だったのだが、「サピオ」9月14日号の「ゴーマニズム宣言」を見て、ちょっと唸ってしまった。「英霊にこたえ、保守すべきもの」と題する作品なんだが、これが意外にイイ!

原発事故で故郷を追われた無辜の人々を尻目に「いや、でも原発がなけりゃ経済が成り立たないだろ」論をぶっている自称保守派の人々にたいして、「いや、カネなんかよりもっと大事なものがあるだろ! 愛する故郷をみんなから奪っておいて、保守派がきいてあきれるゼ」(意訳)とタンカをきっているのである。先にNHKスペシャルでやっていた飯舘村レポートの内容なんかもおりこんでいて、けっこう泣かせる。で小林よしのり、そんなカネカネカネカネいいやがって、英霊に申し訳ないと思わんか、とゴーマンかますのである。

実はこのところ、同じ保守派といっても、反共を意識するあまりかアメリカべったりの戦後日本を肯定してきた従来の保守派に対して、「いや、もうちょっと民族の誇りをもたんといかんだろ」的な主張をする人たちもいて、けっこう内部で議論があったりするのだった。

そういう保守派内部の緊張関係みたいなものも当然小林の主張の背後にはあるわけなんだが、まぁ俺なんかも年をとるにつれて、やっぱり大事にすべきはパトリだよな、村の鎮守の神様を見捨てて故郷離れなきゃならん人の悲しさをどうしてくれるのよ、的なことをいわれるとグッときてしまう民族派的心性に毒されてきており(笑)、こういうベタというか直球ストレートの主張にもう簡単にヤラレてしまうのであった。

まぁそんなこたぁどうでもいいんだが、ともかく原発問題については、右派左派を超えてアンチの人々が共闘できる余地はあるんだよね。人間が積み重ねてきた経験知に信を置く保守主義のスタンスからすれば、人類史的スケールでいうとほんのつかの間われわれの前に現れただけに過ぎない原子力発電の世界は基本的に懐疑すべきもののような気もするし。そういう意味でもちょっと考えさせられる今週の小林よしのりであった。

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というわけで、夏の甲子園青森県代表(笑)として準優勝した光星学院ですが、野球部員たちの不祥事が明らかになってしまいました。部員自らネットに自らの武勇伝?を書き散らして自爆してしまったようですね。

飲酒、パチスロはじめとして、ジャーマネとの不純異性交遊?とかバリエーション豊かです。メディアではもっぱら飲酒の話がメーンのようですけど、ま、いってみりゃあいわゆるワルのしそうなこと総まくり的な感じですな。

ちなみに事の発端としては、2ちゃんのチア板で非リア充のみなさんがグダグダしていたところ、この学校の野球部のジャーマネが可愛いとかナントカ話題になり、いろいろ調べていってくだんの武勇伝に行き着いてしまった、という説が有力らしいようです。それはそれでお前ら凄いじゃんと言いたい。

で、俺の言うことは今回もステレオタイプなのですが、「青春の汗と涙と感動の中で生きている高校球児」みたいな幻想と、げんじつに甲子園に出てきてる高校球児の実像が、もうあまりにもかけ離れてるからこういう悲喜劇が起こってしまうのですね。

青森あたりの田舎の私立高校が、さてこれから少子化の時代どうやって乗り切ろうかと考えたとき、まず思いつくのは「スポーツで名前売って生き残ろう」ってアイデアでしょう。で、手っ取り早いのは甲子園出場。都会の激戦地とは違って数回勝てば行けてしまうんだから、室内練習場とかちょっと設備投資して、それから野球のさかんな土地から「外人部隊」をかき集めてくれば、そこそこラクに達成できる目標ともいえます。

もちろん野球留学してくる連中の側にもメリットはある。大阪あたりの高校だと、相当なレベルだとしても勝ち上がって甲子園いくのは容易じゃない。田舎に行けばグンとハードルは下がる。甲子園に出られれば、大学にスポーツ推薦でいくのもラックラク(よく知らんがたぶんw)。万一大活躍でもしようものなら、プロからお声がかかるかもしれん(光星の実例=巨人・坂本)。チャンスじゃん。

というわけで両者の利害あいまって、今回の光星学院のようにベンチ入りする選手のほとんどが「外人部隊」という奇妙な青森代表(笑)ができちまうんですなー。学校側からすれば有望選手はメシのタネ。「生活指導」なんてちゃんとしているのかどうか。選手も選手で、いってみれば最初から打算に打算を重ねた上で地方に流れてきてるんだから、もう、そんな「清く正しく」なんてちゃんちゃらおかしい、ってなもんでしょ?

ま、そういうわけで、しょせん甲子園なんて、大学野球部やプロ野球のセレクションだよね、それはそれとして楽しめばいいよね、という割り切りができればいいんですよ。

しかし、ここで朝日とかが「地元の期待を背負って日々努力を重ねる熱き青春の息吹」みたいなキレイゴトの文脈を我々に押しつけてくるわけです。だからね、光星学院のみなさんも「なんで? そんなタテマエ通用しないよ」と心の内では思ってるに違いない。可哀想といえば言えないこともない。そもそもウン十年も前から、「実は甲子園にでてくる高校球児ってワルばっかりだよね」みたいな話はジョーシキ化してたわけだから。その乖離が、もう極限まできてると思う。

となりますと、「もう外人部隊みたいな高校野球ビジネスやめて、ホント地場産選手限定でしばるアマチュアの大会(笑)にする」、あるいは「清く美しい高校野球は絵空事なので、プロ志望者セレクション大会と割り切る」、潔くこの2つのどっちかにハッキリ決めりゃいい。個人的には後者のセミプロ高校生セレクション大会でいいんじゃねーか、と思っております。

そりゃ「クソ、セミプロ高校生ども蹴散らして公立高校頑張ってくれよ」と思ってはいるんだが、これって米軍に竹槍で挑むみたいなもので、もうそういう夢を語るのも虚しくなってきた。

どうです朝日新聞さん、この提案は。そうすりゃ、今回みたいな不祥事にどう対応すべきか、みたいなことで苦労することもありませんゼ。もう毎年毎年、この手の話でご苦労されてるのを見るのもしのびなくてネ(と悪魔の誘惑w)。











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ハインズ博士再び「超科学」をきる: 代替医療はイカサマか?

ハインズ博士再び「超科学」をきる: 代替医療はイカサマか?

  • 作者: テレンス・ハインズ
  • 出版社/メーカー: 化学同人
  • 発売日: 2011/08/25
  • メディア: 単行本



内容確認してないけれども、これは買いでしょうたぶん。装丁はちょっとナンだし(笑)、若干高いけど。
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8月10日のサッカー日韓戦はテレビで見てたのだが、試合結果はともかく、いまなおショーゲキ的だったなぁと思い返すのは、試合開始前の国家独唱で「君が代」を歌った男のあまりにもイタイ歌唱であった。この男の話はネットでも話題になったようで、こんなサイトがあった→「日韓戦でカラオケレベルの国歌斉唱を披露したアクアタイムズ・太志、あまりの酷さに炎上騒ぎに」

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で、コイツ何者かというと、ロックバンドAquaTimezのボーカル太志(31)、だそうだ。俺は全然知らんが紅白歌合戦にも出たことがあるらしい(つーか紅白なんて何年も見てないし)。俺は右翼でも何でもないが、やはり「君が代」を歌いこなすにはそれ相応の歌唱力がないとダメなのだ。一種呪術的な情念をコントロールできない歌い手でないと完全に位負けしてしまうのである。勢いで「君が代」を歌うと酷い目に遭ってしまうのだった。

で、上のまとめサイトを見ていたら、「一方にはこういう人もいるんだぞ」ということなのだろう、昨年の高校野球センバツ大会で、アカペラで見事「君が代」を歌いきった広島の女子高生(当時)の映像が出てきた。

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聴いてみると、まとめサイトにも書きこみあったんだが、ホント「君が代」専属歌手を務めていただきたいぐらいの貫禄・迫力。今は声楽家修業をしている野々村彩乃という女の子らしく、ググってみると個人サイトもある。やがて名をなすのではないかなぁ、この子。言っちゃ悪いが太志君との器の違いは歴然だ。そしておそらくそれは修練の差でもあるのだろう。

本当は恐ろしい「君が代」、といったところか。
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日本テレビのプロデューサーをしていて、原発事故後、なんか社の方針と衝突したとかいってフリーになったらしい木下黄太氏という方がいる。基本的に放射線被害をもっと警戒しろよ、という主張の方で、ブログとかツイッターとかで警鐘乱打してるようだ。

ブログはこちら→放射能防御プロジェクト 木下黄太のブログ  「福島第一原発を考えます」

ここで、ちと話は飛ぶ。「まもなく関東に大地震が来る来る来る」と何年も言い続けていて、たまさか(関東ではないが)大地震が起きたことで「この人当たる!」とか勘違いしてしまった信者が急増?し、その筋で有名になってしまった小林朝夫という方がいる。その発言を小生はここんとこずっとフォローしているんだが、それは地震や放射能を警戒するのはいいとしても、そういうインチキ予言を根拠にして「怖がる」のはきわめて危険なことであるからだ。

で、最近この小林氏が、福島第1原発の敷地内で「地割れ」が生じ、そこから蒸気が上がってる、これは地下に落ち込んだ核燃料がなんかすごいことになっているからだ、みたいなことを言い出している。あ、またデマかと思っていたんだが、実は先に挙げた木下黄太氏もブログで同じようなことを書いていたのだった。ソースは「福島第一原発の作業員」で、「メールで情報が地元関係者に届いた」のだという。「政府内の情報源」にあたってウラを取ったようなことも書いてある。うーん、と俺は考え込んでしまった。

街のインチキ予言者なら、まぁ許せる(いやホントは許せないんだがw)が、いちおう「ジャーナリスト」を名乗る人が、この種の怪しげな「情報」を広めるのはかなりまずいのではないか。少なくとも専門家に当たらないといけない。格納容器を破って核燃料が落ち込んでいる可能性はある。だが、それが熱源となって土中に蒸気を発生させ、地割れを起こし、噴出する。そのようなメカニズムは想定可能なのか? 何らかの「見間違い」の可能性はないか? そのあたりを詰めねばなるまい。平たく言えば、彼は「裏をとりきっていない」。

実は、以前からこの木下氏、ジャーナリストを名乗るにはいささか危うい人だと思っていた。というのも、この方、「首都圏でいきなり鼻血を出す人が増えている。これは低線量被曝の影響ではないか」みたいなことも書いていた。専門家のコメントも何もつけずに、である。そりゃ高線量を一気に被曝したら髪が抜けたり、鼻血が出たりもするだろうけど、話は首都圏ですよ、マイクロシーベルト単位の被曝でそんな急性症状が出るとは医学的には驚天動地の話じゃねーかと、まぁ素人の俺ではあるけれども、思ったのだった。

ちなみにこの木下氏、日テレ時代には確かオウム取材とかでならした人物のはずだ。そういう修羅場では、まぁ業界でいう「とばし」(裏を取りきらずに先走った報道をすることだな)はアリだったのかもしらんが、問題は低線量被曝の影響みたいな、ハッキリしたことのいえない世界で「こういうこともありうる、ああいうこともありうる」と吹いて回るのは如何なものか、という話である。

また脱線するけれども、内部被曝はスゲー怖いとか吹いて回ってるクリス・バズビーのECRRなんかだって、反原発サイドに立つ京大の今中哲二氏からは厳しい批判を浴びてるわけであってね、もう何でもかんでも危ない危ないといって回るのは違うと思うのである。

それこそ広瀬隆氏みたいに「反原発運動家」みたいなスタンスでそういう発言をするなら良い。だが、しかし「ジャーナリスト」の範疇というものはおのずからあるだろう。ただでさえメディアへの風当たりが強い時代である。使命感をもって仕事をなさるのは結構だが、そこんとこはちゃんとしていただきたい。


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頑固爺が世にもの申す系の、「唇からナイフ もしくは余計なお世話」というブログを発見したのだが、これがとてもすばらしいのでここに記しておく。

原発事故絡みでもいろいろ良いことを言っているんだが、心に染みいったのは、「脱原発で生活が心配か」というエントリーであるな。「原発が無くなったら暮らしはどうなる」という危惧の声に対して、このブログの主・偏屈ルキウス氏は、黒澤明『七人の侍』の村の長老のこんな言葉を対置する。「手前の首取られようってときに、ヒゲの心配してどうするだ」――。

まさにその通りである。
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「セシウム汚染:汚泥が満杯、自治体ピンチ 下水処理場など」という記事を毎日新聞が書いている。放射性セシウムが濃縮された汚泥が各地の浄水場などから大量に出てきているわけだが、埋める場所もないし、いったいどうしたもんやら、と各自治体が困っている、という話だ。

記事によれば、浄水場の汚泥は「14都県で約9万2000トン」、下水処理場の汚泥や焼却灰は「13都県で約2万7000トン」、それぞれ処分先が決まらずに浮いているとのこと。俺の家の近くにも都の下水処理場があるので、ホント他人事ではない。こいつは困った。

で、考えたのだが、もうこういう状況だし、政府は思い切って各地のゴルフ場を強制収用して、そこに処分場を作っちまう、というのはどうか。今となっては、ゴルフも決して金持ち階級の道楽とはいえないのだろうが、この狭い国であんなに場所をとるスポーツをするというのは、よくよく考えれば贅沢の極みである。

俺はあんまりつきあいがないのでよくわからんのだが、愚考するに、原発推進の旗を振ってきた我が国の「ベスト・アンド・ブライテスト」の方々は、おそらくこういう優雅なスポーツが大好きなのではなかろうか。とすれば、ノブレス・オブリージュというのは大げさかもしらんが、そういうエライ方々も、今回のような国難にあたっては自分の楽しみをいかほどかガマンして「よし、この際、ゴルフはあまりに贅沢に過ぎるので放射性物質の捨て場に転用することにいたしましょう」とか言えばいいのじゃないか。

もちろん経営者の方々には買い上げにご協力いただかんといかんし、周囲の住民の方々にも補償なり何なりをする必要があろうが、まぁゴルフ場の周囲はもともと農薬汚染ギワクなども持ち上がることしばしばであるからして、ある程度の理解は得られるものとする。総じてゴルフ場は人里離れた山のほうにあるらしいから、水源地への汚染の拡大などに気をつければさほどの問題も生じまい。

ま、よく考えれば、昔から人間というのは「畏れ多くて近寄りがたい土地」みたいなものを思惟してきたわけで、現代文明が生み出した負の遺産としての「忌み地」が21世紀に出現しても、それほど奇異ではなかろう。

「むかし、原発というものがあってのぅ、それが爆発したのじゃ。で、このあたりにも放射性物質が風に乗って飛んできたんじゃが、それが下水処理場とかに溜まりに溜まって、やむなく、Golfっちゅうスポーツをする場所だったこの山の中に、運んで埋めることになったんじゃな。人間がいかに愚かな生きものか。この汚泥の山をみるたびに、ワシはそうやって反省しているんじゃ」。で、こんな風に土地のジジイが語りついでいく、と。

ということで、とりあえずはコンクリートプールでも作って、汚泥を密閉しとけばいいだろう。ちなみに、25メートルプールの容量はだいたい400トンぐらいかな。で、さきほどの記事に出てきた、行き場のない汚泥等が現時点で約12万トン。ふむ、割り算するとプール300個に収まってしまうのか。

ちなみに国内にはゴルフ場が2300以上あるらしい。一か所で面積が100ヘクタールぐらいあるとすると、これは3000メートル×3000メートルみたいな感じだな。この中に25メートルプールの百や二百作ったって屁でもないのではないか。するってーと、仮に一か所100個としても2300×100×400=92000000トン=9200万トンの容量があるということで、おぉ、まだまだ余裕ありますな~。

とまぁ、こんな机上の空論を語ってみたのも、「けっきょく原発はこれからも動かしていくしかないありません(キッパリ」みたいなことをいうエスタブリッシュメントの皆様が、なんかこの状況に全然「痛み」とか「畏れ」を感じてみたいで腹が立つからなのであった。アンタ方はいまこの状況で何か大事なものを賭けているのか。自分たちの選択の帰結として生じたその災禍を何かのかたちで埋め合わせたい、みたいなことは思わないのか。せめてゴルフぐらいあきらめろよ。

なお、俺の中じゃあゴルフってぇのは、まだまだそういう階級の方々の娯楽だというハラがあるものだから、ここではあえてゴルフ場に敵役になってもらいました。じっさいにはゴルフ場が突如処分場になったりしたら、近くの人は「冗談じゃない!」って思うだろうし、安サラリーマンでも「いやゴルフはスバラシイ」とか言う人はいるだろうけどね、ここはひとつの思考実験ということで許せ。

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