2013年07月

たまにフィッシングメールというのが来るのであるが、これなんかもそうである。

タイトルは [スクウェア・エニックス アカウント]あなたのID異常
差出人は autoinfo_jp  とある。




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一見してダメである。「ID異常」とかいうんだが、全然その説明がない。
まっとうな企業なら最低限、それがどういう現象で、どういう問題があるのか、説明をするのが当然である。
こういう拙い日本語を書いてしまった時点で論外である。

それに誘導先のアドレスなんだが

square-entx.com

とか書いてあるわけで「entx」とかいってる時点で、失笑ものである。

この辺もうまく偽装しないといけない。
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PCの構成を替えたときのことはついつい忘れてしまうので、私的メモ。
「N660GTX Twin Frozr III OC」@21,166 購入ス。
今年のうちぐらいにHaswell態勢に移行しようと考えているのだが、ついつい先走って、現時点ではけっこう評判の良いボードを買ってしまった、という次第。
体感的にはよくわからんが、とりあえずWindows エクスペリエンスインデックスでは「ゲーム用グラフィックス」が7.5→7.9

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というわけで、永遠のテーマ「何で日本人は英語が下手か」である。

一説に「英語と日本語は言語学的にかなり系統が異なっているので習得が難しい」という理論があるらしい。だがしかし、それだったら英語をしゃべってる連中は日本語なんて金輪際しゃべれない筈なんだが、じっさいにはケント・ギルバートとかパックンとか流暢な日本語を操る米国人はゴマンといるので、ちょっとこれは違うような気がする。

で、暫定的に俺が考えているのは、ヤッパ英語にどうしてもつきまとっている、あの「リアリィ?」とかいって肩をすくめたり、あるいは「アァハン?」とかいって相づちを打たないといけない独特のノリが、日本人にしてみればどうしても許容範囲外というか、許せないものであるがために、「そんなことやってられっかYO!」という事で日本人は生理的に英語を拒絶してしまうのではないかと思うのだった。「そんなはしたないことはできぬ!」みたいな。

念のためにいっておくと、「日本人はシャイだから下手な英語でやりとりするのが恥ずかしい、よっていつまでたっても上達しないのだ」みたいな議論もよくあるんだが、そういう「シャイ」だとか何だとかいうのは俺の議論からいうと微妙にポイントを外している。もっと実存的っつーか、アイデンティティの崩壊につながるようなクリティカルなトコに英語が土足で踏み込んでくるからこそ、この勤勉な日本人(笑)は逆に悩んでしまって先に進めないのである。

つまり「RとLの区別がつかないから」みたいなテクニカルな問題ではなく、その言語表現をとりまく、文化的なたたずまいみたいなものが日本語環境と英語環境では根本的に違っているところに根源的なポイントがあるのではないか。

じっさい、英語のできない俺たちは英語遣いに対してついつい「軽薄な野郎だ」的な印象をもってしまうわけで、つまり文化環境オリエンテッドな偏見がすべての根源だったのでアル。違うかな。


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さて、エジプトのムルシ大統領が軍部のクーデターでその地位を追われたというニュースである。

ムルシ氏というのは、アラブ世界での民主主義がドミノ倒し的にすすんだ、いわゆる「アラブの春」の流れにのって実現した「エジプト革命」の、その成果としての民選大統領である。たとえ政治的手腕がボロボロで国民に怨嗟の声が充ち満ちていたとしても、軍部が出てきて政権をひっくり返すのはよろしくない、民主化への逆行だ、と憤ってみせるのがとりあえずのメディア的「お約束」であるらしい。

ただちょっとひっかかるのだ。「政治に口を出す軍部=悪」みたいなステレオタイプはこの場合適当なのかという思いもある。もちろん選挙で成立した政権を武力で壊す、というのは全然民主的ではないワケで、日本の歴史など振り返ってみても「まずいだろ!」というのは、とりあえず「正しい」。

ただトルコなんかもそうなんだが、もともとイスラム的な価値観が支配していたムスリムの国にあって、「いや、これからはそういうシバリで何でも律するのはダメだから、もっと世俗的な価値観も大事にした近代国家を作っていこうや」という話になったときに「軍部」というのは頼りになる存在であって、事実エジプトでも軍部はそういう近代的価値の擁護者でもあったのだ。

ムルシだってもともとは「ムスリム同胞団」から出てきた人物で、「ベールかぶれ」だ何だのと言いたがるイスラム団体が(良いか悪いかはしらんが)「近代化」への抑圧勢力であるという一面があるのも確かなのだから、みんなが文句いいたくても言いにくいところでガツンと意思表明する軍部を単純な悪と断ずるのはどうか。

よその国にはその国なりの事情もある。単純に「正義対悪」みたいな図式をもちだすことには慎重でありたい。

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