2013年08月

小林朝夫サンの創作字源シリーズであるが、今回は

「県」

である。例によって引用してみる。

古代中国においては、自分たちの「県」を守るために、他の県との争いが絶えなかった。

  (中略)

そんな中、隣県との戦争に勝利したある県の長が、二度と自らの県を襲ってこぬよう、部下達に残虐な命を与えた。
「相手の兵士の死体から、一つ残らず首を切り落とせ」
こうして、戦争に敗れた県の兵士の亡骸の首は次々に切りおとされた。

  (中略)

長の指示はこれにとどまらない。部下たちは、さらに首を逆さまにして木の棒を突き刺すように命ぜられた。

  (中略)

「県」とは、「首」を逆さまにして、そこに「一本の棒」を突き刺した形を表している、怖ろしい漢字なのである。

今回の朝夫説も部分的に正しいところはあるんだが、ほとんどがトンデモである。以下、例によって白川静先生の『字統』などに拠って解説させていただこう。

「県」の元の字は「縣」である。で、「縣」という字は「県」と「系」というパーツにわかれるのだが、「県」というのはもともとこの下側の「小」の部分が「巛」になった字で、つまり逆さまにされて髪の毛が「巛」みたいに垂れ下がっている首、を示していたのだった。つまり、朝夫も正しいことを言っているというのは、「県」とは逆さまになった「首」である、という点にかぎってのことである。

ところがあとは全部ダメ。

話をもとに戻すと、「縣」の字のもうひとつのパーツである「系」というのは、木の枝などにかけるヒモをいう。そうすると「縣」全体では「木にヒモで吊された生首」という意味になる。で、それがいつのまにか「上のほうからかけてぶらさげる」という意味に転じた。同時に「懸」の字を用いるようになって、今では「懸ける=ぶらさげる」という表現をみんな使っている、という次第。

では「縣=県」の字がなぜ行政単位のことも示すようになったか、については定説がないようなのだが、一説に、諸侯が争っていた時代、敵将をたおした者はその土地の住民にむけて「わかったか、これからこの一帯はオレのものだからな」という意味で当地の首領の生首をつるしてみせたから、という説があるらしい。その支配地域=県になった、という話だな。


さて、ここから朝夫の珍説の検証にもどる。

まず明らかにヘンなのは、「県」=「さかさまになった首の字」+「たての棒」というロジックである。これは上に述べたような漢字の成り立ちからいって、「たての棒」なんてものは全然関係ないのでウソである。

あと、これは根源的な疑問なのだが、およそ文字などというものは多くの人に認知されることによって発生するものであろう。つまり、「え、何でこの字がそんな意味になんのよ?」という素朴な問いにたいして、「いやそれはかくかくしかじかで・・・」といって、それなりにリクツが通って、それではじめて文字はみんなに認められていくんではないだろーか。つまり、「たまたま或る地方でおきた一回限りの偶発的な事件が、ある漢字の成り立ちを決めてしまう」というようなことは多分ないと思うのだ。

となると、朝夫説が成り立つためには、「ある時代の中国では相当に広い地域において、殺害した敵の兵士の首を全部切り落としては棒に刺す風習があった」と仮定せねばなるまい。しかしそんな話があるんだろうか?
朝夫は、勝った連中は木の棒のささった生首をひきずりながら町を示威行進した、とシュールなマンガみたいなことまで書いているんだが、そんなものひきずって歩いたら10メートルもいかないうちに首はとれてしまうのではないか、などと余計な心配までしてしまうぞ。そんな妄想めいたストーリーよりは、まだ「みせしめに吊された敵将の生首」みたいな説明の仕方のほうが百万倍説得力があろう。

ま、もちろん「県というのはさかさまになった生首」ということでいーじゃん、あとは全部ウソだって、という方もおられるだろうが、この男が「むかしは国語塾の人気講師だった」とかいって威張っている以上、そういうインチキを許してはいけないと思うのだった。


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ここまで見てきたように、この本における小林朝夫サンの話法というのは、或る字義解釈にかんして言われていることをヒントに、話を1万倍ぐらいに膨らませて話を面白くする、というものである。

今回もまた、そのパターンが如実に表れている事例として

「民」

という字についての彼の説明をみてみよう。

古代文明において、奴隷の労働力は必要不可欠であった

  (中略)

しかし、歴代の王たちは奴隷の扱い方に悩んでいた。足に鎖をつけて逃げられないようにすれば、鎖が足を傷つけてしまい、かえって労働力が落ちてしまう。また、手錠をかければ当然うまく物が運べない。

  (中略)

ある日、王が忠誠心の強い側近に、どうすれば奴隷をうまく飼いならせるかと相談したところ、側近はこう答えた。

で、どう答えたかというと「奴隷たちの片目をつぶしなさい。自分は右目が見えないのだが、簡単な作業ならできるし、走ろうとしても視界が狭くてうまく走れない。相手の攻撃が見えないので戦う気力も起こらないよ」。で、

次の日、奴隷たちの鎖は早速外された。その代わり、右目が見えなくなるよう、針で一人ずつ目を刺された。

とまぁ朝夫サン、見てきたようなことを書いている。まぁいいや。例によって白川静『新訂 字統』が「民」についてどう書いているか見てみよう。確かに

目を刺している形。一眼を刺してその視力を害し、視力を失わせることをいう。

とある。頭の弱い方は「なるほど小林センセイの言う通りじゃないか」と早合点してしまいそうだが、しばし待たれよ。白川先生はこんなことも書いているぞ。

古代には異族の俘虜などが奴隷化されることが多いが、それは神の徒隷臣僕として、神にささげられるもので、そのとき障害を加えることがあった。のちその語義が拡大されて、新しく服属した民一般をも、民といった。

民の起源は、もと神につかえるものとして、その目を突き刺して視力を失った者である。楽人などもみな瞽師(引用者注:盲人の楽師のこと)であった。

おわかりだろうか。

古代の国家では祭祀というものはとても大事なものであって、神に奉仕する奴隷みたいな人々が必要だった。そこには「神にはべる役目を果たすには、ある種の身体障害をもった、たとえば盲人がふさわしい」みたいな観念があったのだろう。この辺、日本のイタコに盲目の人が多かったことを連想させたりもする(もっとも目の悪い人だってできる職業として彼女たちはイタコを選ばざるを得なかった、みたいな見方もできようが)。

で、そういう盲人=神に仕える者をどうやって調達したかというと、捕まえた異族を連れてきて、その人間の目をつぶして奉仕させる。そういう仕組みがあったからこそ「服属して目をつぶされた人」=「民」という漢字が生まれ、のち、別に目をつぶされてなくても「服属した人」であれば「民」ということになった、そういう話だったのである。


さて、こうやって真相がわかったところで改めて朝夫サンの文章を読んでみると、やっぱり話を作ってしまっていることがわかる。

朝夫サンは「奴隷をおとなしく働かせるにはどうしたらいいか、困った困った」と悩んでる支配者が、「ああそうだ、片目をつぶせばうまくいくじゃん」ということで奴隷たちの片目をつぶすシステムを作り出しました、そこから「民」という字が誕生したのです、というストーリーを展開している。

が、「民の字はもともと人の目を刺してつぶすさまを表現している」というのは正しいとしても、そのあとのエセ歴史小説みたいな部分は全部創作なのだった。では古代中国の奴隷というのは揃いも揃って隻眼だったのか? だいたい「片目をつぶされたら走るのが難しくなるので逃げようとしなくなる、戦えなくなる」なんてリクツが成立するだろうか? 映画「ニューヨーク1997」では隻眼のカート・ラッセルが大暴れしてたが、あれはどうなのだ(笑)。

というわけで、やっぱり白川説の「神に仕える奴隷」に限っての話と考えないと、実にトンチンカンな話になってしまう。ま、いつものことではあるのだが、字典を斜め読みしたぐらいでこんな本をでっち上げようとすると、やっぱりボロが出てしまう。



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小林朝夫サンの『本当は怖ろしい漢字』は信用するに足るか、ということでここんとこ読解作業をしているわけだが、まぁたった2件を調べた段階ではあるけれども、これまでのところで言えるのは「この本はデタラメ」ということであった。今回念のため、その世界の権威である白川静の『新訂 字統』にも当たってみたのだが、「『七』は切腹でハラワタがはみ出した様子を表している」とか「『童』は犯罪を犯した子どもを指す」とかいったようなことは一切書いてない。

確かに「七」は「切」という字の原型であるとか、「童」は刺青を入れられた犯罪者を指すとか、まぁそこら辺は本当のことのようなのだが、彼はそこからイキナリ妄想を膨らませてしまい、「じゃ、この七の曲がったトコは、切ったトコから何か飛び出してる、っつー意味じゃネ? あ、腹切りで飛び出した内臓かYO!」とかいってデタラメな字義を創作してしまうのだった。

で、思うのだが、この人はかつて国語塾の教師をしていたという。自称ではあるが「国語の神様」とか名乗っていたらしく、ま、自分なりに塾の仕事にそれなりの手ごたえがあったのだとしたら、それはおそらくこの本とおんなじ手をつかってガキの歓心をかっていたということなのだろう。

つまり、どうということのない話を百万倍膨らませて面白くする。ガキはとりあえず「おもしれえなー」とかいって関心を示す。じっさい、アマゾンレビューとかみるとまったく疑うこともなくこのデタラメ本を褒めちぎっている人たちがいるワケだし、ましてやそこいらのガキだったら手もなく騙されてしまうのは必定。

しかし悲しいかな、そこで語られていることはウソ八百。つまりこの人は「学ぶ」ということの何たるかを全く知らずに塾講師をしていたのだ。言うまでもない、本当のこととは何か、真実とは何か、そこんとこを誤魔化さないで真面目に詰めていくのが「学ぶ」ということなのだから。

「雀百まで踊り忘れず」というか、この人はそこんとこ未だ全然進歩のないままで、今は「予言者」を気取っているらしい。
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さて、「小林朝夫サンの『本当は怖ろしい漢字』のアラを探してみよう」の2回目(おっと勝手にシリーズ化してるがナw)は、彼が本の中で二番目に取り上げている

「童」

の項目を検証することにする。

例によってまずは朝夫サンの文章を引用してみようと思うのだが、彼は厳かにこう宣言する。

元来「童」というのはただの子どもではなく、「悪い子」を表す字なのだ。

ふむ。われわれは「童」というのは単なる「子ども」のことだと理解しているわけだが、「それは違う」と朝夫サンは言い張る。それはあくまでも「悪い子ども」に限って用いられる漢字である、というのだ。で、以下にこんな説明が続く。ちょっと長いが我慢せられよ。

「童」は、「辛」という字と「重」という字を縦に連結させた字で、意味は「辛くて重い」というものになる。

だが、子どもの場合はまだ未来に可能性が残されているので、いきなり死刑になることは少なかったという。

では、罪を犯した子どもをどうしたかというと、誰が見ても犯罪者であることが分かるよう、両目の瞼の少し上の部分に「辛(入れ墨用の針)」で、横長の棒の形の入れ墨を入れ、罪を犯したという刻印を負わせた。

(中略)

つまり「童」とは「子どもの罪人の証」なのだ。

部分的には正しいことも書いてあるようだ。たとえば「辛」という字であるが、白川静博士の『字統』によれば、これはもともと「奴隷や罪人に入れ墨をする道具」だという。それはおそらく確かなことなのだろう。だが、それ以外の部分はほとんどが眉唾モノだ。

とりあえず検索をかけたところ、共同通信社で長年活躍された超一流の文芸記者、小山鉄郎氏が「童」の文字にかんして記した文章がネットにアップされてたので以下にそれを引いてみる。ちなみにこの方は、白川静氏の仕事を紹介する紹介本なども出しておられる。

「童」はもとは男性の罪人を表す文字でした。古代文字形は少し複雑ですが、上から「辛」「目」「東」「土」を合わせた字形です。

犯罪を犯した男性は目の上に入れ墨をされたのです。もともと受刑者を意味する字ですから、奴隷となり「しもべ」の意味にもなりました。

受刑者は結髪が許されず、その姿が髪を結わない子どもたちと似ていたので「わらべ」の意味ともなったのです


つまり名記者・小山鉄郎氏は次のように語っているのである。

むかし犯罪をおかした男は目の上に入れ墨をされた
  ↓
そうした男たちは「童」と呼ばれた
  ↓
ちなみにそうした男たちは髪を結うことが許されなかったので見た目的にはそのあたりの子どもとよく似ていた
  ↓
こんな経緯から、「童」という字は「子ども」を指し示す字に転用されていった


どうであろう。

字形についても朝夫はこれと若干違うことを書いているんだが、ま、その点は措いておこう。問題は、ここには「犯罪を犯した子ども」の話なんて全然出てこないということだ。「悪いことをしたので入れ墨を入れられてしまった大人は<童>と呼ばれておりました」という話がまずあって、で、そういう「童」のザンバラ髪が子どもたちに似ていたので、いつのまにか「童=子ども」という風に理解されるようになりました、単にそういう話である。

いや、そもそも朝夫サンは「子どもには将来があるので、多くの場合は犯罪を犯しても殺さず、入れ墨を入れただけで放免されたのだった」みたいなリクツを展開しているが、だいたい「コイツは前科持ち」という証明の入れ墨をほどこされたガキなんて世間からつまはじきにされて更正もクソもないだろう。

この人間の住む世界には、犯罪をおかしたガキにたいして「まだ小さいから十分更正の余地があるよなー。暖かく見守ってやろう」なんてヤツはほとんどいなくて、「こんなガキのくせに悪いやっちゃなー。用心ならねえ!」という人のほうが圧倒的に多いのである(良い悪いは別にして)。人権意識が高まった今だってそんな具合なんだから、古代中国でそんな入れ墨のはいったガキを放免云々なんて話は笑止千万なのである。この男は「作家」とか自称することもあるようだが、人間というものが全然わかってない。

というわけで、今回もあんまり調べていないので断定的なことをいうのはナンなのだが、少なくともここまでのところで言えることは、こういうことだ。天下の共同通信の名物文芸記者の言ってることを信用すべきか。あるいは淫行で逮捕された経歴をもつ虚言癖のある男のほうを信用すればいいのか、ということだ。

結論は明らかであろう。
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「関東大地震近し」とか言って人々の恐怖心を煽ったあげく、そのようなデマを信じ込んで接近してきた未成年をかどわかして性犯罪で逮捕され、最終的にはその容疑を認めて釈放された小林朝夫さんであるが、その後も有料ブログを使って「地震近し」とか全く根拠のない「予知」を続けて世を惑わせているらしい。どうもこういう御仁は徹底的に論破してさしあげないと全く反省をしないようである。

で、しょうがないので、その信頼性をチェックするためにこのヒトの書いた書物でも取り寄せて、この人が信頼すべきヒトなのかどうか一回ちゃんとその真偽を明確にしてやるに如くはないと考えた。既に彼の『富士山99の謎』なる本が出鱈目であることは識者によって指摘されているようだが、オレ自身も別の本を調べてやろうではないかと思い立ち、シャクではあるが、100円ちょっと払って小林朝夫『本当は怖ろしい漢字 特別編集版』(彩図社)というのをブックオフで買ってしまったのだった。ま、平原綾香のCDを買うついでだったので、100円ぐらいいーやというノリではあったのだが。

で、届いた本なのだが、いかにも胡散臭いことばっかり書いてある。いちおう参考文献には白川静とか藤堂明保とか、そうそうたる学者の本を上げている。ちゃんと批判するにはこの辺の本にも目を通さねばならんので、実はそういう批判作業というのは大変なのである。またいずれ機会を改めてちゃんとした批評をして差し上げようと思ってはいるが、とりあえず最初の方を読んで明らかに出鱈目というところを発見したので、とりいそぎ報告しておこう。

冒頭の「七」という文字についての項で、彼はこんなことを書いている。

かつて中国では、皇帝の顔に泥を塗るなどの大失態を犯したモノは、生きてはいられなかった。残された道は自害のみ。腹を十字に切らなければならないのだ。日本でいう切腹である。


その際に「十」の形に切った切り口の下の方から血まみれの腸が外に飛び出してしまう。「十」という字に、飛び出た血だらけの腸の形を付け足したものが「七」なのである。

さらに
天に昇った死霊を弔う行事である七夕。亡くなった者を供養する最初の日は初七日。喪に服すのは七日の二乗である四十九日。

このように「七」には常に「死」がつきまとう。


確かに漢和辞典などを見ると、「七」は「切」の源字だというようなことが書いてある。要は、最初「切断する」という意味の文字として使われていたのがのち序数に転用された、という事なのであろう。しかし、いろいろ調べてみたところでは、「七」に「切る」の意味はあっても「切腹」という意味はない。ちなみに「十」に「切腹」の語義があるというソースもオレにはみつけられなかった。

いや、そもそも中国に「切腹」などという慣習があったのだろうか? そこで早速ググってみたところ、確かにそれに似た風習はあったようなのだが、これは「剖腹」といい、「自分の仕える人の死を追って切腹する」ことを意味するらしい。小林サンのいう「罰としての切腹」とは全然違うもののようだ。

というわけで、ここまで調べてみたところでは「中国に罰としての切腹という風習はあったのか?」、さらに「罰としての切腹を意味する文字として<七>が使用されていたというのは本当か?」という、重大な疑問が生じてしまうのである。

ま、そこは結論をペンディングしてさしあげても良い。しかし、最後に小林サンは、「初七日だとか四十九日だとか葬祭関係で「七」絡みの数字が出てくるのは、この七という文字のまがまがしさと関係があるのだ」みたいなことを言いはなっているのだが、これは明らかにウソである。

何となれば、この初七日だとか四十九日だとかいうのはそもそもインドにおける初期の仏教の儀礼に端を発しているからであって、中国起源の「七」という漢字とは全然違うところから生じた概念でアル。仏教が興ったのは紀元前5世紀とか6世紀とか言われてるわけだが、漢字の「七」はその前にとっくに発生してたんじゃないだろうか?もちろんユングみたいに「七」というシンボルの意味はトランス・カルチャー的に人類にビルトインされているのだ、みたいな論法は不可能じゃないけど、小林サンはユングなんか知らんだろう多分(笑)。

というわけで、キッチリ論破するためにはちゃんと調べないとイカンのだが、こうやってみてくると、実にこの記述はアヤシイ。こういう人物の言うことを丸呑みしたらどういうことになるのか。ちょっと想像してみたほうがよかろう。

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内館牧子著『カネを積まれても使いたくない日本語』というタイトルの本が出ているようだ。読んだわけではないのでナンだが、おそらくは日本語の誤用を厳しく糾弾する本で、たぶん編集者あたりが「センセイ、やっぱ書名もインパクトないと駄目なんで『カネを積まれても…』みたいなのにしましょうヤ」と押し切ってこんなタイトルをつけてしまったものだろう。

事情はワカル。が、やっぱり下品な書名ではある。

「日本語をどう使うか」なんていうのはカネをもらえるからとかナンとかいう話とはそもそも関係がない。ある用法が、その人の言語感覚に照らして「オカシイ」とか「奇妙」とか「醜い」とかそういう理由があれば避けるし、そうでなければ使う。それだけの話。

しかるにこういう下品なタイトルをつけてしまうと、「おぉそうかそうか内館サンという人はひょっとしたら基本的にカネで動くタイプの人なので、こういう発想をしてしまうんだろうネ」と邪推されるのではないか。でもたぶん内館サンはそんな人ではないだろう。版元は朝日新聞出版のようだが、やっぱり三流出版社のようなアコギなマネをしてはいけなかったのである。

いや、しかしちょっと待てよ。

さっき、たまたま月刊誌の『潮』を開いていたんだが、この雑誌の座談会とか寄稿にはよく公明党の話がでてきて、一流の学者とか評論家のセンセイが「自民党の暴走をおしとどめるためにも、連立与党の公明党の役割は重要である」みたいなことを言うくだりが必ず出てくる。それもほぼ毎号、お約束のように。

皆さんご承知のように、この雑誌は創価学会系の潮出版社が出している。巷間伝えられるところでは原稿料とか対談謝礼とか、かなりお高いという。つまりナンだ、この雑誌に登場するエライ先生方は、ある意味、言葉遣いみたいなレベルとはまたちょっと違うけれども、「カネを積まれて」勧進元のキタイする「日本語」を語ってくれていると言えないこともないんではないか。

もちろん「自民党の暴走をおしとどめるためにも、連立与党の公明党の役割は重要である」というのは基本的に正論であるから、識者の皆さんも別にカネを積まれて節を曲げて思ってもいないことを語ってるワケではないンだろうが、ま、少なくともそういうところに阿吽の呼吸というものがあるのは確かだ。

で、話はもとに戻るんだが、ひょっとしたら『カネを積まれても使いたくない日本語』という本も、正しい言葉遣いみたいな話だけではなくて、その辺の言論・出版界の機微にまでツッコミを入れているのであろうか? それであればここでいろいろ書いたコトも全部的外れになってしまうので謝らねばならないのだが。さて、どうなのでしょう?



カネを積まれても使いたくない日本語 (朝日新書)

カネを積まれても使いたくない日本語 (朝日新書)

  • 作者: 内館牧子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2013/07/12
  • メディア: 新書



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ネタに困ると、ついつい、いじりがいのある小林朝夫サンのことを書いてしまう。内心忸怩たるものがあるが、ま、いいか。

東日本大震災の悪夢さめやらぬこの日本にあって、「関東大地震は近い!」「福島第1原発はもうもたない」といったようなことを自身の有料ブログで盛んに吹きまくり、情報弱者の皆さんを恐怖のズンドコに陥れていた自称地震研究家の小林朝夫さんであるが、ついこのあいだ、女子高生のお嬢さんに対する淫行という犯罪を犯して青森県警に逮捕され(加えて再逮捕もw)、最終的には示談でもついたのだろうか、略式命令を受けて60万円を支払った上で娑婆に復帰されたことは小林朝夫ウオッチャーの皆さんにおかれては既にご承知のことであると思う。

しかし、再逮捕時には「無職」と報道されていた小林氏であるからして、さぞや生活にはお困りなのであろう。娑婆に復帰されてのち、【【 霊と地震とココロとカラダ 】】とか称する新しい有料ブログを立ち上げ、ナント月額9800円(驚!)で公開されているのも、そういう経済事情あってのことであろうと同情を禁じ得ない。が、さらに、ここにきてアマゾンのKindleストアで『富士山99の謎』なる旧著を売り出しているのをみて「こいつぁいよいよ台所大変なのだろうなぁ」としみじみ思うのだった。

fujisan.JPG

というのは他でもない。オレ自身はこんなものを買って読む時間もカネもないのであるが、この本についてはかなりイイカゲンな内容であるという指摘がネット上でなされて久しいのでアル。具体的にいうと、この『富士山99の謎』の謎(^_^;)というページである。執筆者のお名前は明記されてないが、地理学者で富士山に詳しい田代博氏のサイトにリンクが飛ぶようになっているので、おそらくこの方の文責になるものではなかろうか。いや、ホントはこの方ではないのかもしれんが、ともかくこのページが『富士山99の謎』のアヤシイ内容を的確に指摘されておられるのは確かなことである。

詳しくはリンク先でお読みいただければいいのだが、ひとつだけ引用させていただく。まず小林氏の文章。

富士山山頂は非常に寒い。8月の東京が仮に30度あったとしても、山頂での気温は0度近く。


これに対して実に的確なるコメントがついている。

気温の逓減率は0.5~0.6度C/100mです。地学分野で用いる理論値の0.65度Cとしても計算が合いませんね(^_^;)。


そう、私たちが中学・高校の地学で習うところによれば、標高が100メートル上がると気温は約0.6度さがる。文系コースで地学の時間は半分寝ていた(笑)オレでさえ覚えている話なのだが、はて、そうすると東京の標高が0メートルとして、気温30度だった場合、標高3776mの富士山頂上はオレの計算では摂氏7度か8度ぐらいになる筈なのだが、小林さんのもっている計算機だと0度近くになってしまうらしい。全世界の地学の教科書を敵に回した新説のようだ。

思えば小林さん、かつて家庭用電磁波測定器の針が動いたといっては「関東に地震近し」とか騒ぎ立て、それに該当する地震がないとなると「外国の地震を予知してしまった」とか言い訳をしていたのであるが、まぁ仮に百万歩譲って(笑)家庭用測定器で地殻の磁気変動が測定可能だと仮定しても、そもそも磁力の強さは距離の二乗に反比例するという理科の知識があれば「海外の磁気異常を拾った」などというバカな話はあり得る筈もなく、つまり小林さんは中学・高校レベルの科学知識が全然ない人だったワケであるが、この富士山の一件でも理科オンチぶりを満天下にさらしている。

思うに、このたびは富士山の世界文化遺産登録というニュースもあったことだし、これに便乗して、むかし書いた本が少しでも売れりゃあ寂しいフトコロも暖まるんじゃねーかと、世に言う「便乗商法」を展開しておられるのだろう。まぁしかし、ホンモノの富士山フリークの方にコテンパンにされている本をいまさらKindleに並べて売ろうなんていうのは、何かあまりにもなりふり構わず感が漂っていて悲しいぞ。

とはいえアマゾンのサイトをみると、たった二人とはいえカスタマーレビューがついていて、しかも驚く無かれ、そのお二人がともに最高点の5点をつけるという何とも日本の将来が危ぶまれる(笑)結果が出ているので、アタマの弱い方がついつい買ってしまう可能性もないではない。アマゾンは自分で買った商品でないと採点できず、オレもわざわざ買う気は毛頭ないので、まぁこれはこれで放っておくしかないのだった。

というわけで、意外にこんな本でも買っちまう人が出てくる可能性はないではない。さて、小林朝夫さんの明日はどっちだ?

【追記】
とゆーか、そもそも朝夫さんは「富士山は近々爆発するッ!」みたいなことも盛んに言っておったので、こういうノンキな本のKindle版を出してるヒマがあるなら、「世界文化遺産なんて浮かれていては危ないッ!!  逃げよ逃げよ!富士山から遠ざかれ~」という本を書き下ろしで出した方がツジツマがあっていいと思うのだが。やはり破廉恥罪で捕まってしまったし、そんな気力は沸いてこないのかしらん?


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