2014年03月

NHKの朝ドラ「ごちそうさん」が本日最終回。というわけで今朝の天声人語も便乗ネタ。朝ドラは食いものの話だったが、「自分を作る」ということでは「食」も「活字」も同じなので、ちゃんと活字を読もうネ、という他愛のない話。最後のシメはこんな風である。

朝ドラの終幕は食糧難の戦後だった。人々が活字に飢えた時代でもあった。時は流れて美食も活字もあり余る時代である。当方、日替わり料理を作る思いでコラムを書くが、レシピはどこにもない。さて「ごちそうさん」と言って頂けるかどうか。若い皆さんにも。

うんにゃ、こんなものに「ごちそうさん」とは言えんな。残念ながらオレは全然若くないけど。

根本的にこのヒトは勘違いしているようだが、「およそ活字とゆーものは良きものである」みたいなノーテンキな思想がこの文章には感じられる。

時に活字は害毒のモトになったりもする。ヒトラーの「わが闘争」とかもあったわけだし、教育勅語読んでカンゲキして勇んで戦争に出かけていった人たちなんかもいた(と思う)。そーゆー「読むこと」に内在する危険性みたいなものにこのヒト全く無自覚であるようだ。

今日の天声人語にしたって、およそ自分の書くものは「良き活字」である、という大前提で話をすすめておる。「若い皆さん」だって、「下らん文章読んでバカになるぐらいならスマホいじってるほうがタメになるよネ」と思ってるかもしれず、それはそれで否定できないのである。

さらに、百歩譲って「活字読もう!」という話になったとしても、それが天声人語である必然性はゼンッゼンない。そうさなぁ古典のほうがよいのではないのかなぁアリストテレスの「ニコマコス倫理学」とか。

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今回も「座右の銘」的に大切にしている言葉を。


又人にかけ抜かれけり秋の暮(一茶)

野茂がもし世界のNOMOになろうとも君や私の手柄ではない(枡野浩一)

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livedoorのブログの、この「カテゴリー」というヤツなんだが、どうもピンとこないぞ。

オレの書くことというと、まぁ何かニュースへのコメントとか、朝日新聞の「天声人語」への批判とか、UFOネタとか、本の感想文とか、まぁ何か散漫でとりとめがないので曰く言い難く、しかも単なる一市民のクセに偉そうなことばっかり言ってるので困ってしまうのである。ま、強いていえば「趣味-評論」みたいにカテゴライズしてみたい。が、そういう選び方はできない。

しょうがないから「日記」。ちょっと違うな。


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NHKをつけっぱなしにしてんだが、開会式も終わって、いまちょうど開幕試合が始まるところである。

で、高校野球の季節が来るたびに性懲りもなくイロイロ書いているンだが、言いたいことはいつだって変わらない。

端的にいいますと、今大会の見どころは

「プロのスカウトの目にとまるためには甲子園に出ないとイカンので、なりふり構わずチャンスの多い東北あたりに野球留学してでも甲子園を目指すセミプロ球児」



「プロ野球に行くほどの技量は全然ないんだが、たまたま勝ち上がって出場できることになった公立アマ球児」


の対決でアル。

具体的にいうと、21世紀枠だか何だかに選ばれて奇跡的に出場を果たすことになった都立の進学校、小山台高校が、本日の第3試合に登場して、大阪の強豪・履正社に挑むワケであるが、その負けっぷりに注目したいのでアル。今大会の唯一最大の見どころはココである。

まぁオレの持論からすると、セミプロ軍団に公立が一泡吹かせる、というのが理想の展開なのだが、いやしかし、セミプロ軍団だって、「公立の進学校の奴らにオメオメ負けたら、いったいオレ等の存在価値はどうなンだYO。こちとらお遊びじゃねーんだ、ゼッテー負けねーンだYO」という、それはそれで命懸けの覚悟で向かってくるのでアル。万一負けたりしたら、その屈辱は末代まで語り継がれてしまうので死にものぐるいなのでアル(いや正確にいうと、力の半分も出せば完勝なので適当にやってくるンだが、審判のキワドイ判定とか不確定要素もあるので、万一微妙な展開になってきたら必死モードに入る、ということだろうがネ)

で、たぶん小山台はボロ負けするんだが、それでもいくらかは食らいつくことができるか、あるいはセミプロ軍団の前に完膚無きまでに叩きのめされるか。そのあたりに注目して、生暖かく試合経過を見守りたいものである。

*なお、以下は余談であるが、オレの出た高校はいちおう地方の公立進学校であって、だからこそこういう判官贔屓をしているのである。で、今みたいな高校セミプロ球児育成プログラムが確立していない時代の話ではあるが、この高校からは、何と巨人軍とかで内野手として活躍した選手が出ておる。

土屋正孝

という人物で、「眠狂四郎」のニックネームで親しまれたという伝説がある。どうだ参ったか。まぁ可能性はドンドン低くなっていくが、そういう奇跡みたいなものが今の時代にもあっていいと思うのだ。なお、土屋正孝先輩のことは沢木耕太郎の『敗れざる者たち』にも書いてあるから、ぜひ読んでおくように。

敗れざる者たち (文春文庫)
沢木 耕太郎
文藝春秋
1979-09-25



【追記】
と、いったん書いてみたところで、オレは履正社という高校のコトを全然知らんことに気づいたので、念のためにググってみた。ヤッパリ野球の上手な選手をイッパイ集めているよーであるが、ただ同時に進学コースみたいなものもあるらしく、まぁそこそこの進学実績は残しているらしい。

確か常総学院とかも、子どもを通わせていた知人がいたのでチラっと聞いたことがあるんだが、野球部に活躍してもらって名前を売って、それから進学コースみたいなのも作って進学実績も残して、みたいな二正面作戦を採っているようである。「野球バカ」とか言われるのがシャクなので、こういう作戦をとる学校も増えているのかもしらん。よくわからんけど。

【追記の追記】
なお、結果的に小山台は完膚無きまでに叩きのめされてしまいました。9回、ボテボテのゴロが内野安打になって、かろうじてノーヒットノーランを逃れたのが救いといえば救いという哀しい結末でありました・・・



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大事なことは主流にならぬことだ。傍流でよく状況をみていくことだ。舞台で主役をつとめていると、多くのものを見落としてしまう。その見落とされたもののなかにこそ大切なものがある。それを見つけていくことだ。人の喜びを自分も本当に喜べるようになることだ。人がすぐれた仕事をしているとケチをつけるものも多いが、 そういうことはどんな場合にもつつしまねばならぬ。また人の邪魔をしてはいけない。自分がその場で必要を認められないときは黙ってしかも人の気にならないようにそこにいることだ。

 ~宮本常一に渋沢敬三が語ったという言葉。佐野眞一『宮本常一が見た日本』より

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Livedoorブログの管理ページに入ると、こんなことが書いてあったりする。

最近ブログに人が来なくて放置していませんか? ブログのファンを増やす3つの方法を教えます


おおょ、確かにあんまり来てねーナ。恥ずかしいからあんまりハッキリ言わないでおくけれども、一日十数人ってトコがせいぜいだナ。

だがしかし、こういうお節介を目にするたびにオレは思うのだった。

皆さんホントに「ブログのファンを増やそー」とか思ってンのであろうか? そりゃ芸能人とかだったら「アイツの私生活ってどんなだろー?」とかいってブログに来る奴もハンパないだろうさ。しかし、単に無名の一般人が書いたブログにファンがつくなんてことは、まぁまずないだろうよ。

ま、エロの要素が入ってたりすると違うのかもしれんが、キホン肩書きとかない人間が徒手空拳でブログ書いてたって、誰も注目せんのが普通だろう。天才的な文才をもった人間であれば、ま、ひょっとしたら誰かさんに見出されて世に出るなんてこともないではないが、それは宝くじのようなものなので期待してはイケナイ。

まぁおよそ世の中というのはそういう仕組みになっていて、これはブログではないけれども、あのゴッホだって生前はほとんど相手にされず、死んだあとンなってようやく評価されたというではないか。

で、何を言いたいかというと、正しい素人ブロガーは如何にあるべきか、というハナシである。


別に「ファン」なんかつかないでいい、好きなことを好きなように書いてればそれでおk、評価なんてしてくれなくてもおkでケセラセラ。それでいいのではないか。で、たま~にそんなブログを「いいなー」と思ってくれる人が現れたりする。

たぶんそれはこの広い世界でたった一人だったりするし、いや、そもそもそんな人間は一人も現れないかもしれないのだが、まぁそれはそれでヨイ。評価を求めてはならない。


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そうそう、「記憶とはなにか」とゆーハナシで思い出したが、「教えて!goo」をみていたら、『天声人語脳トレ版』(天声人語を1分間読んでから何も見ずに元の文章を書き起こしてみる、というヤツ)をやってるんだが全然うまくいかない、これは老化現象なのでしょうか、という書き込みがあった。

「歳を取ると覚えが悪くなってくるのは仕方ない、そんなに気にするな」みたいな回答がベストアンサーになってて、つまり投書の主にとっては問題は解決しているので外野があれこれ言う筋合いではないのかもしれぬ。が、しかし思わず嘆息してしまったぞ。それはまったくの取り越し苦労というものではないだろーか。

うまく暗記できないのはたぶんアナタのせいではない。それはもともとの天声人語が論理的な文章でないから、素直にアタマに入ってこない、だから思い出せない、ただそれだけのことではないのか。

文章が「Aである。だからB」という構成になっていたとして、AとBが矛盾していたら、アタマのほうは混乱してしまうだろう。「腑に落ちない」のである。「思い出せない」のも仕方ないのだ。

天声人語の「どこがどう論理的でないか」というのは過去のエントリーでいろいろ触れているので今更例を挙げないけれども、天声人語の出来の悪さではなく、自分のアタマのほうに問題があるのではないか、という心配をさせてしまうという点、朝日新聞は実に罪作りである。

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すっかり向学心というものが衰えてしまったオレではあるが、たまに勉強になりそうな本を買ってくる。で、結果的には、だいたい積ん読になる(笑)。

ではあるんだが、またその手の本を買ってきてしまった。

記憶のしくみ 上 (ブルーバックス)
エリック.R・カンデル
講談社
2013-11-21

記憶のしくみ 下 (ブルーバックス)
エリック.R・カンデル
講談社
2013-12-20


カンデルはノーベル賞をとった偉い先生でもあるが、こういう一般向けの本も書いているのは嬉しいことである。新書2冊で3300円超というのはいささか高いような気がするけれども、ユーフォロジー的にも記憶というのは大事な問題だったりするし、ちゃんと勉強しないとネ。

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