2017年02月

先ほどツイッターのほうにも書いたのだが、オレは定期的に「ジャック・ヴァレ」を検索して何か情報がないか巡回することにしており、その結果、本日は刮目すべきサイトをふたつも発見した。

ひとつはSF評論家にしてUFO研究家でもあり、なおかつ「ヴァレを日本で最もよく知る男」でもある礒部剛喜さんが書評サイト「シミルボン」で連載している「UFO現象学への招待」の新しいエッセイで、今回登場したのはなんとヴァレの主著『見えない大学』である! 礒部さんがこれまでこのシミルボンで紹介されてこられたのはいずれも英語本で、英語力不如意の身としては全然読んだことがないものばっかりだったワケだが(その中にヴァレの刊行日記があったりするけど通読はしておらんのだ)、この『見えない大学』はオレも努力して何とか通読したヤツで、それだけにとても嬉しい(当ブログで取り上げたこともあるのだッと、ちょっと威張るw)。中身も素晴らしい! ぜひ皆さんも礒部さんが傾ける蘊蓄を楽しんでいただきたい。

もうひとつはフリーライター&書評家の朝宮運河さんのブログで、こちらでは小生も参加させていただいた超常・UFO同人誌「UFO手帖」創刊号の紹介をしておられる。こちらもやはりヴァレ愛(?)を感じさせる内容であり、「UFO手帖」の出来を褒めて頂いておる。小生が翻訳した私家版『マゴニアへのパスポート』の増刷をご所望のようでもあり、いつか何とかしたいなあと思わんでもないのだが、さて、その辺はどうなることやら。

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今晩は酒が入って若干高揚しておるので滅多に書かないブログに連投してしまうわけだが、小生がかねてから待望しておる奇現象研究家、チャールズ・フォートの「呪われしものの書」の邦訳を同様に熱望している方のブログを見つけたので、いささか嬉しくなり、ツイッターにも書いたのだけれども備忘録的にこちらにも記しておく次第。

無断リンクで悪りぃがこちらのサイトである。奇しくも小生が挑戦し挫折した冒頭部の翻訳に、こちらの方も挑んでおられて、苦心惨憺されておられる感じに共感してしまう。

小生は過去に受験英語に取り組んだ程度の経験しかない英語の素人であるが、そういう人間からすると、何か教科書的な文法ではワカラン省略やら飛躍やらがあって実に難しい。

この本についてはあの手だれのUFO研究家・南山宏さんが翻訳に取り組んでおられると仄聞するが、いまなお刊行に至らぬというのは、やはりこの詩的な文章に手こずられておられるのではないか、と勝手に想像する。が、しかし、もうこうなると南山さんに期待するしかないのである。

(いやホントは、英語のすげえ堪能なUFOないし超常現象ファンというのは相当数いるハズなので、いまここで幻の名著を完訳して自費出版でも何でもいいから世に送り出してくれたら後世に不世出の偉人として名前が残りますゼと声を大にして言いたいのだが、いかんせんこの人跡未踏のブログで言ってもそれは詮方無いことであろう・・・orz)

ともあれ、「我々はなにものかの所有物なのではないか」というあの名セリフ(改めてググって調べると原文は「I think we're property」というらしいですな)、ぜひ日本語で読んでみたいものである。死んでしまう前に。








 
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宗教学者のジェフリー・クリパルが、その著書『Authors of the Impossible』で一章を割き、UFO研究家のジャック・ヴァレ論を展開していることは当ブログでも再三書いてきたところである。おおむね読み終わったのでボチボチ内容紹介でもしていこうかと思ってはいるのだが、しかし、ちょっと逡巡しちゃったりしてなかなか進まぬのである。

どういうことかというと、例えば、クリパルはヴァレを評するのに再三「gnostic」という言葉を使っているのだが、これがなかなか厄介だったりする。

この「グノスティック」というのは、一つにはキリスト教の異端の一つとしての「グノーシス派」を形容する言葉であったりするわけだが、一方ではもうちょっと広義の、グノーシス派的な思想・世界観を総称して「グノスティック」という言い方をすることもあるらしい。

さらにいえば、辞書なんかみると、さらにもうひとつ広い意味ということになるんだろうか、「霊的な知恵」とか「霊知」みたいな言葉が当てられていたりもする。この辺になってくると、必ずしも「グノーシス派の思想」とは言い難い「一般的な言葉」みたいなところまで降りてきてしまってるんではないか。知らんけど。

そもそもグノーシス派なんてものはよくわからんのである。というか、もともとキリスト教のオーソドクスさえわかっておらん。再三出てくる「Gnostic」というのはその場面場面でどういう含意で使われているのか、なんて考え出すと、もう迷路状態なのである。

ただまぁ、あんまりその辺にこだわらないでもいいのかもしらん、とも思ってはおるのだ。

クリパルがこの本でどんなことを言っているのかを思い切り簡単に言ってしまうと、そもそもヴァレは科学者なんだけれども、同時に神秘的なモノへの感受性・関心というのも併せ持っている人物であって、つまりそういう微妙な境界線上に位置しているというところに彼の真骨頂がある、というようなことを言っている。

UFOというのはレーダーと同時に目視されたり、あるいは着陸痕を残すなど、物理的現象としての側面があるわけだが、同時にいかにも奇っ怪で悪夢としか思えないような話も付き物である(アブダクションなどを想起されたい)。つまり物質世界のものなのか心霊的な存在なのかよくわからんようなところがある。そういうジャンルであるからこそ、彼のそういう立ち位置というのはスゲエ有効になってくるんじゃねえか、みたいなことをクリパルは言っているワケなのだ。

ただ、そういうサイキック方面への感受性が敏感だといっても、四角四面の教義でがんじがらめのカトリックなんかとはちょいと違う、彼の場合はもう少しプリミティブな霊的感性というかスピリティアリティへの志向があって、その辺を言葉で言い表すなら「グノスティック」がピッタリということになっているのです、ぐらいの理解でも悪かぁないとは思う。「グノスティック=霊知の」みたいなレベルの解釈で通していっても辻褄が合わんことはない。

そういえば、オレのモットーは「英語の本は8割方理解できればヨシとする」というものであった。いろいろ言い訳を書いた今回のエントリーであったが、余裕ができたらクリパルのヴァレ論についてはゼヒ書評(?)を書き残しておきたいものだと思っておる。









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