2017年09月

私家版としてつくったジャック・ヴァレ『マゴニアへのパスポート』が完売した(というか購入申し込みが予定件数に達した、というのが正確なところだが)。

印刷会社を替えたりして若干体裁は変わったりしてるが、これまでにあわせて約100冊を世に送り出したことになる。

いまさらUFO現象ではなかろうという世の風潮もあるし、50年近く前の本を「ニュー・ウェーブの原点だ!」などと持ち上げても仕方あるまいという気はするけれども、ま、「証文の出し遅れ」であってもいちおう証文を出しておくことは無意味ではあるまい。「一粒の麦、地に落ちて死なずば」と聖書も言っておる。

*なお、いま気がついたのだが、手垢がついてたりカバーが若干折れてたりして使用感はあるけれども、手元保存用に2冊残しているので、「どうしても欲しい」という方にはこのヘタった本1冊を販売する手もないではない。応相談。

今朝の天声人語はまた何とも痛々しい内容であった。

遺伝学における「優性」「劣性」という言葉が、このたび「顕性」「潜性」に言い換えられることになった――という話がフリである。

それから「翻訳の難しさ」という方向にもっていくのはやや苦しいが、まあそれはそれとして、「ソサエティー」という言葉についての話になる。この言葉については、かつては「人間交際」「仲間連中」といった翻訳語が提唱されたこともあったが、最終的にはピッタリはまる「社会」という翻譯語が定着するにいたった、というような事を言っている。

で、最後はこんなふうに締める。


最近はどうも翻訳の努力が足りないようだ。コミットメントやガバナンスなど、そのまま持ち込まれる例が目につく。意味をあいまいにし、ごまかすために使われるのでなければいいが。


うーん、結局「むかしの人はちゃんと外国語を咀嚼して翻訳語を作ったんだが、いまの人間はそういう努力を惜しんでカナ書きにして誤魔化しておる。嘆かわしい」という主張であるわけだが、だがしかし、こういう議論が成り立つ前提には「あらゆる言語・言葉は翻訳可能である」という考え方があるワケで、オレはそれは違うと思う。

端的にいって「ソサエティ」と「社会」は似て非なるものだと思う。日本における「社会」というのは相互監視・足の引っ張り合いといったシステムをビルトインしたもので、西洋由来の「society」とは相当違うのではないか。

「コミットメントやガバナンス」といった言葉だって、日本語にした途端、別種のものに変じてしまうのは必定。なんというか、結局、「西洋由来の民主主義・合理主義といったものは普遍的なものであって、それをこの日本に導入するのはいともたやすいことでアル」みたいな、つまり朝日新聞伝統の近代啓蒙主義のいやらしさが漂ってくる、悪しき天声人語の実例であった。



このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote




この間、畏友magonia00さんに教えてもらったのだが、UFO事件の中でも渋い味わいのあることで知られる「ゲリー・アーウィン事件」をテーマとした本が、斯界の雄・アノマリスト・ブックスから出たようだ。

これはジャック・ヴァレの『マゴニアへのパスポート』でも取り上げられているのだが、小生の知る限りでは本邦ではあんまりメジャーな扱いをされてこなかった事件である。以下、ヴァレに拠って概略を紹介してみよう。


1959年2月28日、休暇を終えた上等兵のゲリー・アーウィンは、車でテキサス州エルパソにあるフォートブリスの兵舎に向かっていた。その途中――ハッキリとは書いてないが、夜間であったらしい――彼はユタ州のシダー・シティを超えた辺りで、輝く物体が空を横切って飛んでいくのを目撃する。山の尾根に消えた物体に、飛行機事故ではないかと考えた彼は、車の中に「飛行機の墜落があったかもしれないので調べに行きます」とメモを置いて現場を目指した。

その90分後、そのメモ書きを見た保安官たちが組織した捜索隊により、彼は記憶を失って倒れているところを発見された。入院した彼はその後、いったんは軍務に復帰したのだったが、キャンプ内で、そして3月15日にはエルパソの街中で気を失う体験を繰り返している。この3月15日に運び込まれた病院では、夜中に目を覚まして「生存者はいたのか?」と周囲に尋ねたという(つまり、意識が混濁して2月の体験を思い出していたということらしい)。

再び陸軍病院に入った彼は、4月になって退院した翌日、何故かは自分でもわからなかったものの、強い衝動にかられて「現場」のシーダー・シティに向かった。半ば無意識的に登っていった丘で、彼は事件の際に失った上着を発見する。ボタンの穴には、紙切れがきつく巻き付けられた鉛筆が差し込んであったという。だが彼は、何故かそれを取って焼いてしまった。彼が正気に戻ったのはその後だった。

ちなみにAPRO(全米空中現象調査委員会)のジェームズ・ロレンゼンは、その時点でフォートブリスに戻った彼に取材をしている。彼はその後も入退院を繰り返した。夏になると彼は軍務を放棄し、行方不明になってしまった。


何だかあんまり詳しいことが書いてないので隔靴掻痒だし、突然失踪してしまうという結末が唐突で奇妙な感じがするのだが、とりあえずこの事件、先のジェームズ・ロレンゼンがAPROの「フライング・ソーサー」誌28号(1962年11月)に「アーウィン上等兵はどこにいるのか?」と題して記事を書いているらしい。

今回の本は、おそらくそんな古い事件ではあるけれども、面白い話だし、ここは一つ改めて調べてみましよかという仕事なのであろう。ちなみにこの本で序文を書いているというヴァレは、『マゴニア』ではどうやらこれをヒル夫妻事件に先立つアブダクション事件だったのではないかと見ているフシがある。今回の本は、果たしてそのあたりをどのように論じているのか。

そのへんはUFO洋書マニアのmagonia00さんに報告していただければ一番良いのだが(笑)、ともかく1950年1960年代のUFO事件は、なんかこう、イマジネーションの広がるものがあってしみじみと感じいってしまう。いつの日か読んでみたい――と思わんでもない一冊。







↑このページのトップヘ