2019年08月

というわけでここンとこ続けてきたブログ連投もいよいよ力尽きまして、途絶してすまいまスた。

この間それほどカウンターも回らなンだし、これからは再びTwitterを主戦場に虚空に向けての独り言を続けたいと思います、ハイ(笑)
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というわけで、「何がなんでも毎日ブログ記事を書いてみようチャレンジ」は――もうそろそろ力尽きて止めるとは思うがとりあえずは――なお継続中である。

で、本日はAbebooksに注文したUFO本が英国のWeBuyBooksっつー店から2冊届いたので紹介したいと思う。これらはいずれもちょっと前のエントリーで触れた怪しげなフォーティアン、ポール・デヴルー(Devereux, Paul)が書いた本なのだが、先のエントリーを書いた後になってなんだか気になって発作的にポチってしまったのである。ともにハードカバー。


Earth Lights: Towards an Understanding of the Unidentified Flying Objects Enigma(1982)

Earth Lights Revelation: UFOs and Mystery Lightform Phenomena - The Earth's Secret Energy Force(1989)

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例によって本の代金より送料のほうが高くついており、本自体は両方とも4.1ドルという値付けである。とりわけ左の「Earth Lights Revelation」のほうはどっかの図書館の払い下げ品でシミだらけでアルが、まぁ安いからエエやろゆうて注文したので文句はいえない。

むろん「買ったはいいが積ん読放置」状態になるのは目に見えているのだが、この人の「アース・ライト仮説」いうのはET仮説の害毒にすっかり侵されてしまった愚鈍な我が国のユーフォロジストさんたちからはガン無視されてきたフシがある。「アースライト UFO」とかいってググっても、本件に関わるものとしてはオレのブログ以外では桜井慎太郎『図解 UFO』がかろうじてヒットするぐらいである(デヴルーについて直接論及しているわけではない)。なので機会があればちゃんと読んで紹介などしたい・・・という気持ちがナイではないw。

なお、念のためググってみると、この人の本で邦訳されたものはあるにはあるらしい。

大地の記憶―古代遺跡の暗号を読む

ポール デヴェルー
青土社
1998-04



宇宙との交感 (図説 聖なる言葉叢書)

ジェフリー コーネリウス
河出書房新社
1999-03



だが、この辺まで当たってみようという気は流石に皆無(笑)。


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もう何がなんでも毎日一本はブログを書いたるワイということでまだやっているのだが、今日は例の「プロジェクト・ブルーブック」season1の第7話を観たのでちょこっと感想。

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以下、ネタバレもあるのでイヤな方はここでお引き取りいただくべく以下数十行スペースをあけます・・・































・・・はい、今回の第7話も現実にあった「デスバーガーズ事件」(ちなみにモスマン事件の方に出てくるのはデレンバーガーであるw)を導入に使っているのだが、実際には「ボーイスカウトの隊長をしているオッサンが光体に襲われた」という部分だけホントのことで、あとは例によって全部フィクションである。実際の事件はフロリダ州であったンだが、ハイネックが数時間後に駆けつけるという設定もあってか、ドラマではオハイオだかどっかの話になってるし。あと、のちにミシガン州で起きた沼地ガス事件のエピソードなんかも小ネタとして使っている。

というワケで、ロバート・シェーファーが「話つくりすぎじゃねーかォィ」とかいって怒るのも分からんではないが、オレはそこはちょっと違っていて、こういう虚実皮膜のアワイで遊ぶ、みたいなのは悪くないと思っておる。

つまり、これはいわゆる「二次創作」ってヤツなのではないか。「文芸ストレイドッグス」で太宰治が秘技「人間失格!」を繰り出すようなもので、ハイネックに大活劇させたってイーじゃん、みたいな。

いや、しかしU-nextの無料お試し期間ももうそろそろ終わってしまうので、このままだと最後を見届けられない。どうすべか。










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今年の八月の猛暑は尋常でなかった。当然イロイロな方面でも言われておるように、来年もこんなンであったら東京五輪では競技者が誰か死ぬんではないか。

だがしかし今や世界屈指の利権団体と化したIOCとしては、いまさら「選手の人命が案じられますので中止します」というワケにもいかず、大会は強行されるのであろう。南無三。

まぁよくよく考えると、これなんかも良い例であるのだが、そもそも現代スポーツというのは根っこに様々な矛盾というか不条理を抱え込んでいる。

そこは、たとえばパラリンピックであっても例外ではなく、フツーの人は「あぁパラリンピックもあるんだわネ、障害があるのに頑張ってスポーツやってる人たちエライわね尊敬しちゃうわネ」という風にいちおう口に出して言うのであるが、オレに言わせればそれはポリティカル・コレクトネス的な美辞麗句であって、そもそもパラリンピックには致命的な欠陥がある。

スポーツとしてみるとアレはどうしたって面白くないのである。

その辺のリクツについては以前書いたエントリーの時点からオレの考えは寸分たりとも変わっていないので、仮に興味をおもちの方があったらこの辺をご覧いただきたい。

今回も体制と一体化したメディアはやれ「パラリンピックのチケットがいよいよ発売になった」だの、「こんな素晴らしい選手が腕を撫している」だの騒いで盛り上げを図っている。が、やはり大衆は全く乗ってこない。かくて「パラリンピックを前面に出せば日頃印象のよくないスポーツゴロたちも少しは善人っぽく見えるンではないか」といったあくどい下心だけが浮かび上がってきてしまうのだった。


いや、そもそも論で言うならば「そんな競技者のバックアップばっかりしてないで、国民が気軽にスポーツできるような環境作れよ」というような、いわば「みるスポーツ」ではなくて「やるスポーツ」に政治的リソースを転用したらどうかという議論もあるにはあった。これにはオレも全く賛成なのだが、政治家などはそんなことをしても票にはならンし、スポーツ関連で何かやろうというのであれば今まで通りIOC―電通ラインか何かに連なっておこぼれを頂戴した方がおいしい。なので何も変わらない。

やれやれという次第であるが、まぁ国民としても「人死にさえ出なければ東京五輪・パラリンピックは大成功」といった辺りにラインを設定せざるを得ないのでないか。もちろん、終了後の負の遺産の処理にはオレらの税金がふんだんに投入されるのである。




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さいきん脊髄反射で書き込むツイートばかりが多くなっておるなぁという自覚のもと、フォロワ僅か100有余虚空に吠えるばかりで何の社会的影響力もない弱小ツイッタラーではあるにせよ少しは自戒せねばならんなという意味もこめて「Twitter絶ち」(とかいいつつちょこちょこ「いいね」押したりしとるけど)に挑んでいるのだが、イカンここんとこどうも腹の立つことばかり多くハラフクルルワザ状態。

なので許せ、ブログ上で仮想ツイートしばし。


■タレントがマラソンすることとチャリティーに何の関係あるんや。「走れた距離の1マンバイ寄付します」っつー宣言でもしとるなら分かるけれども

■それに毎回言われておるけれどもジャニタレとかはノーギャラでやっとんのか? カネもらってチャリティーなんてものはナイ

■ハナから「甲子園優勝」→「プロ入り」の下心ミエミエのプロ野球予備校のエリートたちを称えてどうすんねん。誰も期待しとらんかった県立高校の分際でw甲子園にノコノコ出てきて当然一回戦で大敗して帰った飯山高が実は最高の「勝者」やろが!

■TPP蹴って出てったアメリカにTPP以上の優遇するなんてのは許さんからな。譲った部分たんとあるようやが、自動車関税の撤廃とか何か取ったンか? 取れンかったばあい茂木は腹かっきる覚悟あるんやろうな!

・・・以上。

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えーと、Twitterの代わりに毎日ブログに何かしら書いてみようということで、ココんとこイロイロ無理して書いている。が、ネタもいよいよ尽きてきたので、本日はジャック・ヴァレが2014年に『マゴニアへのパスポート』を再刊した際に付した序文を紹介するという趣向でいきたい。

とはいえ全部訳出したりすると著作権上の問題も出てこようから、今回はところどころ引用しつつ批評を加えていくかたちでいこう。

まず簡単な説明を加えておくと、ヴァレがこの本をはじめて世に送り出したのは1969年のことである。ひと言でいうと、「UFOというのは地球外からやってきた宇宙人の乗り物だ」というET仮説を否定し、この手の「空に出現する光る物体」だとか「あやしい小人」だとかいったものは大昔から妖精譚みたいなかたちで人々の間に語り伝えられてきたものであって、いわば人間がいつの世も目にしてきた超時代的な奇現象みたいなものと考えたほうがよいでしょうネ、と彼は主張したのである。

もともとUFO研究というのはET仮説が王道とされてきたから、彼はその時点で「異端児」になってしまった。ではあるんだが、その後、いくら待ってもUFO=宇宙船説の証拠なんぞ出てきやしない。いやいやいや、ギョーカイ的には彼はアウトサイダーかもしらんが、ヴァレの見方というのは実はけっこう鋭いンじゃネという人々も一部にはいて(たとえばオレw)彼はUFO研究者の中では一目置かれた存在になっているワケなのだった。

というワケで、今回紹介する2014年版というのは初版刊行から45年を経て旧版が絶版状態になっていたところに刊行されたモノであった。なのでこの新版の序文には「そういや、あれからいろいろあったよなぁ」的にヴァレがこの半世紀を回想するような趣がある。

冒頭はこんな風に始まる。


ゼネストや若者の反乱があった1968年5月のパリで執筆され、その翌年シカゴで刊行された『マゴニアへのパスポート』は、空飛ぶ円盤を信じる人たちと、彼らに懐疑的な立場をとって対立していた「合理主義者」たちとを糾合するという意図せざる効果をもたらした。両者はすぐさま一致団結し、即座にこの本を疑わしいシロモノだとして断ずる勢力を形作ったのである。彼らは、そのソースは不確かであるし、著者である私の論証もいいかげんなものだ、と言い募った。そこで紹介した目撃事例自体あまりに突拍子のないものだったせいか、UFO研究者の中には、ここで引用した事例は私が捏造したものではないかといって非難してくる人さえいた。


ここで言っているのはどういうことかというと、彼はこの著書を出したことで「エンバンなんて嘘っぱちなんだよ!」といっている合理主義者ばかりか、多くのUFO研究者をも敵に回してしまった、という話である。

何故かというと、多くのUFO研究者は1947年の有名なケネス・アーノルド事件以降、「いよいよ物理的な宇宙船としてエンバンが地球に出現しはじめた。これをちゃんと研究すりゃあ宇宙人の正体わかるゼ!」という風に考えてワクワクしていたのである。ところがヴァレは、「でもUFOなんてのは妖精譚とおんなじだから。なんかUFOを物理的な機械みたいに考えても違わくネ?」といって彼らに冷水を浴びせたのだった。


科学的研究への指向性をもつUFO研究者(その中には、少数ながら空軍やその他の機関で、名前こそ出せないものの枢要な地位にいた者もいた)にとってみると、空飛ぶ円盤の最初の目撃と原爆の誕生とが同時期にあったことは、UFOが地球外に起源をもっている可能性を補強するものだと思われた。科学はすでに、生命はこの宇宙のどこかに確実に存在していることを知っている。であれば、惑星間の宇宙旅行を成し遂げている或る文明が、地球での核爆発を探知し、その結果として警戒態勢を取り、地球を監視下に置くことを決めたのではないか? 「地球外生命体によるコンタクト」というイデオロギーは、1947年の「目撃ウエーブ」に続いて、1950年と52年にも、詳細な記録の残された一連の目撃事例が多数発生した(しかもその範囲は全世界に拡大していた)ことで、さらに力を増したようであった。

が、そうした現象を歴史的視点から解明しようという緻密な探究が行われるようになってみると、物事はそれほど簡単な話では済まなくなった。確かに現代における「空飛ぶ円盤」という呼称はアメリカの報道機関によって発明されたものなのだろうが、歴史をさかのぼれば、米国でも過去に同様のものは目撃されてきた。他とまじわらず、世の主流とは離れたところで研究に取り組んだニューヨークのチャールズ・フォートが発掘したところによれば、天文学者たちが奇妙なものを目撃して記録した事例は19世紀にまでさかのぼる。さらに、天体が不思議を示した話というのは、中世の記録者、さらにはローマ時代の歴史家の記録の中にも見て取れる。懐疑論者たちの色眼鏡やビリーバーたちの熱狂といったものに毒されず、虚心坦懐に事実をみることに徹する――それこそがなされるべきことだった。


研究者たちは「なるほど人類は原爆も発明してしまったし、宇宙人もコイツは要警戒ダ!とかいって突然来襲するようになったに違いない! これは大変だ!」とかいって盛り上がっていた。「いやー、ずっと前からたいして変化ないっスよ」とか言い出す人間は袋だたきにあって当然だろう。だから、当初この本の評判はあんまり良くなかった。


1969年に最初に刊行された際、本書の評判はよくなかった。そのハードカバー版は5000部も売れなかったのではないか。「地球外からの訪問」という現下流行の仮説(その定式化にあたっては、私自身がそれ以前の2冊の本で手を貸していたのだ)があまりに確固たるものになっていたために、現代の目撃と私が発掘してきた歴史的な素材とを関係づけようという試みは、反逆行為として憤激を買ってしまったのである。「ヴァレは我を失っておかしくなってしまった!」。ある名高いUFO界の人物はこう言った。特に過去一世紀にわたる未解明の着陸事例を900例以上まとめた補遺のパートは、異端扱いされた。

  • ちなみにここでヴァレが「それ以前の2冊の本」云々といってるのは、彼は「マゴニア」以前に出した2冊の本でET仮説寄りの主張をしていたことをさしている。

だが、捨てる神あれば拾う神あり。


『マゴニアへのパスポート』は、米国で無視され排斥された一方、ヨーロッパでは温かく迎えられた――ヨーロッパの読者というのは、或る文化のかたちを定位しようという際には、その歴史であるとか、フォークロアの重要性に大いに敬意を払うの人たちなのである。本書はすぐに英国で注目を集め、フランス語、スペイン語に訳され、ソ連では「地下出版物」に批評が掲載されたりもした。チャールズ・フォートをはじめとする、秘められた歴史の研究に取り組んだパイオニアを信奉する人たちは、私が記した事どもについてチェックをし、自らの発見をも付け加えてさらに議論を進めた。やがてペーパーバック版が刊行されたのだが、その頃までには読者の反応は好意的なものとなり、かつて批判を加えてきた者たちですらその立場を改めるようになったのだ。


歴史家によって記録された古代のストーリーと、UFOレポートという「現代のフォークロア」には関連がある――という本書の考え方に触発された研究者の間からは、目撃体験の本質とそのインパクトに関わる知をさらに深めていこうという、新たなる世代が登場してきた。もし空中に起こる現象は人類史を通じてずっと続いてきたことであって、しかもそこには現代のUFO搭乗員さながらに光る存在、空中に浮かぶ幽体めいたものと人間とのやりとりが伴っていたというなら、そこにはさらに大きな疑問が浮かんでくる。我々の文化・我々の信仰・我々の宗教に対して、こうしたイメージはどんな衝撃を及ぼすのか? それらは、我々がこの宇宙を理解する上で、どんな影響を及ぼし、刺激を与えてきたのか?


こう語るヴァレは、この半世紀で世界のユーフォロジーはようやく自らの思想に追いついてきたのだ、とでも言いたげである。

今日もなお、この問題の研究者で、UFO現象が1947年以前に報告されていたという考えを否定する人はいる。ある著名な作家は、古い事例が約200年前までさかのぼることは認めつつ、「それ以前にはなかった」と言い張った。何故なら「長い期間エイリアンがやってきていた」ということになると、アブダクションされて空を飛ぶ乗り物にのった人たちが語るような、「宇宙からの侵略は差し迫っている」という近年流行りの信仰を台無しにしてしまうから、というのだった。あるアブダクション説の主導者は、「明らかに出所の怪しげな」フォークロアを真面目に取り上げている者(つまり私のような人間ということだ)に悪罵を投げつけさえした。本書にはレファレンスを付している。だから読者諸兄は、我々の示したソースが説得力をもっているかどうか判断を下し、こうした批判に対してはご自分で意見を固めていっていただけば、と思っている。

そして彼は序文の最後を次のように締めくくる。なかなか格好いいシメであると思う。


本書に掲載した諸事件についての補遺は、従って、よくよく再吟味をする必要があろう。この間に現れた新たなる問いというのは実に幅広い領域にわたっており、だから私としては、読者諸兄にはインターネットに当たり、最新の「歴史的発見」を日々フォローされることをお勧めしたい。だがしかし、我々は少なくとも最初にあった問いには答えを出すことができた――実にUFO現象というものは、我々が文書でさかのぼって確認できた限りでは、ずっと我々とともにあったし、その現れは現代におけるそれととてもよく似たものだった。我々と「それ」とのかかわりの中で、UFOが一体何を意味しているか。それが我々にどんな影響を及ぼしているのか。それは、いまなお発見される日を待っている。








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CSのヒストリーチャンネルでいま、「プロジェクト・ブルーブック」(seazon1)という連続ドラマを放送している。

いうまでもなく「ブルーブック」というのはかつて実在した米空軍のUFO調査機関で、今回はその科学コンサルタントとして調査に関与した科学者アレン・ハイネックを実名で登場させるという奇策を用いて「UFOにまつわるミステリー」というテイのドラマにしたものである。

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アメリカではそこそこ評判になったらしく、UFOファンとしては是非観ておきたい。もっともオレの家ではヒストリーチャンネルは映らないので、U-NEXTのお試し無料視聴期間を利用して第6話まで観たところである。なので、とりあえずここまでの感想を書いてみることにした。

で、このドラマの売りは、実在したブルーブックとかハイネックを登場させるのもそうであるが、本当にあった事件――たとえば「ゴーマン・ドッグファイト事件」だとか「フラッドウッズ・モンスター事件」とかいったものをドラマ中に潜り込ませて、なんとなくノンフィクション感を醸し出しているところでアル。

ただ、ここは注意が必要で、ドラマでは「いつ・どこでどんな出来事が起こったか」という事件のあらましは事実(とされること)に寄せて作ってあるのだが、それ以外はほとんどフィクション盛り放題である。だからUFOファンであれば「この辺から事実離れて暴走し始めてますなー」みたいなコトは分かるンだが、そういうUFOリテラシーのない人はあたかも全部ホントにあったことのように勘違いする恐れがないではない。

ただそういう早合点する人のことを無視すれば、これは基本的にミステリードラマなので話はいくら面白くしたってイイのである。実際、「ハイネックにつきまとうナゾの男」であるとか「奥さんに接近してくるソ連の女スパイ」だとか、およそウソ八百丸出しの伏線がいろいろあって、そういうところがワクワク感につながるのである。1950年代が舞台ということなので登場人物タバコぷかぷか吸ってるし、ストーリーとあいまったダークな映像も実にあじわいがあってよろしい。聞けば製作はロバート・ゼメキスだそうで、なるほどと納得する。

俳優陣もなかなか良い。ハイネック役のエイダン・ギレンゆーのはこれまでワル役を得意としてきた人のようだが、今回は渋いインテリ中年っつー感じでなかなか格好よい。コンビ役の大尉を演じるマイケル・マラーキーも単細胞の軍人を好演。あと、空軍の大将役でニール・マクドノーっつー役者が端役で出てくるのだが(ググって調べたw)このオッサンがいかにも腹黒そうな陰謀野郎風で気に入った。

ただまぁ、ひと言いわせてもらうと、ドラマの世界なりにリアリティは欲しいよネという感じもないではない。

たとえば、主人公のハイネックは空軍のクイン大尉なる人物とコンビを組んであっちこっち行くンだが、しかしこれだと「ブルーブック」いうのはたった二人でやってる超零細プロジェクトみたいな感じにならんか。実際の「ブルーブック」は何人ぐらいで動かしてたのかは知らんが、たとえば出張旅費の精算をする係員だって要るンではないのか。

あと、出てくる事件が相当に換骨奪胎されているという話は上にも書いたが、これが時系列的には全然違う順番で出てきたりするので、そこそこ囓った人間の側からからみるとフィラデルフィア実験的な「時空間のねじれ」が発生しているようで何となく落ち着きが悪いという感じもアル。

だがドラマとしてはこの先どうなっていくのかとゆーアトラクティブな要素満載ということもあるし、UFOファンとしてはよくぞこういうの作ってくれましたなーという思いは強い。

U-NEXTの1ヶ月の無料視聴期間が切れたあとどうするかを考えねばならンのだが、ひとつには継続契約をする手がある。もうひとつは、米国で出ているシーズン1のブルーレイ・ディスクを買う手もある(日本版は売っていないようなので)。

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Voices Of Wonder
2019-01-14

ご承知のようにアメリカと日本ではブルーレイのリージョンコードが同じであり、国コードの設定さえされてなければアメリカ版でも日本で観られるハズである(よく知らんのだが日本で発売されてないBlu-rayであれば、国コードなんて設定してないのではないか?)。

もっともその場合も問題はある。オレは英語のリスニングはテッテ的にダメなのである。米国のBlu-rayに日本語字幕がついてるワケはない。英語字幕がついてたら、それを読みながら観るという手はあるかもしらんが、これもオレの英語力では厳しい。今後の課題である。


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たまたまNHKダークサイドミステリーのサイトに迷い込んだところ、次のようなアナウンスがあった。  

「ダークサイドミステリー」は、日本のアニメーション文化に多大な影響を受けて制作している番組であり、今回の京都アニメーションで起きた事件は、大変悲しく悔しく無念でなりません。
 
お亡くなりになられた方々とご家族に心から哀悼の意を表すとともに、
負傷なされた方々の一日も早いご回復をお祈り申し上げます。

    2019年7月19日
    「ダークサイドミステリー」制作スタッフ一同


京アニへの連帯を表明するのはたいへん結構なことだとは思うが、この理屈はいまひとつよくわからンかった。「バビル2世」みたいなことであろうか?

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ひきつづき今回『プロフェシー』を再読して疑問に思ったこと。

たいした話ではないけれどもTwitter自粛中(笑)なのでココに書くワケだが、彼のポイントプレザント「冥界めぐり」にほぼ同伴したといってもよい地元の記者にメアリー・ハイアーという人物がいる。

キールの記述を信じるのであれば、という話になるが、彼女はこの間、相当にクリティカルな体験をキールとともにしている。たとえばシルバーブリッジの崩落を暗示するような夢をみたのはまさに彼女だったのだし、奇っ怪な飛行物体をキールとともに目撃したこともある。

ただここでチト気になるのだが、彼女が死んだのは1970年であり、一方キールがこの本を刊行したのは確か1975年であった。つまり彼女はこの『The Mothman Prophecies』を読むことは「できなかった」。そこに書かれたことについては「死人に口なし」で、仮に文句があっても抗弁できなかったことになる。

もちろんキールが彼女が生きていた時点でモスマン事件についていろいろと発言していたこともあったであろうから、彼女が完全なツンボ桟敷におかれていたと断定することはできないのではあるが、さて、この5年のズレをどう考えるか。

なんとなく胡散臭い感じもする。が、その辺も含めてキールの「味」といえないこともない。それが厄介でもあり、面白いところでもある。




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ここンとこTwitterは自粛して「そのぶんブログでも書きましょか」的なノリでムリヤリ毎日何かしら書き続けているンだが、昨日ジョン・キールの話を書いた流れで今回も関連ネタ。

本日は日本語版Wikipediaの「ジョン・A・キール」にはどんなことが書いてあるンだろうなーと思ってのぞいてみたンだが、この記事中の「モスマンの黙示」の項目には何だかヘンなことが書いてあった。

というのは、この項目を読む限り「キールったらいろいろ捏造しやがって!悪ィ奴やなァ」的な話になっておるのだが、その論拠としてここで論及されている「スケプティカル・インクワイアラー」の記事を検索してザッと目を通してみたら、むしろこれは「イロイロと怪しい話を仕組んだ黒幕はグレイ・バーカーですた」的な話ではないのか。

つーか、そもそもこのWikipediaの記述によれば、この「スケプティカル・インクワイアラー」の記事はシャーウッドとグレイ・バーカーが共同で書いたような話になっておるンだが、バーカーはこの時点(2002年)では死んでおるでしょうが。いや確かにキールがアヤシイことを書き飛ばしているのは認めるが、これはちょっと違うだろうコレ書いたヤツは欺瞞の使者(Ⓒジャック・ヴァレ)認定。

何度も言うようにオレは英語不如意でかつ例によって今晩も酔っ払っているので何だかワケ分からん状態なのではアるが、そのうちちゃんと読んでブログのネタにしてみよっかなー、みたいな。


【追記1】
そうだ、そういえば映画「プロフェシー」の関係者含めて一連のモスマン事例に絡んだ人々は「ツタンカーメンの呪い」的に大量死しておるという話をローレン・コールマン辺りが広めているらしい。ひょっとしたらASIOSさんあたりがその辺すでにDebunkしていたような気がせんでもないが、そのあたり仮に手つかずであったら将来ブログのネタにしようかなどとメモライズ。

【追記2】
本件のキーパーソンの一人であるウッドロウ・デレンバーガーはイロイロ騒動があったあおりで離婚してしまいましたお可哀想にという話を某UFO手帖編集長に教えてもらった記憶があるが、今回「プロフェシー」を読んでたら、そのあとコンタクティーつながりで美人の奥さんと再婚したとゆー話が書いてあり、なんだ全然オイシイじゃんと思つた。



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