今月の文芸春秋が「尾崎豊の遺書」を載せているらしく、一部メディアがニュース仕立てで記事にしたりしている。まぁこの伝説の歌手も生きてれば今40代半ば、中年世代には思い入れのある人も少なくないだろうから、こういうリアクションもありなのだろう。
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ただ、オレは彼よりもちょっと年上の世代ということもあるんだろうが、当時から彼の歌の世界には入り込めなかったなぁ。青山学院高等部に入ってからタバコやら酒やらケンカやらの日々を送り、退学してからは社会に反旗を翻すシンガー・ソングライターとして若者に熱狂的に受け入れられて、みたいな尾崎伝説があるわけだが、そのいちいちがシャクに障るのだった。

だいたい「青山学院高等部の不良」って時点でもうダメである。けっして裕福な家庭の出ではなかった、とかいうんだが、ボンボン学校に入っておいて社会に反抗するって何だよ、そもそもそんなとこ入るなよ気どってんじゃねーよ、定時制高校通いながら土方してケンカして、っていうんなら許す、だが青山の時点で失格だとまずは断言したい。

もちろんその後にオウム事件があったように、「なんかこの腐れ切った社会は何とかしないとダメだ」というのは当時の若者であれば、いかほどか共有していた気分だったと思うのではあるが、じゃあそこで「タバコ・酒・ケンカ・クスリ」って何だ。酒場でクダ巻いてるオヤジと五十歩百歩じゃねーかよ、ちょっとビジュアル的にいけてるからって調子ぶっこいてんじゃねーよ、と言いたい。

で、その作品世界も実にセコい。このあたりはさんざん言われてきたことではあるのだが、「盗んだバイクで走り出す」(15の夜)ってのは何だよ! そのバイクは誰のなんだよ! そのバイクはな、貧乏学生が毎月汗水たらしてバイトで稼いで、やっと手に入れたあこがれのカワサキだったりすんだよ! 遊び半分で盗むんじゃねーよ! そんなに世の中気にくわねえんなら国会議事堂にでも殴り込めよ、と思った(笑)。

で、時は流れてしまったようで、どうやら今の若者に話をきくと「尾崎? 何ソレ?」状態であるらしい。尾崎の魂の叫び(笑)というのも、改めて客観的にみればなんか身勝手な子どもの言い分ということがばれてしまったのだろう。今の若者は本当に優しくておとなしいから、「そんな興奮して暴れてどうなるの? 単なる自己満足ジャネ」と見切っているのであろう。

もちろん若い世代の「世界に対する違和感」ってヤツが社会を変えていく原動力になる可能性は否定しない(同時にそれがしばしば残念な結果に終わるのは「全共闘の敗北」とかそれこそ「オウム事件」とかみれば明らかなのだが)。

しかしなぁ、尾崎に限っていえばもうなんていうか、ホント駄々っ子の癇癪レベルでしかなくて、あとには何にも残らなかったんじゃねーの? あえていえば、尾崎は中年世代の厨2病の記憶の中にのみ生き続けるのであろう。