けさの天声人語がまたまた奇っ怪なことを書いていた。

ロンドン五輪終幕を受けての話であるが、男子サッカー日韓戦終了後に韓国選手が「独島はわが領土」という紙を掲げてオリンピックに政治をもちこんでしまった残念な一件などをひいて、最後をこう締めくくっている。

次の聖火がリオの空にともる頃、世界は少しは前に進んでいるだろうか。日韓はうまくやっているか。それもこれも、人の肉体ではなく意思一つにかかる。例えば100㍍で9秒5を切るより、ずっと易しいはずだ。


解説すると、世界の宥和というのは意思一つあればできるものであるから、実際に肉体を鍛え上げねば達成できない「100㍍で9秒5」よりはたやすい、と言っているわけである。

一読して、エッ?と思った。「100㍍で9秒5」が来る日はあっても、紛争のまったく無い世界、日韓が仲良くやってる世界なんてのはたぶん100年200年たっても実現しねーだろーなー、というのが真っ当な知能をもっている人間の常識ではないだろうか? それと正反対のことを言っているぞこのおじさんは。

こういうところに天声人語子の人間理解の浅さが出てしまうのだ。

そりゃ世界平和は「意思一つ」の問題といえば言えるかもしらんが、人間同士がその「意思を一つにまとめる」というのが如何に難しいことか。5人10人の集団でさえそうなのだ、ましてや事は国際政治のレベルである。

ある意味で、「オレタチ」と「オマエタチ」がどうしても仲良くできない、というのは、おそらくは何万年にも及ぶ人類の歴史の中に刻まれてきた、ある意味で人間の宿痾ともいうべき性格なのではないだろうか。それを「意思一つ」の問題で片づける。本気でそんな書生論が通用すると思っているのだろうか。

むしろ「100㍍で9秒5」のほうが遥かにたやすい、と俺は思う。確かに人類の中でも傑出した才能をもつ人間が、さらに血のにじむ努力を重ねた上でようやく成るか成らぬかというレベルの話ではあろう。が、「そのために何が課題になっているのか」といったあたりは、スポーツ科学の力なども借りて理詰めで進めていける部分が相当あるはずなのだ。そして「敵」がハッキリしている戦いほど戦いやすいものはない。

結局のところ、天声人語子は「意思一つの問題なんだから、世界平和のほうがたやすいはずだ」という素朴な願望をここで語っているに過ぎない。信仰告白である。が、しかし、お祈りすれば何でもかなうほど世の中は甘くできていない。上っ面の美辞麗句で世の中は動かない。お願いだから、もう少し勉強をしてほしいものだ。