というわけで、12月16日に総選挙投開票である。NHKなどみているとのべつ幕なしに政見放送を流している。まぁしかし、そういうのを見ていると、改めて選挙のコトバというのは軽いなぁと思う。

どういうことかというと、たとえば、ほとんどの人が「なるほど、その通りだ」と思ってしまうようなマジック・ワードというのが選挙活動にはつきもので、たとえば「地方分権」「官僚支配打破」みたいなコトバだ。

でも、よくよく考えると果たして「地方分権」というのが万能の錦の御旗かというとそんなことはないのだろう。とりわけ日本の社会というのは同調圧力がとても強い。地方分権で地方に権限を委譲しましょう、というスローガン段階なら「いいですよ」という人も、たとえば他の県とかでイロイロ面白いことをやりはじめたら「如何なものか?」と言い出すのではないか、という話である。

「外国人に地方参政権を与えます」「県立高校では中国語を必修科目にします」とかね、そりゃそういうのは法律改正とかも必要であろうし多くの住民が賛成するとは思えない話ではあるけれども、原理的には地方分権というのは「地方のことは原則地方で決めるべきである」ということなので、たとえば隣県とかでこういうことを断行しても全然ワレ関せず、というのがスジである。たとえば「わが州には死刑制度はありません」みたいなこともあるアメリカみたいなものを考えればいいと思うのだが、俺たちはそういう風に鷹揚に構えていられるだろうか、と思うのである。

「官僚支配打破」とかも、みなさん原則OKということになるんだろうが、役人が諸悪の根源であって、給料も減らせ権限も減らせドンドン叩け、みたいなとこまでいって仮想敵扱いになっていくと、さて、これから役人になろうなどと考える人間なんていなくなるンではないか。あるいは「革命さえなければ職だけは安泰だろうから、やる気はないけど公務員にでもなるか」みたいな連中の巣窟になる、とか。

なんか浮ついたムードに流されずに、本当にスローガンのめざすものを見据えているか。自戒すべきとこでもある。