政府税調で、配偶者特別控除に所得制限を設ける構想が打ち出されたとの由。民主党内には異論もあるようで、まだどうなるかよくわからんが、暴論覚悟でいってしまえば、これ、ある意味、「外で働く女性はエライ。専業主婦ダメ」とゆーフェミニズム思想の政策的具現化という狙いがあるのではないかな。これ、ちょっと賛同しかねるところだな。

いや、その背景にはそれなりの理屈もあって、たとえば俺が勝手に推測するのであるが、この資本主義社会では己が才覚でゼニを稼がねば自立はできん、自立できなけりゃあ男に従属せにゃならん(というほど男も安穏としていられない時代にはなっちまったけどねw)、ゆえに女性もドンドン社会進出して稼ぐべし、というフェミニズム=ポリティカル・コレクトネス的ロジックなんかがあるわけだ。それはわかる。わかるのだが、なんだかなー、なのである。

もちろん正直にいえばウチが専業主婦のいる家庭だから、という個人的な事情もあるのだけれど、なんか、この手の議論をきくと、さて、「ソトで稼げる=エライ」と本当に言い切ってしまっていいの?という(ある意味きわめて保守的な)疑念が兆すのである。

いやいや、話の流れでフェミニズム如何なものかみたいなことを言ったが、問題は「フェミニズム」ということではないんだ、たぶん。きっと俺にとっては、もっと背後にある、近代主義的人間観全肯定みたいなまなざしに違和感があるんだ。人間たるもの、何か社会的に意味のあることを成し遂げねばならない。そんな強迫観念に、いまの俺たちはなんか縛られすぎているんじゃないか。

まぁそれは今が「自己実現」とかみんな安直に言いたがる自我肥大の時代だからね、しょーがないんだが、じゃ、何かネ、そんなに「社会の中で自己実現する」のがエライのなら、かつてのカンボジアでも文革中国でもいいんだが、子供は親から引き離して集団で育てればいいんだし、子育てのアウトソーシング大いに結構、親は国家建設のため「社会」で働けばいいんだネ、と皮肉のひとつも言いたくなるというものだ。

そう、もっといえば、俺自身、ここでいう社会(それはおそらく企業社会と多くの部分が重なるはずだ)なるものがそんなにいいもんかネ、という思いがあるンだろう。働きながら子育てする女性は大変だろうなーとかは思うけれども、そんなにして「自己実現」しなくてもいーじゃん、ゆったり生きられたらいーじゃん、そもそもその手のシバリから自由な人間からこそ文化は生まれるんだゼ、俺だってホントはガリガリ働きたくねーんだよ(笑)、みたいな。

もちろん「アタシは自己実現なんて眠たいこといってない、生きてくにはとにかく働かないといけないのよ」という女性も多いのだろうし、そういう人には俺の言葉はノンキな寝言にしか聞こえないことは自覚している。そこはゴメンナサイというしかないのだが、まぁしかし何かポリティカル・コレクトネス的な言説ばかりがはびこる世の中、どんどん味気なくなってきてるような気がするがゆえの過剰反応ということで許せ諸君。……あぁそうだ、喫煙者でもある俺としては、最近「正論」に追いたてられて肩身が狭くてね、なんかそのへんの鬱屈もあるから酔いにまかせてこんなこと書いちまいまったんだね。