カテゴリ: 読書感想文



ここんとこ、むかし撮った写真をアップしては、何となく「このブログはまだ死んではいない」感を醸し出すことにしていたのだが、たまには何か書いたほうがよいかもなぁ、ということで今回。

さて、そもそも「心とはなんだろう」というのは永遠の謎である。で、たまにその手の脳科学本などを手に取ったりするのだが、加齢のせいか、何だか片っ端から読んだ記憶が霧消してしまう。それでもナマイキに向学心(笑)は如何ほどかあるようで、今回はこの本を手にとってみた。

今回記憶に残ったのは、「人間が何か決断するとき、オレはイマ決断しましたよ、ということを自分で意識するまさにそのタイミングに先立って、脳内現象的には既に(無意識的に)決断が済んでしまっている」という脳科学の知見である。

こういう話は、まぁ以前にも聞いたことがあるけれども、何だかいろいろと考えさせられる。

脳内のプロセスでは既に結論が出てしまっている。けれどもその時点で、いまだ意識はその結論を知らない。「意識」は蚊帳の外。「無意識」的に決まったことを、あたかもいまここで自分が決断したかのように思い込んでいる。

うむ、何だかこの辺に「意識」の本質にかかわるものがあるような気がしてならない。

我々の考える意識――というか、その「考える主体としての自我意識」というものは、決断の主体という役割を(むりやりに)演じさせられている、ということではないか。ホントの意味では主体性はないんだが、やはりここで「主体的に決めた」という主体がないと何かマズイことになるので、そういう幻想がどうしても浮上してきてしまう。というか「捏造」されてしまうのではないか。

この、「何かマズイことになる」というところがキモのような気がするのだが、きょうは既にけっこう酔っ払ってしまっているということもあり、そっから先は曖昧になってしまう。

岸田秀は「人間は本能が壊れてしまった動物なのでダイレクトに環境と渡り合えず、結果、幻想を媒介にして環境と向き合うしかすべがなくなった存在である」というような事を言っていたのだが、何かその辺とも関係があるような気もする。よくわからないけど。たぶん。

で、日進月歩の進歩をみせているという脳科学は、オレの生きているウチに、このあたりについてもうちょっとクリアカットにわかるような知見を差し出してくれるのかどうか。そこんとこは、けっこう期待しちゃってたりもする。













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ミチオ・カクという人物は「ひも理論」とやらを唱えている理論物理学者である。

「ひも理論」というと「折り畳まれている次元というものがあるのだよ」みたいな議論だったと思うのが、その辺は生粋の文系のオレとしては正直よくわからん。ただ同時に彼は、最先端の科学技術をわかりやすく解説するという啓蒙的な仕事もしており、この本なんかもそういう一冊である。

今回はとりわけ「脳」や「こころ」に関して「現在の科学技術がこのまま発展していくとどういうことができるようになるんだろうか」みたいなことを論じている。そういうのは典型的文系のオレにとっても非常に重要なポイントであるので、買って読んでみたという次第。

感想としては、ま、陳腐だけれども、「いやホント知らん間に科学は進歩しているんだなぁ」ということに尽きる。

たとえば、最近ではMRIなんかで脳の活動状況がほぼリアルタイムで「見える」ようになりつつあり、その分解能とかをブラッシュアップさせていけば、やがては「人間の思考や認識」といったものと、「ニューロンのふるまい」(端的にいえば脳内の電気現象ですね)の関係を解明できるんではないか、というハナシになってるらしい。

そのメカニズムを解明すれば、原理的には「脳内で何か考える→電気信号→他者に伝える→再構成する」というテレパシーみたいな現象も再現できるし、その手のブレイン・マシン・インターフェース(
BMI)次第で全身マヒの人だっていろいろできるようになる。最終的には、脳内の情報=記憶を電気情報としてハードディスクに「記録」できるかも、みたいなとこまでいっちまうらしい。で、逆にいえば「偽の記憶」を頭に送り込んだりすることなんかも十分射程内だ。いや、彼の議論では、「記憶」どころか「全人格」さえも原理的には記録可能だというから恐れ入る。

臨死体験とか幽体離脱みたいなテーマもチラッと出てくるし(その流れでカナダのマイケル・パーシンガーも出てくる)、「2045年問題」のカーツワイルなんかも登場する。いやぁ実に盛りだくさん。カクは「物理法則上否定しえないものは実現可能性がある」というスタンスで、実にアメリカン。楽天的である。

ただ、何かこう、「神の領域」みたいなトコに向けて人間がズンズン進軍しているのを見て、ちょっと寂しくなったりするのは何でなのか。どこまで一般化して言えるかどうかはワカランが、ワレワレ日本人には、何かどっかに「いやそうはおっしゃるけど、人間には見てはならない聖域とかやっちゃならねえタブーの領域はヤッパあるんじゃねーの」「そういう還元論でホントに人間のこころがわかりますかねえ」みたいな、論理以前の感性が残っているような気もするのでアル。

尤も科学というのは、そういうプリミティブな感性なんかはお構いなしの自動的メカニズムである。さて、オレの目の黒いウチにミチオ・カクの「予言」はどこまで実現するんだろうか。興味津々、といえばいえる。

【追記】

いろいろ書いたけれども、ともかく知的好奇心を刺激してくれる一冊であることは間違いナイ。知らんこともいろいろ書いてあって勉強にもなった。たとえば京都にはATR脳情報研究所(ググるとNTT系の3セクらしい)なんて研究機関があって、「夢の画像化」みたいなことまでやっとるらしい。けっこう日本も頑張ってるではないか。にしても、夢研究はそんなところまでいってるのか。フロイトも遠くなりにけり。










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今回はこの同人誌「空飛ぶ円盤最後の夜に」の読書感想文を書いてみたいが、その前に、まずは長々とした前振りを書かねばならない。


知る人ぞ知る円盤本の名著に『何かが空を飛んでいる』(略称「何空」)というのがある。

著者の稲生平太郎というのは英文学者の横山茂雄氏のペンネームなんだが、もともと1992年に刊行されたこの本は、ある意味で日本のUFOシーンにデカすぎる一石を投じた本なのだった。

もともと日本で「円盤」というと、「宇宙人の乗りもの?」みたいな視点で矢追さんとかメディアとかもいろいろ取り上げてきたわけで、もちろんそれは米国の初期ユーフォロジーの大立者、ドナルド・キーホーあたりが言い出して以来、とりわけ米国ではデフォルトともいってもいい問題意識であったため、その辺の事情もコミで円盤ネタを「輸入」してきた日本でも「円盤≒宇宙人」とゆーコンセンサスができてしまった、ということなのだろう。

ところがこの『何空』のスタンスは、違った。

そもそも円盤類似現象というのは大昔からあったもので、いわゆる妖精なんてゆーのは虚心坦懐にみれば「宇宙人」と五十歩百歩だったじゃないですか、そういや誘拐=アブダクションなんてのは妖精のお家芸ですゼ、円盤現象というのはことほど左様に人間存在と骨絡みになった怪奇現象なんですヨ、「宇宙人」なんて、あなた、そんなお手軽な説明じゃ割り切れんのですよ、みたいな事を説いたのだった。

ちなみに、この手の「奇現象としてのUFO」みたいなアプローチは米国のジョン・キールなんかも取り入れていたし、ヨーロッパでは「ニューウェーブ」などと呼ばれて一定の支持を集めていたらしい。ま、オレがそのあたりの事情を知ることになるのは、遥か後のことだったが。

さて、この本が刊行された1992年というのは、オレも円盤系と切れていた時代だったこともあり、この本のことはずっと知らんかった。それが2000年頃だったか、確かニフティサーブかどっかで耳にして、こいつは面白そうだと思って買おうとしたんだが、もう無かった。絶版になっておったのである。いわば幻の名著。くそッ、てなワケで、「復刊ドットコム」にリクエストを出したりしたんだが、無いものはしょうがない。で、図書館で借りて読んだ。結果はいうまでもない、あぁなるほどこいつは目からウロコだ、マスト・バイのUFO本だ、とオレは大いに感激したのだった。

ま、そのような本でもあり、復刊を望む声が朝野に満ちた結果ということなのだろう、昨年暮れに『定本 何かが空を飛んでいる』という名前で、ようやく復刊が成った。オレにとっても10数年越しの願望が叶ったのだった。


・・・とゆー、とてもとても長い前振りを受けて、ここからが本題になる。

世の中にはいろいろな人がいて、やっぱりこういう怪現象としてのUFOが大好きだということで「Spファイル」という同人誌を立ち上げた奇特な方々がいたのだった。たまたまその活動を知ったオレは感激し、その創刊時から購読をさせていただいておったわけだが、こういう方々だけに、やはり『何かが空を飛んでいる』には皆さんリスペクトをもっている。

となると、昨年の『定本 何かが空を飛んでいる』刊行は一大事件である。こいつは何とかせねばならん、ファンブックを作りましょうかという話になって、で、今回の「空飛ぶ円盤最後の夜に」が誕生した。そういう話なのである(と聞いている)。

というわけで読ませて頂いたのだが、うむ、実に良かった。

まず何と言っても感心してしまうのが、著者・稲生平太郎へのインタビュー「<他界>に魅せられて」である。もともと英文学の専門家である稲生氏、加えて小説も書けば、映画評論もし、かつてはこんな円盤本も書いていたわけであるから、一見「どういう人なんだ?」ということにもなってしまうんだが、このインタビューを読むと、その辺が全然ヘンじゃないことがわかる。

つまり、タイトルにも出てくる「他界」というのがキーワードである。

この世の中というのは、何かのっぺらぼうで淡々としていて、誰かさんの言葉を使えば「終わりなき日常」が続く世界に過ぎず、何かつまんねーな、と思うことはオレなども再々あるわけだが、いやいや、どうやらこの世界、時と場合によっちゃワケのわかんない裂け目も発生するし、破綻もするよ、条理を超えた意味不明なもの、魑魅魍魎が跋扈する時だってあるんだし、みたいなことを稲生氏は考えているらしく、だからこそ、そういう「他界」に開かれている窓として幻想文学を読んだり書いたり、奇っ怪な映画が現実感覚を崩壊させる瞬間の快感を語ったり、奇現象としての円盤を語ったりしてきたのであろう。

まぁ抽象的なことを書いてしまったけれども、その辺の「他界」への希求といったものを、インタビュアー3氏は実に巧妙に語り手から引き出している。殊勲甲、である。

あと、常連寄稿者の論考も読ませる。

オレが「平成の戯作者」と勝手に命名している馬場秀和氏の「現代詩と円盤」は、円盤系のモチーフが出てくる現代詩を紹介している。さっきの「異界」の話じゃないが、詩的イマジネーションは、確かにそうした世界に我々を導いてくれるものかもしれない。詩的言語は因果律や物理法則とか一切超越してるしな。

ものぐさ太郎α氏は、UFO前史としての19世紀末の謎の飛行船騒動の総まとめを書いておられるが、ご専門だけに流石にお詳しい。「何空」は円盤現象の超歴史性ということを言っているわけで、その精神を踏まえて19世紀末の米国という時点にスポットを当てれば、こういうレポートができてくる、ということになる。

あと編集長のペンパル募集氏のジョン・キール論。先にも述べたが、『何空』はかなりの程度、キールの問題意識と重なり合うところから出てきた本なので、これは重要なポイントである。「この世界は決してあなたが思ってるような平板なものじゃないんだよ、ヘヘヘ」みたいな感じで、終生あやしげな奇現象の話を(あえていうが)書き飛ばしてきたライターの、その思想と立ち位置がよく見えてくる。

新田五郎氏の円盤マンガレビュー、原田実氏の「超常幻書目録」は、いずれもオレがよく知らない世界なのでいろいろ書けないけれども、それぞれにご専門のフィールドから円盤世界に切り込んでおって勉強になる。

まだまだコンテンツはあるんだが、感想はこの辺でいったん打ち切らせていただこう。ただ、一つ残念だったのは、「何空」の一つの源流であったUFO研究家、ジャック・ヴァレの仕事について、もうちょっと読みたかったナということである。改めて書いておくと、ヴァレは『マゴニアへのパスポート』(1969)などで妖精譚とUFO報告の類似性を指摘し、いわゆる「ニューウエーブ」の旗手と呼ばれた人物であって、稲生インタビューにも「影響を受けた人物」として出てくる。確かこのファンブックではヴァレ論も予定している、という話を聞いたんだが、いろいろと事情があったのかしらん。ま、今後Spファイルで掲載して頂ければ、と切に願っております。

というわけで、こういうものが同人誌で出てくるというのは、なかなか、日本も捨てたものではない。この中にも書かれているけれども、円盤文化自体は滅び行くプロセスにあるようで、やや寂しいような気もするのだが、そういう意味では同人諸兄には円盤現象の看取り役(?)としてさらなるご健闘をされることを期待したい(おわり)









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「UFO体験は臨死体験と同根ではないか」というテーゼで名高いケネス・リング『オメガ・プロジェクト』はずっと家に置いてあって、耄碌が進んできたこともあり、読んだんだか放置してたんだかよくわからなくなってたンだが、このほどちゃんと読んでみた。

以下思いっきりネタバレであるが、結局のところ、人間というのは脳の側頭葉部分が何かクリティカルな状況に陥った時に臨死体験をするのであって、一方で側頭葉が強烈な電磁効果に見舞われた際にはUFO体験をしてしまうのダ、とゆー議論である。

勿論こうした議論のバックグラウンドにはカナダの脳科学者マイケル・パーシンガーの研究があるので、そこんとこ何となく尤もらしい話にはなってはいる。

*ちなみにこのパーシンガーという人はこ
の手の話にしばしば登場してくる人物であるんだが、著書は邦訳されていないようで、そのへんは隔靴掻痒の感がある。あと、「地球上には時にそうした強力な電磁効果が発現する地球光 eatrh light 現象とゆーものが発生するのだ」とゆー主張をしているポール・デブルーという人の議論もパーシンガー説の傍証として引用されていて、確かこの人はヴァレの本にも出てきているのでオレも読みたいのだが、当然ながら(笑)邦訳がない。出版社の中の人は何とかしてほしい。


閑話休題。それはそれとして、この本、最後の方になって、けっこうトバしてしまう。

臨死体験にしろUFO体験にしろ、人間のそういう体験は何か新たなる人類の「進化」を先取りしたものではないのか、みたいなことを言い出すのである。当人は本の中でヤンワリ否定してたが、やっぱこれは所謂ニューエイジの「見果てぬ夢」とゆーやつではないのだろうか。

だいたい彼は「進化」とかゆー言葉を不用意に使ってるンだが、オレの理解している限りでは今の進化論というのは突然変異+自然淘汰みたいなリクツになっている筈で、リングがここで言っている進化は「何か或る方向に向かって生物が自発的に変わっていく」みたいな、つまり現在は完全に否定されているラマルク流の「進化」説であるように思われる。そういうのをいきなり持ち出すから、ナルホド科学者の議論だよなーと思って好意的に読んでいたオレ(笑)もヒザカックン状態になってしまうのである。

ま、淘汰圧だか何だか知らんが、人間の変革を強いる力がソコで働いているというんであれば、ここは「進化」なんていう物言いはしないで、ヴァレ流の「コントロール・システム」だとか、あるいはユング流の元型(アーキタイプ)仮説でお茶を濁しておけばヨイのである(実際に本書ではその辺への言及もあるんだよネ)。

というワケで画竜点睛を欠いた感もあるけれども、パーシンガー理論を拡大援用したこういう議論はなかなか知的刺激に満ちている。その後、このフィールドがどうなってんのかは不勉強なのでよくわからんけど。とりあえずそういうことで。


p.s.
しかし、今アマゾンでみたら値段が4979円もついていたぞ。どーなっとんじゃ











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すっかり向学心というものが衰えてしまったオレではあるが、たまに勉強になりそうな本を買ってくる。で、結果的には、だいたい積ん読になる(笑)。

ではあるんだが、またその手の本を買ってきてしまった。

記憶のしくみ 上 (ブルーバックス)
エリック.R・カンデル
講談社
2013-11-21

記憶のしくみ 下 (ブルーバックス)
エリック.R・カンデル
講談社
2013-12-20


カンデルはノーベル賞をとった偉い先生でもあるが、こういう一般向けの本も書いているのは嬉しいことである。新書2冊で3300円超というのはいささか高いような気がするけれども、ユーフォロジー的にも記憶というのは大事な問題だったりするし、ちゃんと勉強しないとネ。

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夜の経済学

夜の経済学

  • 作者: 飯田 泰之
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2013/09/26
  • メディア: 単行本


飯田泰之・荻上チキ『夜の経済学』読了。各章それぞれに違った問題を取り上げているんだが、そういうこともあっていろいろな読み方のできる本である。

まず導入は「日本にフーゾク嬢は何人いるか?」「フーゾク産業の市場規模は?」みたいなハナシ。なんつーか下世話ではあるが実に興味深いデータを各種調査・統計やらフェルミ推定とやらを駆使して割り出してみました、みたいなパートで、ちなみに日本全国でフーゾク嬢は30万人ぐらいいるらしいぞ。

ま、そういうハナシを楽しんでいるだけでもいいんだが、これも実はつかみであって、そういうネタを通して数字・統計によってたつ経済学的思考(より広くいえばデータにもとづいた思考法ということにもなるのだが)の基礎を学ぶ本、ということもいえるのだった。じっさい下半身ネタばっかりじゃなくて、荻上チキ氏のパートでは流言・デマの社会心理学みたいなハナシもでてくるし。

そこでチト思ったのだが、この本、そういやこないだ読んだ 堀井憲一郎『ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎』という本とも、どっか通底しているものがあるぞ。こっちは確か「週刊文春」の連載をまとめたものである。堀井氏はべつにアカデミズムの人ではなくて、統計学を知ってるともおもえんが、「郵便ポストの集配は時間通りにちゃんとくるか」みたいな、どーでもよい調査を延々とまとめたものであって、これもやはりそれなりに「データ主義」の本。やっぱり説得力があった。


ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎

ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎

  • 作者: 堀井 憲一郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2013/08/06
  • メディア: 単行本


とかく日本人は「今より昭和30年代のほうが良かった」「犯罪の凶悪化が進んでいる」とか、自分の思い入れにもとづく印象論でいろいろ世の中を語ってしまうところがある。ハッキリいうとオレも統計学の概念はイマイチわかってないけれども、そういうワケでこの『夜の経済学』みたいな、間口が広くて啓蒙的な本というのはもっともっと読まれていいと思ったなあ。



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しばらく行方不明だった(笑)大田俊寛著『現代オカルトの根源』が出てきたので読んでみた。いぜん、オウム真理教を準備した思想」とは何であったかを思想史的なポジションから書いた方で、個人的にはとても注目している人である。

で、著者の主張を、以下、俺流に要約してみるか。例によって正確かどうかは保証しない。


現代のオカルトを俯瞰してみると、そこにはブラヴァツキーの神智学に由来する一大潮流がある。どういうことかっつーと、19世紀の進化論以降、人々は昔ながらのキリスト教なんぞ素直に信じられなくなってしまったワケで、そういう間隙をついてある種の人々の欠落感を埋めたのが神智学であった。

つまり、人間というのは実はそれぞれに固有の「霊性」というものをもっており、しかもそれは年月を重ねていく中で「進化」する可能性を秘めている、そういう存在デアル。いってみれば、近代的合理主義が広まる中で、人々は旧来の宗教が語り継いできたようなものをそのまま信ずることができなくなっちまったので、そこに近代的な進化の概念をつぎあわせることによって、新たな信仰の体系を築いたのがブラヴァツキーであった。

で、さらにひとつ言っておくと、こうやって人間の「霊性」は進化する可能性を秘めてるんだが、一方で獣的な方向に退化することもある。進化方向と退化方向の双方向に未来はひらかれており、進化を促すのが神智学の教えであるならば、一方で人間を獣性にひきずりこむ悪の勢力もある。そういう善悪二元論もまた、連中の思想の基本にあるらしい。

というわけで、「霊性の進化と退化」+「善と悪の闘争」みたいなものとして人類史を読み解く思想が誕生したんだが、それがのちのオカルト業界に多大なる影響を及ぼしていく。シュタイナー、エドガー・ケイシー、アダムスキー(笑)、オウム真理教、幸福の科学、みな然り。結論としてはこういう系統の思想はちょっと危ないので注意しましょう、ということであるようだ。



で、ここからが感想。

前世紀末以降のさまざまなオカルトムーブメントを、ブラヴァツキーの継嗣としてくくってしまうというのは、とても面白い見方であると思う。

もっとも、ちょっと強引かなぁと思った点もあった。

本の中にデーヴィッド・アイクという英国のニューエージの人が出てきて、やっぱりこういう系譜の人として紹介されている。この人は「人類というのは、超古代から爬虫類的な姿をしたレプティリアン型宇宙人(!)に遺伝子操作とかなんとかいろいろされて、操られてきたのだッ」と言っているらしい。そこだけ読むと、「なんだリアル宇宙人の介入ジャン」という話で、霊的進化もクソも関係ないような気がするンだが、一方で、「人間の霊的なポテンシャルは実はレプティリアンたちを凌駕している」みたいなストーリーもあるらしく、そういう意味ではどっか善悪二元論的な霊的抗争の枠組みにおさまるのかもしらん、よくわからんが。

ま、それはそれとして、何で強引に感じたかというと、著者自身も本の中で触れているが、この宇宙考古学的な「悪しき宇宙人の介入」というアイデアは南山宏氏なども一時盛んに訳していたゼカリア・シッチンあたりからパクったものらしく、いや、そういう話はそもそもUFOシーンでは既に十二分に語り尽くされたモチーフなので、まぁ何か「霊的側面」みたいなものを貼りつけたところは新しいのかもしれんが、やはりこのアイクという人物は二番煎じの人ではないか、という気がしてくる。ブラヴァツキー/リードビーター/シュタイナー/エドガー・ケイシー/アダムスキー(笑)とかいう綺羅星の如く並ぶメンバーの中にあっては、「何この小物」「埋め草かナ」「場違いじゃネ」的な感想を抱いてしまったのだった。

あと、「進化」みたいなキーワードを霊的世界観にくっつけるというのが近現代のオカルトの或る典型であったとして、いわばそういう竹に木をつぐような無茶な試みがこんなにもうまくいったというのは何なのかという思いもある。たしかに「進化」という近代の意匠をまとうことが有効だったという説明はあるんだが、数十年前から「もはやモダニズムは終わった」みたいにいわれている時代でもあるし、それだけじゃうまくいかんのではないか。

ただ、筆者はもともとグノーシス派を専門とする宗教学者ということで、いわばアカデミズムの人である。そんな人がこういうアヤシイ世界をマジ考察の対象にしたことはとても素晴らしいと思う。

本の中には、例の2012年の「マヤ終末予言」で名を売ったというホゼ・アグエイアスという人も紹介されていて(この人も一連のラインナップの中では「埋め草要員」のような気がするけれども)、何というか、そういうところまで目を配っているのである。「ほんとにおスキなんですねェ」といって著者の肩をたたいて励ましてあげたい、そういう気分である。


現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇 (ちくま新書)

現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇 (ちくま新書)

  • 作者: 大田 俊寛
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/07/10
  • メディア: 新書



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今はこの文庫版は絶版になっているようで、増補新装版というのが出ている。しかし、いま振り返ると、どーしよーもない(と自分が思う)ヤツを思いっきり粛正してやりてーという思いは、ある意味、00年代に登場した「デスノート」を先取りしていたのかもしれぬなあ。まぁギャグなので、そっから先、「でもマジそういうのアリ?」みたいな問いかけは全くない(笑)。なおこの作者が高名なエロ小説家だというのもよく知られた話。

ケンペーくん (幻冬舎アウトロー文庫)

ケンペーくん (幻冬舎アウトロー文庫)

  • 作者: ならや たかし
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 1999/12
  • メディア: 文庫

 現代に甦った憲兵が、軟弱な若者、暴走族などを殺戮してまわるというギャグ漫画です。最初は自費出版された作品だそうで、話には聞いていたんですが、このほど文庫本になってようやく入手することができました。

 オジサンとしても、電車の中でしゃがみこんでいるような性根が腐った?ワカモノには「なんだかなー」と思うこと、しばしばあります。だから、ギャグと思えば、けっこうカタルシスがあって痛快…なんですが、なにか作者の方はマジで「大日本帝国万歳」系の人のようなんですね。ちょっとシャレになんないよ、という気もするんですが。

 まあ、でもオススメ。(99/12/25記)

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まさにここに書いた通りで、オレの平田篤胤イメージを根本的に変えてくれた本。篤胤のことなどほとんど知らんオレだが、勝手なことを言わせていただけるなら、この本でみるかぎりでは現代のUFO研究家とかフォーティアンと、まぁそんなに違わねーんじゃねーか、みたいな。

仙境異聞・勝五郎再生記聞 (岩波文庫)

仙境異聞・勝五郎再生記聞 (岩波文庫)

  • 作者: 平田 篤胤
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2000/01/14
  • メディア: 文庫

 国学者・平田篤胤といえば江戸末期の国学者。復古神道の大立者で、「偉大なる神国日本」のイデオローグですね。単なる頑固ジジイ、みたいなイメージあったんですが、この本で見方変わりました。

 彼がある日、妙な子供の噂を聞くわけです。この小僧、「天狗」に導かれて「仙界」に赴き、修行を重ねてきた、という。そこでは仏教イコール邪教。敬神の念篤き「山人」(仙人みたいなもんですか)が日々修行を積む世界がある--。

 本書はその子供、寅吉への、いわばインタビューの記録。根掘り葉掘り仙界の話を聞く篤胤たちの、その嬉しそうな事ったらない。冷静に考えると、篤胤さん、妄想癖のある子供のホラ話に(よろこんで?)引っ掛けられているような気もするけど、でもいいんですよ、何かほほえましくて、ホノボノして。こうやって共同幻想っつーものが生まれるんだなあとつくづく思います。(2000/2/7記)
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これも良い本だったなー。これも不確かなんだが、山村にも商品経済が入り込んでいった時代、そのトレンドをつかんで裕福になっていった家にたいして「ほら、あそこの家はオサキ使ってるから」的解釈が施された、みたいな記述があったやに記憶している(例によって現物行方不明のため確認不能w)。なるほど負け惜しみっつーか、なんか釈然としない事態をどーにかして合理化したいとゆー我々愚者のおもいが、こういう民俗の根っこにあったりするのかもなーと思ったことであった

日本の憑きもの―社会人類学的考察 (中公新書)

日本の憑きもの―社会人類学的考察 (中公新書)

  • 作者: 吉田 禎吾
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1999/10
  • メディア: 新書

 初版は1972年。昨年、中公新書創刊1500点記念で復刻されたものです。十数年前に手にして「名著だなあ」と感じ入った本ですが、いつのまにかなくしてしまって残念に思っていましたから、再び入手して感無量でした。

 どんな本かというと、かつて日本にはオサキやイズナ(見た目はイタチみたいなもののようです)といった霊的動物(?)を操って、人を病気に陥れたりする家筋があったっていうんですね。これは人類学者による、そのフィールドワーク。学術色の濃い本ながら、つい最近まで(というと大げさですが)、この種の奇譚が事実として語られていたんだなーと思うと日本民俗の奥深さみたいなものを感じてしまうのです。(2000/2/10記)


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