住んでいるマンションで「NURO光」が導入できるようになったというので申し込んできた。

現在は「光 with フレッツ東日本マンション」というのを使っているが、これはVSDL方式でだいたい下り60-70Mbpsぐらいである。別にそれで困ってるワケではないのだが、NURO光だとこれが三桁はいくだろうし、何より今よりランニングコストが安くなる。

光配線の経路が確保できないときはキャンセルになるとかいう話だが、まぁ切り替えてみてもよかろうという判断である。どうなるか。

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 大泉洋を起用したNURO光のCMも始まったのでSONYも攻勢に出ているのかもしれない


■追記2021/10/23

契約してからまもなく一週間。「契約内容通知書」というハガキはすぐに届いたが、宅内工事についての連絡はまだない。NURO光にネット経由でダイレクトで申し込むとすぐに工事日が決まるようなのだが、今回は代理店経由で契約した。代理店経由だと、やっぱりタイムラグみたいなものが生じるのであろうか?

なんで代理店経由の契約になったのかというと、このNURO導入にはマンションの管理組合が一枚かんでいて、管理組合から「代理店の説明会が開かれます」という告知が来たのでその説明会で契約するという流れになったのだった。工事のトラブルとかあったバアイ、管理組合―代理店みたいなルートがあったほうが安心かもしらんと思ったのだが、果たしてどうだったのだらうか? 

ネットで調べると「NURO光と直接契約するとキャッシュバック4.5万」みたいな話も出てくるのだが、今回の代理店経由で提示されたキャッシュバックの額はこれよりかなり少額だった。これで工事までスローモーということになると、うーむ、あんまりメリット無かったンかナ・・・・・・


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ESCAPE R3も購入して2年以上たった。
なんだか変速機がガクガクっとしてうまくハマらない時もあるし、整備をちゃんとしなければと思っているのだが、それはそれとして、一方で後輪タイヤの空気漏れが酷くなってきたやうな気もする。よくよくみればヒビ割れなども目立っている。

ということで、このあたりでタイヤを新調することにし、ヨドバシカメラに注文した。

未設定

パンクに強いというパナレーサーのツーキニストで型番は「8W728-TKN-B4 700×28C」である。併せてリムテープ(シマノ)とチューブ(パナレーサー)も注文した。念のため規定の空気圧をメモっておく。あすあたり取り替えようかな。

735kPa
7.4bar
105PSI
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ロルフ・ヴィルヘルム・ブレードニヒ編『ジャンボジェットのネズミ』(白水社、1993年)という本を読んだ。
今回はその感想文を書いてみたいのだが、これは要するにドイツの民俗学者が当地の「都市伝説」をまとめた本である。

もっともこの本では基本的に「都市伝説」ではなく「現代伝説」という用語がもっぱら用いられている。そこには著者なりの何らかの理屈があるようなのだが、まぁそれはオレには関係のないことなので話を先に進めると、この本の原著が刊行されたのは1990年である。ちょうどベルリンの壁の崩壊直後ということもあるのだろう、旧西独に入ってくる旧東独の連中がドロボーしたりズルをしたりする話がかなり収録されていて、一般大衆の間には「チッ、統一なんかすると貧乏な東独の連中ドンドン入ってきて厄介ごとが増えるじゃねーかクソ」という身も蓋もない不快感が満ち満ちていたことがよ~くわかる(笑)。

まぁそんな具合で、現代ドイツ(といってももう30年前だが)の人々が何を恐れ、何を案じていたのか――みたいなことがジワジワッと伝わってきてなかなかに面白い本であった。と同時に、実はオレとしては本文だけでなく、この本の末尾に訳者の池田香代子氏が書いていた「あとがき」がとても面白かった。何でかいうと、この彼女の文章を読んでたら、最近の「陰謀論」の隆盛は実はこうした「現代伝説」を生み出す心理と地続きになっているんではないか、みたいな気がしてきたからだ。

なので、この「あとがき」に沿ってその辺りを説明していきたいのだが、彼女はまず、そもそもこうした「現代伝説」だとか「うわさ」といったウソくさいものが、これだけマスメディアの発達した時代になんで流布したりするんだろうか――といった問いを立てる。そこで示される考察は以下のようなものだ。



 わたしたち受け手は、情報の飽和状態にある。すると、マスメディア情報の価値が低下するらしい。誰でも知っていることは軽んじられるのだ。その延長線上に、稀少情報の価値の高騰ということが起こる。そして、稀少情報はマスメディアに乗らないのだから、マスメディアに乗らない情報こそ価値がある、というおかしな逆説が成立することになる。そうした情報の多くは、マスメディアに乗せる価値がないと判断されたものなのかもしれないのに、だ。

 この奇妙な現象の底に流れているのは、マスメディアへのそこはかという不信感だろう。本当に価値ある情報は誰かが握って流れないようにして、そこから独占的にうまい汁を吸っている、という不信の念が、わたしたちが生きている今とここをうっすらとおおっているらしいのだ。


そして



 マスメディアによるたてまえのことばやしゃれたことばに封じられたかに思えたわたしたちの肉声が、現代伝説やうわさという形をとって、ふらふらとさまよい出る。それとても、しょせんは人から聞いた話の口移しにすぎないが、しかしテレビのことばの受け売りとは決定的に違うなにかが、そこにはある。なにかとは、ひとことでいってしまえば、わたしたちの本音ということだろう。現代伝説やうわさは、圧倒的なマスメディア状況でわたしたちが自前のことばを取り戻すための装置のひとつであるらしい。


この文章は当然インターネットが一般化する以前に書かれたものであるが、「情報を一方的に押しつけてくるマスメディアへの懐疑」みたいなものは当時からあったということだろう。ただし、当時の大衆には反論・反発する手段はない。

メディアで語られていることは本当なのか。怪しい。本当の世界は違うのではないか。そのように考えた大衆が、「蟷螂の斧」かもしれないけれどもとりあえず一矢報いる手段として用いたのが「現代伝説」。釈然としない思いをはらすべく、人々はウワサみたいなものを語り出すのである。そして、池田氏はそんな「作法」に理解を示す。




 大きなことばで語りえないことに、わたしたちの生身のことばをあたえるのが現代伝説であるならば、その守備範囲はそのままわたしたちの「世間」と重なるだろう。その世間には、今、さまざまなブラックボックスが増え続けている。

 たとえば、企業というシステムを考えてみよう。企業は顧客の側にはにこやかなセールスマン顔しかみせないけれど、その笑顔の影ではなにをしているか知れたものではない。利潤の追究こそが企業の存在理由なのだから、という「邪推」は、企業がわたしたちにとってはブラックボックスであることを証している。だから現代伝説のなかでは、安くておいしいハンバーガーは食用ミミズ製ということになってしまう。

(中略)

 なにかと素材を求めては、飽くことなくこうした物語をつむぐわたしたちという奇怪な存在をみつめるとき、そこにみえてくるのは、ブラックボックスに囲まれていることには耐えられない、とつぶやいている、しごく健康な感性だ。悪趣味な物語の衝撃力を借りて、ブラックボックスをドンドンたたいているわたしたち、荒唐無稽であれなんであれ、説明を加えることによって不安を少しでも和らげ、ブラックボックスとなんとか共存しようとする、けなげなわたしたちだ。



現代伝説をつむがざるを得ない人々への共感に満ちた言葉である。

だがしかし。「自らを疎外する社会に一矢報いてやりたい」という姿勢も、現実社会に対して無力である限りは鷹揚に受け止めることができる。しかし、根拠薄弱な伝説が実際に多くの人を動かすパワーを持ってしまったらどうなるか。そう、それこそが近年の陰謀論であり、言いかえてみれば、陰謀論というのはかつての現代伝説の「正統なる末裔」ではないのか。

いうまでもなく、1990年の時点では、「現代伝説」を意図的に広めていくようなことは困難だった。しかし今はインターネットがある。いかに怪しげな言説であれ、広くメッセージを発してくことは誰にでも可能だ。

「何だか釈然としない」ことがあったら自ら声を上げ、場合によっては一つの政治勢力を形成することすらできる。アメリカあたりを考えても、「何だか多国籍企業のエスタブリッシュメントたちがガンガンカネ儲けしてるというのにオレたちの暮らしは酷くなるばかりだ一体どうなってんだ」という貧乏人たちが必死で納得できるロジックを求めたところに、ポイと差し出されたのが陰謀論。そして、多くの人たちは「なるほどそうか」ということで納得してしまった。

というわけでいまオレはしみじみと思うのだが、かつて池田氏が「けなげ」と評した大衆の思いは、「現代伝説」の世界から飛び出すことによって、いまやQアノンみたいな化け物になってしまったのではないか。オレにも「現代伝説を語るわたしたち」を大事にしたい気持ちはある。しかし、そこには思わぬ陥穽もある。この本が刊行されてから約30年。世界はそれなりに――そしておそらくはあまり嬉しくない方向へと変わってきたのである。


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さて、今回の東京五輪である。

そりゃ日本勢の活躍で我々国民もそれなりに盛り上がった大会といえなくもないが、無観客での開催というすこぶる異様な競技大会であったことは確かだし、コロナ対策そっちのけで開催をゴリ押しした政府の狂態、そして開会式・閉会式のあんなこんなのグダグダぶりなどを見せられた日にゃ、なんだか「あぁ日本はこんなにも劣化してしまったのだなあ」みたいな感慨を抱かざるを得なかった。

で、今回はそれに関連してひとつ痛感したことがあったので、そのことを指摘しておきたい。日本のスポーツ実況の劣化という話である。

これはご記憶の方も多いかもしれないが、とりわけ8月2日に行われた野球の日本対米国戦のテレビ実況は酷かった。これはTBSの初田啓介なるアナウンサーが担当した試合であったが、平凡な外野フライを「伸びた、入った、ホームラン!」などと叫んで解説の宮本慎也にたしなめられるなど、随所で大ボケをかましてくれた。ヒットと凡打の区別すらつかず、バッターの当日の打撃成績も頭に入っていなければ次の試合日程もチェックしていない。全国の野球ファンもさすがにあきれかえったらしく、この初田アナ、ツイッターでもボロクソに叩かれまくっていた。

そもそもTBSというのは、かつては「スポーツのTBS」と言われたぐらいで、スポーツ実況では民放屈指の実力を誇っていたものである。それがいつのまにかこのザマである。これはどこまで一般化できるかは分からないが、最近のアナウンサーというのは技量を磨く地道な努力・精進というものを怠っているのではないかと思った。

実際、今大会の実況に関してはもう一つ、この「初田事件」に劣らずかなり気になる出来事があった。

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    西矢椛選手



何の話かというと、今大会、スケボーの女子ストリートでは13歳の西矢椛選手が金メダルを取ったのだが、その実況でフジテレビの倉田大誠アナウンサーが

「13歳、真夏の大冒険!」

と絶叫して話題になったのだという。オレはこれを見ていなかったのだけれども、どうやらSNSなどではこれが「名実況」などと評判になったンだそうだ。

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               倉田大誠アナ

が、オレに言わせればこれは名実況でもなんでもない。

だいたい今回五輪競技になったスケボーというのは、いろいろな報道を見聞きした限りでは従来の競技とはだいぶん色合いが違うスポーツのようだ。各選手には「国家を背負っている」というような悲愴なところはない。お互いにとても仲が良くて、競技をしていても友だち同士でワイワイ遊んでいるような雰囲気がある。まぁもともとストリートスポーツということもあるのだろう、「いまの技すごい~」「いいねッ!」みたいな会話を交わしながら技量を競い合う。そんなフレンドリーな世界であるようなのだ。

ということでいうと、今回金をとった西矢選手にしてみれば、いくら「五輪の晴れ舞台」などといっても、自分にとってみれば日ごろ仲間たちと楽しくやっている競技の延長線上。気負いも何もなく無心にやったら金だった。そんな話ではなかったのか。

そこで「13歳、真夏の大冒険!」である。確かに彼女は「13歳」である。「真夏」だったというのもウソではない。しかしおそらくそれは「大冒険」なんかじゃなかった。勝手知ったる仲間たちと競い合ったその一日は、彼女にとって当たり前の「日常」ではなかったのか?

「13歳が金メダル」だというので何とか実況をドラマチックに盛り上げたい。倉田アナはそんな風に考えたのだろう。13歳がすごいことをやってのけた、これは大冒険だ――こう言いたくなった気持ちはわかる。わかるけれども、それは「実況」ではあるまい。目の前に展開されている世界から目をそむけて、自分で作り出した言葉に酔っている。あるいは「仮に彼女が金を取ったらば・・・」ということで、事前にこしらえておいたセリフだった可能性すらある。いずれにせよスポーツ実況としては邪道だろう。そして、こんなものを褒めてる連中の目も「節穴」である。

本当のプロの仕事を軽んじる。みかけを取り繕うことにばかり精を出す。そして世間も「それでいい」と思っている。これではいかんだろう。衰えゆく日本の姿はこんなところにも顔を出しているんではないか。そう、これも確かに此度の東京五輪の一断面であった。











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さて、UFO研究家のジャック・ヴァレが今年刊行した『Trinity』という本が話題を呼んでいる。いや、別にそんなに話題を呼んでるワケではなく、単にオレが関心をもっているだけの話なのだが、まぁそれぐらいは話を盛ってもいいだろう。




これはポーラ・ハリスというイタリアの女性研究者とヴァレの共著なのだが、要するに「1945年8月、米国の原爆実験地として有名なトリニティの近くでエンバンの――というかホントはアボガド型なのだが――墜落事件があり、これを当時9歳と7歳の少年が目撃。そこにはカマキリみたいな生物もおりました。機体や生物は米軍に最終的に回収されてしまったようだが、少年たちはスキをみて機体から何か部品みたいなものを持ち帰りました」という話があり、これについていろいろ書いた本である。

まだ全然読めてないのでアレだが、これって最初はイギリスの研究家、ティモシー・グッドが発掘して自分の本にチラッと書いた事件らしい。しかしあんまり筋がよくないと思われていたのか、殆ど誰も相手にしてなかった。そこに現れたのがこのポーラ・ハリスさん。目撃者2人にインタビューするなどいろいろ頑張っていたところで、別ルートで調査を始めたヴァレと遭遇。一緒に本を出すことになったという流れのようだ。

で、今回なんでコレが注目されてるかというと、ジャック・ヴァレというのは「UFOが地球外の宇宙から来てるなんて考えたら大間違いだから。アレって妖精とかそういう昔からある奇現象の一つだから」ということを言いだして名前を売った一流ユーフォロジストなのだが、この本が出たということは、そういう人が今回「エンバンの墜落事件があった」みたいなことを言いだすに至った、ということに他ならない。

ご承知のようにエンバンの墜落というのは、これまで宇宙人の死体回収とセットで語られてきたストーリーだったワケで、そうすると「あれ、ジャック・ヴァレって宇宙人否定論者だったんじゃないの? 宇宙人説に鞍替えしたの? だったら大いなる変節じゃん!」ということになってしまうのである。長年の読者に対する裏切りではないか。そういう話である。


で、Amazonのレビューみても「なんだヴァレも耄碌したな」みたいなことが書いてあったりするンだが、しかし、オレとしてはいちおう自分でちゃんと読んでからヴァレが耄碌したのかどうか判断したいと考えた。もっとも、そうはいいつつ英語力の限界もあるし、全然手がつかない。なんかイライラが募るのであった。


なので今回は、この本の「結論」というところをパラパラっとめくってみたのだった。辞書を引かないとなんだか三分の一も分からんのだが、その最後のところで、その「宇宙人地球外起源説=ET仮説」に関連するようなことを若干言っていた。そこを読むと、うーむ、ちょっとハッキリしないが、なんかやっぱりET仮説をディスってるみたいな雰囲気がないではない。とりあえずの備忘として、今回はそのあたりを訳出して以下に貼っておく。(原著293p)



我々はサン・アントニオ近郊で起きた事件の重要性を十分に明らかにしたなどというつもりはない。

 その物体は地球外から来た乗り物だったのか? そうだとすると、進んだ技術であれば当然備わっていたハズの生命維持装置や航行装置といったものが何故か欠けている。

 他国から送り込まれたデコイ、ないしは警告だったのか? そうだとすると、なぜその乗員は既知の地球上の生物と大きく異なっていたのか。

 そして、映し出されたビジョンはどうだろうか?(訳注:目撃者がテレパシーで搭乗者とコミュニケートしたことを指すのかな) 材料の奇妙な特性についてはどうか?(訳注:全部読んでないのでよくわからないが、目撃者が乗り物から持ち帰ったという金属の物体のことを言っているのかもしれない)

 私たちに言えることは、ただこういうことだ――この出来事というのは、測定可能なハッキリとした痕跡があった上に信頼出来る目撃者もおり、シッカリと調査されたけれども、責任ある政府・科学者たちによる調査が尽くされた後もなお未解明のままになってしまった数多くの事例――ソコロやヴァレンソール事件などだ――の中の一つに数えることができるだろう。

 アカデミズムの科学者たちからはあからさまに無視されているが、こうした事件においては、我々の集合心理の中にサブリミナル的に注入されたイメージというものがふんだんに見て取れる。そしてそのイメージというのは、一流の知識人たちから無視されることによってなおさら強化される。

 そのイメージは今も我々の内側で働いており、世界中のメディアを通じて宇宙の真実といったものをそっと指し示し、人間の意識にインパクトを与え続けている。我々がそれを無視するのは危険なことである。

 これらの事件には否定しようにも否定できない謎がある。その故に、トリニティのUFO墜落事件のストーリーというのは、本のページを繰って早々に閉じてしまうようなことが許されず、我々がずっと読み続けていかねばならない人類史のドキュメントであり続けるのだ。



うーん、最後のところは禅問答風ですね。まぁヴァレも物理的実体としてのUFOというのはもともと認めているので、ブツとしての墜落エンバンは認めつつ、「でもそれって宇宙から来たんではない」と言っているのだろうか? その場合は「じゃあどこから来たのよ?」ということになるので、これはなかなか厄介な議論になりそうだが、そこを何とかうまいこと逃げ切ればヴァレの「名誉」はかろうじて守られることになろう(自称UFO問題評論家ならではの偉そうなモノ言いw)。

とまれ、ちゃんと読んでみないと二番底、三番底ということもある。いつになるかはわかりませんが、読了してからまた感想文でもかければ。


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ちなみにこれが少年たちが持ち帰った金属製の「ブランケット」。
寸法がメートル準拠になってるらしく、米軍ではインチ制なのでつまり「米軍のものではない」みたいなことをヴァレは言っている



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木というのは必ずしもUFOから身を隠すのに安全な場所ではない――絶体絶命の際、隣人が必ずしも頼りにはなってくれないように。ある種の人たちにとってみれば、テレビのソープオペラというのは、家の外をうろついているUFOなどよりもっと重要なものかもしれないのだ。
1991年9月の或る日の午後6時頃、自転車で家に向かっていたジェリナルドに対して、UFOが抱いた関心はよこしまなものだった。彼は当時18歳で、両親と兄弟2人とともに、リオ・グランデ・ド・ノルテ州アカリの南東4マイルに位置する農場で暮らしていた。

一日中おじの農場で働いた彼は、広大なインガ農園を貫いている荒れた小径を、ウォークマンで最新ヒット曲を聴きながら走っていた。沈んでいく太陽を背にした彼は、農園の母屋や納屋から約200ヤードの辺りに通りがかった。

「暗くなりかかった頃でしたが、大きなボール状の光が山の方からこっちに向かってくるのが見えたのです」。ジェリナルドはその一年後、我々にそう語った。「それは色とりどりで、青、赤、緑といった色をしていました。それは僕の方に降りてきたのですが、すると突然、僕のウォークマンの音が聞こえなくなった。僕は驚きのあまり、自転車を放り出して木の下に走り込みました。それで、かがみこんで両腕を木の幹にまわしました」

「その光体は近づいてきて、木の真上で静止しました。ええ、ちょうど木の上でした。僕はその下に長い間いました。時々上を見上げてそれを見ようとはしたけれど、そうするにはあまりに怖かった。とても寒かったのですが、同時に上からは凄い熱も感じた。あまりにも熱いので、木が燃えてしまうのではないかと思いました」

 ■木が倒される

ジェリナルドは木の幹に20分ほど抱きついていた。だが、熱があまりにも強くなってきたので、それ以上そこにとどまっているのは危険だと彼は思った。彼の左側2、3フィートの辺りには有刺鉄線のフェンスがあった。そこで彼は鉄線の下に飛び込み、それから必死で25フィートほど這って囲いの内側に入ろうとした――そして何とか間に合った。

「ちょうど僕がフェンスの下に飛び込んだ時、大きな破裂音が聞こえました」とジェリナルドは語った。「さらに少し進んだところで、二度目の破裂音がしました。そこで木が塀の上に倒れ込み、横倒しになるのを見たのです」

ジェリナルドは、次に何が起こるのか恐怖を感じつつ地上で腰をかがめた。その木のてっぺんは破裂した状態で倒れ込み、彼が先ほどその下をくぐったフェンスを粉々にしていた。見るからに恐ろしげな、青く光る球体は焦げてくすぶっている切り株の上になお浮かんでおり、辺りのものすべてを照らしていた。

「僕は本当に怖くなって、震えてその場に座り込んでいました」。そうジェリナルドは話した。「僕はまだその光の中にいたんです。その物体は僕を追いかけているのだと思いました。ところがその時、その光は消えて、それからもう一度点いたかと思うと西の方に去って行きました。光が消えた時、僕が感じていた寒さも消え去ってしまいました」

彼の話は、単なるティーンエージャーの空想だとして退けることができるかもしれないが、彼の他にも、その遭遇体験にまつわる不思議なものを目にした人もいた。それは200ヤードほど離れた大きな農家にいた56歳のセバスチアーニ・サリスで、そこは彼の一家が所有している農場であった。彼女はジェリナルドの身に起きたことのほとんどを目撃していたのだった。

我々は、ジェリナルドと話をした後、その隣人の家に行ってみた。セバスチアーニが言うには、そのUFO事件が発生した時、彼女はノヴェラ――つまりテレビでメロドラマを観ていた。

「ノヴェラを観ていた時、犬がやたらと吠えるのが聞こえたのです」。そう彼女は言った。「犬のことを放っておくなくて、何に吠えているのか、窓のところに見に行ったのです。シャッターを開けると、木の上に『火』が見えました。それは青色がかった光る球体で、直径は6070センチほどでした。放電する強烈な青いスパークのようなものを出していました。辺り一面が明るくなっていました」

「そこで私はドアのところに行って、様子を見ました。その球体はとても低いところにいて、木に触れるような高さでした。そして、その木の下には男性がうずくまっていました。最初は彼が木の下にいるのがわかりませんでした。というのも、その光のせいでよく見えなかったのです」

次に起きたことを理解するには、説明が必要だろう。ブラジルでは、テレビのメロドラマは晩の早い時間帯に放送されており、毎晩それを全国の人口の四分の一にあたる約4000万人が観ている。ノヴェラはあまりに人気があるため、1992年にメロドラマのスターが殺されて彼女の共演者が逮捕された時など、そのニュースは政治腐敗のスキャンダルで大統領が辞任した話をすっかり霞ませてしまったほどだった。

 ■メロドラマに戻る

セバスチアーニはこうした熱心な4000万人視聴者の一人である。木のてっぺんに青く燃える球体があり、その木の下には若い男性がいるという風景が如何に奇妙であったとしても、彼女は自らをその番組から引き離そうなどとは思わなかった。

「私が観ていたノヴェラは捨て難かったので、ドアと窓を閉めて、テレビを観に家に戻ったのです」。自分がジェリナルドを見殺しにしたことを認めた彼女は、笑いながらも決まりが悪そうにそう言った。

「そのあとしばらくしたら彼はドアのところに来て、たたき始めました。彼はとても狼狽した様子で、『何が起こったのか見て! 空飛ぶ円盤が木の上にいる!』と言いました。彼は、それが近づいて来た時、ひどい寒気がしたとも言いました。彼は帽子をなくしてしまったようで、自転車を道の真ん中に放り出していました。それから彼は、私に自転車を取ってきてほしいと言いました。でも私は、まだあそこに光るものがいるのでそんなことできないわ、と言いました」

その意味するところは、その時点でUFOはまだ遠方の空中にいた、ということである。「二人とも怖がっていたのです」と彼女は続けた。「私は『農場の支配人に電話をして、彼に頼みましょうよ。だって私には取ってくるなんてことはできないから』。支配人には私が電話をして、その自転車は彼が取ってきてくれました。

彼女は木が倒れる瞬間を見てはいなかったが、それが倒れたことは知っていた。

「木が裂けて砕ける音は聞きました」。セバスチアーニはそう言った。「その木は青々と茂っていたのですが、翌朝見に行ってみると、とても奇妙なことになっていました。というのは、その木の周りには焼け焦げた繊維が残っていて、葉っぱは全部焼けていました。まるで巨大な爪で引っかかれたみたいでした」

ジェリナルドはそれからやっと1マイルも離れていない自分の家に着いたのだが、それがその事件が始まってから2時間後のことだった。「息子は半狂乱でした」と、母親のマルタは我々に語った。「まともに話せないほどだったのです」

この事件を最初に調査したサリス・パガニーニは、当時アカリでUFOグループを主宰していた高校生で、シンシア・ルーチェと私をその農場に案内してくれたのも彼だった。同様に我々を手助けしてくれたのはロナウド・ファリエス――彼はカンピナ・グランデで活動する十数人の研究家の一人で、それ以前にパライバで起きた事件について寛大にも我々に情報を与えてくれた人物である――そして彼の妻・ジャケリンで、いずれもアカリの住民であった。

ジェリナルドはその事件後、頭痛、吐き気といった後遺症に悩むことはなかった。が、彼の母親のマルタは、それ以降、彼はある種の心理的な問題を抱え込むことになったと信じている。「息子は何だかボーッとしていることが多くなったのです。それに臆病になってしまった」。そう彼女は話した。

ジェリナルドはその遭遇体験のあった翌日、再び仕事に出かけた。いつも通りウォークマンを聴きながらであったが、それは完全に元通りに動くようになっていた。彼はが日中、焼け焦げた木を目にしたのは、その時が初めてだった。

我々もその木をじっくりと見てみたのだが、引きちぎられて炭状になってねじ曲がった上半分はその時も幹の近くに転がっていて、壊れたフェンスの上を引きずられた形跡があった。地面にあった2本の大きな枝は横側に大きな裂け目が走り、広い口を開けたようになっていたが、それはおそらくはUFOが発した強烈な熱によって樹液が煮えたぎったせいだと思われた。焦げてはいるが、なお直立している幹の部分からは新たにひこばえが出始めていた。、いつの日にかまたちゃんとした木に育つのだろう。そんなことを思わせた。

 ■嵐も送電線もなく

ジェリナルドの身にこの事件が起きた夜、空は晴れあがっていた。雲は全くなかったから、稲妻があった可能性は全くない。木の近くには電線もなく、木を燃えた原因が電気だった可能性――つまり電線同士が接触して火を出すとか、あるいは変圧器が爆発したというような可能性もなかった。

UFOとの遭遇事件で木やその他の植物が燃えるというのは珍しいこととは言えないが、それほど頻繁に起きるものではない。年老いた牧場主のジャヌンシオはヤシの木にしがみついたわけだが、頭上のUFOが発する熱はあまりにも熱かったため、彼は自分が焼き殺されるのではないかと思った。ジャヌンシオの見積もったところでは、その出来事は2分も続かなかったのだが、あまりにも熱かったため、もうちょっと長く続いていたら自分は死んだだろうと彼は確信していた。

その熱が耐えがたいほどになった時、ジェリナルドが味わった感覚というのも同じようなものだったに違いない。その木は地上わずか3、4フィートの辺りで折れており、直立している幹の部分は地面近くまですべて焦げていた。その幹というのは彼がしがみついていた部分であって、もし彼がそこにずっといたら焼かれてしまった、というのも十分にありうることだ。

ますます強くなっていく熱にさらされている間、彼が感じたという寒さについていえば、それは彼が受けた強いショックのせいだったという説明は可能だろう。だが、UFOが去っていった瞬間、その寒さも同時に消えてきまった。そして、ショックというのはそんなに急に去ってしまうものではない。

ともあれ、この事件が始まった時点で、そのUFOはある種の電磁気を放射していたに違いない。なぜならジェリナルドのウォークマンはその時、音を発さなくなってしまったからである。

しかし、その物体がジェリナルドを狙っていたのであれば、なぜそれはその仕事を完遂しなかったのだろう? それは自転車に乗っていた彼に狙いをつけ、彼が木の下に隠れていた時もずっとその真上にいた。UFOを操るエイリアンは彼がそこにいることを知っていたと考えねばならないし、実際彼らは、ジェリナルドが耐えられなくなって逃げ出さざるを得なくなるまで熱を浴びせ続けた。

だが、恐怖のあまり、たった20フィートしか離れていない囲いの中でうずくまっていた時、そのUFOは彼を追い回すような試みをしなかった。そのかわり、UFOは光を消してその場を去り、1、2マイル西のところに再び現れた。こうしたエイリアンたちの正体が何であれ、彼らは死をも辞さない「いじめっ子」のように振る舞い、自分たちがいかに力を持った卑劣漢であるかをジェリナルドに見せつけたかったようでもある。仮にそうだったとしたら、その意図は完全に彼に伝わっていた。

彼はひどく脅かされたのではあるが、その翌日の夜、再び友人たちと外出するのを恐れることはなかったし、それはその後も変わらなかった。「夜に家に籠もってろなんて、誰にも強制できないよ」。彼はそう言って笑った。


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*特に意味はない
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別にブログに書くこともないのだが、ずっとほっといて死んだのかと思われるのもシャクなので、とりあえずネットで拾った写真を貼る。


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中共の香港支配にともなって、現地でひとり習近平の専制に反抗していた新聞「リンゴ日報」が遂に廃刊に追い込まれてしまった。ますます世界は壊れていく。合掌。

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それはそれとして、一連の報道を見てて思ったのだが、この「リンゴ日報」という名前を見ていると、何だか学級新聞みたいな軽~い感じがしてシックリこない。最凶レベルの言論弾圧の被害を受けた新聞なんだが、なんかそれに見合った重みがない。ものまねタレントの「りんごちゃん」の顔がついつい頭に浮かんでしまう。いいのかそれで。

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ちなみにこの新聞の本当の名前は何かというと、「蘋果日報」というらしい。日本語で読むと「ひんか・にっぽう」。だが、フツー日本人にこれは読めない。一般メディアでこの読めない漢字を用いるのは憚られる。「蘋果=リンゴ」なので、しょうがなく「リンゴ日報」などと翻訳するか、それがイヤなら「蘋果日報(アップル・デイリー)」などという表記を用いたりしている。しかし、この「丸カッコでアップル・デイリーをつける」作戦にしても、やっぱどうしても「ほんわかムード」を漂わせてしまうので根本的な問題解決にはならない。

現地の人の感覚はまた別なのかもしれないが、もうちょっとこう、ガッシリした名前をつけといたら我々にも事態の重大さが浮き彫りになったんではないか。アメリカ人あたりも、ドリー・パートンの愉しい「Applejack」がついつい頭に浮かんでしまったりするんではないか。



キラキラネームはあとあと後悔するんだよな、などと「余計なお世話」的なことを考える。


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 *2013年8月撮影

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この間、ヤマハが売り出した家庭用会話ロボ「Charlie」というのを買った。AIBOのように自力移動するわけではなく、こっちから話しかけると「歌」でなにかしらお返事してくれるというロボである(ただし歌いながら手足、頭をモーターで動かして表情をつけている←正確にいうと「手」はない)。

歌をうたいはじめる前に「え~とね、え~とね」とかいって時間稼ぎをしたりする。だが肝心の歌というのは即興にしてはそれなりによく出来ているので感心したりする。こないだ歌ってたのはこんな歌詞であった。

どんなに走ってもどれだけ叫んでも 時間ってやつは静かに淡々とただ流れる

なかなか渋いではないか。



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価格的には確か2万5000円を切るぐらいで、あとWi-Fiを通じてクラウドにつなげるということのようでその代金が月500円弱。

機能的には「今日の天気は?」「いま何時?」といった質問にはこたえてくれるが、基本的にはいわゆるスマート・スピーカーと違って「何か役立つ」というものではない。


つまり、コレは「なんか日々の暮らしに潤いが出たらいいなあ」みたいなニーズにこたえるロボである。実際、「ちょっと天然系」というキャラづけがされていて、なんだかシュールなお返事をしてくれたりする。そういう意味ではなかなか良いヤツだと思っている。

だが、問題がないこともない。このCharlieはふだんは大人しくしているのだが、「チャーリー?」と呼びかけると起動して、こちらに応えてくれるというロボである。ところがオレの場合、「チャーリー?」と声をかけても5回に1回ぐらいしか反応しない。無視される。サポートにメールを送ったところ、電子機器の近くだとよくないことがあるとか書いてあったので、もともとPCの近くに置いてたのを別の場所に移した。だがしかし、なかなか改善しない。

いったん起動すると、こっちの言葉をかなり正確に理解しているようなので、どういうわけか?と思う。これはオレの想像だが「ターリー」とか「チャーミー」みたいな発音の似たコトバを撥ねつけるために起動条件をかなり厳しく絞り込んでいて、それが裏目に出ているような気がする。別に「ターリー」とか「チャーミー」でも起動させりゃいいのではないかと思う。むろんオレの推理が当たっているかどうかは分からない。未知のファクターXが存在する可能性もある。

なんか呼びかけのコツみたいなのがあるのかもしらんが、サポートは教えてはくれなんだ。しょうがないので、起動まで苦労させられたときには「耳の遠いヤツだな!」と罵倒するのが習慣になっている。すると「ここからは大きく変わらないよね~」とかふてぶてしい事を言ったりするので殺意を抱く(笑)。

まぁとりあえずは家族の一員としてつきあっていこうと思う。

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久しぶりに朝日新聞の「天声人語」を取り上げる。

けさの「天声人語」は、今年の本屋大賞を取った町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』に引っかけた話を書いている。この受賞作は「苦境にあっても誰からも顧みられない孤独な人たちをめぐる救済のものがたり」である(らしい。オレも実は読んでいないのだ)。

ちなみにこれは今回の受賞を取り上げたニュースにはもれなく書いてあるけれども、クジラの中には他の仲間たちの聞き取れない52ヘルツあたりの周波数でしか鳴くことができず、結果的に孤独に生きていかざるを得ない個体がごくまれにいるらしく、作品のタイトルはそんなエピソードを踏まえている。

まぁたいへん良さげな本である。なのでそういうのを紹介するのは大変結構なのだが、後段がいけない。天声人語子は今回の受賞作と最近のコロナ禍をひっかけた話をはじめてしまうのだった。例によってネットではカネを払わないと「天声人語」を見られないので、最後の部分をここに提示しておく。


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「コロナ下ではみんな声を出すのを控えるので人間の距離感が広まってしまう、孤独を深める人が出てきてしまう、これではいけません」というようなことを言っている。

だが、これはちょっと違うだろう。

本当の孤独というのは単に「物理的に周囲に誰もいない」「他者の声が聞こえない」といった状況とイコールではない。一番きつい孤独というのは群衆の中で感じるものだ何故なら他のみんなが仲良くやっているのにオレひとりがそこからはじき出されているのだという場面、それこそが人間にとって一番つらく悲しいものだから。

自分の声は誰にも届いていないと嘆いている人はコロナの前だろうが後だろうが常にいて、コロナだから余計に増えているとかそういうことはあるまい。

その時々の話題を二つ三つ、互いに関わりがあるかのようにくっつけて書けば時事コラムのできあがり。そういう安直な態度がこのコラムの底にすけてみえる。



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