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中京方面発祥とされる有名店の台湾ラーメンに初めてトライ。中華系の店員さんがたんといて何となくそれっぽいムード。時折むせそうになりつつもおいしく完食。ランチセットとはいえ若干の肉片も確認されたミニ炒飯&サラダ付きで1000円という値付けは狭っくるしい店内環境を勘案しても令和狂乱物価のただ中にあって破格のコスパといえよう。





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松閣オルタ氏の新刊『オカルト・クロニクル 暗黒録』がこのほど刊行された。

ご承知の方も多かろうとは思うが、氏はもともと古今東西のオカルトめいた奇譚・怪事件を題材に様々な資料を渉猟してそのナゾの解明にとりくむブログ「オカルト・クロニクル」の運営者として具眼の士の注目を集めた在野のライターであってオレはたまたまその当時ブログをみて「コレは本にせんとアカンやろ!」などと旧Twitterでつぶやいていただけのフォロワー200人ちょい弱小ツイッタラーに過ぎないのだが、とにもかくにも松閣ファンとしてのオレの存在がどういう具合か氏の視野に入ってきたのであろう、紆余曲折の末にオレは松閣オルタ氏のご厚誼を賜るに至った。

さてその一方でこんな書籍文化衰退の末世にも名伯楽はいるということか、やがて氏のブログ記事をもとにした書籍『オカルト・クロニクル』はホントに本になってしまった。その後の氏の活躍ぶりはこの方面に関心のある皆さんご承知のところであろうがサテ、次いで続編のテイで刊行された今回の新刊についても太っ腹である氏はナントこんな弱小ツイッタラーにまでわざわざご恵投をくださった!  すみません何の恩返しもできませんがここはせめて読書感想文でも書いてご恩に報いるのが人の道。そんなワケで今回はこの本について思うところを書いて売上げ貢献にオレも一役買いたいと考えたのであった。

で、その内容はということになるワケだが、同書前半の「神のいないエデン」「プマプンク遺跡」「青ゲット殺人事件」「ノアの方舟」は件のブログの記事を元にしたものでその中でも比較的長尺モノを揃えている。既にかなりのジジイであるところのオレはネット掲載時に読んだ記事の記憶も既に薄れつつあったので同書に採録された微に入り細に入る考証を改めて満喫できた。年をとってボケてくるのもそれはそれで悪くはない(微苦笑)。

で、そこから後には書き下ろしの「SOS遭難事件」「グリコ・森永事件」の2編が掲載されているワケだが、特筆すべきはこのグリ森事件パートである。言うまでもなくコレは1984年から翌年にかけ、グリコ社長の誘拐事件を発端として犯人集団がグリコのみならず丸大・森永・ハウスといった食品会社に対して「青酸カリ入りの食品ばらまいたる」などといっては恐喝を繰り返した昭和屈指の未解決事件なのであるが、氏はこの事件のナゾに果敢に挑んでいる。分量的にも全535ページの本書のうちグリ森パートはなんと346ページで殆ど3分の2近くを占める。その内容はスゲー複雑怪奇で長大な一連の事件の推移を詳細にフォローした上で、その真相についての様々な仮説を検証したもので何だかグリ森事件資料集のおもむきさえある。その膨大な情報量には頭がクラクラするほどであった。

と同時に、正直いうと「おおっと松閣オルタここにきて路線変更か??!」という驚きもあった。どういうことか。

オレのみるところ、この人は古今のナゾの事件・奇譚を執拗な資料蒐集を通じて解明せんとするのだけれども関西弁でいうところの「いちびり」気質は隠しきれないということか、巧まざるユーモア・諧謔をまじえた講談めいたストーリーテリングで読者を楽しませることに特異な才を有している人物である。同時にそのネタというのもUFO・UMA・失踪事件・奇跡・怪人物といったいわゆるナゾや不思議が生のまま提示される「オカルト」ジャンルがメインであり、刑事事件を扱うにしても猟奇殺人とかが中心だからこそそのサイトも「オカルト・クロニクル」と題されているのだった。

ところが今回のグリ森事件というのはそういうマイナーワールドの事件ではなく正真正銘日本事件史上に燦然と輝く不滅の大事件である。いってみれば今回の挑戦はキックボクシング界でもてはやされていた那須川天心がいきなりボクシングで世界に挑むようなもの。あるいは不思議な超常現象をテーマに少なからぬファンを有していた怪奇作家・黒沼健が突然3億円事件の真相に迫るノンフィクションを書き出したような話でもある。ひょっとしたら氏は社会派推理小説の大家、松本清張が幾多のナゾ多き事件に迫った『昭和史発掘』みたいな路線を目指しているのだろうか――?

とまぁそんなことを思ってしまうぐらい、このパートの氏はちゃんとしたルポルタージュをやっている。いや時折独特の「くすぐり」を入れることも忘れていないのだけれど、過去の関連書籍や新聞・雑誌記事はおそらく今日入手できるほぼ全てのものに目を通しているようだし、当時の捜査資料にもどういうルートかしらんがアクセスし、さらには関係者への取材(今では多くが物故者となっているのだろうから至難であったと思われるが)も敢行している。そうして集めた膨大なデータを元にで氏は独自のプロファイリングを展開して事件の真相について大胆な推理さえしている(ネタバレになってはいかんので書かんけど)。

いや実際、いわゆるオカルトのようなあからさまなナゾではないんだけれどナゾまみれの事件に挑むのもやはり知的格闘のあり方の一つではある。そういうことでいえば氏が今回戦線を拡大したことに不思議はないのだが、そのきっかけについては本書にもチラッと書いてある。要するに氏がかつて仕事で知り合ったとある人物がグリ森事件でいわれるところの「キツネ目の男」にそっくりで、相当程度まで「マヂかも?」と思わせる挙動が彼にはあったのだという。未曾有の未解明事件が自分の人生とどっか交錯してたのではないか――そういう体験があったというのはたしかに大きなモチベーションになりうると思う。そして意外にそういう偶然が人の人生を変えてしまうということもある。

オレはグリ森事件をめぐる過去の議論などほとんど知らないからそうやって生まれた本書が犯罪ノンフィクションの世界でどれだけのブレークスルーを成し遂げているのかはワカランけれども、ひょっとしたら我々はいま、オカルトという庭を飛び出してその外に活躍の場を広げようとしている「真っ当」なルポライターの誕生を目撃しているのかもしれない。そう、本書にもチラチラ出てくる人物だが犯罪ルポでならした朝倉喬司(1943-2010)みたいな書き手がもうひとり現代にいても悪くはない。

追記
ただし今回の本には随所に校閲ミスと思われるモノが散見された。もいちど最初から読んで付箋つけてけばイロイロ指摘できると思うがソコまでヤル気はないので一つだけ挙げておくと475ページで図版のキャプションに「加藤葉子」とあるのは「加藤繁子」ではないか。二見書房も出版不況で校閲要員がいないのかもしらんが何とか踏ん張って意地を見せていただきたいw

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 オーソドクスなサッポロラーメン。東京で食べるにはモロモロ強めかな。


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自作PCのパーツ変更備忘録。

今回は電源あたりからカラカラ音がしてきたのでそろそろ替え時かということで、新しいのに更新。

今回も安いのでよかろうということで選んだのは「玄人志向KRPW-BK650W/85+」。ケーブル着脱可能なプラグインタイプ。5636円だった。


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ついでに2025年9月に更新した主要パーツの構成も書きつけておこう。
【CPU】Corei5-14400(2.5G) 26,690
【MB】ASUS TUF GAMING H770-PRO WIFI(LGA1700) 17,980
【memory】Crucial CT2K16G56C46U5 DDR5-5600 11,880(+交換保証1100)
【cooler】DeepCool AK400   3,280
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マーティン・ガードナーのフォート論はこれが最後です。オシマイのほうは直接フォートではなく、アンソニー・スタンデンという化学者を批判することに終始していますね。そこはちょっと残念。(前回はこちら



英国の化学者で現在は米国籍を得ているアンソニー・スタンデンは1950年、『科学は聖牛なり』と題した著書で「科学主義」を手ひどく批判し、大きな反響を呼んだ。スタンドンはセント・ジョンズで1942年から46年まで教鞭を執ったが、「カトリック・ワールド」(1950年2月号)によれば、その体験は「最終的に彼をキリスト教への改宗に導いた」。

スタンデンの見るところ、現代の科学者たちをひとかたまりのグループとしてみるならば、彼らは自信過剰にして傲慢、自惚れ屋であって、自分たちが思っているほど賢いわけではない。対して、古典主義に情熱を燃やす教育者たち――つまりモーティマー・アドラーやロバート・ハッチンズのような人々は、謙虚で控えめな人物といえるだろう。さらにジョン・デューイは、文明の未来は科学的なモノの見方が広がるかどうかにかかっていると示唆したことについて苦言を呈している。ヒレア・ベロックは「科学が広まれば広まるほど世界は悪化する」と述べていないだろうか、と(ベロックの科学に関する知識については第11章で考察したい)。

ここにはアリストテレスを称えるおなじみの太鼓の音が響いている。曰く――このギリシャの哲学者が「重い物体は軽い物体より早く落下する」と言ったのは、最終的に正しかった。なぜなら空気抵抗が物体に及ぼす影響は物体が重いほど小さいからである。そうしてみると、ガリレオがあれほどまでに賞賛されるのは如何なものだろう。それに、ガリレオはピサの斜塔から二つのおもりを一緒に落としたことなどない。それは他の塔で行ったことだったのだ、等々。だがここでスタンドンが語っていないことがある。アリストテレスは、落下物体の事例を「真空は存在しえない」という全く的外れな主張の証拠として持ち出していたのである。

スタンデンはこう告げている。「科学の第一の目的は神の御業を通じて神を学び、神を讃えることである」。社会学者たちは愚かなことに、自分たちは神学抜きで倫理の科学を発展させることができると考えている。生物化学者たちは我々に「進化のプロセスは徐々に階梯を踏んで進むものだ」と信じさせようとしている。だが実際には、「進化は大きな飛躍を経て進んできた」という考えを支持する余地も同等にある(スタンデンはここで自らの真の意図を明かしていない。もし進化が飛躍を経て進むのであれば、人間の魂は動物のそれとは歴史的にみて明らかに断絶したものであり得る――彼はそう言いたいのだ)。生物学者が「基本的に動物の生命が目指すものは快適さである」というような戯れ言を吐いたなら、「これに対して必要十分な答えはこうである――たわごとだ」

彼は結論づける。「科学者たちが我々を騙そうとしないか、我々は注意深く見守る必要がある」。チャールズ・フォートも同じ考えをこう表現した。「…もし誰も天文学者たちの言うことを確かめようとしなかったら、彼らは好きなことを何でも言える自由を得ることになる」

スタンデンは「科学は現代の偉大なる聖牛である」と記している。。少しでもユーモアのセンスを持っている科学者であれば、自分たちが科学の前に深く頭を垂れているという図に笑いを禁じ得ないだろう。だが、同じ牛なら、科学者たちはフォートが引いているこちらの話のほうをより面白がるのではないか。

1899年5月25日、トロント・グローブ紙は、或る雌牛が二頭の子羊と一頭の子牛を出産したという記事を載せた。

フォートはこうコメントしている。「これが皆の心にどう響くかはわからない。だが標準的な生物学者はどうかといえば、私が『象が自転車二台と子象一頭を生んだ』と話しても、いずれも馬鹿げた話として五十歩百歩の扱いをするだろう」

古き良きフォートよ! 空に向かって進むんだ!(おしまい)

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チャールズ・フォートの主著『呪われた者の書』については、国書刊行会が南山宏訳で邦訳書の刊行準備を進めているという話がずっとあったワケだが、これまで何十年待っても出てこない。結局は出ないのかYOという感じになっていたのだが、なんとここにきて、同社から本年『呪われし者の書』なる書名でいよいよ刊行成るとのアナウンスがあった(というかそれらしきXのポストがあっただけだが)。

だがまぁ流石にここまで公言してしまったのだから今度は大丈夫だろう。

あな嬉しや。

というわけで、当ブログも勝手連的協賛企画(笑)として、今回はこれまで不定期で紹介してきたマーティン・ガードナーによるチャールズ・フォート論のつづきを掲載しましょう(前回はこちら)。もちろんカードナーは正統科学の立場からフォートに対してイロイロと難癖をつけているわけだが、まぁそういう批判を受け止めた上でフォートを読むというのも立体的にその実像が浮かび上がることにつながるんではないかと思ったりするのである。というわけで以下つづき。



『野生の才能』の中には笑いを誘う部分もある。「おはようございます!」としゃべってから、うっすら漂う緑色の蒸気の中に消えた犬がいた――そんな新聞記事をフォートが否定している箇所である。フォートが問題にしたのは「犬がしゃべった」という部分ではない。彼はしゃべる動物についての切り抜きなど山ほど持っていた。問題は「うっすら漂う緑色の蒸気の中に消えた」というところだったのだ。「そんな犬の話には騙されない」と彼は言っている。だが彼は、自分がそういう線引きをしたのは、結局のところ誰もがどこかには線を引かねばならないからなのだと明言している。そして彼は、この線引きが正しいといえるのは「真実か間違いか」を分けているからだ――というような言い方は慎重に避けている。

おそらく我々は、フォートの言を真面目に受け取りすぎたあまり、彼の仕掛けたもう一つのワナにはまってしまっているのだ。彼は無知な人間にはほど遠く、現代の量子論における「不確定性原理」などを論じたところをみれば、こうした問題をもちゃんと把握していたことがわかる。「電子は『アトランダム』に動く」という考え方に反対するのは今風ではない。ではあるけれども、フォートがそうした考えに向けたあざけりには、アインシュタインやバートランド・ラッセルによって為された、よりテクニカルな批判と響き合うものがあるのだ! フォートが科学的に間違ったことを口走る時でも(じっさいそういうことは多いのだが)、それはわざとやったのか、あるいは無知であるが故にそうしたのかはよくわからないのである。

奇妙なことに、フォートはSFにはほとんど関心がなかった。彼がごくわずかであれSFを読んでいたという形跡は全くない。彼の思弁は人を楽しませてくれるもののさほど独創的ではないのだが、その理由は恐らくそこのところにある。たとえば、彼のいう「星々をのぞかせて回転する殻」という概念はおそろしく陳腐なものだし、実際のところ彼以前に或るイタリアの奇人が提唱したものである。フォートは現代のSFに強い影響を与えたというのはしばしば語られるところであるが、それは過大評価のように思われる。彼のアイデアに基づいた長編小説は十数編、短編であれば数十編ほどあるのは確かだが、そうした作品はSFというよりも「怪奇譚」に類するものだ。「テレポーテーション」というようなフォートの術語の幾つかはSFファンタジーでおなじみの言葉になったが、総じて言えば彼のアイデアというのはストーリー上の巧妙な仕掛けとしては余りにも平凡過ぎるものである。ドライザーは、フォートの著作にはSFの素材になるものがあることをH・G・ウェルズに認めさせようとしたことがあるが、うまくはいかなかった。ウェルズはフォートの思弁は面白おかしいものだけれども科学的にみればしょせんイカモノだと断じていたのである。

フォーティアン協会が今なお存続しているのは理解しがたいことである。仮に我々が、市民のほとんどが科学の何たるかをちゃんと理解している時代に生きているとしたら、科学者たちに自らの限界というものを思い起こさせてくれる組織が存続する意味はあったかもしれない。しかし、売店に占星術の雑誌が並び、ヴェリコフスキーの本が売れている現状をみれば、我々はそんな時代から如何に遠いところにいるかは明らかだ。

1931年の時点では面白おかしく楽しむことがすべてだった。だが今日、フォーティアン協会の雑誌「ダウト」は、本当ならフォートとともに葬り去られるべきだったジョークをただダラダラと垂れ流す存在になってしまった。それは、フォート流の常套句をひたすら繰り返す以上のことはしていないし、面白くもないニュースを報じ、フォートがセイヤーに遺した全く価値のないメモを印刷することしかしていない。とりわけ問題なのは――それは全く笑い事ではないのだが――近年の同誌が「ポリオの原因になる」として扁桃腺切除に反対し、 [動物の]生体解剖に攻撃を加えていることだ。さらに、本来フォートとは関係のない、編集者の政治的な偏見がしばしばニュースに差し込まれていることに問題があるのは言うまでもない。

フォーティアン協会が推している「科学者」たちですら、総じていえば凡庸で独創性を欠いている。一例を挙げよう。アルフレッド・ウィルクス・ドレイソン少将は、フォーティアンたちの間ではフォート本人に次いで尊敬を集める地位にある人物だが、彼は前世紀の後半、イングランドのウールウィッチ王立陸軍士官学校で教授を務め、地球の氷河期を地軸の傾きから説明した。

この「ドレイソン仮説」は英国、特に軍関係者の間で流行した。ドレイソンは私財を相当に投じて数多くの書籍や小冊子を出版したが、正統派の天文学がこれに反論することにはひどく腹を立てていた。フォーティアン協会会員で現代の占星術師だったアルフレッド・H・ベイリーは1922年、『ドレイソン問題』を刊行した。ちなみに読者諸兄が少将の理論を探究したいと思った場合に備えて言っておくと(まぁそんなことはないと思うけれども)同書は今もフォーティアン協会が販売している(このほかドレイソンについての貴重な参考資料としては、アルジャーノン・F・R・ド・ホーシー提督による『ドレイソニア』(1911年)や、R・A・マリオット少佐による小冊子が数冊ある)。

近年の状況について言えば、フォーティアン志向というのは、高等教育の場において微弱ながらもある程度観察可能なほどには見てとることができる。その理由としては、おそらく一つには宗教的な正統主義の復興があるし、第二に [科学が生んだ] 原子爆弾への憤りというものがあるのかもしれない。それは、ハッチンスとアドラーによる「グレート・ブックス運動」*の或る部分において絶妙なかたちで現れた。もちろんこれは公然と語られたワケではないが、グレート・ブックス運動を進めた教育者たちのことを知った者は、推進者たちの多くが(概してであるが)科学者たちを愚かな連中と見做していた事実に驚かされるだろう。「愚かだ」というのは、リベラルアーツの教授たち、とりわけグレート・ブックスにかかわる仕事に熱心な教授たちに比べて愚かだといっているのである。
 
*訳注:20世紀中盤のアメリカで、主にロバート・メイナード・ハッチンスとモーティマー・J・アドラーによって展開された教育運動。西方の古典文献(グレート・ブックス)を基盤としたリベラルアーツ教育を普及させることに主眼を置いた



ハッチンスとアドラーによる全54巻の『西洋世界のグレート・ブックス』(1952年刊)には科学の「古典」が再録されているが、それらはあまりに古く、かつ専門的すぎるため、科学史の専門家以外にはほとんど価値のないものである。ハーバード大学の科学史家であるI・バーナード・コーエン助教授は、この叢書の書評(『サタデー・レビュー』1952年9月20日号)で次のように述べている。「ここに収められた科学の『グレート・ブックス』には、一種の考古学的価値しかない。地質学のような分野が丸ごと省かれているだけでなく、過去2世紀半にわたる主な科学思想の潮流についても、そのほとんどが出てこないのである」

アナポリスのセント・ジョンズ・カレッジでは、ロバート・ハッチンズの教育観が最も成功したかたちで実践に移されているが、実際のところをいえば、科学については大混乱が生じている。学校案内は、同校では他のどんな大学にも増して数学と科学実験とが必須になっていると豪語し、コンパス、ノギス、定規のようなものに至るまで、学生が使用する全ての器具をこれ見よがしのリストに掲載している。しかし、科学史における過去の重要ポイントにばかり重きを置いているため、学生たちが現代の科学をキッチリと把握するための時間はほとんど残されていないのだ。(つづく

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  関西系のだしが新鮮であった。ちょっと甘めではある
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引き続きジェニー・ランドルズの『Alien Contact & Abduction』を読んでいるのだが、なかなか面白い事例にまたまた出会った。これは1960年代、英国の片田舎で、元軍人の男性が夜ごと訪れてくるエイリアンと都合9回ほど交歓したという奇妙なストーリーである。

この事件は「エイリアンが残していった遺物はいろいろあるけれども、どういうわけかソレが地球外のモノであるとわかった事例はないよネ」といった文脈で紹介されており、実際文中にはエイリアンが置いていった「贈りもの」の話が出てくるのだが、それ以外にもイロイロと興味深い記述が出てくる。

ホンマかなあこの事件、ちょっと怪しいなあ、どっかでHOAX認定されてんじゃねえかなあという気分もないではない。だがコレなかなかに捨てがたい味わいがある。それで旧Twitterのほうにもチョコチョコ紹介のコメントを書き込んだりしてみたのだが、当ブログでは今回同書から当該部分を訳出してみることにした。以下本文。



こに、BUFORA(英国UFO 研究協会)の傑出した研究家にして、当時グリニッジ天文台に所属していた数学者、フィリップ・テイラーによって徹底的に調査されたトンデモない事件がある。

目撃者のエドウィンは退役軍人で、聴覚学を専門とする優れた科学者であったが、彼はこの体験をした当時、サセックス州ヘイスティングス近郊セドルズコムにある、風情たっぷりの田園地帯に住んでいた。

1966年から67年初頭にかけてエドウィンは、自宅の先に広がる草地に、そこだけぺしゃんこになった円形の跡ができているのを何度か見かけたのだが、ついで1967年8月17日から9月23日の間、少なくとも9回エイリアンと接触した――と主張している。最初に出会ったのは彼が犬を連れて散歩していたときで、彼は自らエイリアンたちを家に招き入れたのだという。その後、彼らは唐突に彼の家に現れるようになったというのだが、それは常に真夜中過ぎの時間帯のことだった。彼らは内輪ではホイッスルやさえずりのような音で意思疎通をしていたが、エドウィンに対してはジェスチャーをしてみせるだけで、喋りかけることは決してなかった。

彼らが乗ってきた物体は円錐形で、三本の脚で支えられていた。彼はそれが着陸する瞬間を一度も見たことがなく、のちに彼らがやってきたとき、外に出てその物体を観察しようとしたことがあったが、彼らはそれを妨害したという。彼らは文字通りエドウィンを家に押し込め、自分たちが離陸するところを見てほしくないという意志を示したのである。

そのエンティティたちはおそろしく痩せていて、背丈はせいぜい5フィートだった。彼の説明では、その肌は「羊皮紙のような灰色」で、体毛は全くないようだった。彼らは来るたびに1時間ほども滞在していたから(あるときなど彼と一緒にテレビを見ていたこともあった!)エドウィンには彼らをじっくり観察する時間があった。その唇はあるかなきかで、耳は角質でできた輪っかが頭に埋まっただけのものだった。両手は「枯れ葉」のような手触りで、指はといえば、親指とこれに向き合う三本の指しかなかった。ピッタリとしたウエットスーツを着て、頭には目の部分が空いたヘルメット。家には常に二人組で入ってきた。

こうした見かけは、もちろん近年のアブダクション譚につきものの「グレイ」のそれによく似ている。エドウィンが我々に初めてこの話を明かしたのは1982年のことで、そうしたグレイの話は一部で記録されはじめてはいたけれど、それほど知られていたわけではなく、とりわけ英国の一般市民の間ではほとんど知られていなかった。

しかし、フィリップ・テイラーの調査により、エドウィンがこの話を1967年の時点で話しているのを聞いた人がいることがわかった。「そう聞いた」という女性は引っ越していたけれど、現在の居住地もどうにか突きとめて裏を取ることができたし、そのほか様々な細部についても確認は取れた。事件の真偽はともかく、UFOについての文献にほとんどグレイの話が出ていなかった時代に、いちはやくそうしたエンティティと出会っていたとエドウィンが語っていたことはハッキリ立証されたのだった。

彼らは家に来たときにいろいろなものをサンプルとして持ち帰ったとエドウィンは主張しているが、特に強い関心を示したのはフルーツだったという。彼らはウイスキーをすすったことすらあったが、そのときは「これは不味い」という態度を示したのだった! 最後から二回目の訪問のときには、ずっと庭に出て低木だとか灌木のサンプルを採取していった。また彼らはあるとき、「犬を連れていきたいんだ」ということを身振りで示してみせた。実際、エイリアンが犬に異常な執着を示すのは奇妙なほどよくあることだ。エドウィンは本物の犬の代わりに陶器でできた犬の置物2体を差し出し、彼らをなだめた。彼らはそれを持ち帰った。

エドウィンが彼らと何とか意思疎通を図ろうと試みたことは一度だけあった。彼は太陽系のスケッチを描いてみせ、彼らにどこかマークをつけてくれるよう頼んだのである。彼らは全惑星の公転軌道の外側に点をひとつ描いた。これをみたエドウィンは、彼らは他の恒星系から来たのだという風に理解した。

9回目の訪問があった際、エドウィンは、自分たちが出発するところを見せまいとする彼らに抗ってみることにした。それで、彼らが去った後に自分も外に出て、物体の下側から青い炎が出ているのを見守った。物体は飛び上がるものと思っていたらさにあらず。それはただその場からいきなり消え去ったのだった。彼らを見たのはこれが最後となった。

しかし、彼らは去っていく前に二つの贈り物を残していった。一つは数粒のタネで、彼らはこれを植えるように言い残していた。そこでこれを植えたところ、植木鉢からはトゲこそないけれども花をつけるサボテンに似た太い幹が生えてきた。彼はそれをスケッチしたが、写真を撮ることはなかった。彼がこの事件の話を我々にした時には、それはとっくに枯れ果てていた。

もう一つの贈り物は、幸運なことにこれとは事情が違っていた。それは小さい水晶のかけら数個で、ちょっと見には未加工のダイヤモンドに似ていた。これは本物のダイヤかもしれないと考えた彼は、分析をしてもらおうとロンドンのダイヤモンド商に一つを送った。エドウィンはこれは本当のことなんだといって、送られてきた報告書を見せてくれた。結晶の比重は2.64で、ダイヤモンド商からは「これは石英である可能性が最も高い」とのコメントが付されていた。エドウィンはこれは期待外れだったと語り、「訪問者たちは自分たちの素性を明かす上で全く意味のないものを何故残していったのか」と、困惑をあらわにしつつホンネを我々に語ってくれた。それでもフィリップ・テイラーは、念を押す意味で今一度分析をしてみようと手筈を整えた。

労をいとわず結晶を調べてくれたのはロンドン地質研究所のR・K・ハリソン氏だった。彼曰く、「この試料はガラス質の石英、つまり二酸化ケイ素で、残念ながら地球外起源のものではないと言わざるを得ません」とのことだった。

この話は一見荒唐無稽だし、その物的証拠もバカバカしいものであったが、それでもフィリップ・テイラーは、てらうことなくそうしたものを提示してみせた目撃者に感銘を受けた。最終的に彼はこんなコメントを残した。「エドウィンの主張を否定することも、あるいは逆に何か異常なことが起きたということも私には証明できなかった。この一連のエンティティとの遭遇譚は、ウソ偽りなく"信じられた体験"としてそのまま残していくほかないだろう」

これと同じことは、他のほとんどのUFO事件についてもいえることかもしれない。

この種の [エイリアンの遺した] 証拠物は何故例外なく砕け散ってしまうのか。その理由はわからない。ただそれは、決して無視されるべきではない"UFOの記録"にまつわる事実なのである。




【追記】なお、より詳しい話を知りたいという向きはBUFORAの刊行物に当たるのがよいのではないか。たぶんフィリップ・テイラー(Philip Taylor)による事件報告がどっかに載っているものと思われる。
 あるいは、「Edwin」「Sedlescombe」「1967」「alien」といったキーワードを検索にぶち込むなどすれば、それらしい情報があるやもしれぬ(とりあえずそれで見つけたのはこのサイト。関心のある方はご覧あれ)。

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ジェニー・ランドルズの『Alien Contact & Abduction』という本を読んでいたら、ちょっと変わったUFO事件のことが書いてあったので以下紹介したい。一見単なる「おそうじオジサン」のように見えるけれどもコイツ実は只者ではなかったという話。けっこう有名な話かもしらんがオレは知らなんだ。あるいは聞いたことはあったけども忘れたのかもしらん(笑)。1973年12月にベルギーで起こった事件らしい。

ベルギー 壁を乗り越える

 ヴィルヴォールド(Vilvoordeはブリュッセルの北方数マイルのところにある製造業の中心地である。ここでは、エンティティが文字通り壁を歩いて乗り越えていくというすこぶる奇妙な事件も起こっている。

 それは1973年12月の寒い夜のこと。午前2時、ある既婚男性(28)が屋外にあるトイレへ行こうとして目をさました。妻を起こさないよう気をつけつつ暖かい夜具からノロノロと這い出した彼は、トイレに行くときのための懐中電灯を手に取ったが、そこで異常なことが起きているのに気づいた。それも二つ。

 まず、戸外で金属が地面をひっかくような音がした。さらに、辺りは真っ暗なはずなのに、キッチンの窓からは蛍光塗料が発するような奇妙な緑色の光が差し込んでいた。

 好奇心にかられた彼はさほど怖がることもなくカーテンを開けてみたのだが、そこで思いがけないものを目にした。そこにいたのは小さな生きものだったのだ。身長はおそらく一メートルほど。着ているワンピースのスーツは奇妙な緑色の光を発していた。頭には透明なヘルメットを被り、そこから出たチューブが背中のバックパックのような装置につながっていた。実のところ、これは約50年前にボルトンの裏小路でかくれんぼをしていた若者と出くわした存在と似通っていた(訳注:1926年、英国ランカシャー州ボルトンで当時少年だったヘンリー・トーマスがヘルメット姿の怪人3人と出会った事件をさす。同書に記述アリ)。

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 最初そのエンティティのことはハッキリ見えなかったのだが、腹のあたりに赤く光る箱状のものがあるのはわかった。およそこうしたエイリアンとの遭遇譚にあって、しばしばこのような些細な事柄が語られることがあるのは読書諸兄も既にお気づきのところであろう。しかし、このエンティティに関して特筆すべきは [これとは別に] エンティティが体の前面に保持していたモノであった。エンティティはそれを金属探知機のように地表を掃くようにして動かしていたのだった。ただそれは金属探知機よりは大きく、実際のところ、その大きさや見かけは家庭用掃除機や手持ち式の芝刈り機のようだった。庭には目撃者が置きっぱなしにしていたレンガや石が散らばっていたが、エンティティはそうしたものの上を掃くようにして機器を動かしていたのだった。

 いぜん恐怖心を感じることはなかったが、あとあと考えれば奇妙なことに彼は妻を呼ぶこともせず、庭に懐中電灯を向けた。するとそれが注意をひいたのか、エンティティはくるっと向きを変えて真正面から彼と向き合った。このときわかったのだが、マスクの向こうの顔にはとても大きい目と二つの非常に尖った耳があるのが見て取れた。

 その存在は懐中電灯の光にこたえるかのように二本の指を立て、Vサインをしてみせた。それが上下逆でなかったことは幸いだった。さもなければ地球外生命体とのコミュニケーションは最悪のスタートを切っていたかもしれなかった!

 それからエンティティは背を向けて、突拍子もない行動に出た。まずは片方のブーツの底を庭の奥の壁に押し当て、それからもう一方のブーツも壁に当てたかと思うと、一瞬の猶予もなく文字通り壁面を上のほうに歩き始めた。体は壁に対して直角に突き刺さった感じで、それはまるで磁石でくっついているかのようだった。エンティティは壁のてっぺんまでいくと、円弧を滑らかに描くようにして体を回転させ、壁の向こう側に姿を消した。身につけた装置はその間ずっと体の前面に保持したままだった。
 ■訳注:何を言ってるかわからん人はネットで拾ってきた図解イラストを貼っておくのでご覧くださいw

 流石に驚いたものの、恐怖は全く感じていなかった目撃者はさらに観察を続けた。するとほどなく壁の向こう側に光が見え、チリチリいう音も聞こえてきたが、さらに何やら物体が上方に浮かび上がって滞空するのが見えた。その物体は本体が黒っぽかったが、その上には小さなドーム部があった。ドーム部は青ないしは緑色っぽい色の明るい光を放っており、その内側には生物が見えた。下側の暗い部分と、上部の明るい部分の境目からは赤い火花が散っていた。

 数分たつと、シューッというような音が大きくなってきて、火花はさらに激しく飛び散るようになった。その物体は上に飛び上がり、おそろしい速度まで加速したかと思うと瞬時に姿を消したが、その後にはかすかに光る軌跡がしばらく残っていた。

 UFO研究団体SOBEPSは徹底的な調査を行ったが、庭にも、そして壁の向こうの修道院の地所にも不審な痕跡は全くみつからなかった。目撃者もいなかった。ただし、建物や土地の位置関係からすれば、それ自体は驚くべきことではなかった。

 1974年4月の夜遅く、目撃者は妻、いとこと一緒にブリュッセルに向けてクルマで走行していたが、彼らはコニングスロ付近で空に楕円形で光る物体を目撃した。乗っていたフォード社「エスコート」のエンジンは止まり、ライトも消えた。エンジンをかけようとしてもダメだったが、その物体が飛び去るや否やエンジンは自然にかかったという。世界中の事件で我々がおなじみであるところの不条理さというものは、この事例からも見てとることができる。


【注】ググってみたらネットでもボチボチ紹介記事がありました。この「PODCAST UFO」というところは比較的くわしかったが、読むと「Flying Saucer Review」Vol.20, No.6(1974年4月号)に載ってると書いてあるのでチェックしたら確かに「The Vilvorde Humanoid」と題する記事がある。今回はめんどくさかったンでコッチまで読んでないが興味のある方はあたってみるとよろしかろう。
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*なお蛇足ながら、このFSRという雑誌はバックナンバーを地道に読んでいけばイロイロと面白い事件に出会えるのではないかといつも思う。言うだけで全然ヤル気はないのだがw
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*マーティン・ガードナー『奇妙な論理Ⅱ』の邦訳で省かれた第4章「フォーティアン」のつづき。今回も引用されているフォートの文章に困惑してChatGPTのお知恵を借りるなどしたw(前回はこちら)。



この序文の最初のほうで、セイヤーはフォートについてこう書いている。「・・・タイプライターを打つ両手は抱腹絶倒ネタの源だ・・・彼は相手を怒鳴りつけ、真面目な先生方の偉そうな態度にはバカ笑い。彼らの失敗に嘲笑を浴びせ、その矛盾には大笑い。読者のことをクスクス笑い、記者連中に忍び笑いを向ける。こんなことに取り組んでいる自分自身をも嗤って、書評をみてはニヤリと笑う。挙げ句の果てに、私が実際にフォーティアン協会を組織したときにはご苦労様なことだと大笑いしたのだった」 

「・・・チャールズ・フォートはこれ以上なく素晴らしい『ユーモアのセンス』の持ち主であり、そのユーモアは思慮深い人間が人生をどうにかこうにか耐え抜いていけるようにしてくれるものだ。これは彼の著作を読むときに決して忘れてはならないことであって、そこを忘れてしまったら、あなたは彼の策にハマることになる。彼は時にあなたを激怒させることがあるだろうが、そんなときは思い出してほしい。彼はわざと怒らせようとしているのであって、あなたが激昂したまさにその瞬間、彼は顔を上げてあなたをおちょくるポースをとっているのだ・・・」 

となると、こういう問いを発する人がいるかもしれない。もしフォートが自らの仮説を信じていなかったとすると、なぜ彼は26年もの年月を、彼自身「つまらない作業」と表現したことのある仕事――つまりロンドン・デイリーメールの25年分の記事を調べるという仕事に費やしたのか。その答えは、フォートの狂気の背後には傍目にみえる以上の大きな意味が潜んでいるから、ということになる。 

フォートはヘーゲル主義者だった。詰まるところ、存在というのは統一体である(ここでいう存在というのは、我々が観察可能な宇宙にとどまらず、およそ存在している万物という意味である)。「すべての根底にある統一体」「すべてが互いに通い合うネットワーク」というものは現にあり、それはすべてを結びつけている。彼はこう記している。「我々すべては虫やネズミ [訳注:卑称なものの比喩] であって、全てを包含しているチーズ [訳注:大いなる統一体の比喩] の異なる表現に過ぎない」。フォートは宗教的な人間ではなかったが、万物のよりあつまった総体が知性をもつ有機体である可能性を認めていた。それを神と呼んでも何ら差し障りはない。「おそらく神は――あるいは『それ』と呼ぶべきかもしれないが――彗星を垂れ流し、地震を闇雲に吐き出すような存在かもしれない・・・」 

つまり、究極の現実・真実というものはあるのだが、我々「小さな虫やネズミ」には、砕けた光、半分の真実、幻の現実が見えるだけである。あらゆるものは「ハイフンで結ばれた存在状態」にある。フォートは「現実的-非現実的」「ありそう-ありそうもない」「善-悪」「物質的-非物質的」「可溶性-不溶性」といった形容詞をたゆまず用い続けた。あらゆるものは互いに連続しあっているから、真実と虚構の境界にラインを引くようなことはできない。科学が「赤いものは受容するけれども黄色いものは排除する」となったとき、オレンジはどこに分類すればいいのだろう? 同様にして、科学が正しいとして受け入れているものに誤りを含まないものはなく、科学が切り捨てたものの中にも必ず何らかの真実が含まれている。 

この「万物は連続している」ということについて沈思熟考した末に、フォートは徹底した懐疑主義へと到達した。「他に抜きん出て勝るものナシ」という信条を掲げた古代ギリシャの懐疑主義者たちと同様に(ちなみにこの信条は「特定の信仰が他に比べてより真実である」といった考えを否定したものである)フォートは何ものをも受け入れなかった。彼はこう記した。「獅子座が形作る大鎌は、巨大な疑問符のように天空に輝いている・・・事が何であれ答えを知っている者など誰もいない」。そしてまたこう言う。「私は何も信じない。太古から岩のように固まってきた知恵や、偉大だとされてきた古今の教師たちに対して私はずっと距離を置いてきた。おそらくはそうやって孤独に身を置いてきたために、他者を歓待する私の流儀は奇妙なものになってしまったのかもしれない。玄関口にやってきたキリストやアインシュタインの面前ではドアを閉めるけれども、裏口にやってきた小さなカエルたちやヤドカリには歓迎の手を差しのべるのだ」

 

フォートは「自分が書いたものは自分でも全く信じていない」と書いたが、ここで頭に入れておくべき重要なことがある。それは、彼は自らが読んだものも一切信じることがなかったということだ。「私は・・・ハッキリいってこの本に書いたこと全てはフィクションとしてお示ししている」。彼は『ワイルド・タレント』でそう述べているが、これに付け加えてすぐさまこう記した。これがフィクションだというのは、ニュートンの『プリンキピア』、ダーウィンの『種の起源』、数学の定理だとか、印刷されたありとあらゆるアメリカ史がフィクションだというのと同じ意味で言っているのだ、と! 

フォートはすべてを疑った。その懐疑は自らの思索にも及んだ。が、彼の熱心な信奉者たちは、フォートは巷間言われているような「科学への敵対者」ではなく、知識の儚さを忘れてしまった科学者に対してのみ敵対したのだと主張した。彼らはフォート主義の健全で健康的な側面を強調している。確かに疑いのない科学理論などありえないというのは本当のことだ。あらゆる科学的「事実」が、新たな「データ」が出てくるたびに不断の修正に晒されるというのも事実である。科学者を名乗るものでそれを否定する者はいない。しかし、同じ科学理論といっても、高い確証を得られるもの・得られないものと様々あるのもまた事実。フォートはこの基本的な事実を見ようとしなかった――あるいは気がつかないふりをした。そしてこうやって見逃すことこそがフォート主義の欺瞞的で不健全な側面なのだった。もしベーカー街遊撃隊 [訳注:シャーロキアン団体] のメンバーが「シャーロック・ホームズは実在する」と考え始めたら、健全なる楽しみは消え去ってしまうだろう。同様にして、フィーティアンが「あらゆる科学理論は等しく馬鹿げている」と本気で信じるようになったら、この団体の豊かなユーモアは無知な冷笑に取って代わられてしまう。

 

フォート自身、あらゆるものは連続的であるとしつつ、不連続というものがあることも認めていた。彼はこれを一風変わった言い方で表現している。彼が言うには、或る微少な生命体が動物なのか植物なのかを判定するのは不可能だが、かといってカバとスミレのような極端な対比においては両者の判別が不可能というわけではない。「誰だって敬意を表するためにカバを束にして送ろうとはしない」。そこまで認めたのなら、真実である確率が高い理論と、それがとても低い理論との間にも同様にラインを引くことができようものだが、どうやらフォートの頭にそんな考えは浮かばなかったようだ。 

この問題はより突っ込んで考える必要がある。何故なら、それは本書の内容すべてにかかわる大きな意味を持っているからだ。仮に我々が真実と虚偽、科学と疑似科学を区別できないのだとしたら、この本はニュートンやダーウィンのような人について書かれた [フォート言うところのフィクション] ものと変わらないのかもしれない。ひとかどのファーティアンであれば「当然だ!」というところだろう。だが、「我々には区別ができる」というのは明白な事実だ。当然ながら「黄色と赤の間のオレンジ」のようにボーダーラインについての事例はとても多く、或る理論がちゃんとしたものか・まがい物か、正気なのか狂気なのか、我々がハッキリ言えないケースはある。だが極端な場合、たとえばカバとスミレのようなケースを考えれば、我々はアインシュタインの仕事の科学的価値とヴェリコフスキーの貢献度といったものをちゃんと区別できる。アインシュタインが間違っている可能性もあるし、ヴェリコフスキーが正しいわずかな可能性(その可能性はほとんどゼロなのだが)もあるにはある。しかし、連続体の両端が極端に離れている以上、一方を科学者、もう一方をニセ科学者と分類しても我々がとがめられることはない。 

フォート自身、この線引きは可能だということは分かっていたに違いない。彼は本の中で、なぜ自分はサンタクロースを無視したかについて慎重に説明している。彼はこう書いている。「私はデータ、あるいはデータと称されるものにはうるさい。そして私は、雪の上、家の屋根、それから煙突へと続く不思議な足跡の記録(ないしは記録と称するもの)には出くわしたことがないのだ・・・」。かくして、データの不在がサンタクロース実在の可能性に影響を与えたことは明らかで、フォートはそれを踏まえてサンタクロースを敢えて「閉め出した」のだった。(つづく

 

 

 

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*マーティン・ガードナー『奇妙な論理Ⅱ』の邦訳でチャールズ・フォートを論じていた第4章「フォーティアン」がカットされていたのを悲しんで、だったら適当訳で紹介してみようという企画の超ひさしぶりの第二回。文中フォートの文章の引用があるのだが機械翻訳を駆使しても何がなんだか分からなかったので(笑)その辺はテキトーに雰囲気だけ味わってください(第1回はこちら)。

フォートが示唆するところでは、地球は総じていえばずっと静止しているものである。「それは回転するには回転しているのだろうが、その回転というのは1年かそこらで一周する公転である。誰もがそうだろうが、何が合理性を成り立たせているのかについては私なりの考えがある。それが私の考える [論敵との間の] 妥協案ということになる」。彼は、フーコーの振子のような、地球が毎日自転していることを示す伝統的な「証拠」に対してかなり詳しく反論を加えている。

地球を回る星々の動きを説明するために、フォートは、地球というのは不透明な殻によって(それはそう遠くないところにあるのだという)覆われているのだと仮定した。星というのはその殻に空いた穴で、そこから光が漏れ出すのだとする。星のまたたきというのは、おそらくはその殻の「振動」による。その殻は不動のものではない。「最も剛性のある物質でも、局所的に渦が起きることはあるだろう。それ故に星々は――あるいは「小さな穴は」といってもいいのだが――お互いに旋回しあっているのかもしれない・・・」。時として流星は殻のうちのゼラチン状の部分を通じて降り注ぐ。それらが通過する際に、物質の塊を引きはがしながら。フォートは、ゼリー状の物質が空から降ってきた何百もの記録を集めた。彼は飛行士たちに向けて、「あなたたちも『干しぶどうみたいに』いつか空にくっついてしまうかもしれない」と警告した。ただ彼は、「空すべててがゼラチン質だというのは荒唐無稽だ。一部の領域だけがそうなっているという説のほうが説得力があるだろう」ともいっていた。

フォートの示唆したところによれば、星雲というのは殻の上で輝いている斑点である。暗黒星雲は不透明な斑点だ。中には「広々とした円形の洞窟に垂れ下がっている巨大な鍾乳石のように」突き出た部分があるのかもしれない。そうしたものの一つに、馬の首星雲と呼ばれるものがある。それは「蛍光色の紙吹雪が舞う狂乱の中にあって巻き込まれまいと断固孤立を守る存在の如くである。それは個体にすらみえる暗闇である。選挙の夜になぞらえれば、それは民主党の祝賀でブロードウェイの他のすべてが狂乱状態になっている下、共和党支持のウールワースビルがひとり置かれた姿のようである」。

フォートは『見よ!』でこう書いた。「星々の地には文明があるかもしれない。あるいは星々の殻のくぼんだところには、地球の植民地ともなりうる、広大で居住可能な領域があるのかもしれない」。ここには来たるべき宇宙旅行についてのフォートの詩的ビジョンが見てとれる。



時は来たれり
スローガンは響く――
空へ向かおう!

星々への旅。あふれる冒険者――映画ニュース――広報係やインタビュー――リラ星に向かう男は持っていくタバコの銘柄を広告することで経費を節約する。

そして、そうしたすべてはごくありふれたものとなる。

おうし座とオリオン座への個人ツアー。ベガ星の近くでの夏休み。「僕の父親が言うには、月に行く前には遺言を書いていくという時代があった」「それでも、昔の空にはどこか穏やかなものがあった。口紅や席巻、水着の看板なんてものを見上げているとだんだんイライラしてくる」



フォートはこう断言した。――上空のどこかにはスーパー・サルガッソー海というものが浮かんでいて、その中には彼いうところのジェネシストリンという島がある。こうした領域には様々な物体や生物がいて、しばしば地上に落下してくるのだと。

フォートは空から奇妙なものが振ってきたという幾千もの記録を収集した。それは虫、魚、死んだ鳥、レンガ、加工された石、鉄製品、色のついた雨、小さなカエル(しかしながらオタマジャクシが降った記録が全くなかったことに彼は困惑した)。そしてタマビキガイ。そのほとんどはスーパー・サルガッソー海に吹き寄せられてきたゴミで、その時期はともかく、それらはもともと地球や他の惑星にあったものだという。

赤い雨についてはちゃんと実証された事例がある。赤みを帯びたチリが水と混ざり合ったのだというのが従来の説明なのだ。しかし、フォートはもっと良い説明があると言った。




タンパク質でできた海、ないしは孵化中の卵の如きもの(そのプロセスで地球は発達の一つの中心となる)を流れる血の川。ジェネシストリンには超動脈があるということ。夕焼けはすなわちそれらの意識であるということ。それらは時に空をオーロラで染めるということ・・・

あるいは太陽系全体が生きた存在であるということ。つまりこの地上に降り注ぐ血の雨は、その体内からの出血だということ—— 

あるいは海に巨大な生物が存在するのと同じように、空に巨大な生物がいるということ――

あるいは特別な何か・特別な時間・特別な場所があるということ。ブルックリン橋ほどの大きさの何かが宇宙空間で生きているが、セントラルパークほどの大きさの何かがそれを殺してしまう—— 

かくて血はしたたり落ちる。



チャールズ・フォートにはこのほかにも同様に奇抜な理論が山とある。本書が終わるまでに、我々はその多くに論及する機会があることだろう。しかしいま我々は、彼の仰天モノの思弁についてどう考えるかをハッキリ決めねばなるまい。フォートはユーモアの人だったのか。それとも頭のおかしい人か。ヘクトが言ったように、彼の著作は「桁外れのジョーク」だったのか。それとも彼は自ら提唱した諸理論を本気で信じていたのか。

ティファニー・セイヤーはその辺のことを知っていて当然の人物であるが、彼はフォートの四冊の著作を収録した1941年版の単行本の序文で、明確な回答を示している。「長年にわたり彼と親交のあった者として、このように断言しても私は許されることだろう。彼はそのようなことを一切信じていなかった。……チャールズ・フォートは決して偏屈者ではなかった。彼は自らの驚くべき『仮説』を1ミリも信じていなかった。道理のわかった大人が彼の文章を読めば分かるように。彼は自らの主張を冗談めかして提示したのだ――エホバがカモノハシを、そしておそらくは人間を創造したように……」 
つづく
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 丼おもてがパクチーで覆われた無国籍風スパイシーラーメン。その名が示す如く立ち上がるスパイシーな香りはどこかカレー風でもある。麺は強めの味にまけないミッシリ感でバランス良し。ホロホロのチャーシューも美味。クセになる一杯とみた。


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2026年が良い年になりますように。ちなみに冬至占は山雷頤の初爻であった。

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■1986529日 アルゼンチン ラ・パンパ州サンタローサ 目撃者:オスカル・アルベルト・フロレス

家の外から犬の鳴き声とブンブンいう大きな音が聞こえてきたので目を覚ましたフロレス(28歳)は、寝室の窓を開けて外を見た。すると木々の梢の上方に浮かんでいる物体があった。そこでふと振り向いた彼は、寝室のドアのところに何者かが2体立っているのを見た。

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その存在は身長8フィートほど。手は長細く、指は3本だったが真ん中の指が一番長かった。鼻、口、耳がないこともあってか、その顔は無表情だった。目は小さくて黒っぽかった。足はベッドに遮られてよく見えなかった。

その存在はピッタリした銀色の上着を着ており、アクセサリーを下げたベルト、大きいメダルのついたネックレスを身につけていた。彼らはずっと身振り手振りで何かを伝えようとしていたが、フロレスには全く意味がわからなかった。

それから彼らは、出現した時と同様に突然消え去った。フロレスはすぐ外に出たが、ボール状の物体が南を指して飛んでいくのが見えた。それから彼はこの出来事を通報するため警察署に行った。フロレスはこの遭遇体験のあと顔の皮がむけたと主張している。彼の両親、友人はいずれもこののち彼の性格が変わってしまったことに気づいた。外向的だった彼は、心配性の内向的な性格になってしまったのである。

SOURCE: Fabio Picasso, "Infrequent Types of South American Humanoids: Part 1,"Strange Magazine, no. 8 (fall 1991): pp. 21-23, 44.

 

 【コメント】Patrik Huyghe『The Field Guide To Extraterrestrials』が取り上げているエイリアンのうち中村省三『宇宙人大図鑑』がパクらなかった面々(笑)を紹介しようという企画はいちおう該当するヤツ全部載せてしまったので今回で終了です。いやはや昔はエイリアンもいろいろバリエーションがあって面白かったですね~。

ということで閑古鳥の鳴く当ブログも本年はこれで店じまいです。それでは皆様も良いお年をお迎えください。

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■1979119日 スコットランド・ロージアン地方のリビングストン 目撃者:ボブ・テイラー

目撃者は61歳の森林作業監督官。ピックアップトラックで林地に乗り入れた彼は、木々の状態をチェックすべく新しいハイウェイの近くにある空き地に向け犬を連れて歩き出した。空き地に着いたのは午前10時半ごろだったが、そこで彼は灰色をした球体が地上に浮かんでいるのを目撃した。周囲にはへり状のものがついていて、その上には小さな窓が幾つかあった。テイラーは細部をよく見ようとしたが、その物体になかなかピントが合わない感じがした。目撃者が言うには物体は自らカモフラージュをしているかのようだった。

すると突然、その乗り物からビーチボール大の物体が2つ、すごい勢いで転がり出て、ザーッというような音を立てながらテイラーの方に向かってきた。テイラーの証言によると、その「ブツ」は「機雷」のように見え、「足」が6本出ていた。「機雷」はあっという間に彼の足下まで来た。とてもキツい刺激臭がし、そこで彼は意識を失ってしまった。

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20分ほどして意識が戻ると、飼い犬が吠えているのが聞こえた。目撃者は濡れた地面に横たわった状態で、アゴはヒリヒリし、左の太ももには痒みがあった。二つの「ブツ」と物体は見当たらなかった。テイラーは脱力感と吐き気を感じ、ノドには焼けるような痛みを感じた。彼はどうにかこうにかトラックのところに戻り、無線で助けを呼ぼうとしたがつながらなかった。そこでクルマに乗っていこうとしたが、体が思うように動かなかったせいか、トラックはすぐさま泥にはまってしまった。最終的に彼はよろめきながら歩いて家に帰り着いた。出迎えた妻によれば、彼は疲れ果て汚れきった状態だった。そのズボンは引き裂かれていた。

テイラーは医師の診察を受けたが、一方で警察はこれを暴行事件とみて徹底的な犯罪捜査を開始した。現場では地面に走る線のほか、重量物が残したと考えられるギザギザ、トゲのついたボールがテイラーを「襲った」時にできた穴が見つかった。

懐疑論者の中には、テイラーは球電に遭遇したのではないかという者もいた。しかし目撃者を知る人々は、彼は誠実な人間だと証言し、これを自然現象だという説明を否定している。

SOURCE: Peter Jordan, "UFO Assault in Scotland," Fate (June 1983): pp.68-74.

【コメント】たまたま先週テレ東で放送されたモキュメンタリー『UFO山』の作中でUFO研究家がこの事件に論及するシーンがあったばかりだが、この通称「ロバート・テイラー事件」ないし「リビングストン事件」は警察が調査に入った希有な事例として有名であるらしい(ただし傷害事件の疑いなのであるが)。ついでに想像図と現地に設置されているという記念碑の銘板の写真(redditの記事より)も貼っておこう。
しかしETのイラスト集という触れ込みで刊行されたこの本にコレを掲載するのは些かムリがあるだろう。どうみても機械だろコレはwtyhtyhtr

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何年かぶりに桂花ラーメン。

ここは大学進学で上京した頃に知った店であるから、考えてみるともう半世紀近いおつき合いになる。丁度その頃とてもお世話になった人がいて、今回はその墓参りの帰りに立ち寄った。何となくセンチメンタルな気分。

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■1977127日 ケンタッキー州プロスペクト 目撃者:リー・パリッシュ

ジープを運転して帰宅する途中の午前15分、19歳の目撃者は樹木の上に火のような色をした四角いUFOがいるのを見た。それは高さ約10フィートで、幅は40フィートほどもあった。すると突然、ジープは何者かにコントロールを奪われたかのように動き出し、ラジオも音がしなくなった。パリッシュが記憶しているのは、どの時点のことかはハッキリしないが自分が無音で浮かぶUFOの下にいたこと、そしてその乗り物が飛び去っていくのを見ていたことだけだった。ふだんなら自宅には7分で着くはずだったが、実際に着いたのはそれより35分も遅い時刻だった。

やがて催眠術をうけたパリッシュは、自分がわずらっていた目の痛みがどこから来ていたのかを悟った。それはUFOを目にしたせいだった。UFOの下にあったジープは空中に吊り上げられ、クルマのドアを開けてもいないのに、パリッシュは円形で大きな部屋の中へと強制移動されていた。

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その部屋には機械のようなものが3体いた。一番大きいのは高さ20フィートほどで色は黒かった。その姿は墓石のようで、小さくてのっぺりした「頭」がついていた。「肌」はところどころザラついていたが、その他の部分は滑らかだった。関節が一つある「腕」が一本ついていたが、手はついていなかった。

一番ちいさいモノは身長6フィート弱で色は赤く、コークの自販機のように四角かった。これも手のついていない「腕」を一本持っていたが、こちらには関節はなかった。パリッシュはその存在がなんだか怯えているような気がしたが、ともかくそれはゆっくりと近寄ってきて彼の頭と肩に触れた。その際にはチクッと刺されるような冷たい感じがした。彼は後になってあれは身体検査だったのだろうと解釈するにいたった。

第三の機械体は色が白く、高さは6フィート。他のものより塊感が強かった。三角形の「頭」がついていて、「腕」は2本あったが、その腕を使ったりはしなかった。これは白くてまばゆい感じだったが、他と違って唯一音をたてた。それは歯磨きをするときの音のようだった。パリッシュは「これがこいつらのリーダーだ」という印象をもった。

それから3体は一つのものに合体した。最初に一番小さいのが白いモノの背後に回り(あるいは融合したのかもしれないが)、それから白いモノは背の高い黒い存在の背後に回り(あるいは融合して)見えなくなった。黒い存在は後ずさりしていったが、そのときパリッシュは温度が高くなっているような気がした。そのとき突然黒い存在が消失し、気づけばパリッシュはジープの中に戻っていたが、この存在たちはいつかまた接触してくるだろうという気がした。事件の調査者たちは目撃者の誠実さは折り紙付きだとしている。

なおこれと同様な「四角い搭乗者」は以前にも報告されたことがあり、一例としては19689月にブラジルで早朝に起きたUFO遭遇事件がある。

SOURCE: Carla L. Rueckert, "Kentucky Close Encounter," Flying Saucer Review 23, no. 3 (October 1977): pp. 15-16, 19.

【コメント】これは「ケンタッキー版ぬりかべ」とでも言いたい案件である(イヤこういうのはぬりかべではないという「ぬりかべ警察」の抗議はこのさい黙殺したい)。ソースは例によってFSR。短いので全3ページを以下に添付。

 

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■1975年夏 コロラド州ラ・フンタ  目撃者:ジェイミー・W 

時刻は朝の8時頃。空は鮮やかなまでに青く、雲一つなかった。ジェイミー・Wと妻はフォルクスワーゲンに乗り、ボールダーから住まいのあるコロラド州ラマーへと向かっていた。ハイウェイに他のクルマは一台も走っていなかった。するとその時、彼らは道路の左側に何かがいることに気づいた。高度350フィートのあたりに、ドーナツを引き延ばしたような形の物体があった。実際のところ彼らはその穴を通して向こう側の空を見ることができた。大きさはフットボール場の半分ほどもあって、ピカピカに磨き上げられた金属製のように見えた。

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人はクルマを路肩に停めたが、そこには有刺鉄線のフェンスがあったためそれより近くにはいけなかった。彼らはそこで物体を30分から45分ほどにわたって観察した。ジェイミーは、自分たちの見ているものが何であるかはともかく、向こう側からも自分たちは見られているという気がした。そこで彼女は心の中で「私の名前はジェイミー。この星にようこそ」と歓迎の言葉を贈った。すると突然、東のほうに白くて小さな雲が34個湧き上がって西の方に向かっていった。さらにこれとは別に巨大な雲が一つ出現し、前の方にやってきたかと思うと金属製の物体を覆ってしまった。この雲がいってしまうと、例の穴の空いた物体の姿は見えなくなっていた。それから2人は再びラマーに向けてクルマを発進させたが、奇妙なことにふだんは異常なほど騒がしいタイプのジェイミーが、この時はおそろしく落ち着いて穏やかな気持ちになっていた。

それから何年かたって、催眠術の施術を受けていたジェイミーは、当時のことを思い出した。その物体を見た途端、自分はそこまで走っていこうとしたのだったが、夫はクルマを離れるなと言った。その後のことも彼女は突然思い出した。自分はその物体の中にいて、そこで2体の存在に暖かく迎えられていた。1人は男性、もう1人は女性。見たところ彼らは「北欧系」のようだった。彼らは長身で背丈は6.5フィートほど。やせていて美しかった。髪の毛は長くブロンドで、まつげも金色だった。ジェイミーによれば、その肌は真っ白でほとんど透明に見えるほどだった。2人は青いジャンプスーツを着ていたが、男性のほうは銀色のベルトをしていた。

ジェイミーはその船を立ち去りたくはなかったが、あなたはもう行かねばなりませんと言われた。すると突然、彼女は自分がクルマの中に戻っているのに気づいたが、「彼らの平和のメッセージを伝えねば」という思いを固めていたという。

SOURCE: Interview by tht author, July 10, 1987. Laramie, Wyoming.

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■19741027日  イングランド・エセックス州アヴェリー 目撃者:ジョン・デイ、スー・デイ夫妻とその子供たち(ケヴィン、カレン、スチュアート)

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デイ家の人々は親戚の家からクルマで帰宅する途中だった。子供二人は後部座席で寝ており、もう一人の子供で最年長のケヴィンはラジオを聴いていた。そのとき、青くて楕円形をした光が現れたことに彼らは気づいた。それは最初クルマと一緒に動いてきたが、それから前方へと回り込んだ。時間は午後1010分。場所は家の近くだった。その光体は道路右側の丈の高い茂みの向こうへと消えた。

しかし一家は突如ただならぬ事態が起きていることに気づいた。クルマが立てていたエンジン音は止まり、ラジオはパチパチいう音をたてながら煙を上げ始めた。さらに彼らは前方の路上に緑色をした霧が塊状になっているのを目にしたが、その直後にヘッドライトは消えた。クルマはガタゴトと動き出して霧の中へと入っていくように見えたが、一瞬音が絶えて寒くなったかと思うと、クルマは霧の外へと出ていた。数分後、彼らは自宅に着いた。しかし時間は午前1時で、到着しているべき時刻からはほとんど3時間ほども遅れていた。

3年後に催眠術の施術を受けた際、ジョン・デイは、緑色の霧に包まれてからのことを思い出した。一家とそのクルマは、円柱状の光で乗り物の中へと運び上げられた。そこで彼らは、身長4フィートほどでゆったりとしたガウンを着た生物2体に身体検査をされた。その生物たちは首がなく少し前屈みで、目は三角形。大きな耳は先が尖っていて、顔は動物のようだった。体のみえる部分は短い毛で覆われており、手にはかぎ爪状の指が4本あった。その生物たちは時折チューチューいう音を立てた。

この生物たちは同乗していた別の種族に隷従しているようだったが、その種族というのは身長6.5フィートほどで、頭をフードですっぽりと覆い、両手も全部隠れる衣服を着ていた。その口と耳は見えなかったが、唯一目がピンク色をしていることを除けば見た目はほとんど人間と変わらなかった。この背の高い方が全体を支配しているということらしく、ジョンとスーに三層になっている乗り物の内部を案内した。そうやって中を回っている最中、彼らはこの船の推進システムについても説明をした。彼らはさらにホログラフィの映像も見せてくれたが、そこには汚染によってこのエイリアンたちの母星が破壊された様子も描かれていた。

 一家とそのクルマは、彼らが掠われた場所から半マイルほど離れたところに戻された。この一家の人たちは、遭遇体験から数ヶ月のうちに性格が大きく変わってしまったとも言われている。

SOURCE: Andrew Collins, "The Aveley Abduction," Flying Saucer Review 23, no. 6 (April 1 978): pp. 13-25; 24, no.1 (June 1978): pp. 5-15.

 

【コメント】これはイングランドでも有数のアブダクション事件で「アヴェリー事件」と称されているらしい。ソースに挙げられている「Flying Saucer Review」の記事は2号連続でなかなか読み応えがある。ここには両号の記事冒頭のページと、添付されていたエイリアンのイラストを貼りつけておこう。
 なお、FSRの記事だとこの夫妻は「John & Elaine Avis」となっているのだが、これはプライバシー保護のため使われた仮名で、この本に記載された「John & Sue Day」が正しいということのようだ(ちなみに子供の名前はKevin、Karen、Stuartでともに一致している)
 しかしこの毛だらけモンスター、ナリはゴツいけれども体ちっこいし三下扱いされとるしちょっと侘しい。

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■1973年もしくは74年の或る金曜日 メリーランド州クックスビル 目撃者:マイク・シア
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或る金曜日、ボルチモア大学で法学の講義に出たあと、午後7時に友人と会う約束のあった目撃者はオルニーへと向かっていた。ボルチモアを出発して15マイルほど行った辺りで左側を見やったシアは、自分のクルマから150フィートほど離れたところにある納屋にビーム状の光が当たるのを見た。空中には巨大な物体が浮かんでおり、その周囲には赤と黄色に交互に色を変えるリングがついていた。それはベトナムから復員してきた彼にとっても未だかつて目にしたことがないものだった。クルマの窓は開いていたが、音は全く聞こえなかった。

やがて光線は消えたが、シアは怖くなってきた。何かが背後から近づいてくるように思われたからである。すると突然、その物体が頭上にやってきたのを目にした彼は、背骨に電気が走るのを感じた。それからふと気がつくとクルマはオルニーに向けて走行しており、気分はすっかり落ち着いていた。約束していたバーに行ってみると、友人はいなかった。バーテンダーの話では、彼の友人はたしかに午後7時には来ていたということだった。シアは時計を見上げた。時刻は午後9時だった。

10年後、ワシントン州で法律家になっていた彼は、この失われた時間に関してずっと抱いてきた不安や恐怖を何とかしようと催眠術を受けることにした。アブダクションの研究家、バド・ホプキンス立ち会いのもと行われた退行催眠の最中、彼は恐怖のあまりその物体をよく見られなかったことを思い出した。彼はクルマを走らせ続けたが、そこで道路の脇に4体の人間がいるのを目にした。しかし、実際には彼らは人間ではなかった。

その生物はプラスチック製の鎧のような黒い服を着ていた。顔は黒かった。ヘルメットをかぶっているように見えたが、その真ん中にはラインが入っていた。見た目はバッタのようで、腕は長く、脚はサルのそれのように曲がっていた。4体のうち3体はかなり背丈が高かった。残る1体は小さく、前面にジッパーのついた黒いシルク製のような服を着ていた。この1体は他よりかなり年かさであるように見えた。

目撃者は、クルマを降りた時に上方から奇妙な光を浴びたことも思い出した。その乗り物は近いところにいたが、ヒューンというような小さい音を立てていた。いや、実際には乗り物は二つあった。地上に降りていた小さいものと、空中に浮かんでいた大きいものである。
それからシアはその乗り物の一方に入り、テーブルに載せられて検査を受けた。様々な試料が彼の身体から採取された。

SOURCE: Gary Smith, Unspeakable Secret, " Washington Post Magazine (3 January 1988) : pp. 12-19.

【コメント】イラストはアリみたいになっているが、ヘルメットをかぶっているし見かけはバッタのようだったというからむしろ「仮面ライダー」風だったのではなかろうか。もっとも「脚はサルのそれのように曲がっていた」というから要するにガニ股だったのである。ダサい仮面ライダーである。
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