ミチオ・カクという人物は「ひも理論」とやらを唱えている理論物理学者である。

「ひも理論」というと「折り畳まれている次元というものがあるのだよ」みたいな議論だったと思うのだが、その辺は生粋の文系のオレとしては正直よくわからん。ただ同時に彼は、最先端の科学技術をわかりやすく解説するという啓蒙的な仕事もしており、この本なんかもそういう一冊である。

今回はとりわけ「脳」や「こころ」に関して「現在の科学技術がこのまま発展していくとどういうことができるようになるんだろうか」みたいなことを論じている。そういうのは典型的文系のオレにとっても非常に重要なポイントであるので、買って読んでみたという次第。

感想としては、ま、陳腐だけれども、「いやホント知らん間に科学は進歩しているんだなぁ」ということに尽きる。

たとえば、最近ではMRIなんかで脳の活動状況がほぼリアルタイムで「見える」ようになりつつあり、その分解能とかをブラッシュアップさせていけば、やがては「人間の思考や認識」といったものと、「ニューロンのふるまい」(端的にいえば脳内の電気現象ですね)の関係を解明できるんではないか、というハナシになってるらしい。

そのメカニズムを解明すれば、原理的には「脳内で何か考える→電気信号→他者に伝える→再構成する」というテレパシーみたいな現象も再現できるし、その手のブレイン・マシン・インターフェース(BMI)次第で全身マヒの人だっていろいろできるようになる。最終的には、脳内の情報=記憶を電気情報としてハードディスクに「記録」できるかも、みたいなとこまでいっちまうらしい。で、逆にいえば「偽の記憶」を頭に送り込んだりすることなんかも十分射程内だ。いや、彼の議論では、「記憶」どころか「全人格」さえも原理的には記録可能だというから恐れ入る。

臨死体験とか幽体離脱みたいなテーマもチラッと出てくるし(その流れでカナダのマイケル・パーシンガーも出てくる)、「2045年問題」のカーツワイルなんかも登場する。いやぁ実に盛りだくさん。カクは「物理法則上否定しえないものは実現可能性がある」というスタンスで、実にアメリカン。楽天的である。

ただ、何かこう、「神の領域」みたいなトコに向けて人間がズンズン進軍しているのを見て、ちょっと寂しくなったりするのは何でなのか。どこまで一般化して言えるかどうかはワカランが、ワレワレ日本人には、何かどっかに「いやそうはおっしゃるけど、人間には見てはならない聖域とかやっちゃならねえタブーの領域はヤッパあるんじゃねーの」「そういう還元論でホントに人間のこころがわかりますかねえ」みたいな、論理以前の感性が残っているような気もするのでアル。

尤も科学というのは、そういうプリミティブな感性なんかはお構いなしの自動的メカニズムである。さて、オレの目の黒いウチにミチオ・カクの「予言」はどこまで実現するんだろうか。興味津々、といえばいえる。

【追記】

いろいろ書いたけれども、ともかく知的好奇心を刺激してくれる一冊であることは間違いナイ。知らんこともいろいろ書いてあって勉強にもなった。たとえば京都にはATR脳情報研究所(ググるとNTT系の3セクらしい)なんて研究機関があって、「夢の画像化」みたいなことまでやっとるらしい。けっこう日本も頑張ってるではないか。にしても、夢研究はそんなところまでいってるのか。フロイトも遠くなりにけり。