グレイ・バーカー著『空飛ぶ円盤ミステリー  3人の黒衣の男』(平野威馬雄訳・原題『They Knew too Much About Flying Saucer』)を読んでみた。


UFO愛好家には広く知られているところだが、これはUFO目撃者のもとに現れては「口外するなよ」などといって脅迫をしていくとされる黒服の男たち――いわゆるメン・イン・ブラックの存在に触れた最初期の本である、ということになっている。

やや詳しく言うと、1952年、米国でUFO研究団体を旗揚げしたアルバード・ベンダーなる人物が、53年になって「もう円盤研究はやめますワ」と突然言い出したものだから愛好家たちはビックリ仰天、とりわけ円盤仲間だったこのグレイ・バーカーはあの手この手で理由を聞き出そうと悪戦苦闘、56年になってその顛末をこの本に記して刊行した、というハナシであるわけだが、バーカーはこの本で、「3人の黒服の男たち」がベンダー(のみならず他の研究者のもとにも来ていることがこの本では示唆されているけれども)のところにきて、何やら恫喝をしていったせいではないのか、ということを説いている。ただ連中の正体とか、それ以上のことはわからなかった。この本では結局ナゾは解明されなかったのである。

ところが、のちにベンダーは「もう大丈夫そうだから真相話すネ」と言いだし、その話をまとめるかたちでバーカーは「ベンダー・ミステリー」の「種明かし編」にあたる本を出す(だから著者はいちおうベンダーというかたちになっている)。これが『宇宙人第0の遭遇―ベンダー・コンタクトの全貌』(コンノケンイチ訳・原題『FLYING SAUCERS AND THE THREEMEN』)。要するにメン・イン・ブラックは宇宙人であって、いろいろコンタクトがあった結果、「オレらのことしゃべったらただじゃおかんからな!」的状況に追い込まれていた、という話だったわけです。


背景説明が長くなってしまったけれども、実はオレは先にこの『宇宙人第0の遭遇』(しかしこのダサイタイトルは何とかならなかったのかw)を読んでいたので、うろ覚えながら何となく結末は頭に入っていた。そういう状況で読んだこの本であるので、なんつーか、犯人のわかっている推理小説を読むみたいなところがあり、いまいち乗り切れなかったことは否めない。

あと、平野威馬雄氏が翻訳をしているようなのだが、端的にいってかなりの手抜き仕事である。同じ人間の名前が前後で表記がかわっていたり、テニヲハがヘンだったり、文意がよくわからなかったり、ま、校閲の責任もあるだろうが、文学者とか名乗っていた人間にとっては些かお粗末すぎる翻訳である。そのあたりもこの本の魅力を大きく減じている。あるいは弟子とかに適当にやらせたのかしらん。

ただ、少しぐらい褒めておかないと可哀想なので感心したところも挙げておこう。

この本の冒頭では、そもそも映画配給の仕事か何かをしていたバーカーが円盤業界で名を上げるきっかけとなったフラットウッズ事件のエピソードが書いてある。この事件のあったウェストバージニア州はバーカーの地元だったこともあり、それで調査に乗り込んだのが研究家・バーカーの原点であるらしい。この事件があったのが1952年で、先に触れたベンダーの研究団体IFSBが旗揚げをしたのも52年。何かこの当時の米国の空気感みたいなものは、なかなかリアルに描かれている。

ちなみにこのフラットウッズ事件で出現したモンスターは、硫黄臭のようなイヤな臭いがしたということになっているんだが、ベンダーの出会った「宇宙人」もその出現の際には同じようなイヤ~な臭いがした、という。何かそういう風にして円盤現象の「常識」が確立されつつあった時代なのかもしれないぞ、と思ったりする。

あと、もちろん「メン・イン・ブラック」である。その正体については「政府機関の人間だ」「いや宇宙人だ」みたいな不毛な論争(笑)がいまだに続いているんだが、結局、どの説をとっても「ヘン」なところは残る。不条理極まりないシロモノである。ということでいえば、仮にベンダーが「あれは宇宙人だったヨ」と言い出したところで、なお釈然としないところは残るワケで、そう言う意味では「どうなのかなーわかんねーなあ」といって堂々巡りをしている、この本におけるバーカーの立場は実は今のワレワレと全然かわんない、とも言えるわけである。

さらにいえば、この本で右往左往しているバーカーの姿をみていると、登場人物が何だか状況がよくわからないまま怖がったりウロウロしているタルコフスキーの「ストーカー」であるとか、あるいはカフカの『城』を連想したりもするぞ(些か大風呂敷w)。そういうバーカーに感情移入して一喜一憂する、というのがこの本の正しい読み方ではないのかな。と、半世紀後の読者としては思うのである。