舛添さんが辞任に追い込まれたので、また東京都知事選をやるらしい。

都職員の方々とかご苦労さんであるけれども、こういう茶番をみせられた後となると、どうしても思い出してしまうのは2007年の都知事選に出た伝説の候補者、外山恒一である。これまた伝説の政権放送で、彼はこう吠えていた。

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所詮選挙なんか、多数派のお祭りに過ぎない

多数決で決めれば、多数派が勝つに決まってるじゃないか


この外山恒一という人は、いまも「ファシスト」と称して政治関係の運動をしているようだけれども、オレ的にはこの人は本質的に「アーティスト」だと思っている。世の中の常識とされているものを疑う。別の見方をすればこの世界は全く別のものとして見えてくる。そういったことをパフォーマンスを通じて表現するというのは、紛れも無く「アート」である。

彼の「政治思想」をちゃんとフォローしているワケではないけれども、先の政見放送をきいてみると、社会改革の道筋など全く示さず、「多数派」が当たり前のように考えているものはインチキだ、という意味のことを繰り返し言っている。「何が問題で、それに対して何をなすべきか」といった具体的なことは、もう綺麗サッパリ、見事に何も語っていない。それもまた、これがパフォーマンスであり、アートであることの紛れもない証左である。

もちろんこういう人に「政治」などという営みを任せることはできない。できないけれども、「人気投票」のようにして選ばれた知事がこのようにして放逐されていくのを見た今、「多数派」のおごりを諌め、「この世界を懐疑せよ」といった風にいわば荒野に立って咆哮する人という人はどうしたって必要なのである。この国の民主主義のためにも。

というわけで、この伝説の政見放送は、実は全都民必見のアート作品なのである。

 

*なお、文字起こししたサイトもあった。読んでみるとまた独特の味わいがある