前回は、目撃者の少年2人が墜落したUFOの中から「ブラケット」をもぎとってきたという話をした。その大きさは長さ30センチ×高さ9センチ。この謎の物体は、とりあえず二日ばかりはホセの家で保管していたという。が、その間、おそらくは何かが現場から持ち去られてしまった可能性を案じたのだろう、軍人がホセの家に家探しに来た(いくら軍でもそんな勝手なことをしていいのかという気はする。この時点で軍当局には何らかの「危機感」があったのかもしれない)。
幸い軍人たちにブラケットが見つかることはなかったのだが、せっかくの宝物を取り上げられてはいかんということで、2人の少年はこれを改めてレミーの家の物置小屋の床下へと隠した。そこで「事件」が起きた。
幸い軍人たちにブラケットが見つかることはなかったのだが、せっかくの宝物を取り上げられてはいかんということで、2人の少年はこれを改めてレミーの家の物置小屋の床下へと隠した。そこで「事件」が起きた。
ちょうどその頃、レミーの家にペドロ・アヤナという羊飼いの男がやってきた。彼は一家の知り合いで、羊の出荷作業をするためにサンアントニオを訪れた際には、件の物置小屋に寝泊まりしていたらしい。この時も彼は小屋で寝ていたのだが、ある朝、真っ青な顔をしてレミー家の母屋にやってきた。そこで彼はこんな話をした。
オレが寝ていたら、夜中になって窓の外の井戸の辺りに光が見えた。何だろうと思っていたら、小屋の中に突然身長3フィートほどの小さい生きものが3体現れた。そして地下を指差して「テソロ」と言ったんだ。ああ、確かにそう言った。そこで驚いたオレは跳び起きてライフルを手に取った。すると何てこった、ヤツらは消えてしまったんだよ!(このへんは中岡俊哉風の脚色アリw)
これを聞いたホセとレミーは仰天した。なんとなれば、テソロ Tesoroというのはスペイン語で「宝物」という意味なのだが、日頃スペイン語を話していた彼らは、もぎとってきた例のブラケットを2人だけの符牒で「テソロ」と呼んでいた。誰も知らないハズの「テソロ」のことを何でその化け物は知っていたのか・・・・・・
少年2人の心中、察するに余りある。ちなみにレミーの家族は念のためすぐさま小屋の床下をチェックしたが、この時もブラケットは見つからなかった。勝手な行動をしたことが大人たちにバレるのが怖かったのだろう、ホセとレミーは翌日ブラケットを取り出し、箱に入れてホセの家の下に埋め直したという。
しかし月日が経つうちに、少年2人はこの宝物のことをあまり気にかけなくなっていったようだ。ホセ・パディージャは1954年にカリフォルニアへ、レミー・バカは1955年にワシントン州へと、それぞれ家を出て移り住むことになった。生年から計算するとホセは18歳、レミーは17歳の頃である。
大切だった「宝物」はずっと地中に埋まっていたことになるが、1963年に帰省したホセは、かつて埋めたもののことを思いだし、掘り出してみた。とりあえずホセは、この「ブラケット」をカリフォルニアに持ち帰って自宅のガレージに放り込む。
当時のアメリカでは幾多のUFO事件が社会の注目を集めるようになっていたものの、かつての少年たちは変人扱いされることを恐れてか、自らその体験を公にしようとはしなかった。だが、やがてUFO研究家たちはかつてサンアントニオで起きた事件のことを知り、調査を始める。そのプロセスの仲でこの「宝物」は再び注目を集めることになるのだった。
その辺りの経緯について触れておくと、長じたホセとレミーはその後ずっと音信不通になっていたのだが、たまたまレミーが祖先の系図作りをしようとネットで情報を収集していたところ、2001年になって偶然ホセの息子と出会う。そこから旧交を温めることになった二人は、「そういえば・・・」と例のブラケットのことを思い出す。
大切だった「宝物」はずっと地中に埋まっていたことになるが、1963年に帰省したホセは、かつて埋めたもののことを思いだし、掘り出してみた。とりあえずホセは、この「ブラケット」をカリフォルニアに持ち帰って自宅のガレージに放り込む。
当時のアメリカでは幾多のUFO事件が社会の注目を集めるようになっていたものの、かつての少年たちは変人扱いされることを恐れてか、自らその体験を公にしようとはしなかった。だが、やがてUFO研究家たちはかつてサンアントニオで起きた事件のことを知り、調査を始める。そのプロセスの仲でこの「宝物」は再び注目を集めることになるのだった。
その辺りの経緯について触れておくと、長じたホセとレミーはその後ずっと音信不通になっていたのだが、たまたまレミーが祖先の系図作りをしようとネットで情報を収集していたところ、2001年になって偶然ホセの息子と出会う。そこから旧交を温めることになった二人は、「そういえば・・・」と例のブラケットのことを思い出す。
これは前もちょっと触れたところであるが、やがて二人の子供時代の友人、ベン・モフェットが地元で新聞記者をしていることを知ったレミーは、例の事件のことを彼に話す。これが2003年に記事になったのが契機で、ライアン・S・ウッドやティモシー・グッドといったUFO研究家たちが調査を開始。以後、たぐいまれなUFOの「物証」として再発見されたブラケットはその一部をカットされてはたびたび成分分析に付されてきたという。
ただし、今のところこの物体は通常のアルミニウム・シリコン合金であるという結論になっているらしい。そんなこともあってか、本書を読む限り、ヴァレはこの金属部品は明らかに「地球製」であると考えているようだ。・・・読者諸兄もちょっぴりガッカリされたのではないでしょうか(笑。
ちなみにこの部品について、ヴァレは以下のような推理を披瀝している。
これはUFOの回収作業にきていた軍人たちが持ち込んだ何らかの部品――さもなくばUFOが墜落前に激突した無線タワーから飛び出した部品で、兵士たちはたまたま手近にあったこの部品を電源コードを巻き取るような仕事に転用し、そのままUFOの中に放置していたのではないか。ただ、困ったことにその部品はいつの間にかなくなっていた。それは民間人がこっそり現場に来ていた可能性を示唆しているし、軍がUFO回収作戦を極秘裏に行っていたことの物証ともなりかねない。軍当局がホセ家を「家捜し」した背景にはそんな事情もあったのだろう――そんな意味のことをヴァレは言っている。
ということで、とりあえずこの「ブラケット」は、「エイリアンの遺物」のような大それたものではないと言えそうだ。だが、それなら物置小屋に現れた不気味な生き物がこの「ブラケット」を探していたというのは一体何だったのだろう? 部分的に解明されてはいくんだが、なんだか釈然としない部分が澱のように溜まっていく。それがUFO現象というものなのである。(つづく)

ちなみに上の写真はネットで拾った「ブラケット」の別カットである。ヴァレはこの部品について、エアモーター社 Aermotor Company が製造している鋳物部品(型番A585)に似ていると言っている。リンク切れに備えて下にそのパーツの写真を貼っておくが、確かに両者はなんとなく似ている。

コメント
コメント一覧 (6)
何か時々ムジュンしたことが書いてあるような気がしてよくわからんのですが、しばらく続けてみますねー
この何者だかわからない者達は決定的な証拠を与えないようですね
雲を掴むように決して証拠を残さないようです
続きを楽しみにしております
またしばらく書けないかもしらんですがご愛顧のほどを m(_ _)m
https://www.youtube.com/watch?v=mowg0M9E7sM&t=1023s