役所広司がカンヌ映画祭で最優秀男優賞を受賞したのだという。慶賀すべきことであろう。というわけで、今朝の「天声人語」もその話を取り上げている。

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だが、残念なことに今回も出来がよろしくない。

役所の出演したその映画は「パーフェクト・デイズ」というのだが、この作品を撮ったビム・ベンダースは小津安二郎監督に心酔しており、それ故に小津映画には欠かせない名優・笠智衆をも高く評価している。そういう経緯もあったので、贈賞式でベンダースは「私の笠智衆」という言い回しで役所広司を讃えた。

今回の「天声人語」はその逸話に全面的に乗っかってしまった。かつては
笠智衆がおり、そして現代には役所広司がいる。日本の名優の系譜に新たな一頁が加わった良かった良かった――そういう話に仕立てている。

がしかし、オレは一読、なんだか腑に落ちない感じに襲われた。よくよく考えてみると、このコラムは役所広司を讃えるというよりも、むしろ笠智衆を讃えるような構造になっている。試しに「笠智衆さん」「笠さん」という言葉が何度出てくるか数えたら6回。一方で「役所広司さん」「役所さん」は3回である。

今回の栄誉のヌシは役所広司なのである。今日のところは彼にスポットを当てる原稿を書かねばならない。なのにそこが倒錯している。役所広司だって確かに笠智衆へのリスペクトはあるだろうが内心は「オレはオレ。芸風も何も全然違うのに一緒にすなや」と思ってるのではないか。結果的に今回の「天声人語」もピント外れの内容に終わった。