■第11章 狂気の縁

    錯乱の極みというのは、かくあれかしという願望によって何かを信じてしまうことだ ――ルイ・パスツール

リック・ドーティは、ジョンと私を気に入ってくれた。私たちの側もそうだった。ラフリンでの一週間の間、彼はほとんど常に私たちと一緒にいた。そんな状況は時に私たちを不安にさせた。知り合って間もない頃、私たち三人は、ラップトップをワイヤレスでインターネットにつなぐことのできる小さなショッピングモールに行くことになった。ホテルの外の賑やかな大通りを渡っている時――それは実際にはほとんど高速道路だったのだが――私は突然、めまいがするような妄想に襲われた。その時点までにリックは、コンピュータをハッキングする自らのスキルを我々に話していたし、DIA(国防情報局)の仲間と会ったことだとか、その連中がUFO会議の参加者のうち何人かに関心をもっており、それはとりわけリックの言い方でいうところの「外国人」であることなどを明かしていた。

突然、ピンときた。コンピューターを手元に置いたリックの近くでPCをオンラインにつなぐということは、我々のことや我々の映画についての情報が詰まったマシンに、諜報機関の侵入を許すことにならないだろうか? 目の前には小さな黒い星が踊りだしたが、もう後戻りはできないことに気づいた。この波に乗って、事態を最後まで見届けるしかないのだ。

白いタイルが敷かれ、エアコンの効いた、ムサカ料理の匂いが香るモールで、私たちは同じテーブルについた。ジョンと私は片側、リックは反対側に座り、ラップトップの画面が背中合わせになるような配置だった。ワイヤレスの送信機にはパスコードが設定されていて、そのサービスを提供しているカフェは閉まっていた。我々は、リックがシステムをハックして繋げてくれるのではないかと冗談を言ったが、彼は別に異議を唱えることもなかった。しかし1分ほどしてもそういうことにはならないことが分かったので、私は振り向いて別のテーブルに座っていたラップトップのユーザーからパスワードを教えてもらった。我々はこれをエリント(電子諜報 ELINT)に対するヒューミント(人的諜報 HUMINT)の勝利だといって記録にとどめることにした。どういうわけか、それ以降リックといて不安になることはなくなった。

だからといって、彼が奇矯な行動を取らなかったわけではない。ある日の午後、私がロビーで自分のラップトップを操作していたところへ、自分のラップトップを持ったリックが近づいてきた。

「やあ、マーク!」。リックの声には秘密めかした調子があり、私は瞬時に警戒態勢に入った。「見せたいものがあるんだ」

彼はラップトップをテーブルに置いて画面を開いた。そこには異星人の写真や絵がずらりと並んでいたが、いずれも「グレイ」タイプだ。灰色の肌、無毛で膨らんだ頭、大きくて黒いアーモンド型の目、口の位置にある裂け目、鼻のところにある穴、そして鉛筆のように細い首。

「これを見てどう思うかい?」と彼は聞いた。

私はほとんど全部の写真を見たことがあったので、そうリックに伝えた。同時に、それらはすべて偽物だと思うとも伝えた。いくつかは模型で、いくつかは映画の特殊効果による創作物だ。二、三、非常によくできたものもあった。

「どうしてこれを見せているんです?」と、私は疑念を隠すことなく尋ねた。
「この中の一つは本物だ。どれだと思う?」
「全部偽物だと言ったでしょう」
「私は生きたEben エベン を見たことがあるんだ。そしてこの中の一つがその写真だ」

彼は、生物の一つを指さした。それは横を向いたグレイで、通常よりも顔は長く、気品があって意志を感じさせる表情だった――エイリアンの顔から感情を読み取れるとしたら、の話だが。腕は体の横に下ろしていて、画像は肘の上からしか写っていなかった。私は疑わしいと言った。

「これは本物だよ」とリックは主張した。「我々はこれをEBE2と呼んでいたんだが、1964年から1984年までアメリカ政府のゲストとして生きていた。私はロスアラモスでこいつがインタビューされているのを見たよ」。リックは著書『情報解除免除 Exempt from Disclosure』の中でもこの件について触れている。1983年3月5日、彼は名前が明かされていない、とある人物に連れられて、ロスアラモス国立研究所の地下深くにある部屋に入った。そこには「テーブルが二つと椅子が数脚、録音機器が置かれていて、私はドアの近くに座った」。空軍の大佐が入室し、インタビュー中は黙っているようリックに指示した。リックが「インタビューされるのは何者か」と尋ねると、「別の惑星からのゲストだ!」と言われた。5分ほど後に、身長4フィート9インチの人間とは異なるように見える生物が現れた。それはクリーム色をしたタイトなスーツを着ていて髪の毛はなく、リックは「これはEBE2だ」と教えられた。

質問者は大佐と正体不明の民間人2人で、彼らはEBE2に主として故郷の惑星やその大気について質問した。「このインタビューで興味深かったのは、EBE 2の向かいに座っていた3人が発する質問が、私には一切聞こえなかったことなんだ」。リックが聞いたのは、ETの返答だけだった。それは「完璧な英語だったが、機械的な声のように聞こえた」。EBE2は、ニューメキシコの気候は故郷を思い出させるので気に入っていると述べた。

リックと一緒にEBE 2の写真を見ていると、そこにジョンが現れた。私はEBE2を指し示し、リックが話していた話を繰り返した。「それは胸像だ」とジョンは即座に言い切った。「知り合いのUFO研究家がそれを家の暖炉の上に置いているよ」

リックの声にはかすかな苛立ちが入りこんでいた。「もしそれが胸像だとしたら、写真を元にして作られたんだ。だって私はこれが本物だと知っているからな!」

「それは胸像だ」とジョンは言い張り、そのまま立ち去った。

我々と一緒にいない時のリックは、ビル・ライアンと連れ立っていた。リックは我々に対してはセルポの話をしたがらなかったが、ビルがいるところでは必ずその話題が出た。もっとも、私たちは会議中あまりビルと話す機会がなかった。彼はこの会議では注目の的だったからだ。彼はいつ見てもジャーナリストにインタビューされたり、UFO研究家に質問されたりしていた。

木曜日の午後、ジョンと私はラウンジでリックと一緒に座り、ビルを待っていた。そこに黒い服を着た男がやって来て、同席してもいいかと尋ねてきた。我々は皆うなずいて承諾した。彼は体格こそ良かったが、どこか女性的な感じで、黒いタートルネックはいささかピチピチ過ぎるのではないかという気がした。座るや否や、その男性は自らのUFO体験を30分間にわたってしゃべり続けた。彼はまるで催眠術にかかっているか夢を見ているかのように、奇妙で声で歌うように話した。それによれば、自分はシングルファーザーで、数年前にアリゾナ州フェニックスの野外で空飛ぶ円盤を見たことがあるという。その出来事のすぐ後、彼は奇妙な男2人に会ったのだが、一人の目は赤く、もう一人の目は金色に輝いていた。一人目の男との出会いはおおむね良い感じで、電話番号も聞いた。だが、二人目との出会いはトラウマが残った。「いいですかと聞きもしないでずかずかと入り込まれたような感じ」がしたのだという。

そのおしゃべり男は二か月間、その体験を忘れていたが、ふと最初の男の電話番号を聞いていたことに気づき、電話をかけてみた。出たのはその男の妻だった。「主人は外出中です」と彼女は言い、「すみません、オーブンにエンチラーダ [メキシコ料理の一種] を入れてるところなんです」と続けた。そして彼女が電話を切った瞬間、記憶が一気に蘇ってきた。彼が覚えていたのは、ただ一つ、男たちの目のことだった。それは「花火のように回転し、閃光を放っていた」。男の話も終わりかけたところへ、ビルが現れた。彼は動揺した様子で、マニラ封筒を握りしめていた。

「みんな、話したいことがあるんだ」。私たちは黒服の男に失礼を告げ、別のテーブルに移動した。

「この封筒をロビーで渡されたんだ。誰かが僕のために置いていったらしい」。封筒には、太い緑のマーカーで「B. Ryan」と書かれていた。「ちょっと見せてくれ」とリックが言った。「封を開けるのは得意なんだ」。しかし、ビルは自分で封筒を開けた。

中には、ワープロで印刷された紙が三枚入っていた。印刷はかすれていて、プリンターのインクが切れかかっていたらしい。それは、セルポの宇宙飛行士の日誌の知られていない部分で、彼らが連れて行かれた異星人Ebenの惑星では彼らと意思疎通を取るのに苦労したことが記されていた。加えてそこには小さな紙片も入っていた。そこには手書きでのたうつ文字のようなものが書いてあり、合計16本の線が歪んだ格子を形作っていた。これはエイリアンの文字なのだろうか? 我々は何度か紙を回転させて、そのグニャグニャがどっちからどっちに向かっていくのかを確かめようとした。繰り返し出てくる文字がないかと探してもみた。しかし、何も分からなかった。ビルは中に入っていたものを封筒に戻した。

「失礼するよ、皆さん。もう行かないと。会議の主催者たちとUFOのビデオを一緒に見る約束をしているんだ」

我々は、夕食後にホテルのロビーでビルと会うことにした。翌日は彼が発表をする大切な日だった。彼が上映会に向かって走り去る姿を見ながら、私は考え込まざるを得なかった――エイリアンの真実という霧深い海を航行する船長として、ビルは自らの船を自ら操船しているといえるのだろうか。ラフリンに到着してからのこの数日、彼はアメリカのUFOコミュニティに熱烈に迎えられてきた。しかし私は、彼が誰かに操作され調教されている可能性を捨てきることができなかった――その「誰か」の正体は分からないにしても。私の最大の懸念は(それはジョンとグレッグも共有していたのだが)彼が「もう一人のポール・ベネウィッツ」になってしまうのではないか、ということだった。

■プロジェクト・ベータ

1981年の後半、UFOコミュニティに出回った「プロジェクト・ベータ:現状の要約と報告(推奨ガイドライン付き)」という文書がある。それは驚くべき文書であり、かつ今から考えればポール・ベネウィッツの壮大な妄想に満ちた悲劇的な文書でもある。その詳細な内容というのはベネウィッツのような優れたエンジニアなくしては得られなかったもので、この文書は、彼が収集し、迷宮めいたファンタジーを作り上げるのに用いたデータをまとめ上げたものなのだ。そしてこれが悲劇だというのは、精神疾患についての記録に出てくる他の有名な事案などとは異なり、この妄想がAFOSI(空軍特別調査局)からベネウィッツに与えられたニセ情報によるものであり、もっぱら彼自身の空想に基づくものだったわけではないという点にあるのだ。さらに言えばこの文書は、AFOSIがベネウィッツにニセ情報を提供するため、どれほど徹底的な操作を行ったかも明らかにしている。

25ページにわたるこの報告書は、まず「調査員 物理学者 ポール・F・ベネウィッツ」によって収集された情報の概要から始まっている。

    エイリアンの通信およびビデオチャンネルの探知と解読(いずれも地域・地球・近宇宙レベルでのもの)。エイリアンの船や地下基地のビュースクリーンからの映像を常時受信(受像内容としては典型的なエイリアン、ヒューマノイド型。時としてホモ・サピエンスと思われる存在)。

    エイリアンとの直接通信を常時確立(コンピュータと16進法コードの一種を使用。出力はグラフィックとプリントアウトによる)。エイリアンの通信ループを通じて地下基地の真の位置がエイリアンから明かされ、正確に特定された。引き続いて空中および地上からの写真撮影により、着陸用パイロン・地上の船・入り口・ビーム兵器・打ち上げポートが確認された。このほか地上には静電現象を利用した乗り物に搭乗したエイリアンも確認された。ビーム兵器の充電もやはり静電気によるものと見られる。

ベネウィッツは、異星人の心理について学んだことをまとめている。「異星人は狡猾であり、欺瞞を用い、平和構築プロセスへの意図は一切もっておらず、いかなる事前の合意にも従うつもりはない」

ここで彼は、自らがアルチュレタ・メサにいると信じている地球外生命体について語っているわけであるが、それは同時に彼の「友人たち」、つまりカートランド空軍基地の人々に向けた言葉であったのかもしれない。時折、彼は与えられた情報の矛盾点に注意を向けていたようでもある。「確かに彼らにはウソをつく傾向がある。が、ウソをついたという記憶は長持ちしないので、コンピュータから出力したものと直接比較してみれば事実は明らかになる。いわば『ひび割れから抜け落ちる』というヤツで、そこから真実は現れるのだ」。さらに彼は、異星人についてこう述べている。

    彼らは信用できない。もしエイリアンが「友人」ということになっていたとしても、差し迫った物理的脅威の時にその「友人」を呼び出した場合、その「友人」はすぐに敵側につくであろう……彼らは如何なる状況でも絶対に信用できない……彼らは完全に欺瞞的であり、死をためらうこともなく、人間や人間の命に対する道徳的な尊重は全くない……両者が署名したどのような合意も、エイリアンによって尊重されたり遵守されたりすることはない。彼らは「そんなことはない」と我々を信じさせようとするかもしれないが。

こうした発言から、無意識下ではあれ、彼には自らの状況について一瞬明晰さを発揮した瞬間があったのだ、ということを読み取らずに済ますのは難しい。ただ彼に対する工作が功を奏したおかげで、その鋭い洞察は影を投げかけている者にではなく、壁に映った影たちに向けられたのではあるが。

ベネウィッツは、エイリアンは人類を支配するために無慈悲な野望を抱いていると警告し、彼らが人間を奴隷にするためのマインドコントロール用のインプラント技術、彼らの兵器や宇宙船、そしてダルシェ(ダルシー)基地について詳述している。報告書は、この脅威を無化する唯一の方法は武力であると結論付け、ダルシェ基地への水供給を断つという精巧な計画を論じている。ベネウィッツは、ETとその乗り物に対抗するため開発した特殊なビーム兵器についても記述しており、これには軍の担当者も大いに関心を寄せたに違いない。

そして、冷ややかな最終声明で彼はこう宣言する。
    全面的に成功を収めるための鍵は「彼らは武力をのみ尊重する」ということである……アメリカ人として言うならば、今回のケースにおいては、答えを出すために我々がこれまで受け継いできた道徳的原則に頼ることはできない。そのことを認識しなければならない。交渉は不可能だ。この特定の集団は、狂犬に対するのと同じように対処する以外に方法はない。そのことを彼らは理解している……従って、この脅威に対処するにあたり、我々が「侵略者」と呼ばれる筋合いは全くない。我々は文字通り侵略されているのだから。

ベネウィッツにはかくも明確に精神的な不安定の兆候が出ていた。ところがカートランド基地の関係者は、既に手に負えなくなった事態を終わらせるのではなく、さらに別レベルの工作をするよう決定したのである。その心中は察するほかない。そしてAFOSIのベネウィッツに対するキャンペーンは少なくとも1984年まで続き、彼の精神状態はさらに悪化していった。

リック・ドーティがポール・ベネウィッツについて語る時、彼はベネウィッツを「友人」であり「素晴らしい人間」という風に語った。ドーティは我々に「ベネウィッツに起こったことをひどく後悔している」と話した。私はそれを信じた。ドーティのベネウィッツの事案への関与は1984年に終わった。彼は2年間、ドイツに配属されたのである。ビル・ムーアのAFOSI(空軍特別調査局)関係の仕事もその翌年に終わった。彼らがAFOSIの作戦が終了した後もベネウィッツと連絡を取り続けていたことは、彼らが築いた関係が真っ当なものであったことの証である。しかし、その時点では、もはやベネウィッツを救うことはできなかった。

ドーティが1986年にカートランドに戻ったとき、ベネウィッツの精神状態は著しく悪化していた。ドーティは、ベネウィッツにUFO研究をやめるよう説得しようとした。それは家族や事業、そして健康のためでもあった。それら全てが損なわれていたのである。彼はベネウィッツに「あなたがこれまで渡されてきたUFO情報はAFOSIが作ったものだ」とすら語った。しかしベネウィッツは、それを受け入れなかった。彼自身がニューメキシコ州が異星人に侵略されていると信じ込んでいるのに加えて、今では他のUFO研究者たちもその話に耳を傾けていた。彼にはオーディエンスがいたのだ。彼らは異星人の侵略から世界を救うことはできたのかもしれない。だが、ベネウィッツを彼自身から救い出すことはできなかった。

1987年、ビル・ムーアが最後にベネウィッツを訪ねたとき、彼はほとんど眠らず、食事も摂っていなかった。彼はチェーンスモーキング状態で(ムーアがグレッグ・ビショップに語ったところでは、ある時数えたら彼は45分間で28本のタバコを吸っていたという)、言葉をつなげるのに苦労していた。彼は強烈な被害妄想を抱き、ドアや窓に追加の鍵を取り付け、家じゅうに銃やナイフを隠していた。ベネウィッツはムーアやドーティに、異星人が夜中に彼の寝室に入り込み、彼に薬を注射して奇妙な行動をさせていると語った。彼は時折、砂漠の真ん中で、自分の車の運転席に座った状態で目を覚ますことがあった。グレッグ・ビショップによれば、ドーティとムーアの二人は、それぞれ別個に「ベネウィッツの右腕に針跡のようなものがある」という話をしていたという。彼は、政府機関の何者がベネウィッツに薬を注射し、それから砂漠に連れ出して異星人の恐ろしさだなどといった不条理な話を彼に植え付けているのではないかと疑った。ドーティは、ベネウィッツが自分で薬を注射しているのではないかと考えていた。しかし彼は、ベネウィッツの家の1階の窓の外に梯子の跡があるのを見たとも主張している。それはまさにベネウィッツが異星人が家に侵入している場所だと言っていたところだった。

事態がついに頂点に達したのは、1988年8月であった。61歳になったベネウィッツは、半分おかしくなっていた。彼の会社サンダー・サイエンティフィックは、成人した二人の息子によって経営されていた。家の中では、彼は妻のシンディが異星人に支配されていると非難していた。最終的には、彼が自室に砂袋を積んで立てこもるという事態に至った。

このままではいけないと家族は判断し、ポールはアルバカーキにあるプレスビテリアン・アンナ・カセマン病院の精神科施設に隔離された。そこで彼は1ヶ月間監視下に置かれた。ドーティがこの古い友人を訪ねたとき、ベネウィッツは彼のことが分からなくなっていた。

では、なぜこのような事態になったのか?

ドーティの説明はこうだ――AFOSIの作戦というのはカートランド空軍基地のセキュリティにのみ関わるものであって、1980年代半ばには終了した。一方で国家安全保障局(NSA)は、自分たちがカートランド基地から発している通信がベネウィッツに傍受されるのを防ぐため、向かいの家からニセ信号をビーム状に浴びせかけていたが、これは陸軍の作戦終了後も数年間続けられた。その理由は不明である。

NSAの関与は本当にあったのだろうか?AFOSIが作りだし、ムーアとベネウィッツに提供した政府のニセUFOメモは、政府によるUFO隠蔽の多くはNASAが元凶だと名指ししていた。ドーティは現在、このNASAというのは実際にはNSAをほのめかしていたのだと述べているが、当時のアメリカ空軍がNASAをおとしめようとした理由は十分に理解できる。NASAとアメリカ空軍は1950年代末にNASAが設立されて以来、宇宙に関する苦い対立を繰り返してきた。アメリカ空軍は常に宇宙に対して強い関心を抱いていたため、多くの航空宇宙予算が民間組織であるNASAに割り当てられることは癪の種だった。さらに、空軍はUFOという厄介ごとを押しつけられたのが気に入らなかったのかもしれない――宇宙の問題はNASAの領分じゃなかったのかよ、というワケだ。

UFOに関する空軍の広報活動は、1947年からプロジェクト・ブルーブックが閉鎖された1969年まで続いたが、それは空軍にとってずっと悪夢とでも言うべきものだった。ブルーブックの閉鎖後、空軍はUFOに関する問い合わせに対して「調査は終了しました」という定型文で回答していた。もちろんこれはウソだった。空軍がUFO事件の調査investigating(扇動 instigating かもしれないが)をやめたとしても、ファルコンやドーティ、AFOSIの活動が示すように、それについて考えることやUFO団体を監視することは明らかに継続していた(ちなみに大空を自分の縄張りだと考える空軍が調査をやめたというのはありそうもないことではある)。

UFOはその後も飛来し続けた。1975年にモンタナ州でICBM基地の目撃が報告されたのに続いて、1977年11月16日にはスティーヴン・スピルバーグの映画『未知との遭遇』が公開され、世界中でUFOに対する関心が再燃した。その流れの中にはは、国連にUFO調査機関を立ち上げようとしたグレナダの大統領、エリック・ゲイリーの試みもあった(結局は実らなかったが)。UFO目撃情報は世界中で急増し、新世代のUFO愛好家たちが生まれ、彼らは空に飛び交っているものについての真実を知りたいと願った。こうした大衆の要求にこたえて、当時のジミー・カーター大統領は、選挙活動に自らUFOを目撃した経験を公然と語りつつ、新たなUFO調査はNASAが主導すべきだと提案した。

しかし、NASAは乗り気ではなかった。「私たちはUFOの調査をやりたいとは思っていません。なぜなら、私たちに何ができるのかハッキリしないからです」。NASAの広報担当者はAP通信にそう語っている。「金属片や生物組織、布の一部といった、測定可能なUFOの証拠は全くありません。ラジオ信号すらないのです。写真は測定できるものではないですし……理論や記憶なんてものじゃらちがあかない。緑色の小人が一人でもいれば、何百万ドルもの予算がつくでしょうけどね」

いずれにしても、アメリカ空軍は困難な立場に立たされる可能性があった。もしNASAが調査を開始すれば、UFOのナゾに空軍が過去どのように取り組んできたかを蒸し返そうとするだろう。それは時間も予算もかかるだろうが、空軍にとっては少なからずバツが悪いことになりかねなかった。逆にNASAが手を出さなければ、次にUFO問題に取り組むべきは空軍だという期待が生まれるだろうが、10年前にようやくUFO問題から手を引いた空軍にしてみれば、再びその泥沼に戻るようなことも避けたかったであろう。

最終的にNASAも空軍も新たなUFO調査を強いられることは回避したが、それは際どいところであり、両組織の間に新たな遺恨を引き起こしたことは疑いようがない。従って、1981年に出回った偽造文書「アクエリアス文書」において、AFOSI が政府の秘密UFOプロジェクトの首魁としてNASAを名指しした時、空軍は注目を自分たちからそらしただけでなく、ライバルに一矢報いることにも成功したのだった。結果としてNASAは、狂気じみて胃の痛くなるようなUFO広報の悪夢をちょっぴりとではあったが体験することになった――UFOについて山のように寄せられる問い合わせに象徴されるような、そして空軍が20年以上苦しんできた広報の悪夢というものを。

AFOSIはまた、NASAというおとりを持ち出せば、ビル・ムーアがいとも簡単に引っかかってしまうことも知っていた。ムーアとバーリッツの共著『ロズウェル事件』には、NASAが隠蔽したとされる宇宙飛行士絡みのUFO事件がいくつか挙げられている。最も注目すべきは、歴史的なアポロ11号の着陸地点が他の「宇宙船」で「あふれかえっていた」ために、最終段階で変更されたという主張である。ちなみにこの本には、パイロットのバズ・オルドリンとミッションコントロールの間で交わされたとされる身も凍るようなやりとりが出てきており、その記述に対してオルドリンはムーアとベルリッツを相手取った訴訟を起こしている。

しかし、ベネウィッツ事件の真の黒幕は、ドーティがいう通り、この宇宙機関から「A」が一文字が取れただけのNSAであったかもしれない。1990年代初頭、NASAの電話交換手が好奇心旺盛なUFO研究家たちからの問い合わせに疲弊していた頃、ビル・ムーアはこんなことを言っている。――オリジナルのアクエリアス文書にはNSA(国家安全保障局)という名前が書かれていたのではないか。そして含み笑いをしながらそれをNASAに書き換えたのはAFOSIの関係者たちだったのではないか、と。

NSAはベネウィッツに関心を持っていたのだろうか? 彼が傍受していた信号が空軍のものではなくNSAのものであったとしたら、そういうこともありえただろう。加えてNSAは、「ベネウィッツは情報源として使えるかもしれない」という内容のソ連サイドの通信を傍受していた――ベネウィッツ自身がそのことを知る由はなかったのであるが。となると、AFOSIやNSAが最も恐れていたであろうシナリオというのはこういうものになる。すなわち、ベネウィッツがUFO情報を誰彼かまわずばらまくことで、その情報がカートランドで行われている何らかの秘密の研究開発プログラムにソ連の注意を引きつけてしまう――。

しかし真の疑問は、米空軍なのかNSAか、あるいは他の組織かもわからないが、何者かがポール・ベネウィッツを廃人に追い込もうとした理由である。

グレッグ・ビショップは、ベネウィッツはカートランドで行われていた極秘の航空機や衛星技術のテストに偶然出くわしてしまったのだと考えている。ベネウィッツは異星人の本物の宇宙船が極秘に飛行しているのを見てしまったのだと考えている人もいる。しかし、いずれの説も、この才能豊かではあるが脆弱な心に対して、空軍が執拗な心理的攻撃を行った理由を十分に説明するものではない。さらにこれらの説は、空軍が――あるいは別の組織かもしれないが――新しいオモチャ、それもとりわけ一番大事なエイリアンのオモチャをテストする時、それをするのに適した数マイル四方の地所を人里離れた砂漠地帯に所有しているのに、わざわざ人目のある住宅地で行った理由も説明できない。

「秘密技術」説にとって最も致命的な反論としては、もしベネウィッツが見てはならないものを見たのなら、空軍は彼に黙っているよう頼むだけでよかったはずだ、というものがある。愛国者であり、軍と契約関係にもあった彼なら、ほぼ確実にその要請に従ったことだろう。仮に彼が拒否したとしても、軍は法的に圧力をかけることができたはずだ。ブラッド・スパークスやバリー・グリーンウッドが指摘するように、政府や軍の秘密の通信を傍受したら、1934年の通信法や1917年のスパイ法に違反することになっただろう。もしベネウィッツがNSAの機微にわたる通信を傍受していたなら、彼は逮捕され、機材は押収され、事業は閉鎖されたであろう。しかし、そうはならなかった。代わりに彼は妄想を煽られた。なぜだろうか?

この事件についてのグリーンウッドとスパークスの見立てによれば、AFOSIには(そしてベネウィッツになされた工作には)より悪意に満ちた、計画的な意図があったとされる。カートランド基地のAFOSIが初めてベネウィッツを認識したのは、おそらく1979年4月にアルバカーキで開催されたハリソン・シュミットのキャトル・ミューティレーション会議だった。その翌月、リック・ドーティはエルスワースからカートランドに転任したのだが、カートランド基地ではその前年、UFOをテーマとしたニセ情報作戦を『ナショナル・エンクワイアラー』に仕掛けることに成功していた。さらに4か月後の1979年7月、ベネウィッツは自宅の近くのマンザノ山脈で光を撮影し(それはおあつらえ向きなことに彼の家から見える場所だった)、無線通信の記録も始めた。それを彼はUFOと関係したものであるに違いないと考えた。

1980年1月27日、ベネウィッツは初めてエイリアンからの通信を受信した。彼は1981年に空軍の情報参謀補佐長宛てに送った手紙の中で、こう主張した。すなわち、最初の電子通信セッションに際しては、カートランドの警備部隊の指揮官にして、ベネウィッツが最初にUFOの目撃を報告したアーネスト・エドワーズ少佐その人が立ち会い、「非公式ながら得がたい後方支援」をプロジェクト・ベータに提供してくれた、と。空軍は、最初から積極的にベネウィッツに関わり、彼の妄想を助長していたのである。1980年7月、AFOSIはカートランドでのUFO事件に関するクレイグ・ウェイツェル名の手紙をAPROに送り、APROはビル・ムーアに調査を依頼した。9月になるとムーアはファルコンとリチャード・ドーティから連絡を受け、ベネウィッツ作戦は第二段階に入った。

このように見てくると、事件は全く新しい様相を呈してくる。ベネウィッツはカートランド上空のUFOを偶然目撃したのではなかった。それらは彼のために飛ばされていた、明るく輝く撒き餌であった。一方、ウェイツェルの手紙はUFO研究者を引き寄せるために意図されたものであった。ムーアとベネウィッツは共に餌に引っかかり、捕まった。AFOSIは最初から彼らをUFO情報操作の媒体として利用しようと計画していたのである。彼らの本当の標的はベネウィッツではなく、UFOコミュニティ全体であった。

■ユーフォロジーでの戦争

AFOSIの公的な任務は、「空軍、国防総省、米国政府に対する犯罪、テロリスト、情報活動の脅威を特定し、把握し、無力化すること」である。AFOSIの活動の多くは「情報作戦」に含まれ、空軍政策指針10-7(2006年)では、これが三つの主要カテゴリー、すなわち「電子戦作戦(EW Ops)、ネットワーク戦作戦(NW Ops)、影響作戦(IFO)」に分類されている。

ここで我々の注目を引くのは「影響作戦」である。これには「軍事欺瞞(MILDEC)、作戦保安(OPSEC)、心理作戦(PSYOP)、防諜(Cl)、広報作戦(PA)、および反プロパガンダ」が含まれる。この文書によれば、こうした作戦は「我々自身を防御しつつ、敵対する人間や自動化された意志決定システムに影響を与え、妨害し、あるいは拘束するため」に展開されるもので、空軍はこれらの能力を「物理攻撃兵器によるのと同様の効果を達成するため使用する可能性がある」としている。

仮にあなたが空軍だと想像してほしい。あなたが目標とするのは空域での絶対的な優位であり、それを維持するためには、多くの秘密を守る必要がある。それはたくさんある。作戦上の秘密。戦術上の秘密。航空機・衛星・兵器に関する技術上の秘密。こうした秘密――とりわけテクノロジーの秘密――を守ることは死活問題である。UFO研究者たちはあなたの秘密計画を覗き見しようとしており、情報公開法に基づく要求を次々と送りつけ、あなたがDNAを盗むエイリアンと共謀してUFOの真実を隠蔽していると非難している。けれども、あなたはそんなものは絵空事だと知っている。UFO研究者たちの目的は、あなたが守るために何百万ドルも費やしているすべての秘密を暴露することだ。あなたが彼らを脅威と見なし、無力化しようとするのは当然のことである。

あなたのすぐ近所の住人で、UFO陰謀論を大声で唱えているポール・ベネウィッツ。UFOコミュニティで最も尊敬されているビル・ムーア。彼らをコントロールできれば、あなたはこの厄介な人々への攻撃を始めるための完璧な拠点を持つことになる。

ドーティが繰り返し我々に話したように、一度ベネウィッツに対する作戦が始まってしまえば、それは難しいことではなかった。ベネウィッツが自らの信念を保っていくためには、外からあれこれ応援してやらなくても、時折ちょっとした後押しをすれば十分だった。そしてベネウィッツはとてもよくその役割を果たした。ユーフォロジーの主流派の注目を集め、「善対悪」「我々対彼ら」「人類対異星人」という、センセーショナルだが単純な物語を広めたのである。

サイラス・ニュートンやジョージ・アダムスキーらの初期の作り話と同様に、ベネウィッツの「プロジェクト・ベータ」は、UFOコミュニティを集中させ、分裂させ、UFOに関する真剣な研究を困難にする騒音の壁を作り上げた。このテーマに真剣に取り組もうとする多くの人々は、その取り組みを断念せざるを得なかった。これは情報戦の見事な手本であったが、その代償は非常に大きかった。

ポール・ベネウィッツ問題の最終局面において、断崖の縁でよろめいていた彼は自ら身を投げたのか? それとも後ろから押されたのだろうか?

■ビルの大事な日

我々はその晩、ビル・ライアンが異星人へのインタビュー映像なるものを見た後に、彼と会うことになっていた。明日は彼の大事な日だった。いよいよ彼による「セルポ」の発表があるのだ。1時間経った。ジョン、リック、そして私はロビーで待った。しかしビルは姿を見せなかった。彼のホテルの部屋に電話をかけたが応答はなかった。ジョンが部屋を訪れノックしたが、電気は消えており、誰もいない。ビルはどこにもいなかった…。

翌朝、我々はロビーにいるビルを見つけた。彼は明らかに動揺していた。ビルによると、「セルポ文書」の情報源であるナゾの人物、アノニマスが、ラフリン・コンベンションの理事会の一員であるベテランUFO研究家、ドン・ウェアに連絡を取ってきて、ビルの講演を評価し報告するよう指示したという。ビルは、何かうまくいかないことがあって、セルポの代弁者としての役割を失うのではないかと恐れていた。しかし、これは驚くべきことではなかった。人類史上最も重要な発表の代弁者として、常に試されているというのは当然のことだった。アノニマスは見守っていたのである。

緊張していたものの、ビルは発表の前にカメラを回してのインタビューを受けることに同意した。だが、準備をしているとリックが現れた。

「みんな、ちょっと問題が起きた。誰かカメラの操作はできる? ちょっと面白いことになりそうなんだ。私のDIAの相手方が、これまで公開されたことのない映像を見せたいと言っているんだ」

「それには何が映っているんです?」とジョンが尋ねた。
「ETのインタビューだ。」
「またですか?いったい何回目なんだ?昨日見せてくれた写真とは関係があるんですか?」

「いや、違う。」リックの声には少し苛立ちがにじんでいた。「これは別物だ。この映像は誰も見たことがないし、向こうさんは君たちがドキュメンタリー用にカメラを持ち込むことを許すかもしれないぞ」

ビルはインタビューを受ける態勢に入っていて、我々に話したいことがあるような様子だった。一方でリックはUFO史上の「聖杯」を提供しようとしていた。そう、本物の「生きたエイリアン」だ。しかし、なぜDIAは我々にそれを見せようと思ったのだろう? 4日間にわたる駆け引きを経て、我々の忍耐は限界に近づいていた。「リック、今はビルの件で忙しいんです」と私は言った。「私たちがビルをインタビューしてる間は、女性カメラマンが小型のカメラで撮影できるかもしれない」

リックは、歴史的な提案を拒否されたことに少し驚いた様子だったが、自分の相手方の意思を確認すると言って立ち去った。その間に我々はビルに注意を向けた。ビルはラジオマイクを装着し、そわそわしていた。何かが彼を苛んでいることは明らかで、彼は言葉に詰まっていた。ビルは緊張するとどもる癖があるのだ。

「昨日届いた新しい文書…今日の話の中心に据えたかったんだ…あのエイリアンの文字を人々に見せて、その解読を始めたかった。でも、それができないんだ…知らせを受けたんだ…まだ話すことができないんだ」

「誰から言われたの?」と私は尋ねた。
「それは言えない。でも彼の意向には従わなければ」

「新しいものを見せられないのは残念だが、他にもたくさん話すことがあるじゃないか」
「そうだね。そうだと思う」

トイレに行ってきたビルは、インタビューのために腰を下ろした。我々はラジオマイクがまだオンになっていることを彼に伝えるのを忘れていた。

その後のビルへのインタビューはドラマチックなものとなった。この会議は彼にとって心理的な地雷原のようなものであり、彼は深刻なストレスを受けているように見えた。ビルはユーフォロジーの新たな英雄、忖度ナシで話す男として讃えられ、毎日多くの支持者やインタビュアーに囲まれていた。彼はユーフォロジーの中心部で歓迎を受け、会議の要人たちと肩を並べてはUFOやエイリアンの映像を見ていた。彼らはビルを抱擁していた。それは確かだ。しかしその目的はなんだったのだろう?

「すべての行動が監視され、分析されているような気がするんだ」と彼は言った。「すべての会話が盗聴されている」。我々は、彼がラジオマイクをつけたままトイレに行ったことは口に出さなかった。

「もう誰を信じていいのか分からない。正直なところ、これ以上耐えられるか分からない」

リックについてはどうか? ビルは彼を信頼しているのか?

「リックは本当に大きな助けになってくれた。彼はまさに導きの光だよ。UFO分野での彼の経験は私にとってとても貴重だった。この間ずっと、彼はガイドをしてくれた。彼がいなければここまでやってこれなかっただろう」

リックは具体的にはどのようにビルを助けてきたのか、またビルがセルポの話に関わるようになった当初から彼は支援していたのかどうか。そう尋ねようとしたが、ちょうどその時、リックがロビーに現れた。まるで獲物を手にした猫のように満足そうだった。

トラブルの兆しを感じたジョンは、リックをビルから遠ざけるように誘導し、私は素早くインタビューを締めくくった。リックがビルの肩越しに監視している状況では、これ以上の情報を引き出すのは難しいだろう。

我々は一緒にテーブルを囲んで座った。リックの目はキラキラと輝いていた。

「エイリアンの映像を見たよ。本当に素晴らしいやつだ。でも、撮影するのはダメだそうだ。特別な上映が行われたんだ。参加者は会議の主催者であるボブとテリー・ブラウン、DIAのエージェントが2人ほど、あと見知らぬ2人だった。ホテルの一室で、上映の準備が整えられていた。使用していた機材はパナソニックだ。政府はいつもパナソニックを使うんだ」

我々はリックのいる方に身を乗り出した。彼は映画の内容を話してくれるのだろうか? それとも政府のエージェントが映画を見る時は、どのブランドのポップコーンを食べるのかを教えてくれるのか?

「うん、映像は古いものだ―1940年代後半から1950年代初期のものだろう。車が施設の外に停まるんだ。ロスアラモスの施設に見えたな。あそこには何度も行ったことがあるんだ。外には民間と軍の車両が停まっていて、いかにもあの年代のクルマという感じだった。1人の男が建物に入り、カメラが彼を廊下の奥まで追っていく。僕の見るところ、あれはロバート・オッペンハイマーだったね」

ジョンはカメラの動きを尋ねた。それはトラックに乗っているのか、それとも三脚に据えられているのか?

「三脚に据えられて移動していったように思うね。オッペンハイマーがセキュリティドアを二つ通っていく時、少し揺れていたからな。ドアは、彼の付き添いがインターホンに話しかけた後に開いた。廊下の最後にもう一つのドアがあり、その前にMP(軍警察)が立っていた。彼の記章には“ダグラス”という名前があった。彼の制服と武器は1940年代か1950年代のものだったな。ドアが開くと…そこにいたんだ、Ebenエベンが。ノドの周りに発声器みたいなものがあって、そのせいか喋る時には機械音声のような声がしたな」

「彼らは何を話していたんです?」とビルが興奮して尋ねた。「彼らの母星についてですか?」

「いろいろなことを話していたよ。そう、Ebenエベンは自分たちの星についても話していた。それは40光年先で、二つの太陽があって、乾燥した砂漠のような風景なんだそうだ」

「まるでセルポみたいだ」。ビルは微笑んでいた。数分前の不安はすっかり消えていた。

「そうだな、そうかもしれない」。リックは答えた。

ビルは講演の準備のために立ち去った。彼の講演まであと20分だった。彼の足取りは軽く、新しい自信がみなぎっていた。リックの激励トークが功を奏したようだった。

ビルのプレゼンテーションには満員の観客が集まった。音声が何度か途切れ、少し話が長引いたかもしれないが、彼は聴衆が聞きたかった話をちゃんと話していた。米政府とETとの接触の証拠とされる資料。内部情報源の裏付け。そしてさらなる情報が控えていることのほのめかし。彼は最後まで聴衆の注目を引き続けた。

ただし、一つのテーブルだけは様子が違った。今週の初めから目にしていた男たち、つまり鋭い目をしたフライトジャケットの男と、二人の屈強な付き添いがいつものように無表情で同じテーブルに座っていたのだ。ビルがポール・マクガヴァンの名前を出した時――ちなみにマクガヴァンというのはドーティの話によればDIAの情報源で、最初にEメールでセルポのストーリーの多くの部分を補強した人物とされる――オールド・スティーリーのような目をした男は突然落ち着きを失い、テーブルを立って部屋を出て行った。ひょっとしたら彼はポール・マクガヴァンだったのだろうか? [訳注:Ol' Steely-eyes という言葉はよくわからない]

ビルの講演が終わった後、人々が質問のために列を作ったが、私はロビーに出て、残りの観客が退場する様子を見ていた。その雑踏の中から現れたリックは、私のそばに来て、ビルのプレゼンテーションについてどう思うか尋ねてきた。

「私ならもうちょっと整理して話したかもしれませんね」。私は如才なく答えた。

リックは同意した。「採点したらC+といったところだ。彼はスライドを使うべきだろうな。講演にはスライドを使わないとな、パイロットにとってのコンパスのようなものだから。アレは発表をリードしてくれる」

ビルが講演ホールから出てきた。ファンに取り囲まれ、ほとんど運ばれるようにしてテーブル席に腰を下ろした。質問に答えるビルは、とりわけ40代前半の魅力的な女性に注意を払っていた。その女性は背が低く、顔も髪も黒っぽい感じだった。ビルとその女性はしばし話し込んでいた。リックと私は「ああなるほどね」といった感じでお互いにほほえみあった。

群衆が散った後、ジョンと私はビルと話をするチャンスを得た。ビルはすべてが終わって、反応も良かったことに満足しているようだった。彼は始まる前は不安感で体が痺れるほどだったと言った。というのも、ステージに上がるちょっと前には主催者から「もし照明が消えたらすぐに地面に伏せて下さい」と言われていたのだった。主催者側もビルの発表が行われている間に何かトラブルが起きるかもしれないと忠告されており、舞台脇には万一に備えて屈強な警備員数人が舞台袖で待機していたのだという。

私は「オールド・スティーリーの目をした男」が突然出ていったことに触れ、彼がロビーをこっそり通り抜けていったことをビルに教えてやった。私は、彼がポール・マクガヴァーンなのではないかと彼に聞いてみたのだが、ビルはそれを否定し、その男からは以前話しかけられたことがあったと言った。彼はテリーという名前で、アリゾナ州出身のUFOコンタクティだった。ビルに語ったところでは、彼はあらゆるUFO会議に出席しているということだった。私は、なぜコンタクティがあんなに陰険な顔をしているのか、そしてなぜいつも両脇に大男たちをはべらせているのか、疑問に思った。彼ら全員がコンタクティだとでもいうのだろうか? あの3人はあらゆるUFO会議に揃って参加しているのだろうか?

その日の午後、我々はリックの撮影をする予定だったのでロビーで彼を待っていた。いつもそんなことはないのだが、彼は1時間ほど遅れてやってきた。その間、私は物理学者でありながらオカルトを実践しているという人物や、インターネットラジオの司会者、さらには『ハスラー』誌に会議についての記事を書くというジャーナリストと話をすることができた。リックがようやくやってきた時、彼は我々との約束を忘れていたようだったが、それでも撮影には快く応じてくれた。

私たちはホテルのエレベーターに向かったが、角を曲がると「オールド・スティーリーの目をした男」と突然出くわした。彼とリックはまるで磁石がはじきあうようにお互いに飛びのき、鉢合わせしたことに一瞬驚いた表情を浮かべ、大げさに貧乏揺すりをしたり地面に目をやったりしていた。エレベーターの扉が開くと我々は乗り込み、緊張した空気の中、2つ上のフロアに向かったが、リックと「オールド・スティーリーの目をした男」は、怒った雄猫同士のように殊更にお互いを無視しあっていた。

目的の階に到着したリックと私はホッとしてエレベーターを降り、中二階へと進んでいった。

「じゃあ、あれがポール・マクガヴァーンだったわけですか?」。私は笑いを抑えながら尋ねた。

「どうしてそれがわかったんだ?」。リックは驚いたような、それでいて嬉しそうな顔をした。

私は笑いながら、彼とその仲間を一週間ずっと観察していたこと、リックと彼の間で目配せが交わされるのを見たこと、そして彼がビルの話の中でマクガヴァーンの名前が出た途端に退席していったことを説明した。

「よくやったな。MI6で働けるんじゃないか? しかしだ。君がジョンと一緒にパンダエクスプレスで麺を食べているのを、我々がホテルのバーから見ているのは気づかなかっただろ!」。リックは破顔一笑し、満足げに私を見た。彼にとってはこういったこと全てがゲームなのだろう。そんなことを強く思った。そのゲームが何なのか、私には全くわからなかったのだけれど。

撮影はうまく進んだ。リックはカメラの前では自然体であった。彼はポール・ベネウィッツについて、そしてこういった会議を情報機関が監視する必要性について、ちょっとだけ話した。また彼は、自分はセルポに関する件には全く関わっていないのだと主張した。彼はただの民間人として興味を持っただけだというのだった。

その夜、メインホールではミステリーサークルに関する映画が上映された。ジョンと私はそれを見に行くことにした。我々は、ミステリーサークルの作り手たち(自分たちもそうだったわけだが)の仕事と、リックが関与していた情報操作の仕事の類似点ということについて考えていた。どちらのグループも秘密裏に活動し、UFOに関する新たな物語を作り出し、そしてその物語は独り歩きしていった――書籍やUFO会議、ハリウッド映画、強力な信仰の体系といったものとして。どちらのグループも、自分たちの活動を取り巻く神話がますます大きく、複雑になっていく様子をリングサイド席から見守ってきた。どちらのグループも当初は沈黙を強いられた。やがて彼らは、ビル・ムーアや一部のミステリーサークルの作り手がそうしたように沈黙を破った。だが、その時点で彼らは、神話を信じる者たちによって「自分たちが作り手であったこと」を否定されてしまった。実際のところ、ミステリーサークルの作り手と情報操作のアーティストたちの違いは、彼らはその仕事で報酬を得ているが、私たちは得ていないという点ぐらいだ。もしもUFO神話の発展に関与した組織が、自分たちの役割を明らかにしたとしても、すぐに同じように滑稽な状況に陥ってしまうだろう。信者たちは真実を知りたがっているのではない。ただ自分たちの既存の信念が確認され、詳しい話が積み重ねられていくことを望んでいるだけなのだ。

ジョンと私は暗くなったホールに入り、小麦が押しつぶされたウィルトシャーの畑の見慣れた光景を目にした。そこには、リックが一人で座っているテーブルがあった。私たちは横に座った。ミステリーサークルの専門家が異常な放射線値や遺伝子操作された作物について発言するたびに、ジョンと私は笑いをこらえるのに苦労した。私たちのチームがデザインしたいくつかのサークルも、荘厳にスクリーン上を滑っていった。私は思った。AFOSIのエージェントがUFO雑誌をめくるたびに感じているのも、こういうことなのだろうな、と。

私たちの喜んでいる姿はリックの注意を引いた。ジョンは彼に身を寄せて、「こういうサークルの中には僕が作ったものもあるんだ」と言うと、リックはびっくりしたようだった。「どうやって!?」と彼は小声で叫んだ。これには我々もリック以上に驚いた。彼は、ミステリーサークルが人間の手で作られていることを知っているはずではないか? そして彼は、我々と会う前にジョンの「サークルメーカーズ」のウェブサイトを調べていたはずではないか?

スクリーンでは、2つの光の玉が巨大なミステリーサークルを作り出す像が流れていた。この業界では「オリバーズ・キャッスル映像」として知られているものだ。「あれを作ったのは僕です」とジョンが言った。実際そうなのだった。彼は1996年、他の2人の仲間とデジタル特殊効果の技術者と一緒にこれを制作したのだ。リックは明らかに感銘を受けたようすで、観客から漏れたかすかな驚きの声にも、彼がそんな反応をしても当然だろうと思わせるものがあった。

映画が終わった後、リックはそれほど驚いてはいないのだという風を装った。「まあ、全部知ってたさ」と彼は言いながら、シャツの隅でメガネを拭いていた。「ミステリーサークルが人の手で作られていることは知っていたよ。君たちに夢を壊されたわけじゃない! でも……どうやって作ったんだ?」

外に出た我々は、クロップサークルの作り方やUFOをデッチ上げる方法、デジタルを用いたトリックなどについて話した。そして、最近ではUFOのビデオが偽物かどうかを判断するのはほぼ不可能であり、奇妙な乗り物がクッキリ映っているほど本物である可能性は低いという、とても残念な状況が生まれているといったことも。

「それでですが」とジョンが尋ねた。「あなたが今朝見たエイリアンへのインタビュー映像、それは特殊効果の産物ではなかったと明言できますか?」

「うん、あれは本物だよ。」リックの顔に狡猾そうな表情が一瞬浮かんだ。そして彼は微笑んだ。「さあ、君たちもあの映像を見に行ったらどうだい。部屋は11012号室だ。ノックすれば入れてくれるかもしれないよ」

ジョンと私は顔を見合わせ、リックとは後でホテルのバーでまた会うことにしてから、笑顔を交わしてエレベーターへと向かった。エレベーターの中に入ると、急に緊張感が高まった。計画を立てるような時間はほとんどなかった。

「じゃあ、ドアをノックして『こんにちは。エイリアンの映像を見せてくれるのはここですか?』って言えばいいんだな。ロビーにいたら誰かが近づいてきてここで特別上映があるって教えてくれた、と言えばいい。最悪、追い払われるだけだ」

「ずっと僕たちのことを監視していたかもしれないよ」。そうジョンが言った。「リックと一緒にいたことは彼らも見ていたはずだ。リックに教えられたってことは分かってるだろう」

「でもどうすればいいっていうんだ?」。私は不安を隠そうとしつつ応えた。「ノックするしかないだろう……」

廊下には誰もいなかった。そして長かった。廊下は奥に行くにつれて、閉所恐怖症になるんじゃないかと思わせるほどすぼまって見えた。気がつけば、カーペットの上にはタイルが並ぶ柄が催眠術のように何度も繰り返され、頭上では蛍光灯が点滅していた。手のひらが汗ばんできた。

前方には「起こさないでください」という札がかかったドアが見えた。この廊下にはこのドアしかない。11012号室。何の変哲もない。私たちはドアの前に立ち、耳を澄ませた。静寂。私は深呼吸をしてノックした。反応なし。いつ「オールド・スティールの眼」をした男と彼の仲間たちが廊下を突進してくるか、気が気ではなかった。「もう一度ノックして」とジョンがささやいた。

私は再びノックした。返事はなかった。私は鍵穴から中を覗いた。電気は消えていた。誰もいなかった。ドアの下にメモを差し込むことも考えたが、代わりに「起こさないでください」の札を裏返していくことにした。名刺代わりということで。

我々は急いでエレベーターに向かい、これは一体何だったのだろうと考えた。また別のゲームなのだろうか? あの部屋は誰のものなのか? DIAの上映室だったのだろうか? それともリックの部屋だったのか?

ホテルのバーに戻り、瓶ビールを飲んだ。少なくとも私たちが挑戦してみたのは確かなことだ。

私たちの会議での一週間は終わろうとしていたが、頃合いはもうギリギリということのようだ。この間、我々はほとんどの時間をUFOやETについて話をすることに費やしていた。我々を現実につなぎ止めているロープは端の方でほつれ始めていた。あと一週間この状態が続いたら、我々はいとも簡単に大海に漂流することになっただろう。あまりにも長くUFOの魅惑的な輝きを見つめていると、そうなってしまうということなのだろうか? ビル・ライアンの身に起きつつあるのもそういうことではないのか? ポール・ベネウィッツの身に起きたのもそういうことではなかったのか? (12←13→14)