引き続きジェニー・ランドルズの『Alien Contact & Abduction』を読んでいるのだが、なかなか面白い事例にまたまた出会った。これは1960年代、英国の片田舎で、元軍人の男性が夜ごと訪れてくるエイリアンと都合9回ほど交歓したという奇妙なストーリーである。

この事件は「エイリアンが残していった遺物はいろいろあるけれども、どういうわけかソレが地球外のモノであるとわかった事例はないよネ」といった文脈で紹介されており、実際文中にはエイリアンが置いていった「贈りもの」の話が出てくるのだが、それ以外にもイロイロと興味深い記述が出てくる。

ホンマかなあこの事件、ちょっと怪しいなあ、どっかでHOAX認定されてんじゃねえかなあという気分もないではない。だがコレなかなかに捨てがたい味わいがある。それで旧Twitterのほうにもチョコチョコ紹介のコメントを書き込んだりしてみたのだが、当ブログでは今回同書から当該部分を訳出してみることにした。以下本文。



こに、BUFORA(英国UFO 研究協会)の傑出した研究家にして、当時グリニッジ天文台に所属していた数学者、フィリップ・テイラーによって徹底的に調査されたトンデモない事件がある。

目撃者のエドウィンは退役軍人で、聴覚学を専門とする優れた科学者であったが、彼はこの体験をした当時、サセックス州ヘイスティングス近郊セドルズコムにある、風情たっぷりの田園地帯に住んでいた。

1966年から67年初頭にかけてエドウィンは、自宅の先に広がる草地に、そこだけぺしゃんこになった円形の跡ができているのを何度か見かけたのだが、ついで1967年8月17日から9月23日の間、少なくとも9回エイリアンと接触した――と主張している。最初に出会ったのは彼が犬を連れて散歩していたときで、彼は自らエイリアンたちを家に招き入れたのだという。その後、彼らは唐突に彼の家に現れるようになったというのだが、それは常に真夜中過ぎの時間帯のことだった。彼らは内輪ではホイッスルやさえずりのような音で意思疎通をしていたが、エドウィンに対してはジェスチャーをしてみせるだけで、喋りかけることは決してなかった。

彼らが乗ってきた物体は円錐形で、三本の脚で支えられていた。彼はそれが着陸する瞬間を一度も見たことがなく、のちに彼らがやってきたとき、外に出てその物体を観察しようとしたことがあったが、彼らはそれを妨害したという。彼らは文字通りエドウィンを家に押し込め、自分たちが離陸するところを見てほしくないという意志を示したのである。

そのエンティティたちはおそろしく痩せていて、背丈はせいぜい5フィートだった。彼の説明では、その肌は「羊皮紙のような灰色」で、体毛は全くないようだった。彼らは来るたびに1時間ほども滞在していたから(あるときなど彼と一緒にテレビを見ていたこともあった!)エドウィンには彼らをじっくり観察する時間があった。その唇はあるかなきかで、耳は角質でできた輪っかが頭に埋まっただけのものだった。両手は「枯れ葉」のような手触りで、指はといえば、親指とこれに向き合う三本の指しかなかった。ピッタリとしたウエットスーツを着て、頭には目の部分が空いたヘルメット。家には常に二人組で入ってきた。

こうした見かけは、もちろん近年のアブダクション譚につきものの「グレイ」のそれによく似ている。エドウィンが我々に初めてこの話を明かしたのは1982年のことで、そうしたグレイの話は一部で記録されはじめてはいたけれど、それほど知られていたわけではなく、とりわけ英国の一般市民の間ではほとんど知られていなかった。

しかし、フィリップ・テイラーの調査により、エドウィンがこの話を1967年の時点で話しているのを聞いた人がいることがわかった。「そう聞いた」という女性は引っ越していたけれど、現在の居住地もどうにか突きとめて裏を取ることができたし、そのほか様々な細部についても確認は取れた。事件の真偽はともかく、UFOについての文献にほとんどグレイの話が出ていなかった時代に、いちはやくそうしたエンティティと出会っていたとエドウィンが語っていたことはハッキリ立証されたのだった。

彼らは家に来たときにいろいろなものをサンプルとして持ち帰ったとエドウィンは主張しているが、特に強い関心を示したのはフルーツだったという。彼らはウイスキーをすすったことすらあったが、そのときは「これは不味い」という態度を示したのだった! 最後から二回目の訪問のときには、ずっと庭に出て低木だとか灌木のサンプルを採取していった。また彼らはあるとき、「犬を連れていきたいんだ」ということを身振りで示してみせた。実際、エイリアンが犬に異常な執着を示すのは奇妙なほどよくあることだ。エドウィンは本物の犬の代わりに陶器でできた犬の置物2体を差し出し、彼らをなだめた。彼らはそれを持ち帰った。

エドウィンが彼らと何とか意思疎通を図ろうと試みたことは一度だけあった。彼は太陽系のスケッチを描いてみせ、彼らにどこかマークをつけてくれるよう頼んだのである。彼らは全惑星の公転軌道の外側に点をひとつ描いた。これをみたエドウィンは、彼らは他の恒星系から来たのだという風に理解した。

9回目の訪問があった際、エドウィンは、自分たちが出発するところを見せまいとする彼らに抗ってみることにした。それで、彼らが去った後に自分も外に出て、物体の下側から青い炎が出ているのを見守った。物体は飛び上がるものと思っていたらさにあらず。それはただその場からいきなり消え去ったのだった。彼らを見たのはこれが最後となった。

しかし、彼らは去っていく前に二つの贈り物を残していった。一つは数粒のタネで、彼らはこれを植えるように言い残していた。そこでこれを植えたところ、植木鉢からはトゲこそないけれども花をつけるサボテンに似た太い幹が生えてきた。彼はそれをスケッチしたが、写真を撮ることはなかった。彼がこの事件の話を我々にした時には、それはとっくに枯れ果てていた。

もう一つの贈り物は、幸運なことにこれとは事情が違っていた。それは小さい水晶のかけら数個で、ちょっと見には未加工のダイヤモンドに似ていた。これは本物のダイヤかもしれないと考えた彼は、分析をしてもらおうとロンドンのダイヤモンド商に一つを送った。エドウィンはこれは本当のことなんだといって、送られてきた報告書を見せてくれた。結晶の比重は2.64で、ダイヤモンド商からは「これは石英である可能性が最も高い」とのコメントが付されていた。エドウィンはこれは期待外れだったと語り、「訪問者たちは自分たちの素性を明かす上で全く意味のないものを何故残していったのか」と、困惑をあらわにしつつホンネを我々に語ってくれた。それでもフィリップ・テイラーは、念を押す意味で今一度分析をしてみようと手筈を整えた。

労をいとわず結晶を調べてくれたのはロンドン地質研究所のR・K・ハリソン氏だった。彼曰く、「この試料はガラス質の石英、つまり二酸化ケイ素で、残念ながら地球外起源のものではないと言わざるを得ません」とのことだった。

この話は一見荒唐無稽だし、その物的証拠もバカバカしいものであったが、それでもフィリップ・テイラーは、てらうことなくそうしたものを提示してみせた目撃者に感銘を受けた。最終的に彼はこんなコメントを残した。「エドウィンの主張を否定することも、あるいは逆に何か異常なことが起きたということも私には証明できなかった。この一連のエンティティとの遭遇譚は、ウソ偽りなく"信じられた体験"としてそのまま残していくほかないだろう」

これと同じことは、他のほとんどのUFO事件についてもいえることかもしれない。

この種の [エイリアンの遺した] 証拠物は何故例外なく砕け散ってしまうのか。その理由はわからない。ただそれは、決して無視されるべきではない"UFOの記録"にまつわる事実なのである。




【追記】なお、より詳しい話を知りたいという向きはBUFORAの刊行物に当たるのがよいのではないか。たぶんフィリップ・テイラー(Philip Taylor)による事件報告がどっかに載っているものと思われる。
 あるいは、「Edwin」「Sedlescombe」「1967」「alien」といったキーワードを検索にぶち込むなどすれば、それらしい情報があるやもしれぬ(とりあえずそれで見つけたのはこのサイト。関心のある方はご覧あれ)。