もともと「UFOがどうこう」だとかそういうネタばっかり書いているこのブログであるから、もとより来訪者がやってくることなど殆ど期待してはいない。

それでも時として意外なリアクションというものがあるにはあって、例えばオレは朝日新聞に不定期連載されていた「アロハで田植えしてみました」「アロハで猟師してみました」という所謂「アロハ記者シリーズ」が好きで、これをネタとしてツッコミを入れつつ感想を記すエントリーを何度か当ブログにも書いてきたのだったが、この5月、その書き手である朝日新聞記者・近藤康太郎氏とおぼしき人物からのコメントが当ブログに書き込まれていたのだった(よく見たら連絡先の記載があったので迷惑があってはイカンと思って今は非公開にしてある)。

要するに「ブログで意見を頂戴したお礼に新著を寄贈したいのですが」という話であり、つまり著者はエゴサの結果、こんな辺境ブログにまでやってきたということだったのであろう。オレとしては「おぉよくぞこんなトコまで!」&「好き勝手なこと書いてるのに何と殊勝な人なのだろう!」という驚きと若干の喜びとがあったのだけれどもよくよく考えると、その厚意に甘えたりすると、今後新シリーズが始まってまたネタにしようという時に批判の筆が鈍るオソレがある(笑)。

なので、今回は自腹でその本を買ってきて感想文を書こうと思った。さいきんようやく読み終わったので、以下、その「感想文」を記すことにした。で、その新著というのは『アロハで猟師、はじめました』である(たぶん)。

アロハで猟師、はじめました
近藤康太郎
河出書房新社
2020-05-23


一言でいうと、著者は洋楽やら文芸・思想に詳しい朝日新聞の名物記者である。だが愛社精神みたいなものは持ち合わせていないアウトローで(この辺に好感を抱く)、社外でのライター活動とかもとても大事にしている人らしい。で、そういう人間なので、「このご時世、好きなこと書いて生きていくためには会社から放り出されても最低限の食い扶持が確保されていたら安穏であろう」という発想から、長崎の田舎の支局長に転じたのを機に朝の1時間だけ野良仕事をして田んぼを作るというプロジェクトを開始する。彼はその後、異動で大分の田舎の支局に移るのだが、「狩猟もすればオカズもとれて宜しかろう」ということで、この間、鉄砲撃ちや罠猟の修行なども着々と進めていったのであった。

この間の出来事は順次朝日新聞の記事に連載され、オレもそれを読んできたのであるが、すべてを書き切ることもできないのでモノしたのがこの『アロハで猟師、はじめました』ということらしい。一言でいうと、この本は田舎暮らしでもとりわけその猟師仕事の日々を記したものである。

この本、こないだ毎日新聞の書評で社会経済学の松原隆一郎氏も激賞していたけれども、結論からいうと、たいへん良い本であった。もちろんこの企画にはネタ臭が色濃く漂っている。過去のエントリーでも書いたことだが、そもそも充実した年金制度で知られる朝日新聞の記者がこれから「生活に困る」事態に陥るのというは考えにくいコトであり、「万一に備えて田んぼを作り狩猟をする」必然性はたぶん皆無である(笑)。

ただ、そんな半分冗談みたいなところからスタートしてはいるけれども、とりわけ今回の猟師シリーズは自らの手で鹿を殺す場面を詳細・精密に描いたりしている。これはマヂである。「他の生きもののいのちを頂いて生きていくしかない人間存在の哀しさ」みたいなものを真正面から見据えている。「動物かわいそう」みたいなアホを相手に商売していかなきゃいけない日本の商業新聞の限界にも果敢に挑戦している。とても良い。

もっとも、違和感がないではない。

著者はいわゆる新自由主義的な経済至上主義に違和感をもっているようで、それに対し、農作物や狩猟の獲物を融通しあうような田舎の「贈与の社会」を対置して描いている。そりゃもちろんそういう地域の絆というのは素晴らしいモノかもしれないが、もともと田舎出身のオレなどからすると、そこんとこはちょっと美化しすぎじゃねーかと思わんでもない。

田舎というのは、確かに「インナー・サークル」に入ってしまえば生きやすい。ただし、一般論ではあるがいきなりやってきた「ヨソ者」に対して田舎の人々は総じて冷たい。アイツは何者か。仕事は何だ。何しに来たのか――徹底的に観察し、詮索する。で、害がなさそうだ、地域の和を乱すようなことはなさそうだという話になって、ようやく間合いを詰めてくる。うまくいけば仲良しだ。要するに視線は内向きである。

そういえば最近のコロナ禍でも、田舎で感染者が出れば「どこの誰だ?」「アイツは何してたんだ?」と地域はパニック状態に陥り、感染者やその家族は「和を乱した連中」ということになって吊し上げられてしまう、という話も聞く。麗しき相互扶助は、実は外部に対する強い警戒・閉鎖性と表裏一体じゃないのか、日本の田舎というのは全然変わっていないんじゃねーかと思う。著者がうまいこと地域に溶け込めたのは、もちろん一流新聞の支局長という立場もあったろうし(朝日新聞の支局長というのはおよそ日本のどの地域にあってもVIPである)、文章からも伝わってくる陽性で開けっ広げなキャラというのもあったのではないか。根が陰気なオレがこんなことしようとしても、そもそも洟も引っ掛けられまい。

とまぁいろいろ思うところもあるが、都会でサラリーマンをしている身からすれば「う~ん、これでいいのかなぁ?」と思うことはままあるわけで、「いやオルタナティブはナイでは無いンだぜ」という著者の体を張った挑戦は魅力的である。眩しい。

現在は大分県日田市で仕事をしているようだが、このところの大雨で被害とかはないのだろうか? とまれ、また新聞で「続報」など読めれば、と思う。