2020年10月

UFOドキュメンタリー映画とも称すべき「虚空門 GATE」(2019)のブレーレイ・ディスクを買ったので以下感想文。




なお、思いっきりネタバレなので嫌な人はここで帰るように。



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はい、ではここから。

この映画をひと言でいうと、或るUFOコンタクティーの佇まいを描いたドキュメンタリーである。冒頭、「NASAが月でみつけた女性宇宙人のミイラ」という触れ込みの映像が紹介されたり、UFO映像を自ら撮影して店先で売っている男鹿半島・入道崎の「みさき会館」のオヤジへのインタビューなどもあったりするが、それは話の本筋とは全く関係がない(ちなみにこの入道崎には以前一度行ったことがあるのだが、このときオヤジを訪ねてちゃんと話を聞いてくれば良かった。店先覗いただけで帰ってしまったのは大失敗だった)

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 これが行った時の写真。UFOラーメンがウリらしい


閑話休題。とりあえず大体のあらすじを紹介しておこう。

この映画の主人公は庄司哲郎なる人物だ。かつてはそこそこ活躍したこともある元役者だというのだが、どうやら小さい時から何度も宇宙人に会っているというコンタクティーで、UFOなんてものは呼べばすぐに飛んでくるというのが口癖だ。ならば、ちゃんとUFOを呼んでもらって、撮影させてもらおうじゃないの――おそらくはそういう狙いで監督は本格的に撮影を開始する。

監督は、この庄司氏を山の上とかに連れてってはUFO呼びをさせる。彼のスマホには何か怪しい影みたいなのが写ったこともある。だが、ちゃんとした映像は撮れない。何度かそんなことを繰り返していたのだが、「きょうロケ行くから」という日に庄司氏は突然姿を消す。当然「なんちゅー無責任なやつや」という話になるワケだが、実は彼、違法薬物で逮捕されていたのだった(ちなみに本人は冤罪を主張)。

そう言われてみると、確かに元俳優ということで目鼻立ちは整ったイイ男ではあるが、何で生計を立ててるのかもよく分からんチャラい中年男といった風情であるし、単なるホラ吹き男じゃねえのかという疑念が胸中に兆す。

「UFOのストーリーだというから買ったのに、なんだクズ人間のドキュメンタリーかよ」と一瞬殺意がわきあがるのだが、気を取り直してさらに観ていくと、庄司氏はやがて執行猶予付きの判決をうけて拘置所から出てくる。地道に警備員の仕事も始めたので、まぁとりあえず真っ当な生き方をする気なのか良かった良かったと思っていたら、やがて再開したUFO呼びロケで大変なことが起きる。つまり彼が、スマホの前にこよりみたいなのチラチラさせたり、或いは針金みたいなのを吊してニセUFO写真を撮っている(としか見えない)光景が撮影クルーのカメラに写ってしまったのだった! 

当然監督は釈明を求めるのだが、彼は「こよりみたい見えるのは、たまたま手にもってた楊枝」「針金みたいなのは宇宙人が送ってくれたマイクロUFO。コッチ方向を撮れば母船撮れるよという合図をしてくれる道具で撮影後に消えた」とかよく分からない説明をするのだった。

その後も決定的な写真・映像などというものは全く写らない。ただ、ラストシーン、主人公たちも参加したUFO呼び会で、夜空を移動していく光体が何度も出現する。「あ、出てくれた」とかいってみんなが喜ぶ声が流れる。アレってひょっとしてUFOなんじゃないのか――そんな余韻を残して映画は終わる。


ということでこの映画、実際のところは「UFO周りの人間のケッタイさ」を通じてUFO現象を描いたものだといえるだろう。そもそもUFOに興味・関心を抱くような人間はどこかヘンなのであるが、とりわけコンタクティという人種はそれに輪をかけておかしい。「宇宙人からこう言われた」「宇宙人とはいつでも連絡できる」等々、常識的には理解不能なことを彼らは口走る。証拠はあるかといえば、ない。あるかと思えば、それは決まってフェイクだ。

にもかかわらず、彼らは「自分はマトモだ」という。当人は自らのストーリーを信じ切っているようにみえる。そして、確かにその主張にミクロレベルながら正当性があるように感じられる瞬間も(人によって、ではあるが)ないではない。あからさまなウソのようでいて、どっか完全に妄想とは断じがたい部分がある。一体なんなんだUFOってヤツは――というのはワレワレUFOファンがしばしば痛感する思いであるわけで、おそらくこの映画もその辺りに突っ込んでいこうとしたのであろう(むろん企画段階からそこまで考えていたわけではなく、出たトコ任せでやってたらそうなったのだろう)。

が、オレなどからするとその意図は必ずしも成功していない。どうしてかというと、この映画のキモは「フェイク野郎!?」と観客から見放された主人公が、いやそれは濡れ衣だよといって反転攻勢をかけることに成功するかどうか、押し戻せるかというところにあるわけだが、そこが弱い。

確かに主人公の庄司氏は、上記のような「マイクロUFO」理論を持ち出して作中で反論をしているが、如何せんこれが説得力を欠く。いや、ここで苦しい釈明をするトコロはコンタクティーの宿命なので或る意味「見せ場」としてあってもいいのだが、だったらその後でバンカイしないといけない。

具体的にいうと、ラストシーンの「UFOらしきもの」が夜空を行き交うシーンで、監督は「UFOってフツーにいるんだ!」方向に観客をグイグイ引っ張っていかねばならないが、オレがみるところ、ここで出てくる光体はいずれも等速直線運動をしており、まぁ天体現象には素人なのでよくわからんが人工衛星か隕石でしょうよという感じが強い。つまり衝撃度弱すぎである。ダメじゃん、全然押し返してないじゃん、という話である。

とまぁ、いろいろケチをつけたのだが、上に記したように「UFO問題に特有の虚実ない交ぜのグレーンゾーン」を描き出そうという意図だけは買える。そんなスゲー面白れーって映画でもないのでこのBlu-rayディスクの値段は高いような気もするが、まぁUFOファンなら知っておいても悪くはない映画だった。

あと、UFO研究家の竹本良氏が「庄司哲郎氏を高く評価する専門家」という立ち位置で再三登場するのだが、上記の「フェイクUFO写真」を真正と断定し、「間違ってたら研究者失格ですよ」的なことをいってたのが面白かった。で、今もUFO研究家の看板は下ろしてないのかな(笑)











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で、瀬戸大也である。

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日本を代表するスイマーである彼が、このたび不倫がバレてしまったが故に日本水泳連盟の処分を受け、「年内活動停止」の憂き目にあってしまったというニュースが世間をさわがせておる。

ちなみにNHKの報道はこんな感じである。




競泳 瀬戸大也選手 
「年内活動停止」の処分に 女性問題で
2020年10月14日 1時32分

日本の競泳陣で唯一、東京オリンピック代表に内定している瀬戸大也選手について、日本水泳連盟は13日、臨時の常務理事会を開き、瀬戸選手をめぐる女性問題が日本水連の名誉を著しく傷つけたなどとして、年内の活動を停止する処分とすることを決めました。

日本水泳連盟は、瀬戸選手が先月、女性問題を報じられ謝罪したことを受けて、12日に倫理委員会を開き本人から事情を聞いたうえで、13日、臨時の常務理事会で処分について話し合いました。

その結果、瀬戸選手の行為はスポーツマンシップに違反し、日本水連など関係団体の名誉を著しく傷つけ、競技者の資格を定めた規則に違反したとして、日本水連の公式大会への出場や、強化合宿、それに海外遠征など、年内の活動を停止する処分とすることを決めました。

瀬戸選手が処分に不服を申し立てず確定すれば、12月に行われる日本選手権などへの出場はできないことになります。

日本水泳連盟は「オリンピックの内定選手がこのような事態を招いたことは大変遺憾で、関係者に多大なご迷惑をおかけしたことを深くお詫びしたい。今後は選手の行動規範と社会的規範の教育を徹底していく」とコメントしています。

瀬戸選手コメント「一からやり直す覚悟」

日本水泳連盟が年内の活動を停止する処分を決めたことについて瀬戸選手がコメントを出しました。

瀬戸選手は「処分を厳粛に受け止め私の行動でご迷惑をおかけしている関係者や応援してくださっている皆様に改めてお詫びいたします」としています。
そのうえで「どうしたらお詫びできるかを自分自身に問い続けてきましたが、私にとってのお詫びはこれからも水泳で努力していくことだと考えています。無責任な行動で傷つけてしまった家族からの信頼を回復し、スイマーとして再び認めて頂けるよう、一からやり直す覚悟で真摯に水泳に向き合っていきたいと思います」としています。



が、オレのブログを愛読している方であれば(そんなヤツはいないがw)既に半ば予想されていることと思うが、オレの感想は

「バカバカしい」

の一語である(毎回こんなセリフばっかでスマンが)。

スポーツ選手だからといって別に聖人君子であるワケではない。いやむしろオレの持論からすれば、世界レベルのアスリートなどというのはむしろ人格破綻者でないとやってられないのである。

連中は――むろん一部に例外はあるのだが――自らの健康など省みぬ猛トレーニングに打ち込み、勝つために全てを捨て、時には悪魔と手を結んでライバルを呪殺してでも浮かび上がろうという精神の持ち主である。

であればこそ、連中が日頃のストレス解消ということで不倫するようなことがあっても、そりゃ完全に想定内である。そもそも不倫しようがしまいが、それは己が成績とは本来無関係である。無関係だからこそ何の障碍もない。だからやる。

*だいたいスポーツマンシップなどというものが絵空事であるのは、世界で最もポピュラーなスポーツであるサッカーなどを見ておればすぐ判る。審判の見てないトコでは誰だってフツーに敵のユニフォーム引っ張って妨害しとるし、別に誰も文句を言わない。つまり「それが正常」だとみんな判ってやっておるのだ


ところが、いつの世も「健全な精神は健全な肉体にやどる」ので、そういうゲスいことはやってはいけないとゆー道学者みたいなジジイが必ず現れ、「そういうのはダメです」とか言って回る。今回の処分というのもそういうジジイどもが先導して決めたのであろう。それがバカだというのである。

これは結構人口に膾炙しているので知っている人も多いと思うが、「健全な精神は健全な肉体にやどる」などという言葉はもともと存在せず、古代ローマのデキムス・ユニウス・ユウェナリスなる人物が記したオリジナルは「健全な精神ってヤツが健全な肉体にやどれば良いンだけどネ」という言葉なのだそうだ。ある意味、そういう体育バカはフツーその手の健全さを持ち合わせていないので「二つ揃ったら良かったのにネ」という皮肉ではないかと思うほどである。


だから瀬戸大也のこともほっといてやればいいのである。アスリートというのは別に人格者でなくても結果を出せば、それだけで尊敬に値する。マイク・タイソンを見よ。






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