2021年02月

■第三章 幻想の世界


この章でキールは、UFOが突然姿を見せたり消したりする現象を説明しようということなのだろう、人間の知覚というものについて論じている。どうやらそのキモは「人間の知覚域には限界がある」ということらしく、電磁気のスペクトルというのは波長の短い宇宙線から長い方は電波に至るまでとても広大な領域にわたっているのだが、そのうち人間が視覚で知覚できるのはごく限られた可視光線だけだ――と強調している。


アマチュア無線技士電話級(笑)の資格こそもっているが基本的に文系脳のオレとしてはこういう話になるといまひとつちゃんと理解できていないのではないかと不安になってくるのだが、まあいいや、ともかくオレが理解するところでは、キールは「この宇宙の中で人間が見たり聞いたりできる現象世界というのは限られており、その外側には人間の知覚を超えた不可解なものがうごめいている」ということを言いたいようなのだった。


ただ何というか、ここでキールはうまいこと議論を混線させていて、「だから人間の知覚を超えた現象をもたらす、何らかの主体というものもあるんですよ」という方向に話をずらしているような気がする。


たとえば彼はこういう言い方をしている。




われわれの世界もまた、何かもっと大きい、われわれの感覚や理解力を超えた何ものかの一部かもしれない。(中略)これらのエネルギーは、われわれと共存し、われわれに将来とも気づかれずに同じ空間を占めることすらできるにちがいない。

われわれが本書で概観してきた証拠はこの知覚されない共存を明確に示しているし、いまやわれわれは"それ"あるいは"それら"あるいは天界の偉大な何者かと妥協しなければならないときである。(49頁)


まぁ確かに人間が知覚不能な世界やエネルギーといったものはあるんだが、そこから「人間の了解不能な世界があり、その世界におけるアクターというものも当然存在する」みたいな方向に何だかうまいこと誘導されてる感が否めないのである。


ともあれ、キールはここで「UFO現象をもたらす主体」という概念を議論の中にうまいこと密輸入することに成功した(笑)。そして、彼らの知覚域は人間のそれを超えていることを示唆する。それゆえに彼らがフツーに行動していても我々にはそれが「見えたり消えたり」する。


というか――ここがスゴイんだが――キールはさらに一歩進んで「彼らは意図的に<見せたい自分>を<人間の知覚域>に向けてチューンして見せているンではないか」といった仮説まで持ち出すのである。



われわれの輝く物体(注:UFOのこと)は色、サイズ、形が変わるが、このことはそれらが一時的に地球上の物体に見せかけるような操作が可能なエネルギーから成っていることを示す。(58頁)



孤独な目撃者たちが、地上に降りてパイロットたちによって修理されているハードな物体に出くわしたといった報告がたくさんあった。(中略)ほんとうはわざとやってるんじゃないかとしか思えないようなこうした事故があまりにも多い。それらは、その物体は実在のもので機械的なものだという信仰を強めようとしているのかもしれない。(60頁)

こういう風に「暴走」していくのがまさにキールの魅力である。


■第四章 時間外からのマシン


この章からキールは、歴史を振り返りながら、そこに今日でいうUFO現象に類したものを探っていく(むろん、それは「宇宙人は昔から地球を訪れていた!」という意味ではない。ここまでお読みの方ならお分かりだとは思うけれども)。


そこでまず取り上げられるのは、空中に「火の柱」が現れたといった記述のある旧約聖書である。あるいはキリスト教における天使というのも、見ようによっちゃUFOの搭乗員みたいなもんじゃネ?ということも言っている。もひとつ、奇妙な生きものの訪問を受けて、のちにモルモン教を興すことになるジョセフ・スミスを取り上げているのも興味深い(余談ながら、ジャック・ヴァレもUFO現象とのかかわりでジョセフ・スミスに論及している)。


18、19世紀になっても奇妙な物体、奇妙な人の報告は続いたが、1896~97年になると巨大な葉巻型の物体が人々の前に姿を現すというエポックメイキングな事例が起きるようになる。いわゆる幽霊飛行船騒動である。これが次章のテーマとなる。



■第五章 壮大なぺてん


さて、19世紀末の幽霊飛行船騒動というのは、米国の中西部諸州を中心に各地で謎の飛行船が出没し、時に着陸した搭乗員たちと目撃者が会話を交わしたとも言われている一連の事件である。本章でキールは、その主立った事件を紹介しながら、最終的にはこれを「ぺてん Deception」という言葉で総括している。


それでは何が「ぺてん」なのかという話になるわけだが、ここに本書の第三章末尾でキールが言っていた話がつながってくる。つまり、UFOの搭乗員たちは、なぜだか知らんが地球の人間たちに「偽りのストーリー」を植えつけようといろいろ画策してるんじゃネ?という話をキールはしていたのだった。連中はこの19世紀末の時点でも、そういう怪しい動きを繰り広げていたとキールはいうのである。


キールは「これは試験飛行中の飛行船だ」といった説明を目撃者が聞かされた話を紹介しているほか、「世間を騒がせている飛行船は自分が発明した」という謎の人物が1896年11月、西海岸に出現した話なども伝えている。彼によれば、この人物はカルフォルニア、さらにはサンフランシスコで、高名な法律家2人を相次いで訪問したという新聞記事が残っているそうだ。その男は黒い肌、黒い目であったが、ちなみにキールはこれをUFO目撃者のもとに現れて恫喝などをしていくとされる「メン・イン・ブラック」に類したものと考えているらしい。加えて目撃地域では、その飛行船から投下されたものと思われる航行記録の記されたカードみたいなものも再三見つかっているという。


むろんそんな飛行船は当時実在しえなかったワケで、要するにこういう情報は全部欺瞞であり、物証もインチキである。なんでそんな偽装をするのかという話になるわけだが、ここでキールは一つの推論を提示している。いささか長いが引用してみよう。




容貌、言語などがわれわれと全くちがうものもいる正体不明のよく組織された人間の集団が、一九八七年に、空から合衆国中西部の大規模な"調査"を行うのが得策だと判断したと仮定してみよう。

(中略)

彼らは自分が存在していることをわれわれに知られたくもなかったし、もしわれわれが彼らの航空機に気づくようになれば、われわれは自動的に彼らのことに気がつくようになるだろう。だから彼らは、この"侵入"をなるべく気づかれないでやれるような、あるいは少なくとも無害に見えるプランを考案しなければならなかった。(97頁)


こっそりと、衝突が生じないようなかたちで人類の社会を観察している者たちがこの地球にはいるのだ――そんな極めてラディカルな方向に向かって、キールの思考はさらに驀進していく。(つづく



mixiチェック

UFO問題に関心のある方であればご承知かとは思うが、2009年に亡くなったアメリカのUFO研究者、ジョン・キールというのは、「UFOというのはエイリアンが飛ばしている宇宙船なんかじゃない。あれはこの地球上に人類とともに存在してきた何らかの超常的存在が顕現したものなのだ」という、いわゆる「超地球人説 the Ultraterrestrial Hypothesis」で有名な人物である。

こういう考え方はオレの好きなジャック・ヴァレの議論ともかなりの程度重なっていることもあり、彼にはかねてから好感をもっていた。幸い彼の本はそこそこ日本語にも訳されているので、その多くはこれまで買い求めていたのだが、ただ一冊、古本でもけっこう値が高くなってしまってこれまで入手できなかったのがあった。

それが「Operation Trojan Horse」(1970)の邦訳書「UFO超地球人説」(1976、早川書房)であったワケだが、これを先日ネット経由でようやく入手することができた。

あぁ良かった良かったというところであるが、と同時に考えた。オレも最近だんだん頭がボケてきたのか、読んだ本の中身を片っ端から忘れてしまう。せっかく何年越しかで探してきてようやく入手できたこの本なのであるから、忘れる前にその内容をブログにメモしておけばよいのではないか。

もひとついうと、先に書いたようにこの本はなかなか出回っていない。入手していないUFOファンの方に、ここではだいたいどんなことが書いてあるのかお伝えしておくのも意味があることだろう。

というワケで、これからヒマな時に各章の内容などをここに記していこうと思うのだった。今回はその第一回め。

IMG_6273


■第一章 秘密の戦争

1966年3月、キールはUFOの調査研究を始めたのだが、第一章ではその当時のことを書いている。まずは新聞などのニュース・クリッピングサービスでUFO情報を収集したのだが、こうやって年間に集めた情報は1万件。そんなデータからおぼろげに見えてきたものがあったのだという。

UFOは水曜日に出現することが多い。かつ目撃が特定の「州内」に限定される傾向がある。ということはUFOというのは人間が作った「曜日」だとか「行政管区」といったものを理解しているのか? いかにもキールらしい問題提起がさりげなくなされている。

さらに1967年3月8日の前後、カンザス、イリノイ両州を中心に起きたフラップから22事例を一気に紹介し、読者を驚かせたところで次章へと怒濤の展開。



■第二章 答えなんかどうでもいい! 問題は何か?

UFOとは「疑似物質的 paraphysical」なものではないのか――それが本章におけるキールの主張のキモである。キール自身も「疑似物質仮説とは正確には何か?それが本書の中心テーマである」とこの章で言っている。

では「
疑似物質」とは何ですかという話になるわけですが、キールによれば、それは「すなわち固形物で構成されたのではないもの not composed of solid matter」である。

と言われてもイマイチよくわからんと思うのだが、要するに一番平たくいってしまえば「UFOというのは宇宙人が飛ばしている宇宙船なんかじゃない」ということである。つまりアレは何らかのマシン、乗り物、機械のたぐいじゃないと言っているのである。そうじゃなくて、一見モノのように見えてもそうじゃない、実はなんかよくわからん超常的存在、時によっては霊的なものとして考えたほうが良かろうとキールは言うのである。

まぁその辺の話はおいおい出てくるのだと思うが、とりあえずこの章では、彼の言う「
疑似物質仮説」に近い立場の人々(大きな括りでいえば「あれはボルト&ナット製の宇宙船なんかじゃない」と考えている人々)を紹介している。こんな面々だ。

――ジェラルド・ハート、アーサー・C・クラーク、英国のダウディング卿 ハロルド・T・ウィルキンス、ウィルバート・B・スミス、ブライアント・リーヴ、アイヴァン・T・サンダーソン、ジャック・ヴァリー(注:ヴァレのことである)・・・

彼によれば1955年には「疑似物質情報の爆発」があったそうで、つまりこのころ、客観的にみれば宇宙船説に都合が悪い情報やたら出てたじゃん、ということを言いたいのであろう。にも関わらず、ET仮説や政府の検閲(いわゆる陰謀論だろう)みたいな話ばっかはやっていたので、キールは何だかご立腹である。

本章の最後には、英国空軍で元帥をしてたヴィクター・ゴダード卿という人物を引いており、いまいち意味はよくわかんなかったけれども、ゴダード卿はここでUFO現象は霊的・オカルト類似現象だと言っているらしい。それって何よ、という話は以下で詳しく論じられていくのだろう。たぶん。




◆蛇足1
本書では「接触者」という言葉が再三登場しているが、確認してみると、これはやはり「contactee」の訳語であるようだ。いまなら「コンタクティー=宇宙人と友好的に会見したと称する人々」ということでそのままで通じると思うが、当時はそうでもなかったのかもしれない

◆蛇足2
自ら「スゲー資料調べした」とか言ってるだけあって、なかなか渋い情報も散見される。邦訳書30頁にはUFO関連で「円盤 saucer」なる表現が初めて用いられた例というのが出てきている。それは1878年1月24日(木)、米テキサス州の農夫ジョン・マーティンが頭上を通過する円形の物体を目撃した事例で、その際に「デイリー・ニューズ」が「ソーサー」と報じた、とある。我々はつい「ソーサーと言われたのはアーノルド事件が最初」とか言ってしまうが、そこに一石を投じています(どうでもいいけどw)


◆蛇足3
原著(のPDF)と照らし合わせると、翻訳ではところどころ割愛してる箇所がみつかる。訳書をお持ちの方のために気づいた範囲でやや具体的に言っておくと、例えば36頁「パーマーは・・・生涯をその問題に捧げることになる。」の段落のあとだが、原著にはこうある。「Captain Ruppelt even accused him of “inventing” flying saucers. He almost certainly did. ルッペルト大尉は、彼は空飛ぶ円盤を「でっち上げている」と言って非難までした。実際、彼はほとんどそれに類したことをしていた」。なんで略したのだろう?

あと、
38頁の「一九五五年から一九六六年までは、UFO問題の実際的研究はほとんどおこなわれなかった。」のあと、一段落が割愛されている。ルッペルトの本の影響で1956年6月、ワシントンDCでCIAやロケット技術者たちが参加したシンポジウムが開かれ、それがきっかけで、タウンゼント・ブラウンを代表とする民間調査期間NICAPが結成された――ということが書いてある。 

◆蛇足4
「UFOってオカルト的な現象じゃネ?」的なことを言っている(らしい)ヴィクター・ゴダード卿、ググってみると超常現象にとても関心をもっていたようだ(→Wikipedia)。で、このWikipediaの記事にも書いてあるが、戦後まもなく上海から東京に飛行機で飛ぶことになった時、知り合いから「あんた飛行機事故で死ぬ夢みたよ」とか言われた。で、気にしながらも実際にフライトしたんだが、その飛行機は佐渡に緊急着陸したのだった(死ななかったけど)。なんか「そっち系の人」だったようである。(ちなみにこの話はイギリスで映画「The Night My Number Came Up」になったそうな。日本でも佐渡の人々の側からこの不時着事故を描いた映画「飛べ! ダコタ」というのがあるという。全然知らんかった)


(次回につづく――とはいったが今回これだけ書くのに疲労困憊したのでw次回以降はたぶんスゲー簡単なものになるかもしれません

mixiチェック

IMG_6259

*しかし、ついつい何十年来の習慣で「大盛り」頼んじまうンだが、最近は食後に「食い過ぎたな~」感に見舞われることしばしば。年取ったもんだなー


mixiチェック

今日はヒマなので自分が前に書いたブログを読み返していたのだが、そうしたら2013年3月の記事で「森で屁をこく」というサイトを激賞していたのを見つけた。

このサイト、別に特段の主張があるわけではないけれども日常生活の中のひっかかりだとか感情の起伏だとかをふざけた文体で書いていて、要するにオレのスキなタイプのサイトである。

ちなみにこの「森で屁をこく」、1997年から2003年まで続いていたサイトであったようなのだが、それが突然何の前触れもなく途絶したようだ。いわば「突然死」である。今回改めて訪問してみたがその状況に変わりはなく、サイトはそのまんま放置されていた。

いやしかし、と思う。このサイトが生きてたのはもう20年近く前のことになってしまったわけだが、当時、出版社の中の人か何かが「面白いからちょっと週刊誌にコラムでも書かせよう!」か何かゆうて話をもっていったら、この書き手はどうなっていたか。最後の記事に「32歳」だというようなことが書いてあるので、生きていれば(笑)いま51歳ぐらい。けっこう堀井憲一郎みたいな中堅コラムニストになってたかもしんないぞ。

何十年前から変わらないまま無造作に放り投げられたテキストが、逆に「ありえた未来」みたいなものを想像させる。それなりに年を経てきたネット文化の一断面である。




mixiチェック

IMG_6243
 蒙古タンメン(大盛り)。久しぶりに行ってみた


mixiチェック

1200

映画「Fukushima 50」(2020)を観た。以下感想。

この映画、東日本大震災後の福島第1原発危機をノンフィクション風に描いた作品ということで、公開当時はけっこう話題にもなった。主演は渡辺謙、佐藤浩市。

で、オレも年をとったせいか、すでに福島第1原発危機の展開なんてものはだいぶ忘れてしまっていた。なので「あぁそういやこんな感じだったんだよなぁ。当時はオレらもすげえ不安だったよ」みたいな感慨はあった。そして、「いつもタイヘンな時は現場にしわよせがきて、安全地帯でふんぞりかえってるエライさんは気楽でいいよなあ」という映画の主張自体はよくわかった。わかったんだが、しかし何かどうも釈然としない気分が残る映画であった。

それはどういうことか。

この映画の主人公である吉田昌郎所長(渡辺謙)は「アホな東電本社やトンチンカンな官邸に抗して、ひとり現場で陣頭指揮をして事故を収束に導いたエライ人」という風に描かれている。そりゃまぁこの凄まじい現場で彼がすげー獅子奮迅の働きをしたことは確かなんだが、じっさいにはこの映画で描かれていない重大な事実というものがある。

というのは(これは以前このブログでも書いたことがあるんだが)吉田氏は事故の3年前の2008年、東電の原子力設備部長というのをやっていた。これは原発関連の設備整備を担当する部署なんだそうだが、その頃、社内の調査チームから「福島第1原発には高さ10数メートルの津波がやって来る危険性がある」という報告が上がってきた。当時の吉田部長がどうしたかというと、まぁいろいろと上と相談した結果ではあるのだろうが、最終的にこれに備える津波対策というものを取らなかった。

この「ミス」は全部が全部、吉田所長の責任だったといえるのかどうかはしらん。それこそ「熱心に危険性を訴えたのだが上に潰された」みたいな可能性もある。が、最終的にその時に津波対策をしておけばあの事故は防げた可能性がある。いったん重大事故が起きれば、それこそ日本という国が破滅してしまう危険性を秘めているのが原発である。針の穴ほどの危険であってもそこは十分な手を打たねばならなかった。なのに、それを怠ってしまった。

そういう事実をココに重ねてみると、事故当時の吉田所長を「アホな上司に苦しみながらも仕事を成し遂げた偉人」みたいに単純に持ち上げていいのかという気がする。当時の彼の心中には、そうした過去の「失敗」への贖罪の念があったのではないか。いや、実際に彼がどう考えていたかは分からんが、少なくとも事実に基づくフィクションというのだから、その辺の苦い事実にまで視野を広げてこそ、この映画は単なる勧善懲悪の構図を超えた作品になりえたのではないか(ちなみに作中では吉田所長の「予想もしなかった津波がきた」みたいなモノローグが流れていたが、こういう経緯からするとこれは違うんでないかとオレは思う)。

勧善懲悪といえば、この映画に出てくる首相(佐野史郎)はえらくヒステリックで、いつもやたらと金切り声を上げて怒っている。善玉・悪玉という区分でいうと完全な悪玉である。ちなみに当時は民主党が政権を取っていたから首相は菅直人である。彼も相当に「瞬間湯沸かし器」タイプの人間だったと言われるし、現場がすげー修羅場になっておった3月12日の朝にヘリで飛んできて作業の邪魔をした(これは映画でも描かれていた)というのも事実である。

従って、こういう菅直人批判みたいな演出をするのは別におかしいことではない。ただオレなんかからすると、「政治家批判をここでもってくるなら、菅直人なんかよりもっと悪いヤツいたんじゃねーの?」という気がしないでもない。

あの時点で「まかり間違えば関東含む本州の東日本に人が住めなくなる」みたいな、そういう危険があったのは事実である。で、そりゃ吉田所長率いる現場は死を賭して仕事をしていたにせよ、官邸がコンタクトをとっておる東電本社はなんとも頼りない。そういう場面で首相が激高するのは分からんでもないし、現場にいきなり乗り込んでいくというようなミスも(とてもマズかったのだが)心情的には理解できんことはない。

そこでよくよく考えてみると、そもそも「日本の原発はメルトダウンなんか絶対起こさない」とかゆーてガンガン建設を進めてきたのは民主党が政権をとる前の自民党政権である。そんな負の遺産が時限爆弾よろしくイキナリ爆発したからって、菅直人ばっかり責めるのは酷というものであろう。

ということであれば、もっと責任を負うべき政治家というのは他にいるわけで、たとえば安倍晋三である。

これは事故以前の2006年のことであるが、このとき安倍は首相をやっていた。それで当時の安倍は、原発に詳しい共産党の吉井英勝とゆー議員から「日本の原発いうのは巨大地震で全電源喪失になって冷却できなくなる危険があるからなんとかしろ」という追及を受けていた。

ところが安倍は「原発には非常用ディーゼル発電機が置いてあるから大丈夫っしょ」とハナにもかけない。吉井議員が「しかしディーゼル発電機のバックアップとか複数系用意しとかないと危ないだろ。全然用意たりてないでしょ」とさらに追及しても「いやいやいや全電源喪失は起きないから。そんなん要らんて」ゆーて無視してしまったのだった。

それでどうなったかというと、福島第1ではその非常用ディーゼルが津波をくらってダメになってしまった。そしてあの原発事故というのは、ちゃんとした電源さえ生きていれば起きなかった。吉井議員のいうように、別のもっと安全な場所にリザーブの電力供給源を置いとけばあんな事故にはならんかったのである。

こういう事故回避のチャンスを潰してしまった安倍こそが希代の大戦犯だとオレは思うのだが、たまたま自分トコが政権失ってた時代に事故が起きたので、安倍は鼻クソほじりながら平気の平左で高見の見物をしていたのである。マトモな神経であればその時点で責任を感じて切腹するところである。

もちろん劇中で「あ、そういや数年前、国会で共産党の議員が全電源喪失の危険性訴えてたよな。まさに今回の事態じゃんかよ」みたいなセリフを言わせるのも不自然なのでそれはしょうがないのであるが、なんか「激高する菅直人を演出して事足れり」というのはいかにも浅く思われてくるのである。

というわけでいろいろ不満の残る映画というのがオレの結論である。アメリカで作ったテレビシリーズ「チェルノブイリ」なんかに比べると残念ながら格段劣っている感は否めず、いささか残念であった。














mixiチェック

↑このページのトップヘ