2022年03月

米アカデミー賞授賞式で、ウィル・スミスが「妻を侮辱された」といってプレゼンターを壇上で殴打した事件が話題になっている。今朝の「天声人語」はこの話を取り上げて「暴力ハンタイ!」という主張を展開している。

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この件についてはウィル・スミスを擁護する議論も一部にあるわけだが、まぁ「暴力ハンタイ!」という主張は当然あってよい。よいけれども、今回の天声人語の論理はデタラメである。

どういうことかというと、筆者は今回のウィル・スミスの殴打事件から、例の「忠臣蔵」を連想したという話を始める。要するに「忠臣蔵というのは吉良上野介をイキナリ殺害したテロ事件。あんなものを褒めるのはどうかしとる。いきなり暴力ふるったという点ではウィル・スミスも同罪である」といった意味のことを言いだすのだった(この要約はオレ流なので原稿には必ずしもこういう表現が使われているわけではない)。

しかし忠臣蔵――というか「赤穂事件」をここで引き合いに出すというのは全く的外れである。

これはよく国内の戦争責任論争で出てくる話にも通じるのだが、要するに朝日新聞はここで「昔おきた事件を現代人の倫理規範で断罪する」という挙に出ているのである。

ちなみに戦争責任論では、ネトウヨが「だって戦前は西洋の先進国はそこらじゅうに植民地作って収奪してたジャン。日本が大陸進出したのも同じようなもので、いまさら日本だけ責められるのは納得できんわ」ということをしばしば主張する。つまり「当時は当たり前だったことを現代の規範で批判されてはかなわん」と言うのだった。

実際には明治以降の日本の大陸進出というのは(とりわけ満州事変以降だが)当時の国際ルールに照らしても相当に非道なものであった。なので、このネトウヨの主張はおかしい。おかしいけれども、一般論としていえば「今の視点から昔の人々の行いをアレコレ論評する」という行為は、いわゆる「ウワメセ」で相当に下品である。

そして今回の天声人語はまさにその下品なふるまいに出てしまった。

じゃあ朝日新聞は「バスチーユ監獄を暴力で急襲するなんてのは許せない。フランス革命は平和裏にやるべきだった」とか仰るのでしょうか? そんな平和的になんてできなかったからフランス革命は起きたんじゃないスか? あるいは大化の改新(いまは乙巳の変とかいうらしいが)で中大兄皇子が蘇我入鹿を殺したのは「ゼッタイダメ」だったんでしょうか?

あるいは50年100年前の事件であればこの手の論法が通用することがあるかもしらんが、300年前の赤穂浪士について「倫理的におかしい!」とか言われても困るのである。こういう具合に、当時の状況など一切斟酌せずに「暴力はゼッタイいけませんな」と説教を始めてしまうところに朝日新聞の悪しき伝統が見え隠れする。


追記

そういえば同じく今日の朝日新聞の「論壇時評」にも気になる表現があった。
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これは外部執筆者の東大の先生の原稿なので朝日新聞自体がどうこうという話ではないのだが、冒頭、今回ロシアがウクライナに侵攻した理由についてはいろんなものを読んでみたが全然「得心」できなかった――ということを言って識者の論考にイロイロ注文をつけている。

これもどこか朝日新聞の悪しき貴族主義と通ずるところがあると思うから敢えて触れるのであるが、そんなことを言いだしたらナチス・ドイツがなんであんなことをしたのか、誰も「得心」なんかできないだろう。得心なんかできないのは百も承知、というかそれを出発点とした上で、それでも何とか了解できないものかと思ってこれまで思想家たちはナチズムとは何かを懸命に考えてきた。

ここでオレは具体的にはエーリヒ・フロムだとかハンナ・アーレントのことを頭に浮かべているのだが、つまり彼らは得心はできないにしても「あぁナチスの蛮行というのはどっかで自分たちと連なってるところがあるのかもなあ」という認識に到達したのだった。ハナから「もうアイツらの言い分なんて一ミリもわからんわ」みたいな態度を取るのは知識人としてどうなのよとオレは思う。




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週末、久しぶりにクルマを飛ばして佐野ラーメン「日向屋」へ。アサイチで待ついつものパターン。

「日向屋」のチャーシューは薄めに切っており且つホロホロっと崩れるため麺と一緒にすすりこむのに丁度良い。今回も絶品であった。

・・・・・・が、帰宅してから測ると体重が増えていた。ついつい併せて餃子5個を頼んでしまったのが響いたものと思われるw



追記

■いつのまにかEPARKの順番待ち発券機が導入されていた。あと、店の前の駐車場が少し広くなったようだ。駐車スペースは近辺にも若干押さえているようである。店の前には気のよさそうな案内役のおじいさんが常駐していて、いろいろと世話を焼いてくれた。混んでる時だけなのだろうか?

■佐野ラーメンというと「麺屋ようすけ」が6月まで東京ラーメンストリートに出店している。足代を考えるとこちらに行く方がリーズナブルである。が、オレは「日向屋」推しである





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  (2018年9月撮影)
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13日の天声人語は竹倉史人著『土偶を読む』を肯定的に紹介していた。これはたいへんにマズい。

この竹倉という学者は人類学が専門のようで、考古学は門外漢であるらしいが、「様々な土偶はつまるところ植物をかたどったものである」という仮説を打ち出し、この本を書いた。するとそれが気鋭の学者の登竜門といわれる「サントリー学芸賞」を取ったりして、だいぶん評判になってしまった。オレの記憶では確か毎日新聞の書評で中島岳志氏も褒めていた。

だが、オレの見聞きする限り、これは考古学の世界では牽強付会の説としてトンデモ扱いされているらしい。オレも実際にこの本を読んでいるワケではないが、そもそも土偶のモチーフというものをそんな一律に決めつけるというのはかなりムリがあるのではないかという気がする。

フツーに考えても、土偶なる土人形をつくるにあたって「植物モチーフオンリだかんネ」みたいな植物シバリが作り手たちの間にコンセンサスとしてあったワケはなかろう。「いや、オレ女性像作るから」とか言いだすヤツは絶対いるに決まってるのである。

とまれ、考古学に命賭けてる連中から総スカンくってる珍説を、あたかも有望といわんばかりに紹介する。まさに学問の軽視である。

朝日新聞は日本学術会議の人事に政府が介入したのを盛んに批判しておるが、学問の世界の自立性をないがしろにし、学問をボートクしているのは朝日新聞ではないのか。










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