★ジャック・ヴァレよ、どこにいく…
結論的なことを言ってしまうと、ヴァレは今回、タチの良くない人たちの言うことを真に受けて非常に恥ずかしい本を出してしまったのではないかと思う。
『Trinity』を最初に読んだ時、オレは「老境に入ったヴァレは残された時間は少ないという焦りからついつい判断を誤ってしまったのではないか」という風に考えた。ただ、ジョンソンの火を噴くような入魂のレポートに目を通した今となってみると、その錯誤というのはちょっとしたミスでは収まらないレベルのものではなかったのかと感じている。
そもそも『Trinity』の副題は「The Best-Kept Secret」、つまり「実によく隠されてきた秘密」というのだが、この時点で話はねじれている。このストーリーというのは、端的にいえば証言をしてくれそうな関係者が軒並み死んじまってから「実はこんな事件がありました」とか言い出す人が出てきたというだけの話なのだ。ハッキリいえば別に「隠されていた」とかそういうものではないのである。
ジャック・ヴァレ
いや、実際のところこれをディベートだと考えれば圧倒的に優勢なのはジョンソンのほうである。であれば、ジョンソンの説得力のある批判に対して、ヴァレは「そう言われれば根拠薄弱なのは否めない。反省すべき点が多いのは認める。言い過ぎた」とでも言うしかないと思うのである。ところがヴァレは「事件は本当にあった」というスタンスからジョンソンに対して反論をしている。しかもそれは本質的な部分で反論のテイをなしていないようである。
ジョンソンのレポートには、この一件に関する著名なUFO研究家のコメントなども紹介されているのだが、たとえばドナルド・シュミットの述べている言葉は、悲しいことに核心をズバリ衝いていると思う――曰く、「この事件は100%でっち上げだ」。
ここでオレは、ジャック・ヴァレの著書『Revelations』(1991年刊。『人はなぜエイリアン神話を求めるのか』のタイトルで邦訳あり)に出てくる或るエピソードを思い出す。米国のUFO&オカルト業界界隈では1950年代以降、インチキくさいネタを関係者に売り込んで回るカルロス・アレンデという人物が暗躍していた。アレンデは、戦時中に行われたという「フィラデルフィア実験」のストーリー――要するに1943年に米海軍が磁力を用いた或る種の軍事実験をしていたところ、駆逐艦が360キロ先にテレポートしてしまったという駄法螺だ――を吹聴しまくったことで有名な怪人物であるが、1960年代になって、この人物はヴァレに手紙を送ってきた。細かいことを全部端折っていうと、アレンデはUFO絡みの重要情報が書き込まれた(という触れ込みの)書物を持っていると称し、「これ買わんか?」と言ってきたのである。二人の間では手紙のやりとりがしばらく続いたというのだが、さて、ヴァレはどうしたか? そう、コイツ香具師やろと見抜き、「そんなん要らんわ」といって追い返したのである。
UFO業界というのはかくも怪しげな連中が徘徊する世界であるわけだが、ジャック・ヴァレは『Messengers of Deception』(1979年刊)でも奇っ怪なUFO理論を唱える人々、陰謀論を説く連中などを一刀両断していた。要するに百鬼夜行のUFOシーンにあって懐疑的な精神を失わず、真贋を見抜く目をもつ研究家として彼は一目置かれていたのである。
そんなヴァレがなぜこんな粗雑な主張を信じるようになってしまったのか。「騏驎も老いては駑馬に劣る」といった言葉で済ませてしまえば話は簡単ではあるが、オレはこの事態をなかなか呑み込むことができないでいる。そして哀しい。
願わくは――これからでも遅くない――ヴァレには自らを懐疑する姿勢を取り戻してほしいと思う。と同時にUFOファンとしては肝に銘じたい。UFOが分かったと思った瞬間、人は間違えてしまうということを。
――幻のサンアントニオ事件からちょうど78年目の8月16日記す (おわり)
【追記】
なお、この件に関連しては『Trinity』の翻訳書『核とUFOと異星人』についてもイロイロと思うところがあったのでX(旧Twitterですかw)にイロイロ書き込んだ。一連の書き込みをツイログにまとめているのでいちおうリンクを貼っておこう