2024年01月

1945年8月に米ニューメキシコ州サンアントニオではUFOの墜落回収事件が起きていた――とするジャック・ヴァレの著書『Trinity』については、これまで当ブログでも再三論じてきたところである。

要するにこれはHOAXであって、老境に入ったヴァレが焦りのあまりガセネタに飛びついてしまった事例ではなかったかとオレなどは考えているワケだが、この『Trinity』批判の急先鋒である米国のダグラス・ディーン・ジョンソンのサイトから「新しい記事書いたよ」というメールが来たので久々にそのサイトを覗きに行ってみた。

ここで記されているのは最近の『Trinity』をめぐる動きである。

たとえばであるが、今回の記事によればヴァレは散発的にジョンソンの批判に対する弁明をサイト上などに発表しているのだが、部分的に「あぁ確かにそこは目撃者の勘違いだったかもしれないネ」といったことも言い始めているという。要するに若干譲歩する構えはある。しかし、それでもヴァレは「事件そのものは確かにあった」という一線は死守するつもりらしい。おいおい、もう諦めなさいよと言わんばかりにジョンソンはこの記事でも改めて疑惑のポイントを蒸し返している(その詳細は過去のエントリーで触れているのでココでは繰り返さない)。

ちなみに共著者のパオラ・ハリスは第3版にあたる『Trinity』の改訂版を近々出すと言っているようで、そこではジョンソンの批判に対するリアクションも盛り込まれるものと思われる。それからついでに言っておくと、パオラ・ハリスはこの事件の映画化プロジェクトがウォルト・ディズニーとの間で進んでいるなどと実にアヤシイことも口走っている。この『Trinity』問題、これからどうなっていくのか。ヴァレはどうするつもりなのか。今後も生温かい目で推移を見守っていきたい。

なお、最後にこの記事に掲載されていた図表を以下に添付しておこう。目撃者のレミー・バカ(故人)という人物は、事件が新聞記事とかで公になる前に「実はオレ、UFO墜落事件の目撃者なんスよね」とかいってUFO研究者に話を売り込みにいったことがあるのだが、その内容というのはのちのち語り出した事件のストーリーとは相当違っていた。この一事だけでも証言の信憑性が怪しまれるワケであるが、この図表はその相違点を並べてみたものである。心証としては「コリャ全然駄目だろ」という感じデアル。

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世界的ユーフォロジスト、ジャック・ヴァレの著作『マゴニアへのパスポート』の私家版翻訳本は不肖ワタクシ花田英次郞が2016年以来定期的に販売をしてきたところですが、このたび新装版を増刷しましたので通販を再開したいと思います。
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ちなみにこれはどういう本かといいますと、前半分はヴァレによるUFO論、後ろ半分は1868年から1968年にいたる世界各地のUFO事案923件を簡単に紹介した事例集という構成になっておりまして彼のUFO論パートは実はそんなに長くはないのですが、そこで展開されている議論がどういうものであったかについてはこの私家版の末尾につけた「訳者あとがき」を以下に貼り付けておきますので参考にして頂ければ幸いです。


訳者あとがき

 

 本書はJaque ValleePassport to Magonia」(初版1969年刊)の翻訳である。なお、本文中の地名・人名表記は必ずしも現地語に即した正確なものではないことに留意されたい(とりわけフランス語人名・地名は要注意)。訳者の能力を超える理解困難な個所についても論旨をつなぐべく強引な訳出を試みているため、誤訳が多々あると思われるが、この点もご寛恕願いたい。

 さて本書『マゴニアへのパスポート』だが、UFOに関心のある者であれば、一度は耳にしたことのある書物といえるのではないか。1947624日、米国で起きたケネス・アーノルド事件以降、UFO研究の本場はまずもって米国であり、そこでは、多くの研究者の関心は「UFO=地球外生命体(ET)による宇宙船」説が正しいか否か、いわゆる「ボルト・アンド・ナット」セオリーの是非にあった。だが、この説には幾多の難点があった。「彼ら」はなぜ地球を訪れているのか。なぜ然るべき組織・人々とコンタクトを取らないのか。なぜ彼らは訪問のあかしとなる物的な証拠を残していかないのか――そんな根本的な疑念にこたえるべく、UFOシーンに新たな視座を導入したのがヴァレによる本書であった。

 そもそも「空に現れる不思議な物体」の目撃は、20世紀になって初めて起こり始めた出来事ではない。さらにいえば、未知の飛行体と不思議な生き物が同時に出現するような事件も、古くからしばしば報告されてきた。よく考えてみれば、ケルトをはじめとする各地の妖精譚なども、UFO(ならびにその搭乗者)の出現事例と同一のパターンに沿ったストーリーのようにみえる。その出現のメカニズムはなお明らかではないにせよ、UFO現象は、その時々の人々のありように応じて記述されてきた一連の出来事と同根のものだ――本書におけるヴァレの問題意識は、おおむねそのように要約できるだろう。

 もとより「物理的現象」としてUFO現象は解明できると考える「ボルト・アンド・ナット」派にとってみれば不愉快な議論であったに違いない。とかく怪しげなものと見下されがちなUFO研究を「科学・物理現象」の土俵に上げ、何とか市民権を獲得したい――そう考えた人々の立場もわかるし、彼らにしてみればUFOをある意味、心霊現象とも相通じるものとして考察するような主張は、自らの足を引っ張るものとしか感じられなかっただろう。実際、当時の研究者たちの間には相当な反発があったことは、ヴァレ自身も再三記している。

 だが、本書で紹介される悪夢のような数々の事例を見れば、この現象の背後には、単なるET仮説には収まらない奇っ怪な世界がポッカリ穴を開けていることに気づかざるを得ない。一種の怪異譚の系譜にUFOを位置づける、こうした「ニュー・ウェーブ」的アプローチが今日どれほどの影響力を保っているのか、残念ながら小生に語る資格はないが、他にも同様のまなざしを宿した魅惑的な著作――たとえばそれは近年物故したジョン・キールの作品であり、本邦における稲生平太郎『何かが空を飛んでいる』――があることを我々は知っている。

 個々の記述をみていけば首をかしげざるを得ない点もある。たとえば本書には日本に関係する記述が何か所かあるが、その多くは詳細な地名・固有名などを欠き、報告の信憑性に疑念を抱かせる。その中で相対的に具体的な記述があるのは1956126日に静岡県島田市で起きたという搭乗者の目撃事例(事例458)であるが、これとても実際には気球が誤認されたもので、情報が錯綜するなかで「搭乗者が目撃された」という虚偽情報が混入したものと思われる。さらに付言すれば、紹介された事例の中にはでっち上げとの評価が定まったものも相当数あるらしい。

 だが、古今東西の様々な神話的伝承から今日のUFO目撃談まで、すべてを同一のパースペクティブのもとに見通そうとした著者の試みは、「ボルト・アンド・ナット」説が確たる成果を挙げ得ぬまま今日に至っている現実を思えば、現に有力なもう一つの道=オータナティブであるといえるのではないか。しかもそれは、「人間とは何か」という普遍的な問いに通じるものを秘めていた。

 残念ながらUFOが人々を引きつけた時代は去りつつあるように見える。だが本書は「我々はどこから来てどこへ行くのか」という問いを、20世紀という時代に即してきわめてクリアに描き出している。では、21世紀に生きる我々はこれから空に何を見いだしていくのか――本書で展開された議論の射程は、おそらくそんなところにまで及んでいる。 

                              花田 英次郎


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1冊1800円(送料込み。銀行振込の前払いのみ)。A5判・392ページ。カバーなしの簡単な作りです。誤訳等あったらごめんなさい(と予め謝る)。

こちらに申し込みページへのリンクを貼っておきますので通販ご希望のかたはリンク先のメールフォームにご記入のうえ、お申し込みください。




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本年もよろしくお願いいたします。

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