■第18章 大衆を騙す武器
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1.敵の迷信を利用するため、PSYOP(心理作戦)担当者は以下の点について確信していなければならない。
a. その迷信や信仰は現に存在しており、かつ強力である
b. 自らには友軍に有利な結果を得るためそれを操作する能力がある
――「心理作戦方針No.36」 ベトナムでの心理作戦における迷信の利用(1967年5月10日)
ジョンと私が帰国してからの数ヶ月、UFOは数十年のまどろみから目を覚ました眠たげなセミさながらに次々とその姿を現すようになり、熱狂するメディアの腕にかき抱かれた。空に見える薄ボンヤリした光はタブロイド紙の一面を飾るようになった(それはほとんどの場合、中国のランタンであったけれども)。宇宙飛行士のエド・ミッチェルは、「ETは我々の中を歩き回っている」とラジオで発言した。ケーブルテレビのドキュメンタリーは古典的UFO事件に改めて考察を加え、環境問題を意識した『地球が静止する日』のリメイク版が映画館に登場した。「フォーティアンタイムズ」誌のUFO記事は、新聞報道の記事を載せて再びボリュームを増していった。
新たな覚醒のきっかけとなったのは本当にセルポだったのだろうか? それとも我々は、新しい世代がUFOのパワーを自ら発見し、新しい文化サイクルが始まったのを目にしていたのだろうか? いずれにせよ、UFOフィーバーのメカニズムは私がノーフォークUFO協会にいた当時とほとんど変わっていなかった。新たな報道が出るたびにより多くの人々が夜空を見上げ、それが新たな目撃を生み出し、さらには再びメディアの記事を作り出す。このサイクルが途切れることなく続いた。
ジョンと私が取り組んだ風変わりなミッションが後に残したものは、私の若き日のNUFOSでのプレゼンテーションがそうだったように、答えというよりは更なる疑問だった。しかし私は、心理的な意味でも対権力との関係においても少なくとも深刻なトラブルには巻き込まれることなく、このミステリーの核心部に肉薄できたように感じていた。決定的な証拠を見つけたわけではなかったが、我々が使用済みの薬莢や弾痕を幾つか見つけ出したのは確かだ。そして、それらの断片から浮かび上がってきたストーリーは明白だった。「米国の情報機関は、空飛ぶ円盤の領域に最初期から積極的に関与してきた」ということだ。そうした人々こそが「ミラージュ・メン」であり、UFOというのは彼らの依り代(ミディアム)なのだ。
一方で、リック・ドーティ、ウォルト・ボズリー、デニス・バルサザーへの取材が明らかにしたのは、アメリカのUFOコミュニティは今でも彼らの活動の場となっているらしいということだ。そして、ミラージュ・メンはアメリカの専売特許というわけはない。米国のAFOSI(空軍特別捜査局)に相当する英国の「憲兵保安部 Provost and Security Services」の元職員から聞いた話では、彼らは1990年代に英国のUFO研究者に対してUFOをテーマにした欺瞞作戦を行っていたのだという。1960年代に世界規模でUFOをめぐる欺瞞作戦が行われていたというボスコ・ネデルコヴィッチの主張も、あながち非現実的なものではないのかもしれない。
我々の旅が教えてくれたのは、たとえこの手に触れることができなくても、UFOは実在しているということだ。その事実から逃れることはできない。UFOは人類と同じくらい古くからあり、今もここに存在している。マイクロ波や太陽フレアのように、たとえ目に見えずとも、それがずっとそこにあることは分かっている。
多くのUFOは空に見える光に過ぎないのかもしれないが、その光が人生を変えることもある。空中を漂う中国のランタンであっても、然るべき場所・然るべき時間で目撃すれば、ウォルト・ボズリー言うところの「未来世界のナチス」が操縦する空飛ぶ円盤と同じくらいのインパクトを目撃者に与えるかもしれないのだ。
では、我々は本当のところUFOについてどう考えるべきなのか? それはテクノロジーの問題なのか。心理学の問題なのか。意味論の問題なのか。存在論の問題なのか。UFOは「物体」なのか「現象」なのか。未確認飛行物体なのか、それとも分類不可能なフォーティアン現象なのか。確実に言えるのは、UFOは空だけではなく、無限の想像力の領域の中でも活動しているということだ。
人々がUFOにまつわる出来事として語るストーリー・言説は、その出来事それ自体と同じくらい重要だ――ただ、その二つが全く別物になってしまうということもないではない。人が出来事を回想し、語りを繰り返す中で、中国のランタンが最終的には地底世界からやってきたナチスの空飛ぶ円盤に変わってしまうこともあるかもしれない。そして、物語られるストーリーというのは、その源から離れれば離れるほど広がり変転していくのであって、それはいわば池に投げ込まれた石が作る波紋のようなものだ。波紋は互いに干渉しあうわけだが、同様にその話を聞いた人々同士の間にも相互作用を引き起こす。その時点でこうしたストーリーは神話と化す。そしてこうした神話は、時間がたつとともに我々の想像力であるとか、世界を体験する仕方というものまで作り上げていく。これこそがUFOの真のパワーなのであって、最終的には本書もまさにその点をテーマとしているのだ。
神話の創造というのは人間にとって欠かせないものである。それは人間が最も得意とするものの中の一つなのだ。神話は役に立つ。神話は我々を導き、あまりにも奇妙すぎたり複雑すぎるため我々に理解できないものの意味をわからせてくれる。神話は難しい問いに情緒的な満足を与える答えを出してくれるのだ。我々はどうやってここに来たのか? 世界がこうなっているのは何故か? 我々がかつての友人と戦争をするのは何故か? 世界貿易センタービルはなぜ崩壊したのか? UFOはどこから来るのか?
UFOに関する一般的な考えというのは、米国の情報機関内のニセ情報の専門家――つまりそれがミラージュ・メンだ――によって作られ操作されてきた。私がここまで示唆してきたのはそういうことだ。しかし、「米国政府はエイリアンの侵略というデマ話をデッチ上げている」と考えていたとされるレオン・デヴィッドソンやウェルナー・フォン・ブラウンとは違い、私は「UFO神話を永続させよう」というグランドプランが政府内にあるとは考えていない。この伝説は自らの力で自らを維持していく力を持っている。ビリーバー、宣伝役、探究者、詐欺師といった者たちが織りなすパッチワークに支えられ、毎年新たに何千人もの人々から寄せられてくる目撃に力を与えられてはいるけれど、UFO神話は自らの内にみなぎる生命力を持っている。しかしながらこの伝説は、或る種秘密裏に行われている作戦を隠す上で使い勝手の良いカバーとなる。かくしてそれは、ちょうど都合が良いという時にはミラージュ・メンによって利用されることになる。
その結果は、進化生物学者が「断続平衡説」と呼ぶものに似ている [訳注:生物種の進化は殆ど変化のない時期と急激な変化をみる時期に区別されるという説]。UFO神話は、モーリー島事件、アズテック墜落事件、アントニオ・ビラス=ボアスの誘拐、ホロマン着陸事件、ポール・ベネウィッツ事件、マジェスティック12文書、セルポ文書などの出来事によって形作られてきた。我々は、こうした時代を画す出来事の幾つかに於いてミラージュ・メンがその背後で関与していたことを確信しているが、かといって壮大な陰謀といったものは必ずしも必要ではないし、その上現実的でもない。MJ-12文書に関するFBIの調査が示すように、情報機関の一部門が他の部門の活動をよく知らないでいるということはありうることだ。そんな状況であるからこそ、UFOが軍部や情報機関に浸透していく力は高められていったのである。
UFO神話というのは非常に複雑なものでもある。UFOが内包する経験、出来事、現象の幅はあまりにも広いので、単一の理論で説明しようとしてもそれは無理だろう。ミラージュ・メンはUFOに関する多くの事象の背後にいるのかもしれないが、彼らが捏造した文書や先端テクノロジーの話が常にあらゆる場面で見てとれるわけではない。また、UFOという枠で括られるものの中には、おそろしく奇妙で複雑で、時にはきわめて個人的な体験も含まれるが、彼らの存在でそうしたものを説明することはできない。そのパズルの答えは心理学、気象学、物理学の中に求められるべきであって、諜報活動の内にはない。
UFOというのは人間の信念に関わるものであって、その核心にある神話は今や宗教のかたちを取るようになっている。そして、UFOをめぐる信仰というのは、他の信仰と同様、我々がその教義を受け入れるか否かに関わらず人々から尊重されるべきものである。人々は常に自分が信じたいもの、自分にとって正しいと感じられるものを信じるのであり、世界中の何百万人という人たちにとって地球外生命体は「正しい」と感じられているのだ。信じることはイコール馬鹿げたことではない。月や火星には水があるし、地球に似た惑星は毎年新たに発見されている。宇宙のどこかで我々が生命と認識できるものが見つかるのは時間の問題だろう。しかし、宇宙で生命が見つかったとしても、それは生命体が地球に来たことを意味しているわけではない。仮に地球にやってくる能力をもつ生命体がいたとしても、彼らがあまりにも賢すぎたり、あるいは地球に関心がないために訪問などしないかもしれない。天体生物学者が推測しているように、地球外の生命体は微生物のかたちで地球に来ているのかもしれないし、山のようなUFO報告の中には、事によるとヨソの世界からの監視行動や、コンタクトがあったことを示すホンモノの事例があるのかもしれない。ただ、仮にそうだとしてもユーフォロジストやペンタゴンはそれを見つけていないと私は思う。そして彼らがそんな証拠を見つける時まで、UFOコミュニティは1947年以来ずっとやってきたように同じサイクルを繰り返し、奇妙なループを描き続けるのだろう。
UFO界の晴れ舞台に押し出されてから4年、ビル・ライアンはなおその場にとどまっている。彼はセルポを見捨て、今は2006年のラフリン・コンベンションで出会ったキャリー・キャシディと共に「プロジェクト・キャメロット」を運営している。ビルとキャリーはそれ以来、地球外知性体とのやりとりについて隠されている真実を明らかにすることに専念している。セルポとの交流というところから始まった話は、今ではサイボーグ兵士、地球上にいるヒューマノイド型エイリアン、火星のCIA基地、致命的なETウイルス、テレポーテーション、タイムトラベルといったところにまで広がっている。こうした新手の情報のいかほどかはAFOSIから提供されたのかどうか、我々には知るよしもない
もし諜報機関がビルをUFO神話のPRマンに仕立て上げたのだとしたら、そのやり口は完璧だったといえるだろう。しかし、私は彼らがそんなことをしたとは一ミリも思っていない。そんな必要はなかったからだ。しかし私は、ビル・ライアンは時として、穏やかであってもキッパリとした調子で「こちらが正しい方向ですよ」といったヒントを与えられていたのではないかと疑っている。その役目を果たしたのはリック・ドーティだったのか。その理由は何だったのか。それは誰のために行われたのか。その辺はずっと不明のままだ。それを知っているのは、おそらくはリック、そして彼が一緒に働いた人物だけなのだろう。そして彼らは沈黙を守っている。この間にセルポは死んでしまった。いや、死んではいないとしても少なくとも眠り続けてはいる。ヴィクター・マルティネスのメールリストには、今やUFOそっちのけでかわいらしい動物や水着モデルの写真がたくさん掲載されている。
ジョンと私は今でもリックと連絡を取っている。ミステリー・サークルについて話すこともあるけれど、リックは時折、君はMI6のエージェントなんだろうと言って私を責めたりする。おそらく、いつか私が自白することを期待しているのだろう。この本の刊行が最終段階に入った頃、しばらくぶりにリックからメールが届いたのだが、そこで彼はセルポと自らの関わりについて論及しており、「情報はワシントンDCで働く政府職員から来たものだ」とあった。加えて、ここにはより広範なUFOの物語が記されていた。
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マーク、いまUFOコミュニティにいる人間の中に真実を知っている者は一人もいないし、一次情報をもっている者もいない。彼らが述べているのは二次的、三次的なストーリーか、さもなければ悪辣な人々が作り上げたニセ文書から引き出された情報だ……アメリカ史上最も効果的なニセ情報プログラムは、まさにUFOコミュニティそれ自体から出てきたものだった。では、米政府は何故彼らに対してニセ情報作戦を展開しなければならなかったのか?
君は信じないだろうが、真実はそこのところにあるのだ。米国の諜報機関はもはやUFOのゲームには関わっていないのだが、おおむね1952年から1985年までの間は時折関与をしていた……UFOの目撃を掘り起こすことと、機密軍事プロジェクトを秘匿することの間には微妙な一線があった。この領域で我々が行った作戦のほとんどは、機密プロジェクトをソビエトから守るためのものだった。1952年以降、我々は南西部のさまざまなテストサイトを使用し、極秘に開発した航空機――U-2、SR-71、F-117、そのほか日の目を見なかった航空機などがあった――の実験を行っていた。一般人がこうした飛行機が飛んでいるのを見た場合、我々は彼らに自分が見たものはUFOだと信じさせようとしたものだ。
1969年にプロジェクト・ブルーブックが終了した後、UFOの調査は内部情報機関の所管となり、そのことは機密扱いとされた。何故か? 知性のある人間であれば容易に理解できるだろうね。米国の情報コミュニティはUFOの正体を知り、その追跡を試みていたのだ。常識だよ、ワトソン君!!!!!! 我々は、目撃されたものの中には、この惑星の者ではない知的生命体が操作しているものがあると知っていたんだ。私たちは情報を収集し、写真を撮影し、その情報を分析官に渡した。ロズウェル事件は本当にあったんだ。私たちはロズウェルから素晴らしいテクノロジーを得たが、1964年にはエイリアンの遺体を返還した。その時点で限定的なものながらエイリアンとのコンタクトを確立したわけだ。
リックからの連絡を受けるたびに私は思う。彼は本当は何者なのか。自らが「信じている」と語る話を、彼は何故信じられるのだろう。彼は本当に地球外の何かを見たのだろうか? 何か奇妙なことが本当に彼の身に起こったのだろうか? それとも、何かが彼に対して仕掛けられた結果、信じ込むようになったのだろうか? あるいは彼は妄想に取りつかれ、自分自身を欺き、他人をも欺いているのだろうか——キット・グリーン言うところのパラフレニアックのように?
気分がすぐれない或る日、私はこんな想像をしてみた――ベトナム戦争帰りと称して、世間の歓心を買うべく自分のものではない勲章を身につけているニセ退役兵がいるけれど、リックという人物はそのUFO版ではないのだろうか、と。しかし、真実はもっと複雑なのだろうと私は思った。リックの世界、つまり全てが諜報ずくめの世界というのはトリックスターの領域なのだ。それは我々の現実の中にある別世界であり、ルールなき世界であり、幻想と現実の間を絶えず揺れ動いている世界である。本当のUFOが隠されているのはそういう場所なのだ。
UFOはトリックスターであり、リックや彼に類した人物たちもまたトリックスターである。伝統的な文化におけるトリックスターの役割は、単に人を欺くことにとどまらず、発明や科学を推し進めることにもある。UFOが常に我々のちょっと先を行く技術を持っているように見えるのもそのためだ。トリックスターは蜘蛛に巣の作り方を教え、人間には網や罠、釣り針を作る方法を教えた。が、トリックスター自身が自分の罠にかかることもよくあることだ。リックは本当にETがここに来ていると信じているのだろうか? 私が言えるのは「そうであれば良いのだが」ということだけだ。しかし、リックが本当に信じているかどうかにかかわらず、これを信じている人は数百万人もおり、その中にはかなりの影響力を持つ者たちもいる。
ジョン・ポデスタはビル・クリントンの首席補佐官を務め、バラク・オバマが2009年にホワイトハウス入りする際には政権移行業務を担当した人物である。ワシントンで尊敬される政治家であったポデスタは、UFOへの情熱を隠していない。2001年には、クリントン夫妻の主催でXファイルをテーマにした50歳の誕生日パーティーを開き、そこでは余興としてモルダーとスカリーのパフォーマンスを披露したという。ポデスタはホワイトハウス在職中にはUFO問題に対して慎重な態度を取っていたが、2002年には、ケーブルテレビの「サイ・ファイ・チャンネル」をスポンサーとしてUFO文書を政府から引き出そうと設立された団体「情報の自由連合」の中心人物を務めた。プロジェクトの立ち上げ時、彼は記者団に対してこう語っている。「政府は25年以上経過した記録を機密解除し、この現象の本質を解明するのに役立つデータを科学者に提供すべき時期に来ている」
ニューメキシコ州知事を経験し、短期間ながら民主党の大統領候補争いにも加わったビル・リチャードソンは、クリントン政権下でエネルギー長官および国連大使を務めた人物だ。2009年にはオバマ政権下で商務長官に指名されたが、当時その身辺に関して財務調査を受けていたことから辞退を余儀なくされた(この件では程なく彼の潔白が証明されている)。この人物は、2004年に刊行された書籍『ロズウェル・ディグ・ダイアリーズ』に序文を寄せている。この本はサイ・ファイ・チャンネルの別の企画から生まれたもので、UFOの墜落現場とされる或る場所で行われた発掘作業をテーマにしたものだった。その発掘からはめぼしいものは何も見つからなかったが、リチャードソンはこう書いている。「この墜落にまつわるミステリーは、米国政府によっても独立系の研究者によってもいまだ十分に解明されていない……仮に米国政府が知っていること全てを開示すれば、万人を助けることになるだろう。アメリカ国民は真実を受け入れることができるのだ――それが如何に奇妙なものでも、逆に陳腐なものであっても」
こうした信仰はどこまで広がっていくのだろう? ジョージ・ブッシュ・ジュニアは、「私は神の導きを受けた」と世界に向けて告白することができた。ではアメリカは、地球外生命体からアドバイスを受けた大統領を受け入れるのだろうか? 1970-80年代、ジミー・カーターとロナルド・レーガンは、自らのUFO目撃体験について公に語った。彼らがこの問題について何を知っていたのか、あるいは何かしらの信念を持っていたのかは分からないが、レーガンが政治の場で何度かETに関する問いを提起したことは知られている。
UFO問題が大統領や大統領候補の命運を決めることはないだろうが、それが敵に相対する時に有効な武器となる可能性はある。2008年の大統領選挙キャンペーンのさなか、民主党の候補者デニス・クシニッチは、友人で女優のシャーリー・マクレーンからUFOの目撃体験者であることを暴露された。この2人の体験は1982年に遡るものだったが、メディアに騒乱を巻き起こした。クシニッチは評論家に吊し上げられ、テレビでの質疑応答で窮地に追い込まれた。クシニッチが大統領候補としてトップに立つことは決してなかったが、このUFOのストーリーは真面目な候補者としての彼のイメージに打撃を与えた。将来的にも候補者がUFOの話題に触れるようなことは、大衆からよほど強く求められない限り、まずありそうもない。
ただ、そうした大衆の声は実際に存在しているし、これから大きくなっていくかもしれない。フランスの「VSD」は発行部数5万を誇るフランスの人気週刊誌だが、1999年7月、90ページに及ぶ付録「UFOと防衛――我々は何に備えるべきか」をつけた号を売り出した。その編集にあたったのはCOMETAという組織で、これは「詳細調査委員会」といった意味なのだが、メンバーにはフランスの海軍提督、空軍将軍、そしてフランスの宇宙計画の元責任者が含まれていた。このリポートは、UFO現象が地球外起源であることに間違いはないとした上で、異星人の宇宙船の残骸を回収し、ETとの接触を果たしている国もあるとしたらその可能性が最も高いのは米国だと名指しした。その結論は、フランスは米国に外交的圧力をかけ、UFOについて知っていることを明らかにさせ、ETのテクノロジーを自由に使えるよう共有させるべきだというものだった。このCOMETAのリポートの背後にある真の狙いは何だったのか、後ろ盾になったのは何者かといったことはなお不明だ。しかしそのインパクトは世界に広がったようで、このリポートは地球外生命体に関するロビー活動に信用を与える効果をもたらした。
過去10年間、ディスクロージャー(情報開示)という合い言葉のもとに展開された国際的な運動は、世界各国の政府(とりわけ米政府ということになるのだが)にUFOの真実を明かすよう求める草の根の動きを生み出している。このディクスロージャー運動の支持者たちは、自分たちは真実を求めているのだと称している。しかし彼らが本当に求めているのは、UFOや地球外生命体に関して彼らがずっと抱いてきた信仰について、この件に関しては既に見限っているハズの政府から「間違いない」と言ってもらうことなのだ。その皮肉たるや、もはや感歎せざるを得ない。過去60年間にわたって、米政府の機関はずっとUFOの目撃者たちにエイリアンの実在を信じ込ませようとしてきた。* しかしディスクロージャー運動は、大統領が公にその存在を発表しない限り満足しないだろう。もっとも私に言わせれば、仮にその目標を達成しても、彼らはさらなる要求を持ち出すに違いないのだが。いったい彼らは何を求めているのだろう? DNAか? リックのいう「イエローブック」なのか? フリーエネルギー? 空飛ぶ円盤か? そんなものを差し出せる人間がいるとすれば、それはミラージュ・メンだろう。だが、もちろん彼らはそんなことはしない。する必要はないのだ。何故なら、ディスクロージャー運動がその仕事を代わりにやってくれるのだから。
*訳注:これは本書の文脈上AFOSIなどのニセ情報工作を指しているものと思われる
ディスクロージャー運動は米国にもっぱら焦点を当てているのだが、他の国々もこれまで情報を集めてきたことを認め、UFOロビーに開示するようになってきている。カナダ、ブラジル、フランス、英国といった国々は、それぞれのUFOファイルを公開する事にいかほどか動き出しているが、大方の場合、そこからは各国政府も我々同様、好奇心をそそられつつも当惑していた様子が見て取れる。COMETAの報告書が発表された頃、英国防省の秘密調査プロジェクト「コンダイン」は、分別のあるUFO研究者の多くが到達しているのと同じ結論へとたどり着いた。つまり、よくある誤認では済ませられない真のUFOというのは少数あるけれども、そのほとんどは「闇」に包まれた飛行機や異常な自然現象から成っている、としたのである。しかしそんな結論でディスクロージャー・ロビーを満足させることは不可能だろう。彼らが聞きたがっているのは、自分たちの奉じる神話は真実だったという言葉なのだ――実際にはその神話の多くはニセ情報の専門家がデッチ上げたものに過ぎないのだが。してみると、こうしたニセ情報の専門家たちはいかほどかディスクロージャー運動の内部に入り込んでいたり、少なくともこれを至近距離から監視していたりするのではなかろうか? さらには、他国の諜報工作員もその中に入り込んでいて、米国の保有する宝石の如きテクノロジーを表に出すよう求めてしているのではないか? 私としては、この二つの疑問のいずれに対しても、その答えは「イエス」だと言ってみたい。
それでは、上空に飛んでいるものは何なのか? 私はUFOに見間違われた――あるいは意図的にUFOに見せかけた航空機やテクノロジーの幾つかを特定してきたが、それ以外のいまだ明らかになっていない何かもずっと存在してきたのであって、その中には今日なお空を飛んでいるものもあるのだろう。ある時期、空軍や海軍が自前の「空飛ぶ円盤」を配備していた可能性もあって、これもまたなお上空を飛んでいるのかもしれないし、何年かたって有用なテクノロジーに取って代わられたのかもしれない。軍が関与した極めて重要なUFO報告があり――一節には1955年にロバート・フレンドが空飛ぶ円盤を目撃した事件に関わるものだとも言われている――それがブルーブックよりも高いレベルで処理されていたことを示す証拠もある。第二次世界大戦以降、国家安全保障の分野で進んだ各セクションの縦割り化は、軍の内部で機密事項が囲い込まれる状況を生み出しているのだ。
ペンタゴンが何かを隠しているのも確実だ。2008年、エリア51にはこれまでで最大の新たな格納庫が建設されたが、一方、米国防総省が2010年予算で提案した機密予算は500億ドルに跳ね上がった。これは2008年よりも180億ドル多く、同じ年の英国の軍事予算全体をも上回るものだった。この機密予算のうち空軍の機密プロジェクトに充てられたのは、10年前の2倍以上の160億ドル。その中にはウォルト・ボズリーが目撃した「魔法の鳥」や、私が見た銀色の球体の費用が含まれていたのかもしれない。
明日のUFOを生み出すのは、今日の機密予算である。テクノロジーは、ジュール・ヴェルヌの時代の飛行船から今日のレーザー兵器・光学的遮蔽装置に至るまで、常に想像力の最先端とともに前進してきた。だが、今や科学的現実がSFの空想を超える時代が到来しているのかもしれない。我々が人間のテクノロジーと考えるものと、人間が生み出したと考えるには余りに先進的過ぎるように思われるものとを区別するのはもはや不可能になっているのではないか。実際にはそういう転換点があったのは何十年か前だったのかもしれない。が、我々には分からない。そして、そうした状況をミラージュ・メンは永続させようと望んでいる。
もっとも、いつの日か人類が地球を離れ、我々がずっと夢見てきた地球外生命体に自らなってしまうことは確実だろう。そこでディスクロージャー運動の陣営が持ち出すネタに、米国の「宇宙海軍構想」というものがある。これは地球を取り囲むアメリカの軍事宇宙船の艦隊のことで、英国のハッカー、ゲイリー・マッキノンが、2001年にペンタゴンのコンピュータネットワークにアクセスした際に見つけたと主張しているものである。
マッキノン自身も告白しているように、彼はハッカーとしては三流であったから、世界で最も卓越した軍隊の大型コンピュータ深部にまで侵入できたとは考えにくい。最も可能性が高いのはこういうことなのではないか。つまり彼は「ハニートラップ」に引っかかってしまい、まさしく彼が探し求めていた情報を――つまりは、ハッカーの心にはアピールするけれども、最終的には世界に冠たるペンタゴンのテクノロジーを称揚しているだけの一種の軍事的SFファンタジーを与えられたのではないだろうか。いま一人、やはり英国のハッカー、マシュー・ベヴァンも1996年に米空軍の大型コンピュータに行き着いた。彼もまたUFO情報を探していて、マッキノンと同様にそれを見つけたのだった。ただし彼の場合は最終的に、自分はミラージュ・メンたちが仮想世界に創り出した「ETの罠」に引っかかったと信じるに至った。
マッキノンの宇宙海軍はいつの日か現実のものとなるかもしれないが、現時点ではそれはリアルな宇宙での戦争、つまり人工衛星によって行われている情報戦の文字通りのメタファーである。仮に宇宙艦隊を作るとしても、それには現在米空軍の秘密プロジェクトに割り当てられている160億ドルを遥かに超える費用がかかるだろう。1969-72年に行われたアポロ計画による6回の月面着陸には、2008年当時のドル換算で1450億ドルを要したという推計がある。スペースシャトルが現在休止状態となっている以上、空軍がよほど倹約してお金を貯め込んでいるのでなければ、我々は『バトルスター・ギャラクティカ』の世界からはなおほど遠いところにいることになる。
リアルなUFOとは何かといえば、それは心理戦のために持ち出される想像上の兵器なのだ。虚心坦懐に考えれば分かることだが、UFOとの遭遇というのは我々が自明としている存在論を崩壊させてしまいかねないシロモノだ――そこではリアリティとファンタジーを分かつ境界だとか、因果関係を生み出す力といったものは破壊されてしまうのだ。日常の現実、記憶、夢、イマジネーションといったもの区分は我々が考えているほどハッキリとしたものではなく、UFOはそうした精神状態の間を滑らかにスライドしていく。UFOは現実でありつつ同時に非現実でもある。つまりはトリックスターのテクノロジーであり、境界を超えて働くエンジンなのだ。諜報機関それ自体と同様に、UFOは絶対的な真実などというものに囚われず、「かもしれない」という盾に身を隠している。UFOは常にそこから不確実性が湧き出してくる源であり、「AでもなくBでもない」と「AでありBである」を両立させている。私はそれをプラズマ状態――すなわち光を放ち、液体でも固体でもない物体の第4の状態になぞらえてみたい気がするのだが、それは多くのUFO報告をよく説明できるかもしれない。
そして、UFOは衝撃と畏怖とを与える究極のツールであり、大衆を騙すための完璧な兵器である。UFOがどのように出現し、如何にして我々の心に働きかけているかを理解することは、すなわちメディアから情報を浴びせかけられ、真実・半分真実・ウソ・神話といった様々なものを投げつけられているこの世界のリアリティとは何かを把握することに他ならない。そんな世界を形作っているのが、大量破壊兵器であり、911陰謀論者であり、アブグレイブ、MMR(新三種混合ワクチン)、MKウルトラ、プロジェクト・ベータなのだ。これらは時折UFOのまばゆい光によって照らされ、コントラストをみせながらその姿を日々刻々と変化させている。
ミラージュ・メンは、両極端にある二つのものを同時に我々に信じ込ませようとしている。一つは「UFOとその搭乗者は実在している」というもので、もう一つは「そんなものは一切存在しない」というものだ。長いレンジで見れば、米空軍の政策というのは、ひどく失望しきった人々を励ましながら、一方では軍人、科学者、エンジニア、天文学者といったインチキを見抜く可能性のあるプロフェッショナルを抑え込むというものだったように思われる。それは1967年にネブラスカの巡査ハーバート・シャーマーにUFOの搭乗者が語ったという言葉、「我々を信じて欲しいが、信じすぎないで欲しい」を彷彿とさせる。
もちろん、UFOはミラージュ・メンがいなくても存在し続けるだろう。彼らを必要としているのは我々なのだ。彼らは我々に地球市民としての役割を思い起こさせ、我々には国境を超越して「地球の子」となる能力があるということを思い出させてくれる。そして最終的には、アダムスキーのオーソンのように、いつの日にか我々は「宇宙の子」となのるだろう。UFO、地球外生命体、そして異世界のあらゆる住民たちは、我々の現実の一部であり、我々の一部である。そういったものは、あまりにも合理化され機械化され過ぎた社会において、我らの精神が燃え上がったものなのだ。真実は「人間は合理的な存在ではなく、生活の中に常に魔法を見出す者だ」というところにある。そして、もし魔法を見つけられなかったらどうするか。我々はそれを創り出すだろう。そこまでミラージュマンに代行してもらう必要はない。
しかし、もし本当に「それ以上の何か」があったらどうだろう? もし私がまた別の陰謀論、私自身が作り出した病んだ考えを信じ込み、自らを騙しているのだとしたらどうだろう? もしリック・ドーティの言うことの一部でも真実であるとしたら? もしキット・グリーンのコア・ストーリーに一片の真実が含まれているとしたら? もし地球外生命体が存在して今ここにいるとしたら、ミラージュ・メンは彼らについてどれほどのことを知っているのだろう? ミラージュ・メンと我々が迎え入れたエイリアンは、お互いに諜報ゲームでもしているのだろうか?
ただ、仮にこうした他者が既に我々の世界の一部になっているのだとしたら、彼らはこの世界に、そして我々に一切変化をもたらさなかったことになる。それに、いくらテクノロジーを進歩させてくれるとしても、我々が寄せる期待にこたえきれる者など何処にもいない。おそらくエイリアンも人間の神になどなりたくはないだろうから。ミラージュマンが守っているのはおそらく我々ではない。彼らなのだ。
この「欺瞞」と「霊的交流」の二つの極の間のどこかには、不可思議で素晴らしい真実があるのかもしれないし、来たるべき日を待つ未来があるかもしれない。
しかしその日まで、UFOはミラージュ・メンの領域に留まり続けるに違いない。(19←20)
*最後の数頁は著者が何を言いたいのかよう分からんかったので適宜意訳(それでもまだ意味が通っていない)
*最後の数頁は著者が何を言いたいのかよう分からんかったので適宜意訳(それでもまだ意味が通っていない)