たまにはブログも更新せねばただでさえ限界集落状態なのにさらに寂れてしまうと思いつつ最近は寄る年波で根気がなくイロイロ書く気力がなくなってきた。
なので今回は、むかし書いた原稿でも載せてお茶を濁したるか――ということで、2022年11月刊行の超常同人誌「UFO手帖7.0」に書いたテキストを転載することにした。これは要するにジャック・ヴァレが2021年に出した『Trinity トリニティ』の書評である。
実際のところ、この書評は当ブログにかつて書いたという一連のエントリーの短縮板のようなものであるし、さらにいうと、この本についてはダグラス・ディーン・ジョンソンというアメリカの研究家がヴァレの主張を揺るがす事実を幾つも指摘しており、そのあたりを解説したという記事も当ブログで別途執筆してきたところである。
実際のところ、この書評は当ブログにかつて書いたという一連のエントリーの短縮板のようなものであるし、さらにいうと、この本についてはダグラス・ディーン・ジョンソンというアメリカの研究家がヴァレの主張を揺るがす事実を幾つも指摘しており、そのあたりを解説したという記事も当ブログで別途執筆してきたところである。
そういう意味では今回転載するテキストに新味はない。ないんだが、彼の年来のファンであるオレにとっては『Trinity』というのが様々な感慨を催させる一冊であったのは事実だ。そこから浮かび上がってきたものをひと言でいえば、そう、人生をUFO研究に捧げてきた人間の悲哀、といったことになるだろうか。この時の原稿は「そのあたりの思いがいささかなりとも伝われば」ということで書いた記憶がある。以上、なくもがなの述懐ではあった。以下コピペ。
■ジャック・ヴァレ、あるいは老ユーフォロジストの見果てぬ夢について
世界的ユーフォロジスト、ジャック・ヴァレ(1939-)については、これまで本誌「UFO手帖」もしばしば取り上げてきたところである。改めて説明しておくと、彼は「UFOは外宇宙から飛来した宇宙船である」という通俗的・大衆迎合的なET仮説を全否定し、「UFOというのは古くから人類に干渉してきた超自然的存在が飛ばしているものだ」という革命的理論を説いてきたUFO界のレジェンドであるわけだが、そんな業界の大物をめぐって、このところ世界のUFOシーンでちょっとした騒動が起きている。
ヴァレは昨年、イタリア出身の女性研究家、パオラ・ハリスとの共著という形で『Trinity トリニティ』を刊行したのだが、その中で彼はトンデモないことを言い出したのである。曰く、「1945年夏、米ニューメキシコ州サンアントニオにUFOが墜落する事件が起き、米軍はその機体を――そしておそらくはその搭乗員をも――回収していた!」
ヴァレは昨年、イタリア出身の女性研究家、パオラ・ハリスとの共著という形で『Trinity トリニティ』を刊行したのだが、その中で彼はトンデモないことを言い出したのである。曰く、「1945年夏、米ニューメキシコ州サンアントニオにUFOが墜落する事件が起き、米軍はその機体を――そしておそらくはその搭乗員をも――回収していた!」
これが何でトンデモないのかといえば、そもそもUFOの墜落回収事件というのは、例の「ロズウェル事件」がそうだったように「宇宙人が地球に飛来している証拠」として持ちだされてきた経緯がある。確かに、ナゾの飛行物体が墜落したとして、それが大国の秘密兵器とかでない限り「宇宙から来たんじゃね?」と考えるのは自然といえば自然。ということは、ここにきてヴァレは180度方向転換をして、目の敵にしてきたET仮説に宗旨替えしちまったのだろうか? もう一つ、ヴァレはこれまで「米政府はUFOについて何にも分かっちゃいない」という事もずっと主張してきた。墜落UFOを米政府が入手していたのなら、これまた全然話が違ってくるのではないか?
どうしちゃったんだヴァレ! ヴァレのファンを自認するオレとしては、ここはどうしたって彼の真意を突きとめねばならん。というわけで今回、頑張って『トリニティ』を読んでみた。以下はこの問題の書をオレ流に解読したリポートである。
まずは本書に拠って、このサンアントニオ事件を簡単に説明しよう。事件が起きたのは1945年8月16日。目撃者はホセ・パディージャ(当時9歳)、レミー・バカ(同7歳)という2人の子供であった。家の仕事で放牧地の見回りに出ていた彼らは、その日、大音響とともに何かが墜落したのに気づく。現場に到着して様子をうかがうと、数十メートル先には長さ10メートル弱ほどの「アボカド形」の物体があり、その脇では頭部がカマキリに似た小人3体がウロウロ動き回っていた。レミーはその際、小人たちの苦痛がテレパシーのように伝わってくる奇妙な経験もしたという。辺りが暗くなってきたので、2人はひとまず家に帰った。だが、一日置いた18日にはホセの父親と知り合いの警官を現場に案内し、この時には大人2人がその墜落機体の内部に実際に入ってもいる(ちなみに小人の姿はこの時にはもうなかった)。
少年2人は、その後も現場に日参した。物陰から観察したところでは、そこには連日軍人たちがやってきて、辺りに散らばった金属を集めたり墜落物体をトレーラーに積み込んだりする作業に励んでいた。
一週間ほどが過ぎ、墜落物体が搬出された日にも特筆すべき出来事があった。ホセは、軍人たちがいなくなったすきに物体内部に侵入し、パネルに取り付けてあった金属部品をもぎ取ることに成功したのである。英語でいう「ブラケット」、つまり棚受け金具によく似たこの部品は、事件唯一の「物証」として今もヴァレたちの手元にある。
一週間ほどが過ぎ、墜落物体が搬出された日にも特筆すべき出来事があった。ホセは、軍人たちがいなくなったすきに物体内部に侵入し、パネルに取り付けてあった金属部品をもぎ取ることに成功したのである。英語でいう「ブラケット」、つまり棚受け金具によく似たこの部品は、事件唯一の「物証」として今もヴァレたちの手元にある。
さて、この事件について2人は長く沈黙を保ってきた。だが、2000年代に地元の新聞記者がその話を聞きつけて記事に書いた。これにティモシー・グッドなど一部のUFO研究家が反応する。とりわけ熱心だったのがパオラ・ハリスで、彼女は2人にインタビューするなど精力的な調査に取り組んだ。一方のヴァレは、たまたまこの事件の話を聞きつけ、彼女とコンビを組むかたちで2018年から調査に合流。今回の新著では、パオラ・ハリスによるインタビュー記録を採録しつつ、その成果を世に問うことになったらしい。
以上のような事件の概要は、本書を読み進めるうちに徐々に明らかになってきた。だが、評者はこの間、ずっとキツネにつままれたような気分であった。ヴァレといえば、何でも真に受けるビリーバーとは違い、UFO事件の真贋にはなかなかシビアな研究家だとされてきた(と思う)。ところがどうだ。この本でのヴァレは一から十まで目撃者たちの証言を信じ込んでいる!
実際、ツッコミどころは多い。まず、ちゃんとした物証がない。UFOから持ち帰ったブラケット状の部品も、残念ながらUFO由来のブツとは思えない。というのも、後の分析でこれはありふれたアルミ合金製だと判明しており、形状からしても単なる工業製品の可能性が高い。現にヴァレ自身が「これは軍隊がUFO回収作業中に置き忘れていったモノじゃね?」という意味のことを言っている。
目撃者2人は現場近くでクシャクシャに丸めても元に戻ってしまう形状記憶ホイルや、光ファイバーみたいな繊維の塊も拾ったとも証言しているが、これらはみんなどこかにいってしまって今はない。ついでに言うと、この「現場付近の破片」にまつわる話は「ロズウェル事件」のエピソードを参考にして後付けで語ってるんじゃねーかという疑惑も浮かぶ。ヴァレは「いや、彼らは墜落物体のことを円盤と言わずにアボカド形だと言っているよね。だからパクリじゃねえんだよ」とか言っているが、何だか釈然としない。
墜落物体の目撃者としては、2人以外にホセの父親と警官もいる。ただし、彼らも事件が公になった時点では亡くなっていた。まさに死人に口なし。もろもろ総合すると、これは年端もいかぬ子供2人が何かのきっかけで奇怪な妄想を共有するに至った事件だったのでは、といった疑念が兆す。
もっとも、ヴァレにはヴァレなりの理屈がある。決め手はなくとも、この事件には本当に起こったと考えざるを得ない状況証拠がたっぷりあると彼は見ている。どういうことかというと、実はこの事件現場は、第二次大戦の末期、米国が原爆開発のため人類初の核爆発実験を行った「トリニティ・サイト」の北西わずか数十キロの辺りにある。そしてその核実験が行われたのは、事件からピッタリ一か月前の7月16日だった。おまけにアボカド形というのは、当時米軍が開発したプルトニウム型原爆の形状にも似ている。要するにこの事件は、人類の核兵器開発を観察していた何者かが何らかのリアクションとして起こしたものではないか。彼はそう考えているようなのだった。本書のタイトル「トリニティ」は、まさにその点を踏まえている。
こうしたロジックはとってもスリリングではある。あるけれども、正直いえばこの辺りのヴァレの筆致には、読んでいて老境に入った彼の「焦り」のようなものを感じてしまった。この辺の心境には初老の域に入った評者自身にも若干思い当たるフシがある。年々無情にも年だけは増えていく。いつかはケリをつけようと思っていたあんなこと、こんなことは手つかずのまま。残された時間は刻々と減っていく。焦るのである。そういう宿命から逃れられないのは、いかな鬼才ヴァレとはいえ同じことである。
そこで彼の心の動きを忖度してみると、おおよそこんな感じではなかったのかと思う――UFO研究に身を投じて70年。しかし、その正体はいまだ判然としない。自分が生きているうちに進展はないのかもしれない。そう思っていたところで出会ったのがサンアントニオ事件。調べてみればこの事件、何と人類初の原爆実験があった場所・時代ときびすを接するようにして起こっている。これは偶然なんかじゃあり得ない。この事件は間違いなくホンモノだ!
評者の脳裏には、いささか浮足立ってしまったヴァレの姿が浮かぶ。しかし、「ヴァレは変節したのかどうか」という一点から本書を読み進めていくと、我々は重要なことに気づく。一見奇矯なことばかり言っているようではあるが、彼は決して従来の主義主張を捨て去ったわけではなかった。とりあえずET仮説についていうと、彼はこれをキッパリ否定してこう書いている。
我々はUFO現象を考える際に大きな誤りを犯してきたものと私は考えている。第一の大きな誤りというのは――UFOが実在するとしての話だが――別の可能性を排した上で「この現象は他の惑星から宇宙を越えてきたエイリアンに起因しているに違いない」と仮定したことである。
「米政府はUFOのことが全然分かっていない」という主張も別に撤回したわけではないようで、「捕獲したUFOは人間の知識レベルでは決してリバース・エンジニアリングができないようなシロモノだったのでは」みたいなことを書いている。そのテクノロジーがあまりに高度だったため、米軍も飛行原理などは全く解明できずに終わってしまったという理屈なのだろう。相当強引な主張だと思うが、ともかくそういうことを言って彼はツッパっている。
結局、ヴァレの思想の根幹は微動だにしていないのだった。むろん「じゃあ結局UFOって何なのよ?」という大問題は残る。そこについては流石に明快な説明はできず、以下のように禅問答のような自問自答を繰り返しているのだけれど、そのロジック自体はやはりこれまでの主張をほぼ踏襲したものと言ってよい。
その物体が単に物理的な乗り物というより、一種の情報物理学(これは今日生まれつつある科学である)の産物であったとしたら? それは物理的なものでありつつ、同時に――より良い言葉がないのでこう言うのだが――「サイキック」なものでもあるとしたら? 人類初の大規模かつ歴史的な原子力の解放があってから1か月後、古代からの伝統ある場所にテレパシーを使う奇妙な生きものを配置して、それはなにをしようとしたのか?
それは我々が原子力を発見したことに対する直接的な返答だったのか? 希望に満ちた対話の始まりだったのか? それともメッセージだったのか? それは、我々が今後生き残っていくためのささやかな可能性を受け取れるよう、外部にいるアクターが求めていた反応――つまり我々の精神を強制的に開放し、我々の傲慢を取り除き、人間とは違うものの意識に耳を傾ける機会を設けることで或る種の反応を引き起こすべくパッケージされたものだったのか?
もし連中の乗り物が墜落するよう意図されていたとしたら? それが贈り物だったとしたら? あるいは何らかのシグナルだったら? あるいは警告だったとしたら? 戦略的な対話に向けての希望を託した第一歩だったら? それは我々がいま用いている基本的な語義の通りの「宇宙船」ではなかったとしたら? 連中がその搭乗員の生死など気にかけていないとしたら?
要するに彼は「UFOというのは物的存在でありつつ超常現象の側面も持つ存在であり、何者かが人類に何らかの影響を及ぼすべく飛ばしているものだ」ということを言っている。ただ今回、彼はこうした自らの理論にサンアントニオ事件を強引に「接ぎ木」した。UFOには物理的側面と超常的側面があるというのは先に述べた通りだが、この事件をホンモノと認めたことによって、少なくとも彼の主観の中では物理的実在の問題はクリアされたはずだ。おそらく彼は「一歩進んだ」と考えている。「とりあえず僕はここまで突き止めたよ。あとは頼むからね」。ヴァレの真意はおそらくその辺りにある。
「いささか早まってませんか?」とは思う。けれども、ヴァレがこの事件に或る意味「賭けた」心境は分かる気がする。そしてファンの目からすれば、一点突破した地点から彼が構築していく世界には、何だかよくわからないけれども深いことが語られている神話のような魅力があるのも確かなことなのだ。仮に彼が想定しているような知的存在が本当にいて、1945年の夏にUFOの墜落というかたちでメッセージを送っていたのだとしたら、「彼ら」はいまの地球をみて何を考えているのだろう。ついついそんなことを想像してしまいたくなる。
おそらく本書は、今秋83歳を迎えるヴァレにとって最後の著作になるのでは、という予感もある。これがあなたの到達点なのですね。ともあれ長年お疲れさまでした――全巻を読み終えた今、評者の心中にはそんな言葉が自然と浮かんでくるのだった。(おわり)