2026年02月
■宇宙人の贈りもの
この事件は「エイリアンが残していった遺物はいろいろあるけれども、どういうわけかソレが地球外のモノであるとわかった事例はないよネ」といった文脈で紹介されており、実際文中にはエイリアンが置いていった「贈りもの」の話が出てくるのだが、それ以外にもイロイロと興味深い記述が出てくる。
ホンマかなあこの事件、ちょっと怪しいなあ、どっかでHOAX認定されてんじゃねえかなあという気分もないではない。だがコレなかなかに捨てがたい味わいがある。それで旧Twitterのほうにもチョコチョコ紹介のコメントを書き込んだりしてみたのだが、当ブログでは今回同書から当該部分を訳出してみることにした。以下本文。
■壁を歩いて越えたエイリアン
ベルギー 壁を乗り越える
ヴィルヴォールド(Vilvoorde)はブリュッセルの北方数マイルのところにある製造業の中心地である。ここでは、エンティティが文字通り壁を歩いて乗り越えていくというすこぶる奇妙な事件も起こっている。
それは1973年12月の寒い夜のこと。午前2時、ある既婚男性(28)が屋外にあるトイレへ行こうとして目をさました。妻を起こさないよう気をつけつつ暖かい夜具からノロノロと這い出した彼は、トイレに行くときのための懐中電灯を手に取ったが、そこで異常なことが起きているのに気づいた。それも二つ。
まず、戸外で金属が地面をひっかくような音がした。さらに、辺りは真っ暗なはずなのに、キッチンの窓からは蛍光塗料が発するような奇妙な緑色の光が差し込んでいた。
好奇心にかられた彼はさほど怖がることもなくカーテンを開けてみたのだが、そこで思いがけないものを目にした。そこにいたのは小さな生きものだったのだ。身長はおそらく一メートルほど。着ているワンピースのスーツは奇妙な緑色の光を発していた。頭には透明なヘルメットを被り、そこから出たチューブが背中のバックパックのような装置につながっていた。実のところ、これは約50年前にボルトンの裏小路でかくれんぼをしていた若者と出くわした存在と似通っていた(訳注:1926年、英国ランカシャー州ボルトンで当時少年だったヘンリー・トーマスがヘルメット姿の怪人3人と出会った事件をさす。同書に記述アリ)。

最初そのエンティティのことはハッキリ見えなかったのだが、腹のあたりに赤く光る箱状のものがあるのはわかった。およそこうしたエイリアンとの遭遇譚にあって、しばしばこのような些細な事柄が語られることがあるのは読書諸兄も既にお気づきのところであろう。しかし、このエンティティに関して特筆すべきは [これとは別に] エンティティが体の前面に保持していたモノであった。エンティティはそれを金属探知機のように地表を掃くようにして動かしていたのだった。ただそれは金属探知機よりは大きく、実際のところ、その大きさや見かけは家庭用掃除機や手持ち式の芝刈り機のようだった。庭には目撃者が置きっぱなしにしていたレンガや石が散らばっていたが、エンティティはそうしたものの上を掃くようにして機器を動かしていたのだった。
いぜん恐怖心を感じることはなかったが、あとあと考えれば奇妙なことに彼は妻を呼ぶこともせず、庭に懐中電灯を向けた。するとそれが注意をひいたのか、エンティティはくるっと向きを変えて真正面から彼と向き合った。このときわかったのだが、マスクの向こうの顔にはとても大きい目と二つの非常に尖った耳があるのが見て取れた。
その存在は懐中電灯の光にこたえるかのように二本の指を立て、Vサインをしてみせた。それが上下逆でなかったことは幸いだった。さもなければ地球外生命体とのコミュニケーションは最悪のスタートを切っていたかもしれなかった!
それからエンティティは背を向けて、突拍子もない行動に出た。まずは片方のブーツの底を庭の奥の壁に押し当て、それからもう一方のブーツも壁に当てたかと思うと、一瞬の猶予もなく文字通り壁面を上のほうに歩き始めた。体は壁に対して直角に突き刺さった感じで、それはまるで磁石でくっついているかのようだった。エンティティは壁のてっぺんまでいくと、円弧を滑らかに描くようにして体を回転させ、壁の向こう側に姿を消した。身につけた装置はその間ずっと体の前面に保持したままだった。
■訳注:何を言ってるかわからん人はネットで拾ってきた図解イラストを貼っておくのでご覧くださいw
流石に驚いたものの、恐怖は全く感じていなかった目撃者はさらに観察を続けた。するとほどなく壁の向こう側に光が見え、チリチリいう音も聞こえてきたが、さらに何やら物体が上方に浮かび上がって滞空するのが見えた。その物体は本体が黒っぽかったが、その上には小さなドーム部があった。ドーム部は青ないしは緑色っぽい色の明るい光を放っており、その内側には生物が見えた。下側の暗い部分と、上部の明るい部分の境目からは赤い火花が散っていた。
数分たつと、シューッというような音が大きくなってきて、火花はさらに激しく飛び散るようになった。その物体は上に飛び上がり、おそろしい速度まで加速したかと思うと瞬時に姿を消したが、その後にはかすかに光る軌跡がしばらく残っていた。
UFO研究団体SOBEPSは徹底的な調査を行ったが、庭にも、そして壁の向こうの修道院の地所にも不審な痕跡は全くみつからなかった。目撃者もいなかった。ただし、建物や土地の位置関係からすれば、それ自体は驚くべきことではなかった。
1974年4月の夜遅く、目撃者は妻、いとこと一緒にブリュッセルに向けてクルマで走行していたが、彼らはコニングスロ付近で空に楕円形で光る物体を目撃した。乗っていたフォード社「エスコート」のエンジンは止まり、ライトも消えた。エンジンをかけようとしてもダメだったが、その物体が飛び去るや否やエンジンは自然にかかったという。世界中の事件で我々がおなじみであるところの不条理さというものは、この事例からも見てとることができる。
【注】ググってみたらネットでもボチボチ紹介記事がありました。この「PODCAST UFO」というところは比較的くわしかったが、読むと「Flying Saucer Review」Vol.20, No.6(1974年4月号)に載ってると書いてあるのでチェックしたら確かに「The Vilvorde Humanoid」と題する記事がある。今回はめんどくさかったンでコッチまで読んでないが興味のある方はあたってみるとよろしかろう。

*なお蛇足ながら、このFSRという雑誌はバックナンバーを地道に読んでいけばイロイロと面白い事件に出会えるのではないかといつも思う。言うだけで全然ヤル気はないのだがw
■「奇妙な論理Ⅱ」幻の第4章 その3
この序文の最初のほうで、セイヤーはフォートについてこう書いている。「・・・タイプライターを打つ両手は抱腹絶倒ネタの源だ・・・彼は相手を怒鳴りつけ、真面目な先生方の偉そうな態度にはバカ笑い。彼らの失敗に嘲笑を浴びせ、その矛盾には大笑い。読者のことをクスクス笑い、記者連中に忍び笑いを向ける。こんなことに取り組んでいる自分自身をも嗤って、書評をみてはニヤリと笑う。挙げ句の果てに、私が実際にフォーティアン協会を組織したときにはご苦労様なことだと大笑いしたのだった」
「・・・チャールズ・フォートはこれ以上なく素晴らしい『ユーモアのセンス』の持ち主であり、そのユーモアは思慮深い人間が人生をどうにかこうにか耐え抜いていけるようにしてくれるものだ。これは彼の著作を読むときに決して忘れてはならないことであって、そこを忘れてしまったら、あなたは彼の策にハマることになる。彼は時にあなたを激怒させることがあるだろうが、そんなときは思い出してほしい。彼はわざと怒らせようとしているのであって、あなたが激昂したまさにその瞬間、彼は顔を上げてあなたをおちょくるポースをとっているのだ・・・」
となると、こういう問いを発する人がいるかもしれない。もしフォートが自らの仮説を信じていなかったとすると、なぜ彼は26年もの年月を、彼自身「つまらない作業」と表現したことのある仕事――つまりロンドン・デイリーメールの25年分の記事を調べるという仕事に費やしたのか。その答えは、フォートの狂気の背後には傍目にみえる以上の大きな意味が潜んでいるから、ということになる。
フォートはヘーゲル主義者だった。詰まるところ、存在というのは統一体である(ここでいう存在というのは、我々が観察可能な宇宙にとどまらず、およそ存在している万物という意味である)。「すべての根底にある統一体」「すべてが互いに通い合うネットワーク」というものは現にあり、それはすべてを結びつけている。彼はこう記している。「我々すべては虫やネズミ [訳注:卑称なものの比喩] であって、全てを包含しているチーズ [訳注:大いなる統一体の比喩] の異なる表現に過ぎない」。フォートは宗教的な人間ではなかったが、万物のよりあつまった総体が知性をもつ有機体である可能性を認めていた。それを神と呼んでも何ら差し障りはない。「おそらく神は――あるいは『それ』と呼ぶべきかもしれないが――彗星を垂れ流し、地震を闇雲に吐き出すような存在かもしれない・・・」
つまり、究極の現実・真実というものはあるのだが、我々「小さな虫やネズミ」には、砕けた光、半分の真実、幻の現実が見えるだけである。あらゆるものは「ハイフンで結ばれた存在状態」にある。フォートは「現実的-非現実的」「ありそう-ありそうもない」「善-悪」「物質的-非物質的」「可溶性-不溶性」といった形容詞をたゆまず用い続けた。あらゆるものは互いに連続しあっているから、真実と虚構の境界にラインを引くようなことはできない。科学が「赤いものは受容するけれども黄色いものは排除する」となったとき、オレンジはどこに分類すればいいのだろう? 同様にして、科学が正しいとして受け入れているものに誤りを含まないものはなく、科学が切り捨てたものの中にも必ず何らかの真実が含まれている。
この「万物は連続している」ということについて沈思熟考した末に、フォートは徹底した懐疑主義へと到達した。「他に抜きん出て勝るものナシ」という信条を掲げた古代ギリシャの懐疑主義者たちと同様に(ちなみにこの信条は「特定の信仰が他に比べてより真実である」といった考えを否定したものである)フォートは何ものをも受け入れなかった。彼はこう記した。「獅子座が形作る大鎌は、巨大な疑問符のように天空に輝いている・・・事が何であれ答えを知っている者など誰もいない」。そしてまたこう言う。「私は何も信じない。太古から岩のように固まってきた知恵や、偉大だとされてきた古今の教師たちに対して私はずっと距離を置いてきた。おそらくはそうやって孤独に身を置いてきたために、他者を歓待する私の流儀は奇妙なものになってしまったのかもしれない。玄関口にやってきたキリストやアインシュタインの面前ではドアを閉めるけれども、裏口にやってきた小さなカエルたちやヤドカリには歓迎の手を差しのべるのだ」
フォートは「自分が書いたものは自分でも全く信じていない」と書いたが、ここで頭に入れておくべき重要なことがある。それは、彼は自らが読んだものも一切信じることがなかったということだ。「私は・・・ハッキリいってこの本に書いたこと全てはフィクションとしてお示ししている」。彼は『ワイルド・タレント』でそう述べているが、これに付け加えてすぐさまこう記した。これがフィクションだというのは、ニュートンの『プリンキピア』、ダーウィンの『種の起源』、数学の定理だとか、印刷されたありとあらゆるアメリカ史がフィクションだというのと同じ意味で言っているのだ、と!
フォートはすべてを疑った。その懐疑は自らの思索にも及んだ。が、彼の熱心な信奉者たちは、フォートは巷間言われているような「科学への敵対者」ではなく、知識の儚さを忘れてしまった科学者に対してのみ敵対したのだと主張した。彼らはフォート主義の健全で健康的な側面を強調している。確かに疑いのない科学理論などありえないというのは本当のことだ。あらゆる科学的「事実」が、新たな「データ」が出てくるたびに不断の修正に晒されるというのも事実である。科学者を名乗るものでそれを否定する者はいない。しかし、同じ科学理論といっても、高い確証を得られるもの・得られないものと様々あるのもまた事実。フォートはこの基本的な事実を見ようとしなかった――あるいは気がつかないふりをした。そしてこうやって見逃すことこそがフォート主義の欺瞞的で不健全な側面なのだった。もしベーカー街遊撃隊 [訳注:シャーロキアン団体] のメンバーが「シャーロック・ホームズは実在する」と考え始めたら、健全なる楽しみは消え去ってしまうだろう。同様にして、フィーティアンが「あらゆる科学理論は等しく馬鹿げている」と本気で信じるようになったら、この団体の豊かなユーモアは無知な冷笑に取って代わられてしまう。
フォート自身、あらゆるものは連続的であるとしつつ、不連続というものがあることも認めていた。彼はこれを一風変わった言い方で表現している。彼が言うには、或る微少な生命体が動物なのか植物なのかを判定するのは不可能だが、かといってカバとスミレのような極端な対比においては両者の判別が不可能というわけではない。「誰だって敬意を表するためにカバを束にして送ろうとはしない」。そこまで認めたのなら、真実である確率が高い理論と、それがとても低い理論との間にも同様にラインを引くことができようものだが、どうやらフォートの頭にそんな考えは浮かばなかったようだ。
この問題はより突っ込んで考える必要がある。何故なら、それは本書の内容すべてにかかわる大きな意味を持っているからだ。仮に我々が真実と虚偽、科学と疑似科学を区別できないのだとしたら、この本はニュートンやダーウィンのような人について書かれた [フォート言うところのフィクション] ものと変わらないのかもしれない。ひとかどのファーティアンであれば「当然だ!」というところだろう。だが、「我々には区別ができる」というのは明白な事実だ。当然ながら「黄色と赤の間のオレンジ」のようにボーダーラインについての事例はとても多く、或る理論がちゃんとしたものか・まがい物か、正気なのか狂気なのか、我々がハッキリ言えないケースはある。だが極端な場合、たとえばカバとスミレのようなケースを考えれば、我々はアインシュタインの仕事の科学的価値とヴェリコフスキーの貢献度といったものをちゃんと区別できる。アインシュタインが間違っている可能性もあるし、ヴェリコフスキーが正しいわずかな可能性(その可能性はほとんどゼロなのだが)もあるにはある。しかし、連続体の両端が極端に離れている以上、一方を科学者、もう一方をニセ科学者と分類しても我々がとがめられることはない。
フォート自身、この線引きは可能だということは分かっていたに違いない。彼は本の中で、なぜ自分はサンタクロースを無視したかについて慎重に説明している。彼はこう書いている。「私はデータ、あるいはデータと称されるものにはうるさい。そして私は、雪の上、家の屋根、それから煙突へと続く不思議な足跡の記録(ないしは記録と称するもの)には出くわしたことがないのだ・・・」。かくして、データの不在がサンタクロース実在の可能性に影響を与えたことは明らかで、フォートはそれを踏まえてサンタクロースを敢えて「閉め出した」のだった。(つづく)
