けっこう話題になっているらしい與那覇潤『中国化する日本』を今更ながら読んでみた。

著者は30代の日本近代史の先生。確かに面白かったぞ。何かちょっとおちゃらけた口調で結構マジな話をするという点では、かのパオロ・マッツァリーノを彷彿とさせて愉快であった。ではオレ流に内容を要約してみよう。なお、正確ではないかもしれないのであらかじめそこんとこよろしく。



★最近の世の中は「グローバリズム」が大はやりなんだが、簡単にいってしまうとコイツは「もう世界はひとつなんだからヒト、モノ、カネの流れを自由にしましょう、経済の問題は市場にまかせましょう、各国の政府はイロイロ干渉しないで黙ってみててくださいネ」という一大ムーブメントなのである

★で、日本人はこれまでそういう「開かれた社会」みたいなのは苦手で、寄らば大樹の陰というわけで「お上」とか「会社」にすがって生きてきたんだが、もう政府も会社も全然役に立たなくなっちまったし、どうやらこの「グローバリズム」に徒手空拳で向かっていかねばならねーが、そういう流儀には慣れてねーし、お先真っ暗でアル

★一方、中国が低賃金や人口のスケールメリット等々のメリットを生かしてGNPで日本を超してしまったのは周知の通り。日本人はなんかガックリ来てるんだが、実はこういうグローバリズムの時代というのは、中国の国柄にぴったりマッチしてるという事実もあるのだった。とゆーか、そもそも経済的自由主義+皇帝専制みたいなシステムを世界ではじめて作り出したのは、なんと10世紀ぐらいの宋だった! となると昨今のグローバリズムの本家本元は中国なのであるッ!! 毛沢東の共産中国による大躍進みたいなのは元来中国人のエートスにそぐわない試みであって、一時の気の迷いであった(笑)

★とゆーわけで、つまりわが日本はグローバリズムに適応していかないとイカンのだが、これすなわち「中国化」といっても過言ではない。日本は中国化していかねば生き残れぬ宿命なのでア~ル。覚悟してネ(笑)



重ねていっておくと、以上はオレ的要約なのでかなり怪しいが、ともかく「日本の中国化? 何だッて!」という読者層の過剰反応をピンポイントで狙った表題はショーバイ的にとても上手である。さすが文芸春秋。

で、非常にスッキリとこの世界がわかったような気になってソーカイなんだが、ただ、よくよく考えるとイロイロと疑問もでてくるのだった。

たとえば、「ある中間集団でまとまって相互扶助の圏域を作る」みたいな従来の日本のスタイルは、著者が「江戸的」と称していて、もはや滅びるしかないもののように語っているんだが、しかし程度の差こそあれ、こういうコミュニタリアン的な発想ッつーのは全世界に共通してあるものじゃないのか? 別にマルバツの話じゃないんだから、総じて旗色悪いような気はするがコミュニタリアニズムの有効性だってまだまだあるんではないか?そーゆーのもうダメだから、で一蹴しちゃっていいのかな?


それから、著者のアタマの中では、市場に対する政府の介入の実例としてはたとえばケインズ的な公共投資があるようで、「もうこういうのは効果ないから。もう市場に任せるしかないから」みたいなニュアンスの記述がされているけれども、本当に現代においてケインズは基本ネガティブに捉えられているのだろうか? 著者は再三「最新の研究によると」みたいな大仰な物言いで読者を驚かすんだが、はたして「最新の研究で」ケインジアンやコミュニタリアンはもうダメって引導を渡されてたんだろうか? うーむ、流石にそれはないような気がするが。

もうひとつ。何やかやいって「民主主義的な価値」というのは人類の獲得した相当普遍的なものだと思う。そーすっと「資本主義はハッテンしてても、そういう政治的成熟がない国はやっぱりまだまだ危ういんじゃないの? そういう繁栄は長続きしますかネ? 政治的自由のない繁栄はけっきょく片翼飛行であって、さいごはポシャルんじゃね?」という感じもあって、だからこそ「中国は実は進んでいる、だって? そんなわきゃネーだろ」とわれわれは思ってしまうのであるが、著者は「いや、歴史的に自由主義の先頭を切ったのは中国だから、進んでいるんです」といっているので、民主的な価値などというものは進歩のメルクマールではありえない、ということなのだろう(ま、「歴史の進歩」みたいな考え方が今時古いといわれればそうだろうけど)。

さらに著者はチリのピノチェト政権の例をひいて、「いや、専制+経済的自由主義でもけっこううまくいっちゃうンすよね」的なことを言ってたりする。そうでしょうか?

いや百歩譲って、「たとえ中国の体制が専制+自由経済だろうとチベット人民を虐殺しようと、世界経済の牽引車になってくれりゃあオレたち文句いうことないじゃん」的なリアリズムの立場がアリだとしてもだね、仮に真っ当な漢民族(笑)の中から「もう貧富の差は酷いし、思ったことも言えねーし、こんな社会は許せん、クソー」といって暴動でもおっぱじめる連中でも出てきたら、もう世界経済の牽引車も糞もなくなっちまうような気がするのだがどうでしょう? いや、トリクル・ダウン効果が出てきて今ビンボーな中国人にもカネが回ってくるからサ、言論の自由なんてものがなくても満足しちまって暴動なんか起こさねーんだよ、とでもおっしゃいますか?(いや、確かに中国人ならそれでけっこう満足しちまうかもなーと思うオレもいるけどもw)

まぁそういった意味でいうと、「最新の研究」を敷衍していくとホントにここまで言えるのかどーか、研究者の方のご意見もうかがいたいのだが、こういうポップな感じの本にコメントするとコケンにかかわる、みたいな事情もあるんだろうか、その辺あんまり見かけた記憶がないのはチト残念ではある。

と、いろいろ疑問を呈したりしたんだが、まぁしかし日本人もとりあえずこの「グローバリズム」とやらに適応していかんとジリ貧になってしまうということは確かなのだし、問題提起としては面白い。ご当人が「定説です」と強調するにもかかわらず、学術的にはちょっと怪しげな感じがするとこがスリリングでまたタマランから、それこそマッツァリーノの線を突き進んで、やがてはテレビのコメンテーターでもやると人気が出るのではないか、と余計な感想。






中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史

中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史

  • 作者: 與那覇 潤
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/11/19
  • メディア: 単行本