「当事者」の時代 (光文社新書)

「当事者」の時代 (光文社新書)

  • 作者: 佐々木 俊尚
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2012/03/16
  • メディア: 新書



佐々木俊尚氏はいまとても信用にたるジャーナリスト/評論家だと思っているが、今回の新作は面白かった。

オレ的な理解でいうと、基本的にこの人は世の「常識」というか「通念」のウソにツッコミを入れていくタイプの人で、そういう意味では「共同幻想」とかいって世界のアタリマエを懐疑することを教えてくれた吉本隆明とか岸田秀とかの系譜に連なっているのだと思う。ヘソマガリのオレとしてはそういうところが好きなのだ。

で、本作の面白いところは、そういうツッコミの人であるにもかかわらず、「こういうツッコミはダメだよね」という議論をしているところなのである。どういうことか。以下はオレ的理解。

たとえば「裸の王様」という寓話がある。ご存じのように、世間をよく知ってるオトナは、それがウソだとわかっていても「王様は裸だ」などと言えないことがある。いろいろと差し障りがあるから。ところが、そういう世の中にまだ十分に組み込まれてない子供=いわばアウトサイダーは「あれ、王様裸じゃん!」とツッコミを入れてしまう。そういう立場だからこそ既存の体制を震撼させることができる。体制に組み込まれてない「周辺」や「外部」に軸足を置いた体制批判というのはけっこう効くのである。

ところが、佐々木氏は「なんかホントはアウトサイダーでもないクセに、アウトサイダーの味方みたいなツラで体制批判するようなヤカラがここんとこ多くネ? そういうのやめようネ」という議論をしているのである。

彼は「マイノリティー憑依」という言葉を使っているが、たとえば「近代日本に蹂躙されたアイヌ」の立場に自分をアイデンティファイして体制批判をする人がいる。そうすっと倫理的に優位にたてるから無敵である(本書でもそういう文脈で太田竜が紹介されてますな)。しかし、なんかそういうのは勝たんがための戦術みたいなもので、本当は自分の立ち位置から世の中変えていく試みをすべきなのに、そういう行為をスポイルしちまうんじゃないか、というのである。

よくわかる。よくテレビとかで「われわれはこの問題を十分に考えていくべきではないでしょうか」とか言って最後を締めくくる。で、視聴者は「そのとおりだ。十分に考えていくべき問題だ」とか思うんだが、その問題はどっかで誰かさんが「考えてくれるのだろう」と無意識的に考えている。だから自分ではナニもしない。その割に「こういう問題に関心を抱いているオレって進歩的だよなー」とかいって、自尊心だけはみたされてたりする。こういうのダメじゃん、何か神様みたいな視点から文句たれて悦に入ってるだけじゃ何もかわらんでしょ、という議論なのであろう。

なんかこんな辺境ブログで偉そうなことばっかり言ってるオレにとっては、かなり耳が痛かったりもするな(笑)。「アウトサイダーとして体制を批判する」というのは、著者も言ってるように、かつては資本主義国における社会主義みたいなかたちで存在していたんだが、まぁ当時は社会主義=科学みたいな思いこみもあったから「憑依じゃない、普遍的真理だ」という強弁もできたのだろう。でも今じゃムリだよね。

辛くても格好悪くても、ヨロシクナイことがあって何とかしないといけないと思ったら、自分の手で動かせるところから動かしてく。つらいけどそれしかない、というのはたぶん本当なのだ、と溜息つきつつ考えさせてくれる良書であった。


ただひとつ、著者に聞いてみたかったのはこの人の宗教観だよなぁ。

「ある種のアウトサイダーに憑依して自らの正しさを言い募る」ってのは、基本的に宗教によくみられる構造だと思う。特にキリスト教。もちろん歴史的にみれば、現実に成立した教団としては体制補完の役割とかも果たしてきたんで、別にアウトサイダーでも何でもないと言えるかもしれないが、少なくともイエスが語っていた教えというのは「狭き門から入れ」じゃないけれども、「自分たちは少数派である」というのが前提でしょ。

で、「人間は原罪を背負って生まれてくるんでどうしようもないんだけども、神の遣わしたイエス・キリストが、人間の身代わりになって十字架にかけられて死んでいかれましたので人間は救われました。アーメン」というのがキリスト教の根底にあるので、つまりこれは、信者はつまりイエスに憑依してこの世の中を見ているということになるンではないか。

大きくいって、世俗の世界を超え出た宗教的世界から世界を批判する、という機能が宗教にはあって、そのような営みを正当化できる根拠というのは当然自分の「ウチ」にではなくて「ソト」にある。こんなものは幻想なんだから、もうこれからの時代そんなものに期待できないのサ、と佐々木氏はお考えなのだろうか? うーん、個人的には何かちょっとそこは留保つけておきたいな、と思うのだが。うまくいえないけど。古いのか。