カテゴリ: UFO

■1986529日 アルゼンチン ラ・パンパ州サンタローサ 目撃者:オスカル・アルベルト・フロレス

家の外から犬の鳴き声とブンブンいう大きな音が聞こえてきたので目を覚ましたフロレス(28歳)は、寝室の窓を開けて外を見た。すると木々の梢の上方に浮かんでいる物体があった。そこでふと振り向いた彼は、寝室のドアのところに何者かが2体立っているのを見た。

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その存在は身長8フィートほど。手は長細く、指は3本だったが真ん中の指が一番長かった。鼻、口、耳がないこともあってか、その顔は無表情だった。目は小さくて黒っぽかった。足はベッドに遮られてよく見えなかった。

その存在はピッタリした銀色の上着を着ており、アクセサリーを下げたベルト、大きいメダルのついたネックレスを身につけていた。彼らはずっと身振り手振りで何かを伝えようとしていたが、フロレスには全く意味がわからなかった。

それから彼らは、出現した時と同様に突然消え去った。フロレスはすぐ外に出たが、ボール状の物体が南を指して飛んでいくのが見えた。それから彼はこの出来事を通報するため警察署に行った。フロレスはこの遭遇体験のあと顔の皮がむけたと主張している。彼の両親、友人はいずれもこののち彼の性格が変わってしまったことに気づいた。外向的だった彼は、心配性の内向的な性格になってしまったのである。

SOURCE: Fabio Picasso, "Infrequent Types of South American Humanoids: Part 1,"Strange Magazine, no. 8 (fall 1991): pp. 21-23, 44.

 

 【コメント】Patrik Huyghe『The Field Guide To Extraterrestrials』が取り上げているエイリアンのうち中村省三『宇宙人大図鑑』がパクらなかった面々(笑)を紹介しようという企画はいちおう該当するヤツ全部載せてしまったので今回で終了です。いやはや昔はエイリアンもいろいろバリエーションがあって面白かったですね~。

ということで閑古鳥の鳴く当ブログも本年はこれで店じまいです。それでは皆様も良いお年をお迎えください。

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■1979119日 スコットランド・ロージアン地方のリビングストン 目撃者:ボブ・テイラー

目撃者は61歳の森林作業監督官。ピックアップトラックで林地に乗り入れた彼は、木々の状態をチェックすべく新しいハイウェイの近くにある空き地に向け犬を連れて歩き出した。空き地に着いたのは午前10時半ごろだったが、そこで彼は灰色をした球体が地上に浮かんでいるのを目撃した。周囲にはへり状のものがついていて、その上には小さな窓が幾つかあった。テイラーは細部をよく見ようとしたが、その物体になかなかピントが合わない感じがした。目撃者が言うには物体は自らカモフラージュをしているかのようだった。

すると突然、その乗り物からビーチボール大の物体が2つ、すごい勢いで転がり出て、ザーッというような音を立てながらテイラーの方に向かってきた。テイラーの証言によると、その「ブツ」は「機雷」のように見え、「足」が6本出ていた。「機雷」はあっという間に彼の足下まで来た。とてもキツい刺激臭がし、そこで彼は意識を失ってしまった。

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20分ほどして意識が戻ると、飼い犬が吠えているのが聞こえた。目撃者は濡れた地面に横たわった状態で、アゴはヒリヒリし、左の太ももには痒みがあった。二つの「ブツ」と物体は見当たらなかった。テイラーは脱力感と吐き気を感じ、ノドには焼けるような痛みを感じた。彼はどうにかこうにかトラックのところに戻り、無線で助けを呼ぼうとしたがつながらなかった。そこでクルマに乗っていこうとしたが、体が思うように動かなかったせいか、トラックはすぐさま泥にはまってしまった。最終的に彼はよろめきながら歩いて家に帰り着いた。出迎えた妻によれば、彼は疲れ果て汚れきった状態だった。そのズボンは引き裂かれていた。

テイラーは医師の診察を受けたが、一方で警察はこれを暴行事件とみて徹底的な犯罪捜査を開始した。現場では地面に走る線のほか、重量物が残したと考えられるギザギザ、トゲのついたボールがテイラーを「襲った」時にできた穴が見つかった。

懐疑論者の中には、テイラーは球電に遭遇したのではないかという者もいた。しかし目撃者を知る人々は、彼は誠実な人間だと証言し、これを自然現象だという説明を否定している。

SOURCE: Peter Jordan, "UFO Assault in Scotland," Fate (June 1983): pp.68-74.

【コメント】たまたま先週テレ東で放送されたモキュメンタリー『UFO山』の作中でUFO研究家がこの事件に論及するシーンがあったばかりだが、この通称「ロバート・テイラー事件」ないし「リビングストン事件」は警察が調査に入った希有な事例として有名であるらしい(ただし傷害事件の疑いなのであるが)。ついでに想像図と現地に設置されているという記念碑の銘板の写真(redditの記事より)も貼っておこう。
しかしETのイラスト集という触れ込みで刊行されたこの本にコレを掲載するのは些かムリがあるだろう。どうみても機械だろコレはwtyhtyhtr

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■1977127日 ケンタッキー州プロスペクト 目撃者:リー・パリッシュ

ジープを運転して帰宅する途中の午前15分、19歳の目撃者は樹木の上に火のような色をした四角いUFOがいるのを見た。それは高さ約10フィートで、幅は40フィートほどもあった。すると突然、ジープは何者かにコントロールを奪われたかのように動き出し、ラジオも音がしなくなった。パリッシュが記憶しているのは、どの時点のことかはハッキリしないが自分が無音で浮かぶUFOの下にいたこと、そしてその乗り物が飛び去っていくのを見ていたことだけだった。ふだんなら自宅には7分で着くはずだったが、実際に着いたのはそれより35分も遅い時刻だった。

やがて催眠術をうけたパリッシュは、自分がわずらっていた目の痛みがどこから来ていたのかを悟った。それはUFOを目にしたせいだった。UFOの下にあったジープは空中に吊り上げられ、クルマのドアを開けてもいないのに、パリッシュは円形で大きな部屋の中へと強制移動されていた。

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その部屋には機械のようなものが3体いた。一番大きいのは高さ20フィートほどで色は黒かった。その姿は墓石のようで、小さくてのっぺりした「頭」がついていた。「肌」はところどころザラついていたが、その他の部分は滑らかだった。関節が一つある「腕」が一本ついていたが、手はついていなかった。

一番ちいさいモノは身長6フィート弱で色は赤く、コークの自販機のように四角かった。これも手のついていない「腕」を一本持っていたが、こちらには関節はなかった。パリッシュはその存在がなんだか怯えているような気がしたが、ともかくそれはゆっくりと近寄ってきて彼の頭と肩に触れた。その際にはチクッと刺されるような冷たい感じがした。彼は後になってあれは身体検査だったのだろうと解釈するにいたった。

第三の機械体は色が白く、高さは6フィート。他のものより塊感が強かった。三角形の「頭」がついていて、「腕」は2本あったが、その腕を使ったりはしなかった。これは白くてまばゆい感じだったが、他と違って唯一音をたてた。それは歯磨きをするときの音のようだった。パリッシュは「これがこいつらのリーダーだ」という印象をもった。

それから3体は一つのものに合体した。最初に一番小さいのが白いモノの背後に回り(あるいは融合したのかもしれないが)、それから白いモノは背の高い黒い存在の背後に回り(あるいは融合して)見えなくなった。黒い存在は後ずさりしていったが、そのときパリッシュは温度が高くなっているような気がした。そのとき突然黒い存在が消失し、気づけばパリッシュはジープの中に戻っていたが、この存在たちはいつかまた接触してくるだろうという気がした。事件の調査者たちは目撃者の誠実さは折り紙付きだとしている。

なおこれと同様な「四角い搭乗者」は以前にも報告されたことがあり、一例としては19689月にブラジルで早朝に起きたUFO遭遇事件がある。

SOURCE: Carla L. Rueckert, "Kentucky Close Encounter," Flying Saucer Review 23, no. 3 (October 1977): pp. 15-16, 19.

【コメント】これは「ケンタッキー版ぬりかべ」とでも言いたい案件である(イヤこういうのはぬりかべではないという「ぬりかべ警察」の抗議はこのさい黙殺したい)。ソースは例によってFSR。短いので全3ページを以下に添付。

 

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■1975年夏 コロラド州ラ・フンタ  目撃者:ジェイミー・W 

時刻は朝の8時頃。空は鮮やかなまでに青く、雲一つなかった。ジェイミー・Wと妻はフォルクスワーゲンに乗り、ボールダーから住まいのあるコロラド州ラマーへと向かっていた。ハイウェイに他のクルマは一台も走っていなかった。するとその時、彼らは道路の左側に何かがいることに気づいた。高度350フィートのあたりに、ドーナツを引き延ばしたような形の物体があった。実際のところ彼らはその穴を通して向こう側の空を見ることができた。大きさはフットボール場の半分ほどもあって、ピカピカに磨き上げられた金属製のように見えた。

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人はクルマを路肩に停めたが、そこには有刺鉄線のフェンスがあったためそれより近くにはいけなかった。彼らはそこで物体を30分から45分ほどにわたって観察した。ジェイミーは、自分たちの見ているものが何であるかはともかく、向こう側からも自分たちは見られているという気がした。そこで彼女は心の中で「私の名前はジェイミー。この星にようこそ」と歓迎の言葉を贈った。すると突然、東のほうに白くて小さな雲が34個湧き上がって西の方に向かっていった。さらにこれとは別に巨大な雲が一つ出現し、前の方にやってきたかと思うと金属製の物体を覆ってしまった。この雲がいってしまうと、例の穴の空いた物体の姿は見えなくなっていた。それから2人は再びラマーに向けてクルマを発進させたが、奇妙なことにふだんは異常なほど騒がしいタイプのジェイミーが、この時はおそろしく落ち着いて穏やかな気持ちになっていた。

それから何年かたって、催眠術の施術を受けていたジェイミーは、当時のことを思い出した。その物体を見た途端、自分はそこまで走っていこうとしたのだったが、夫はクルマを離れるなと言った。その後のことも彼女は突然思い出した。自分はその物体の中にいて、そこで2体の存在に暖かく迎えられていた。1人は男性、もう1人は女性。見たところ彼らは「北欧系」のようだった。彼らは長身で背丈は6.5フィートほど。やせていて美しかった。髪の毛は長くブロンドで、まつげも金色だった。ジェイミーによれば、その肌は真っ白でほとんど透明に見えるほどだった。2人は青いジャンプスーツを着ていたが、男性のほうは銀色のベルトをしていた。

ジェイミーはその船を立ち去りたくはなかったが、あなたはもう行かねばなりませんと言われた。すると突然、彼女は自分がクルマの中に戻っているのに気づいたが、「彼らの平和のメッセージを伝えねば」という思いを固めていたという。

SOURCE: Interview by tht author, July 10, 1987. Laramie, Wyoming.

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■19741027日  イングランド・エセックス州アヴェリー 目撃者:ジョン・デイ、スー・デイ夫妻とその子供たち(ケヴィン、カレン、スチュアート)

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デイ家の人々は親戚の家からクルマで帰宅する途中だった。子供二人は後部座席で寝ており、もう一人の子供で最年長のケヴィンはラジオを聴いていた。そのとき、青くて楕円形をした光が現れたことに彼らは気づいた。それは最初クルマと一緒に動いてきたが、それから前方へと回り込んだ。時間は午後1010分。場所は家の近くだった。その光体は道路右側の丈の高い茂みの向こうへと消えた。

しかし一家は突如ただならぬ事態が起きていることに気づいた。クルマが立てていたエンジン音は止まり、ラジオはパチパチいう音をたてながら煙を上げ始めた。さらに彼らは前方の路上に緑色をした霧が塊状になっているのを目にしたが、その直後にヘッドライトは消えた。クルマはガタゴトと動き出して霧の中へと入っていくように見えたが、一瞬音が絶えて寒くなったかと思うと、クルマは霧の外へと出ていた。数分後、彼らは自宅に着いた。しかし時間は午前1時で、到着しているべき時刻からはほとんど3時間ほども遅れていた。

3年後に催眠術の施術を受けた際、ジョン・デイは、緑色の霧に包まれてからのことを思い出した。一家とそのクルマは、円柱状の光で乗り物の中へと運び上げられた。そこで彼らは、身長4フィートほどでゆったりとしたガウンを着た生物2体に身体検査をされた。その生物たちは首がなく少し前屈みで、目は三角形。大きな耳は先が尖っていて、顔は動物のようだった。体のみえる部分は短い毛で覆われており、手にはかぎ爪状の指が4本あった。その生物たちは時折チューチューいう音を立てた。

この生物たちは同乗していた別の種族に隷従しているようだったが、その種族というのは身長6.5フィートほどで、頭をフードですっぽりと覆い、両手も全部隠れる衣服を着ていた。その口と耳は見えなかったが、唯一目がピンク色をしていることを除けば見た目はほとんど人間と変わらなかった。この背の高い方が全体を支配しているということらしく、ジョンとスーに三層になっている乗り物の内部を案内した。そうやって中を回っている最中、彼らはこの船の推進システムについても説明をした。彼らはさらにホログラフィの映像も見せてくれたが、そこには汚染によってこのエイリアンたちの母星が破壊された様子も描かれていた。

 一家とそのクルマは、彼らが掠われた場所から半マイルほど離れたところに戻された。この一家の人たちは、遭遇体験から数ヶ月のうちに性格が大きく変わってしまったとも言われている。

SOURCE: Andrew Collins, "The Aveley Abduction," Flying Saucer Review 23, no. 6 (April 1 978): pp. 13-25; 24, no.1 (June 1978): pp. 5-15.

 

【コメント】これはイングランドでも有数のアブダクション事件で「アヴェリー事件」と称されているらしい。ソースに挙げられている「Flying Saucer Review」の記事は2号連続でなかなか読み応えがある。ここには両号の記事冒頭のページと、添付されていたエイリアンのイラストを貼りつけておこう。
 なお、FSRの記事だとこの夫妻は「John & Elaine Avis」となっているのだが、これはプライバシー保護のため使われた仮名で、この本に記載された「John & Sue Day」が正しいということのようだ(ちなみに子供の名前はKevin、Karen、Stuartでともに一致している)
 しかしこの毛だらけモンスター、ナリはゴツいけれども体ちっこいし三下扱いされとるしちょっと侘しい。

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■1973年もしくは74年の或る金曜日 メリーランド州クックスビル 目撃者:マイク・シア
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或る金曜日、ボルチモア大学で法学の講義に出たあと、午後7時に友人と会う約束のあった目撃者はオルニーへと向かっていた。ボルチモアを出発して15マイルほど行った辺りで左側を見やったシアは、自分のクルマから150フィートほど離れたところにある納屋にビーム状の光が当たるのを見た。空中には巨大な物体が浮かんでおり、その周囲には赤と黄色に交互に色を変えるリングがついていた。それはベトナムから復員してきた彼にとっても未だかつて目にしたことがないものだった。クルマの窓は開いていたが、音は全く聞こえなかった。

やがて光線は消えたが、シアは怖くなってきた。何かが背後から近づいてくるように思われたからである。すると突然、その物体が頭上にやってきたのを目にした彼は、背骨に電気が走るのを感じた。それからふと気がつくとクルマはオルニーに向けて走行しており、気分はすっかり落ち着いていた。約束していたバーに行ってみると、友人はいなかった。バーテンダーの話では、彼の友人はたしかに午後7時には来ていたということだった。シアは時計を見上げた。時刻は午後9時だった。

10年後、ワシントン州で法律家になっていた彼は、この失われた時間に関してずっと抱いてきた不安や恐怖を何とかしようと催眠術を受けることにした。アブダクションの研究家、バド・ホプキンス立ち会いのもと行われた退行催眠の最中、彼は恐怖のあまりその物体をよく見られなかったことを思い出した。彼はクルマを走らせ続けたが、そこで道路の脇に4体の人間がいるのを目にした。しかし、実際には彼らは人間ではなかった。

その生物はプラスチック製の鎧のような黒い服を着ていた。顔は黒かった。ヘルメットをかぶっているように見えたが、その真ん中にはラインが入っていた。見た目はバッタのようで、腕は長く、脚はサルのそれのように曲がっていた。4体のうち3体はかなり背丈が高かった。残る1体は小さく、前面にジッパーのついた黒いシルク製のような服を着ていた。この1体は他よりかなり年かさであるように見えた。

目撃者は、クルマを降りた時に上方から奇妙な光を浴びたことも思い出した。その乗り物は近いところにいたが、ヒューンというような小さい音を立てていた。いや、実際には乗り物は二つあった。地上に降りていた小さいものと、空中に浮かんでいた大きいものである。
それからシアはその乗り物の一方に入り、テーブルに載せられて検査を受けた。様々な試料が彼の身体から採取された。

SOURCE: Gary Smith, Unspeakable Secret, " Washington Post Magazine (3 January 1988) : pp. 12-19.

【コメント】イラストはアリみたいになっているが、ヘルメットをかぶっているし見かけはバッタのようだったというからむしろ「仮面ライダー」風だったのではなかろうか。もっとも「脚はサルのそれのように曲がっていた」というから要するにガニ股だったのである。ダサい仮面ライダーである。
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1967112日 アイダホ州リリー 目撃者:ガイ・トッシー、ウィル・ビゲイ

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午後9時半ごろ、リリー郊外のハイウェイをクルマで走行中だったナバホインディアンの若者2人は、前方に突然目もくらむような閃光が走ったのをみて驚愕した。これに続いて、幅8フィートほどのドーム型の円盤が突然出現した。そのへりの部分には緑とオレンジ色の光が点滅していた。クルマを停めると、その物体は路上5フィートのあたりに浮き上がっており、一帯を緑色の光で照らした。

透明になったドーム部分からは、背の低い搭乗員2人の姿が見えた。ドーム部分が開くと、うち1人は漂うようにして地面に降りてきた。背丈は3.5フィートほどで、何かを背負っていたが、それは毛のない頭の後ろ側に突き出ていた。楕円形をした顔はシワシワで、耳は大きく高い位置にあった。目は丸くて小さく、口は裂け目のようだった。深い傷が刻まれたような顔に鼻は見当たらなかった。

そのエンティティはクルマに近づき、運転手側のドアを開けて中に入り込んできたので、若者2人はクルマの右側へと体をよけた。それからクルマは、前方数フィートのところに止まっていた物体との距離を保ったまま動き出し(ないしは引っ張られて)、小麦畑の中まで入っていった。クルマが停止してから、トッシーはドアを開けて四分の一マイルほど先の農家に駆け込んだ。その後を、おそらくはもう一体のオキュパントが発していると思われる強い光が追いかけてきた。その間、ビゲイのほうは座席で身を縮めていたのだが、そのエンティティは意味はわからないものの鳥の声のような音をたてて彼に話しかけてきた。二体目のエンティティがクルマのところに戻ってくると、車内にいたエンティティも外に出た。二体はそれからフワリと浮かび上がって物体の中へと入っていった。物体はジグザグの航跡を残して飛び上がり、姿を消した。

 トッシーはあまりの恐怖に農家の人々に話をするのすら困難な状態だった。一家の人々はトッシーをともなって畑に行ってみたが、そこで目を閉じた状態のビゲイがショックのあまり言葉も発することができずにクルマの座席に座っているのを発見した。車のライトは点灯しており、エンジンはかかったままだった。若者2人はこの出来事を保安官代理に通報し、州警察が調査を行った。周辺では他にも光を見たという人がおり、またその晩、理由は不明ながら家畜の牛が突然逃げ出したと報告する農家もいた。

 SOURCE: Richard Hall, Ted Bloecher, and Isabel Davis, UFOs: A New Look (Washington, D.C.: NICAP, 1969).

【コメント】キバこそはえてないがシワッシワの顔は甲府事件をホーフツさせて興味深い😃

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19516月 米国 目撃者:フレッド・リーガン

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目撃者の証言によれば、彼は軽飛行機のパイパーカブで飛行中、ブルブルと脈動しているひし形のUFOに衝突された。パラシュートの装備がなかったリーガンは破壊された機体ともども空中を落下していったのだが、そこでリーガンは、彼自身の言葉でいえば「ネバネバまとわりつく力」によって上方に引っ張り上げられているような感覚をおぼえ始めた。そして、気がついた時には、彼はそのUFOの中に引き込まれていた。

その中にはリーガンのほかに小さくてキラキラ光るものが複数いた。彼によれば、それらは丈が3フィートほどで、「巨大な金属製アスパラガスの茎」のようだった。その存在はどういうわけか英語で彼に話しかけてきて、事故を起こしたことについて謝ったという。それから彼らはリーガンに医学検査を行い、その結果彼がガンを患っていることがわかったので、迷惑をかけた代償ということでガンを除去してくれた。それから彼らは、飛行機の残骸がある場所からほど近い農地へとリーガンを置いていった。意識はなかったが、リーガンにケガなどは全くなかった。ここで付言しておくべきことがある。数千フィート落下したエンジンは地表下6フィートのところにまでめりこんでいたのである。

それから1年もたたない19525月、リーガンはジョージア州立精神病院で死亡した。新聞報道によれば、死因は「極度の放射線に起因する脳組織の変性」であった。

リーガンのこの奇妙な物語は、イギリスの雑誌「フライング・ソーサー・レビュー」の編集者のファイルの中に10年以上も眠っていた。しかし、1950年代にはあまりにも荒唐無稽で空想的に思われていたこの証言も、1960年代後半にはこの種の報告にしばしばみられるようになった数多くの要素を備えているが故に、むしろ予言的な響きを帯びるようになった。

SOURCE: Gordon Creighton, "Healing from UFOs," Flying Saucer Review 15, no.5. (September-October 1969) : pp. 20-21.


文書名 _FSR 1969 V 15 N 5_R
 

【おまけ】ソースとして挙げられている「フライング・ソーサー・レビュー」の記事の最初のページ。宇宙人による「治癒事例」をまとめているが、中には「X博士事件」「バック・ネルソン事件」「ワニに噛まれた警官のケガが治った事件(キール『UFO超地球人説』参照)」などかなりの著名事例が含まれている。以前「UFO手帖」に「X博士事件」について記事を書いたことがあるが、その時に気づいてれば良かったw


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■1951515日 オーストリア・ザルツブルク 目撃者:匿名

オーストリアに駐留していた或る米軍兵士が仕事を終えて午後11時に帰宅する中、奇妙なものが茂みの後ろから出てきて、カチカチいう音を立てる鉛筆型の装置で彼を麻痺させた。

 そのエンティティは彼より背が低く、肌は白色をしていて、透明なヘルメットと鈍く光る銀色の服を身につけていた。胴体はブリキ缶のような形で、両足は体に釣り合った長さであったが、両腕は人間のそれより短く、長い指は三本しかなかった。大きな頭は円柱状で髪の毛はなく、おでこはとても広かった。その目は大きくハエの複眼のようで、耳と鼻は単なる穴だけ。口のところには細い切れ目があった。 

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そのエンティティは兵士の胸の部分に黒くて四角いプレートを取り付けた。すると彼の体は軽くなってしまったようで、そのヒューマノイドは苦も無く彼を引っ張り、近くに着陸していた大きな乗り物へと連れていった。それは円形をしていて直径は150フィートほどだった。宙に浮かび上がった兵士は乗り物のてっぺん部分へと運ばれ、そこに開いたドアから薄暗い内部に入った。

乗り物の壁は透明だったので、離陸した後、壁越しに星々を見ることができた。それは月の横を通ってさらに飛び続け、ある惑星へと向かった。兵士はそれを火星だと思ったという。乗り物は地表に据えられた発着台に降りた。そこには同じような円盤型の乗り物がたくさんあった。ヒューマノイドは宙を漂いながら地面に降り立ったが、兵士はその時、辺りに同じようなエンティティが何体かいいること、そして二つの乗り物には人間が乗っているのにも気づいたが、その人たちは兵士の存在には気づいていないようだった。

 そのエンティティから外から戻ってくると乗り物は離陸し、地球へと戻ってきた。兵士は連れ込まれた時と同じように、鉛筆型の装置と黒くて四角いプレートを用いて外に連れ出された。そのエンティティは鉛筆型の装置を兵士に向けてカチカチと音をさせてから胸のプレートを外し、乗り物に乗って去って行った。家に戻った兵士は、都合1時間が経過していたことに気づいた。

195712月、自らの不気味な体験を誰かに話してスッキリしたいと考えた兵士は、カナダ・ブリティッシュコロンビア州プリンス・ジョージの新聞社「ザ・シチズン」を訪れて、詳細を記者に話した。ウソを言うような人間には見えないと思いながらも記者は幾つかひっかけの質問をしてみたのだが、兵士の話に矛盾は見つけられなかった。兵士が遭遇した存在や、こうした異世界への旅についてのストーリーは、こののち10年以上を経て人々に知れ渡ることになるUFO体験談と驚くほどよく似ていた。

SOURCE: Charles Bowen, "Fantasy or Truth? A New Look at an Old Contact Claim, - Flying Saucer Review 13, no. 4 (July·August 1967): pp. 11-14.


【おまけ】ソースとなったFSR記事の最初のページも貼りつけておこう。
文書名 _FSR 1967 V 13 N 4_R



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 中村省三『宇宙人大図鑑』のネタ本になったと思われるPatrik Huyghe『The Field Guide To Extraterrestrials』(1996)については当ブログでも何度か触れているが、同書はこれまでに目撃されてきた様々なエイリアンをイラスト入りで紹介している本で、各事案が見開き2頁にまとめられているから読むのもそんなに苦にならない。加えて言えば、年を追うごとに「リトルグレイ」のような画一的で陳腐なエイリアンイメージが幅をきかせてきた現代にあって、バラエティ豊かなそのラインアップには一服の清涼剤の趣もある。たまにパラパラッとめくると新鮮でなかなかよろしい。

 ということで、この本で紹介されているエイリアンのうち、『宇宙人大図鑑』では何故か割愛されていたヤツらを紹介してみるのも面白いかと思い立った。実は同様の狙いで「モアイ男事件」(オレが勝手にそう命名したのである)について書いたことがあったのだが、今回はいわばその姉妹編ということになる。当ブログは恒常的にネタ切れなので、ひょっとしたら連載みたいにしばらく続けるかもしらん。わからんけど。



■1986年1125日 カリフォルニア州ローダイ 目撃者:H.G.ショー大佐ならびにカミール・スプーナー

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エイリアンによる誘拐といった話が一般に広く知られるようになるほぼ1世紀も前に、シャー大佐とその友人は、乗り物に乗ってやってきたエイリアンとおぼしきものたちに誘拐されかかった。ショーはフレズノで開かれる博覧会で展示をするため準備作業に取りかかっていたのだが(注:ココは今ひとつ意味がわかんない)、彼とスプーナーはその日、馬車でストックトンへと向かっていた。それは午後も遅い時間のことであったが、馬は突然怯えて動けなくなった。2人が顔を上げると、そこには小さくて華奢な手をした、背の高い3人組がいた。髪の毛はなかったが、皮膚にはフワフワした柔らかそうな産毛が生えていた。目は大きく、逆にその口と耳は小さかった。目撃者たちの証言によれば、彼らは「奇妙なほどに美しかった」。

 この存在はそれぞれに吸い口のついた袋を持っており、呼吸をするかのようにこれを自らの口に運んでいた。彼らは明るく光る卵型のランプも手にしていた。互いのコミュニケーションは、「単調な旋律」を口ずさむようにして取っているようだった。目撃者たちの話によれば、その連中は自分たちを掠おうとしたのだが、その生物はあまりに軽量だったため2人を運ぶことができなかったのだという。

 その存在が手にしたライトを近くの橋の方に向けると、そこには水上に浮かんでいる葉巻型の乗り物の姿があった。その存在は体をユラユラ揺らしつつ地面から浮き上がり、その乗り物のほうへと戻っていった。空中に飛び上がった彼らは乗り物の側面のドアから中へと滑り込んだ。物体は飛び去った。ショーはこの存在は火星から来たのだと確信していた。

ソース:Jenny Randles, Alien Contacts and Abductions (New York: Sterling, 1994)
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 UFOとは何だ――そんな思いを胸に日々エンバンの研究調査に励んでいる斯界の猛者たちが一堂に集い、その成果を披瀝する「UFOコンベンション(仮)」が去る12月6日、横浜市内で開催された。都合3時間半にわたって行われたこのイベントとは如何なるものであったか。今回のコンベンションに参加する機会を得たのを奇貨とし、日本のユーフォロジー史における2025年冬の一エピソードを後世に伝えるべく、その概略を以下にレポートしたい。(文責・花田英次郎。長文注意)
 
 
 土曜日の午後3時過ぎ。会場は横浜・関内駅からほど近いビルの4階。エレベーターで上がってドアを開けば、そこは「不良メイド喫茶・Bar黒月」。いわゆるコンカフェだ。黒を基調としたダークな内装にパープル系の照明。ゴシックテイスト満載である。「世界の終末期に不良たちが集うたまり場」というのが店のコンセプトらしく、おどろおどろしさが漂うのも道理。細長い店内には奥まで伸びた長いカウンター。辺りを見回せば右手には音響機材も置かれていて、ちょっとしたライブも可能な店と見える。察するところ「怪しさ漂う空間こそUFOイベントにふさわしい」ということで選ばれたスペースなのだろう。最終的に集まったのはザッと20人。店内はかなりの過密状態で満員札止めといったところだ。

 しかしそもそもこの怪しい催しは何なのか。本稿ではまずはその辺りを説明したいと思うのだが、今回の企画の主はUFO・超常ライターとしてwebムーなどで健筆を振るっているオオタケン氏。小生はオオタ氏とはUFO同人誌「UFO手帖」の執筆者仲間ということでかねて面識を得ていたのだが、このオオタ氏、何の拍子であったか、或る日UFOコンベンション(仮)というイベントの構想をぶち上げた。

 ちなみにUFOコンベンションというのは、アメリカあたりではでっかいホテルを借り切ったりしてしばしば開催されている催しらしいのだが、要するに各地のUFOファンが集まって研究発表をしたり(たぶん酒とか飲んでw)交流したりするおまつりみたいなものである。対して日本はどうかといえば、この種の催し、UFO冬の時代が長きにわたって続いたこともあるのだろうが、UFO事件をネタに地元JCあたりが一枚噛んで地域おこし的なノリで開かれるようなモノを除けばそうそうあるものではない。

 そもそも世間的にみてUFOファンというのは超少数派だ。こういうマイナー趣味をもつ人種には共通の悩みだと思うのだが、ネットでのやりとりとかはできるにしても、同好の士が顔を合わせることのできる場というのはあまりない。これはなかなか寂しいものがある。でもさぁ、やっぱり日本でもコンベンションみたいなのやって、ちょっと盛り上がってみたいよネ。そういうことでこういうことになった………のだと思う。たぶん。

 かくて、今回と同じ「不良メイド喫茶・Bar黒月」で記念すべき第一回「UFOコンベンション(仮)」が開催されたのは、今を遡ること半年あまり前の本年5月3日。第一回のイベントは「オレにもUFOを語らせろ!」と名乗りを上げた人たちが研究発表やら話芸を披露したりして大変盛り上がったと聞く。なんで「聞く」なのかというと小生は都合が悪くて参加ができなかったのである。何とも残念だったが、それがこの12月にも第二回が開かれるという話になった。行こうかな。イヤこれは行かねばならないだろ。ということで参加申込みをして興味津々、というか欣喜雀躍で出かけていったのがこの日だったのである。
    【注】ここで「いやしかしその(仮)ってついてるのは何なんだよ?」というツッコミは当然想定されるのであらかじめ言っておくと、最初はカッコいい正式名称をつける予定だったのだがグッドアイデアもなかったのでそのまんま「UFOコンベンション(仮)」が呼称になっているという経緯があるようだ。今後どうなるかは知りません

 さていよいよ予定の3時半になって開幕である。この「UFOコンベンション(仮)」は、発表者が20分ぐらいの時間を与えられて順番に演壇に立つスタイルで進められる。店内には発表者の用意した映像・画像を映し出すことのできるプロジェクターがあってその辺も抜かりはない(実際は時々接続が切れるトラブルが発生したけどもw)。お店が会場なので注文すれば飲食もできる。ビールなんか飲みながら楽しみましょうやという趣向である。

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 発表者は計7人。それぞれにキャラが立っていてスゲー面白かった。ということで、以下では順にその内容を要約紹介していこうと思うのだが、これから研究の成果をまとまったカタチで世に出す予定の方もいるようなのであんまり細かく説明するとネタバレになりかねない。そういうこともあるのでここでは敢えて評者なりの意訳を施すなどしつつスゲー雑な要約をしていきたい。あまりにも雑すぎる表現があったり発表者の意図を越えた過剰解釈や曲解をしている可能性もあるが、そのへんはカンベンしていただきたい。ちょっとビールも入ってたしな(笑)。
 *なお発表タイトルはちゃんとメモしてなかったのでテキトーである。発表者の敬称は省略した



■秋月朗芳 UAPはLLM(生成AI)なのか

・宇宙人は「高度なテクノロジーを持っているから頭が良い」と考えられがちだ。しかし、宇宙人は「私は犬が欲しいだけなんだ」などと目撃者にトンチンカンなことを話すケースがあまりに多い。宇宙人は本当は頭が良くないのではないか。実際のところ宇宙人は頭が良くなくても大丈夫なのだ。何故か。
・生命というのは不安定な環境にあっては環境を何とかコントロールしようとする。その局面では頭は良くないといけない。しかしいったんどんな環境にも適応できるようになってしまえばどうか。「頭の良さ」は必要なくなる可能性がある。
・一方で、最近はUFOの世界でも「宇宙人」の代わりにNHI(Non Human Intelligence。非人間知性体ぐらいの意)という表現が用いられることが多くなってきたが、この言葉には近年のLLM(生成AI)とダブって見えるところがある。というのも、LLMは多数の「薄い知性」が一斉に動くことで「濃い知性」のように振る舞えるけれども「意味」を理解しているわけではなく、それらしい応答ができるだけに過ぎない。さて、ここで話は前段の「宇宙人がトンチンカンなことを言う問題」とつながってくる。このLLMとNHIが同じ構造をもっているのだとしたら宇宙人改めNHIがトンチンカンなことを言うのも当然ではないか。こうした考え方は、おそらくこれからUFO問題の新たな切り口になっていくことだろう。

【寸評】いかにも同人誌「UFO手帖」の編集長らしいチャレンジングな提言である。我々は宇宙人というとついつい「人間のようなもの」を頭に浮かべてしまうけれども、アイツらはむしろ一種生成AIのお仲間みたいなものとして理解したほうが良くないかというのである。
 余談ながらUFO研究のレジェンド、ジャック・ヴァレもエイリアンの不条理なふるまいにはその著書で再三触れており、彼の思想においてabsurdity(不条理、バカバカしさ)は一つのキーワードになっているほどだ。その意味を解く一つのカギがここには示されている。



■おかゆう  介良事件レポート2025

・高知市介良で1972年、地域の中学生たちによって「円盤」が捕獲されたというのが介良事件である。この事件については最近、「円盤の正体は灰皿」という説が出てきている。しかし、それが本当なら何故田んぼに灰皿が落ちていたのか? 実はその2年前の1970年8月、台風10号の被害で一帯の田んぼに鍋・釜など産廃処理場のゴミが流出するという出来事があり、これは新聞にも報じられている。ゴミは翌年片づけられたというが、田んぼにはこのとき回収されなかった灰皿が残されていたのではないか?
・2022年には現地取材に行ったが、この時も面白い話を聞くことができた。円盤出現現場近くに住んでいた人からは、その当時「光の柱」が辺りに降りてきたのを目撃したという証言を得られた。また別の人から聞いた話では、事件後に発見者たちの中学校の修学旅行があったのだが、その際に撮った集合写真には、或る人物の顔の辺りに白いものが映っていたため「UFOが修学旅行についてきた!」という話が広まったのだそうだ。

【寸評】小生はおかゆう氏と面識はなく今回も残念ながらお話はできなかったのだが、検索すると月刊ムー、webムー、アトラスニュース、トカナなどに寄稿しているオカルトライターとのことで、NHK「 幻解!超常ファイル」にも出演されたというから大物である。このたびの発表では介良事件「灰皿」説に思わぬ方向から光を当てていたから「そう来ますか~!」とすっかり感心してしまった。「灰皿があったんなら代掻きした時とかに見つかるンじゃね?」といった気もしないではないが、とにかくいくら昔の事件であっても現地取材を辞さず、スキあらば新事実を掘り出そうという姿勢は実に頼もしい。皆さんもこういう方を見習ってください。



■島村ゆに 天河神社のはなし

・平成2年頃の話。ニューエイジ系にハマっている友人がいて、そのころ話題になっていた奈良県の天河神社にクルマで一緒に行くことになった。着いたのは朝の5時半ごろ。駐車場で仮眠することにした。星空がキレイだったが、目をつぶっても何故か星が見えた。神社裏には3本の木が立っていたのだが、そこに上から何か降ってきて、木の周りをまわりながら降りてくるのが見えた。それからカーンという鐘の音がし、頭に仏像のイメージが浮かんだ。目を開けてみたらもう何も見えなかった。
・その後にも、同じように天河神社に行ったことがある。やはり朝5時半に着いて仮眠を取ろうとしたのだが、その時も目をつぶっているのに星空が見えた。「前にもあったな」と思っていると突然地響きの音がし、さらに丸、三角、四角等々の大きなUFOが何十機も飛んできた。そのときクルマの下に小石がコンコンと当たる音がした。次いで「ニャー」というネコの声がした。そこで怪異は終わった。
・さらにその後の話。岐阜県の実家にバスで帰ってきた時、バス停を降りて歩いていると「上から頭部を見られている」という視線を感じた。見上げると白い点が空を移動していた。各務原や小牧離発着の航空機とは明らかにルートが違う。「UFOなら分かるように飛んでください!」と願うと、カクカクっと動いたので「やったー!」と思った。以来、UFOは見ていない。

【寸評】島村氏はいわゆる霊的な能力者で、宇宙人との交信――つまり世に言うところのチャネリングを試みようとしたところ何故か頼んでもいない天使が現れてしまい、志を果たせなかった(笑)という愉快なエピソードをお持ちの方である。いずれ「見えない」人間としては羨ましい限りであるが、このたびの体験談でも一見何でもない「ネコの声」といった細部が逆にリアリティを感じさせる。UFOと超常現象との連関はヴァレも盛んに言っていたところであり重要な証言である。



■ザクレスホビー UFO事件現場を調査していてYouTubeに出していない話

・国内の主要UFO事件の現場を訪れてYouTubeで報告する活動をしているが、今回は未報告の3件を紹介。
①1977年1月3日 琵琶湖のアブダクション
 琵琶湖大橋を渡っていたクルマが白い光に包まれ、気がついたと思ったらクルマは止まりガソリンは空になっていた。後日退行催眠でアブダクション記憶が蘇った。
②1974年 大阪のコンタクティ光線治療
 宇宙人とコンタクトするようになった女性が生駒山の麓まで病人を連れていき、光線を浴びせて治癒してもらった。
③1976年3月13日 奈良三郷町の宇宙人目撃
 9歳の少年が土曜日に帰宅した後、何故か山にいってみたくなり、そこで宇宙人と出会う。現場は信貴山と思われる。なお同町には2024年に不審火で焼けた「大宇宙教」なる宗教の施設があった。

【寸評】ザクレス氏は宇宙人フィギュアの製作から始まって甲府事件など国内重大事件の調査にまで精力的に取り組み、YouTubeでその成果を発信している方なのでご承知の方も多かろう。今回のコンベンションでは現地調査はしたけれどもまだ配信に至っていないという事例を紹介いただいた。そんな事情もあるので細部は略すが、ともかく現場に行って現場の特定やら痕跡の発見に相務めるというのはなかなかできることではなく、先のおかゆう氏ともども尊敬せざるを得ない。調査の詳細については今後の配信を待ちましょう。



■比嘉光太郎 天宮清さんのドキュメンタリー

・元CBA(宇宙友好協会)のメンバーで、UFO研究家でもある天宮清さんのドキュメンタリーを現在鋭意制作中。6月24日にご自宅を訪ねた時の映像を見てもらいながら説明する(以下映像の内容)。

▼天宮氏自宅を訪問。玄関先には巨大な書棚が据え付けられており、上から下までUFO本と資料類がビッシリと並ぶ(聴衆からは圧倒的なUFO本のボリュームに「おぉ!」と感歎の声)
▼クルマで野外へ。UFOにまつわる「CBA流の儀式」を執り行う(聴衆からは思わぬ展開に再び驚嘆の声)
▼天宮氏がよく見る夢を描いたというイラストを紹介

【寸評】UFOファンといえばジジイとババアばっかりという現代にあって、比嘉氏は「この方面に関心がある」という今どき珍しい奇特な若者である。UFO含めた超常方面の映画制作だとか事例の収集、奇譚の語り部みたいなこともしておられるようだが、そうした活動の一環として撮っているのがこの「天宮清さんのドキュメンタリー」だという。
 天宮氏についてはご存じの方も多かろうが、かつて国内に存在した伝説の団体CBA(宇宙友好協会)で若い頃から活動し、同会が雲散霧消した今も齢八十歳を越えてなお奈良県でUFO研究家として活動しているレジェンドである。特にナゾ多き団体であるCBAの生き証人ということもあり、そういう意味では比嘉氏のドキュメンタリーからは何が飛び出すか、ちょっとコレは楽しみでならない。じっさい今回流された映像は実にマニア心をくすぐるものであった。やがて公開される作品のネタバレになってはイカンのでそこは説明するのを自粛するが期待は高まるばかりである。



■有江富夫 CBAについて

・CBA(宇宙友好協会)の中心人物だった松村雄亮の生涯についての解説。
・戦前満州にいた松村は戦後十代で帰国。1956年にFSRG-J(空飛ぶ円盤研究グループ)を設立。57年には自宅上空で「日本初」とされるUFO写真を撮影。同年CBA創設。
・1960年に「リンゴ送れ、C」事件。61年には松村にとって代わるカタチで久保田八郎、次いで小川定時がそれぞれ短期間CBAのリーダとなるも松村は62年に復権。ここからCBAの活動は活性化。北海道・平取町でいわゆるハヨピラのピラミッド建設など進める。
・没年は2000年とされるが詳細不明。

【寸評】有江氏は、実は1970年代から息長く活動してきた古参研究家である(ただし有江富夫というのはユーエフオーをもじったハンドルネームなので、この名前でググっても当時のことはわからない。ご興味のある方はどうにかして実名を突きとめて自分で調べてくださいw)。そうしたキャリアもあって古今の膨大なUFO資料を収集されているらしく日本UFO史の生き字引のような方である。
 今回はCBAのリーダーであった松村雄亮の事績をたどる講義で奇しくも先の比嘉氏の発表と部分的にダブるものとなったが、如何せん時間が20分では全然足りず、途中全部すっ飛ばしながらも時間切れのようなカタチになった。ちゃんと語っていただくには3時間ぐらい必要なのではないか。
 発表の要旨といっても文字にすると上記のような無味乾燥な感じになってしまうのだが、現場で聞いていると話の随所に様々な伏線が張り巡らされている感があり、とりわけ松村をめぐるミステリーがチラチラと出てくる辺りは十分に刺激的だった。帝大出など高学歴揃いのCBA創立メンバーの中で、誇れるような学歴などない松村がトップに立てたのは何故か。CBAと新宗教『生長の家』との関係は如何なるものだったのか。松村とCBAのスポンサーになった資生堂の森浩樹を結んだものは何だったのか等々。いっそ松村雄亮の評伝でも書いていただければ嬉しいのだが・・・



■オオタケン UFOと酒

・外国ではエイリアンやUFOをモチーフにしたクラフトビールが多くあったりして、実はビールとUFOは相性がたいへんよろしい。
・例えば、1965年には米フロリダでジョン・リーブスという人物がロボット風の宇宙人と遭遇し、のち金星などに連れていってもらうという事件があったが、彼の住んでいた場所には今ではクラフトビールのブリュワリーができていて、その縁で毎年UFOの記念イベントを開催したりしている。
・アメリカのクラフトビールというのはヒッピー・ムーブメントの自然志向の流れを受けて作られ始めた面があるのだが、そもそもヒッピー・ムーブメントというのは非日常の重視という点でUFOにも親和性がある。こうしてビールとUFOの関係ができてきたということもあるのだろう。
・ワインにも、ラベルに葉巻型円盤が描かれたカリフォルニア産の「ル・シガール・ボラン」というのがある。フランスには1954年のUFOウェーブを機に「UFOの飛来まかりならん」という冗談条例を作ったシャトーヌフ・デュ・パプなる自治体があるのだが、ここはワインの産地だった。そこでこの故事にちなんで、アメリカのボニー・ドゥーン・ヴィンヤードが作ったのがこの「ル・シガール・ボラン」である(と言いつつこのワインの現物を取り出す)。言ってみれば、このワインを作ったのフランスでのUFOウェーブであったのだ。

【寸評】最後を締めるかたちで登壇したのはイベントの主催者でもあるオオタ氏である。むかし「酒とバラの日々」という映画があったが、これはいわば「酒とUFOの日々」とでも言うべき蘊蓄ストーリー。酒を供するコンカフェで披露するには格好のネタであり、オオタ氏のセンスが光る。



 といった感じで今回のイベントは無事終了した。これがUFO者にとっては実に愉快な催しであったことは言うまでもない。粉骨砕身、イベントを企画していただいたオオタ氏には本当に感謝の言葉しかない。ホンマにありがとうございました。

 氏によればこのUFOコンは今後も毎年5月、12月の年2回といった感じで続けていきたいそうだ。こういう機会があれば「入魂のUFO研究をゼヒ世に知らしめたい」という志ある人たちの登場も期待できるだろうし、もはや期待しかない。我々UFOファンとしては次回開催のアナウンスを首を長くして待つことにしよう! (おわり)





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前回のエントリーで『昭和オカルト前史研究読本』を紹介したのに続き、今回はこれと同時期に買った秋月朗芳著『さみしいUFO』(UFO手帖出版)の感想文を書いてみよう。


さみしいUFO: Cry for Flying Saucer (UFO手帖BLUEBOOKS)
秋月朗芳
Independently published
2025-11-07



今年の花田英次郎賞UFO本部門(笑)は該当作ナシというのは先に述べた通りであるが、今年11月に出た『さみしいUFO』というのは、実は或る意味その有力候補になってもおかしくない一冊であった。

本書はアマゾンのKindle ダイレクト・パブリッシングで販売されていてフツーの商業出版ではないンだけれども、改めて読んでみると実にユニークで面白い。ただし本作に賞をあげてしまいますとちょっと内輪ボメみたいな感じになってしまってあんまりよくない事情がある。

どういうことかと言いますと、著者の秋月氏はUFO愛が昂じたあまり20年ほど前からほぼ毎年のように編集長としてUFO同人誌を刊行してきたという在野の熱血UFO研究家であり、国内のUFOシーンにあって知る人ぞ知る人物なのだが、たまさかオレは縁あってその同人誌「UFO手帖」に何度か寄稿をしたことがある。そんな立場でありながら賞をアゲてしまいますとインディー系UFO問題評論家(笑)としてのコケンにかかわる。それで贈賞は見送ったのであるが(オオゲサダナ)それはそれとして多くの人の手に渡ってほしい本ではある。過疎ブロガーの分際でスマンけれども、そんなワケで今回はこの本を取り上げさせていただくことにした。

さて、バカ話は切り上げてそろそろ本題に入ろう。この『さみしいUFO』という本の成り立ちであるが、上述のようなキャリアをもつ秋月氏はどうやら従来の雑誌スタイルとは違うUFO本シリーズを定期的に刊行していきたいというアイデアをお持ちだったようで、これまで毎年出してきた同人誌「UFO手帖」はお休みし、書籍シリーズ第一弾として今秋刊行したのがこの本ということになる(表紙には「UFO手帖BLUEBOOKS 1⃣」 とあるからたぶん今後も続くのだろう)。「まえがき」にあるように実は2018年に氏が薄い冊子として出版した「さみしいUFO。」がベースになっているのだがだいぶ加筆・改訂がなされているようだし「UFO手帖」などに発表した文章も加えられた構成なので、既に冊子版を読んだ方でも楽しめるだろう。先日開かれた「文学フリマ東京」でも頒布されていたが上述の如く現在はアマゾンで販売されているから買う側としても大変お求めやすい。イロイロな意味で要注目の一冊なのだ。

で、この本がどういうものかをひと言でいってしまえば「UFOエッセイ」ということになる。系統としては大槻ケンヂがたまに書いてるようなヤツである。全部で22編。文中には「モーリー島事件」「ジョー・シモントン事件」といった事件も出てくれば、美麗UFO写真で知られたポール・ヴィラや宇宙人との間に子を成してしまった(と言い張った)エリザベス・クラーラーとか玄人受けしそうな面々も登場してくる。2、3頁の短いものから十数頁のものまで長短あるけれども、著者は各編でこうした事件・人物をめぐるストーリーを紹介しつつ、おのが胸に去来する思いを重ねていく。さらに言えば、全編を貫く執拗低音として文中に終始鳴り響いているのが「UFOはさみしい」というテーゼなのだった。

この「UFOのさみしさ」というのはそれぞれの事件・事例に即して語られる。UFOは人里離れた場所に出現することが多い。体験者もたったひとりというケースがほとんどである。自らの体験を語れば周囲からは怪しまれる。騒動になって家族が崩壊してしまうこともあった。UFO体験というのはリア充みたいなものとはあまり縁がなく、孤独や孤立、淋しさのほうと結びついている。これは一体なんなのだろうね――著者は繰り返しそう問いかけている。

これを考える上でのヒントも与えられている。1966年、フランスで歯車のついた車輪様のUFO(?)が地表を走行していた奇妙な事例を引いて著者は言う。「これが特殊な例なのかと言えば、UFOのカタチは実は他もそれほど統一されていません」「UFOにしても宇宙人にしても、それぞれ個々の事例の間に共通項は少なく、なんら一つに集約することはできません。つまりそれは、共感しうる最大公約数的な世界を越えた視界であり、その視界はほぼ誰とも共有できないという意味において、孤独なのです」。

ここで示唆されているのは、UFOというのは「客観的な存在」などではなく目撃者ひとりひとりの主観的な体験として立ち現れるものだ、ということなのだろう。であるからこそ一口に「UFOの体験者」とかいって括ってみても彼らは同床異夢。互いにわかり合うことはできないし誰にも分かってもらえない。だからこその孤独。何ともさみしい。

しかし勘違いされると困るのだが、コレは「そうかそうかしょせん妄想なんだからUFOの目撃者が孤立するのはしょうがないよネ」といった話ではない。それでもなお著者は奇っ怪なUFO譚について愛を込めて語り、UFOに憑かれた人々へのシンパシーを隠さない。で、ここから先は推測をまじえての話になってしまうのだが、筆者のUFO愛の根源にあるのは「UFO体験をどうしても必要としてしまう人間への共感」というものなのだろう。

おそらくこれは宗教心の喪失といった問題とも絡んでいるのだが、現代に生きる多くの人々は内面に何らかの違和感ないしは欠落感を抱えている。日々の生活、暮らし、社会といったものは一見滑らかに進行している。しかし本当にこれがすべてなのか。現実の皮一枚がめくれたらそこには驚嘆すべき何ものかが潜んでいるのではないか。そして、そんな異界との遭遇は畏怖と魅了感動とが渾然一体となった感情――神学者ルドルフ・オットー言うところの「ヌミノーゼ」をもたらしてくれるだろう。そのようなモノとしてUFOは我々の前に立ち現れる(ことがある)。これを魅力と言わずして何と言おう。だからこそ人々は幾千万のUFO譚を心の中に生起させてしまう。それが単一のストーリーに帰着しないのは淋しさの源ではあるけれど、だからこそ千変万化の物語は人の心を打つともいえる。「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」(トルストイ)

ということで勝手な批評をしてきたがこれはこの本にはイロイロと読者の想像を喚起する部分があるなぁというだけの話で、実際の本は平易な文章で書かれていて妙な理屈が出てくるわけではないのでご安心を。自費出版系にありがちな行間ギチギチみたいな本ではないし生成AIを使ったイラストなんかも配していてレイアウト的にも読みやすい。興味をおもちの方はゼヒ注文してみると良いと思います。Xのアカはこちら。全140頁。(おわり)


【追記】ちなみにUFOは基本「さみしい」のだが、UFO体験をした人の中には家庭はぶっ壊れたけれどもその後コンタクティー仲間の若い美女と再婚したという人物もいるようだし「フリーセックス教団じゃネ?」と騒がれたUFOカルトを立ち上げた人もいる。人生イロイロではあるw
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毎年この時期になると一年を回顧するモードに入ってこんな本あんな本を読んだなあなどと回顧することになるのだがオレはいちおうUFO問題評論家(笑)なのでとりわけUFO本をめぐる動向には関心があり、海外本にまではなかなか目が届かぬけれども国内で商業出版された本については花田英次郎賞UFO本部門受賞作を毎年勝手に選定しているぐらいだ。で、そうしたところにもってきて、この11月、ASIOS編『昭和オカルト前史研究読本』(サイゾー)という本が出た。

この本には所謂オカルトにまつわる論考が幅広く収録されているのだがUFOネタも取り上げられている。それにオレももともと超常現象等全般についてそれなりの興味はある。加えて編者となっているASIOS――すなわち「超常現象の懐疑的調査のための会」が出している本はあんまりハズレがないというのは体験的に知っているから今回コレを買って読んでみた。最近ブログを放置気味でもあったので丁度よかろうということで以下簡単に読書感想文を書いてみたい。

*なお本年の花田英次郎賞UFO本部門についていうと、今回の『昭和オカルト前史研究読本』もそうだがそもそも「UFO本」という範疇に入る書籍はなかった。いや、無かったというと言い過ぎだろうがオレの目に入る範囲で読むべきUFO本というのはなかった(あるいはどっかのビリーバーさんが書いた妄想本みたいなのはあったかもしらんがそういうのはハナから無視している)。強いて言うと中島岳志『縄文 革命とナショナリズム』(太田出版)は太田竜やUFO研究団体CBAに触れていて学ぶところが多かったけれども、これをUFO本として括ることはできぬだろう。そういう意味では残念ながら本年の花田英次郎賞UFO本部門は受賞作ナシである。全国のUFO研究家の猛省を促したい(笑)。

昭和オカルト前史研究読本
ASIOS
サイゾー
2025-11-26




さて今回のこの本であるが、従来のASIOS本とは些か毛色が変わっている。民間有志が作っているこの団体の旗印は団体名からも明らかなように「超常現象を懐疑的に調査する」ことである。従っていつも出している本では予言だとか超能力だとかいった何だかとってもアヤシイ主張について「ココがヘンやろ」「それはムリな主張やで」等々ツッコミを入れまくっているのだが、この本では基本的にそういうことはしていない。

実はASIOSでは2019年に『昭和・平成オカルト研究読本』という本を同じ出版社から出しており、今回のはその続編というテイになっている。1970年代、つまり昭和40年代後半以降に国内で大きなオカルトブームが起きたのは衆知の事実であるけれども先の『昭和・平成オカルト研究読本』ではそのあたりから後のオカルト史を総括したので、じゃあ今度は時代をさかのぼり、70年代のブレークに至る以前のオカルト界隈の歴史をひもといてやろうじゃないかという狙いで本を作ったようなのである。過去になされた主張の内容を吟味するとかいうんじゃなくて知られざるオカルト史を紹介する。そういうノリである。

まぁそういうスタンスなので、流れとしてはどうしてもあんまり知られていないオカルト奇人怪人の事績を紹介するという話になりがちである。もっとも中には中岡俊哉だとか斎藤守弘、南山宏といったオカルト業界の超有名人の歩みを紹介する原稿もあるけれども、ひょっとしたら「あまりにもマイナーな奇人ばっかり登場させても一般の人は買ってくれんのじゃないか」ということでこういう人物を登場させているのかもしれない。まぁそれでもこのオカルト奇人怪人列伝、決して悪くないと思った。

たとえばオレの好きなUFO関連のネタでいうと「プレ・コンタクティーたちの肖像」(小山田浩史氏)という論考がある。この世界ではUFOに乗ってきた宇宙人と友好的に会見した人々のことは「コンタクティー」と総称されていて、その元祖は1952年から接触を始めたと主張するジョージ・アダムスキーだということになっているが、ここでは「いやいやいや彼以前にも似たようなこと言うとった人はおりましたで」という議論が展開される。とりわけここに出てくるユージン・ハリー・ドレイクなる人物は1950年の時点で「オレは宇宙人とコンタクトしとるで」という薄い本を出しており、「出会ったのは高邁な宇宙哲学を説く美形金星人だった」などというのはアダムスキーのそれとクリソツである。ついでにいうと宗教団体を率いていたこと、あるいは「教授」を自称していたことなどもやっぱりアダムスキーと重なってくる。

じっさいUFO問題評論家を僭称しとるくせに歴史に埋もれたこんなオヤジがいたことは全然知らなんだので勉強になった。じゃあなんでこのドレイクさんが埋もれてアダムスキーが大成功したのかみたいなことも思わず考えてしまったのだがたぶんそれはアダムスキーの自己顕示能力がずば抜けていたということなのだろう。天文台のあるパロマー山の麓だかに居を構えていたというのも計算づくでそこで「教授」を僭称すれば「なるほどアダムスキ先生は天文台に勤めている偉い先生なのかっ!」とアホは勘違いするだろう。あるいはランタンの部品を利用してなかなかに魅力的なエンバンモデルを作り出しさらには写真を通じてそのビジュアルイメージを広めるあたりも実に素晴らしいセンスだ。

ちなみにこの論考にはドレイクさんの本を写した写真が添えられているのだが、そこには何だかよくわからんショボいエンバン写真(?)みたいなのとイラストが載っているばかりでこれじゃあ鮮明なアダムスキー円盤に蹴散らされるヤロと思った。売れる/売れないを決めるのは中味というより見た目でありパッケージングである。コレ、人生の真理である

このほかにもUFO関連の論考はいくつかある。「聖書や仏典とオカルトを結びつけた山本佳人」(原田実氏)は、世界宗教の聖典は宇宙人とのかかわりの中で生まれたものであるというようなバチ当たりなことを『聖書とUFO』『仏典とUFO』などで説いた山本佳人を紹介していて面白かったが、読みながらどうせなら『コーランとUFO』も書いて欲しかったがそこはやはりビビったのだろうかなどと想像を逞しくした。

また「関口野薔薇と十菱麟――昭和三〇年代の精神世界の探究者たち」(中根ユウサク氏)は怪奇超常方面の古書蒐集家の手になるもので、戦後オカルト言論人としてUFO言説にもチラチラ名前が出てくるけれども強烈な字面に比して事績がイマイチよくわからんかった関口、十菱両氏とその周囲の人物群像を描いていてオレ的には学ぶところ大であった(それとこれはどうでもいいことだが十菱麟は「AZ」シリーズと称した書籍を出していたそうだがそうすると1980年代から90年代にかけてであったか新人物往来社が出していたオカルト雑誌「AZ」というのは十菱リスペクトとかそういう意味があったのだろうか? ちょっと気になった)。

このほか「『逃げろツチノコ』前史」「雪男探検史」といった記事はなかなか読ませる文章で、そのいずれも執筆している黄之瀬寛朗氏なる書き手を知ったのもひとつの収穫ではあった。

ということで総じていえば今回の本はとても好感を持てたのだが、逆にいうとマイナーなオカルト奇人変人列伝というコンセプトが前面に出ているだけにあんまり予備知識のない人にはなかなか取っつきにくい面があるのではないか。じっさいこの本にはオレが全然知識のないネタも取り上げられておりそこでは調べたことを全部ぶち込まんと納得がイカンということなのか文中にやたら丸カッコを入れまくったり細かい脚注を付しているが故に読みづらく一体何を言いたいのか全然わからぬまま途中で読むのを断念したのもあった(もちろんそういう論考もいわゆるオタク的偏愛をもつ読者には歓呼の声をもって受け入れられるのであろうが)。いわば読者を選ぶ本ということか。そして少なくともオレについていえばこれは一部ついてけない部分があるのは事実にせよ「2200円を投じて読むに値する本」であった。(おわり)

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たまにはブログも更新せねばただでさえ限界集落状態なのにさらに寂れてしまうと思いつつ最近は寄る年波で根気がなくイロイロ書く気力がなくなってきた。

なので今回は、むかし書いた原稿でも載せてお茶を濁したるか――ということで、2022年11月刊行の超常同人誌「UFO手帖7.0」に書いたテキストを転載することにした。これは要するにジャック・ヴァレが2021年に出した『Trinity トリニティ』の書評である。

実際のところ、この書評は当ブログにかつて書いたジャック・ヴァレ『Trinity』を読むという一連のエントリーの短縮板のようなものであるし、さらにいうと、この本についてはダグラス・ディーン・ジョンソンというアメリカの研究家がヴァレの主張を揺るがす事実を幾つも指摘しており、そのあたりを解説した『Trinity』批判を読むという記事も当ブログで別途執筆してきたところである。

そういう意味では今回転載するテキストに新味はない。ないんだが、彼の年来のファンであるオレにとっては『Trinity』というのが様々な感慨を催させる一冊であったのは事実だ。そこから浮かび上がってきたものをひと言でいえば、そう、人生をUFO研究に捧げてきた人間の悲哀、といったことになるだろうか。この時の原稿は「そのあたりの思いがいささかなりとも伝われば」ということで書いた記憶がある。以上、なくもがなの述懐ではあった。以下コピペ。




■ジャック・ヴァレ、あるいは老ユーフォロジストの見果てぬ夢について

世界的ユーフォロジスト、ジャック・ヴァレ(1939-)については、これまで本誌「UFO手帖」もしばしば取り上げてきたところである。改めて説明しておくと、彼は「UFOは外宇宙から飛来した宇宙船である」という通俗的・大衆迎合的なET仮説を全否定し、「UFOというのは古くから人類に干渉してきた超自然的存在が飛ばしているものだ」という革命的理論を説いてきたUFO界のレジェンドであるわけだが、そんな業界の大物をめぐって、このところ世界のUFOシーンでちょっとした騒動が起きている。

ヴァレは昨年、イタリア出身の女性研究家、パオラ・ハリスとの共著という形で『Trinity トリニティ』を刊行したのだが、その中で彼はトンデモないことを言い出したのである。曰く、「1945年夏、米ニューメキシコ州サンアントニオにUFOが墜落する事件が起き、米軍はその機体を――そしておそらくはその搭乗員をも――回収していた!」

これが何でトンデモないのかといえば、そもそもUFOの墜落回収事件というのは、例の「ロズウェル事件」がそうだったように「宇宙人が地球に飛来している証拠」として持ちだされてきた経緯がある。確かに、ナゾの飛行物体が墜落したとして、それが大国の秘密兵器とかでない限り「宇宙から来たんじゃね?」と考えるのは自然といえば自然。ということは、ここにきてヴァレは180度方向転換をして、目の敵にしてきたET仮説に宗旨替えしちまったのだろうか? もう一つ、ヴァレはこれまで「米政府はUFOについて何にも分かっちゃいない」という事もずっと主張してきた。墜落UFOを米政府が入手していたのなら、これまた全然話が違ってくるのではないか? 

どうしちゃったんだヴァレ! ヴァレのファンを自認するオレとしては、ここはどうしたって彼の真意を突きとめねばならん。というわけで今回、頑張って『トリニティ』を読んでみた。以下はこの問題の書をオレ流に解読したリポートである。 

まずは本書に拠って、このサンアントニオ事件を簡単に説明しよう。事件が起きたのは1945年8月16日。目撃者はホセ・パディージャ(当時9歳)、レミー・バカ(同7歳)という2人の子供であった。家の仕事で放牧地の見回りに出ていた彼らは、その日、大音響とともに何かが墜落したのに気づく。現場に到着して様子をうかがうと、数十メートル先には長さ10メートル弱ほどの「アボカド形」の物体があり、その脇では頭部がカマキリに似た小人3体がウロウロ動き回っていた。レミーはその際、小人たちの苦痛がテレパシーのように伝わってくる奇妙な経験もしたという。辺りが暗くなってきたので、2人はひとまず家に帰った。だが、一日置いた18日にはホセの父親と知り合いの警官を現場に案内し、この時には大人2人がその墜落機体の内部に実際に入ってもいる(ちなみに小人の姿はこの時にはもうなかった)。 

少年2人は、その後も現場に日参した。物陰から観察したところでは、そこには連日軍人たちがやってきて、辺りに散らばった金属を集めたり墜落物体をトレーラーに積み込んだりする作業に励んでいた。

一週間ほどが過ぎ、墜落物体が搬出された日にも特筆すべき出来事があった。ホセは、軍人たちがいなくなったすきに物体内部に侵入し、パネルに取り付けてあった金属部品をもぎ取ることに成功したのである。英語でいう「ブラケット」、つまり棚受け金具によく似たこの部品は、事件唯一の「物証」として今もヴァレたちの手元にある。 

さて、この事件について2人は長く沈黙を保ってきた。だが、2000年代に地元の新聞記者がその話を聞きつけて記事に書いた。これにティモシー・グッドなど一部のUFO研究家が反応する。とりわけ熱心だったのがパオラ・ハリスで、彼女は2人にインタビューするなど精力的な調査に取り組んだ。一方のヴァレは、たまたまこの事件の話を聞きつけ、彼女とコンビを組むかたちで2018年から調査に合流。今回の新著では、パオラ・ハリスによるインタビュー記録を採録しつつ、その成果を世に問うことになったらしい。 

以上のような事件の概要は、本書を読み進めるうちに徐々に明らかになってきた。だが、評者はこの間、ずっとキツネにつままれたような気分であった。ヴァレといえば、何でも真に受けるビリーバーとは違い、UFO事件の真贋にはなかなかシビアな研究家だとされてきた(と思う)。ところがどうだ。この本でのヴァレは一から十まで目撃者たちの証言を信じ込んでいる! 

実際、ツッコミどころは多い。まず、ちゃんとした物証がない。UFOから持ち帰ったブラケット状の部品も、残念ながらUFO由来のブツとは思えない。というのも、後の分析でこれはありふれたアルミ合金製だと判明しており、形状からしても単なる工業製品の可能性が高い。現にヴァレ自身が「これは軍隊がUFO回収作業中に置き忘れていったモノじゃね?」という意味のことを言っている。

目撃者2人は現場近くでクシャクシャに丸めても元に戻ってしまう形状記憶ホイルや、光ファイバーみたいな繊維の塊も拾ったとも証言しているが、これらはみんなどこかにいってしまって今はない。ついでに言うと、この「現場付近の破片」にまつわる話は「ロズウェル事件」のエピソードを参考にして後付けで語ってるんじゃねーかという疑惑も浮かぶ。ヴァレは「いや、彼らは墜落物体のことを円盤と言わずにアボカド形だと言っているよね。だからパクリじゃねえんだよ」とか言っているが、何だか釈然としない。 

墜落物体の目撃者としては、2人以外にホセの父親と警官もいる。ただし、彼らも事件が公になった時点では亡くなっていた。まさに死人に口なし。もろもろ総合すると、これは年端もいかぬ子供2人が何かのきっかけで奇怪な妄想を共有するに至った事件だったのでは、といった疑念が兆す。 

もっとも、ヴァレにはヴァレなりの理屈がある。決め手はなくとも、この事件には本当に起こったと考えざるを得ない状況証拠がたっぷりあると彼は見ている。どういうことかというと、実はこの事件現場は、第二次大戦の末期、米国が原爆開発のため人類初の核爆発実験を行った「トリニティ・サイト」の北西わずか数十キロの辺りにある。そしてその核実験が行われたのは、事件からピッタリ一か月前の7月16日だった。おまけにアボカド形というのは、当時米軍が開発したプルトニウム型原爆の形状にも似ている。要するにこの事件は、人類の核兵器開発を観察していた何者かが何らかのリアクションとして起こしたものではないか。彼はそう考えているようなのだった。本書のタイトル「トリニティ」は、まさにその点を踏まえている。 

こうしたロジックはとってもスリリングではある。あるけれども、正直いえばこの辺りのヴァレの筆致には、読んでいて老境に入った彼の「焦り」のようなものを感じてしまった。この辺の心境には初老の域に入った評者自身にも若干思い当たるフシがある。年々無情にも年だけは増えていく。いつかはケリをつけようと思っていたあんなこと、こんなことは手つかずのまま。残された時間は刻々と減っていく。焦るのである。そういう宿命から逃れられないのは、いかな鬼才ヴァレとはいえ同じことである。 

そこで彼の心の動きを忖度してみると、おおよそこんな感じではなかったのかと思う――UFO研究に身を投じて70年。しかし、その正体はいまだ判然としない。自分が生きているうちに進展はないのかもしれない。そう思っていたところで出会ったのがサンアントニオ事件。調べてみればこの事件、何と人類初の原爆実験があった場所・時代ときびすを接するようにして起こっている。これは偶然なんかじゃあり得ない。この事件は間違いなくホンモノだ! 

評者の脳裏には、いささか浮足立ってしまったヴァレの姿が浮かぶ。しかし、「ヴァレは変節したのかどうか」という一点から本書を読み進めていくと、我々は重要なことに気づく。一見奇矯なことばかり言っているようではあるが、彼は決して従来の主義主張を捨て去ったわけではなかった。とりあえずET仮説についていうと、彼はこれをキッパリ否定してこう書いている。 



我々はUFO現象を考える際に大きな誤りを犯してきたものと私は考えている。第一の大きな誤りというのは――UFOが実在するとしての話だが――別の可能性を排した上で「この現象は他の惑星から宇宙を越えてきたエイリアンに起因しているに違いない」と仮定したことである。



「米政府はUFOのことが全然分かっていない」という主張も別に撤回したわけではないようで、「捕獲したUFOは人間の知識レベルでは決してリバース・エンジニアリングができないようなシロモノだったのでは」みたいなことを書いている。そのテクノロジーがあまりに高度だったため、米軍も飛行原理などは全く解明できずに終わってしまったという理屈なのだろう。相当強引な主張だと思うが、ともかくそういうことを言って彼はツッパっている。 

結局、ヴァレの思想の根幹は微動だにしていないのだった。むろん「じゃあ結局UFOって何なのよ?」という大問題は残る。そこについては流石に明快な説明はできず、以下のように禅問答のような自問自答を繰り返しているのだけれど、そのロジック自体はやはりこれまでの主張をほぼ踏襲したものと言ってよい。 



その物体が単に物理的な乗り物というより、一種の情報物理学(これは今日生まれつつある科学である)の産物であったとしたら? それは物理的なものでありつつ、同時に――より良い言葉がないのでこう言うのだが――「サイキック」なものでもあるとしたら? 人類初の大規模かつ歴史的な原子力の解放があってから1か月後、古代からの伝統ある場所にテレパシーを使う奇妙な生きものを配置して、それはなにをしようとしたのか? 




それは我々が原子力を発見したことに対する直接的な返答だったのか? 希望に満ちた対話の始まりだったのか? それともメッセージだったのか? それは、我々が今後生き残っていくためのささやかな可能性を受け取れるよう、外部にいるアクターが求めていた反応――つまり我々の精神を強制的に開放し、我々の傲慢を取り除き、人間とは違うものの意識に耳を傾ける機会を設けることで或る種の反応を引き起こすべくパッケージされたものだったのか? 




もし連中の乗り物が墜落するよう意図されていたとしたら? それが贈り物だったとしたら? あるいは何らかのシグナルだったら? あるいは警告だったとしたら? 戦略的な対話に向けての希望を託した第一歩だったら? それは我々がいま用いている基本的な語義の通りの「宇宙船」ではなかったとしたら? 連中がその搭乗員の生死など気にかけていないとしたら? 



要するに彼は「UFOというのは物的存在でありつつ超常現象の側面も持つ存在であり、何者かが人類に何らかの影響を及ぼすべく飛ばしているものだ」ということを言っている。ただ今回、彼はこうした自らの理論にサンアントニオ事件を強引に「接ぎ木」した。UFOには物理的側面と超常的側面があるというのは先に述べた通りだが、この事件をホンモノと認めたことによって、少なくとも彼の主観の中では物理的実在の問題はクリアされたはずだ。おそらく彼は「一歩進んだ」と考えている。「とりあえず僕はここまで突き止めたよ。あとは頼むからね」。ヴァレの真意はおそらくその辺りにある。 

「いささか早まってませんか?」とは思う。けれども、ヴァレがこの事件に或る意味「賭けた」心境は分かる気がする。そしてファンの目からすれば、一点突破した地点から彼が構築していく世界には、何だかよくわからないけれども深いことが語られている神話のような魅力があるのも確かなことなのだ。仮に彼が想定しているような知的存在が本当にいて、1945年の夏にUFOの墜落というかたちでメッセージを送っていたのだとしたら、「彼ら」はいまの地球をみて何を考えているのだろう。ついついそんなことを想像してしまいたくなる。 

おそらく本書は、今秋83歳を迎えるヴァレにとって最後の著作になるのでは、という予感もある。これがあなたの到達点なのですね。ともあれ長年お疲れさまでした――全巻を読み終えた今、評者の心中にはそんな言葉が自然と浮かんでくるのだった。(おわり)

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 前回のエントリーで触れたように、今回は現代のUFO問題を論じたアメリカのドキュメンタリー「UFOs: Investigating the Unknown」というテレビシリーズについて感想を書いてみたい。
 制作はナショナル・ジオグラフィックで、これは日本でも「UFO:人類最大の謎を解明せよ!」というタイトルでCSのナショジオが放送しているようだ。メインテーマは「UFO問題に対して米政府はどんな対応を取ってきたか」といったところなのだが、同時にストーリー中で過去の名高いUFO事件の顛末を紹介するなどして視聴者を退屈させない工夫もしている。ググったところ2023年にシーズン15話)、2025年にシーズン26話)が放送されているが、今回オレが見たのはシーズン1。コレはYouTubeで観ることができる。監督はリッキー・スターン(Ricki Stern)という人物である。

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 で、あらかじめ言っておくと、この番組はどうやらUFOジャーナリストのレスリー・キーンが監修というか制作協力で一枚かんでいるらしく、彼女は番組中にも狂言回しのようにして再三登場してくる。前回もチラッと触れたように彼女は「米政府は隠れてUFO調査をしていた!」という2017年のニューヨーク・タイムズのスクープを執筆した人物なのだが、そのキャリアは付け焼き刃ではない。「UFOをほっといたら国家安全保障とか考えてもヤヴァイやろ。アメリカ政府はキッチリ情報公開してオープンに調査せんとアカンよ」というのが年来の主張のようで、たとえば2010年に出した「UFOs: Generals, Pilots, and Government Officials Go on the Record」という本では、世界各国のパイロットやら軍関係者やらのUFOについての証言を集めて米政府の尻を叩いている。ちなみにコレは『UFOs 世界の軍・政府関係者たちの証言録』(2022、二見書房)というタイトルで邦訳も出ているので、関心のある方はお読みになるとよかろう。

 さて、そういうアタマでこのドキュメンタリーを観てみるとじっさいコレはキーンの主張をなぞるようなかたちで展開していることが分かる。信憑性のある事件が幾つも幾つも起きている。しかし米政府はちゃんと調査しない。なんでもウヤムヤにしようとする。考えてみるとUFO問題はずっとそんなふうにして放置されてきた。これからはもうそういうのやめようや――全体としてこういうストーリーになっている。

 かといって、キーンは「ロズウェルに宇宙人のエンバンが墜落した!」「米軍は生きた宇宙人を捕獲している!」みたいな怪しげな話を肯定しているわけではない。そこは抑制が効いていて「UFOは宇宙人の乗り物だろ」みたいな軽はずみなことも口走ったりはしない。要するに穏当かつ中庸。オレのようなUFO問題評論家(笑)の目からみてもまぁまぁ真っ当な人物である。結果、このドキュメンタリーはまずまず出来のよい作品となりおおせているのだった。

 ただこれはちょっと下世話なはなしになってしまうのだけれども、彼女はUFO研究家として知られた故バド・ホプキンスと彼の最晩年に付き合っていたらしい。ご存じの方も多かろうが、ホプキンスというのは「多くのアメリカ人はエイリアンによって誘拐され生体実験を受けている」という主張を展開していた業界の大立者。要するに科学的・合理的なUFO研究を唱える彼女と、かなり怪しいことを言っている彼とでUFO観は水と油だと思うのだが、さてお二人さんはそれでうまくやっていたのか? ヒトサマの恋路に口をはさむのはヤボではあるが、なんだかUFOをめぐる人間模様のナゾということでこの辺のことは前々から気になっている。

 いや、まぁそんなことはどうでも良いのだった。ということで以下、各話の内容を簡単に紹介してみたい(日本語タイトルはナショナル・ジオグラフィック日本語版による)。

 

1Secret Pentagon Program 「国防総省 UFO極秘調査」
 この回は、おおむねキーンが問題のスクープを放つまでの顛末をたどるようなストーリーになっている。どういうことかというと、そもそも1969年のプロジェクト・ブルーブック閉鎖以降、米当局は公にはUFOの調査研究はやっていませんよと言ってきた。ところが2007年、政府は「先端航空宇宙脅威特定計画」(Advanced Aerospace Threat Identification Program AATIP)なるプロジェクトを密かに開始する。ここにスタッフとして召集されたのが諜報畑の軍人ルー・エリゾンド。彼は番組中、自分は様々なUFO事件についての驚くべき情報に触れてきたというようなことを語る。

その代表例として紹介されるのは2004年のチクタク事件である。これも知ってる人は知ってると思うがカリフォルニア沖で複数の米海軍パイロットが航空機にはあり得ない直角ターンなどをみせる円筒形の白い物体(らしきもの)が飛んでいるのを目撃・撮影したという事案なのだが、番組内では当事者のパイロットであるところのデヴィッド・フレーバー、アレックス・ディートリック、チャド・アンダーウッドがその体験を語っている。当然その正体は不明のままであったんだけどね。

で、番組中エリゾンドの語るところによれば「こんな事件があるとは国防上の一大事。マティス国防長官にブリーフィングせねば!」とやっきになったのだけれども何か上のほうから「国防長官がUFO情報の報告を受けたとなるとイロイロまずいやろ」とか言われて止められてしまう。エリゾンドは「なんだなんだ、国のために思うてやってんの妨害しやがって。こんなんやってられんわ。軍人やめて民間の立場で政府突き上げたろ」と決意。2017年に退役して、ちょうどそのころキーンと出会って「かくかくしかじか」という説明をしたところ、彼女としては「あらまあ大変!こっそり調査して重大事件とかも掴んでたのに公開してなかったのね!わたし書くわ」という話になる。キーンはプログラムの仕掛け人だった上院議員のハリー・リードに当たって裏を取り、201712月、「米軍ったらウソついてこっそりUFO調査してましたわ」というスクープを放ったのであった。

ちなみにこのスクープに際しては、電子版で米海軍の撮影したUAP映像も併せて公開されたので(のちに海軍もホンモノと認めることになる)メディアも食いついた。「なんだイロイロあるやんか、情報公開しろや」とか議会も騒ぎ出し、結果2022年に調査機関「全領域異常解決局」(All-domain Anomaly Resolution Office : AARO)が立ち上げられるなどして、UAP問題はいぜんザワザワしたかたちで今日に至っている。

・・・とまぁこんな話なのだが、番組にはUFO情報公開に熱心な元米国防次官補のクリストファー・メロン、上院議員のカーステン・ジリブランドなんかも登場する。要するにいま何でUAP問題が騒がれているのかの全体像を示すのがこの回の狙いということなのだろう。導入部としてはまずまず妥当な内容といえるだろう。

ただ、ちょっと気になるのはここで登場するルー・エリゾンドの存在である。番組を観る限りではマトモな元軍人さんのように描かれるのだが、実際はUFOにかんしてスゲー怪しいことを公言している人物でもある。確かUAP問題をめぐって行われた昨年の議会公聴会だったと思うが、彼は「米軍は人間が作ったものではないナゾのUAPを捕獲してリバースエンジニアリングやってるそうです」「その乗り物と一緒に何やら人間じゃない生命体もつかまえたそうです」等々、かなりぶっ飛んだ発言もしている。もちろん物証とかはない。まぁレスリー・キーンにしてみりゃネタ元だし、スクープのきっかけを作ってくれた人ではあるので「カゲキなことは言わないでネ」かなんか言い含めて登場してもらったんだろうけど、オレのように懐疑的な視点をもつ人間からすりゃ「あ~エリゾンド出てるじゃん。エエのんか?」ということになってしまうのである。かように若干の危うさを感じさせつつシリーズはスタートする。

 

2Giant UFO in Texas 「テキサス州の超巨大UFO」

 各話を簡単に紹介するとか言っておいていきなり冗長になってしまって申し訳ありませんが(笑)ここからは簡潔にいきます。

 さて番組はここから、これまでのUFOの歴史をたどりつつその都度米当局はどんな対応を取ってきたか――みたいなモードに入っていく。この回で一つのフックとして取り上げられるのは2008年にテキサス州で起きたスティーブンビル事件である。これは一説に全長1.6キロ(!)とも言われる超巨大UFOが多数の人間に目撃されたといういかにもアメリカンな事件なのだが、ここではまずは自らもパイロットだという或る目撃者の証言を紹介。ここではUFOの後をF16戦闘機が追尾していったみたいな興味深い話も出てくるのだが、つまりこれは「米当局はイロイロ事件について知ってるハズなのに何か隠している」ということを暗に言いたいのであろう。ちなみにここでは事件のナゾを追った地元紙「エンパイア・トリビューン」のアンジェラ・ジョイナー記者という人も出てくるのだが、そんなネタに一生懸命になったために編集長に睨まれてしまったという話になっていて、加えて彼女は新型コロナで早世してしまったのだという。何だかかわいそうな人だなあという印象を抱くのだが、この辺には番組を陰で仕切ったレスリー・キーンの「同志」への思いがにじんでいるようでもある。

 さて番組は、ここから「じっさいアメリカ政府の調査って穴だらけだったよね」という話になっていく。とりわけ槍玉に挙げられるのは1953年のロバートソンパネルである。これはUFO問題への大衆の意識の高まりを反映して「じゃあ政府としてはどうしたらええのん?」ということでCIAが科学者を集めて開いた会議であったワケだが、実際には「UFOの飛来とかで大衆がパニックになったらソ連の思うツボや」といった問題意識から「UFOなんて脅威やないし研究したからって科学に貢献するわけでもない。ほっときや」という結論となり、要するに大衆から情報を隠蔽する方向に向かう。さらに、空軍の調査機関ブルーブックにコンサルタントとして参加しており、のちに「ユーフォロジーのガリレオ」とまで言われた天文学者アレン・ハイネックも当時は「やっつけ仕事」をしていたという文脈なのだろう、1966年のいわゆる「ヒルズデイル事件」でハイネックが「光ってたのは沼地ガスが燃えたンじゃね?」といってヒンシュクを買った話も出てくる(余談ながら当時ミシガン州の上院議員でのちに大統領になったジェラルド・フォードがこの時「おいイイカゲンな説明すんじゃねーぞゴルァ」といって凄んだのは有名な話である)。もっとも、続く第3話はそんなハイネックが「いやいやいや、よくよく考えるとUFOってそんな軽く扱っていいものじゃないよね」と「回心」するというストーリーになっているのだけれど。

 

3Close Encounters at Nuclear Bases 「核ミサイル基地を狙うUFO

 ということで、第3話の隠れテーマは「ハイネックという男」とである。ここで当時の状況を説明しておくと、政府は1960年代後半、「国民も五月蠅いしここは一つUFO問題を徹底的に考察してみようじゃないか」という意図で「コンドン委員会」なるものを立ち上げたのだが、リーダーの物理学者、エドワード・コンドンというのがもともとヤル気も関心もない男だったようで、結論は「UFOの調査・研究したって意味ないじゃん」ということになる。これを受けて1969年に空軍の調査機関ブルーブックは閉鎖。科学コンサルタントだったアレン・ハイネックもその地位を失うことになるのだが、この番組は、宮仕えのためなかなかモノを言いづらかったけれども「UFO問題は重要だ」と考えるに至ったハイネックにとってこれはむしろ良いタイミングだったというような見方をしているようだ。

 で、そんなストーリーと平行してこの回で紹介される事件は米国のICBM基地にUFOが飛来したできごとである。具体的には1966年のノースダコタ州マイノット空軍基地、67年のモンタナ州マルムストローム空軍基地での事件だが、たとえばマルムストロームではその飛来に伴って核ミサイル10基のシステムがダウンしたとされ、番組では当時中尉として基地にいたロバート・サラスといった人々の証言も紹介している。ちなみに、このロバート・サラスが重い口を開いて自らの体験を語り出したのは事件から半世紀を経た1994年だったという。UFOについて発言することは政府のせいで嘲笑を浴びたり非難される危険をはらんでいる。だからこそ、とりわけ相応の地位にあった者は知っていても語れないことが多いのだ――ここに込められたのはそんなメッセージなのかもしれない。

 番組では次いでハイネックを視野に入れつつ70年代以降のUFOシーンを追う。74年、彼は民間UFO研究団体CUFOSを設立する。彼の提唱したUFOとの「接近遭遇」という概念をキーワードとしたスピルバーグの映画「未知との遭遇」も公開される。83年にはニューヨーク州ハドソンバレーにブーメラン型のUFOが出没。数年後にはベルギーでこれとよく似た巨大三角形UFOが目撃される。ハイネックは86年に没する。一時代は終わった。しかし、尋常ではない目撃事件が絶えることはなかった。

 

4Citizens Take Charge 「目撃者たちの声」

注目すべきUFO事件は引き続き起こっていた。この回ではそんな事例の幾つかが紹介される。

 まずは日本でも有名な1986年のアラスカ日航機事件である。これはパリから東京に向かうボーイング747機が巨大UFOに遭遇した事件だが、番組には米連邦航空局で調査部長として調査に当たったジョン・キャラハンも登場。CIAから「事件について口外するな」と命じられたという証言をしている。次いで紹介されるのは1997年に起きたフェニックスライト事件(アリゾナ州)。この事件にかんしてはファイフ・サイミントン州知事が記者会見を開催したものの、会場にエイリアンのかぶり物をかぶった人物を呼び込んで記者団の笑いをとるというエピソードもあった。要するに州政府も真面目に考えてはいなかったということだろう。

ことほど左様にアメリカの当局はUFOを隠蔽・嘲笑の対象にしているのだけれど、国外に目を転じればその対応ははるかに真摯である――そのような文脈で、番組は他国のUFO事情を紹介している。フランスでは国立宇宙研究センター内で科学的な調査が行われている。チリ政府は異常航空現象研究委員会を設立した。コスタリカでは国立地理研究所が空中撮影中にナゾのUFOを撮影している。要するにアメリカももっと真面目にやれというのである。

番組は次いで200611月のシカゴ・オヘア国際空港事件にチラッと触れるのだが(ちなみにこれは空港上空に出現した円盤が雲を穴を開けるようにして上空に飛び去った事件である)、最終的に一連のストーリーは番組の陰の主役、レスリー・キーンの動きと連動してくる。彼女はUFO関係の映像作家であるジェームズ・フォックスと手を組み、世界各地のパイロット、軍関係者などを集めてUFOについての証言をしてもらう記者会見の開催をもくろむ。それをテコにアメリカ政府に再びUFO調査を開始させようというのである。これがワシントンDCで実現したのが2007年(実は先に触れたキーンの著書『UFOs』というのはこの記者会見に呼ばれた人たちの証言が元になっている)。奇しくもこの2007年というのは、キーンの知らぬところで先に触れた秘密のUFO調査プログラム「先端航空宇宙脅威特定計画」が始まった年でもあった。いわばこうした前史を経て2017年にキーンのスクープは炸裂することになる。

 

5Government Breaks Silence 「沈黙を破るアメリカ政府」

かくて時代は現在へといたる。第1シーズンの掉尾を飾るこの回は、いま・このときUFOシーンはどんな状況にあるかを追っていくのだが、そこで「ジンバル事件」が紹介されるのは故なきことではあるまい。ご知の方も多かろうが、このジンバル事件というのは2015年、バージニアビーチ沖で訓練中の米艦船の前にUFOが出現した事例で、先に紹介したチクタク事件同様、米軍戦闘機によってその映像が撮影されたことでも有名だ。その映像は「ジンバル」と称されており、チクタク事件におけるUFOの映像(こちらは一般には「FLIR」と呼ばれている)とともにニューヨーク・タイムズのスクープの際に広く公開されたものである。おおいに世間を騒がせつつ今にいたるもその正体が必ずしも明らかになっていないジンバルはある意味、現代におけるUAP問題を象徴するアイコンなのである。ここで登場する関係者は海軍パイロットで目撃者のライアン・グレイブス。「物体」は「立方体に収まった球体」などと表現されている。まさにナゾである。

ともあれ、新たな展開をみせたUAP問題は米議会を舞台に議論を巻き起こす。情報公開や調査の徹底を求める議会の突き上げもあり、2022年にはこの問題を一元的に扱う「全領域異常解決局」(AARO)が設置されたが、時間的な制約もあってか、番組ではこの点についてはほとんど触れていない。ただ番組の――というか「キーンの」というべきなのかもしれないが――スタンスは総じて政府の姿勢に懐疑的である。2013年、プエルトリコ・アグアディアでは米国土安全保障省が正体不明の飛行体を撮影する出来事があったが、番組は「同省はその解析を空軍におしつけ、空軍はこれをさらに民間の「UAP研究科学連合scientific coalition for UAP studies」に押しつけた」などといって批判している。まだまだヤル気がないといって怒っている。

おそらくはそんな流れで、番組ではUAPの「残骸」を分析している研究家の活動に触れる。要するに「政府はそこまで手を広げてほしい」ということなのだと思うが、ここでオレは若干の違和感を覚えた。ここに出てくるUAPの残骸を調べている研究者というのは具体的にいえばスタンフォード大のゲイリー・ノーランとUFO研究界のレジェンド、ジャック・ヴァレであるが、よくよく考えると「UAPの残骸である」と断定できる試料などというものは果たして実在するのか。残骸がある以上は本体がなければならない。物質としてのUAPが確認されていないところで何故残骸だけが存在し得るのか。番組中で両氏は、UFOが空中爆発したとされる1957年のブラジル・ウバトゥバ事件で降り注いできた(とされる)破片の分析結果を示し、地球上では考えにくい結晶構造が見つかったとしている。仮にこれが本当だとして、しかしそれでもその破片がUFO由来と断ずることは今となってはほぼ不可能だろう(これとは直接関係ないが、1897年にテキサス州オーロラで「宇宙船」が風車に激突して墜落したというされるいわゆるオーロラ事件というのがあるのだが、これまでほぼでっち上げというのが定説だったこの事件についても、最近のヴァレは信憑性を認めているようで破片の検索・分析みたいなことをマヂで始めているようだ。人生晩年に至り「せめてあと一歩前に進みたい!」ということでさすがのレジェンドも判断が甘くなっているのではというのがオレの見立てだが、ここではそれ以上は言わない)。

番組ではこのほか、ハーバード大のアヴィ・ローブが外宇宙から飛来する物体を観測するため始めた「ガリレオプロジェクト」を紹介したり、物理学者のカク・ミチオに「UAPは水中に潜る。海底にナゾがある」みたいなことを言わせたりしている。最後に出てきたキーンは「他の惑星から来たということはないんじゃない?」みたいなことも言っていたが、もうこの辺は言いっぱなしで終わる。

ということで、最後に少し腰砕けになってしまったし、例のルー・エリゾンドがたびたび出てきてコメントするのが気に入らなかったりしたのだが、とりあえず「ロズウェルで宇宙人捕獲」みたいなウルトラデマは排して「米政府ちゃんとせいや!」と言ってる限りにおいてはまずまずよくできた啓蒙番組であった。ちなみにこのあとに作ったシーズン2というのもあるようだが、そっちはかなり怪しい証言者を引っ張り出してきて如何なものかという評もあるようだ。機会があればみてみたい。

 

 まぁしかし、お手軽に視聴率とか上げたいのであればそれこそ「アメリカの矢追純一」ことジョージ・ナップみたいなノリで「生きた宇宙人が捕まった!ジャラーン♫ ←ジングル」とかやれば良いのだが、敢えてそういうことはしないでこういう番組を作るというのは流石腐ってもタイのアメリカである。いつも言っていることで恐縮だが、対して日本のUFO番組ではこういう問題の基礎を固めてからおはなしをしましょうネというようなモノはまずない。UFOだからバカ番組でイイとはいわず、もうちょっと知的な番組を作ってもらえればうれしいのだが何とかなりませんかね。

 

 

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いわゆるUFOを取り上げた番組は日本でもしばしば放送されているけれども、オレのようなスレたUFOファンからすると何だか物足りない思いをすることが多い。だいたいどっかから拾ってきたUFO映像を流し、ひな壇タレントが「ありゃ不思議!」みたいなことを言ってオシマイというパターンが多い。中には詐欺師が出てきて「UFO呼び」の呪術をしてみせる低脳番組もあるようだ(まぁそういうのはハナから見ないけれども)。

どうせやるならそういうんじゃなくて、「いま・この時代においてUFO問題というのはどういう風に考えるべきなのか」みたいな骨太な問題提起をしてもらいたいのだが、まぁしょせん場つなぎのヒマネタ・面白ネタとしてUFOが消費されているわが国のメディア状況では所詮ムリな注文なのだろう。

と、そんなことを思っていたところで、このあいだオレの期待にこたえてくれるようなちょっと骨太なUFO番組が放送された。8月2日にNHKが「地球ドラマチック」枠で放送していた「UFOの正体 〜科学者たちが迫る最前線〜」である。ただこれは(当然というべきかもしらんが)別にNHKが作ったワケではなくてもともとアメリカの番組である。

制作はWGBH Educational Foundation / Terri Randall Production。原題は「What Are UFOs?」で今年1月に公共放送サービスPBSが放送したものらしい(日本版に編集が入ってるかもしらんがソコはよくわからない)。

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で、これはまさにUFO問題についての啓蒙番組であった。基本的には世界を騒がせたUFO問題がこれまでどういう経緯をたどってきたかを探るもので、45分弱という尺の中で1947年のケネス・アーノルド事件から今にいたるまでの動きが要領よくまとめられているワケだが、ここで長い尺を使ってスポットを当てているのは近年のアメリカUFO事情である。

ここのところを簡単に説明しておくと、現在アメリカではUFO――というか手垢のついたこのコトバはやめてUAPというコトバを使おうという流れになっているのだが――への関心が再び盛り上がってきているのだが、一つのきっかけとなったのは2017年末にニューヨーク・タイムズが飛ばしたスクープだった。それまで米当局は「現在UFOの調査はしておりません」と言っていたのであるが、実は2007年以降、彼らはこっそりと予算をつけて調査を行っていたことがココですっぱ抜かれてしまった。と同時に、このスクープにあわせてNYタイムズは米軍が撮影したというUFO映像をも公開した(のちにこれらの映像は米当局もホンモノだと認めることになる。「チクタク」とか「ジンバル」とか「ゴーファスト」とか愛称で呼ばれることになる一連の赤外線撮影映像である)。

要するに米軍はUFO映像とかも撮っているし、調査も始めている。二枚舌使うんじゃねえゾ、いったいどうなってるんだという話で、議会筋も騒ぎ出す。そこからいろいろ曲折もあるのだが、全部すっとばしていうと米政府は2022年に「全領域異常解決局 AARO」とゆー組織を作ってUAP現象の調査・分析に乗り出している。というか乗り出さざるを得なくなった。

番組はその辺の流れを追いつつ、「UAPって何なのよ」という疑問にこたえるべく前述のチクタク事件にかかわったアレックス・ディートリック、ジンバル事件のライアン・グレイブスといった元海軍パイロットに証言させたり、あるいは合理的な説明ができないか試みている懐疑論者ミック・ウェストを登場させて例のチクタク&ジンバル映像にかんして様々な仮説を紹介したりもしている(初代AARO局長のショーン・カークパトリックを起用してプエルトリコのアグアディアで2013年に撮影されたUAP映像のナゾ解きをさせているのも面白い)。で、最終的には「でもまだよくわからない。だからちゃんとデータを集めてこのナゾに挑んでいきましょう」みたいな地点に落ち着いているのも、まぁ妥当であろう。

要するにUAP問題を面白ネタとして消費するようなノリではない。知的である。もちろん日本人にとっては「いま・ココ」で生起しつつある現象とはいえないから切実感が持てないのも確かなのだろうが、国内でもこれぐらい啓蒙的な番組を作れないか。最初に「日本のメディアにはムリな注文」とか思わずホントのことを書いてしまったが、よくよく考えるとNHKには毎月バカ高い受信料を払っている。ムリを承知で言うのだがなんかうまいこと上層部をだまして「NHK特集」でやっていただきたい。

【追記】
なお、最近たまたま「UFOs: Investigating the Unknown」というTVシリーズがあるのを発見して1stシーズン5話を見終わった。上述のNYタイムズの歴史的スクープを飛ばしたジャーナリスト、レスリー・キーンを狂言回しに据え、やはりUFO問題の歴史的経緯を振り返りつつ近年の動きをまとめた番組だったが、こちらも「捕獲された宇宙人」みたいなバカ話はしない比較的抑制の効いた内容でなかなか良かったので、そのうち感想など書いてみたい(というか実際はこの「UFOs」の感想文を書こうと思い立ったところで「あ、そういやこないだNHKでやってた番組も良かったなー」と思ってまずは備忘録代わりのエントリーを書いたという次第)。
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 このたびの参院選では新興のカルト政党が大躍進した。明らかなデマを撒き散らすことによって大衆の感情を動かすその手法は、この手の策謀に対する現代社会の脆弱さを改めて指し示したようでもある。

 ここでUFO者としての小生が連想したのは、UFOの世界においても一定の影響力を保ってきたカルト的集団の存在である。たとえばユーフォロジーの世界におけるビッグネームであるところのジャック・ヴァレは1970年代、その種のカルトの危険性というものを著書『欺瞞の使者 Messengers of Deception』で説いた。ちなみにここでヴァレが取り上げたUFOカルト「ヘヴンス・ゲート」は1997年にいたって衝撃的な集団自殺事件を起こし、同書が時代を予見したものとして改めて評価されたことはよく知られているところだ。


 何を言いたいのかというと、いささか我田引水になってしまうが、こうしたカルトの伸張という問題にかんしては、フリンジ・カルチャーと目されがちなユーフォロジーの知見が実はけっこう考えるヒントになったりする。

 そんなこともあるので、今回はこの『欺瞞の使者』の巻末にある「エピローグ」を紹介してみたいと思った。もっともエピローグとはいってもこれを書いたのはヴァレではなく、ハワイ大学社会学部教授・デビッド・スウィフトである(どういう人物かは全然知らん)。なんで敢えてデビッド・スウィフトなのかというと、同書の内容はそれなりに屈曲していることもあるので、その概要を知るには内容を簡潔にまとめたこのエピローグがむしろ格好だと思ったからである。重ねていっておくが、ここで語られていることは決してUFOカルトにのみ当てはまる話ではないのである。



■ハワイ大学社会学部   デビッド・スウィフト教授

 本書は、UFOに関して主流をなしている二つの仮説に対して異議を投げかける、もう一つ別の説を提示している。一方にある懐疑的見方はUFOの実在を否定する――そういったものは単なるインチキか幻覚、さもなければごくふつうの物体や自然現象を誤認したものだという。もう一方のアプローチは、UFOは実在しており、それは他の惑星からきた宇宙船なのだという。ジャック・ヴァレも「UFOは実在する」と結論づけてはいるが、それは宇宙船などではないと考えている。彼は、それは人間の信仰を操作するための物理的装置であり、その操作にあたっているのは、この地球上にいる人間なのではないか、ということを示唆しているのである。

 我々はそのような説明をどう考えるべきなのだろう? 論拠不十分なのではないか? こじつけなのではないか?

 そうも言える。だが、それは他の仮説にあっても言えることだ。UFOについて満足のいくような説明というのは一つとしてないのである。確かにその実在を否定するのは難しい――あまりに多くの天文学者、パイロット、航空管制官、その種の物体を識別する訓練を受けた人々がそれを目撃し、写真に撮り、あるいは光学機器で追跡するような体験を重ねてきた。とりわけ、レーダーと目視によって確認された目撃事例を退けることは困難だ。

 しかし、UFOが実在するのであれば、それはいったい何なのか? 地球外起源説には重大な瑕疵がある。宇宙船を建造出来るような存在が宇宙のどこかに住んでいるというのは、ほとんどありそうにないことだ。* だが、宇宙について今日我々が理解しているところによれば、その惑星系を飛び出して彼らがやってくるためには、ほとんど不可能と思えるほどの時間、ないしは高速での移動を必要とするはずだ。そればかりか、ヴァレの観察によれば、たまたま居合わせた地球人と遭遇したUFOの搭乗者が、ひどく狼狽したところをみせた着陸事件が数多くあるのだという。となると、我々としては、そのような目撃事件が人為的に仕組まれたものである可能性を考えねばならない。

訳注:本文には「unlikely ありそうもない」とあるが、文脈からいえば「likely ありそうなことだ」が自然。誤植か?

 ヴァレの仮説にも欠点はある。それは「UFOの目撃を引き起こしているのは誰か」「それはどのようになされているのか」といった点に答えていないのだ。しかし、それは他のアプローチと同じほどには納得のいくものであるし、他に比べて、より優れている点もある――それは信頼すべき何千人もの目撃者から寄せられた報告を否定するようなことはしていないし、我々の今日知っている物理法則にも違犯することがない。加えて彼の仮説は、この現象の背後に「ある計画」が存在することを示唆し、UFOの目撃が社会に重大なる帰結を与えうることを示してもいる。

 だが、こうした社会的な帰結について検証していく前に、読者の理解を助けるために、ここでヴァレ自身の科学者としての資質についてザッと触れておくことにしよう。

  ヴァレはたぐいまれなる科学者である。彼は科学の方法論を固く信じているのだが、それをこれまで伝統的に用いられてこなかった領域に適用しようとしている。彼は天体物理学で修士号を、コンピュータ科学で博士号を取得した。彼はスタンフォード大で情報システムの研究責任者を務める一方、UFOに関する本も5冊執筆してきた。その研究の初期にあってはUFOの報告事例について分類カテゴリーを整備するよう提言し、それらを広範な地理的・歴史的コンテキストの中に定位してみせた。近年になるとその分析は、UFO自体というよりは、目撃体験や社会に対するその影響といったものに力点を移すようになってきた。そうして彼が発見したのは、人を不安に誘うような内容のものである――空飛ぶ円盤のカルトに集う信奉者たちは、我々の文化に影響をおよぼす重要なひとつのファクターになっているのかもしれない、というのだ。地球外生命体とのコンタクトが行われているという信念を抱くビリーバーたちは「操作される」危険に晒されており、そうした信念は、現行の確立された諸制度を毀損したり破壊したりする可能性のある、革命的な運動へとつながっていく可能性を秘めているのである。

 ヴァレはここで、「宇宙のどこかには生命が存在するかもしれない」と考えている多くの人々のことを言っているわけではない。さらにいえば、彼が直接の関心の対象としているのは、正体不明の奇妙な現象が空中で起きるのを見た多くの人々でもない。そうではなくて、ヴァレはここで、より小さなグループ、つまり空飛ぶ円盤から重要なメッセージを授けられたと称しているコンタクティーたちに焦点を当てているのだ。このようにしてヴァレが剔抉したことから一般論を引き出すとすれば、それはまずもって我々の抱える複雑な問題に対する単純明快なる解決法を提示している。ヴァレはこう警告する。「地球外生命体の介入は平和や、喜び、救済をもたらしてくれる」「円盤は我らがスペース・ブラザーズによって送りこまれたものだ」「我々がなすべきは彼らを信じることであれば、そうすれば我々の問題は解決されるだろう!」――このように語るコンタクティーたちの、疑うことを知らぬ、伝染性に満ちた信仰のうちには危険なものがあるのだ、と。

 彼らが語っているのは実に魅惑的なメッセージではある。だが、こんな話を信じ込むようなお人好しが本当にいるのだろうか? その答えは「イエス」である。

  社会学者であれば知っているように、何ものかが我々に影響を及ぼすためには、それが真実である必要は必ずしもない。人間の行動の多くの部分は、真偽のハッキリしない情報に基づいている。穀物を作付けしたり、配偶者を選んだり、神を信じたり、戦争をしたりする上で、我々は「現実を踏まえて」というよりは、むしろ「状況をどう認識しているか」に沿って行動する。その二者の間に大きな相違があることはままあることだ。

  この両者の相違というものは、UFOカルトの信奉者を理解する上で重要なポイントとなる。彼らはその状況における客観的な事実ではなく、そうした事実の「解釈」に影響を受けている。彼らはその信じるところのものによって行動するのであって、実際に「真である」と思われるものによって動くわけではない。彼らの解釈は正しくないのかもしれないという事実があっても、彼らが「自分たちは正しいのだ」という風に考えて行動することを妨げることはできない。ヴァレが「宇宙とのコンタクトが存在するという命題は、それが科学的に認められた現実となるずっと前に、社会的事実になってしまうかもしれない」と言う時、彼が意味しているのはこういうことなのである。

  私がこのポイントを強調しているのは、UFOカルトの人たちが何とも奇妙な事を信じ込んでいるからだ――それがあまりに奇っ怪なため、我々は「連中は愚かだが無害な存在だ」といって一蹴してしまいたい気持ちにかられる。が、我々の立場からすれば、そういう態度を取るのは間違いということになるだろう。イエス、マルクス、ヒトラーといった者たちは、その時代の真っ当な人たちからすれば馬鹿げた存在に見えただろう。しかし、彼らはその後の歴史の流れを変えてしまったのだから。

 UFOカルトは一つの宗教に似たものであって、現代社会に基本的なものとしてある諸問題と格闘中の人々に慰めと希望を与えている。一方で、科学と教育とは、我々を気にかけてくれる慈悲深い神への信仰というものを損なってしまった。ところが科学と教育とは、「我々はどこからきて、どこに行くのか」という問いに対しては、満足するような答えを示してこなかった。

 「外宇宙から来た慈悲深き存在は我々を気にかけてくれており、想像もできないような喜びを与えてくれるのだ」という、心安らぐ信仰を我々に差し出すことによって、こうした精神的空白に円盤セクトは忍び込んできた。本書で我々が出会ったUFOカルトの人々の姿のうちに、こうした状況は的確に描き出されている。

  もはや何を信じたらいいのかわからなくなってしまったこの世界――そこでは長く白い髭を生やした「良き神」や、二つに割れたひづめをもつ悪魔を信じることはもはや不可能なのだ――、プロの科学者たちが「我々がどこから来てどこに行くのか」について正確で十分な説明を与えることのできないこの世界にあって、こうした啓示すべては、私にそのような「良き存在者」と「内なるやすらぎ」をもたらしてくれた。こうした啓示の光の中では、万物が明確なものとなり、明快なものとして存在している。

 こうした言説はUFOカルトの大方の反応をよく要約しているばかりではなく、彼らの中には教育があって、思慮深い人たちがいる――それは「こうした信奉者は無学な農夫や夢見がちな老婦人なのだ」といったステレオタイプとは全く違っている――という事実をも示している。これは次なるポイントへと我々を導いていく。こうしたカルトの未来、そして我々の未来はどうなっていくのか、という問題である。

 今のところ、コンタクティーのグループは規模も小さく、UFO現象に対する真摯な探究の足を引っ張っていることを除けば、社会に対してさほどの影響を及ぼしているわけではない。だが、こうした状況はずっとそのまま変わらないままだろうか? こうしたカルトが広範な社会的運動となり、社会に対して実際に挑戦的な姿勢をとるようなことになったら、どんな状況が生じるのか?

 そのような運動が勃興するとしたら、それは多くの人々がいまある状況にフラストレーションを感じ、「この運動は事態を改善してくれるのだ」という希望を感じるようになった時のことだろう。こうした希望は外部の人間にはこじつけと映るだろうが、実際のところ、運動がいったん成功を収めはじめたら、そこに便乗してくる非合理主義者は数限りなくいるだろう。一般的にいって、社会的運動に影響を与えるファクターというのものが如何なるものかといえば、それは「社会心理学ハンドブック」の次の記述によく言い表されている。

 社会的運動が究極的な成功を収める上でカギとなるのは、その大きさや組織のありよう、指導者の資質、彼らの見解がいかに洗練されているか、といったものではない。それはむしろ、多くの人々が抱いている感情、憤りや心配、恐れ、関心、希望といったものを彼らがいかにうまく表現できるかにかかっているのであり、こうした運動が「広く流布している諸問題を解決するために有効ではないか」と、人々にどれほど思わせることができるかに拠っている。

 UFOカルトは広範な聴衆にアピールする。彼らが強調する諸問題というのは、我々の時代がその存在を否定することのできない事実としてある。深遠なる変化はどんな者の身にも及んでおり、とりわけ西洋世界ではそうである。科学、テクノロジー、教育といったものは伝統的な信仰を損なってしまったが、それに十分取ってかわることのできる代用品を用意したわけではない。「神は死んだ」――しかし、その地位を受け継ぎ、我々を導き、安心させ、守ってくれるようなものはいまだ存在しない。家族は縮小し、ほとんど消滅しかかっている。今なお祖父母と同じ家、コミュニティにあって暮らしているような人間は極めて少なくなった。我々が通りですれ違う何百人もの人々の中に、自分を知っている人、自分のことを気遣ってくれる人などはほとんどいない。代々引き継がれてきた古い職業は突然消滅してしまい、人々が生涯をかけて修練してきたような技能は無価値なものとなっている。さらにいえば、こうした社会的・心理学的な意味での懸念に加え、環境汚染やエネルギー危機の脅威、あるいは核戦争がこの惑星上の声明を根絶やしにするかもしれないという懸念もまた、我々の前途に立ちはだかっているのである。

 このような問題にまつわる不安感は広く拡散しているけれども、それに対する療法としては様々なものが提起されている。瞑想、政治的なアクション、ドラッグ、宗教といったものである。UFOカルトは、それでは満足できず、幻滅を感じている人々の力を借りて、こうしたものすべてに対抗している。UFOが他のものに抜きんでて支持を得るチャンスがあるとしたら、それはどんなものだろう? 円盤セクトは他のものが提供できないものを有しているのだろうか? それは「空に浮かぶ光」であり、「そこにいる何者かはあなたを助けることができるのだ」というメッセージである。

 一瞥しただけでは、こんなものがそれほどの感銘を与えるとは思えないかもしれない。だが、よくよく考えてみれば、UFOというのは他の諸々にとっての手ごわいライバルと見なすに足る特質を備えていることがわかる。

 第一に、UFOは他の競争相手のどれにも増して、科学や軍、政府の無能ぶりというものを浮き彫りにしている。これらはいずれも我々の社会にあっては最も力をもっている組織であるわけだが、そのどれもがUFOをうまく取り扱うことができないでいる。30年間の長きにわたって、空飛ぶ円盤は我々の指導者たちをあざわらってきた。彼らはそれを説明することができないが、かといって無視もできず、捕獲することもできなければ、追い払うこともできない。それは大衆の意識の隅っこに浮かんだような存在だが、時にはスポットライトの下に登場して人々を驚愕させ、それから暗闇の中へと退いていく――多くの場合、危害こそ与えられなかったにせよ、その体験によってひどく狼狽した目撃者たちを後に残して。物理学者たちは「それは社会科学者の扱うべき問題だ」と言い、そう言われた途端、社会科学者はこの問題を物理学者と天文学者の側に投げ返す。空軍は20年間にわたってこの問題と格闘した揚げ句、1960年代の終わりにはそこから手を引こうとした。政府はUFOの存在を否定しているが、1973年のギャラップ世論調査によれば、ほとんどのアメリカ人(93%)はUFOについて知っており、1500万人もの成人がUFOを実際に目撃したと考えている。この問題を知っているという人たちに対して「UFOは実在しているのか、想像上のものか?」と質問したところ、「実在している」と答えた人は、1966年には46%だったものが、73年には54%、78年には57%にまで増加しており、逆に「想像上のものだ」と答えたのは78年の時点でたった27%どまりだった。我々を導いてきた組織の信用度を、静穏のうちに、しかしこれほどまでに確実に損なってきたシンボル、過去にはなかった。

 第二に、UFOというのは、個々の国や、世代、人種、男女の違いを超えて、あらゆる人々に強い印象を残してきた普遍的なシンボルである。その出現は特別な時代に限られているわけでもない。それは、純朴な人々の目にはキラキラと輝いている泡のようなものに見え、より学のある人の目には優れたテクノロジーの産物のように映る。が、いずれの場合も、そこに通底しているメッセージは言葉にする必要さえないほど明白明快なものだ――この驚嘆すべき物体を作った者は驚くべき知識と力を有しており、この知識と力はあなたを救ってくれるのかもしれない・・・

 これは実に魅力的なメッセージだ。そして、それは、我々の抱えた複雑な問題を解消しようとして行われた常識的な試みが失敗するたびに、ますます魅惑的なものとなっていく。天からの救済という考えはますます魅力を増しつつあるように見える。

 が、結局のところ、こうした信仰というのは、伝統的な宗教の教義とさほど異なったものではない。慈愛に満ちた存在が天空にいるという考えは、子供の思考のうちに、そして人類の草創期にもその起源を求めることができる。UFOの信仰は、そうした古代の信仰に単に現代科学風の意匠を付け加えているだけなのだ。今は20世紀のテクノロジーによって我々人間も空を飛べるようになり、電波天文学を唱道する人たちは「遠い宇宙の果てには文明がある」と信じるよう我々に促している時代なのだから。

 このような状況であるから、UFOを信じるためには別に清水の舞台から飛び降りるような覚悟は必要ないし、そうした信仰が、逃れることのできない諸問題に対して提示されるありきたりな回答に満足できないでいる多くの人々の心を引きつけるのも宜なるかな、というところがある。

 では、そのような運動というのは我々にとっての脅威なのだろうか? おそらくは、そうだ。そういったものは、我々の社会を支える合理主義という土台を台無しにしてしまう可能性がある。それらは、現在のシステムを転覆させるにしても全てを自力でなし遂げる必要はない――既に存在する非合理主義の流れを、ただ強めればいいだけなのだ。

 「合理よりも啓示」という思考がコンタクティーの信仰の源泉である。これは別に最近生じたものではない。人々が論理よりも天の声に、経験や実験よりも迷信に従った時代というのは過去にもあった。その結末というのはおしなべて悲惨なものだったわけだが。

  これこそが、ヴァレが最も強調しているポイントの一つなのだ。現代において非合理的なものへの信仰が広がっているからこそ、UFOセクトは影響力を持ち続けていくだろう。彼はそう考えている。我々のこしらえた諸制度というのは、こうした信仰に対して極めて脆弱である。かくて、彼の観察するところによれば、今日における真のカウンターカルチャーというのは決してヒッピーやドラッグのそれではなく、「UFOコンタクトというカウンターカルチャー」なのである。それはよりしぶとく、巧妙で、危険でもある。なぜならそれはより広範な社会的基盤を有しており、特定のグループや年齢層に結びついたものではないからだ。

  皮肉なのは、既に確立された科学の領域を超えた問題について考えるのを拒否することによっり、こうした状況を形作ることに貢献してきたのは、他ならぬ科学者たち自身だった、ということだ。ヴァレの言によれば、彼が、まず最初にパリ天文台の同僚たちに見てとったそのような姿勢(つまり、科学が超常現象の調査に尻込みすることだ)は、多くの人々が超常的ないしは神秘的なコンタクトの主張を受け入れる方向へ向かうよう、ゆっくりとではあるが後押しをしているのだ。

 さて、今や我々は「コンタクティーたちは――おそらくは地球上の或るグループによって――巧妙に操作されている」というヴァレの推論を検討するところまでやってきた。彼は正しいのだろうか? あなたの考えは私と大同小異だと思うのだが、ともあれ私としては、我々は予断に囚われずに心を開き、彼の示す証拠について熟考してみるべきだと提案したい。彼は、とても興味をそそる概念を幾つか提示している。例えば、彼は「我々は目撃者の現実感覚を歪めてしまうようなテクノロジーを既に有している」と記す。テレビは我々の意識をあまりにうまくコントロールするため、時に我々は、目前の光景がリアルなものなのか作り物なのか、実際に起きていることなのか仕組まれたものなのかが分からなくなってしまうことがある。そればかりか広告主は、我々がその商品を欲しがるようなサブリミナルな条件づけ――その際、我々は彼らのメッセージに晒されているという自覚をもてないのである――をも用いている。

 そのような仕掛けがいま存在するというのなら、それより発達したテクノロジーを用いた時にはどんなことが起こるのだろう? 我々自身の進歩・発展の歴史を見れば、あらかたの想像はつく。今から一世紀前には、人間が月面を歩き、我々がそのようすを家で見たり聞いたりできるようになる――などというのは、およそありえないことと思われていただろう。今日可能性のあることが、やがて「実現された事実」として日の目をみる、というのは大いにありうることだ。

 ヴァレの仮説は、これまでUFO研究者に無視されてきたUFOの或る側面――つまりコンタクティーの社会的影響力といったものを説明しようと試みている。彼らは、「あたかも」本書に列挙された幾つかの原理原則に従って操作されているかのような行動を取っている。ある現象を「あたかも・・・のように」と表現する方法は、物理学や社会学で用いられている。それは非常に有用なものたりうるが、しかし注意深く用いられねばならないものでもある。我々は結果を目的を混同してはならない。或る結果が偶然の産物だということはありうるが、目的というのは意図的なものなのだから。こうした区別をすることは、UFOのようなトピックにおいてはとりわけ重要であり、ヴァレもそのことには気づいている。彼はコンタクティーの信仰がもたらしたものを探り、それから故意に「意図の領域」にいたる境界へと足を踏み入れていく。こうした方法があればこそ、彼はコンタクティーという現象の背後にあるのかもしれない「動機」を識別することができたのである。

 ヴァレは恐ろしい結末をもたらすかもしれない或る現象を説明すべく、称賛に値するような努力を積み重ねてきた。彼が正しいのか間違っているのかはわからないし、その真偽が明らかになることはこれからも決してないだろう。しかし少なくともこう言うことはできる――彼は、新旧両大陸のコンタクティー・カルトに対する観察報告を、たいへんな厚みをもったかたちで自ら積み上げ、そのことによって我々の理解を深めてくれたのである。潜在的にとても重要な意味を秘めている一つの社会運動を、才能あふれる手腕を擁して切り取ったこの研究が、社会科学者ではなく物理学者によってなされた、というのは皮肉なことではある。彼が進むべき道を指し示してくれた以上、他の研究者たちはその後に続いていってほしいものだと、私は願っている。(おわり)

 


 

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わが国屈指のUFO/オカルト同人誌「UFO手帖」の編集長として知る人ぞ知るHN「ペンパル募集」こと秋月朗芳氏が、このほどネット上に新たなオカルトニュースサイトを立ち上げた。小生も過去「UFO手帖」に寄稿をするなどしてこの方面にはナンボかご縁&ご恩があったりするので、ちょっとこれは見過ごせない。今回はこの注目すべき試みについてご紹介しておこう。

氏が今回立ち上げたのはオカルト関連のニュースサイト「日曜版」である。
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氏についてはUFO/オカルトシーンに如何ほどか関心のある方であれば先刻ご承知であるとは思うが、改めて説明すると、氏はUFOにかんする興味関心が嵩じたあまり2005年に「Spファイル友の会」なる組織を立ち上げ、「Spファイル」なるオカルト/UFO評論同人誌の刊行を開始した業界屈指の数奇者である。

その活動はのち「UFO手帖」と称した同人誌の発行へと移行し、ほぼ1年1回のペースで刊行されてきた同誌は昨年秋には第9号を世に送り出すなど実績を積み重ねてきたワケだが、このジャンルでこの手の同人誌がずっと続いているという話はあんまり聞いたことがない。同誌はわが国のUFOシーンにおけるひとつの台風の目といっても過言ではないのである。

で、そのスタンスは「UFOはある/ない」といった近視眼的パースペクティブとは位相を異にしており、個々のUFO事件を「めでる」ような姿勢が特徴である。そこんとこは説明するのが面倒なので強引かつひと言で同誌のノリをまとめてしまうと「UFOってなんか面白ぇな」というものだと思う。そっから先は買って読んでくれというしかないのだが、ともかくそういう運動を仕切ってきた編集長が、紙媒体だけじゃなくて時々刻々生起しているオカルトめいた話題をネット上で臨機応変に語ってみたいということで立ち上げたのが今回のサイト、ということのようだ。

この「日曜版」というサイトにも立ち上げに際しての口上みたいなことは書いてあるけれども、要するに編集長はオカルトのみならず現代のポップカルチャー、IT方面のテクノロジーなどにも造詣が深い人物なので、或る意味「現実を越え出ていくもの」としてこうした各ジャンルを横断的に捉えなおし、オカルト的なるものという視点から様々なニュースをリアルタイムで紹介・観測・分析し、あるいは過去の事例を振り返ってみようと考えているようである。

運営主体はいちおう「Spファイル友の会」とは別立ての「UFO手帖出版/日曜版 編集部」ということになるそうだが、要するにこれは今・ここから始まる新たな試みなのだということだろう(なお参考までに言っておくとこれまでの「UFO手帖」も別に廃刊にするワケではないようなので子細は今後の情報を待ちたい)。

この種のオカルトニュースサイトとしては既に「TOCANA」みたいなのもあるが、とんがった在野のタレント人士が個人的な趣味みたいなのを打ち出して展開する試みというのはなかなかに新鮮である。その意気やヨシ。新装開店のサイトには、Grokが実装していま話題の「ani」をめぐるおはなしなんかも早々にアップされている。今後もコンテンツは時々刻々更新していく予定ということなので、皆さんもゼヒブックマークをして定期的に通っていただければと思う。
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さて、わが国で発生したUFO事件として業界筋ではそこそこ有名なものの一つに「旅館紫雲事件」というのがある(実際はそんな呼称が広く用いられているワケではないが、ここでは便宜上そういう呼び方をさせていただく)。

この事件についてはむかし当ブログのエントリーに書いたことがあるので関心のある方はそちらをご覧いただきたいのだが、簡単にいうと1970年代半ば、京都・大原の旅館「紫雲」を舞台に、そこの女主人である河上むつさんが「エイリアン」や「MIB」とおぼしきアヤシイ連中と再三遭遇し、あるいは怪光線を浴びせられるなどたびたび奇っ怪な体験をしたとされる事件である。

ちなみにこの河上むつさんは仮にご存命であったとしても今はたぶん100歳ぐらいになってるハズで、そういう意味ではもはや新情報もクソもないとは分かっているのだが、今回何となくGoogle検索に「河上むつ」と打ち込んでみたところ、ちょっと奇妙なPDF文書がヒットしてきたのだった。
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その文書はココに添付しておくのでご覧いただきたいのだが、要するにコレは、京都市長が旅館業法にもとづいて関係する法人・個人に「不利益処分」を下すことになったので、「何か文句があるなら聴聞に出てきて下さいネ」ということで公示した文書のようである。日付けは令和6年とあるから昨年2024年の1月4日で、比較的最近のモノなのだが、ここに「不利益処分」を受けることになる人物として「河上むつ」という名前が出てきているのである。むろん同名異人という可能性もあるが、不利益を受ける対象者として併記されている法人をみても「紫雲」近辺の地名「古知谷」を社名とした会社があったりするから、この河上さんはくだんの河上さんであると考えてよさそうだ。

ではこの文書は一体何を意味しているのか。オレも法律方面は素人なので憶測まじりで言うのだが、この聴聞を所管しているのは「京都市保健福祉局医療衛生推進室医療衛生センター宿泊施設適正化担当」という異常に長ったらしい名前の部署のようであるから、ここでいう「不利益処分」というのはおそらく旅館業の許可取り消しみたいなものなのだろう。

ここから想像されるのは、かつて存在していた旅館「紫雲」はどういう経緯かは知らんが河上さんを含む複数の法人・個人が営業権を分掌(?)するかたちとなっていたのだが、実際には旅館の営業どころか廃業して久しいことが判明したので、「じゃあ許可は取り消させていただきますネ」と行政サイドからこの時点で引導を渡された――というストーリーである。

「それがどうした」という話ではある。あるけれども、既に実体を失っていたとはいえ、この時点まで少なくとも書類上ではその存在が認められていた旅館「紫雲」は、おそらくこの処分によって名実ともに消滅してしまった。ちなみに旧「紫雲」があった場所のストリートビューをみると直近では2023年5月時点の画像があり、ここにはかろうじて形態を保っている家屋の姿を見ることができるものの、それも今では半ば廃屋化しつつあるようだ。かろうじて残っている物理的な痕跡すらも今後遠からず消滅してしまうのだろう(というか既に現時点で消えているかもしれない)。

歳月人を待たず。最近では米国発のUAP騒動がそれなりの注目を集めているとはいうものの、国内に目を転じれば1970年代に盛り上がったUFOブームも今は昔。こうやって「紫雲事件」も歴史の闇に呑み込まれていく。半世紀前のUFO熱を知る身としては寂寥の思いを禁じ得ないのである。

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米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が今月上旬、「米当局はこれまでUFOのニセ情報拡散工作を続けてきた!」と報じた先の記事は大きな反響を呼んだところであるが、その続編ともいうべき記事がこのほど公開された(このエントリー参照のこと)。

米東部時間6月21日付の記事のタイトルは「Was It Scrap Metal or an Alien Spacecraft?  The Army Asked an Elite Defense Lab to Investigate」。直訳すると「それは金属クズなのか、それともエイリアンの宇宙船だったのか?――軍は一流防衛研究所に調査を依頼した」といったところだろう。

ここで改めて今にいたる経緯を復習しておくと、近年の米国では「米政府はひそかに墜落したUAPを捕獲してリバース・エンジニアリングをしている」といった主張が一部「ホイッスルブロワー」と称する人々によって盛んになされているワケであるが、米政府のUAP調査機関AARO(全領域異常解決局)は「ホンマにそんなことあるんかい?」ということで、これまで事実解明に向けた調査を続けてきた。

その結果、AAROとしては昨年の時点で「とりあえずそんな事実はなかったわ」という結論を出しているのであるが、「詳しい話はまた後日別の報告書で出しますんで」という話になっている。このたびの一連のWSJの記事というのは、言ってみればその調査の内実をいちはやく報じたものであって、要するに「UAP/UFO シーンの背後にはこんなアヤシイ動きがあるんやで」ということを暴露しているのである。

そこで先の第一弾に続いて今回の第二弾が光を当てているのは、この手の「エイリアンの宇宙船捕獲セリ!」みたいな言説を吹聴している人々の存在である。だがよくよく読めば、この記事の射程は「なんなんだコイツらは?」みたいなところにはとどまらず、むしろその向こう側に見え隠れする、彼らを巧妙にコントロールしようとしている「何者か」のところににまで及んでいる気がしないでもない・・・・・・あ、いや、しかし今ここであまり先走ったことを言ってもよく分からんだろうな。よろしい、ではまずは順を追ってこの記事の内容を追っていくことにしよう。

この記事の導入部では、まず「墜落した円盤の破片」をめぐる一つのエピソードが紹介されている。それによると1966年、ラジオ番組「コースト・トゥ・コーストAM」で名高いパーソナリティ、アート・ベルのもとに「ロズウェル事件で墜落した円盤の破片だ」という金属片が送られてきた。いろいろと紆余曲折を経たようではあるが、その金属片は2019年になって、アーチスト上がりのトム・デロングが設立したUFO ビリーバーの団体「トゥー・ザ・スターズ・アカデミー」に買い取られる。

案の定、ここで検査された金属片は「なんとコレ地球上のものではなかったよ!!」という話になってしまうワケだが(笑)、そう語ったのはこの団体の顧問である地球物理学者エリック・デイビスである。 彼はテレポーテーションやら反重力装置の研究などに長年取り組み、アメリカのUFOシーンでも一目置かれている人物だ*。そしてこの「トゥー・ザ・スターズ」には、AAROに先立つ政府のUAP調査プログラムに参画していた元国防総省のルイス・エリゾンド、高名な超心理学者ハロルド・パソフもメンバーとして連なっていた。要するに「トゥー・ザ・スターズ」にはUAP政府秘匿説を牽引する大物3氏が揃っていた。では彼らに対してAAROはどのような調査を行ったのか。導入部につなげるようにして、記事はここから本題へと入っていく。

    *注:この記事では論及されていないけれども、エリック・デイビスというのはUFO業界を騒がせた「ウィルソン―デイビスメモ」の当事者としてもとっても有名である。「なにそのウィルソン―デイビスメモって?」という人もいるかもしらんので簡単に説明しておくが、これはUFO大好きで知られた宇宙飛行士エドガー・ミッシェルが2016年に死んだ後、その遺品から発見された文書で、エリック・デイビスが米国防情報局長官も務めたトーマス・ウィルソン元海軍中将と2002年に面談した時の記録とされている。オレは伝聞でしか中味を知らないが、ここでウィルソンは「墜落したUFOを民間企業がイロイロ調査してるプロジェクトがあるってんでオレも調べてみたんだけど、結局『アンタには教えられません』ゆうて拒否されちまってさあ」と語っているのだそうだ。なお、当然ながらトーマス・ウィルソンはメモは作りものだと言って完全否定しており、デイビスのほうは基本ノーコメントだが何となく肯定してるニュアンスのことも言ってるらしい。関心のある方は各自調べられたし。


さて、まずはエリック・デイビスである。AAROが調査を進めていく中で、「米政府が宇宙船をひそかに調べている」という話の源泉の一つはどうやらこのエリック・デイビスだということになったらしい。そこで当時のAARO局長ショーン・カークパトリックは「ホントのとこはどうなの?」と話を聞いてみたのだという。するとデイビス、イロイロと面白い事を言ったそうだ。

曰く――「エイリアン関連のプログラムはアメリカだけじゃなくてロシアもやってるよ。オレ、ロシアに墜落したUFOについてCIAから調査頼まれたことあるし。ロシアはUFOからぶっこ抜いたレーザーシステムのリバースエンジニアリングやってるんだってサ(かなり意訳)」

CIAは「イヤ彼にはそんなこと頼んでない」といって否定したそうだが、まぁそれはイイ。連中がいつも本当のことを言うとは限らないのは当然である。それはそれとして、こうしたAAROの調査では興味深いことが一つ分かったという。このプロセスでデイビスが入手していたデータに当たってみると、それはロシアが実際に開発しているレーザープログラムに関するホンモノの資料だったという。要するに、アメリカでもロシアでも墜落UFOが研究対象になっているという話に証拠はないんだけれども、「UFOから引っこ抜いた」とされる新たなレーザーシステム自体は確かに実在していた。ということは、「ロシアにUFOが墜ちた」という部分は本当の話に接ぎ木されたウソになる。これは実際に進めているプログラムの目くらましとしてアメリカ向けにロシア自身がばらまいたニセ情報だったのでは――AAROはそんな判断をしているのだという。記事にも書いてあるが、「リアルな兵器をUFOだといって隠蔽する」手口をアメリカばかりかロシアもやってたのだとしたら何とも面白い。

記事では次いでハロルド・パソフをめぐるエピソードを記す。2004年、パソフはバージニア州で開かれたホワイトハウス企画のパネルに招かれたことがあるという。テーマは「政府の墜落宇宙船回収プログラムの存在は最終的に公表すべきか?」。要するに、これまで政府が秘匿していた情報を明かした時、どんな事態が生じるかを考えて対応策を練ってほしいというものだった。コレが本当の話だったら、ホイッスルブロワーたちの証言にも若干の信憑性が出てくる。そこで調査に入ったカークパトリックだが、当時のブッシュ大統領首席補佐官に問い合わせたところ「宇宙人の秘密を暴露する計画など一切知らない」という返答があったのだという(あとでまた触れたいが、評者のみるところこの話には巧妙にパソフをコントロールしようという何者かの意思が見て取れる)。

最後にルー・エリゾンドである。彼は政府内でのUAP調査のプロセスで、人間ならざる知性体は来訪していると主張する人物だ。カークパトリックとしても当然その話を聴取することになる。だが、自ら確たる証拠を示すことは守秘義務の問題もあってできないと彼はいう。次善の策としてエリゾンドはこう語る。「国防総省のオフィスの金庫にハードディスクが保管されている。そこに全てのファイルはある。数日前に元同僚に確認済みだ」。だが、ブツを押さえるべく数時間後にFBIがオフィスを急襲したところ、肝心の金庫は空だった。付言すれば、AAROはエリゾンドのかつての上司に「エイリアンに関するプロジェクト」について聞いたりもしたが、「聞いたことがない」と一蹴されたという。要するに全くウラは取れなかったというのである。

さて、ここでいったん冒頭に出てきたナゾの金属片についていえば、AAROがその後、この金属を入手してオークリッジ国立研究所で検査にかけたところ、最終的にコレは何の変哲もない合金であることが判明したという。「コレは地球のものではない」みたいな主張もあったけれども公的機関がちゃんと調べたらそんなことはなかった。大逆転を可能にする「物証」は存在していなかった。

そして、デイビス、パソフ、エリゾンドに当たっても、やはり彼らから確たる証拠を得ることはできなかった。だがこの記事を読む限りでは、彼らが「自分でわかっていて虚偽を申し立てている」という印象は乏しい。記者の含意はおそらく「彼らの主張は限りなくあやしいが、実は彼らもまた何者かに騙され巧妙にコントロールされている」というものではないのだろうか。個人的にはずっと、この手の人士は「仕掛ける側」――ヴァレ言うところの「欺瞞の使者」だろうという気がしていたので、そのへんのニュアンスにはなかなかに考えさせられた。

とまれ、「実在するUFOを隠す」というのではなく「UFOがあるように見せかける」陰謀というのは一体どこまで広がりを見せていたのだろう。今後のAAROの報告、あるいは現地のジャーナリストの仕事でもいいのだが、さらにその辺の実態が分かってくればなかなか面白いことになりそうだ。続報を待ちたい。(おわり)



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