カテゴリ:UFO > 欺瞞の使者

 このたびの参院選では新興のカルト政党が大躍進した。明らかなデマを撒き散らすことによって大衆の感情を動かすその手法は、この手の策謀に対する現代社会の脆弱さを改めて指し示したようでもある。

 ここでUFO者としての小生が連想したのは、UFOの世界においても一定の影響力を保ってきたカルト的集団の存在である。たとえばユーフォロジーの世界におけるビッグネームであるところのジャック・ヴァレは1970年代、その種のカルトの危険性というものを著書『欺瞞の使者 Messengers of Deception』で説いた。ちなみにここでヴァレが取り上げたUFOカルト「ヘヴンス・ゲート」は1997年にいたって衝撃的な集団自殺事件を起こし、同書が時代を予見したものとして改めて評価されたことはよく知られているところだ。


 何を言いたいのかというと、いささか我田引水になってしまうが、こうしたカルトの伸張という問題にかんしては、フリンジ・カルチャーと目されがちなユーフォロジーの知見が実はけっこう考えるヒントになったりする。

 そんなこともあるので、今回はこの『欺瞞の使者』の巻末にある「エピローグ」を紹介してみたいと思った。もっともエピローグとはいってもこれを書いたのはヴァレではなく、ハワイ大学社会学部教授・デビッド・スウィフトである(どういう人物かは全然知らん)。なんで敢えてデビッド・スウィフトなのかというと、同書の内容はそれなりに屈曲していることもあるので、その概要を知るには内容を簡潔にまとめたこのエピローグがむしろ格好だと思ったからである。重ねていっておくが、ここで語られていることは決してUFOカルトにのみ当てはまる話ではないのである。



■ハワイ大学社会学部   デビッド・スウィフト教授

 本書は、UFOに関して主流をなしている二つの仮説に対して異議を投げかける、もう一つ別の説を提示している。一方にある懐疑的見方はUFOの実在を否定する――そういったものは単なるインチキか幻覚、さもなければごくふつうの物体や自然現象を誤認したものだという。もう一方のアプローチは、UFOは実在しており、それは他の惑星からきた宇宙船なのだという。ジャック・ヴァレも「UFOは実在する」と結論づけてはいるが、それは宇宙船などではないと考えている。彼は、それは人間の信仰を操作するための物理的装置であり、その操作にあたっているのは、この地球上にいる人間なのではないか、ということを示唆しているのである。

 我々はそのような説明をどう考えるべきなのだろう? 論拠不十分なのではないか? こじつけなのではないか?

 そうも言える。だが、それは他の仮説にあっても言えることだ。UFOについて満足のいくような説明というのは一つとしてないのである。確かにその実在を否定するのは難しい――あまりに多くの天文学者、パイロット、航空管制官、その種の物体を識別する訓練を受けた人々がそれを目撃し、写真に撮り、あるいは光学機器で追跡するような体験を重ねてきた。とりわけ、レーダーと目視によって確認された目撃事例を退けることは困難だ。

 しかし、UFOが実在するのであれば、それはいったい何なのか? 地球外起源説には重大な瑕疵がある。宇宙船を建造出来るような存在が宇宙のどこかに住んでいるというのは、ほとんどありそうにないことだ。* だが、宇宙について今日我々が理解しているところによれば、その惑星系を飛び出して彼らがやってくるためには、ほとんど不可能と思えるほどの時間、ないしは高速での移動を必要とするはずだ。そればかりか、ヴァレの観察によれば、たまたま居合わせた地球人と遭遇したUFOの搭乗者が、ひどく狼狽したところをみせた着陸事件が数多くあるのだという。となると、我々としては、そのような目撃事件が人為的に仕組まれたものである可能性を考えねばならない。

訳注:本文には「unlikely ありそうもない」とあるが、文脈からいえば「likely ありそうなことだ」が自然。誤植か?

 ヴァレの仮説にも欠点はある。それは「UFOの目撃を引き起こしているのは誰か」「それはどのようになされているのか」といった点に答えていないのだ。しかし、それは他のアプローチと同じほどには納得のいくものであるし、他に比べて、より優れている点もある――それは信頼すべき何千人もの目撃者から寄せられた報告を否定するようなことはしていないし、我々の今日知っている物理法則にも違犯することがない。加えて彼の仮説は、この現象の背後に「ある計画」が存在することを示唆し、UFOの目撃が社会に重大なる帰結を与えうることを示してもいる。

 だが、こうした社会的な帰結について検証していく前に、読者の理解を助けるために、ここでヴァレ自身の科学者としての資質についてザッと触れておくことにしよう。

  ヴァレはたぐいまれなる科学者である。彼は科学の方法論を固く信じているのだが、それをこれまで伝統的に用いられてこなかった領域に適用しようとしている。彼は天体物理学で修士号を、コンピュータ科学で博士号を取得した。彼はスタンフォード大で情報システムの研究責任者を務める一方、UFOに関する本も5冊執筆してきた。その研究の初期にあってはUFOの報告事例について分類カテゴリーを整備するよう提言し、それらを広範な地理的・歴史的コンテキストの中に定位してみせた。近年になるとその分析は、UFO自体というよりは、目撃体験や社会に対するその影響といったものに力点を移すようになってきた。そうして彼が発見したのは、人を不安に誘うような内容のものである――空飛ぶ円盤のカルトに集う信奉者たちは、我々の文化に影響をおよぼす重要なひとつのファクターになっているのかもしれない、というのだ。地球外生命体とのコンタクトが行われているという信念を抱くビリーバーたちは「操作される」危険に晒されており、そうした信念は、現行の確立された諸制度を毀損したり破壊したりする可能性のある、革命的な運動へとつながっていく可能性を秘めているのである。

 ヴァレはここで、「宇宙のどこかには生命が存在するかもしれない」と考えている多くの人々のことを言っているわけではない。さらにいえば、彼が直接の関心の対象としているのは、正体不明の奇妙な現象が空中で起きるのを見た多くの人々でもない。そうではなくて、ヴァレはここで、より小さなグループ、つまり空飛ぶ円盤から重要なメッセージを授けられたと称しているコンタクティーたちに焦点を当てているのだ。このようにしてヴァレが剔抉したことから一般論を引き出すとすれば、それはまずもって我々の抱える複雑な問題に対する単純明快なる解決法を提示している。ヴァレはこう警告する。「地球外生命体の介入は平和や、喜び、救済をもたらしてくれる」「円盤は我らがスペース・ブラザーズによって送りこまれたものだ」「我々がなすべきは彼らを信じることであれば、そうすれば我々の問題は解決されるだろう!」――このように語るコンタクティーたちの、疑うことを知らぬ、伝染性に満ちた信仰のうちには危険なものがあるのだ、と。

 彼らが語っているのは実に魅惑的なメッセージではある。だが、こんな話を信じ込むようなお人好しが本当にいるのだろうか? その答えは「イエス」である。

  社会学者であれば知っているように、何ものかが我々に影響を及ぼすためには、それが真実である必要は必ずしもない。人間の行動の多くの部分は、真偽のハッキリしない情報に基づいている。穀物を作付けしたり、配偶者を選んだり、神を信じたり、戦争をしたりする上で、我々は「現実を踏まえて」というよりは、むしろ「状況をどう認識しているか」に沿って行動する。その二者の間に大きな相違があることはままあることだ。

  この両者の相違というものは、UFOカルトの信奉者を理解する上で重要なポイントとなる。彼らはその状況における客観的な事実ではなく、そうした事実の「解釈」に影響を受けている。彼らはその信じるところのものによって行動するのであって、実際に「真である」と思われるものによって動くわけではない。彼らの解釈は正しくないのかもしれないという事実があっても、彼らが「自分たちは正しいのだ」という風に考えて行動することを妨げることはできない。ヴァレが「宇宙とのコンタクトが存在するという命題は、それが科学的に認められた現実となるずっと前に、社会的事実になってしまうかもしれない」と言う時、彼が意味しているのはこういうことなのである。

  私がこのポイントを強調しているのは、UFOカルトの人たちが何とも奇妙な事を信じ込んでいるからだ――それがあまりに奇っ怪なため、我々は「連中は愚かだが無害な存在だ」といって一蹴してしまいたい気持ちにかられる。が、我々の立場からすれば、そういう態度を取るのは間違いということになるだろう。イエス、マルクス、ヒトラーといった者たちは、その時代の真っ当な人たちからすれば馬鹿げた存在に見えただろう。しかし、彼らはその後の歴史の流れを変えてしまったのだから。

 UFOカルトは一つの宗教に似たものであって、現代社会に基本的なものとしてある諸問題と格闘中の人々に慰めと希望を与えている。一方で、科学と教育とは、我々を気にかけてくれる慈悲深い神への信仰というものを損なってしまった。ところが科学と教育とは、「我々はどこからきて、どこに行くのか」という問いに対しては、満足するような答えを示してこなかった。

 「外宇宙から来た慈悲深き存在は我々を気にかけてくれており、想像もできないような喜びを与えてくれるのだ」という、心安らぐ信仰を我々に差し出すことによって、こうした精神的空白に円盤セクトは忍び込んできた。本書で我々が出会ったUFOカルトの人々の姿のうちに、こうした状況は的確に描き出されている。

  もはや何を信じたらいいのかわからなくなってしまったこの世界――そこでは長く白い髭を生やした「良き神」や、二つに割れたひづめをもつ悪魔を信じることはもはや不可能なのだ――、プロの科学者たちが「我々がどこから来てどこに行くのか」について正確で十分な説明を与えることのできないこの世界にあって、こうした啓示すべては、私にそのような「良き存在者」と「内なるやすらぎ」をもたらしてくれた。こうした啓示の光の中では、万物が明確なものとなり、明快なものとして存在している。

 こうした言説はUFOカルトの大方の反応をよく要約しているばかりではなく、彼らの中には教育があって、思慮深い人たちがいる――それは「こうした信奉者は無学な農夫や夢見がちな老婦人なのだ」といったステレオタイプとは全く違っている――という事実をも示している。これは次なるポイントへと我々を導いていく。こうしたカルトの未来、そして我々の未来はどうなっていくのか、という問題である。

 今のところ、コンタクティーのグループは規模も小さく、UFO現象に対する真摯な探究の足を引っ張っていることを除けば、社会に対してさほどの影響を及ぼしているわけではない。だが、こうした状況はずっとそのまま変わらないままだろうか? こうしたカルトが広範な社会的運動となり、社会に対して実際に挑戦的な姿勢をとるようなことになったら、どんな状況が生じるのか?

 そのような運動が勃興するとしたら、それは多くの人々がいまある状況にフラストレーションを感じ、「この運動は事態を改善してくれるのだ」という希望を感じるようになった時のことだろう。こうした希望は外部の人間にはこじつけと映るだろうが、実際のところ、運動がいったん成功を収めはじめたら、そこに便乗してくる非合理主義者は数限りなくいるだろう。一般的にいって、社会的運動に影響を与えるファクターというのものが如何なるものかといえば、それは「社会心理学ハンドブック」の次の記述によく言い表されている。

 社会的運動が究極的な成功を収める上でカギとなるのは、その大きさや組織のありよう、指導者の資質、彼らの見解がいかに洗練されているか、といったものではない。それはむしろ、多くの人々が抱いている感情、憤りや心配、恐れ、関心、希望といったものを彼らがいかにうまく表現できるかにかかっているのであり、こうした運動が「広く流布している諸問題を解決するために有効ではないか」と、人々にどれほど思わせることができるかに拠っている。

 UFOカルトは広範な聴衆にアピールする。彼らが強調する諸問題というのは、我々の時代がその存在を否定することのできない事実としてある。深遠なる変化はどんな者の身にも及んでおり、とりわけ西洋世界ではそうである。科学、テクノロジー、教育といったものは伝統的な信仰を損なってしまったが、それに十分取ってかわることのできる代用品を用意したわけではない。「神は死んだ」――しかし、その地位を受け継ぎ、我々を導き、安心させ、守ってくれるようなものはいまだ存在しない。家族は縮小し、ほとんど消滅しかかっている。今なお祖父母と同じ家、コミュニティにあって暮らしているような人間は極めて少なくなった。我々が通りですれ違う何百人もの人々の中に、自分を知っている人、自分のことを気遣ってくれる人などはほとんどいない。代々引き継がれてきた古い職業は突然消滅してしまい、人々が生涯をかけて修練してきたような技能は無価値なものとなっている。さらにいえば、こうした社会的・心理学的な意味での懸念に加え、環境汚染やエネルギー危機の脅威、あるいは核戦争がこの惑星上の声明を根絶やしにするかもしれないという懸念もまた、我々の前途に立ちはだかっているのである。

 このような問題にまつわる不安感は広く拡散しているけれども、それに対する療法としては様々なものが提起されている。瞑想、政治的なアクション、ドラッグ、宗教といったものである。UFOカルトは、それでは満足できず、幻滅を感じている人々の力を借りて、こうしたものすべてに対抗している。UFOが他のものに抜きんでて支持を得るチャンスがあるとしたら、それはどんなものだろう? 円盤セクトは他のものが提供できないものを有しているのだろうか? それは「空に浮かぶ光」であり、「そこにいる何者かはあなたを助けることができるのだ」というメッセージである。

 一瞥しただけでは、こんなものがそれほどの感銘を与えるとは思えないかもしれない。だが、よくよく考えてみれば、UFOというのは他の諸々にとっての手ごわいライバルと見なすに足る特質を備えていることがわかる。

 第一に、UFOは他の競争相手のどれにも増して、科学や軍、政府の無能ぶりというものを浮き彫りにしている。これらはいずれも我々の社会にあっては最も力をもっている組織であるわけだが、そのどれもがUFOをうまく取り扱うことができないでいる。30年間の長きにわたって、空飛ぶ円盤は我々の指導者たちをあざわらってきた。彼らはそれを説明することができないが、かといって無視もできず、捕獲することもできなければ、追い払うこともできない。それは大衆の意識の隅っこに浮かんだような存在だが、時にはスポットライトの下に登場して人々を驚愕させ、それから暗闇の中へと退いていく――多くの場合、危害こそ与えられなかったにせよ、その体験によってひどく狼狽した目撃者たちを後に残して。物理学者たちは「それは社会科学者の扱うべき問題だ」と言い、そう言われた途端、社会科学者はこの問題を物理学者と天文学者の側に投げ返す。空軍は20年間にわたってこの問題と格闘した揚げ句、1960年代の終わりにはそこから手を引こうとした。政府はUFOの存在を否定しているが、1973年のギャラップ世論調査によれば、ほとんどのアメリカ人(93%)はUFOについて知っており、1500万人もの成人がUFOを実際に目撃したと考えている。この問題を知っているという人たちに対して「UFOは実在しているのか、想像上のものか?」と質問したところ、「実在している」と答えた人は、1966年には46%だったものが、73年には54%、78年には57%にまで増加しており、逆に「想像上のものだ」と答えたのは78年の時点でたった27%どまりだった。我々を導いてきた組織の信用度を、静穏のうちに、しかしこれほどまでに確実に損なってきたシンボル、過去にはなかった。

 第二に、UFOというのは、個々の国や、世代、人種、男女の違いを超えて、あらゆる人々に強い印象を残してきた普遍的なシンボルである。その出現は特別な時代に限られているわけでもない。それは、純朴な人々の目にはキラキラと輝いている泡のようなものに見え、より学のある人の目には優れたテクノロジーの産物のように映る。が、いずれの場合も、そこに通底しているメッセージは言葉にする必要さえないほど明白明快なものだ――この驚嘆すべき物体を作った者は驚くべき知識と力を有しており、この知識と力はあなたを救ってくれるのかもしれない・・・

 これは実に魅力的なメッセージだ。そして、それは、我々の抱えた複雑な問題を解消しようとして行われた常識的な試みが失敗するたびに、ますます魅惑的なものとなっていく。天からの救済という考えはますます魅力を増しつつあるように見える。

 が、結局のところ、こうした信仰というのは、伝統的な宗教の教義とさほど異なったものではない。慈愛に満ちた存在が天空にいるという考えは、子供の思考のうちに、そして人類の草創期にもその起源を求めることができる。UFOの信仰は、そうした古代の信仰に単に現代科学風の意匠を付け加えているだけなのだ。今は20世紀のテクノロジーによって我々人間も空を飛べるようになり、電波天文学を唱道する人たちは「遠い宇宙の果てには文明がある」と信じるよう我々に促している時代なのだから。

 このような状況であるから、UFOを信じるためには別に清水の舞台から飛び降りるような覚悟は必要ないし、そうした信仰が、逃れることのできない諸問題に対して提示されるありきたりな回答に満足できないでいる多くの人々の心を引きつけるのも宜なるかな、というところがある。

 では、そのような運動というのは我々にとっての脅威なのだろうか? おそらくは、そうだ。そういったものは、我々の社会を支える合理主義という土台を台無しにしてしまう可能性がある。それらは、現在のシステムを転覆させるにしても全てを自力でなし遂げる必要はない――既に存在する非合理主義の流れを、ただ強めればいいだけなのだ。

 「合理よりも啓示」という思考がコンタクティーの信仰の源泉である。これは別に最近生じたものではない。人々が論理よりも天の声に、経験や実験よりも迷信に従った時代というのは過去にもあった。その結末というのはおしなべて悲惨なものだったわけだが。

  これこそが、ヴァレが最も強調しているポイントの一つなのだ。現代において非合理的なものへの信仰が広がっているからこそ、UFOセクトは影響力を持ち続けていくだろう。彼はそう考えている。我々のこしらえた諸制度というのは、こうした信仰に対して極めて脆弱である。かくて、彼の観察するところによれば、今日における真のカウンターカルチャーというのは決してヒッピーやドラッグのそれではなく、「UFOコンタクトというカウンターカルチャー」なのである。それはよりしぶとく、巧妙で、危険でもある。なぜならそれはより広範な社会的基盤を有しており、特定のグループや年齢層に結びついたものではないからだ。

  皮肉なのは、既に確立された科学の領域を超えた問題について考えるのを拒否することによっり、こうした状況を形作ることに貢献してきたのは、他ならぬ科学者たち自身だった、ということだ。ヴァレの言によれば、彼が、まず最初にパリ天文台の同僚たちに見てとったそのような姿勢(つまり、科学が超常現象の調査に尻込みすることだ)は、多くの人々が超常的ないしは神秘的なコンタクトの主張を受け入れる方向へ向かうよう、ゆっくりとではあるが後押しをしているのだ。

 さて、今や我々は「コンタクティーたちは――おそらくは地球上の或るグループによって――巧妙に操作されている」というヴァレの推論を検討するところまでやってきた。彼は正しいのだろうか? あなたの考えは私と大同小異だと思うのだが、ともあれ私としては、我々は予断に囚われずに心を開き、彼の示す証拠について熟考してみるべきだと提案したい。彼は、とても興味をそそる概念を幾つか提示している。例えば、彼は「我々は目撃者の現実感覚を歪めてしまうようなテクノロジーを既に有している」と記す。テレビは我々の意識をあまりにうまくコントロールするため、時に我々は、目前の光景がリアルなものなのか作り物なのか、実際に起きていることなのか仕組まれたものなのかが分からなくなってしまうことがある。そればかりか広告主は、我々がその商品を欲しがるようなサブリミナルな条件づけ――その際、我々は彼らのメッセージに晒されているという自覚をもてないのである――をも用いている。

 そのような仕掛けがいま存在するというのなら、それより発達したテクノロジーを用いた時にはどんなことが起こるのだろう? 我々自身の進歩・発展の歴史を見れば、あらかたの想像はつく。今から一世紀前には、人間が月面を歩き、我々がそのようすを家で見たり聞いたりできるようになる――などというのは、およそありえないことと思われていただろう。今日可能性のあることが、やがて「実現された事実」として日の目をみる、というのは大いにありうることだ。

 ヴァレの仮説は、これまでUFO研究者に無視されてきたUFOの或る側面――つまりコンタクティーの社会的影響力といったものを説明しようと試みている。彼らは、「あたかも」本書に列挙された幾つかの原理原則に従って操作されているかのような行動を取っている。ある現象を「あたかも・・・のように」と表現する方法は、物理学や社会学で用いられている。それは非常に有用なものたりうるが、しかし注意深く用いられねばならないものでもある。我々は結果を目的を混同してはならない。或る結果が偶然の産物だということはありうるが、目的というのは意図的なものなのだから。こうした区別をすることは、UFOのようなトピックにおいてはとりわけ重要であり、ヴァレもそのことには気づいている。彼はコンタクティーの信仰がもたらしたものを探り、それから故意に「意図の領域」にいたる境界へと足を踏み入れていく。こうした方法があればこそ、彼はコンタクティーという現象の背後にあるのかもしれない「動機」を識別することができたのである。

 ヴァレは恐ろしい結末をもたらすかもしれない或る現象を説明すべく、称賛に値するような努力を積み重ねてきた。彼が正しいのか間違っているのかはわからないし、その真偽が明らかになることはこれからも決してないだろう。しかし少なくともこう言うことはできる――彼は、新旧両大陸のコンタクティー・カルトに対する観察報告を、たいへんな厚みをもったかたちで自ら積み上げ、そのことによって我々の理解を深めてくれたのである。潜在的にとても重要な意味を秘めている一つの社会運動を、才能あふれる手腕を擁して切り取ったこの研究が、社会科学者ではなく物理学者によってなされた、というのは皮肉なことではある。彼が進むべき道を指し示してくれた以上、他の研究者たちはその後に続いていってほしいものだと、私は願っている。(おわり)

 


 

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米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が今月上旬、「米当局はこれまでUFOのニセ情報拡散工作を続けてきた!」と報じた先の記事は大きな反響を呼んだところであるが、その続編ともいうべき記事がこのほど公開された(このエントリー参照のこと)。

米東部時間6月21日付の記事のタイトルは「Was It Scrap Metal or an Alien Spacecraft?  The Army Asked an Elite Defense Lab to Investigate」。直訳すると「それは金属クズなのか、それともエイリアンの宇宙船だったのか?――軍は一流防衛研究所に調査を依頼した」といったところだろう。

ここで改めて今にいたる経緯を復習しておくと、近年の米国では「米政府はひそかに墜落したUAPを捕獲してリバース・エンジニアリングをしている」といった主張が一部「ホイッスルブロワー」と称する人々によって盛んになされているワケであるが、米政府のUAP調査機関AARO(全領域異常解決局)は「ホンマにそんなことあるんかい?」ということで、これまで事実解明に向けた調査を続けてきた。

その結果、AAROとしては昨年の時点で「とりあえずそんな事実はなかったわ」という結論を出しているのであるが、「詳しい話はまた後日別の報告書で出しますんで」という話になっている。このたびの一連のWSJの記事というのは、言ってみればその調査の内実をいちはやく報じたものであって、要するに「UAP/UFO シーンの背後にはこんなアヤシイ動きがあるんやで」ということを暴露しているのである。

そこで先の第一弾に続いて今回の第二弾が光を当てているのは、この手の「エイリアンの宇宙船捕獲セリ!」みたいな言説を吹聴している人々の存在である。だがよくよく読めば、この記事の射程は「なんなんだコイツらは?」みたいなところにはとどまらず、むしろその向こう側に見え隠れする、彼らを巧妙にコントロールしようとしている「何者か」のところににまで及んでいる気がしないでもない・・・・・・あ、いや、しかし今ここであまり先走ったことを言ってもよく分からんだろうな。よろしい、ではまずは順を追ってこの記事の内容を追っていくことにしよう。

この記事の導入部では、まず「墜落した円盤の破片」をめぐる一つのエピソードが紹介されている。それによると1966年、ラジオ番組「コースト・トゥ・コーストAM」で名高いパーソナリティ、アート・ベルのもとに「ロズウェル事件で墜落した円盤の破片だ」という金属片が送られてきた。いろいろと紆余曲折を経たようではあるが、その金属片は2019年になって、アーチスト上がりのトム・デロングが設立したUFO ビリーバーの団体「トゥー・ザ・スターズ・アカデミー」に買い取られる。

案の定、ここで検査された金属片は「なんとコレ地球上のものではなかったよ!!」という話になってしまうワケだが(笑)、そう語ったのはこの団体の顧問である地球物理学者エリック・デイビスである。 彼はテレポーテーションやら反重力装置の研究などに長年取り組み、アメリカのUFOシーンでも一目置かれている人物だ*。そしてこの「トゥー・ザ・スターズ」には、AAROに先立つ政府のUAP調査プログラムに参画していた元国防総省のルイス・エリゾンド、高名な超心理学者ハロルド・パソフもメンバーとして連なっていた。要するに「トゥー・ザ・スターズ」にはUAP政府秘匿説を牽引する大物3氏が揃っていた。では彼らに対してAAROはどのような調査を行ったのか。導入部につなげるようにして、記事はここから本題へと入っていく。

    *注:この記事では論及されていないけれども、エリック・デイビスというのはUFO業界を騒がせた「ウィルソン―デイビスメモ」の当事者としてもとっても有名である。「なにそのウィルソン―デイビスメモって?」という人もいるかもしらんので簡単に説明しておくが、これはUFO大好きで知られた宇宙飛行士エドガー・ミッシェルが2016年に死んだ後、その遺品から発見された文書で、エリック・デイビスが米国防情報局長官も務めたトーマス・ウィルソン元海軍中将と2002年に面談した時の記録とされている。オレは伝聞でしか中味を知らないが、ここでウィルソンは「墜落したUFOを民間企業がイロイロ調査してるプロジェクトがあるってんでオレも調べてみたんだけど、結局『アンタには教えられません』ゆうて拒否されちまってさあ」と語っているのだそうだ。なお、当然ながらトーマス・ウィルソンはメモは作りものだと言って完全否定しており、デイビスのほうは基本ノーコメントだが何となく肯定してるニュアンスのことも言ってるらしい。関心のある方は各自調べられたし。


さて、まずはエリック・デイビスである。AAROが調査を進めていく中で、「米政府が宇宙船をひそかに調べている」という話の源泉の一つはどうやらこのエリック・デイビスだということになったらしい。そこで当時のAARO局長ショーン・カークパトリックは「ホントのとこはどうなの?」と話を聞いてみたのだという。するとデイビス、イロイロと面白い事を言ったそうだ。

曰く――「エイリアン関連のプログラムはアメリカだけじゃなくてロシアもやってるよ。オレ、ロシアに墜落したUFOについてCIAから調査頼まれたことあるし。ロシアはUFOからぶっこ抜いたレーザーシステムのリバースエンジニアリングやってるんだってサ(かなり意訳)」

CIAは「イヤ彼にはそんなこと頼んでない」といって否定したそうだが、まぁそれはイイ。連中がいつも本当のことを言うとは限らないのは当然である。それはそれとして、こうしたAAROの調査では興味深いことが一つ分かったという。このプロセスでデイビスが入手していたデータに当たってみると、それはロシアが実際に開発しているレーザープログラムに関するホンモノの資料だったという。要するに、アメリカでもロシアでも墜落UFOが研究対象になっているという話に証拠はないんだけれども、「UFOから引っこ抜いた」とされる新たなレーザーシステム自体は確かに実在していた。ということは、「ロシアにUFOが墜ちた」という部分は本当の話に接ぎ木されたウソになる。これは実際に進めているプログラムの目くらましとしてアメリカ向けにロシア自身がばらまいたニセ情報だったのでは――AAROはそんな判断をしているのだという。記事にも書いてあるが、「リアルな兵器をUFOだといって隠蔽する」手口をアメリカばかりかロシアもやってたのだとしたら何とも面白い。

記事では次いでハロルド・パソフをめぐるエピソードを記す。2004年、パソフはバージニア州で開かれたホワイトハウス企画のパネルに招かれたことがあるという。テーマは「政府の墜落宇宙船回収プログラムの存在は最終的に公表すべきか?」。要するに、これまで政府が秘匿していた情報を明かした時、どんな事態が生じるかを考えて対応策を練ってほしいというものだった。コレが本当の話だったら、ホイッスルブロワーたちの証言にも若干の信憑性が出てくる。そこで調査に入ったカークパトリックだが、当時のブッシュ大統領首席補佐官に問い合わせたところ「宇宙人の秘密を暴露する計画など一切知らない」という返答があったのだという(あとでまた触れたいが、評者のみるところこの話には巧妙にパソフをコントロールしようという何者かの意思が見て取れる)。

最後にルー・エリゾンドである。彼は政府内でのUAP調査のプロセスで、人間ならざる知性体は来訪していると主張する人物だ。カークパトリックとしても当然その話を聴取することになる。だが、自ら確たる証拠を示すことは守秘義務の問題もあってできないと彼はいう。次善の策としてエリゾンドはこう語る。「国防総省のオフィスの金庫にハードディスクが保管されている。そこに全てのファイルはある。数日前に元同僚に確認済みだ」。だが、ブツを押さえるべく数時間後にFBIがオフィスを急襲したところ、肝心の金庫は空だった。付言すれば、AAROはエリゾンドのかつての上司に「エイリアンに関するプロジェクト」について聞いたりもしたが、「聞いたことがない」と一蹴されたという。要するに全くウラは取れなかったというのである。

さて、ここでいったん冒頭に出てきたナゾの金属片についていえば、AAROがその後、この金属を入手してオークリッジ国立研究所で検査にかけたところ、最終的にコレは何の変哲もない合金であることが判明したという。「コレは地球のものではない」みたいな主張もあったけれども公的機関がちゃんと調べたらそんなことはなかった。大逆転を可能にする「物証」は存在していなかった。

そして、デイビス、パソフ、エリゾンドに当たっても、やはり彼らから確たる証拠を得ることはできなかった。だがこの記事を読む限りでは、彼らが「自分でわかっていて虚偽を申し立てている」という印象は乏しい。記者の含意はおそらく「彼らの主張は限りなくあやしいが、実は彼らもまた何者かに騙され巧妙にコントロールされている」というものではないのだろうか。個人的にはずっと、この手の人士は「仕掛ける側」――ヴァレ言うところの「欺瞞の使者」だろうという気がしていたので、そのへんのニュアンスにはなかなかに考えさせられた。

とまれ、「実在するUFOを隠す」というのではなく「UFOがあるように見せかける」陰謀というのは一体どこまで広がりを見せていたのだろう。今後のAAROの報告、あるいは現地のジャーナリストの仕事でもいいのだが、さらにその辺の実態が分かってくればなかなか面白いことになりそうだ。続報を待ちたい。(おわり)



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 「米国防総省が秘密裏にUFO/UAPの調査を行っていた」という2017年のニューヨークタイムズのスクープをきっかけに、UAP問題が近年改めて注目されているのはUFOファンならご承知のところであろう。

 紆余曲折あった末、米政府は2022年に改めて調査機関AARO(全領域異常対策室)を立ち上げているが、一方では「政府は墜落したUAPを回収してリバースエンジニアリングを行っている」といった主張も世間の耳目を集めている。この種の主張は、政府内でUAP問題に携わってきたという人々が「ホイッスルブロワー」として米議会公聴会などで証言しており、これを受けて一部議員が「政府は情報公開せよ!」と騒ぎ出すなど、事態は風雲急を告げているようでもある。

 だが、本当に「米政府は墜落したUAPを捕獲している」などという事実はあるのだろうか。

 この点については、UFO業界でも長く語られてきた一つの仮説がある。墜落エンバンが存在するという話はしばしば内部事情を知ると称する者たちによってリークされてきたのだが、それを支持する物的証拠はこれまで一切表に出ていない。これは即ち「UFOは墜落していないけれども、ニセの情報を意図的に流してきた者たちがいる」という事を強く示唆しているのだが、その黒幕というのは実は米政府なのだ――という仮説である。

 まぁ要するに一種の陰謀論である。ただ、「米政府は墜落エンバンを密かに保有している」といったショッキングな陰謀論と比較すると、こっちは「墜落エンバンなんてありません」というのが前提の議論なので、いささか「格落ち」というか、かなりマイルドな陰謀論で、そういう意味ではより蓋然性は高い(と思う)。実際、1980年代には米空軍の諜報員リック・ドーティーなる人物が「UFOは地球に飛来している宇宙船である」といったおはなしを複数のUFO研究者に吹き込み、業界を攪乱させたという故事もある。

 このドーティーは今も健在で、「いやマヂで宇宙人は来てたよ。詳しいことは機密事項なので言えんけど」みたいなことを吹いており、まさに怪人というにふさわしい人物なのだが、彼が関わった事例を具体的に挙げると「ポール・ベネウィッツ事件」というのがある。どういう話かというと、ニューメキシコ州のカートランド空軍基地の近くに住んでいたポール・ベネウィッツという科学者&事業家がUFOを目撃し、空軍に連絡をする。これを受けたドーティーは彼に接触したのだが、そこで何をしたかというと「そう、あんたの目撃したのは間違いなくUFOですぜ」と煽るような情報を次々に与えた(ちなみにドーティーは、この件についてはニセ情報を伝えたことを認めている)。これを真に受けたベネウィッツは「宇宙人は地下基地まで作っている! 嗚呼宇宙人の脅威だ大変だ!」ということで精神が錯乱していき、最後は死んでしまったのである。

 では何でそんなことになってしまったのかであるが、当時空軍基地では秘密のプロジェクトが行われており、ベネウィッツが電波の傍受とかイロイロ始めたンで、当局が「あんたの見てるのはUFOですぜ」とミスリードすることで真相がバレるのを防いだのではないか・・・というのが定説であるらしい(ちなみにこの事案には空軍のほかNSAとかモロモロ絡んでたとも言われる)。

 そうすると、自分のトコの兵器開発を隠すために「何かよく分からないものが飛んでいるのはアレはUFOなのです」とニセ情報を流すのは米当局の常套手段ではなかったのか、という疑念が生じる。陰謀論といやぁ陰謀論なのだが、実例もあるだけに一定の説得力はある。
 

さて、前振りがずいぶん長くなってしまったが、そういうトコロに今回注目すべき情報が流れてきた。米国の一流メディアとして知られる「ウォール・ストリート・ジャーナル」が6月6日、この問題に関するスクープを放った。タイトルは「アメリカのUFO神話を煽ったペンタゴンのニセ情報」。

 どういう内容かというと、先述のAAROは、UAPの目撃事例の調査に加えて、これまでの米政府のUFO問題に対する取り組みをリサーチして「エイリアンのエンバン捕獲」といった主張の真偽も調べてきたのであるが、そのプロセスで、ペンタゴンがこれまで意図的にUFOにまつわるニセ情報を流布してきた事実が判明したというのである。

 記事中、具体的な事例としては、とある空軍大佐が1980年代、「エリア51」で開発されていたステルス戦闘機の存在を隠すため、地域住民に「米軍はここで回収したエンバンの研究をしている」といった話をバラまいた話が出てくる。

 あるいは、空軍のとある極秘プロジェクトに参画する将兵たちはエイリアンの乗り物の実在を示唆する資料を渡され、「口外するな」と命じられるようなことが恒常的に行われていた――といった話も出てくる(ちなみに彼らが参加したプログラムは「ヤンキー・ブルー」というコードネームで、そうした乗り物のリバースエンジニアリングに関わるものだと説明されたという)。これなどは大衆のみならず軍内部の多くの人間もまんまと騙されていたということだろう。

 加えて記事の後段では、核ミサイルサイロにまつわる話も出てくる。1967年、モンタナ州のとある軍施設の上空に楕円形に見える物体が現れたが、その直後に10発のミサイル発射システムがダウンした(記事中に明記されてはいないが所謂「マルムストロム事件」のことであろう)。つまり「UFOによって核施設が無力化された」事例ということになるワケだが、記事によれば、AAROの調査でこれは人為的に引き起こされた事件だったことが判明したのだという。つまり米軍は電磁波パルスで核兵器を無化するシステムを開発しており、現場の兵士には何も知らせることもなく、その実験が行われたというのがその「種明かし」である。

 むろんコレは報告書というようなものではないので、この記事だけでは個々の事例の詳細がよくわからず、隔靴掻痒の感は否めない。それでも天下のWSJだけに、そんなに飛ばして書いているということはないだろう。その上で「証拠を捏造した」とまで断言しているのは相当に重い。巷間ささやかれていた「米政府は秘密兵器の隠れミノにUFOの噂を利用すべく、根も葉もないニセ情報を自らバラまいてきた」説も相当に信憑性があるように思えてくるのである。今回の報道は、或る意味でエポック・メイキング的な意味を持っているのではないかと思う。

 そこで気になるのは、この「陰謀」がどれほどのレベル・深度で展開されてきたかということだ。

 ちなみにAAROは2024年2月に「Report on the Historical Record of U.S. Government Involvement with Unidentified Anomalous Phenomena (UAP) Volume I」という報告書を出しており、先述したように米当局のこれまでのUAP問題への関わり方を総括しているのだが、その際には様々なハレーションを恐れてか、こういう欺瞞工作のくだりは省かれてしまったようだ。ただし記事中には、今後公開を予定している報告書の続編では、いかほどかその内容が公開されるかもしれないというようなことも書いてある。

 もう一つ言うと、この記事自体にも続きがあるようで、そこでは「墜落した宇宙船の金属片」をめぐるストーリー(?)が紹介されるようなことが末尾で予告されている。面白そうじゃないか。期待して続編を待ちたい。(その2へつづく


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 いぜん閑古鳥が鳴いている当ブログであるが、今回紹介したいのはジャック・ヴァレの著書『欺瞞の使者 Messengers of Deception: UFO Contacts and Cults』(1979年)である。まずは本書がいかなる本なのかということについて粗々の解説をしておきたいのだが、大きくいうとこれは「陰謀論」の本である。

  ヴァレに興味のある方は先刻ご承知かと思うが、ユーフォロジストとしての彼の一枚看板は「UFOの地球外起源説(いわゆるET仮説)はデタラメだよ!」というものである。要するにUFOというのは宇宙人なんかとは全然関係ない、何だかよくわからん超自然的な存在であるということを彼はこれまでずっと主張してきた。一方で彼は「UFO現象というのは人間を何らかの形でコントロールする意図を有しているのではないか」といって、これを「コントロール・システム仮説」などと称しているのだが、これなんかもこの反ET説から派生するかたちで出てきているのだった。

  しかし、「それじゃあそもそもUFOの正体は何なのよ」という疑問が浮かぶ。こういう話になるとヴァレはまた禅問答のような話をしはじめてしまうので結局よくわからない。従ってでココではそういう話は省略するのだが、ともかくヴァレにはこの反ET論者としての顔がある。ところがヴァレにはもう一つの看板がある。それが「陰謀論者」としてのヴァレであって、この本はまさにそういう問題意識から書かれたものなのだった。

  それは、とりあえず「UFOは実在するのか」「UFOとは何なのか」といった問題とは離れたところで出てくる議論である。そういうものが実在するのかどうかはさておいて、この社会には、世間に流布しているUFOにまつわる伝説・おはなしを自分たちの何らかの目的のためにうまいこと利用している悪どい組織・団体があるんではないか――彼はしばしばそういうことを説いている。本書のタイトルにもなっている「欺瞞の使者」というのは、まさにそういう連中のことを指しているのである。

 ただ、本書で「欺瞞の使者」扱いされているのはUFOをネタに信者さんを集めているようなカルトばかりではなくて、米政府なんかも一種の陰謀の主体として想定されている。実際、陰謀論者としてのヴァレは「米政府はUFOの正体なんか全然分かってない。でも、たとえば開発中の秘密兵器がUFO扱いされたら大衆から真相が隠されてとっても都合が良いよね。だから米政府はこれまで故意にUFOにまつわるホラ話を流してきたフシがある」みたいなことをこれまで盛んに言ってきた(ここでは触れないが、彼はそういう陰謀が実在する証拠として「ペンタクル・メモ」と称する文書を見つけたとかいって大騒ぎしたこともある)。

  ここでちょっとだけ脱線すると、ヴァレはこの「米政府はどこまで知っているのか」という論点にかんして、2021年の最新刊『Trinity』で「どうも米軍は1945年の時点で墜落UFOを回収・調査していたようだ」ということを言いだしている。要するに従来の主張との整合性がちょっとおかしくなってきているのだが、そこは「いやいや回収してリバースエンジニアリングなんかもしたンだけど、結局何も分からんかったようだ」みたいなロジックで逃げようとしているようなのである。ここまでくるとどうも彼は陰謀論のダークサイドに堕ちかけているようで心配なのだが、話を元に戻すともともと彼にはそういう陰謀論者としての素地があったのだ。

  かくて「UFO方面で蠢いているアヤシイ人々を追ってみました」ということで彼が書いたのがこの本だったわけだが、参考までにいうと、ヴァレの数少ない邦訳書に『人はなぜエイリアン神話を求めるのか』(1996――原題は『Revelations: Alien Contact and Human Deception』(1991)――というのがあるンだが、これなんかも陰謀論系列の本ということができる。

  個人的にはこの「陰謀論者としてのヴァレ」というのはあんまり好きではない。しかし、この本を読むとなんかよくわからん有象無象のUFOカルト的なものがイロイロ出てきたりして、UFOをめぐる「うさんくささ」というのが行間からジワジワとにじみ出ているような気がする。言ってみれば本書はそういう「怪作」として楽しむべき本なのだろう。いつかちゃんと内容の紹介もしてみたいと思っているのだが、それはまた後日。



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 書影。これはたぶん初版のであるがなかなかに洒落ている

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「読めもしないのについつい買ってしまったUFO洋書シリーズ」(笑)がまた一冊届く。

今回のは『Saucers, Spooks and Kooks: UFO Disinformation in the Age of Aquarius』(2021)。直訳すると「円盤とスパイと変人と―水瓶座の時代におけるニセUFO情報」といったところか(ちなみにSpookという言葉には「諜報員」のほかに「怖い話」という意味もあるようなので本当はそっちかもしらん)。

著者のアダム・ゴライトリーという人はUFOのようなフリンジ・カルチャーに詳しい物書きのようであるが、本当のところはよくわかりません。ただ、本日時点でAmazonレビューをみてみると評点は4.4ということでなかなか評判は宜しいようだ。

そのレビューなどをザッとみる限りではこの本、例のポール・ベネウィッツの悲劇なども含めて米当局はどうやらUFOにまつわる怪情報を意図的にギョーカイに流して事態を混乱させてるんではないか――みたいな疑惑を追及しているものであるらしい。

これはX(旧Twitter)のほうにもちょっと書いたことであるが、要するにジャック・ヴァレ『Messengers of Deception』(1979)だとか、リチャード・ドーティ周りの怪しい動きを追ったマーク・ピルキントン『Mirage Men』(2010)とかの系譜に連なる本ということになるのだろう。実際にはその『Mirage Men』も全然読まンで放置している実態というものもあり、こっちに行き着くのはいつになるか――というか生きてるウチに読めるのかもわからんのだが(笑)まぁソコはなんとかしたい。

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オレが定期的に巡回している「UFO研究家」のブログがある。

何故というにこのブログ、実にオモシロイからである。ブログをみると、彼は某著名UFO研究団体の幹部らしく、かつ相当なUFO関連の資料コレクターである。で、ブログにその資料の写真を――たとえば人によっては垂涎のレアものであるCBAなどという昔の日本のUFO団体の資料などを載せては「どうだオレはこういうの持ってるンだぞー」といって威張っているのである。

いや、実際に相当なレアものを持っているのは確かで、そのブログには外国の高名なUFO研究家のサイン本だとか書簡とかなどもしばしば出てくる。だがもちろんそれは、この研究家が自分で受け取った手紙ではなく、ほかの誰かさん宛の手紙だったりするので、いささかゲスな勘ぐりで申し訳ないのだが、おそらくはおカネをつんでどっかから買いとってこられたのではないだろうか? まぁ初手から「何なんだろうネこの方は」という感じはある。その自己顕示欲たっぷりの「ふんぞりかえりっぷり」が、何というか、或る意味「読ませる」。

これは余談であるが、このおじさんのブログには高級そうな料理屋に行って「アレ食ったコレ食った」的なエントリーもたびたび登場し、そんな店に行ったこともないオレからすると「先祖伝来の田んぼでも売ったンか知らんが金持ちはえーなー」という羨望の念が浮かんだりするのであったが、絵に描いたような俗物というのはかえって清々しいのだった(笑)。

いや、そのオモシロさというのはそういう奇特な人物の面白さにとどまらないのである。

このおじさんが自慢げにブログで紹介している資料には当然英文のものが多くある。なので、そこには抄訳的に日本語訳が載っていたりするのだが、その翻訳なるものが実に危なっかしい。というか、よくわからない。

失礼ながらハッキリ言わせていただくと、この方は英語がちゃんと読めないのではないかと思われる。でも資料だけはたんと集めて、その上で「紙ベースの資料じゃなきゃダメだ、ネットでの情報収集など邪道ナリ!」とかいっていつもブログで咆吼されておられるw。つまりオレサマこそがエライのだと言いたいらしい。

なんだかそういう古株の人がエバっている。それがオモシロイ。オモシロくってやがて哀しい。これが日本のユーフォロジーの実態なのだろうなぁと思う。

などということをずっと考えていて、Twitterにチラチラそのあたりのコトを書いたこともあったのだが、その辺の妙味を味わっていただきたく、今回、この方のブログに載っていた「英文和訳」を添削してさしあげることにした。以下、「原文」「おじさんの訳」「拙訳」を順に示す。オレは別に英語は堪能ではないが、かなりマシだとは思うので。たぶん。




(原文その1)The flight proceded without incident until over the Dale Holow Reservoir at which point Capt. Mantell signaled for intrail formation and proceded to drop down and make two 360° orbits over the reservoir (以下略)


(おじさん訳)飛行は、その時点でDale Hollow貯水池の上まで問題なく進行した。マンテル大尉は、内陸部の形成について合図し、そして降下して貯水池を越え2つの360°軌道を作ることを始めた。
  • 「内陸部の形成について合図する」というのは何なんでしょうネ。マンテルは造物主気取りで天地創造でもしていたのでせうかw

(拙訳)そのフライトは、デール・ホロウ湖の上空に至るまで何事もなく進んでいったのだが、そこでマンテル大尉は一列縦隊の態勢をとるよう合図してから降下を始め、湖上で360度のターンを二度繰り返した。




(原文その2)Since the Air Force is responsible for control of the air in the defense of the U.S., it is imperative that all other agencies cooporate in confirming or denying the possibility that these objects have a domestic origin.


(おじさん訳)空軍が米国の防衛における航空管制に責任を負うのであれば、他のすべての機関がこれらの物が国内起源である可能性を確認または否定するために協力することが不可欠である。
  • うーん、UFOは「宇宙から来てる」と言えばいいのか「国内から発進してマス」といえばいいのか。どっち方向に「忖度」すればいいのかこれではよくわからないので困りますネ

(拙訳)空軍が合衆国の防空に責任を負っている以上、こうした物体が国内に起源をもっている可能性があるのか・無いのかを明らかにするよう、他のあらゆる機関と協力態勢を取らねばならない。



【追記】

ちなみに、それではこの方はご自慢の豊富なコレクション(笑)を活用してUFO本の一冊も書いているのかと思って検索してみたことがあるのだが、どうもそういう実績は皆無らしい。唯一、日本屈指のUFO事件として知られる介良事件にかんして「アレはエイリアンが地球製灰皿を改造して飛ばしたものである」などとすこぶるユニークな珍説を唱えているとの由。

日本のUFO研究家はしばしば世間サマから「頭のネジが一本抜けたヒト」扱いされてしまうのだが、残念ながらそれにはそれ相応の理由があるのではないか。



【追記2】

そうだ、もうひとつ書いておきたいことがあった。

この方のブログには「宇宙人にジョグに入れた水を渡したら、そのあとお返しみたいにして連中からパンケーキをもらったおじさん」の話、いわゆる「イーグル・リバー事件」のことも書いてある。で、そのページをみると確かにいろいろな関連資料を集めていらっしゃることはわかる。が、残念、書いていることがまったく薄っぺらい。

そもそもなぜこの事件が世界のUFOシーンで注目されたのかというと、やはりそこではジャック・ヴァレの仕事に触れざるを得ない。

この事件、こういう荒唐無稽な話だっただけに、当初は目撃者のサイモントン(シモントンとする邦文資料もあるが、ここは彼の表記に従う)という田舎のオッサンの妄想だろうという扱いを受けていた。が、そこでヴァレが「ん? そういやぁアイルランドの妖精譚とかだと妖精はキレイな水を欲しがるっていうのは定番だよなー。で、連中の食い物には塩が入っていないという話もあるぜ」みたいなことを考えた。

実際、成分分析にかけた「パンケーキ」からは塩=塩化ナトリウムが検出されなかったみたいに見える資料もあったことから、ヴァレは「なるほどUFO事件っていうのは妖精の出現とほとんど同一と考えていいんじゃねーか」ということを言いだし、名著『マゴニアへのパスポート』を著した(その含意は「UFO現象というのは別に宇宙人なんかとは関係ねえだろう」というものである)。

実のところ、「パンケーキ」からは塩が検出されたというデータもある。なので、そこに限っては妖精譚との類似というのは認められず、そこはヴァレの勇み足だったようなのであるが、ともあれそういう文脈の中でイーグル・リバー事件は「よみがえった」。

いささか長い前振りになってしまったが、ともあれそういう前提の上でこの自称研究家のブログを読んでみると、こういうヴァレの議論がまったくスルーされていることに気づく。一カ所、ヴァレとアレン・ハイネックの共著『The Edge of Reality』がこの事件に触れているという記述はあるが、それっきりである。

一方、一連のブログでこのおじさんが力を込めて強調しているのは

■宇宙人のズボンの横には赤いラインが入っていたという記録があるが、正しくは白だった
■サイモントンは養鶏家ではなかった
といった、オレから言わせれば実にトリビアルなおはなしである。

まさに「木をみて森を見ず」。頑張って集めた資料を虫めがね片手に一生懸命よむのも結構だが、一歩進んで、そこから何か意味のあることを引き出すクリエイティビティがなければいくら威張っても虚しくはないか。UFO研究家だとかいうんなら。


【追記3】

どうせなので、もうひとつ言っておくか。

このおじさん、「その辺のネット情報を参考にしたようなUFO本は手抜きである、商業出版するンならちゃんと紙資料にも当たりなさい」的なことを再三再四ブログで言っておられる。ここからオレが思うことは二つある。

一つは、ここに見られる市販のUFO本への彼の「敵意」である。

おそらくそこで攻撃対象として想定されているのはASIOSあたりが出しているUFO本なのだが、オレなんかは「別にネットでチャチャっと情報集めて本作ったって別にイイじゃん」と思う。だが、彼は「ちゃんと文書資料に当たらんとダメ」とかワケワカンネー説教を始める。そこには当然「紙ベースの資料イッパイ持ってるオレはエライ」という含意があるわけだが、これはオレが推察するに、長年自称「UFO研究家」をやってきたにも関わらず、どこからも「じゃあNさんUFO本書いてネ」というオファーが無かったが故の彼のルサンチマンの表現ではないのだろうか?

でも、それはおそらく自業自得なのである。上にも書いたように、いくら資料集めたって英語力がアヤシイのでちゃんと読めない。資料を分析して独創的なアイデアを生み出す能力もない。ただ長い間ギョーカイにいただけ。そんなヒトに「UFO本書いて!」なんて注文が来るハズがないのである。そう、自業自得。

オレが思うこと「その二」。

「チャチャっとそこいらの情報を小器用にまとめただけのUFO本はダメ」という彼の「持論」に従うのであれば、当然そこで第一に批判されるべきは近年国内で最も多くのUFO関連本を量産している某N木S一Rさんであると思う。心あるUFOマニアであれば皆さん知っていることであるが、この人は明らかなHOAX(「でっち上げ」の意)と判明している事例を本のなかで平気で紹介したりしてる(この点について、ギョーカイには「彼は生活のためにわかっててそういうことしてるんだよ見逃してやんなよ」という人もいるが、オレはそういうのは認めない)。

だが、彼は決してN木さんを批判しない。何故か。

実はN木さんというのは、このおじさんが幹部を務めているUFO団体の主宰者なのである。ブログをみていると、たまに団体の会合だナンだといって一緒に仲良く酒飲んでる写真なんかもアップしている。親分なので「忖度」しているということなのだろうか。N木さんを批判してるンならそれはそれで主張に一貫性は出てくるので「まあそういう主張もありだろう」と思うのだが、残念ながらそういう真っ当な姿勢は見てとれない。とゆーか、そういう安直なHOAX案件を平気で載せてるN木さんの本を賞賛してたりする!

親分―子分関係で縛られてるようじゃ日本のユーフォロジー駄目だろうよ。それがオレの結論である。






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以前もチラッと書いたように「日本のUFO研究家50人」(「UFOと宇宙」1979年9月号)という記事はなかなかに味わい深い。まず第一に、人物紹介の文章を読んでも何を言いたいのかイマイチよくわからんところがステキである。とゆーか「わかってもらってたまるか」的なアナーキーな感じが好ましい。今回PCのデータフォルダを漁っていてむかしコピーした画像をみかけたので、また少し貼っておこう。

右の方の男性は陰謀論でそこそこ有名な方である。左の方の女性は全然知らんが、横顔はなかなかミステリアスな感じでイイじゃん、みたいな。いずれもお名前のところは消しておきました。


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最近「郡純とは何者だったのか」と題するエントリーを何本か書いたところであるが、ちょうどそのタイミングで、まさにその「郡純」を名乗る人がネット上に出現した。

郡純公式サイト」というのが拠点であるようだが、フェイスブックやツイッターにもアカウントを作っておられる。YOUTUBEにもこんなのが上がっておる。



声を聴く限りでは昔とだいぶ感じが違う。だが、新旧の画像でとりわけ個人差が大きいと言われる「耳の形状」を比較してみるとかなり似ている。1953年12月生まれと著書に書いてあるので、それが正しければ63歳で、だいぶ老けておられても当然である。同一人物の可能性は高いのかもしれない。

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だがしかし、このたびのサイトであるとかYOUTUBEとかを見ても、何をしようとしているのかは皆目わからない。

そもそもほとんどがでっち上げであることがわかってしまった1991年刊の『最新 異星人遭遇事件百科』についての釈明とか言い訳とかは一切無い。

にもかかわらず、いまここにきて、宇宙人についての「正しい知識と見方」を普及したいとかいって再び表舞台に出てきたというのは何なのか。韮沢さん的に「ツッコミを入れてもらってナンボのUFOおたく」的芸風で稼ごうとでもいうのか。Kindleで何だか小説みたいなのを売っておられるようだが、その辺が狙いなのであろうか。だがしかし、オレとしては、すべては26年前の総括をしてからの話であると思う。

さまざまな謎をはらんだ郡純問題。今後の展開に注目していきたい(笑)。





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郡純氏の『異星人遭遇事件百科』は、おそらく筆者が「ボクのかんがえた、さいきょうのUFO事件」を事実の如く書いてしまったところに生まれた奇書ではなかったか。前回はそういうことを書いた。

その関連で、「実はこれも似たケースではなかったか」とオレが睨んでいる案件がある。以下、いささか遠回りになるけれども、その話をしてみたい。

匿名掲示板の2ちゃんねるのオカルト板に、かつて「ハードなUFO議論モトム 2」というスレがあった。そこを舞台に―――オレはリアルタイムで立ち会ったわけではないけれども、具体的にいうと2002年、エンジェル・パスというハンドルネームで盛んに書き込みをしている人物がいたのだという。

そのログを読むと、このエンジェル・パス氏は相当にUFOに詳しい人物のようであるし、言ってることもかなりマトモである。自らについては「大学卒業後、某雑誌社に就職」したとか言っている。ただ、それが本当かどうかはもちろんわからない。

さて、そんな人物が、このスレッドでとつぜん奇妙な話を語り出す。曰く――


かつて或る県の公益財団法人が、UFOを調査・研究するチームを組織していたことがあり、自分はそれに参画していた。

これはオウム事件を受け、青少年がああいうのにはまらんようにエセ科学を解析して啓蒙しようという狙いで立ち上げられたもので、その調査は若手科学者を中心に3年ほど続けられた。

だが、財団には公的資金が入っていたため自治体の議員からクレームが入り、研究は頓挫してしまう。公的な記録は失われた。しかし、個人的なデータは生き残っている。2年後をメドに研究内容を本にして出したいと思っている。


まあ、おおむねこのような内容で、地下鉄オウム事件の1995年以降、つまり90年代後半にこういう活動があったということを主張しているのである。で、このログには、具体的な未解明事件の一例なども語られている(簡単にいうと、夜間、県道沿いの森に車を停めていたアベックがパンケーキ型の飛行物体に追われ、逃げていく途中で取り締まり中の警官に遭遇、難を逃れた――といった感じのものである)。

だがしかし、もちろん彼が言っていたようなUFO研究報告の本が出版されることはなかった。あれはいったいナンだったのか、という謎をUFOファンの間に残したまま、このエンジェル・パス氏は闇に消えていったのである。

さて、それでは我々はこの案件をどう考えるべきか。

確かにログをたどるとエンジェル・パス氏の一連の書き込みは総じていえば説得力がある。真剣にいろいろと事件を調べていた風もある。となると、なんかこういう組織的なUFO研究がホントにあったのかもしれないなーと一瞬考えたくなってしまう。だが、オレとしてはこんな「UFO研究が行われた」という話はおよそありえんだろうと思っている。

そもそもの始まりは、オウム事件のようなことが起きないよう青少年に科学的な啓蒙をするのが狙いだった、という。だが、その啓蒙のためにわざわざ「UFOは虚妄である」ことを論証する、というのはフツーの感覚ではありえない。

考えてもみてください。

米国ではかつて「UFOの正体は何なんだ!ちゃんと突き止めろや」という国民の突き上げなどもあって、政府肝いりで設置されたコンドン委員会というものが1966年から68年にかけて、科学者たちを集めてこの問題の解明を試みたことがあった。いま手元に資料がないのでナンだが、費やされた予算は確か50万ドルぐらいだったハズで、仮に数十万ドルということであれば当時の邦貨で1億円規模ということにもなろう(言うまでもなく当時の1億円というのは今の何倍かの価値があったであろう)。

だが、最終的にはこんな一大プロジェクトをもってしてもUFOの何たるかは解明できなかった(そもそもスタッフがやる気がなかったンだよ、というような批判はとりあえず却下シマスw)。

コンドン委員会ですらこの体たらくである。その財団法人とやらがどれほどの予算をかけたのかは知らんが、そんなものをそこら辺のヒマな若手学者が片手間で「解明」できると考えるほうがおかしいのである(その辺のことはUFOに詳しいエンジェル・パス氏であれば、当然知っているはずである)。

だいたい啓蒙活動というからには、いやしくも公的な団体であるのだから、そんなチャレンジングなことをやっておる余裕はなく、もっと確実に成果のあがるプロジェクトを企画せねばなるまい。当時そんなものがあったかどうかは知らんが、「水からの伝言」バスタープロジェクトあたりで手を打つのがオトナの良識というものではあるまいか。

それに議員がアレコレいうより前、予算を組む時点で評議員とかいろいろいるハズなんだから「こりゃ無理スジだろう」という話にもなるだろう。おそらく企画立案者は「あんた熱あるんじゃないの?」といって自宅休養を促されたハズである。

けっきょくのところこのエンジェル・パス氏も、郡純氏と同様、UFO大好き人間として「ボクのかんがえた、さいきょうのUFO事件」――というか、この場合は「ボクのかんがえた、さいきょうのUFO調査チーム」を妄想し、そこに勇躍参加する自らの勇姿を想像することで、もって我が身の無聊を慰めていたということなのではなかろうか。

いや、ここでさらに大胆な「推理」をしてしまえば、この郡純氏とエンジェル・パス氏は実は同一人物であった、という可能性すら考えられないではない!!

なんか、「浮世絵師として一瞬江戸にその姿を現した東洲斎写楽の正体は実は葛飾北斎であった」みたいな破天荒な話になってくるけれども、虚心坦懐に考えれば、その妄想の出現パターンは両者でほとんど同じなんじゃねーかという気がしないでもないので仕方がない、いやこれは冗談じゃなく(冗談だけど)。

『異星人遭遇事件百科』で脚光を浴びたが、全然証拠を出せないんで「こいつインチキじゃん」といってその世界から放逐された郡純氏が、かつての栄華の日々忘れがたく、匿名掲示板が舞台というのはいささか寂しいけれどもそれっぽい燃料を投下すればまたチヤホヤしてくれるんじゃねーか、ということで再びこういう仕掛けを作った……うーん、何か我ながら出来過ぎのような気がするが、「現実は小説より奇なり」などともいうからな。

ま、このお二方が別人であってもいい。いずれにせよ、こうやって我が国のUFOシーンを撹乱していったという点からすれば、彼らはジャック・ヴァレ言うところの「欺瞞の使者」であったという風に言わざるを得ない。

「いやそんなことはない、オレはあくまでも本当のことを言っているのだ」ということであったなら、エンジェル・パスさん、今からでも遅くないので表に出てきていただきたい。あるいは、そのへんの事情を知っている人がいたら「いや、あれの真相は…」とかいって本当のことを語ってほしい。日本じゅうのUFOマニアはきっと、そんな展開をいまだに待ち続けているハズだ。(おわり)








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さて、この郡純氏の著書『異星人遭遇事件百科』ならびにテレビ番組における話法でひとつの特徴となっているのは、「UFOの本場・アメリカでの研究によれば・・・」といったスタイルによる立論である。

もちろんそこで登場する研究団体、たとえば「プロジェクトIIA」などというものは実在しないので(笑)実際には説得力はないのだが、よくよく考えてみればこうした議論のスタイルは、日本におけるUFO言説においてごく当たり前に用いられてきたものである。

何故なら、およそ日本においてUFOにかかわる重大事件として語られてきたものは、「アーノルド事件」にせよ「ロズウェル事件」にせよ「ヒル夫妻事件」にせよ、多くが米国発である。もちろんわが国にも「介良事件」「甲府事件」といったものはあるけれども、質的にも量的にも彼の国に見劣りすることは否めない。

有り体に言ってしまえば、日本のユーフォロジーというのはアメリカさんの「後追い」に終始してきた面が非常に強い。

いや、これはオレ自身の反省でもあって、再三「ジャック・ヴァレはこんなことを言っている」などと書き散らかしているこのブログ自体が「舶来」をありがたがる「植民地根性」にどっぷり漬かっていると言えなくもない。

例えば「昔ながらの妖精譚・奇譚と現代のUFO現象は同根である」といったヴァレのテーゼにしたところで、それをそのまま日本に適用できるかどうかは疑問である。例えばここで「妖精」のかわりに例えば「天狗」を代入すればいいのかといえば、それもかなり微妙だ。

そういう意味では天に唾する感はある。あるンだけど、とりあえず自分を棚に上げて言わせてもらえば、日本のユーフォロジーは事例研究から何から、その多くをアメリカに頼ってきた(もちろんヨーロッパとか南米とかでもいろいろ起きているんだが、UFO情報ということでいうとやはりアメリカ経由というのが質・量ともに圧倒的であったから)。

しかるに、そうそう刮目すべき事件が起きるわけではない我が国にあって「なんか起きねえかなぁ」という切実な思いは、日本でUFOにかかわってきた人たちに共通してあったものと推察される。

いささか話が遠回りになったけれども、「アメリカの情報」を頼りにするほかなかった郡氏も実は内心忸怩たるものがあり、どこかで不全感を抱いてきたのではないか。さらに想像をたくましくすれば、おそらく彼はこんな風に考えたハズなのだ。

――ああ、めぼしい事件が起きないんだよなあ、日本って。悔しいなあ。なんかこの国で起きりゃ、このオレ様が縦横に活躍してやるのになあ…

そんな思いを抱いていた彼の胸中に、ある妄想が兆す。

――いろいろ聞くところによれば、この地球には「レティクル座」とかいろんなところから異星人が来ているらしいぞ。となると、連中は日本にも来てるハズだなんだよな。あ、そうだ、じゃあそういう筋書きで「二次創作」してみたらどうだ! この日本を舞台に異星人たちが相争っている。そんなストーリーはどうだ? いや、こいつはなかなか面白いぞ!

かくて彼の脳裏には、異星人が跋扈している「あらまほしき」日本のイメージが膨らみ、あり得たかもしれない衝撃的な事件の数々がまざまざと浮かび上がる。結果、その妄想の世界は一冊の本に結実する。それこそが天下の奇書『異星人遭遇事件百科』。

その空想の世界においては、彼は異星人のたくらみを見抜き、警鐘乱打を打ち鳴らす正義の「異星人アナリスト」である。もはや彼は、アメリカさんの後をついて回るしかない哀しきUFO研究者などではない。かくて、虚構の中に生きる喜びを知った彼は、テレビにまで出て自らの生み出した世界を現実のものであるかのように語り出す。「小説」だったら何の問題もなかったんだろうが、彼としてはそれを「事実」として語ることの誘惑に勝てなかった。そういうことではなかったのかと思う。



加えて、彼の心理を(強引に)もう一歩深読みすることも可能だ。

彼の示す「異星人の勢力分布図」は、様々な異星人が日本を幾つかのブロックに分割して「縄張り」を分け合っているというものであるが、「なんか似たようなのをどっかで見たなあ」とお感じの方もいらっしゃるのではないか。そう、先の大戦後、米国など戦勝国の間で一時期検討されていたという「日本分割統治計画」の地図である。

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 写真左は郡氏の「異星人勢力分布図」、右は「連合軍分割統治地図」

最終的にはアメリカの進駐軍が日本全土を支配することになったけれども、その前段階で、米ソ英中が地域ごとに日本を統治したらどうだろうかという計画があった。その際の各国の幻のテリトリーを示すのがこの地図である。で、彼の「異星人分割地図」は、この「連合軍分割統治地図」にヒントを得て生み出されたものではなかったか、というのがオレの仮説である。

またまた勝手に郡氏の内心を想像してみる。

先にも述べたように、彼は「日本人である自分が一から十までアメリカさんが仕立てた舞台の上で踊らざるを得ない」状況に釈然としない思いを抱いていた。ある意味、日本は「占領」されている。しかしそれが何とも気にくわない。日本人は日本人のユーフォロジーを立ち上げて、この「占領状態」から脱しないとダメなんだ。そのためには「日本が占領されてる」状態をみんなに突きつけないといけない。

そんな潜在意識が「異星人分割地図」を書きだす段になって顔を出してしまった。どこかで見た覚えのある「連合軍分割統治地図」をなぞるようにして、彼は自らの地図を描いてしまう。意識したかどうかはともかく、その地図は「主体性を失った日本への苛立ち」を彼なりに表現するものだったのだ。

………とまぁ、今回も勝手な「推理」を並べ立ててしまった。ただ、先にもちょっと触れたように、ドラスティックな事件が起きない日本において「ボクのかんがえた、さいきょうのUFO事件」を妄想してしまいたくなる心性というのは、この国に生きるUFO愛好家たちがいかほどか共有してきたものではなかったか。

次回はその辺にかかわるおはなしをしてみたい。(つづく
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さて、YOUTUBEでみかけた郡純氏出演のテレビ番組「PRE★STAGE」というのはコレである(消えてたらゴメンなさい)。



「UFO特集第7弾 UFOサミット2」と銘打っており、調べてみると1991年9月30日(月)の深夜0:55~4:30――厳密にいうと実際には10月1日未明ということになるが――にテレビ朝日で放送されたものらしい。

今見ると、のちに「スーパー公務員」としてテレビドラマのモデルにもなり、UFOネタ抜きでメジャー化してしまった高野誠鮮氏、今は亡きコンノケンイチ氏や池田貴族氏、おなじみの秋山眞人氏等々、いろんな人が出ていて懐かしい。

小学館ワンダーライフ編集長の志波秀宇という人も登場していて、オレは全然知らん人であったが、たまたまこないだ買ってきた洋泉社の「怪奇秘宝 山の怪談編 」というムックに当時を回顧して語るインタビュー記事が載っており、なんだかシンクロニシティを感じた。あと、司会はNHKから独立した千田正穂氏。アシスタントは滝本尚美嬢とTARAKOという面々である。

閑話休題。この時期はちょうど例の『最新異星人遭遇事件百科』が出版された直後ということだったせいか、ワンコーナーを任された郡氏は、この本のネタを使いながらUFOについて一席ブっている。以下、そのくだりを採録してみよう。

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     写真は熱っぽくエイリアンについて語る郡氏


いまお話があったように、特に1989年の春以後、日本では、いわゆるアブダクションケース、異星人による日本人の誘拐事件が頻発している、急増の傾向にあるということが言えるわけです。これは一つの、プロジェクトIIAという団体が調べた情報でまとめたものなんですけど。

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各地に頻発している事件、それ自体が地区ごとによって来ている異星人、アブダクトする異星人の種類が異なるという、そこまで限定されてきている。

例えば北海道ですと「琴座」、本州ですと「てんびん座」「レティクル座」。この「レティクル座」というのは二つありますけども、これはいま現在、地球に来ている宇宙人の種族の中でも、最もマジョリティというか、支配種族だと一般には説明されている種族です。「レティクル座」というのは南半球でしか見れない、日本では一部でしか見えない星座なんですけど、ゼータⅠ、ゼータⅡという出身母星から来ているという、極めて具体的な情報がもたらされています。

九州がその(レティクル座の)地区に入ってますが、例えば宮崎ではですね、24歳のOLと29歳の会社員のカップルが、日南海岸という海岸があるんですが、青島という熱帯植物の生えている島がありますが、その手前で、ドライブ中、夜に4時間のミッシングタイム、いわゆる「空白の時間」を体験した。そういう事件が起きています。

これは逆行催眠という、催眠のテクニックによって、UFOへの拉致体験が明らかになったのですが、いろいろな説が科学者・医学者から出てるわけですね。

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一つは「出生外傷説」というのがあります。これは催眠によって思い出された体験、それは実は自分が誕生した時の苦痛を追体験しているにすぎないという、そういう説です。それによればUFOは母体の子宮、それから胎児型の宇宙人は――彼女は「会った」と主張してるわけですね――胎児型の異星人は自らの胎児時代の反映だ、と。それからUFO内部での生体検査、彼女が受けたそれは分娩室での医学的な処置だ、と。すべて結びつけて考える見解です。

これは非常に説得力が一見あるんですけど、産道を抜け出てきた体験というのは、実は彼女の場合はありえないんですね。これは半ば冗談みたいな話ですけど、彼女は帝王切開で生まれた。したがって「暗いトンネルを通ってUFOに吸い込まれた」という説は、全くこの事実を説明できない。

それから、時間がないので少し省略しますが、「特異心理反映説」。これは彼女が事件当時、一緒にアブダクトされたカップル、恋人との間で、非常に感情にもつれがあった、と。そういう心理が、ある種の幻影を生み出したという説ですね。しかしこの説もですね、同時に男性もアブダクト、拉致されている。男性は全く正常である。じゃあ男性の見たものは何だったのか。説明ができない。

それから「作話」。これも同じですね。つまり逆行催眠という催眠下に於いて、医者に気に入られるような話をでっち上げた。こういう心理はしばしばあり得るのですが、その妄想体験を語ったに過ぎないという説です。しかし、一緒にアブダクトされた男性は、催眠をかけらずに独自にその事実を思い出している。したがって、作話説も否定されることになると思います。

このようなアブダクションケースというのが頻発しているワケですけど、アブダクティーというのは、ここに掲げましたように「3つの心得」とあります。

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(アブダクティーというのは)実際にUFOの中に拉致された人間を指すわけですね。これは或るアメリカのUFO研究団体が、すでに向こうではもう「3つの心得」という具体的なマニュアルまで出てるんですね。日本ではまだおとぎ話の世界ですが。

一つ一つ説明しますと、まず「作戦を練らない」。これは言ってみれば、地球人をゴリラにたとえて、「ゴリラの生態調査に来てるのが宇宙人である」というのがだいたいアメリカの常識的な通説としてあるわけですね。「ゴリラが作戦を立てたところで何になるのか、ナンセンスだ」という考え方からこういうことになっています。

二番目の「恐れない」。これも同じ考え方によるものです。ゴリラが動物学者によって捕獲される。パニックに陥る。傷つくのはどちらか。という問題ですね。

それから「抵抗しない」。これも二番目と似ていますが、こういう項目が出てきたのは、外国では非常に抵抗するケースが多いんですね。例えば1975年でしたか、起きたチャールズ・ムーディーという事件では、砂漠の中で宇宙人に囲まれた、と。一発パンチを食らわせて、相手が倒れてしまったという滑稽な事件さえ起きているんですね。結局彼がどうなったかと言えば、UFOの中に拉致されて実験されて、記憶を抹消されている。結果的には何もわからなかった。それなら初めから抵抗しない、という考え方です。

ただ、私が調べた限りでは、日本人のアブダクティーというの割と抵抗しない。皆無と言ってもよい。割とニヤニヤしちゃうというのが多くて、状況追随型というか。それが結果的にはいいほうに出てると思います。

それはこれは一番最後になりますが、いわゆる宇宙人の死体写真と言われるものですね。これは1990年の8月15日に千葉の片貝という、銚子から南に40キロあまりでしょうか、下がったところにある海岸で発見されたとされているものですね(引用者注:著書では16日とある。言い間違いか)。人形説が強いということは一応お断りしておきたいと思います。

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*引用者注:これは番組の画像から切り出したものだが、著書のほうにもおんなじのが載っている。ただ、ページまたがりで画質もやっぱり酷いので大した違いはないと言い添えておく


その上でこの特色をみると、身長は頭からつま先まで約1.2メートル。ご覧になればわかるように頭が異常に大きいですね。肥大した頭部。丸い目。穴だけの鼻、穴だけの口。ここはちょっと焼けただれていてわからないんですが、指は4本あったという情報もあります。これはまだ確認されていません。そういう特徴を備えている。これはいわゆる「グレイッシュ」という宇宙種族の特色そのものであるわけですね。

グレイッシュというのは大きく二つに分けられるんですが、一つはレテュキュラン。これは先ほど申し上げたレティクル座から来ているとされる宇宙種族です。身長は約1.3メートル。非常に頭が大きい。いわゆる胎児の体型をしている。目が大きくて丸い。穴だけの鼻、口。そして耳は耳たぶがない。穴だけ。指は4本。水かきがついている。先は鉤爪と。そこまで特定されてるわけですね。

もう一つはリゲリアンというのがいまして。オリオン座のβ星から来ている。これは目がアーモンド型で、耳まで少し切れ込んでいる。それを除けば、このリゲリアン、レティキュランは同じ特徴を有しているとされています。気になるのは、これが何故千葉の片貝海岸で発見されたかということなんですね。ともうしますのは、この前日の8月15日に沖合数キロ先で発行物体が墜落している、と。それは貨物船によって目撃されているという事実があるわけです。それと関係があるのかないのか。いずれにせよ非常に興味のある事例かと思われます。


いかがでしょう。口からデマカセでここまで語ってしまうというのはスゲエ才能ではなかろうか。本のほうにも、こういうことが縷々書いてあるんだが、書くんじゃなくて口でこういうデタラメを平気で語るというのはたぶん難しいことだと思う。ナマの郡氏がしゃべってる画像をみて「おぉ!」と思ってしまった所以である(尤も、質疑タイムにはいって池田貴族氏あたりからスルドイ質問を浴びせられたときには、なんかちょっと言いよどむ的な感じもないではなく、なかなか人を欺くというのは難しいものでアル)。

それはそれとして、彼はこの中で、本当にあった(とされている)チャールズ・ムーディー事件なんかにも触れている(彼の創作じゃないという証拠に英語のサイトなどにも書いてある。一例はこのあたり)。「レティクル座の方から異星人が来ている」みたいな話も(オレに言わせればナンセンスだが)言い募っている人達はホントにいるし、話の中に出てくる「出生外傷説」というのも業界的には確かに存在する。

つまり、これは前回も書いたけれども、それが示唆しているのは、明らかに彼はUFO問題についての「素人」ではないということである。よくわかってる人が怪しい話を創作している。そういう匂いがプンプンする。

いったいこれはどういうことなんだろう。その辺に関するオレの「推理」(笑)は次回書いてみたいと思う。(つづく


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日本のUFO研究史上、絶対に忘れてはならない奇書がある。
郡純『異星人遭遇事件百科』(1991年、太田出版)という本である。



この本はもうさんざん色んなところで論評されているのだが、ひと言でいうと「日本各地で異星人による誘拐とかスゲエ事件が多発しているっ!」「MIBの写真が撮影されたっ!」とかいう驚天動地のUFOネタが満載でクソ面白いんだが、なんと実はそのほとんどすべてがウソっぱちだった!!ということで話題になった本である。

で、この本の著者で「異星人アナリスト」を名乗る郡純(こおり・じゅん)という人は何者かというのが気になるわけだが、いまググっても全然正体がわからない。念のためこの本のカバーに書いてある略歴は以下のような感じになっておる。


1953年12月20日横浜に貿易商の三男として生まれる。10歳のときUFOを目撃、異星人問題の虜になる。東北大学工学部中退後、イスラエルのヘブライ大学、アメリカのサーファン大学に留学。ユダヤ人との間に強力なコネクションを築いた。1986年帰国。横浜で家業をつぐかたわら88年にプロジェクトⅡA日本支部長に就任した。


ちなみに「プロジェクトⅡA」なんてものは聞いたこともないので、たぶんデタラメであろう。そうやって疑い出すとキリがなく、東北大学、ヘブライ大学というのは現に存在したような記憶があるのだが(笑)「サーファン大学」なんてものは実在するかどうか疑わしい。考えてみれば「横浜の貿易商の三男」「ユダヤ人と強力なコネクション」なんてのも、なんだか落合信彦ワールドのようで極度にアヤシイ。

ただ、ここが面白いところなんだが、確かに先の本は全編インチキばっかりとはいえ、よくよく読んでると、たまに本当のことも書いてある。まんざらUFOの事を知らないわけではなく、いや、けっこう研究をしていて、わかった上で敢えてそういう人を騙そう(と同時に楽しませようとしているのかもしれないけども)という本を書いていることがなんとなくわかる。

何なんだこの人は。

ということで、長年オレにとっては気にかかる人物であったわけだが、そういえばこの人、昔、テレビのUFO番組に出ていたよなぁと思い出した。で、今回YOUTUBEを探してみたら、彼が出演している「PRE★STAGE」という深夜番組がアップされているのをみつけた。ザッと流し見してみたんだが、なかなか面白い。別の回にも出演してたのかもしれないが、オレが「ナマ郡」を見たのはいずれにせよこの「PRE★STAGE」だったのだろう。そんな気がしてきた。

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ちなみにこの番組は1991年の放送ということのようで、もう四半世紀前になるのかオレもトシを取るわけだなあという感慨を禁じ得ないのだが、これを懐かしく鑑賞しつつ、以下数回にわたって「郡純とは何者だったのか問題」を考えていこうと思う。(つづく


 追記:このあとネットでちょっとググったりしてみたのであるが、このサイトを見ると、郡純氏はこの回以外にも何度か「PRE★STAGE」に出演していたようである。オレはどの回を観ていたんだったか、そのへんはもう全く忘却の彼方である


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