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毎年秋の文学フリマ東京開催にあわせて発行されてきた国内屈指の超常同人誌「UFO手帖」が今年もつつがなく完成し、11月20日に東京流通センターで開催された文フリにてめでたく頒布と相成った。小生はたまさかこの雑誌に原稿を書かせていただいている利害関係者の一人であるわけだが、それ故に近々始まるであろう通販に向けて若干の宣伝にもなればよからうということで、以下、今回は僭越ながらその内容を説明させていただくことにした。

昨年刊行の前号ではなんと都合200頁に達するという大増ページで斯界を驚嘆させた「UFO手帖」だが、今号「7.0」もそのボリュームは実に192頁! いったいどういうことなんだよ何をそんなに書くことがあるんだよという皆さんの疑問も尤もであろう。さて、それでは今回の特集はいったい何かという話になるわけだが、そのタイトルはなんと「フォーティアンでいこう!」。要するに「チャールズ・フォート」がテーマなのだった。

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もっとも、「なんと」とか言っても話が見えない人がいるかもしらんので簡単に説明しておくと、チャールズ・ホイ・フォート(1874-1932年)というのは古今東西の奇現象を図書館とかに行って集めてまわったアメリカの奇人である。

たとえばであるが、空からいきなり魚やカエルみたいなものが大量に降り注いでくる「ファフロツキーズ」(Fafrotskies)という現象に注目したり、あるいは皆さんよく知っている「テレポーテーション」という言葉を編み出したり、人体自然発火現象について調べたりした人物だといえばその傑物ぶりは何となくお分かりいただけるだろう(もちろん今でいうUFOのような現象についても情報を集めてまわっている)。

そんな伝説的な人物だけに、やがては彼の名にちなんでこの手の奇現象を調べる好事家を指す「フォーティアン」などという言葉まで出来てしまったぐらいで――ちなみに今回の特集タイトルはここから来ている――さらには英国では『フォーティアン・タイムズ』などという超常専門誌が出来たほどである。要するに彼は奇現象界のレジェンドともいうべき人物なのだった。

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*今号の表紙は、従ってこの「ファフロツキーズ」に引っかけて天空から落下してくるフォートを描いているワケである。本誌専属アーティスト・久保田まみ画伯渾身の力作である


ただし、実はこれまでこの人物についてのまとまった紹介というのは日本ではあんまりなかった。そんな超常現象界のVIPであるというのに彼の本というのは我が国では全然翻訳されてこなかったのである。たとえばこれはかなり有名な話だが、1980年代には国書刊行会という出版社から、超常現象研究家である南山宏氏の翻訳でこの人の主著『呪われた者の書 The Book of the Damned』が刊行される計画があった。ところがいつまでたっても出版されない。それから30年有余年たっても、なお日の目をみていない。数年前になって突然「どうやら刊行の見通しがたったようだ!」みたいな怪情報がネットに広まったこともあった。でも、やっぱり出ない。

なんでそんなことになっているのか。

以下はオレの勝手な推測だが、彼が書いた英語の文章というのは一般的な文法を無視したようなハチャメチャな文体である(ように思える)。じっさいのところ、全然翻訳が出ないのでオレもヤケクソになり、「じゃあ自分で訳したるわ!」といって原著をめくってみたことがある。しかし、もう何十年も前に受験英語を勉強しただけの英語力しかないオレには全く歯が立たず、その野望は最初の数頁でついえた(その挫折の記録はココw=なおフォートの本の著作権は既に切れているのでヤル気がある人は勝手に翻訳して公開することが可能である)。

つまり、要するにあまりに奇っ怪な文章なので、名翻訳家として知られた南山氏をもってしても「う~ん、こりゃちょっとうまくイカンわ」ということで翻訳作業が頓挫してしまっているのではなかろうか。そこで国書刊行会の中の人が「そんなこたぁないわい! ナニ失礼なこと言うてんねん!」というのであれば、ハイわかりましたごめんなさいと土下座して謝りますので代わりにすぐ作業を開始して下さい。

あるいは真相はそんなことではなくて、超常現象のナゾが明らかになると不都合があるディープ・ステートないしはメン・イン・ブラック方面から「出版したらタダじゃすまんからな!」とかいって横ヤリが入っているのかもしらんが、そういう話だったのならば国書刊行会は脅しに屈することなく出版人の誇りにかけて引き続き出版計画を進めて下さい(要するに何でもいいから早く刊行してください笑)。

話がずいぶんと横道にそれてしまった。ともかく彼の本というのは現時点で日本語では読めない。断片的に「フォートはああ言ってる、こう言ってる」という情報はあってもなかなかよくわからん。隔靴掻痒の状態が続いていたのである。

しかし。
そんな奇現象界のレジェンドをこのまま放置しといていいのか――おそらくはこんな問題意識から今回「UFO手帖」の人々が立ち上がった。フォートはどういう人物でどんなことを考えてたのか、ちゃんと紹介してやろうじゃないか。そういう話である。

というわけで、この特集では同人の皆さんがそれぞれのアプローチでフォートにかかわる論考を執筆している。とりわけオレが驚愕したのは「UFO手帖」の名物編集長・秋月朗芳氏の恐るべき執念である。本号にもその辺のことは書いてあるけれども、編集長は今回、フォートの主著を片っ端からゴリゴリと機械翻訳にかけたらしい。すごい力業である。先に述べたようにフォートの文章は悪文であり機械翻訳でもなかなか手に負えないと思うのだが、ともかく編集長はそうやって強引にフォートの読解を推し進めた。ブルドーザーで密林に突っ込んでいくような蛮勇を振るったのである。なんと素晴らしいことだろう!

かくて本号では、フォートの著作やその人生、後世の小説や映画に与えた影響などが多角的に論じられている。そうやって見えてくるフォートの神髄とは何なのかというのはこの同人誌を買って読んでいただくしかないのであるが、ひとつだけ言っとくと、オレが読みながら考えたのは「フォートというのは我々のような陰キャ系オカルトファンにとっては一つのロールモデルなんじゃねえか」ということだった。

日常生活は適当にほっといて調査作業に精を出す。ひたすら奇現象を愛でる。異界へのとば口に立ってセンス・オブ・ワンダーを噛みしめる。「こんな不思議なことがあったようだゼ」といってネタを放り出す(しかもこんな勝手な活動ができたのは親戚から思わぬ遺産が転がり込んだから、というのもイイ)。他方、「フォーティアン協会」なんてものができて神輿に乗せられそうになると「オレには関係ない」といって逃げる。まさに理想……ま、皆さんにとってはどうでもいい話ではあった(笑)。

とまれ我々はいま、超常界にそびえ立つチャールズ・フォートという孤峰の下へと辿り着いた。これから山頂を目指していく者たちにとって、おそらく今回の「UFO手帖」は格好のガイドとなってくれるに違いない。



さて、特集以外にも今号にはいろいろ満載である。ずいぶんと話が長くなってしまったので(老人性の挙動)以下は簡単に。

UFOにまつわる音楽・漫画・アニメ・映画などを紹介するのは既に「UFO手帖」の定番企画となっているが、今号では「UFOとUFO本」なる企画も始まった。ここでは今年刊行された『イラストで見るUFOの歴史』『UFOs 政府の軍・政府関係者たちの証言録』がレビューされている(いずれも良書)。ひとつ気がかりなのは、次号で「めぼしい本が出なかったので今年は休載です」という事態が起きないかということである。出版社の中の人たちの頑張りに期待したい。

それから、期せずして過去のUFO事件を振り返る論考が目立ったのも今号の特徴であったかもしれない。

たとえばイタリアの寒村でオバハンが宇宙人(?)に花束とストッキングを奪われた「チェンニーナ事件」の真相に迫ろうというレポートがある。他方、例の「ケネス・アーノルド事件」について「巷間伝えられてる話はウソが多いから」ということで電子顕微鏡でアラを指摘して回るような論考もある。

かつて日本のコンタクティ松村雄亮が宇宙人(?)と一緒に入った伝説の喫茶店を探して現地付近を探査したレポート、なんてのもある。実際にはその建物はもうなくなっていたのだが、辺りをウロウロしていた報告者が「あ、やべっ、オレって傍目からすりゃ完全な不審者だわ」といってうろたえる場面(意訳)がスコブル秀逸だった。おめでとう比嘉光太郎君、後ろ指さされることを自覚しつつUFO研究に一身を投じるべく一線を越えてしまった今、君は一人前のUFO者だッ!(われながら何を言ってるのかw)

もう疲れたので、あとは買って読んで下さい。UFO手帖7.0のTwitterアカウントあたりをチェックしていれば、そのうち通販のお知らせがアナウンスされるでしょう。最後にもひとつだけ言っとくと、ここ数号で新しい書き手が続々登場してきたので、この同人誌はまだまだ大丈夫だと思います。ひきつづきご贔屓に。(おわり)


【追記】

このチャールズ・フォートは、「チェッカー checkers」というボードゲームにヒントを得て「スーパーチェッカーズ supercheckers」なるゲームを作った人物でもあるという。これは関連の書物などにもしばしば出てくる話なのだが、この「スーパーチェッカーズ」についての情報というのはググってみてもなかなかヒットしない。

かろうじてこの件に触れた昔の新聞記事(Pittsburgh Press, February 20, 1931)を載せてるサイトは見つけたのだが、そもそもオレはチェッカーとは何なのか全然知らんので、読んでもどういうものか皆目わからんかった。ただ、この記事を読むと、フォートは自作のこのゲームでベンジャミン・デ・カセレスやティファニー・セイヤーといった連中と「おれナポレオン」「おれはシーザーだかんな」とかいって楽しく遊んでいたようである。心温まるエエ話である😅

というわけで、ボードゲームにお詳しい人で「スーパーチェッカーズ」の詳細をご存じの方がいたらゼヒ情報お知らせください。m(_ _)m

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 これはしばしば見かけるフォートの写真であるが、この手前に見える何だかよくわからんものが「スーパーチェッカーズ」のボードなのだそうだ

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 第4章 フォーティアン

 本書では、遅かれ早かれチャールズ・フォートを取り上げねばなるまい。私はそう考えてきた。フォートは天文学者に対して重砲の照準を向けるようなことをしてきたのだし、その想像力を自由にはばたかせ、「空」というものについて全く正統的ではない見方を提示してきた。それ故、この辺りで彼のことを紹介するのは丁度良い頃合いであろう。

 チャールズ・ホイ・フォートは1874年、ニューヨーク州オールバニに生まれた。少年時代、科学に興味を抱いた彼は、鉱物や昆虫の採集、そして時には鳥を剥製にするようなこともした。彼は大学には行かなかった。記者としてしばらく働き、さらに小説の執筆にも取り組んで短編を幾つか仕上げた後、フォートは相当な額の遺産を相続することになった。彼は自らの研究にちょっと信じられないほどの時間を費やすことになったのだが、それを可能にしたのはこの [資産が生み出す] 収入であった。それから没するまでの26年間、彼は古い雑誌や新聞を熱心に調べ、既存の科学の概念とは合致することのない、ありとあらゆる奇妙な出来事について記録を残した。その仕事のほとんどは大英博物館においてなされたものだったが、のちにニューヨークに戻った彼はブロンクスで妻のアンナと暮らしつつ、ニューヨーク公立図書館で引き続きその研究を続けた。

 彼は大柄だがシャイな熊のような人物で、茶色いセイウチひげを生やし、分厚い眼鏡をかけていた。彼の居室はノートや記事の切り抜きが詰め込まれた靴箱で一杯だった。その壁には蜘蛛と蝶々の標本が額に入れて架けられ、ガラス[ケース?]には空から落ちてきた汚らしい石綿状の塊を保管していた。彼の気晴らしといえば、自ら考案した一人遊びで、「スーパー・チェッカーズ」というゲームに興じることだった。それは数千にも及ぶ四角が排された巨大な盤面に、1千ものコマが登場するものだった。作家のティファニー・セイヤーによれば、彼の妻は夫の胸のうちで何が起きているかが全く理解できず、「彼のものを含めて全く本というものを読むことがなかった」。

 フォートには二人しか友人がいなかった。[セオドア・]ドライザーとセイヤーである。「フォートは天才である」と確信していたドライザーは、自らの出版社にかけあって、フォートの4冊の著作のうち最初の本となる『呪われしものの書』を出版させた。フォートがこの「呪われたもの」という言葉で示したのは、「教条的な科学によって排斥されたありとあらゆるモノの見方」――それはつまり彼の資料のうちにある、今は「失われてしまった精神」ということになるわけだが――であった。彼が自らに課した使命というのは、こうした資料をその呪いから「解放する」ことだった。その本は一風変わった息をつかせぬような文体で書かれているが、そこには時折、深淵なる叡智、高尚なユーモア、華麗な章句といったものが姿をのぞかせている。

 フォートの2冊目の著作『新たなる地』は、ブース・ターキントンの序文を付して1923年に刊行された。この頃までに多くのアメリカの作家たちは、フォートの言葉でいうところの科学者たちの「聖職者めいた技術」に対し、彼が面白おかしく加える攻撃に魅了されるようになっていた。1931年、セイヤーはサヴォイ・プラザで開いた歴史的な祝宴にそんな作家たちを召集し、そこでフォーティアン協会が生まれるところとなった。創設メンバーにはドライザーとセイヤーに加えて、アレクサンダー・ウールコット、ターキントン、ベン・ヘクト、バートン・ラスコー、ジョン・クーパー・ポウィスといった文学界の名士たちが顔を揃えていた。

 三番目の著作は『見よ!』(Lo!)というタイトルだった。『見よ!』という書名はセイヤーが提案したのだが、なぜそんな名前を考えたのかについて、セイヤーは以下のように記している。「そのテキストの中では、天文学者が倦むことなく計算を続けた上で、ここに新星が現れるであろう、そこに何かが見えるだろう、だから<見よ!>といって空を指さす姿が描かれているからだ――もっとも彼らが指さすその場所には何も見ることはできないのだが。この『見よ!』というタイトルに、フォートはすぐに同意した」。フォートの最後の著作『野生の英知』(Wild Talents)は、彼が1932年に亡くなって数週間後に刊行された。

 1937年、ティファニー・セイヤーは自費を投じて「フォーティアン協会マガジン」の刊行を開始した。今日「ダウト」と呼ばれている雑誌である。フォートは、未刊行のノート32箱分をセイヤーに遺贈した(この措置にドライザーは激怒した)。その雑誌を刊行した目的の一つはこうしたノートを活字化することにあって、実際にそうしたノートは雑誌に毎号掲載されるようになる。だが、その雑誌の最大の目的は、科学者たちが説明不能な事例だとか、科学者たちにケンカを売るようなストーリーを掲載することで彼らをとことん困らせてやることにあった。かくて、ある英国の天文学者があるとき自らの望遠鏡をfall offした時、「ダウト」はその出来事におおはしゃぎする記事を掲載した。こうしたニュースは、シカゴのジョージ・クリスチャン・バンプのようなフォーティアンの「通信員」、さらには読者によってセイヤーのもとに送られるのだった。

 協会が印刷したパンフレットは、その設立の目的を以下のように記した。


 フォーティアン協会は物事を深く考える者たち――つまり、仮に法というものが存在しなくてもその生き方を全く変えない男女たち、条件づけによって引き起こされる反射に従うのではなく、脳の働きに従うか、さもなくば自らのうちにある一種の神秘的な閃きに従って行為する男女の作る国際的な集まりである。(中略)メンバーには高名な科学者、物理学者、医師たちに加え、カイロプラクター、スピリチュアリスト、キリスト教徒といった者たちがおり、中にはカトリックの神父も一人いる。

 この協会には、今や人に省みられることがなく、我々が共感を寄せることがなければそのほとんどが絶びさってしまったかもしれない様々な理念に退避する場所を提供する。(中略)であるから、ここには「地球は平らである」と信じる人々も数多くいれば、動物の生体解剖に反対する者、予防接種に反対する者、ワッセルマンテストに反対する者、さらには諸国家の軍縮が良きものだと今日もなお信じている者たちもいる。

       (略)

 この協会のメンバーは、フォート主義が有する唯一のドクトリン――つまり軽々に判断を下すことなく、さしあたってはそれを受け止め、そして永遠に問い続けるという方法論をその胸に抱いている。


 いろいろな意味で、フォーティアン協会は、シャーロック・ホームズを崇敬する「ベイカー街遊撃隊」[訳注:ホームズを助けるストリートチルドレンたちの組織]の連中に似ている。 遊撃隊がホームズは実在の人物であったかのようなポーズを取っているのと同様に、フォーティアンたちは、フォートの展開した荒っぽい議論というものは、皆が受け入れている科学――すなわち「確立された非常識」(これはフォートの言葉である)と同等程度には真実なのかもしれない、というポーズを取っている。

 根本的なことを言えば、その協会というのは大いなるジョークであるわけだが、セイヤーやほとんどのメンバーはそれを極めて真面目なものだと見ているようで、誰かが「そんなものはジョークだろう」と仄めかしたときに怒ってみせる、ということもそのジョークの一部分をなしている。ついでにいえば、フォーティアンたちが連絡を取り合う際には1年を13か月とするカレンダーに基づく日付が用いられており、それは設立記念のディナーが行われた1931年を元年としている。そして、当然ながらその13番目の月は「フォート」と名づけられているのである。

 フォートの科学に対する態度を精査し、それについての結論を下す前に、我々としては彼の特異なコスモロジーを一瞥しておいたほうがよいかもしれない。

 フォートは天文学者たちに強い不信の念を抱いていた。『新たなる地』の前半部はそのほとんどすべてが、天文学者たちはクズで、物事を予見することにおいては占星術師よりも劣っており、その大きな発見は偶然に生まれたものであること、そして彼らはずるがしこくも自らの「中世の科学」が基本的に信頼に値しないことを大衆から隠している――といったことを論証するのに費やされている。

 「彼らは天王星の軌道を計算してみた」。フォートはこう記している。「が、それはどこか別の方角に行ってしまった。彼らは釈明をし、さらに計算をしてみた。彼らは何年も何年も釈明を重ね、計算をし続けたけれども、天王星はさらに別の方へ、別の方へと繰り返し逸れていってしまった」。最終的に彼らは自らのメンツを守るため、他の惑星が天王星を「摂動」させていることにした。それから50年を経て偶然海王星を見つけるまで、彼らは空の違う場所に望遠鏡を向け続けてきた。だがその海王星もまた予測不能な動きをみせた。フォートはこう言い立てた。もし天文学者たちが自分たちが考えているほど偉いのなら、海王星の向うにある別の惑星を発見してもらおうではないか、と。この文章は1930年に冥王星が発見される前に書かれたものであったが、しかしフォートは最後に勝利した。冥王星は天文学者たちが予測したよりも、はるかに小さいことが明らかになったからだ。

 フォートが自らのコスモロジーを緻密に組み立てることはなかった。だが、彼はそれについて一連の示唆的な言辞を残しており、彼自身の考えによれば、それは決して天文学者たちの唱える太陽系という概念に比べてみれば馬鹿げた代物だ、ということにはならなかった。

(たぶんつづかない)

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「奇妙な論理」「奇妙な論理 Ⅱ」というのは、いずれもオカルトに興味をもつ人の間ではよく知られている本だ。

アメリカの科学ライター、マーチン・ガードナーが1952年に出した「In The Name of Science」(のちに「Fads and Fallacies in the Name of Science」と改題されたようだが)の翻訳本で、市場泰男の訳で現代教養文庫から出ていた。ひと言でいってしまうと、自然科学サイドからするオカルト・デバンキング本である。



*と、ここまで書いたところで検索してみたら、現代教養文庫の社会思想社が潰れたせいか、そのごハヤカワ文庫のほうからも出版されていたようである。早川版も絶版ないしは品切れのようであるが、まあ古本で容易に買える。




ま、この方面では古典的な著作であるし、とても面白いから未読の方は読んでおかれるとよろしかろう。

閑話休題。

この邦訳版の2冊の本は、実は最初に「日本の読者もきっと興味があるだろうな」という章だけをセレクトして出版し、その後、「いやいやよく考えると他の章も面白いんじゃねーか」ということで続編が出たという経過をたどったようである。これでオリジナル本の25章のうち、22章まではカバーできた。だが、最近、この「奇妙な論理 Ⅱ」を再読していて気づいたのであるが、最終的に割愛された3章のひとつは、いまだ邦訳こそ出ていないものの奇現象研究家として世界的にその名も高い、あの幻の著述家、チャールズ・フォートを取り上げたものであるらしい。

訳者の市場氏は、このほか同様に記述を割愛したアルフレッド・ウィリアム・ローソン、ロジャー・バブソン(ちなみにこの二人が何者であるかはとんと知らぬ)とともにフォートの名を挙げ、「特異な奇人科学者個人を扱ったもので、内容が普遍性に欠け、教えられるところも少ないと感じたものですから、紙数が限られていることも考えて省略した次第です」と書いている。

ううむ、まぁ科学畑の人からすりゃあ、「フォート? なんだそんなヤツ、単なる変人だろが」と一蹴したくなるのはわかるが、この「奇妙な論理 Ⅱ」は1992年に出ているから、その時点でチャールズ・フォートについて(否定的ではあっても)それなりの紹介が日本語でなされていたら、彼への注目度はだいぶん違っていたのではないか、そして、近くようやく日の目を見るのではないかとウワサされているフォートの主著「呪われしものの書」の翻訳出版ももっと早く実現することになったのではないか、などと死んだ子の年を数えるようなこともしたくなってくる。

「市場さんちょっとそれはまずいッスよ、ローソンだバブソンだなんて連中は省いて結構ですが、やはりフォートは入れないと」と四半世紀前に戻って忠告してあげたいところだが、ただまぁ上に書いたように「呪われしものの書」がいよいよ刊行されるのであれば、結果オーライで良しとするか。

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Charles Hoy Fort(1874 - 1932)


【追記】
ネットを徘徊していたら原著「Fads and Fallacies in the Name of Science」のテキストを発見した。そのうちフォートを取り上げた章を読んでおこうと思う。余裕があれば、概略を当ブログで紹介してみたいし。

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そもそも詩とか歌といったものには全然理解のない無粋なオレであるワケだが、強いていうと「見放された人々」系の作品は何故か好きである。石川啄木とか山之口貘といったあたりだね。

啄木といえばこのへんか。
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一度でも我に頭を下げさせし
   人みな死ねと いのりてしこと






山之口貘でいえば、ま、これかなぁ
この兄さんは
成功しようかどうしようか結婚でもしたいと思うのですcontent_1297152868
そんなことは書けないのです
東京にいて兄さんは犬のようにものほしげな顔しています
そんなことも書かないのです
兄さんは、住所不定なのです
とはますます書けないのです
(「妹へおくる手紙」より=部分=)


で、数日前の日経新聞の文化欄で、虫武一俊という歌人の存在を知ったのだが、これがまさにそっち方面の人であった。記事にはこういう歌が載っていた。

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三十歳職歴なしと告げたとき 面接官のはるかな吐息
(『羽虫群』より)





ええなあ。いたたまれなさ、切なさが胸に突き刺さってくるぞ。才能がキラッキラ輝いておるぞ。36歳のひと。

で、ついでというとナンだが、関連でいろいろググっておったら、この歌集、オレは平成の戯作者と勝手に命名しているのだが、詩の方面にも造詣のふかい一流ブロガー・馬場秀和さんがブログでいちはやく紹介されておった。さすがである。




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たとえば「家」とはなんだろう?

家なのかそうでないのか何ともハッキリしないものがあるとしよう。さて、それが一体どちらなのか、判断の基準を明示してどちらかであると判断を下すのは不可能なことだ。

もし人が住んでいる納屋があったとしたら、それは家=ハウスである。だが、もし「何ものかが住んでいるのが家だ」というのなら、どんな構造をしていようと関係はないのだから、鳥の巣でさえ家になってしまう。「人間が住んでいるかどうか」というのも照らすべき基準とはいえない。なぜなら、われわれは犬の住むところでさえ「ドッグ・ハウス」というのだから。建築材で出来ているのが家、ということもできない。なぜならわれわれは [氷でできた] エスキモーの家を「スノー・ハウス」というのだから――貝はヤドカリのための家であり、さかのぼっていえば、それはもともとその住み家を作り出した貝じしんの家でもあった。ワシントンのホワイトハウスと浜辺の貝のように一見してあまりに違うもの同士であっても、家であるという点においては連続性をもっているもののようにみえる。

これと同様に、たとえば電気についても、それが何であるかを言い表すことのできる人間はいない。それは「熱」とか「磁力」とか「生命活動」といったものとハッキリ分離できるようなものではない。そう、哲学者や神学者、生物学者たちは、それぞれに「生命」を定義しようとしてきたが、そうした試みも失敗してきた。なぜならハッキリとしたかたちで定義できるものはそこにはないのだから。実際のところ、およそ生命にまつわる現象というのは、化学や電磁気学、天体の運行といった場にも姿を現わしてしまうものなのだ。

濃紺の海に浮かぶ、真っ白なサンゴの島々を考えてみよう。

一見したところでは、それぞれの島は異なってみえる。見たところ、それぞれには個性があるようであり、ハッキリとした違いがあるようにみえる――しかし、それらはすべて同じ海底から突き出すようにして存在している。海と陸との相違というのもハッキリしない。海が満ちているところに陸地が生じることもあれば、土地が広がっているところに水に満ちた場所が生じることもある。

そういうわけで、もし万物が相互に地続きになっているものであるならば、或るものが「そう見える」からといって、それが見たままのものであるとは限らない。テーブルの脚であっても、もしそれが何かよそから投影されて在るものだとしたら、単なるテーブルの脚以上のものである。もしわれわれが物理的な意味で環境とひとつながりの存在だとしたら、あるいは精神的な意味で、われわれが環境とのかかわりを離れて何事かを表現することなどできないのだとしたら――われわれがふつう言っているような意味での「現実世界」に生きている人間など一人もいない。

さて、われわれがここで言っていることは二通りに捉えることができる。

ひとつは「伝統的な一元論」としてのそれ。そして、もうひとつはこういう意味合いのものだ――固有のアイデンティティをもっているようにみえるあらゆる「事物」は、どこか見えないところにあるものから投影された島々のようなものに過ぎず、詰まるところ自他を区別する確固とした境界線など有してはいない、ということ。

こうした「事物」はどこからか投影されたものに過ぎない。にもかかわらず、それらは「どこかに隠れているもの」――それは個々の事物が固有のアイデンティティを有しているということを決して認めようとしないのだ――から必死で我が身を引き剥がそうと試みる。

そうやってすべての事物が互いにつながりあった関係を頭に浮かべてみる。そこではすべてのものがそれぞれに違いをもっているようではあるが、それらが目指しているのは畢竟ひとつの目標である。つまり「自己を他から引き剥がして確固たる実在を手にいれること」である。それは「実体をもつ自己」「確固たる自分」「他との境界をもつ存在」「揺るぎなき独立」を得ることであり――あるいは、それを人間にまつわる言葉を使って言えば「個性」や「魂」を立ち上げることだ、ということもできよう。

自らをリアルなもの、肯定しうるもの、あるいは絶対的なシステム・支配するもの・組織・自己・魂・実体・個人性をもつものとして立ち上げたい――そのように考えるものはすべて、まずは自らの周囲、自己を形作っているものの周りに輪郭線を引き、次いであらゆる自己ならざる「もの」を排し、放逐し、あるいはそこから遠ざかっていくことによってのみその試みを成就することができる。

もしそのようにできなければ願いが成就することなどありえない。

だが、仮にそのように行動できたとしても、それはあらかじめ失敗が宿命づけられた悲惨な行動たらざるを得ないのだ。それはあたかも海面上に円を描きながら「円の中に立ち騒いでいる波というのは、円の外側にある波とは全然無関係だ」といっている人物(むろん内側と外側の波はつらなっているわけだ)、あるいは「認められたもの/否定されたものは劃然と区別可能なのだ」と真剣に説いている人物のふるまいにも等しい。

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冒頭部の超訳その2です。


従って、私は、「呪われしもの」という言葉を「追放されたもの」という意味で使っている。

だが、追放されたものという言い方には、それがいつの日にか「その場に居残るもの」に転ずる可能性もあるはずだ、という思いを込めている。

こんな風に言ってもよい。今日はここに残されたものであっても、明日どうなるかはわからない。

そして今日放り出されたものが明日になればこの場にある、ということもありうる――もちろん今日放逐されたものが、未来にあってもやはり放り出されている、ということもあるだろうけれど。

われわれとしてはこう言ってみたい。「いまここにない」と「将来においても存在しない」のはざまにも――あるいはわれわれの身の回りにある日常的なものと(いけすかない言い方だが)「実存的なもの」のはざま、といってもいいのだが――大いなる転変はあって、それは天国と地獄の間を往還する運動にもなぞらえることができる。つまり、呪われしものが、そのままずっと呪われしものであり続けるわけはない。救済があるからこそ地獄に堕ちることもある。となれば、われわれの呪われし悲惨なるものが、やがて麗しき天使に化けることもあるのではないか。さらに推論を進めていけば、やがてはそのようなものどもがかつて追い出された場所に帰還することもあるのではないか、そう思われるのだ。


われわれとしてはこう言ってみたい。いかなる者であれ自己を立ち上げようとするときには、何ものかを他者として外部に放り出さねばならぬ――つまり、一般的に或るものが「存在している」という状態は、程度の差こそあれ「内にあるもの」と「締め出されたもの」の間に存在する、それ相応にハッキリした相違点が記述されることによって成りたっている。

しかし、実際にはそれほどハッキリした相違点などない、ということもわれわれは言っておかねばなるまい。万物は、チーズを食い荒らしている虫やネズミのようなものだ。ネズミと虫――この二者ほどかけ離れたものはないようにもみえる。ネズミであればこのエサのところに一週間通うのだろうし、虫なら一か月。が、どちらの場合も外からはチーズのようすが変わっていくのが見えるだけ。結局われわれはみな虫かネズミ。そうしたものが食い荒らしているチーズの外側だけが、時に応じて様々な姿をみせるだけの話である。

あるいはこうも言える。赤色と黄色とはまったく異なる色だとはいえない。それは単に「黄色の有する彩度は赤のそれとは異なっている」というだけの話だ。つまり赤色と黄色は連続していて、だからこそ両者が溶け合う領域にはオレンジ色というものが存在するのである。

それではこの黄色と赤色の議論を踏まえて考えてみよう。すべての現象について、赤の要素を含むものを「真」、黄色の要素を含むものを「偽(ないしは架空のもの、でもよいが)」として科学的分類を試みることになったとしよう。するとその境界領域は「偽」だといえるけれども、同時にどちらとも言い難い恣意的な性格も持っていることになる。なぜならオレンジ色をした物体というのはまさにその変移する領域にあるので、事前に設定されたボーダーラインの両側とつながりをもってしまうからである。

こうやって考えていくと、われわれは次のようなことに気づかざるをえない。

つまり、分類すること、内部と外部のものを分けることには何ら根源的な根拠はなく、そうした考え方は「赤色と黄色は区別できる」というこれまで一般的だった考え方よりもむしろ道理が通っているのだ。

科学が自ら喧伝するところによれば、これまで科学は膨大なデータをその内側に取りこんできた。実際、そうでなかったら、科学というのはいったい何をしているのか、という話にもなるだろう。そして、これもまたその喧伝するところであるけれども、科学はこれまで膨大なデータをその外側に放り出してきたのである。さて、もし赤色が黄色との連続性をもっているとしたら? もし「内側にとどめ置くか」「外側に放り出すか」という基準がハッキリした分岐点をもたず、連続性をもっているのだとしたら? 科学は、最終的に受け入れられたものとそれほど変わらないものを外部に放逐するようなことをしてきたのに違いないのだ。互いにオレンジ色の中に溶け合ってしまう赤色と黄色というのは、あらゆるテスト、あらゆる基準、ある種の説が生み出されてくるプロセスを象徴的に示している――。

あるいはこうも言える。「いかなる問題であれ、すべてのものは分類し区別することができる」という主張は、「万物には判断の基準となるような確たる判別のポイントが存在する」という錯誤の上に成り立つ幻想なのだ――。

また、そのように知的思考を用いてものごとを探究する営みというのは、「事実」「物事の根源」「普遍」「法則」「定式」「三段論法の大前提」といったものを見つけ出すため続けられてきたのだった。その結果、これまでにどんな達成があったかといえば、せいぜいが「ある種の事柄は自明である」と言えるようになったことぐらいである。にもかかわらずわれわれは、何やら「証拠がある」と聞くと何かが証明されたのかという風に考えてしまう。

これが彼らのいう「探究」なのである。それは実際には何らかの達成を成し遂げることなどなかったのだが、にもかかわらず科学は、ある種の達成があったかのようにふるまい、支配者として君臨し、宣命を重ね、そしてその意に沿わないものを退けてきたのだった。(つづく

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チャールズ・フォート『The Book of the Damned』(1919)の冒頭部分を超訳してみた。誤読をごまかす魔法の言葉、それは超訳(笑)。


「呪われしもの」たちが列をなしている。

ここで私が「呪われしもの」と言うのは、追放され、放逐されてきたもののことである。

そう、われわれはこれから科学によってこの世界から放逐されてきた、ひと連なりの事実を見ていこうとしている。

そのようにして呪いの言葉をかけられたものどもが、これまで私が掘り起こしてきた記録に導かれるようにして、これから隊列をなしてわれらの前を進んでいく。あなたはそれをこれから読み進める――いや、あなたに読まれずとも、呪われたものたちは行進を続けていくのだろう。土気色をしたもの、燃えるように熱を放つもの、腐臭を放つものと、その姿は様々ではあるけれど。

中には屍体や骸骨、ミイラのたぐいもいて、それらは、付き従ってくる「生きながらにして呪われたものたち」の力を借りてはヒクヒクピクピクと体を蠕動させたりもする。熟睡しているのに、何故か歩いている巨人が脇にいたりもする。理にかなった定理の如きものもあれば、ボロ布の如きものもある――まるでユークリッドがそうであったように、連中は「秩序などナンセンス!」とでもいった心持ちで行進を続けていくのだろう。小柄な売春婦たちはそのあたりをヒラヒラ身を翻しながら飛び歩いたりするのだろう。

多くは道化者。しかし、同時にその多くが実は端倪すべからざるものであったりする。暗殺者もいるだろう。ほのかに漂ってくる悪臭。薄気味悪い迷信。何ということもない影。どぎつい悪意。気まぐれ。優しさ。無邪気さもあれば衒学趣味も。奇っ怪なもの。グロテスクなもの。誠実。不正直。深淵なるものもあれば幼稚っぽさもある。

突き刺すような痛み。笑い。そして、ほとんど無意味なほど馬鹿丁寧に、かつ長い間、組み合わされた祈りの手。

結局のところ、どこに出しても恥ずかしくないような第一級の見かけをもちながら、同時に罪人めいてみえるものたち。

その相貌をひと言で評してみれば、威厳がありながらも何とも放埒きわまりない。その声をひと言でいえばお祈りのようであるのに、どこか喧嘩腰のようでもある。だがしかし、全体を貫く何ものかがあって、それを言葉で表現するなら「行列のようだ」ということになる。

こうしたすべてのものを「呪われている」のひと言で済ませてしまった勢力を言い表すのに、ちょうど良い言葉がある。それは「謬見に満ちた科学」。

だがどのように言われようと、それらの行進は止まらない。

チビの売春婦たちはふざけて辺りを跳ね回る。気のヘンな連中は気を散らすようなことばかりする。道化たちはおふざけをして、みんなのリズムを乱そうとする――それでも全体としてみれば行進の一体性というのは失われてはいない。そして、印象に残る個々のものどもが次々に目の前を通っていく。いつまでもいつまでも。

そうしたものどもがわれわれのこころをガッチリと捉えて離さないのは、それが人を脅かしたり馬鹿にしたり蔑んだりするからではなく、総体として統制のとれた動きを構成しつつ、次から次へとわれわれの前を行進し続けていくからにほかならない。(つづく

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